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まえがき

社会の発展において教育の果たす役割が重要なことは,あらためて述べるまでもないが,特に最近において教育が経済の成長をもたらす強力な要因であるという考え方が,広く国の内外を問わず―般化しつつある。

このような考え方は,はげしい国際競争の場において,科学的創意,技術的熟練,働くものの資質などの諸要因が,物的資本や労働力の量に劣らず,経済の成長に寄与するものであるという新しい経済理論の中から生まれてきたものである。そして,この新しく着目されてきた諸要因は,「人間能力」といわれているものである。この人間能力をひろく開発することが,将来の経済成長を促す重要な要因であり,その開発は教育の普及と高度化に依存しているという認識が,今日の教育を投資の面からとらえようとする考え方の背景となっている。

この報告書では,このような考え方に立って,教育を投資の面から,ことばをかえていえば,教育の展開を経済の発達との関連に注目して検討しようと試みたものである。したがって,これはあくまで教育を投資の面から取り上げたにすぎなりいものである。教育投資ということばは,教育界にはなおなじみのうすいことばであり,考え方であるかもしれないが,教育は進みゆく社会のうちに社会とともに発展することを考え,特にわが国の戦後の経済の奇跡的な復興が,明治以降の教育の蓄積の力によって初めてなしとげられたという海外における評価を耳にするにつけても,教育と経済の相互関係を検討することは,われわれ教育関係者の―つの務めである。

教育を投資の観点から取り上げる場合には,困難な問題に遭遇し,なお,検討すべき幾多の問題を残しているので,この報告書も一つの試みにすぎない。あえて,これを公にするゆえんは,将来の国家.社会の発展を考え,経済の成長を促進するための強力な要因として,教育の効果を具体的に検証し,将来の教育施策を考えろ際の立場と,その方向を見いだしたいと考えたからにほかならない。

この報告書においては,経済発展に教育がどの程度寄与してきたか,すなわち,教育投資の長期的効果はどのようであったかの測定作業を,最初に試みてみた。このような推定作業は,すでに各国の専門家によって試みられているが,ここでは,これらの方式を参考にして,国民所得の増加に教育が具体的にどのように貢献しているかを,わが国の実態について試算を行なってみた。

このような効果の大数的推定を行なった上で,社会.経済の発展と教育の役割との関係を考察するために,明治以降90年の教育の史的展開を,量の面と質の面から検討を進めた。

教育の量的な発達においては,学制発布以降,わずか30年〜40年間に義務教育がほとんど完全に実施されたこと,ついで中等,高等教育が,第1次世界大戦後と最近の10年間の二つの時期において急速に普及したこと,そして,90年を経た今日では,世界で最も教育が普及し,しかも最も早い速度で普及した類型の国となったこと,その理由として,教育が゛,初めからすべての国民に開放されたことなどのわが国の教育普及の特徴を指摘した。

その質的な面では,社会の発展とともに,教科の種類は豊富になり,授業時間が拡充されてきたこと,教科の重点は,いわゆる読書算から幅広い教養へと進み,′最近では理数科が注目されてきたこと,教科の内容もまた移り変わっててきたことなどを,社会.経済の進展の中でとらえようと試みた。

教育の量的・質的な発展を裏付けた公教育費が,90年の歴史の中でどのように増加し,それが国民所得中に占める比率がどのように上昇してきたかをみた。国民所得に占める教育費の比率は,初期の2%から現代の5%へと増加傾向をたどっているが,この傾向は,所得の増加と関係が深いことを諸外国の事例についても検討し,同時に近年におけるわが国の比率の停滞の傾向を指摘して,経済成長の強力な要因として教育を考える際の問題点として特に取り上げてみた。

限られた教育費をいかに有効に配分するか,まただれが教育費を負担するのが適切であるかという角度から,教育費の学校段階別配分と負担者の問題を取り上げた。前者においては,近年初等教育から中等.高等教育分野へその比重が移行する傾向を主要国との比較において検討し,わが国の高等教育費の比重が,その在学者数の割には,相対的に軽くなっていること,後者においては,国の負担額の増大する傾向を,主要国の同様の傾向を示しつつみるとともに,私立学校教育費が中等・高等教育段階で,今日かなりの比重を占めており,特に高等教育費では42%が私学費であることに注目し,私学の公共性と関連してその経費負担のあり方をも今後の問題点に取り上げた。

最後に,投資の観点から長期総合教育計画の必要性を強調した。教育投資の観点から教育計画を考える際に,最も重点とされるべき点は,公共投資の一部門,すなわち公共の福祉に寄与する投資としてとらえることであることを指摘した。

このような教育計画を促す要因には,個人的な要請と社会的な要請の二つの面が考えられるが,教育投資の観点に立つ教育計画は,社会的要請の面におもな視点をおいて,換言すれば,きたるべき社会が何を教育に求めるか,また,教育が新しい社会の形成のためにいかに貢献するかの観点に立って,究極において,国民の福祉の増進を図るため,長期的展望のもとに,公共投資の一環として,計画化が図られなければならないことを述べている。

現在,世界各国がその必要を痛感し,真剣に取り組んでいる教育計画は,教育の各分野をおおう総合的な計画であり,さらに,10年あるいは20年にわたる長期間の計画を意図するものであり,しかも,かかる長期総合教育計画は,社会・経済発展計画の要請と密接に結びついていることが,従来にみられない新しい性格となっていることを指摘した 。

このことに関しては,現在アメリカ合衆国,ソ連,ヨーロッパの国々あるいは欧米諸国の加盟しているO.E.C.D.(経済協力開発機構)において,それぞれ高度の経済成長を目ざし,豊かな生活水準をもつ福祉国家の建設につらなる「長期総合教育計画」の作成に取り組んでいる実例のいくつかにふれた。また,このような長期総合教育計画は,ひとり先進国のみならず,「低開発国」においても,同様な課題として取り上げられている。ラテンアメリカ,アジア,アフリカの各地域においては,あたかもわが国が近代化を開始したときのように,経済の繁栄と社会の進展をもたらし,独立国家として発展するために教育投資に可能な限りの努力をはらいつつあることにも言及した。

教育計画は,それぞれの国の性格や発展段階の相違によって,計画の考え方,取り上げ方などに違いがあるが,(1)進みゆく社会の要請をあらかじめつかんで,長期の社会.経済発展計画と深く関連させた長期的.総合的なものであること,(2)教育が社会.経済の発展に大きな役割を演じ,収穫をもたらす実りの多い投資であるという新しい思想と認識の上に立つものであること,(3)教育投資が,どのような教育分野にいかに配分されたら,最も効果が大きいかという点を計画の中に含めていることが,共通の特色として見いだされる。

長期総合教育計画を具体化する際には,計画に取り入れる諸要素を(1)国民所得や政府の行政投資の中で教育費にどのような比重を与えるべきか,(2)教育投資の有効な配分を図るには,どの教育分野に重点をおくべきか,(3)教育経費の負担者をだれにすべきかという三つの面から検討すべきものと考えた。特に第2の教育投資の有効な配分は ,現在の教育上の問題と関連する点でもあるので,特に,後期中等教育の完成,高等教育の拡充,科学技術教育の振興,教員の養成と確保,学習指導の改善,物的条件の整備,および国民資質の向上の諸問題について検討を加えた。

わが国の教育の将来を考えるにあたっては,過去を史的に考察するとともに,現状を国際的視野のもとに,正しく認識することも必要である。国際的な環境におけるわが国の教育の位置を明らかにすることによって,教育計画の樹立に多くの示唆を得ることができるであろう。このような意味で,本書においては,しばしば,わが国の教育と諸外国のそれとの比較を試みた。ただし,国際比較にあたっては,たとえば初等.中等教育の段階区分のように,国によって教育制度が異なり,同―基準での比較が困難であったり,資料の面で統―性を欠いて厳密な比較ができない場合があった。しかし傾向のはあくや大局の判断からのわが国の位置づけはきわめて有益であり,それによって将来の教育を考える際のよい参考になると考えて,あえて,外国比較を加味したのである。

教育が経済の成長に貢献することは,この報告書の着眼点であるが,その経済の成長によつてもたらされるものは,豊かな生活水準の向上と国民福祉の増進である。したがって,教育は単に経済の発展に寄与するという観点だけでなく,かかる将来の社会に生活する人間像を目ざし,広い観点に立って教育の使命を考えることこそ必要なことであって,教育投資的観点もこの本質につらなる一つの観点である。


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