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第5章   1970年代の教育改革の動向
1  世界における教育改革の動向
(1)  先進諸国における教育改革の課題
a  教育の目的・目標


1960年代の教育成長は,ややもすると経済成長のための教育成長ととられがちであつた。しかし,経済成長がある一定段階に達して,それが人類の究極の目的であり得ないことが自覚されるようになると,成長の目的について疑問が生じてきた。

1970年5月に行なわれたOECD閣僚理事会では,1960年代の経済の驚異的な発展を土台に,1970年代は「生活の質の向上」を求める時代であるとしているが,この会議においても,量的拡大であつた1960年代に対し,1970年代は「質」の成長を求める時代であるという見解を取る。そして教育成長も社会全体の総合的・質的成長の関連においてとらえることが,最も重要なことである。また,社会の総合的な目的を離れて教育の目的はありえないし,目的なくして政策または計画のたてようがないということから,各国の総合的発展の目的・目標との関連において,1970年代の教育の目標は考えられなければならない。

なお,1970年代の教育を考える場合には,単に学校教育にとどまらずひろく「生涯教育」という考え方が基盤となつている。その基本的考え方は,この急変する社会においては,一定期間の学校在籍中に,一定量の知識を学習するのみでは,ふじゅうぶんである。人間の生活において幼児期から老年期に至るまで学習を続けることが不可欠であるということである。

この考え方に従えば,就学前の教育,学校教育外の教育,学校教育修了後の教育も重要であり,また,学校教育は生涯教育の一環としてとらえられ再編成されるべきである。


(a) 機会の均等

公教育が限られた一部の人々にしか普及していなかつた時代においては,公教育の機会均等の拡張が一つの大きな目標となり得た。しかし,主要国においては,少なくとも初等・中等教育段階では,ほぼ全人口がすでに公教育を受ける機会に浴しており,この意味では,目標は達成されたものといえる。また,高等教育についてみても,1960年代において,高等教育を受ける人口の同一年齢層に占める比率は著しく増加し,なお増加の傾向をたどると予想されるが,一応,社会的需要との均衡の上からみてかなりの程度まで目標を達成してきているといえよう。

しかしながら,形式的には教育を受ける機会が与えられたとしても,公教育によつて受ける恩恵が均等であるか否かという問題がとりあげられなければならない。すなわち,量の問題から質の問題への転換が必要である。

各人が平等に成果を得られるように図つて,実質的に教育の機会均等を保証することが今後の課題といえよう。


(b) 効率

教育の目的を実現するために,いかに効率よく教育を行なうかが一つの目標と考えられる。経済成長が強調された時期において,人的資源養成をいかに急速に達成するかが教育の目標であると社会の一部にみなされたこともかつてはあつた。しかし,1970年代においては,成長の「質」が重要であるとの反省がなされているのであるから,教育の効率も,その目的に沿つて,考えられなければならない。

効率を高めるにあたつて,最も重要な問題は,教員の果たす機能であることは明らかである。すぐれた教員の養成およびその地位の向上は,教育の効率を高めるうえに欠かせず,各国の教育改善の第一の課題となるものである。


(c) 社会への適応

教育は,個人と社会の橋渡しの役割を果たすものである。過去30年の急激な経済成長,技術の進歩,社会の変化によつて,個人と社会の関係はすつかり変わり,従来の個人に課せられていた社会規範も改められた。今後,青少年が,社会に適応できるよう自主性・主体性を尊重した教育を行なうためには,旧来のカリキュラム,教授法,学校と社会との関係等がすべて改善されなければならない。

これからの社会で個人がより建設的な役割を果たせるか否かは,従来以上に各人の自覚,教養が大きくものをいうことになる。したがつて,教育が社会への適応を進めるということは,個人化を進めることと軌を―にすることといえよう。


(d) 個人の可能性の開発

上記の諸目標も,究極的には個人のもつ潜在的可能性をいかに伸長させでいくかの問題につながる。

現在の教育において,最も重要な問題の一つは,新しい時代に即した個人をいかに育成するかということである。そして,教育制度,カリキュラム,教授法がすべて,この新しい型の創造性のある個人の育成に焦点を合わせなければならない。


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