ここからサイトの主なメニューです
前(節)へ  次(節)へ
1部   高等教育の課題と展望
第1章  我が国高等教育の歩み
第1節  戦前の高等教育
1  概説


戦前の高等教育機関には,大学,高等学校,専門学校,高等師範学校などがあり,それぞれの目的・性格に応じ高等教育の役割を果たしてきた。

明治維新後,新政府は世界の大勢に即応する近代国家の建設を目指して薪しい体制の整備を急ぎ,欧米先進諸国の近代思想や科学技術を果敢に取り入れた。このような我が国の近代化の一環として高等教育制度を創設し,拡充・整備したのである。とりわけ最高学府とされた大学は,新しい時代に即応する指導的人材の養成と当時急務とされた欧米の学術・文化を摂取するための中心的機関として位置付けていた。

戦前の高等教育は,いわゆる複線型であり,高等学校から大学に進学する系統と,専門学校へ進学する系統,さらには高等師範学校などの教員養成のための系統の学校に事実上分かれていた。(師範学校は昭和18年に専門学校レベルの学校になった。 1-1-1 )

1-1-1 大正8年の教育制度

これらの高等教育機関について,明治10年代末期から30年代にかけて,その制度の基礎を確定し,国立の教育機関の創設を中心に整備を行い),大正年間には,大学,高等学校について,公私立を通じた制度の整備を行うとともに,専門学校も含めた高等教育機関の拡張を図った。

1-1-2  戦前における高等教育制度の変遷

1-1-1  昭和10年度における高等教育

例えば昭和10年度における高等教育機関の設置状況と進学状況をみると, 表I-1-1 のとおりであり,学校数は大学45校,高等学校32校,専門学校177校,高等師範学校4校などとなっている。これら高等教育機関在学者の同一年齢人口こ占める割合は2.5%であり,今日の大衆化した大学と比較すると極めて少数であったことが分かる。

以下には,大学及び高等学校について紹介する。


前(節)へ  次(節)へ

ページの先頭へ   文部科学省ホームページのトップへ