教育基本法案要綱案(昭和二一年一一月二九日)

 
(教育刷新委員会第一特別委員会で作成され、参考案として総会に提示された案文。下線は現行法と異なる部分)
 
教育基本法案要綱案(参考案)
   教育は、真理の開明と人格の完成とを期して行われなければならない。従来、わが国の教育は、やゝもすればこの自覚と反省とにかけるところがあり、とくに真の科学的精神と宗教的情操とが軽んぜられ、徳育が形式に流れ、教育は自主性を失い、ついに軍国主義的、又は極端な国家主義的傾向をとるに至つた。この過りを是正するためには教育を根本的に刷新しなければならない。
   さきにわれらは、憲法を根本的に改正し、民主的文化国家を建設して、世界平和に寄与する基礎を築いた。この大業の成就は一に教育の力にまつべきものであつて、人間性を尊重し、真理と正義と平和とを希求する人間の育成を期すると共に、普遍的にしてしかも個性ゆたかな伝統を尊重して、しかも創造的な、文化をめざす教育が普及徹底されなければならない。
   われらは、こゝに、教育の目的を明示して、新日本教育の基本を確立するとともに、新憲法の精神に則り、それと関連する諸条項を定めるために、教育基本法を制定する。
   われら国民はすべて、この自覚の下に、教育の目的の実現に向つて不断の努力をいたさんことを期するものである。
 
   教育の目的
     教育は、人間性の開発をめざし、民主的平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義とを愛し、個人の尊厳をたつとび、勤労と協和とを重んずる、心身共に健康な国民の育成を期するにあること。
   
   教育の方針
     教育の目的は、あらゆる機会とあらゆる場とを通じて実現されなければならない。この目的を達成するためには、教育の自律性と学問の自由とを尊重し、現実との関連を考慮しつつ、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力とによつて、文化の創造と発展とに貢献するように努めなければならないこと。
   
   教育の機会均等
     すべて国民は、人種、信条、性別、社会的身分又は門地の如何に拘わらず、法律の定めるところにより、その能力と適性とに応じて、均等に教育を受ける機会が与えられなければならないこと。
     国及び公共団体は、能力あるに拘らず、経済的理由によつて修学困難な者に対し、法律の定めるところにより、育英の方法を講じなければならないこと。
   
   女子教育
     男女は、お互に敬重し、協力し合わなければならないもので教育上原則として平等に取り扱わるべきものであること。
   
   義務教育
     国民は、法律の定めるところにより、その保護監督する子女に、満六歳より満十五歳まで九ヵ年の普通教育を受けさせる義務を負うこと。
     国又は公共団体が設置する学校における義務教育については、授業料はこれを徴収しないこと。
   
   政治教育
     政治的教養の啓発は、教育上これを尊重しなければならない。但し法律に定める学校は、特定の党派的政治教育及び活動をしてはならないこと。
   
   宗教教育
     宗教的情操のかん養は、教育上これを重視しなければならない。但し官公立の学校は、特定の宗派的教育及び活動をしてはならないこと。
   
   学校の公共性と自主性
     法律に定める学校は、公の性質をもつものであつて、国又は公共団体の外、法律の定める法人のみがこれを設置することができるものとすること。
     学校は、教育の使命を達成し、学園の秩序を保持するために必要な規則を定めることができるものとすること。
   
   教員の身分
     法律に定める学校の教師は、公務員としての性格をもつものであつて、自己の使命を自覚して、その職責の遂行に努めなければならない。これがため、法律の定めるところにより、その身分が保障せられ、待遇の適正が期せられなければならない。
   
   教育行政
     教育行政は、学問の自由と教育の自主性とを尊重し、教育の目的遂行に必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならないこと。
   
十一   社会教育
     国及び公共団体は、教育の目的を達成するため、家庭及び学校における教育活動の外あらゆる手段方法による教育の実施に努力しなければならないこと。
     工場、事業場その他勤労の場においてなされる教育の施設は、国及び公共団体によつて奨励さるべきであること。
     新聞、出版、放送、映画、演劇、音楽その他の文化施設は教育的考慮の下になされることが望まれること。
 
 
教育基本法案(昭和二二年三月一二日)
(政府の帝国議会への提出原案。なお、原案通り可決成立)
教育基本法案
 
   われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。
   われらは、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するとともに、普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。
   ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。
 
一条(教育の目的)   教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたつとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。
 
二条(教育の方針)   教育の目的は、あらゆる機会に、あらゆる場所において実現されなければならない。この目的を達成するためには、学問の自由を尊重し、実際生活に則し、自発的精神を養い、自他の敬愛と協力によつて、文化の創造と発展に貢献するように努めなければならない。
 
三条(教育の機会均等)   すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならないものであつて、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によつて、教育上差別されない。
2    国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によつて修学困難な者に対して、奨学の方法を講じなければならない。
 
五条(男女共学)   男女は、互に敬重し、協力し合わなければならないものであつて、教育上男女の共学は、認められなければならない。
 
四条(義務教育)   国民は、その保護する子女に、九年の普通教育を受けさせる義務を負う。
2    国又は地方公共団体の設置する学校における義務教育については、授業料は、これを徴収しない。
 
八条(政治教育)   良識ある公民たるに必要な政治的教養は、教育上これを尊重しなければならない。
2    法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。
 
九条(宗教教育)   宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。
2    国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。
 
六条(学校教育)   法律に定める学校は、公の性質をもつものであつて、国又は地方公共団体の外、法律に定める法人のみが、これを設置することができる。
2    法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であつて、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない。このためには、教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。
 
十条(教育行政)   教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである。
2    教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない。
 
七条(社会教育)   家庭教育及び勤労の場所その他社会において行われる教育は、国及び地方公共団体によつて奨励されなければならない。
2    国及び地方公共団体は、図書館、博物館、公民館等の施設の設置、学校の施設の利用その他適当な方法によつて教育の目的の実現に努めなければならない。
 
十一条(補則)   この法律に掲げる諸条項を実施するために必要がある場合には、適当な法令が制定されなければならない。
 
附   則
   この法律は、公布の日から、これを施行する。