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資料3

アジア各国における権利執行の実務上の問題点

専門委員  前田 哲男

第1   法制度上の問題点
1 中国の司法解釈の問題点
(別紙)
2 台湾の経過措置(2年間)の問題点
台湾著作権法106条の3
  2001年12月31日までに完成していた著作物について、同日までに著作物の利用に着手し、又はその利用について重大な投資を行った者は、同協定の前記の効力発生の日に始まる2年の期間、その著作物を引き続き利用することができる。この行為に対しては、第6章(権利侵害の救済)及び7章(罰則)の規定は、適用されない。
106条の4
  2001年12月31日までに完成していた著作物を原著作物とする二次的著作物につき、1その二次的著作物が2001年12月31日までに完成していた場合、又は2その二次的著作物が改正前の法律による保護を受けていた場合に、2002年1月1日以降も期限の定めなく引き続き当該二次的著作物を利用することができ、その利用は、原著作物の権利侵害にならず、かつ罰則の対象にもならないことを定める。 
同条第2項は、2004年1月1日以降に当該二次的著作物の利用を継続する者に、原著作物の著作権者に補償金を支払う義務を負わせている。
2001年12月31日以前に製造された無許諾複製物であると主張された場合には、権利執行が事実上困難に。
  → 販売自体には制限がない。
「利用着手」「重大投資」の解釈によっては、経過規定で許される範囲が広くなりすぎるおそれ
経過規定により作成された無許諾複製物の、2004年1月1日以降の販売の問題
 

第2   実際上の問題点
権利者であることの立証
  ベルヌ条約第15条 〔著作者の推定〕
(1) この条約によつて保護される文学的及び美術的著作物の著作者が、反証のない限り当該著作物の著作者と認められ、したがつて、その権利を侵害する者に対し同盟国の裁判所に訴えを提起することを認められるためには、その名が通常の方法により当該著作物に表示されていることで足りる。この(1)の規定は、著作者の用いた名が変名であつても、それがその著作者を示すことについて疑いがない限り、適用される。
(2) 映画の著作物に通常の方法によりその名を表示されている自然人又は法人は、反証のない限りその映画の著作物の製作者と推定される。
    このような条約がありながら、著作権登録がないことにより、権利者であることをなかなか納得してもらえないことがある。(書面による立証を求められる)
  →日本では原始的な著作権者であることを明らかにする登録はない。 第一公表(発行)年月日、創作年月日の登録で代用せざるを得ないシリーズものの場合に、著作物の数え方によっては費用がかかる

海外における弁護士の問題点
費用
・タイムチャージ制
 → 大量のアソシエイトを使って請求が膨らむケース
 頼んでないこともやりすぎるケース
 情報漏れ
証拠鑑定の問題点
・大量な鑑定を迅速に行うことを求められる
 → 日本のような便宜的扱いが困難
立件規模によって捜査機関の予算に影響するという話
 → 証拠物を持ち出せないので、その場に詰めないといけない
・権利者に証拠物の保管義務を課せられ、保管場所を用意する必要
 → 鑑定(告訴)しないと、押収物が侵害者に返却される
・鑑定者の証言が必要なケース・・・証人として待機する必要
調査会社の問題点
・鑑定を実現するため、調査会社費用がかさむ
・捜査機関から、具体的な事実関係の解明まで私人の権利者に求められることがある
→ 氏名・住所の特定を求められる
→ 工場に社員として潜入することが必要になるという話も
情報漏れ
捜査機関の問題点
情報漏れ
処理結果が不明確なケースがある

裁判の問題点
実質的再犯(影のボスが別にいるケース)が多いと言われている
付帯民事制度(台湾)は便利ではあるが、制裁の効果として疑問視する声も

今後の対策
・集団的権利行使
 弁護士や調査会社に関する情報を収集し、権利者側で常にイニシャティブをとれるようにする。
 海賊版対策に強い法律事務所・調査会社と信頼関係を築く。
 調査員費用を多数の権利者で分担して、一社当たりの負担額を安くする。

・権利者に負担のかからない執行手続の運用を求める。

・長期的視野にたって、現地に根付いた侵害対策を講じる。

   
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TRIPS第61条と中国の「司法解釈」


    中国新著作権法47条では、版権局の調査の結果、侵害事実が犯罪を構成することが明らかになったときは、侵害者の刑事責任を追及することが定められている。版権局は、その取り扱う事件で、犯罪を構成するものについては、公安部に告発をすることになると思われる。
  しかし、以下に述べるとおり、刑事処罰が科せられる場合は限定されている。

刑法217条(著作権侵害罪)

  営利を目的として他人の著作物を無許諾で複製頒布し、又は発行することにつき、
(1) 違法所得金額が比較的大きい(較大)か、 又は その他情状が深刻であるときは、 3年以下の懲役及び/又は罰金に、

(2) 違法所得金額が巨大であるであるか、 又は その他情状が特別深刻であるときは 3年以上7年以下の懲役及び/又は罰金に 処せられることが定められている。

  また刑法218条(権利侵害複製品販売罪)では、著作権侵害複製品を、情を知って営利目的で販売し、巨大な違法所得を得た場合に、3年以下の懲役及び/又は罰金に処せられることが定められている。

  そして、どのような場合に違法所得金額が比較的大きく(較大)、又は巨大であるか、どのような場合に情状が深刻、又は特別深刻であるかについては、1998年12月17日に最高人民法院が公告した、司法解釈「不法出版物の刑事事件において具体的な法律を適用する若干の問題に関する解釈」(下図参照)によって定められている。

    ※司法解釈
  中国憲法第67条は、法律の解釈権が「全人代常委会」にあると定めている。  全人代常委会の決議により、最高人民法院、最高人民検察院、国務院等に一定の法律解釈権が委任されており、これらの機関の行う有権解釈のうち、最高人民法院及び最高人民検察院が行うものを司法解釈と呼ぶ。  最高人民法院は、裁判活動における法令の具体的適用の問題について「司法解釈」を定め、これは下級の人民法院を拘束する。

 
217条
(1)3年以下の懲役及び/又は罰金
違法所得金額が比較的大きい(較大) 情状が深刻であるとき
個人の違法所得金額が5万元(75万円)法人の違法所得金額が20万元(300万円) ・著作権侵害で二度以上行政責任又は民事責任を追及されたことがあり、2年以内に再度刑法 第217条に掲げる侵害行為の一 つに該当する行為を行う場合
・個人の不法経営額が20万元以上( 300万円)組織の不法経営額が 100万元 以上(1500万円)
・その他の深刻な結果を引き起こす場合
217条
(2)3年以上7年以下の懲役及び/又は罰金
違法所得金額が巨大である 情状が特別深刻であるとき
個人の違法所得金額が20万元(300万円)組織の違法所得金額が100万元(1500万円) 下記のいずれかに該当する場合
・個人の不法経営額が100万元以上(1500万円)
・組織不法経営額が500万元以上(7500万円)
・その他の特に深刻な結果を引き起こす場合
218条
3年以下の懲役及び/又は罰金
巨大な違法所得金額を得た場合  
個人の違法所得金額が10万元(150万円)組織の違法所得金額が50万元(750万円)  
 
上記司法解釈によれば、218条の海賊版販売罪によって3年以下の懲役及び/又は罰金が課せられるには、例えば次のような立証が必要となる。
PS用海賊版ソフトを販売して個人が違法所得金額10万元を得たことを明らかにするためには、まず売上げを明らかにしなければならない。PS用海賊版ソフトは1枚5元程度で売られているから、原価及び販売コストがゼロと仮定しても、個人が2万枚(10万元)以上を販売していたことの立証がまず必要になる。その上、原価や販売コストを立証しなければ、違法所得金額がいくらであったのかが明らかにならない。海賊版業者は帳簿を残さないのが一般であり、売上高、原価や販売コストが明らかになって違法所得金額が10万元以上であることが立証されるケースは現実にほとんどあり得ない。
ところで、TRIPS協定61条は、
Members shall provide for criminal procedures and penalties to be applied at least in cases of willful trademark counterfeiting or copyright piracy on a commercial scale. Remedies available shall include imprisonment and/or monetary fines sufficient to provide a deterrent, consistently with the level of penalties applied for crimes of a corresponding gravity.(後略)
と定めており、商業的規模の故意によるcopyright piracyには、刑事処罰が適用されなければならないとしている。
 ところが、刑法217条及び218条並びに上記最高人民法院司法解釈は、刑事処罰の対象となる著作権侵害の範囲を極めて限定しており、商業的規模の故意によるcopyright piracyであっても、刑事処罰が適用されない場合が生じるおそれがあり、TRIPS協定61条との整合性が問題となる。

※ なお、中国のWIPO加盟に先立ち、WTOのWorking Party on the Accession of Chinaが作成した 「REPORT OF THE WORKING PARTY ON THE ACCESSION OF CHINA」には、上記司法解釈について下記の記述がある。
司法解釈による刑事罰の「敷居」の高さは中国加盟作業部会で問題点として指摘された。これに答えて中国政府は、司法当局に対して、「敷居」を低くすることについて必要な調整を行うようrecommendすると述べた。作業部会は、このcommitmentをtake noteした。
http://docsonline.wto.org/DDFDocuments/t/WT/ACC/CHN49.doc

303. The representative of China stated that Articles 213 to 220 of the Criminal Law (Crimes of Infringing on Intellectual Property Rights) provided that whoever seriously infringes the right-holders' rights of registered trademarks, patents, copyrights or trade secrets would be sentenced to fixed-term imprisonment and would also be fined.
304. Some members of the Working Party expressed concerns that criminal procedures could not be used effectively to address piracy and counterfeiting. In particular, the monetary thresholds for bringing a criminal action, as currently applied, were very high and seldom met. Those thresholds should be lowered so as to permit effective action that would deter future piracy and counterfeiting. In response, the representative of China stated that China's administrative authority would recommend that the judicial authority make necessary adjustments to lower the thresholds so as to address these concerns. The Working Party took note of this commitment.

305. Noting the advanced state of protection for intellectual property rights in China, the representative of China confirmed that upon accession China would fully apply the provisions of the TRIPS Agreement. The Working Party took note of this commitment.


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