革新的植物分子デザイン

1.目標名

革新的植物分子デザイン

2.概要

植物は4.5億年の進化の過程で、生存戦略として、多種多様な化合物を産生するようになった。人類はこれを医薬品、健康機能成分、農薬類、素材など、生活に不可欠な生産品として開発・利活用してきたが、その生合成は植物固有の多重な重複遺伝子や、共生・感染などの他生物との相互作用等の複雑なメカニズムによって制御されている等のため、未解明の点が多い。このため、植物による化合物生産はサスティナブルであると脚光を浴びてはいるものの、現状では勘と経験に多くを依存した利活用にとどまっており、未だ解明・利用されていない植物資源は山積している。
本戦略目標では、こうした未利用の植物分子(植物由来化合物及びその関連遺伝子)を軸とした生体内及び生態系内の生命現象解明を行うとともに、その有効利用に資する基盤技術を確立する。具体的には、近年特に発達を遂げた計測・分析技術、比較ゲノム解析等のバイオインフォマティクスや、わが国の強みである有機合成化学等を駆使しながら、モデル植物のみならず、農業用作物や薬用植物、それ以外の多様な植物から有用植物分子を発掘し、その構造・機能・生合成メカニズムを包括的に理解する。また、これら植物分子の活用に向けた植物分子デザイン(分子そのものや分子を活用した生合成系等のデザイン)の基盤技術創出を目指す。

3.達成目標

本戦略目標では、これまでの植物研究の手法にとらわれず、近年特に発達を遂げた計測・分析技術、比較ゲノム解析等のバイオインフォマティクスや、有機合成化学等の他分野のサイエンスを駆使しながら、未利用の植物分子を軸とした生命現象の根本理解や植物分子デザインのための基盤技術確立を目指す。具体的には、以下の3つの達成を目指す。
(1)有用植物分子の発掘と生合成メカニズムの解明
(2)植物分子デザインに資する基盤技術の開発
(3)植物分子デザインの多様な植物への応用に向けた研究開発

4.研究推進の際に見据えるべき将来の社会像

3.「達成目標」の実現を通じ、新規に開拓された分子をデザインする基盤技術を獲得し、以下に挙げるような社会の実現に貢献する。
・有用物質のクリーンかつ経済的な生産技術基盤が確立した持続可能な社会
・感染性微生物の混入リスクなどが十分に抑制された医薬品や健康機能成分による健康長寿社会

5.具体的な研究例

(1)有用植物分子の発掘と生合成メカニズムの解明
植物の未利用遺伝資源を化合物レベルや遺伝子レベルで特定し、植物分子の生合成メカニズムやその制御機構の解明を行う。また、植物分子を通じた他生物との相互作用機構を明らかにする。具体的には以下の研究等を想定。
・ゲノム基盤の無い植物種から植物分子の生合成に関わる因子の同定
・メタボロームと有機化学の連携による、新規の植物分子の同定・構造・機能解析
・植物分子多様化の原因であるゲノム複雑化とその進化適応原理の解明
・植物分子を介した微生物、昆虫等との共生・感染メカニズムの理解(自然生態系での機能解明を含む)

(2)植物分子デザインに資する基盤技術の開発
生合成制御メカニズムなどの解明を踏まえた技術基盤の創出を行う。具体的には以下の研究等を想定。
・シミュレーション等を活用した新たな分子設計及び合成した分子による制御技術の開発
・生合成部位の形態形成や輸送制御に関する基盤技術の開発
・植物生合成関連遺伝子群の自在な発現制御技術の開発(ケミカルバイオロジーによる介入、人工染色体やエピゲノム編集等を含む)

(3)植物分子デザインの多様な植物への応用に向けた研究開発
植物における生合成メカニズム、生合成制御機構等を踏まえ、利活用可能な植物由来の分子の合成に向けた分子デザインに係る研究を行う。具体的には以下の研究等を想定。
・希少な植物分子の、異種植物・異種生物での発現・生産技術の開発
・生合成経路の改変・創出等に資する合成生物学的手法の開発
・有用な非天然化合物の生合成技術の開発

6.国内外の研究動向

2015年以降、ロングリードが可能なシーケンサーの登場、質量分析計の高度化、AI等を活用したアノテーション技術(ゲノム配列に機能を割り当てること)の向上、比較ゲノム解析等により、モデル植物のみならず、多様な植物から有用な化合物を抽出することが可能になってきた。さらに、シミュレーション技術の向上による成長制御物質の未知機能・物質の解明、数理等を用いた植物代謝経路の理解・制御等、様々な学術アプローチによる植物研究の萌芽も見られる。

(国内動向)
戦略目標「二酸化炭素の効率的資源化の実現のための植物光合成機能やバイオマスの利活用技術等の基盤技術の創出」(平成23~30年度)、戦略目標「気候変動時代の食料安定確保を実現する環境適応型植物設計システムの構築」(平成27~令和4年度)において、光合成や気候変動に対応するロバストな植物の研究が実施され、エピジェネティクスやゲノム編集を利用した、植物体の大きさやストレス耐性を向上させる研究成果が創出されている。
また、ERATO「沼田オルガネラ反応クラスタープロジェクト」(平成28~令和2年度)、新学術領域研究「生物合成系の再設計による複雑骨格機能分子の革新的創成科学」(平成28~令和2年度)等のプロジェクトが推進中であり、植物細胞中のオルガネラに着目した物質生産や、植物の二次代謝物の生合成を利用した非天然物合成や効率的な物質生産の基盤技術が創出されつつある。また、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発」(平成28~令和2年度)では植物二次代謝物の生合成の活性化に関する社会実装のための研究開発が展開されている。

(国外動向)
EUのシンクタンク組織である European Technology Forum は2020年に向けたアクションプランで、植物による物質生産をサーキュラーエコノミーの鍵と位置付けており、欧州「Horizon 2020」において植物合成生物学の基礎から実装まで様々な研究への重点投資が行われている。
また米国においても、これまでは一次代謝系の研究への投資が中心だったが、NIH(国立衛生研究所)において特定の植物二次代謝物を効率的に生産する研究に投資が始められている。さらにDARPA(国防高等研究計画局)、メリンダ&ビルゲイツ財団等においても、植物の二次代謝物について基礎から応用まで大規模研究投資が行われている。
中国やインドでは伝統的に用いられてきた生薬成分の生合成や合成生物学研究に中央政府などから大規模研究投資が行われており、植物による有用物質の生産が注目を浴びている。

7.検討の経緯

「戦略目標の策定の指針」(令和元年7月科学技術・学術審議会基礎研究振興部会決定)に基づき、以下のとおり検討を行った。

1.科学研究費助成事業データベース等を用いた国内の研究動向に関する分析及び研究論文データベースの分析資料を基に、科学技術・学術政策研究所科学技術予測センターの専門家ネットワークに参画している専門家や科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)の各分野ユニット、日本医療研究開発機構(AMED)のプログラムディレクター等を対象として、注目すべき研究動向に関するアンケートを実施した。

2.上記アンケートの結果及びJST-CRDSにおいて開催したワークショップやインタビュー等を参考にして分析を進めた結果、植物の未利用資源活用が重要であるとの認識を得て、注目すべき研究動向「革新的植物分子デザインを通じた未利用資源活用」を特定した。

3.令和元年11月に、文部科学省とJSTは共催で、注目すべき研究動向「革新的植物分子デザインを通じた未利用資源活用」に関係する産学の有識者が一堂に会するワークショップを開催し、従来の植物分野の延長線上にない、植物分野と他分野が融合した新しい領域として取り組むべきテーマやその喫緊性、植物分野と異分野の連携等について議論を行い、ワークショップにおける議論やJST-CRDSのライフサイエンス・臨床医学ユニットからの提言等を踏まえ、本戦略目標を作成した。

8.閣議決定文書等における関係記載

「バイオ戦略」(令和元年6月11日統合イノベーション戦略推進会議決定)
1.1.4
・米、欧、中等主要国において、バイオエコノミーの拡大による新たな市場の形成を国家戦略に位置付け、これまでのバイオテクノロジーをいかに活用するかというシーズ発の発想から大きく転換
・持続可能な社会と経済成長の両立というニーズのもと、イノベーションによって再生可能な生物資源や廃棄物を利活用した付加価値製品への転換を発想し、実現するという新しい価値、ひいては新市場の創出を意図

「革新的環境イノベーション戦略」(令和2年1月21日統合イノベーション戦略推進会議決定)
2-V-30
・2050年までにCO2吸収力を高めた植物・海藻(スーパー植物)、エネルギー生産やGHG発生抑制等の能力を高めた微生物や植物の安定生産を目指すとともに、気候変動に対応した品種等の開発のための技術開発を行い、産業持続可能なコストでの実用化を目指す。
2-V-31
・光合成によりCO2を吸収した微細藻類・植物や廃棄物・下水などのバイオマス資源を利用し、プラスチックや、CNF等の高機能素材を利用した製品などの開発を行い、 2050年に向けて産業持続可能なコストでの社会実装を目指す。(中略) 素材のみならず、その素材を効率的に作るためのバイオマス増産であったり、酵素や酵母の培養等についても実用化に欠かせない量産技術開発として追求する。

9.その他

平成27年度に開始したCREST「植物頑健性」/さきがけ「フィールド植物」では、これまでの戦略的創造研究推進事業等で開発されてきた植物研究を横断的かつ重層的に集積・発展させることにより、環境適応機構の機能やその発現にかかわるDNAなどの生物指標の同定や、それを利用した新しい植物の開発が進められている。
本戦略目標ではこれまでの植物に関する研究開発の概念を越え、植物で行う物質生産の観点から真に必要となる生合成・生合成制御技術を特定し開発、利用することによって新たな技術革新を目指す。
また、諸外国の動向等を踏まえて、国内外の幅広い研究者の共同研究を積極的に進めることにより、効率的・効果的に研究を推進することを想定している。

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研究振興局基礎研究振興課
金子、濱田
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