情報担体と新デバイス

1.目標名

情報担体と新デバイス

2.概要

次世代情報化社会においてサイバー空間とフィジカル空間をつなぐデバイスやシステムには、省エネルギー性・高機能性など多くの優れた特性を共存させることが求められている。一方で、電子を情報担体(※)とした従来型の半導体デバイスですべての要求を満たすことは難しくなりつつある。そこで、本戦略目標では、情報の取得・変換・記憶・演算・伝達・出力等の機能を担う情報担体を、これまで主に利用されてきた電子の状態や動きに加えて、量子、スピン、イオン濃度、分子構造、物質相変化、物理系ネットワーク構造等へと多様化し、その制御技術とデバイス動作原理を確立するとともに、革新的な機能・性能を有するデバイスを創出する。さらに、それぞれの情報担体の特性とそこから得られる機能を追究し、学理を構築することを目指す。

※ここでは情報担体(Information Carrier)を、電子やイオンなどの実体だけではなく、状態変数として定義される情報を表す物理量や、物理系のネットワーク構造・分子構造等、広く情報を担い得る自由度を包含した概念としている。

3.達成目標

本戦略目標では、情報の取得・変換・記憶・演算・伝達・出力等の機能をデバイス内部で担う情報担体を、要求される性能に応じて探索及び最適配置することで、新たな機能デバイスの開拓や、システムとしての大幅な性能向上を実現することを目指す。具体的には、以下の3つの達成を目指す。
(1)多様な情報担体の探索及びその特性と機能に関する学理の構築
(2)情報担体の制御手法確立と革新的デバイス動作原理の創出
(3)革新的デバイスの創出

4.研究推進の際に見据えるべき将来の社会像

3.「達成目標」の実現を通じ、革新的な機能・性能を有するデバイスやシステムを開発し、以下に挙げるような社会の実現に貢献する。
・高効率の計算技術、AI技術、センサ技術等の発展による革新的IoT機器の開発を通して、Society 5.0を実現する社会
・ポスト5Gなど通信、情報処理の高速化や人間社会と調和する機能の開拓、医療技術の高度化などによる快適で持続可能な生活を実現する社会

5.具体的な研究例

(1)多様な情報担体の探索及びその特性と機能に関する学理の構築
革新的デバイスの創出に資する多様な情報担体を探索し、その特性と機能に関する学理を構築するための研究を行う。具体的には以下の研究等を想定。
・量子、スピン、イオン濃度、分子構造、物質相変化、物理系ネットワーク構造等の特性を物理的・数理的に理解し、情報担体の多様化に資する研究
・情報担体を特徴づける、物質の組成、構造、物理量、状態変数等と、特定の環境下において発現する機能・現象の関係性について解明する研究

(2)情報担体の制御手法確立と革新的デバイス動作原理の創出
情報担体の特性を最大限に引き出すための制御手法を確立し、革新的なデバイス動作原理を創出するための研究を行う。具体的には以下の研究等を想定。
・情報担体やその状態を把握・制御するために必要な計測技術、情報入出力技術、アルゴリズム等の開発
・電子・スピン・光・量子等の情報担体間で情報を高効率に相互変換する技術の開発
・情報担体の最適化による環境・生体などの外部情報を効率的に取得・変換・記憶・演算・伝達・出力等するデバイス動作原理の創出

(3)革新的デバイスの創出
物質科学、材料科学からデバイス技術、さらにはシステム工学などの関連分野を垂直統合し、情報担体を適切に活用することによりサイバー空間とフィジカル空間をつなぐ革新的デバイスやシステムを創出・実装することを目指した研究を行う。具体的には以下の研究等を想定。
・大規模なデータを高速かつ省エネルギーでリアルタイムに処理するデバイスの開発
・単一デバイス内において情報の取得・演算や制御を同時に実現するアクチュエータ等の自律型デバイス開発

6.国内外の研究動向

Society 5.0やIoT社会の実現のために、デバイス科学分野では、サイバー空間とフィジカル空間を繋ぐセンサ・アクチュエータ技術、省エネルギーかつ高機能なコンピューティング技術、インテリジェントで堅牢・省スペースなデバイスなどへの注目が高まっている。また、集積回路の微細化限界に直面しつつある中、飛躍的な性能向上を実現する革新的なデバイス動作原理の研究が盛んに行われている。特に近年では、柔らかい材料の非線形な動き等を利用する物理系コンピューティングや、分子吸着によるひずみを利用した五感センサ、熱勾配を利用して自律的に動くアクチュエータなど多様な情報担体を活用する、これまでとは本質的に異なるデバイス動作原理が生み出されつつある。

(国内動向)
平成25年度戦略目標「情報デバイスの低消費電力化や多機能化の実現に向けた、素材技術・デバイス技術・ナノシステム最適化技術の融合による革新的基盤技術の創出」や平成28年度戦略目標「量子状態の高度制御による新たな物性・情報科学フロンティアの開拓」などを基に、CREST、さきがけの研究が推進され、スキルミオンを用いたメモリ技術や、ナノロッドを用いたセンサ等、国内発の革新的なデバイス動作原理が創出されている。また、平成30年度新学術領域「ソフトロボット学の創生」などにより、柔らかい材料の構造ダイナミクス等、新しい情報担体を利用して、アクチュエータなどデバイス側で情報処理を効率的に行う技術の研究が進められている。
また、平成29年度戦略目標「Society 5.0を支える革新的コンピューティング技術」や平成31年度戦略目標「次世代IoTの戦略的活用を支える基盤技術」等のCREST、さきがけにおいても、主に情報科学的なアプローチによる研究が進められている。

(国外動向)
海外でも従来の半導体技術を中心とした情報処理技術の進歩が限界を迎えつつあるとの認識のもと、米国のDARPA(国防高等研究計画局)のNanoelectronics Research Initiativeを始めとしたプロジェクトにおいて、非ノイマン型のコンピューティング手法やセンサ融合、AIエレクトロニクスなど、新しい情報担体とデバイス動作原理を活用してデバイスの性能を革新しようという研究が盛んに行われている。また、特に、量子技術においては、米国・中国を中心に各社が巨額の投資を行い、量子コンピュータの実現に向けた研究が精力的に進められている。さらに、光技術やスピン技術においても、欧米等で革新的なデバイスを実現するための投資が積極的に行われている。

7.検討の経緯

「戦略目標の策定の指針」(令和元年7月科学技術・学術審議会基礎研究振興部会決定)に基づき、以下のとおり検討を行った。

1.科学研究費助成事業データベース等を用いた国内の研究動向に関する分析及び研究論文データベースの分析資料を基に、科学技術・学術政策研究所科学技術予測センターの専門家ネットワークに参画している専門家や科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)の各分野ユニット、日本医療研究開発機構(AMED)のプログラムディレクター等を対象として、注目すべき研究動向に関するアンケートを実施した。

2.上記アンケートの結果及びJST戦略研究推進部との議論やJST CRDSの戦略プロポーザル「革新的コンピューティング」、平成30年度新学術領域「ソフトロボット学の創生」、応用物理学会等の学会におけるシンポジウム等を参考にして分析を進めた結果、デバイスの内部において情報を担う情報担体の多様化と体系化、最適化が重要であるとの認識を得て、注目すべき研究動向「多様な情報担体の活用と体系化による革新的デバイス動作原理の創出」を特定した。

3.令和元年11月に、文部科学省とJSTは共催で、注目すべき研究動向「多様な情報担体の活用と体系化による革新的デバイス動作原理の創出」に関係する産学の有識者が一堂に会するワークショップを開催し、科学的知見の革新性や社会・経済に与えうる影響の大きさ、国際情勢を踏まえた適時性等について議論を行い、ワークショップにおける議論や有識者に対するヒアリング等を踏まえ、本戦略目標を作成した。

8.閣議決定文書等における関係記載

「第5期科学技術基本計画」(平成28年1月22日閣議決定)
第2章(3)<2>i) 超スマート社会サービスプラットフォームの構築に必要となる基盤技術
・(前略)サイバー空間における情報の流通・処理・蓄積に関する技術は、我が国が世界に先駆けて超スマート社会を形成し、ビックデータなどから付加価値を生み出していくうえで不可欠な技術である。
・大規模データの高速・リアルタイム処理を低消費電力で実現するための「デバイス技術」
・大規模化するデータを大容量・高速で流通するための「ネットワーク技術」
・IoTの高度化に必要となる現場システムでのリアルタイム処理の高速化や多様化を実現する「エッジコンピューティング」
第2章(3)<2>ii) 新たな価値創出のコアとなる強みを有する基盤技術
・人やあらゆる「もの」から情報を収集する「センサ技術」
・サイバー空間における情報処理・分析結果を現実世界に作用させるための機構・駆動・制御に関する「アクチュエータ技術」
・革新的な構造材料や新機能材料など、様々なコンポーネントの高度化によりシステムの差別化につながる「素材・ナノテクノロジー」

「ナノテクノロジー・材料科学技術研究開発戦略」(平成30年8月ナノテクノロジー・材料科学技術委員会策定)
4(1)ii戦略的・持続的に取組を進めるべき研究領域
・IoT/AI時代の革新デバイス:(前略)Society5.0時代の高度なサイバー・フィジカルシステムの実現には、(中略)こうしたデバイスに用いられる半導体、MEMS/NEMSや量子科学技術といった先端技術の飛躍的な進展に必要なマテリアルの革新を推進することが重要である。
・ロボットを革新するマテリアル:(前略)軽量で柔軟かつ環境の変化に対応した動作が可能なアクチュエータや、(中略)多様な臭い物質の検知や皮膚表面での圧力検知が可能なインテリジェントセンサ、(中略)人間と円滑にコミュニケーションするためのデバイス等の新たなマテリアルの開発が重要である。

9.その他

本戦略目標に関連する施策として、国内では、平成29年度に発足したCREST/さきがけ「革新的コンピューティング」や「トポロジー」、平成28年度に発足したCREST/さきがけ「量子技術」・「量子機能」などの領域において、コンピューティングや物質科学・量子技術に注目した研究が推進されている。より広くサイバー空間とフィジカル空間を繋ぐデバイスを対象とする本戦略目標が、これらを含む関連の領域と連携して研究を推進することによって、効果的に技術シーズを創出することが望まれる。また、デバイス開発までを効率的に進めるために、必要に応じてデータサイエンスなども活用することが考えられる。
日本は、素材・電子部品・ナノテク・デバイス・微細加工・ロボティクス等で一定の地位を有しており、これらの分野が一丸となって情報と実社会との融合を目指した研究を行うことで、国際的にも次世代の高度情報化社会を先導していくことが期待される。また、海外動向を踏まえ、必要に応じた欧米などとの国際連携(2国間の産産学学連携なども含む)の推進を期待する。

お問合せ先

研究振興局基礎研究振興課
金子、濱田
03-5253-4111(内線4120)