中間報告第2章関係

◎教育基本法全般
積  極  的  意  見 消  極  的  意  見
制定以来55年の間に社会は大きく変化しており、新しい時代にふさわしい基本法は必要。
国民にとってわかりやすく、誰もが納得できるような、普遍的な基本法を作るべき。
基本法の見直しは大変結構。
心豊かでたくましい子どもを育成するための教育基本法の改正、発展を切に願う。
基本法の底流に流れる自由主義的な考え方、自立した個人によって社会契約が成立しているという考え方は、今後ますます強くしていくことが重要。
制定後半世紀を経過した基本法を見直し、教育の基本・根本について、家庭、学校、地域社会のみならず社会全体が考えるべき。
教育は成果が現れるまでに時間がかかるものであり、一刻も早く基本法を改正すべき。
基本法の見直しについて、国民的な議論を通して、今後の日本の教育のありようを定めていくことは必要。
基本法の個人の尊重、真理と平和、人格の完成の精神を尊重しつつも、国際化やグローバル化への対応など、発展的な見直しが必要。
基本法見直しの全体的な視点・方向は評価。
時代の変化に即して、よりよい教育のために基本法を改正することは賛成。
基本法見直しは賛成だが、骨格や理念にとどめ、できる限り様々な主体の自由な創意工夫が生かされるフレキシブルなものにすべき。
見直しの大方の方向が決まったところで、日本を代表する文筆家によって、格調高い、皆が声に出して読みたい基本法にすべき。
これからの時代に即した視点の補完も必要であり、基本法の見直しが相当。
新しい社会を見通した時に、基本法には欠けている点があり、それについては付け加える方向で検討すべき。
基本法は、延々と議論するのではなく、多少悪いところがあっても早めに改正すべき。まずやってみることが大切。
基本法を改正するなら、少なくとも50年、100年もつような基本法にすべき。
家庭教育、地域教育、学校教育のバランスを保ちつつ基本法の改正をすべき。
21世紀の目指すべき教育の在り方を基本法にまでさかのぼって考えることは必要であり、格調高い、人口に膾炙する基本法にすべき。
日本人が日本人の子どもを育てるための基本法を作る絶好の機会。日本に生まれてよかったと子どもが思えるような基本法を作るべき。
初めに改正ありきに思える。基本法の改正は憲法改正と同様に国民的な合意が必要。
基本法は変えるべきではなく、その必要もない。むしろその理念の実現こそが図られるべき。
教育は文化、精神領域に属するものであり、法によって規定すべきものではない。
基本法を改正する前に、2~3年間、国民に対して同法の理念を普及・啓発し、国民的議論を経てから改正しても遅くない。
なぜ今、基本法の見直しなのか。取り立てて今、見直しをする必要はない。
国が子ども、親・保護者、教職員、地域社会のありように一つの物差しを持ち込むべきではない。
基本法は憲法に次ぐ法律であり、具体的なことは学校教育法以下の法令で規定すべき。特に強調すべきことは基本計画で取り上げればよい。
教育関係者ですら基本法の理念を理解していない状況にあり、もっと市民レベルで基本法の理念を学習した上で、変える必要の有無を論ずるべき。
憲法に直結する重要な基本法が拙速に改正されることについて、極めて重大な危惧を持つ。
基本法は、憲法の精神を土台に、教育のあるべき・進むべき姿を示しており、今この時点で基本法を改正する必要性が不明。現場の実情を踏まえて、もっと時間をかけて、特に中教審内部での論議をすべき。
基本法を本当に変えなければならないのか、どこを変えると今の教育現場のどこが良くなるのかを、机上で議論するのではなく、地域住民が皆で考えることが大切。
現在は基本法の成果が徐々に現れつつある段階であり、制定からわずか半世紀で改定するのは性急。
現行法には、現在の社会に合っていない、あるいは教育の発展を阻害している条項は存在しない。
短期的な社会情勢の変化に合わせて見直すのは近視眼的であり、教育の基本理念を示した基本法の在り方としてはふさわしくない。
基本法改正の前に、制定から今日に至るまでの政府・文部省が進めてきた教育行政の自己分析と検証が必要。
何が何でも改定するという姿勢は、憲法を変える前例として外堀を埋める意図があるのではないかと感じる。
現在の教育の諸課題は、基本法の改正ではなく、国民相互の努力と実践によって地道に解決していくしかなく、一つ一つの成功事例に学ぶことが大切。
基本法より前に、基本計画の中身を充実させることの方が重要。

(その他の意見)
改正するならば、字句修正ではなく、改正の効果が実際の教育現場に大きく現れる方向で考えるべき。
基本法改正が先にありきではいけないが、基本法に不足の部分があるのも承知しており、それをメッセージとして国民に伝えていくことがまず重要。
「人格の完成」「個人の尊厳」「真理と平和の希求」は、時代が変わっても不易の理念。
基本法見直しの7つの視点は良いが、教育の基本理念として法規に盛り込むべき範疇か否かは、今後の吟味が必要。
現段階で基本法を直す必要性には疑問。賛成でも反対でもないが、まだまだ議論の余地はある。
基本法が誰に向かっての発信であるかがやや脆弱。教育は国、国民挙げての事業であるという位置付けや重さ、責任、義務といったものについてもっと訴えるべき。
立派な法律ができても、実際に子どもを育てる大人が理解しなければ生きたものにはならない。国民一人一人が自分の問題として考えることが必要。
現時点で不十分な点を、基本法を変えることによって可能にする方法もあるし、今の基本法を基にしながら、基本計画の中に、具現化すべき内容を盛り込む方法もある。
教育の根本法である基本法の見直しは、各方面からの意見を集約し、国民的な議論、合意を踏まえて行うことが必要。十分に時間をかけ、慎重な審議を行うべき。
国民の間には、なぜ今見直すのかという疑問や不安があり、基本法の見直しの議論が、現在進められている教育改革の取組と整合性のあるものであることを強調すべき。
 

◎前文
(その他の意見)
教育基本法の前文は、法制定の理由や経過を示した部分であり、前文から先に審議すべき。


◎教育の基本理念
 ▼個人の自己実現と個性・能力の伸長、創造性の涵養
積  極  的  意  見 消  極  的  意  見
知の世紀をリードする創造性に富んだ人材の育成が必要。
高い専門性と、個性・創造力に富んだ人材が必要。
特に個々人の個性・能力の伸張は重要。
チャレンジ精神、勇気、探求心等も広く能力・才能の一部と見て、家庭・社会で育てていくべき。
教育の問題は、一人の人間が個性豊かに自己実現を図って、自他共に幸せを追求することのできる人間を養成していくことに目的がある。
企業の側は、新しいアイデアやものづくりの力を求めているが、最近の若者には自分から何かをしようとする冒険心が欠けている。
今の子どもは、自分の中でこれをやりたい、これを作ってみたい、という積極性、創造性に欠ける。
 


▼感性、自然や環境との関わり
積  極  的  意  見 消  極  的  意  見
日本人の感性や美意識などの文化の体現者となることを目指す国民教育が大切。
現行基本法には、自然環境を守るということを盛り込むべき。
基本法のキーワードは人類と地球環境であるべき。
 


▼社会の形成に主体的に参画する「公共」の精神、道徳心、自律心
積  極  的  意  見 消  極  的  意  見
【「公共」の精神】
個人の権利を大事にすることは大事だが、同時に、義務と責任をしっかり培うことを明文化すべき。
日本は主権を主張するのみで、義務や権利が吹き飛んでいるので、そこをしっかり基本法に明記し、国民に訴えるべき。
「公共心の育成」を打ち出したことを評価。今まではあまりにも「個性の尊重」にとりつかれ、公共の精神を失ってきた。
共同体の一員として社会のために積極的に働きかける人間を育てることは、政府や、共同体の構成員である国民の義務。
公に裏付けされた個の確立と、個を高め、はぐくみ、指標となるべき公の復活が急務。
公共に関する国民共通の規範の再構築や、常識(コモンセンス)を皆が共通に持てるような公共意識を重視すべき。
理念の中でも、特に「社会の形成に主体的に参画する公共の精神、道徳心、自律心」を重視すべき。
個々人が、国家のみならずいろいろな意味での公を担うような社会にすべきであり、基本法にその趣旨が書かれるのは賛成。
家庭、社会、国の中で自分がどうあらねばならないかという、家庭や国民の一員としての自覚、自認が不可欠。
これからの社会は、自分の意思を明確に主張することと、ルールに基づいてそれを調整していく方向性が必要であり、正義、勇気、正直といった視点の教育が必要。
公共心、愛国心という言葉は、普通の国では堂々と簡潔明瞭に表現されて然るべき言葉。
【「公共」の精神】
公共心や国を愛することを教えても定着しない。むしろ公共、国、社会とは何なのかを考えさせるような教育が重要。
公共の精神、道徳心、規範意識、郷土・国を愛する心等は、一人一人を大切にするよりも、個人が公共に仕える感じを与える。
公共など、時代や人によって解釈に違いや変化の生じやすい抽象的、内面的価値観には触れるべきではない。
現行基本法の理念には、個人の尊厳を基本に踏まえながら、十分に公の視点をも包含している。基本法を生かしきれていない教育実践や実践を保障する教育の条件的整備の不十分さこそ問題。
【道徳心、自律心】
道徳心、自律心、公共の精神や日本人としてのアイデンティティの育成が最重要課題。
【道徳心、自律心】
道徳や倫理観、規範意識は国家と法によって強制されるものではなく、社会全体の営みの中で醸成されていくもの。
現行法10条との関係で、豊かな心や自律心等は強制すべきでない。

(その他の意見)
「公共」については、内容が曖昧で誤解を生む危険性があり、明確に定義すべき。
新しい公共の考え方が国民的に同意が得られるよう、その理念について論議が必要。
「公共」と括ることによってわかりにくさが生じるため、「公」(ステート)、「共」(パブリック)、「私」(プライベート)の3つに分けるべき。
新しい公共について、「国家、社会」という言葉は、「平和で安全な社会」に変えるべき。



▼日本人としてのアイデンティティ(伝統、文化の尊重、郷土や国を愛する心)と、国際性(国際社会の一員としての意識)
積   極   的   意   見 消   極   的   意   見
【全体】
伝統、文化、道徳や自然を尊重することが大切。
「伝統、文化の尊重」「国や郷土を愛する心」「新たな公共」等の規定は絶対に必要。
日本の文化、伝統の尊重、郷土を大切に思う心は明文化すべき。ただし、国家よりも郷土を愛する心を打ち出す方が子どもにもよくわかる。
伝統・文化の尊重を含め、日本のアイデンティティは重要。グローバル化の中、日本とは何かについて説明できないと国際的コミュニケーションもとれない。
グローバル化が進む中、日本人の感性や美意識、日本人としての公、日本人としてのアイデンティティが大切。
日本人としての誇りを持つためには、歴史教育と道徳教育が必要。
日本の歴史や伝統、言葉、日本の国語の豊かさといったものをもっと前面に押し出すべき。
学校教育の理念は、人格の完成に反しない中で、世界に信頼される日本人の育成という具体的なものへ転換していく必要がある。
【全体】
伝統や国を愛する心など、使う人によってイメージが異なる文言を、国民的な価値目標や教育の理念として法律化することはふさわしくない。
内面の自由にかかわる事柄を法で規定することは、憲法の自由権とも関係し、慎重かつ抑制的でなければならない。
心について法律が関与することは、思想・信条や学問の自由に枠をはめるもの。
日本人としてのアイデンティティ、日本人の育成で教育基本法を括ってしまうのは問題。伝統・文化を共有しない人もいるし、伝統には全肯定できないものもある。
日本の文化、伝統は大切だが、それは教育の問題ではなく、自然にその国を好きになるような国を作る、政治に携わる者の課題。
【伝統、文化の尊重】
日本国民として共有する伝統・文化・歴史等を学び、理解を深め、その上で他国の伝統・文化を理解し、互いに尊重し合うことのできる資質や姿勢の育成が必要。
日本人として、国際社会に対し、自国の伝統、文化を誇れる人間として意識させる努力が必要。
基本法の中に伝統、文化の尊重という趣旨が明確に示されていなかったために、国旗・国歌の問題など、教育現場では混迷を続けている。
自分が生まれた祖国や、国の伝統、文化について発見することは、自分自身の自信につながるし、21世紀の日本の活力にもつながる。
日本人を育てる教育、日本の国の伝統を継承し、日本の国を守る公の精神を養う教育を強調すべき。
人間が自らのアイデンティティを自覚するのは、他者の存在価値を認め、その文化を学ぶことによって、自らの文化の尊重の意識を培うとき。
教育における伝統、文化の尊重は、血統に重きを置くような伝統といったものではなく、文化なり芸術なりを一般的に解釈し、その中で伝統、文化を含めて大切にするという考え方であるべき。
伝統は、言葉ではなかなか伝えられない、先人の知恵や願いが詰まった世界であり、それに触れることは人間の成長にとって重要。
【伝統、文化の尊重】
伝統・文化は、行政権力によって強制されるものではない。
ゆとりある社会になれば、自然に人々が伝統に目を向けて大切にするのであり、強制すべきではない。また、既に学校教育では日本史等の科目があり、これ以上歴史や伝統を教える余裕はない。
【郷土や国を愛する心】
家庭を愛する心、地域を愛する心、国を愛する心をはぐくむ教育が必要であり、基本法に理念として盛り込むべき。
危機に立つ今こそ、愛国心を回復し、日本人の誇りを取り戻す教育が必要。「愛国心」と堂々と表現すべき。
自国を愛し誇れる気持ちがなければ、義務も真心をもって履行し得ない。愛国心をはぐくむ教育こそ民主主義教育。
先祖、郷土、歴史といった共通の基盤を背景とする自国民に対しての愛着心や愛国心を育てるべき。
個性が尊重されて、その長所が引き出されてこそ社会の発展があるように、まず自分の国のことを肯定的によく知ることが不可欠。
道徳の教科書にも、国を愛するということや日本人ということが出てくるが、モデル像というか、誇りとすべき日本人像がもっとあるべき。
【郷土や国を愛する心】
国を愛する心は重要だが、強制的に植え付けられるものであってはならない。愛国心は、自然に心の中に芽生えてくるもの。
ことさらに愛国心を持ち出すのは、国民の自然な愛国心の発露を信頼できないということ。
国を愛する心情の概念規定は難しく、基本法には合わない。
愛国心について、戦前回帰でない、あるいは復古主義でないという確証を見いだせない。
「国際競争力の向上のための国家戦略」としての教育は、えてして偏狭な愛国心やナショナリズムを強調することに陥り、多民族化、多文化化が進行する現実から目を背けることになる。
【国際性】
競争に打ち勝つ強い意志・実行力と、世界への発信能力をもつ人材の育成が必要。
理念の中でも、特に、「日本人としてのアイデンティティと、国際性」を重視すべき。
国際性とアイデンティティは大きな問題であるが、今の日本人に最も欠けているもの。
【国際性】

(その他の意見)
「アイデンティティ」は、カタカナでなく日本語の表現にすべき。豊かな表現力を養うためには日本語教育が必要。
祖先を大切にするといった伝統的な生活文化に触れるという経験が自分のバックボーンになっている。
国を愛する心が大切としつつ、国家至上主義や全体主義的考え方の排除についても書くのは、このまま法文化された場合、本来あるべき愛国心が国家至上主義であると誤解される恐れがある。
国家至上主義的、全体主義的な考え方については、しっかり歯止めをかけることが必要。
愛国心を持つことは今後必要だが、「愛国心」という言葉を使うことは難しい。



▼生涯学習の理念
積   極   的   意   見 消   極   的   意   見
現行法に欠けるものとして、生涯教育の視点は重要。
障害のある子どもにとって生涯学習の視点は大切。生涯学習社会への移行について追加すべき。
理念の中でも、特に「生涯学習の理念」を重視すべき。
学校だけでなく、生涯学習という長い目で見た教育の環境整備が大切。
生涯学習社会の実現を基本法見直しの視点の大きな軸として位置づけた上で、理念を体系的に整備することにより、これからの教育の方向性が明確になる。
 

(その他の意見)
生涯教育、職業再訓練という面でも、マンパワーをどう上げていくかという視点に立った議論をすべき。



▼時代や社会の変化に対応した教育
積   極   的   意   見 消   極   的   意   見
厳しい国際競争の荒波に耐えられる人材の育成、市民がその能力を発揮できる環境の整備が必要。
グローバル化や先端科学技術の発展に対応できる教育が必要。
資源が乏しい日本が国際競争力を高めるためには、考える力やコミュニケーション能力の育成が大切。
世界経済の一体化が進み、諸民族の往来が激しくなる中、我が国の足元ばかりにこもるべきではない。
時代の大きな変化の中で、教育を経済効率の下に置くような発想は、公教育の固有の役割と課題をないがしろにする。

(その他の意見)
時代に対応した教育は重要だが、自立した人間を育てるなどの教育の普遍的役割がおろそかにならないよう配慮が必要。


▼職業生活との関連の明確化
積   極   的   意   見 消   極   的   意   見
勤労観、職業観の醸成が重要。
職業生活との関連の明確化については、今回の見直しの大前提にすべき事項であり、一番前に置くべき。
職業教育、職業に就くための技術教育、技能教育が大切であり、基本法の中に明確に位置付けられるべき。
 

(その他の意見)
職業人に対する尊敬をしっかりと子どもたちに植え付けるような内容を盛り込むべき。
職業意識の問題もあるが、制度として、専門的な教育や技術を徹底して提供する社会システムの整備が必要。


▼その他基本理念に関するもの
いつの時代にあっても、豊かな心、美しい心は育て続けていくことが大切。
豊かな心と健やかな体を備えた人間の育成が必要。
「心豊かでたくましい日本人の育成」は、理念は賛成するが、実際の授業の中で実現するのは難しい。
「心豊かでたくましい」といったことを法律に規定することには無理がある。心の有り様に法律が関与すべきではない。
人を思いやる心、慈愛と勇気を持つ人材の育成が必要。
これからの教育の目標として、人権感覚を養い、他者を認め、あらゆる人々と共に生きることのできる社会づくりを盛り込むべき。
時代によって変わらない不易は厳として存在し、それを伝えていくことが教育の大きな役割。


◎教育の機会均等
積   極   的   意   見 消   極   的   意   見
【教育を受ける権利】 【教育を受ける権利】
教育を受ける権利の項に書かれている内容は、基本法以外の法令や施策によって進めることが大切。
権利ばかりではなく、公共心、勤労の義務、国家国民の安全を担う義務等、生まれながらにして取得されていない概念こそ教育すべき。
教育を受ける権利については、今後の多様な教育ニーズに対応する観点から、柔軟性のある「機会」の語の方が当を得ている。
【生涯学習の権利】 【生涯学習の権利】
生涯教育を法律で権利として規定することは、権利という言葉が一人歩きする恐れもあり、抵抗がある。
生涯にわたり学習する権利については、教育の基本理念として生涯学習の理念を規定することで足りる。
【障害者】
障害のある子どもに対する教育は、一人一人の教育的ニーズに応じてきめ細かな教育を保障し、その可能性を伸ばすことが大切であることを理念として入れるべき。
障害者については、障害のある児童生徒等の視点に立って一人一人のニーズを把握して必要な教育的支援を行うとの考えに基づいて、基本法に明記すべき。
【障害者】
障害者など教育上特別な支援が必要な者について新たに規定することは、その実現のために担保されなければならない条件整備が多々あり、慎重な検討が必要。

(その他の意見)
「教育を受ける機会」は、「教育を受ける権利」ではなく、教育を作る権利と選ぶ権利を含む「教育への権利」と呼び替えるべき。
教育を受ける権利については、何でも学校に任せるのではなく、自立した個人が集まって社会や学校を作るという意識が重要。
子どもに本当に自分に合った教育を手に入れてこそ、「教育への権利」が満たされたことになる。


◎義務教育
積   極   的   意   見 消   極   的   意   見
【義務教育の原則】
就学年齢の弾力化、学校選択、教育選択等、義務教育の項に書かれている内容は、基本法以外の法令や施策によって進めるべき。
就学年齢の弾力化、学校選択、教育選択等は、基本法で規定するレベルかという問題があり、できるだけ基本的なものに絞って規定すべき。
【義務教育の原則】
義務教育の目的及び役割を規定する必要がある。
義務教育について、国の関与をもっと明確にすべき。
【義務教育の弾力化】
義務教育については中間報告の内容に賛成。義務教育開始年齢の引き下げ等、より柔軟な制度にするとともに、インターナショナルスクールでの教育も正式に位置づけるべき。
学校区分の弾力化、就学年齢の弾力化、学区制度の見直し等、教育の選択肢を増やすべき。
義務教育における学校選択をある程度自由にすることにより、学校の質の向上、いじめ・不登校対策になる。
学校選択の幅の拡大等により多様な教育サービスが提供され、それを国民が自己責任において選択していくことが大切。
保護者が子どもの教育の種類を選ぶ権利と責任を保障すべき。
学校選択の自由は、親の教育選択権の主要な部分であるとともに、子どもにとっては教育を受ける権利を実質的に担保するものであり、十分に尊重されることが必要。
必ずしも全員そろっての進級でなく、一人一人の歩幅とスピードに合わせたシステムも考えるべき。
【義務教育の弾力化】
学校選択制の進行は、学校と地域社会の連携を弱める恐れがあり、特に義務教育段階の学校選択制には反対。
義務教育の弾力化は地域事情も様々であり、各方面からの意見に十分留意した検討が必要。
義務教育制度の弾力化について、安易に導入の方向性を示すことは、保護者に与える影響が大きい。
義務教育の自由化・規制緩和は、地方自治体や家庭の経済力・情報収集能力による格差を生み出すことにもつながるため、最小限にすべき。
学校の弾力化は、保護者が周囲の状況に流される恐れがあるため、小学校入学年齢の前倒しという方向にならないよう慎重な議論を展開すべき。
自分の能力に応じた学校選択を強いられ、その決定を自己の責任に負わされるような選択や自己責任の論理は、能力主義を生み、弱者切り捨てにつながり、差別や選別を生む。

(その他の意見)
義務教育は、国家が全部運営することではなく、全体として国民が満足できる教育が行き渡ること。
義務教育の徹底が大事。国民としてなさねばならない強制力を伴うものが「義務」のはず。
義務教育について、一定水準までは行政が介在しつつも、そこから先は個々の家庭の責任で、より高度な教育や別の分野での特性を発揮しようとする者の自主性に任せるべき。
教科書無償制度など、義務教育すべてが行政の責任というよりは、むしろ個々の家庭に託すことも有効。
学校を市場の競争にゆだねること、バウチャー制度の導入などによる学校選択制の普及を検討すべき。
一つの方法の押しつけではなく、また単純に市場に開放するのでもなく、親が自ら選んで参加できる新しい教育の実践が重要。
フリースクールやシュタイナー学校、ホームスクーリング等の様々な教育が認められるようにすべき。


◎男女共同参画社会への寄与
積   極   的   意   見 消   極   的   意   見
男女共学と別学に質の差はあっても優劣はなく、基本法で片方を奨励する必要はない。教育の多様性確保のため、公立の男女別学校があってもよい。

男女共同参画について、男女共同参画社会基本法と重複して教育基本法に盛り込むべき必要性はないし、法規の文言が一人歩きしかねない。
男女共同参画について、行き過ぎた文言が基本法に盛り込まれることを危惧。
男女共同参画社会への寄与を盛り込むことについては、現場の混乱に拍車をかけることになり、絶対反対。
男女共同参画社会への寄与が、父親・母親不要論や端午の節句・雛祭りまでも否定する、ジェンダーフリーという極端な男女平等イデオロギーに加担することのないよう、良識的な答申を望む。

(その他の意見)
男女共同参画社会基本法があるにもかかわらず、教育基本法にあえて男女共同参画の概念を盛り込む場合、教育の場においてどのような意味があるのかを明確に打ち出す必要がある。
地域によっては行き過ぎた平等意識もあるので、男女共同参画社会の意味をじっくり踏まえた上での文言にすべき。
男女共同参画について、教育現場では男女の区別をなくすことという誤った解釈があるが、基本法の検討に当たっては、先の官房長官の政府見解を踏まえた検討をすべき。


◎国・地方公共団体の責務等
積   極   的   意   見 消   極   的   意   見
義務教育制度が国の教育の根幹であること及びその財源については国が責任を負うことを明確にした上で、国・地方の責務を含めた教育行政の基本的な在り方について規定すべき。
地方分権の流れの中で、国と地方の責任分担を明確にしておくべき。
義務教育は国の責務であると明記した上で、認められる範囲で地方公共団体がどんな役割分担をするのかを明確にすべき。
国・地方公共団体の責務については、最高裁判決等で解釈が確定しており、基本法の条文を変える必要はない。問題は、必要な条件整備をいかに進めるかである。
教育行政は条件整備を目標として行われるべきで、教育内容、方法などの内容面にまで関与すべきではない。

(その他の意見)
国が教育について最終的な責任を負うものであることを基本とした審議が大切。
行政が教育の方法や内容に必要かつ合理的な範囲で関与することは必要だが、それが政治的な思惑で決定されてはならない。
「不当な支配」については曲解や拡大解釈が行われているが、不当かどうかの判断を誰がどんな基準で行うかのシステムをあらかじめ作っておくことが大切。
国は教育の最低基準や教育方法のモデルを示し、実際の教育は県に任せるべき。県間の競争が地域振興にもつながる。
教育行政は予算を取ってきて条件整備をすることに専念すべき。
地方、特に市町村の教育行政は、義務教育をベースにしてこそその主体性があり、その認識を踏まえた議論をすべき。


◎学校
積   極   的   意   見 消   極   的   意   見
【設置者】
現在の学校法人による学校設置に特に問題がなく十分機能している以上、株式会社の教育分野への参入は望ましくない。
会社が利益追求の手段として教育に参入すると、大きなボタンの掛け違いが生じる可能性が大きく、無原則的な参入は認めるべきでない。
【設置者】
「学校は、・・・法律に定める法人などが、これを設置することができる」とし、親が子どもの教育を選べるような場の検討をするとともに、助成等の措置を講じるべき。
国、自治体、NPOが協力し合い、実験的に新しい教育の場を作るとともに、NPOが主宰する学校にも助成すべき。
【学校の役割】
学校の目的・役割を明確に規定することは重要。
学校の役割について、幼稚園についても当然に盛り込むべき。
学校教育は、個の成熟・完成の域から、日本人、社会人、地域人としての目標へ積極的に転換を図る必要がある。
【学校の役割】
学校の役割に関しては学校教育法で示すべき。また、「知・徳・体」などは学習指導要領において展開されるべき。
【高等教育、私学振興】
現行法は初等中等教育中心で高等教育が明確でないため、高等教育の視点をしっかり盛り込むべき。
国民に高度な教育の機会を提供し、人類全体への知的貢献を行う大学の社会的意義及び高等教育の発展・充実の視点を盛り込むべき。
大学教育について、研究のみならず教育も大事であることを盛り込むべき。
私学の意義・位置付けを基本法に明確に規定すべき。
多面的かつ多様な教育を行う私立学校の振興を盛り込むべき。
独自の建学の精神に基づいて柔軟な学校経営を目指す私立学校の役割を評価すべき。
【高等教育、私学振興】

(その他の意見)
一般に「小学校入学」と理解される「就学」という言葉を見直し、幼稚園が学校教育の始まりであることを周知徹底すべき。
小学校からの教育が前提になっているが、幼稚園教育の視点を含めた検討が必要。


◎教員等
積   極   的   意   見 消   極   的   意   見
【教員】
学校や教員の責任や義務をはっきり示すとともに、教員はそのための能力を高める義務があることについて基本法に盛り込むべき。
教員の使命感や責務を明確にすべき。
教員としての専門性についての規定や、その身分保障が必要。
教員には高い倫理観が求められることを明記すべき。
教員の重要性や重責を訴えるとともに、相応の教員の地位の確保を図るべき。
教師の資質の向上と、教師は労働者ではなく聖職であるという意識の復活が大切。
教員について、専門的研修と併せ、人間としての幅広い修養的教養にも力点を置いて、職能的成長を図ることが大切。
【教員】
教員については、教育公務員特例法等で具体の整備が行われてきており、現行基本法6条の規定で十分である。
教員を管理する傾向、教員の研修を充実させ、不適格な教員に対して厳格に対応していくことに対しては、ある種の危惧を覚える。
【子どもの責務】
韓国やフランスの教育基本法に規定されているような、学校の規律を守ることが生徒の義務であることも盛り込むべき。
【子どもの責務】
子どもが教員の指示に従うように指導することを盛り込むのは、本末転倒。


◎家庭教育
積   極   的   意   見 消   極   的   意   見
家庭、保護者の果たすべき役割や責任を明確にし、強調する方向で規定すべき。
人間関係やマナー、公共心や規範意識、忍耐力や勤勉性の育成の基となる家庭教育の位置付けを基本法上明確にすべき。
基本法上、家庭教育や地域教育は学校教育より上位に置き、大切さを訴えるべき。
親が子どもを責任持って育てることは当然であり、普遍的な原理として基本法に新たに盛り込むべき。
家庭の教育力の回復について明記されたことは評価。家族愛が郷里や国を愛する心へとつながる。
個性を伸ばす教育は主として家庭の責務とすべき。
子どもは親のしつけによって人らしい人になることを強調すべき。
家庭は教育の原点であり、すべての教育の出発点。家庭が子どもの教育について果たすべき役割と責任についての自覚を持つことが重要。
家庭教育の重要性について、もっと踏み込んでよい。家庭が子どものしつけをし、社会生活の習慣を養う場であることを訴えるべき。
家庭教育と幼児教育の大切さを答申に盛り込むべき。家庭教育の考え方については、最小限などとせず、強く述べてよい。
幼児期に感性や意欲を育てることが大事であることを盛り込むべき。
親は子どもに相応の教育を施す義務と権利があり、国はそのための環境整備を推進すべき。
家庭教育、社会教育に関して現行条文以上に法律が踏み込むことは、私教育、自主教育の分野への介入であり、法になじむものではない。
家庭教育の在り方について法律で規定することは、プライバシーを公権力が侵害し、思想統制への道を進むことになる。
家庭教育に関して国民に新たに義務を課すことについては、慎重を期すべき。

(その他の意見)
教育の諸問題の根本的な原因は家庭の教育力の低下にあり、家庭教育振興計画といったものを新たに制定し、保護者への学習機会の提供や、学校・家庭・地域社会の連携・協力を進めることを明記すべき。
家庭教育の基本は、親がいい意味で子どもに干渉し続けること。


◎社会教育
積   極   的   意   見 消   極   的   意   見
義務教育段階の子どもではなく、社会人の教育が大事な問題。
 


◎学校・家庭・地域社会の連携・協力
積   極   的   意   見 消   極   的   意   見
学校・家庭・地域の連携・協力が大切であることを基本法に明記するとともに、具体的な実現に向けて基本計画を策定すべき。
地域によっては地域社会の教育力が弱まっているという実態に留意した上で、条文に規定することについて検討すべき。
子ども、特に障害のある子どもの自立や社会参加の観点から、家庭・地域社会・学校の連携の記述を考えるべき。
今後の教育の在り方として、学校・家庭・地域社会の連携・協力が非常に大事。
学校教育のみならず、家庭教育、地域教育が大切。
学校・家庭・地域がそれぞれ役割を果たした上で連携・協力し、学校をスリム化すべき。
家庭の教育力の回復、学校・家庭・地域社会の連携・強力の推進を重視すべき。
教科を越え、自ら課題を見つけ、解決する力を身に付ける教育を推進することが大切であり、学校、家庭、地域の社会教育関係団体、自治体、企業との連携が必要。
学校・家庭・地域の連携・協力については、学校がイニシアティブをとることが必要である旨の規定にすべき。
地域が学校運営に参加する学校など、新しいタイプの学校の設置が検討されることを期待。
市民や地域が自ら運営にかかわれるような学校の認可を強く求める。
学校の裁量を拡大するとともに、競争原理を導入し、情報開示も進めていくべき。
 

(その他の意見)
縦割りの行政により、弾力的な地域社会の連携ができていない。
地域が学校運営に参加することは大事だが、形式が先走る恐れもあり、本質を踏まえた上で新しいものを取り入れるべき。


◎国家、社会の主体的な形成者としての教養
積   極   的   意   見 消   極   的   意   見
民主主義や自分たちの権利と義務について明確に学ばせること、自分たちの意志と行動で社会を形成できる市民であるということを自覚させることが必要。
教育の荒廃の一因は、真の民主主義が日本に根づいていないこと。意見の違いを認め、少数意見にも耳を傾けながら議論を尽くし到達点を探るという意味での政治教育が欠けている。自分も社会の一員であるという自覚を生む教育を進めるべき。
国民が国家・社会の諸問題の解決に積極的にかかわっていく態度については、態度主義に陥る危険性があり、基本法に規定すべきではない。

(その他の意見)
政治的な教養に関する教育は大切。


◎宗教に関する教育
【宗教教育全般】
日本人には、自分の背骨である宗教心が欠けており、宗教教育は必要。
教育現場で宗教をタブー視することなく、大切な教養の1つとして取り上げ、子どもが人生観を構築する上での選択肢として提示することが大切。
道徳観、倫理観の根拠を示す意味での宗教的な価値は、各宗教、宗派を超えた普遍的なものが共通項としてある。
生き方についての普遍的な真理はどこにも通じるものがあり、普遍的な教義、真理については学校教育の中で学ばせるべき。
国公立学校での宗教教育の禁止の規定は存続させるべきだが、宗教の持つヒューマニズムの精神、生命の慈しみ、他者へ奉仕する理念は重要であり、一般的な価値あるものとして学校教育・社会教育の中でもっと展開されるべき。
一つの宗教に肩入れせず、宗教の普遍的価値を子どもたちに教えることが重要。ただし、戦前の日本のような国家神道に戻れということではない。
宗教は本来公共的・社会的なものであり、正当に評価して、寛容と理解力を持って接することが大事。
宗教的な教養を持つことは、異なる文化、宗教を有する人たちと相互理解と寛容さをもって接する上でも重要。
現行法9条2項により宗教教育がタブーになってるが、宗教的な心情が哲学、芸術、科学等、人間文化の根源にあることに自然に気づかせるべき。
現在は、9条1項の精神が十分に生かされておらず、宗教への寛容や尊重の精神が損なわれている状況がある。
特定の宗教でない、一般的な宗教心の涵養は、現行法9条1項の寛容の精神の中に含まれる。
子どもが宗教的な体験をする機会を提供することが大事。
文化・伝統・倫理意識の深層において人間の営みの基盤を形成している部分にまで掘り下げて宗教を理解できるような教育(宗教文化教育)の導入が必要。
日本人は特定の宗教を持たないことを、他国のしっかりとした宗教をもった人に理屈立てて説明できるだけの何かを自分の中に持てるような教育が必要。
日本の伝統、文化の根底を支える日本の宗教の真理観、生き方は、これからの時代の日本人を育てる教育理念として、価値あるもの。
宗教教育に関する規定については、据え置きにすべき。
【宗教知識教育】
我が国の歴史の中で貴重なものとしてある宗教に関する基本的知識をきちんと教えることが重要であり、国公立の学校でも、キリスト教、仏教などを全部混ぜた宗教概論的なことを教えるべき。
「宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重」を「日本の宗教に関する基本的知識及び理解は、教育上これを重視」に改正すべき。
【宗教情操教育】
宗派宗教ではない、宗教的な情操の涵養や生命に対する畏敬の念の育成は、人格の形成に欠かせない。
公教育における宗教に関する教育は、畏敬の念や豊かな心をはぐくむ観点から大切。
子どもの健全育成に宗教史は欠かせないもの。宗教的な情操を重視する方向で基本法を改正すべき。
学習指導要領の道徳の目標に掲げられている「生命に対する畏敬の念」という宗教的な情操を基本法に位置付けることで、指導要領に記された内容の習得の根拠が明確になる。
「宗教的情操」とは何かが基本法制定当時も議論となったが、間違えば特定の宗教の流布になる危険性があり、現行条文を維持すべき。
現行規定を維持すべきとの意見や、宗教的情操の涵養の重要性を指摘する意見など、様々な見解があるため、引き続き慎重な検討が必要。
【宗派教育】
現行法第2項は、「特定の宗教のための宗派教育」のことであるのに、「特定の宗教のための宗教教育」という言葉が使われているため、宗教教育全般を禁止するとの誤った解釈を生む余地がある。基本法改正の際も含め、「特定の宗教のための宗派教育」といった表現を用いるべき。
【その他】
自分が生きているのは先祖がいるからであり、祖先崇拝の考え方や祖霊に対する慰霊といった宗教的行為の尊重を盛り込むべき。
宗教について教えられる教師が少ないのは事実だが、適切な教材や副読本、丁寧な学習指導要領の作成、教師の研修等で対応すべき。
教育資格取得課程・教員養成課程で、国内外の宗教について幅広く学ぶことができるカリキュラムの導入が必要。
私立については、幼児期からの宗教教育を推進する方向で議論すべき。
各国に独自の宗教事情があり、そのことを理解することが重要。

宗教に関する教育については、中間報告で一定の方向性が示されていないので、「積極的意見」「消極的意見」の分類は行っていない。