中央教育審議会への諮問文

 
13文科生第640号
   

中央教育審議会

   
   
   
  次に掲げる事項について,別紙理由を添えて諮問します。
   
教育振興基本計画の策定について
   
新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方について
   
   
  平成13年11月26日
   
   
  文部科学大臣   遠山   敦子
   
   
 
(理由)
   戦後,我が国の教育は,教育の機会均等の理念の下に,その普及,量的拡大と教育水準の向上が図られ,我が国の経済,社会の発展に大きく寄与してきた。しかしながら,東西の冷戦構造の崩壊後,世界規模の競争が激化する中で,我が国の経済,社会は時代の大きな転換点に立っている。このような厳しい状況の中で,21世紀に向けて,我が国が果敢に新しい時代に挑戦し,国際社会の中で発展していくためには,国の基盤である教育を改革し,新しい時代にふさわしい人材を育成することが急務の課題となっている。
   一方,教育の現状を見ると,子どもたちの問題行動や不登校などの深刻な状況,社会性や規範意識の希薄化,過度の画一主義などによる個性・能力に応じた教育の軽視など,教育全般について様々な問題が生じている。また,経済,社会のグローバル化,科学技術の進展,地球環境問題の重要性の高まり,少子高齢化,男女共同参画社会や情報ネットワーク社会の到来など,社会の大きな変化に対応した教育が求められている。
   21世紀において,我が国が明るく豊かな未来を切りひらいていくためには,社会の存立基盤である教育について,この新しい時代における在り方を考え,その改革,振興を着実に推進していくことが何よりも重要である。このため,これからの教育の目標を明確に示し,それに向かって必要とされる施策を計画的に進めることができるよう教育振興基本計画を策定するとともに,すべての教育法令の根本法である教育基本法の新しい時代にふさわしい在り方について,総合的に検討する必要がある。
 
  I   教育振興基本計画の策定について
 
   教育は,子どもたち一人一人に確かな学力を身に付け,豊かな心をはぐくみ,自らの能力を最大限に発揮して自己実現を図るために重要であるとともに,社会や国の将来を左右するものであって,我が国が活力ある国家として発展していくためには,国家百年の計たる教育の振興が不可欠である。このため,国は,中・長期的視野に立ち,教育施策を総合的かつ計画的に推進し,「人材・教育大国」の実現に取り組むことが強く求められている。
     昨年12月の教育改革国民会議の報告においても,このような考え方に基づき,教育施策の総合的推進のための教育振興基本計画の策定について提言されており,新しい時代にふさわしい教育を実現するという観点に立ち,教育振興基本計画を策定し,教育改革や教育基盤の整備を推進していく必要がある。
     教育振興基本計画においては,政府として,我が国の教育の目指すべき姿を国民に明確に提示し,その実現に向けてどのように教育を振興し,改革していくかを明らかにすることが重要である。このため,計画には,中・長期的な教育の目標や教育改革の基本的方向とともに,それを実現するために政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策や必要な教育投資の在り方,国,地方公共団体の役割等について明らかにする必要があると考える。
     また,このような教育振興基本計画の策定は,教育に関する施策の体系化や整合性の確保とともに,教育財政の充実にも資するものであり,さらに政策の適切な評価という観点からも重要である。
     
   教育振興基本計画の策定に当たっては,計画に盛り込むべき内容として,主に次の事項について検討する必要があると考える。
   
     第一に,教育に関する施策の基本的な方針として,教育の目標やその目標を実現するための教育改革の基本的方向等について検討する必要があると考える。
   
     第二に,その目標を達成するために,政府が総合的かつ計画的に実施すべき施策として,例えば,以下のような事項について,国民に分かりやすい具体的な政策目標を示すとともに,それを実現するための主要な施策について検討する必要があると考える。
   
  (1) 初等中等教育の教育内容等の改善,充実
  (2) 教員の資質向上と学校運営の改善
  (3) 高等教育の整備,充実
  (4) 家庭,地域の教育力の向上
  (5) 教育の情報化,国際化・国際交流の推進など
     
     第三に,総合的かつ計画的に教育施策を推進するために必要な教育投資の在り方についてである。教育に対する投資は,我が国の活力ある健全な発展に不可欠な社会的基盤の形成に寄与するものであり,望ましい教育投資の在り方について検討する必要があると考える。
     
     第四に,計画の推進に関して,政府及び地方公共団体の役割,政府及び地方公共団体の連携等について検討する必要があると考える。
     
   また,教育振興基本計画の策定は,教育基本法の基本理念等を実現していく手段としても重要であり,教育改革国民会議報告において提言されているように,他の多くの基本法と同様,その根拠となる規定を教育基本法に設けることについて,「新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方」とあわせて検討する必要があると考える。
   
  II   新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方について
 
   教育基本法は,教育の基本理念及び基本原則について定める法律として,昭和22年に公布・施行され,以来,我が国の教育は50年以上にわたって教育基本法の下で進められてきた。しかしながら,先に述べたように,制定当時とは社会が大きく変化しており,また,高校,大学進学率の著しい上昇や生涯学習社会への移行など教育の在り方も変容を遂げてきている。さらに,教育全般について様々な問題が生じており,21世紀を迎えた今日,将来に向かって,新しい時代の教育の基本像を明確に提示し,それを確実に実現していくことが求められている。
     このため,新しい時代にふさわしい教育基本法の在り方を考え,その見直しに取り組み,教育の根本にさかのぼった改革を進めることが必要である。
   
   教育改革国民会議の報告においては,これからの時代の教育を考えるに当たっては,個人の尊厳や真理と平和の希求など普遍の原理を大切にするとともに,「新しい時代を生きる日本人の育成」「伝統,文化など次代に継承すべきものの尊重,発展」「教育振興基本計画の策定など具体的方策の規定」の三つの観点から,新しい時代にふさわしい教育基本法を考えていくことが必要であると提言されている。
     この提言を踏まえながら,時代状況の変化にかんがみ,教育基本法の在り方について,主に次の事項に関して検討する必要があると考える。
   
     第一に,教育の基本理念についての検討である。
     教育の基本理念として,教育基本法は,教育の目的(第1条)及び方針(第2条)を定めている。教育の目的として第一条は,人格の完成を目指し,国家,社会の形成者として心身ともに健康な国民の育成を期して行うとし,国家,社会の形成者として有すべき徳目を例示している。また,教育の方針として第二条において,教育の目的を実現するため,教育を行うに当たっての心構え,配慮すべき基本的事項について定めている。
     これについて,普遍的な理念は維持しつつ,次の視点などから検討する必要があると考える。
  (一)    時代や社会の変化に対応した教育という視点
       教育は時代や社会の変化に応じていくものであり,不易と流行ということを考えたとき,特に,人々が身に付けるべき知識・技能,そして教育の手段など教育の具体的な内容,方法は時代の進展や社会の要請に応じて改善されるべきものである。今日,生涯学習社会の到来,国際化の進展や環境保全の重要性の高まりなど時代や社会の変化に対応した教育が求められているという視点から議論する必要があると考える。
  (二)    一人一人の能力・才能を伸ばし創造性をはぐくむという視点
       科学技術の進展や経済,社会のグローバル化が一層進展する新しい時代にあって,我が国が創造的で活力ある社会として発展していくためには,創造性や独創性に富んだ人材の育成がますます重要になっている。そのためにも,人は一人一人違っているということの価値を再確認して,一人一人が持っている能力・才能を伸ばしていくという視点から議論する必要があると考える。
  (三)    伝統,文化の尊重など国家,社会の形成者として必要な資質の育成という視点
       急速な社会状況の変化と豊かさの進展の中で,個人と社会との関係を改めて考え,これからの時代を担う子どもたちの社会性をはぐくみ,社会規範を尊重する精神を養い,人間性豊かな日本人を育成することが求められている。そして,国際化が進展する社会の中にあって,日本人としての自覚を持ちつつ人類に貢献するということからも,我が国の伝統,文化など次代の日本人に継承すべきものを尊重し,発展させていく必要がある。これらの点を踏まえながら,今日において,国家,社会の形成者として有すべき資質として,特に求められている点は何かという視点から議論する必要があると考える。
   
     第二に,教育の基本原則についての検討である。
     教育基本法は,教育の機会均等(第3条),義務教育(第4条),男女共学(第5条)を規定して,教育の普及を図っている。このうち特に,義務教育は近代国家における基本的な教育制度として憲法に基づき設けられている制度であるが,制度の在り方について,例えば,一人一人の能力の伸長を図るという視点,あるいは家庭の果たすべき役割と学校教育との関係といった視点から,議論する必要があると考える。また,男女共学規定について,制定時との時代や状況の変化を踏まえ,男女共同参画社会の形成を目指す観点から議論する必要があると考える。
     さらに,政治教育(第8条)と宗教教育(第9条)について,その在り方と限界について規定されているが,宗教教育に関しても,憲法に規定する信教の自由や政教分離の原則に十分留意しながら,宗教的な情操をはぐくむという観点から議論する必要があると考える。
   
     第三に,家庭,学校,地域社会の役割など教育を担うべき主体についての検討である。
     教育の目的の実現のためには,家庭,学校,地域社会等の果たすべき役割を明確にし,それぞれがその役割を果たしつつ,互いに連携・協力して教育に取り組むことが重要である。特に,教育の原点は家庭にあり,基本的な生活習慣や倫理観,自制心,自立心など基礎的な資質や能力を育成する場として,家庭が教育に対して果たすべき役割はとても大きなものがあると考える。
     家庭教育や社会において行われる教育については,社会教育に関する規定(第7条)の中で触れられているが,家庭や地域社会等の教育に対する役割の重要性を十分踏まえ,その役割を明確にする観点から議論する必要があると考える。
     また,学校教育に関する規定(第6条)として,学校の性格及び教員の身分について規定しているが,学校についても,その役割や教員の使命について明確にする観点から議論する必要があると考える。
   
     第四に,教育行政(第10条)については,教育が不当な支配に服してはならないとの原則を維持しつつ,教育振興基本計画の在り方とともに,国,地方公共団体の責務について,その適切な役割分担を踏まえて,教育施策の総合的・計画的な推進が図られるよう,明確にする観点から検討する必要があると考える。
   
     第五に,前文の取扱いについてである。教育基本法には,法制定の由来,趣旨を明らかにするための前文が付されている。前文についても,法律全体の在り方に即して検討を行う必要があると考える。
   
   また,学校教育法や社会教育法など教育法令は,教育基本法に掲げた理念,原則にのっとって定められていることから,教育基本法の見直しに伴うその他の法令の見直しの方向についても,必要に応じて,議論が必要であると考える。