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第3章
教育の目標・内容と社会・済の発展
2 わが国の教育目標・内容の史的展開
(2) 教科と授業時間



a 教科の種類

初等学校における教科の種類は,明治初年の外国模倣のものが,明治19年(1886)に,わが国の実情に即するように整理され,尋常小学校では,修身・読書・作文.字・算術・体操・図画・唱歌という近代的な教科構成ができ上がった。

これらの教科が基本になって終戦まで続くのであるが,その間にあって,明治中期から末期にかけて,歴史・地理・理科・裁縫・手工が,昭和16年(1941)の戦時下に武道が新設され,教科の種類は豊富になってきている。

戦後の教育改革においては,戦前の修身・歴史・地理・裁縫が廃されて、新たに社会科と家庭科が設けられた。昭和33年(1958)の教育課程の改訂によって,道徳の時間が特設され,道徳教育が重視されるようになった。

中等学校の男子については,戦前の旧制中学校,戦後の新制高等学校についてみると,小学校と同様に,明治19年(1886)に教科の近代的構成が完成し,それ以後,明治34年(1901)に法制および経済,明治44年(1911)に実業,昭和6年(1931)に作業科,昭和18年(1943)に修練等が付加され,教科の種類は多様化され,わが国の社会の変遷を反映している。

戦後の新制高等学校の特徴としては,教科の腫類がいちだんと豊富になったこと,必修科目が一部に限定され,選択教科が多くなったことである。これは,個人の希望と適性を尊重するための制度であったが,生徒はやさしい教科や将来の進路と関係のない教科を選択する弊害が起こり,昭和31年(1956)・36年(1961)に教育課程の改訂が行なわれ,選択教科の幅がせばめられた。

以上みたように,初等・中等学校の教科の種類は,時代によって多少の変遷はあるにせよ,明治19年(1886)にでき上がつた教科編成が基本になって現在に至っていることがわかる。かくて教科の種類は各時代ほぼ共通であるが,問題はどの教科に重点をおいたか,どのような教授内容を盛り込んだかということである。


b 授業時間

総授業時間

授業時間の長短は,生徒が身につける教育の量・質に影響を与えるが,これを1週間の授業時間数についてみよう。

初等教育では,明治30年(1897)ごろまでは,実際履行されたかどうかわからないような高い水準の時間を例示しているが,明治33年(1900)になると,生徒の心身発達と負担度を考慮して,学年が進むに応じて増加してゆく時間数を定めている。この学年進行による教育的な時間配分の方式は現在まで続いているが,その間にあって授業時間数は,わずかではあるが増加、傾向を示している。

戦後は,一時,授業時間数の減少をみるが,昭和33年(1958)の教育課程の改訂によって,再び時間数は増加している。この改訂では,従前に比べて時間数がふえたばかりでなく,従前の「標準」として定められていたものが「最低」として定められるように変わったことから考えて,33年の改訂はかなり高い水準を目ざしており,国民の基礎教育の充実がいっそう強化されてきたことをあらわしている。

中等教育について,戦前の旧制中学校,戦後の新制高等学校についてみると,明治以降現在に至るまで,授業時間は時代の進展につれて増加してきており,中等教育の量的な普及と同時に,教育内容の充実も図られていることがわかる。戦後の新制高等学校においては,昭和22年(1947)にやや減少するが,26年(1951)以降増加を示し,現在は戦前をしのいでいる。

教科別の授業時間

上に述べた総授業時間が教科別にどのように配当され,どの教科に重点がおかれているかをみよう。

初等教育についてみると,特徴的傾向として,次の諸点を指摘することができる。第1に,どの時代でも国語に最も多くの時間をあてているが,その比重は漸次減少している。第2に,算数は,昭和16年(1941)から終戦直後にかけて減少するが,最近はやや増加する傾向がみられる。第3に,国語・算数の減少傾向とは逆に,明治40年(1907)以降,体操・音楽・図画・工作の時間が増加し,歴史・地理が新たに加わっている。

明治の中ごろまでは,すべての国民に基本的教科としていわゆる読書算を身につけさせる必要から,国語・算数の2教科にひじょうに多くの時間をさいている。その後経済が発展し,社会が高度化するにつれて,いつそう水準の高い教育を修め,さらに,国語・算数以外の知識・技能,すなわち広い教養を身につけた人が必要となってくる。明治40年以降,義務教育年限が6年に延長され,歴史・地理・理科が新設され,体操・音楽等が増加するのは,このような事由からである。

最近のように,科学技術が急速に進歩する社会では,理数系の基礎知識の向上が強く要請される。昭和33年(1958)の時間配当における算数と理科を合わせた時間が,明治以降で最も多くなっていることは注目すべきことである。

中等学校についてみると,昭和6年(1931)以後,国語・漢文と外国語の時間かいくぶん減少しているのに対し,体操の時間の増加と,作業科・教練・武道の新設がみられる以外には,特に注目される傾向はない。

なお,この昭和6年には,中学校第4学年から,実業を多く履修するコース(第1種)と外国語を多く履修するコース(第2種とがおかれたが,これは,中学校の普及によってさまざまな要求をもつた生徒が広い階層から入学するようになったことと,生徒の進路の多様化を図ったことによるものである。

戦後は,一部の必修教科以外は生徒の選択によることになったため,どの教科にどのくらいの比重がかけられているかがめいりょうではない。しかし,幅広い選択教科制度に修正を加える改訂が,昭和31年(1956)と35年(1960)とに行なわれた。

昭和35年の改訂によって,必修科目が多くなり,基本的事項の学習が重視されるとともに,生徒の能力・適性・進路に応じて適当な類型を選択させるため,普通課程のなかにどの教科にも片寄らないA類型と,国語・社会・数学・理科・外国語の5教科に重点をおくB類型とがおかれるようになった。その結果,A類型をとったものは,職業に関する科目をある程度履修することになり,B類型をとったものは,上記5教科に多くの時間をかけることになる。B類型の場合の5教科の比重は,戦前の昭和6年(1917)または18年(1943)の旧制中学校における5教科の比重よりも大きくなっており,最近この種の基礎的教科がますます重視されるようになったことがわかる。

次に,教科別の授業時間の配当を,教科別の授業時間の比率によって諸外国と比較してみる。まず,初等学校についてみると,教科の名称は国によって必ずしも一致しないが,教える内容によって分類すれば,国語,社会,算数,理科,音楽,図画工作,体育,宗教・道徳等からなっており,教料書,教材や教授法に違いはあっても,国民的基礎教育においては各国を通じて基本的な共通な内容が教授されていることがわかる。

道徳教育を教科として教えているのはフランスである。わが国でも,最近道徳教育が重視され,昭和33年(1958)から,各教科や特別教育活動を通じて教えられる以外に,道徳教育のための時間が特別に設けられるようになった。

イギリス・西ドイツ・スエーデン・セイロン等では,宗教教育の時間が相当多く割り当てられており,これが道徳教育の役割をも果たしているものと思われる。

アメリカ合衆国では,道徳教育を教科として扱ってはいないが,道徳教育の実施を義務づけている州が多く,また,宗教教育の実施を規定している州もある。

ソ連では,道徳教育は各教科を通じて行なわれているが,なお,教育省が徳目を内容とする生徒守則を定めて,す べての生徒に守らせている。

中等教育における教科別の授業時間の割合を外国と比較するために,進学コースの教育課程を取り上げることにする。進学コースの教育課程は国によって大きな差異はないが,特徴的な傾向によって分類すれば次の三つに分けられる。

第1は,ギリシャ語,ラテン語の古典語を重視し,,これのために相当多くの時間をさいている国である。イギリス・西ドイツ・フランス等がこれに属しており,古典語の学習を通じて,伝統的な教養の修得と知的能力の訓練が行なわれている。

第2は,最近の国際社会の発達に関連して,現代外国語を重視し,これに比較的多くの時間をかけようとする国であって,アメリカ合衆国をはじめ,多くの先進国でみられる傾向であるが,わが国もその例外でない。

また,過去の外国統治の影響で,外国語が日常使用されたり,自国語の統一がまだできず,教授用語が外国語であったりするようなタイ・フイリッピン・セイロン・ブラジル等でも当然のことながら外国語の時間の割合は大きくなっている。

第3は,ソ連のように,工場・農場における実習のために多くの時間をあてる国である。ソ連では,教育と実際労働とを緊密に結びつけ,全日制中等学校でも,総授業時間数のうち25%を,工場,農場での技術実習の時間にさいている。なお,最近の国際社会の緊密な関係と科学技術の進歩の影響で,いずれの国においても,現代外国語・自然科学・技術関係の科目に重点をおくようになる傾向がうかがわれる。

次に,高等教育の授業時間について考察してみる。戦前のわが国では,旧制高等学校または大学予科で,大学教育の予備教育として,―般教養・専門基礎教育の訓練を受けたので,大学ではもっぱら専門教育を行なった。戦後は,大学の修業年限は1年延長されたが,旧制高等学校・大学予科が廃止されたので,大学で一般教養・専門基礎教育に相当多くの時間をさいている。

高等教育の授業時間を全般的に外国と比較することはむずかしいので,技術革新と密接な関係にある工業大学を取り上げ,わが国・アメリカ合衆国・ソ連を比較してみる。

まず注目される点は,ソ連の総授業時間が,わが国およびアメリカ合衆国に比べ,はるかに多くなっていることである。ソ連の大学の修業年限は5年で,わが国やアメリカ合衆国の4年より1年長いが,授業時間では,機械工学科がわが国の1.6倍,化学工学科が1.8倍にも達しており,大学入学以前の初等・中等教育の通算修業年限では1年少ないソ連の11年は,わが国やアメリカ合衆国の12年との差を補っている。

表20 主要国における典型的な工業大学の授業時間数 a 機械工学課程 b 化学工学課程

どのような科目に比重をおいているかをみると,わが国は,人文社会科学関係や外国語に多くの時間をかけているのに対して,ソ連は専門科目に力を注いでいることがわかる。アメリカ合衆国もソ連に比べて,専門科目以外に比較的多くの時間が割り当てられている。

このような差異かあらわれたのは,国によって大学のもつ性格や目的に違いがあるからである。ソ連では,大学と実際労働との連係を図り,大学は,専門的に分化された技術者の養成を目的としている。アメリカ合衆国の大学は,大学を大衆に開放し,一般市民の育成と職業教育とを合わせ行なっている。なお,ヨーロッパの大学について付言すれば,ヨーロッパの一般大学は,アカデミックな性格をもち,高度な学術研究と人格のとうやを目的としており,技術者の養成は大学とは別の専門教育機関で行なわれている。わが国の大学もアメリカ合衆国のそれに近いが,近年,高度の学術研究の発達と大量の科学技術者の養成の要請に対応して,大学教育の内容について新たに検討が加え見られはじめている。

以上によって,教科の種類,授業時間数,教科別の比重について考察したが,これを要するに,教科の種類においては,必要な教科を増設し,教育内容を豊かなものにしてきた。授業時間数においても,社会の発達とともに充実の方向をたどっている。

教科別の比重においては,初期においてはいわゆる読書算の狭い範囲に力が注がれ,末期からは体操・音楽等の広い教養の面にも関心が向けられ,最近はいわゆる基礎教科の重視,なかんずく理数科の充実に努力が払われるという変遷をたどり,社会発展と深い関連を示している。最近の基礎教育の重視は,科学技術の高度の発達からくるものであり,世界的に共通な傾向である。


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