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資料5

著作権侵害訴訟の裁判管轄権と準拠法の問題点

平成14年9月3日
専門委員  山 本  隆 司

(問題点)
1. 属地主義の原則は、著作権の成立および効力が権利付与国(権利成立地)の法律によることを意味する(ベルヌ条約5条2項[1])にとどまり、外国著作権訴訟の専属管轄(参照:カードリーダー事件高裁判決[2])や外国著作権法適用の排除(参照:満州国特許事件判決[3]、カードリーダー事件地裁[4]・高裁判決[5])を意味するものではないことを確認する必要がある。
2. ハーグ新条約の締結によって、日本は知的財産権訴訟について司法の空洞化を生ずるおそれがある。
3. 公衆送信権の侵害については、公衆送信権の保護する利益は送信行為およびその受信行為であることを確認し、わが国に送信または受信があれば公衆送信権の侵害をわが国著作権法に基づいて認めるべきである。

(検討)
1. 著作権侵害訴訟に対する裁判管轄権について
(1) わが国における国際裁判管轄権…マレーシア航空事件[6]
<一般裁判管轄権>
被告の住所地・本店所在地(4条1項、4項)
被告の営業所所在地(4条5項)
<特別裁判管轄権>
義務履行地…財産権上の訴え(5条1号)
財産所在地…財産権上の訴え(5条4号)
不法行為地…不法行為に関する訴え(5条9号)
関連請求(7条)
合意管轄(11条)
応訴管轄(12条)

【参考】円谷プロ事件最高裁判決[7]
不法行為地…日本における結果発生で足りる
財産所在地…消極的確認訴訟にも適用ある
関連請求…客観的併合:請求間に密接な関係があれば足りる

(2) 属地主義の原則に基づく専属管轄性
…カードリーダー事件高裁判決は、外国特許権に基づく差し止め請求に対する裁判管轄権を否定する判示をした。

(3) ハーグ条約草案[8]の問題点
…ハーグ条約の締結によって外国著作権訴訟に対しても裁判管轄権が認められる。その結果、米国の裁判所はハーグ条約によって日本の著作権を巡る訴訟を裁判すると、日本はその判決の執行を認める義務を負う。同様に、日本の裁判所は、ハーグ条約によって米国の著作権を巡る訴訟を裁判すると、米国はその判決の執行を認める義務を負う。
  ところが、日本の裁判所は、ハーグ条約によって裁判管轄権が認められても、属地主義を拡大解釈して知的財産権訴訟について外国法の適用を排除しているので、事実上、外国知的財産権訴訟を審理しない。
  したがって、日本の知的財産権を巡る訴訟は米国で裁判できるが、米国の知的財産権を巡る訴訟は日本では裁判できないこととなる。その結果、知的財産権訴訟について日本の司法は空洞化を生ずる。


2. 著作権侵害訴訟の準拠法について
(1) 適用法の競合と権利の競合
…知的財産権においては、適用法の競合のほか、権利の競合が存在する

【参考】民法709条:「故意または過失によりて他人の権利を侵害したる者はこれによりて生じたる損害を賠償する責に任ず。」
→「権利」成立の準拠法と「不法行為責任」成立の準拠法とは異なる。

(2) 著作権侵害に関連する準拠法概念
1 著作権(成立)の準拠法:  属地主義の原則→各国毎に著作権が成立
2 差止請求権の準拠法:  著作権自体の効果→著作権の成立法
ベルヌ条約5条2項
カードリーダー事件地裁判決:訴訟物アプローチ[9]
カードリーダー事件高裁判決:行為地法アプローチ[10]
3 損害賠償請求権の準拠法:  不法行為の効果→行為地法
法例11条2項[11]:日本法の累積適用
満州国特許事件判決、カードリーダー事件地裁・高裁判決:外国特許法の適用排除…「外国特許権は保護される権利に該当しない」
学説:わが国の公序に反しない限り(特許権や著作権は国際条約によって各国で共通に保護される権利であって、他国の特許権や著作権がわが国の公序に反するものではない)、法例の立場から管轄権のある法律によって成立した権利であれば、それをもって足りるものというべきである。[12]


3. 著作権侵害訴訟の準拠法について
(1) 公衆送信権(成立)の準拠法
…越境的送信によって生ずる被害を受ける保護法益は一つか複数か[13]
  適用法の競合か権利の競合か
発信行為説:発信市場(ライセンス市場)を法益とする
受信行為説:受信市場(受信ユーザー市場)を法益とする
複合行為説:発信市場も受信市場も法益とする
…日本からの送信により日本のライセンス市場を侵害
   日本への送信により日本の受信ユーザー市場を侵害

(2) 公衆送信によって侵害される国の著作権

ケースA:日本からX国に向けた送信
どこの国の公衆送信権が侵害されるか 日本
発信行為説 受信行為説 複合行為説
X国 発信行為説 日本 日本
受信行為説 日本・X国 X国 日本・X国
結論
X国が発信行為説をとる場合、無保護を生ずる

ケースB:X国から日本に向けた送信
どこの国の公衆送信権が侵害されるか 日本
発信行為説 受信行為説 複合行為説
X国 発信行為説 X国 日本・X国 日本・X国
受信行為説 日本 日本
結論 X国が発信行為説をとる場合、無保護を生ずる

・裁判管轄および準拠法
日本での裁判において 結論 根拠
ケースA(日本からX国に送信) 日本国著作権の侵害
(発信行為に対して)
発信行為説または
複合行為説

差止請求権 裁判管轄 あり 財産所在地
準拠法 日本法 権利成立地法
損害賠償請求権 裁判管轄 あり 不法行為地(結果発生地)
準拠法 日本法 不法行為地法(結果発生地)
X国著作権の侵害
(受信行為に対して)
受信行為説または
複合行為説

差止請求権 裁判管轄 あり 関連請求
準拠法 X国法 権利成立地法
損害賠償請求権 裁判管轄 あり 不法行為地(加害行為地)
準拠法 X国法
(日本法)
不法行為地法(結果発生地)
(不法行為地法(行動地説))
ケースB(X国から日本に送信)
日本国著作権の侵害
(受信行為に対して)
受信行為説または
複合行為説

差止請求権 裁判管轄 あり 財産所在地
準拠法 日本法 権利成立地法
損害賠償請求権 裁判管轄 あり 不法行為地(結果発生地)
準拠法 日本法 不法行為地法(結果発生地)
X国著作権の侵害
(発信行為に対して)
発信行為説または
複合行為説

差止請求権 裁判管轄 (なし)
準拠法
損害賠償請求権 裁判管轄 (なし)
準拠法

(法改正のアイデア)
5条の2第1項
「著作権、出版権または著作隣接権に対する侵害の差し止めおよびこれに付随する措置を求める権利は、当該著作権、出版権または著作隣接権の所在地法による。」
…差止請求権の準拠法の明記、属地主義の解釈の統一

5条の2第2項
「著作権、出版権または著作隣接権の侵害に対する不法行為によって生ずる債権の成立および効力は、当該侵害行為の生じたる地の法律による。」
…不法行為に基づく損害賠償請求権の準拠法の明記、属地主義の解釈の統一

113条1項3号
「国内の公衆によって直接受信されることを目的として国外から行われる無線通信または有線電気通信の送信」
…公衆送信権の複合行為説の明記


[1]「保護の範囲及び著作者の権利を保全するため著作者に保障される救済の方法は、この条約の規定によるほか、もっぱら、保護が要求される同盟国の法令の定めるところによる。」

[2] 東京高裁平成12年1月27日判決(判時1711-131)…「特許権については、国際的に広く承認されているいわゆる属地主義の原則が適用され、外国の特許権を内国で侵害するとされる行為がある場合でも、特段の法律又は条約に基づく規定がない限り、外国特許権に基づく差止め及び廃棄を内国裁判所に求めることはできないものというべきであり、外国特許権に基づく差止め及び廃棄の請求権については、法例で規定する準拠法決定の問題は生じる余地がない。」

[3] 東京地裁昭和28年6月12日判決(下民集4-6-847)…「外国特許権を外国において侵害した行為は、日本の法律によって外国特許権が認められない以上法例第11条第2項の規定によって不法行為とならない」

[4] 東京地裁平成11年4月22日判決(判時1691-131)…「我が国においては属地主義の原則が妥当し、これによれば外国特許権の効力は当該国の領域内においてのみ認められ、日本国内にはその効力が及ばないのであるから、米国特許権は、我が国の不法行為法によって保護される権利には該当しない。」

[5]  「我が国においては属地主義の原則を排除して米国特許権の効力を認めるべき法律又は条約は存在しないので、米国特許権は、我が国の不法行為法によって保護される権利には該当しない。」

[6]  最判昭和56年10月16日民集35-7-1224

[7]  最判平成13年6月8日民集55-4-727

[8]  1999年10月30日に採択されたハーグ国際私法会議における「民事及び商事における国際裁判管轄及び外国判決に関する条約草案」

[9]  「特許権に基づく差止め及び廃棄請求の準拠法については、正義及び合目的性の理念という国際私法における条理に基づいて、これを決定すべきである。……特許権に基づく差止め及び廃棄請求に関しては、当該特許権が登録された国の法律を準拠法とすべきものと解するのが相当である。」

[10]  「仮に、右各請求が渉外的要素を含み、どの国の法律を準拠法とすべきかが問題となるとしても、法例等に特許権の効力の準拠法に関する定めはないから、正義及び合目的性の理念という国際私法における条理に基づいて決定するほかないところ、(一)冒頭に掲記の本件の事実関係、及び一般にある国で登録された特許権の効力が当然に他の国の領域内に及ぶものとは解されていないことなどに照らすと、準拠法は我が国の特許法又は条約であると解するのが相当である。」

[11]  「事務管理、不当利得又ハ不法行為ニ因リテ生スル債権ノ成立及ヒ効力ハ其原因タル事実ノ発生シタル地ノ法律ニ依ル
(2)前項ノ規定ハ不法行為ニ付テハ外国ニ於テ発生シタル事実カ日本ノ法律ニ依レハ不法ナラサルトキハ之ヲ適用セス」

[12] 山田鐐一「国際私法」315頁「ここにいわゆる累積適用とは、不法行為地法と法廷地法との観点から、同一の事実すなわち「外国に於テ発生シタル事実」を評価することにほかならない。その場合、日本法上の評価とは、同種の権利の侵害行為が日本法上も違法性を有し不法行為とされるか否かということである。侵害の対象となる権利自体については、不法行為地においてはもちろん、日本においても権利として認められるものでなければならない。しかし、日本において認められる権利というのは、必ずしも法廷地法たる日本法によって成立した権利であることを意味しない。法例の立場から管轄権のある法律によって成立した権利であれば、それをもって足りるものというべきである。例えば、目的物の所在地法たる外国法によって適法に成立している物権が侵害された場合に、その物権が日本の法律によって成立した権利でないとして日本において不法行為と認めるを得ないということはできない。しかるに、外国特許権を外国において侵害した行為は、日本の法律によりその外国特許権が認められない以上、不法行為とはならないとした下級審の判決(東京地判昭28・6・12下民集4-6-847…)があるが、それは不当な判決というべきであろう。」

[13] 【参考】刑法の国内犯(1条1項)は、行為または結果の一部が日本国内で行われれば足りると解されている。その実質的根拠は、いずれの場合にも日本の社会秩序が乱されることにある。


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