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第3章
教育の目標・内容と社会・済の発展
2 わが国の教育目標・内容の史的展開
(4) 教員の量と質


教員の量と質とは,学校における教育効果に影響を与えるものである。

教員の量としては教員1人当たり生徒数,教員の質としては,教員の養成年限と教員の資格を取り上げる。


a 教員1人当たり生徒数

初等・中等教育における教員1人当たり生徒数の変遷を示すと次表のとおりである。

表23 初等・中等学校の教員1人当たり生徒数

小学校の教員1人当たり生徒教は,明治の中期に少し増加するが,それ以後は現在に至るまで一貫して減少している。教育水準を向上させる諸施策の一環として,教員養成に綿密な計画と最大の努力が払われ,生徒数の増加を上回る教員教の増加を可能にし,その成果が明治30年代後半からの教員1人当たり生徒数の減少に現われたのである。戦後は,学級定員や教員定数を確保するための法律が制定され,教員1人当たり生徒教は一段と減少して学校教育の質的向上の努力が示されている。

中学校と高等女学校については,小学校の場合と異って,明治8年(1875)から昭和20年(1945)に至るまで教師1人当たり生徒教は漸増する傾向にある。これは明治末期から終戦に至るまで,社会の要請と国民の生活水準の向上に応じて,中学校・高等女学校に進学する生徒数が年々増加するのに対して,施設の新増設,教員の確保等がじゅうぶんにまにあわなかったことなどによるが,初等義務教育と異なり教員養成が計画養成を中心とする方針でなかつたことなど,中等教育全体の計画性が無かつたためと考えられる。戦後になって,新学制が採用され,新制高等学校が発足すると,教師1人当たり生徒数も20人前後となり,大正・昭和の中学校・高等女学校のそれと比べてかなり好条件にあることがわかる。

初等中等学校の教員1人当たり生徒数を,外国の実例についてみると,概して先進国は1人当たり生徒数は少なく,後進国たとえばスペイン・インド等のそれは多くなっている。これら発達の遅れた国では,必要な教員がじゅうぶん養成されないことを表わしている。わが国の教員1人当たり生徒数は,その歴史的変還をみるとかなり改善のあとが示されているが,世界的な教育普及度の高さに比べると,この面ではなお改善努力すべき段階にあることがわかる。

表24 各国における初等・中等学校の教員1人当たり生徒数


b 教員の養成年限

戦前における初等教育の教員養成を専門に行なう教育機関は師範学校であった。師範学校への入学資格が厳格になるに従って,その修業年限も長くなり,教員養成の充実してきたことがわかる。特に明治40年(1907)に師範学校制度が整備されて修業年限5年とされたこと,および昭和18年(1943)に師範学校が専門学校に昇格したことは,教員養成の充実と改善の時期とその方向を示すものとして注目に値する。

師範学校の授業時間は,明治14年(1881)の1週間28時間が,明治40年(1907)34時間,昭和18年(1943)40時間という教員の資質の向上が図られたことを示している。また師範学校生徒に対しては,明治5年(1872)から学費の支給,卒業者に対しては明治12年(1879)から兵役免除の特典を与え,優秀な生徒の吸収と確保に努めている。

戦後は,教育制度の全面的な改革によって,教員養成のための特別な教育機関は廃止され,教員養成は一般の大学のなかで行なわれることになった。このため教師になるまでの全教育年限,学歴は3年程度高くなっている。

表25  初等教員養成機関の入学資格・修業年限

中等教員になるための専門教育機関は高等師範学校であるが,その修業年限は明治中期以来変化していない。入学資格については明治30年(1897)までは男子は師範学校卒業者,女子は2年修了者となっているが,30年からは師範学校のほかに中学校・高等女学校卒業者を認めた。その結果大正から昭和と時代が進むにつれて実際の高等師範学校入学者は,中学校・高等女学校卒業者が主流を占めるようになった。

中等学校の教員は高等師範学校だけですべて養成するたてまえではなく,専門学校・大学卒業者その他の者にも検定によって中等学校教員資格を与える方途がとられていた。戦後は初等教員と同様に中等教員も大学で養成されることになり,専門教育を受ける期間は高等師範学校より短いが,卒業までの全教育年限は1年長くなっている。

表26  中等教員養成機関の入学資格・修業年限

外国における教員養成は,フランス・ソ連の初等学校の教員養成を除いてすべて高等教育機関で行なわれている。各国とも,初等学校の教員は専門養成機関で,中等学校の教員は,専門養成機関と一般大学の両方で養成されているのが一般的である。教員になるまでの教育年限は各国とも大差なく,わが国も特に短かいとはいえない。ただし,わが国では所定の単位を修得していれば教員の資格がえられるが・イギリス・西ドイツ・フランス,ソ連では,教員養成専門機関卒業者でも教員検定試験や資格試験を受けなければ得られない。


C 教員の資格

教員の資格を戦前は訓導・再教員・準教員・戦後は教諭・助教諭等の区分によって分類し,まず小学校についてその構成をみると,

表27  初等・中等教員の資格別構成

明治23年(1890)ごろまでは,補助員等の正規の資格をもたないものが過半数を占め,教員の資質構成はいちじるしく低かったが,漸次改善されて,昭和10年(1935)には正教員が9割近くを占めるまでになった。この比率は戦争の影響によって若干低くなるが,現在はほとんどが正規の資格をもつ教員である。

中学校についてみると,明治23年(1890)までに資格別構成比は明らかではないが,28年(1895)にはすでに正規の資格所有者は2/3近くにも達しており,その後多少の変動はみられるが,昭和に至るまでにしだいに高まってきている。その後戦争の影響で若干低くなるが,戦後新制高等学校になって,その教員はほとんどが有資格者で占められ,その資質は高まっている。

高等女学校の資格別教員構成比の変遷についても,中学校の場合と同じ傾向が指摘される。

教育内容の充実を図るためには,物的条件の整備にまして,教員の資質の向上が必要である。

教育発展の成果は教員養成の努力いかんにかかっているということは決して言いすぎではなかろう。教師の資質の向上を図ることが教育の効果を高めるかなめであり,それはすなわち教育投資の効果を高めるものであることからみて,明治以降わが国が教員養成に払った努力はきわめて大きく,その施策は賢明であったと思われる 。

この意味で総合的な教育計画の立案にあたっては,教員の養成計画は不可欠な要素である。経済発展計画における人材の需給計画にあたっては,各学校段階を通して教員の需給計画,したがってその養成と活用がじゅうぶん考慮されなければならない。


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