前文

前文
  われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
  われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
  ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい教育の基本を確立するため、この法律を制定する。

【趣旨】


憲法には前文があるが、法律には前文を付さないことが通例である。
しかし、教育基本法は、1新しい教育理念を宣明する教育宣言であり、その他の教育法令の根拠法となるべき性格をもつこと、また2日本国憲法と関連して教育上の基本原則を明示し、憲法の精神を徹底するとともに、教育本来の目的の達成を期して制定されたことなど、極めて重要な法律であるという認識から、本法制定の由来と目的を明らかにし、法の基調をなしている主義と理想とを宣言するために、特に前文がおかれたものである。


「此の法案は教育の理念を宣言する意味で教育宣言である、或は教育大憲章であるとも見られませうし、又今後制定せらるべき各種の教育上の諸法令の準則を規定すると云ふ意味に於きまして、実質的には教育に関する根本法たる性格を持つものであると申上げ得るかと存じます、従つて本法案には普通の法律には寧ろ異例でありまする所の、前文を附した次第でございます」(昭和22年3月19日・貴族院本会議における高橋文部大臣による提案理由説明)

(1) 第1項は、憲法と教育との関係を明確にし、法制定の由来を規定するもの。
  「民主的な国家」
      単に政治的な面で民主主義な国家を意味するものではなく、社会的、経済的、文化的方面等も含めて、一般に民主主義を基調とする国家を意味する。
  「文化的な国家」
      真・善・美の文化価値の実現を目指す国家を意味する。
     
(2) 第2項は、本法を貫く精神、すなわち従来の教育の弊害への反省にたった新しい教育の基調を示し、その普及徹底を図ることを強調するもの。
  「個人の尊厳を重んじ」
      これは、「個人の尊厳を重んじ(る人間の育成)」と続くのではなく、「個人の尊厳を重んじ(る基礎の上に教育を行う)」という文脈で理解するものとされている。
  この規定は、戦前の教育が国家のために奉仕するものとされ、「皇国民の錬成」が主眼とされて、個人のもつ独自の侵すべからざる権威が軽視されてきたことを踏まえて、いかなる境遇や身分にあろうとも、すべての個人が、他をもって代えることが出来ない人間として有する人格の尊厳が重んじられるものであって、その基礎の上に教育がなされなければならないことを示すものである。
  「真理と平和を希求する人間の育成」
      戦前の教育においては、国家に有用のもののみが真理とされ、真理のための真理の追求が軽視されてきた弊害があったことから、それを改め、教育本来の道に立ち返ることを意図したもの。
  「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化」
      文化の意味や価値自体は普遍的であるが、このような普遍的価値に照らしながら形成された文化が、結果として文化形成主体の個性や属する国民性などに由来する個性を豊かにもつ文化となることを示す。
     
(3) 第3項は、憲法の精神を受け、新しい教育の目的の達成を目指すという、教育基本法制定の目的及び趣旨を示している。


(参考1)前文の法的性格

法令の各本条の前に置かれ、その法令の制定の趣旨、目的、基本原則を述べた文章を「前文」といい、法令制定の理念を強調して宣明する必要がある場合に置かれることが多い。
前文は、具体的な法規を定めたものではなく、その意味で、前文の内容から直接法的効果が生ずるものではないが、各本条とともにその法令の一部を構成するものであり、各条項の解釈の基準を示す意義・効力を有する。


(参考2)基本法で前文を有するもの
  教育基本法、観光基本法、高齢社会対策基本法、ものづくり基盤技術振興基本法、男女共同参画社会基本法、文化芸術振興基本法、少子化社会対策基本法