第7章 科学技術・学術政策の総合的推進

総論

 我が国の科学技術行政は,内閣総理大臣を議長とする総合科学技術・イノベーション会議の基本方針の下で,関係府省が連携しつつ推進しています。文部科学省は,科学技術・学術に関する基本的な政策の企画・立案や推進,研究開発に関する具体的な計画の作成や推進,科学技術に関する関係行政機関との調整などを行っています。
 東日本大震災からの復興,少子高齢化への対応,新興国の台頭等による国際競争力の相対的な低下など様々な問題を解決し,我が国の経済社会を発展させていくためには,科学技術によるイノベーションの創出が必要不可欠です。こうした認識を踏まえ,安倍内閣における我が国を「世界で最もイノベーションに適した国」にするとの方針の下,平成28年1月には,10年先を見通した5年間の科学技術振興に関する総合的な計画である「第5期科学技術基本計画」が策定されています。
 文部科学省は,本基本計画に基づき,科学技術イノベーション(※1)の成果を新産業創出や経済的・社会的課題の解決等に確実につなげていくため,幅広い取組を進めることとしています。


  • ※1 科学技術イノベーション:科学的な発見や発明等による新たな知識を基にした知的・文化的価値の創造と,それらの知識を発展させて経済的,社会的・公共的価値の創造に結び付ける革新のこと。

第1節 科学技術・学術政策の展開

1 第5期科学技術基本計画

 「科学技術基本計画」は,「科学技術基本法」に基づいて,政府が,科学技術の振興に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るために策定する計画です。平成8年に「第1期科学技術基本計画」を策定して以降,これまで5年ごとに「科学技術基本計画」を策定し,科学技術政策の振興を図ってきました。
 平成28年度に開始された「第5期科学技術基本計画」では,1.世界に先駆けた「Society 5.0(※2)」の実現に向けた一連の取組に代表される,未来の産業創造と社会変革に向けた新たな価値創出の取組,2.経済・社会的課題への対応,3.人材育成や学術研究・基礎研究など,科学技術イノベーションの基盤的な力の強化,4.オープンイノベーション(※3)の推進等,イノベーション創出に向けた人材,知,資金の好循環システムの構築の四つを重要な柱と位置付けています。
 さらに,政府研究開発投資については,「経済・財政計画」との整合性を確保しつつ,対GDP比1%(※4)を目指すことを明確に掲げ,これにより科学技術イノベーション政策を強力に推進するという安倍政権の基本姿勢を国内外に示すものとなっています。


  • ※2 Society 5.0:狩猟社会,農耕社会,工業社会,情報社会に続くような新たな社会を生み出す変革を科学技術イノベーションが先導していく,という意味を込めている。
  • ※3 オープンイノベーション:企業において,組織外の知識や技術を積極的に取り込む取組のこと。
  • ※4 第5期科学技術基本計画期間中のGDPの名目成長率を平均3.3%という前提で試算した場合,第5期基本計画期間中に必要となる政府研究開発投資の総額の規模は約26兆円。

2 科学技術・学術政策を推進するための取組

(1)年次報告(科学技術白書)

 「科学技術の振興に関する年次報告」(科学技術白書)は,「科学技術基本法」第8条に基づき,政府が科学技術の振興に関して行った施策について,文部科学省が取りまとめて毎年国会に提出している報告書です。平成30年度の年次報告では「基礎研究による知の蓄積と展開~我が国の研究力向上を目指して~」について特集しています。

(2)総合科学技術・イノベーション会議の司令塔強化への対応

 総合科学技術会議の司令塔機能を強化するため,平成26年4月23日に「内閣府設置法の一部を改正する法律」が成立したことによって,総合科学技術会議が「総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)」に改組されました。また平成30年6月15日に閣議決定された統合イノベーション戦略に基づいて,CSTIをはじめとする,イノベーションに関連が深い司令塔会議(※5)について,横断的かつ実質的な調整を図る場として,内閣に統合イノベーション戦略推進会議が設置され,統合イノベーション戦略を推進することとしています。
 また,「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」や「官民研究開発投資拡大プログラム(PRISM)」が本格的に推進されるとともに,平成30年度で「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」の取組が終了することを受け,CSTIが定める野心的目標(ムーンショット目標)の下,関係府省が一体となり,より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発を推進する「ムーンショット型研究開発制度」を創設することとされ,科学技術振興機構に基金を設置しました。科学技術に関する多くの分野の推進を担っている文部科学省も,これらのプログラムに積極的に協力しています。


  • ※5 イノベーションに関連の深い司令塔会議:総合科学技術・イノベーション会議の他,高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部,知的財産戦略本部,健康・医療戦略推進本部,宇宙開発戦略本部及び総合海洋政策本部並びに地理空間情報活用推進会議のこと。

(3)第5期科学技術基本計画の着実な実施に向けた取組

 「第5期科学技術基本計画」では,計画の進捗及び成果を把握していくため,主要指標と目標値を設定し,主要指標の状況,目標値の達成状況を把握することで,恒常的に政策の向上を図るとしています。文部科学省では,科学技術イノベーションの中核的役割を担う省として,本基本計画が着実に進捗されていることを確認するため,本基本計画に記載された各政策領域を忠実に「見える化」した「俯瞰(ふかん)マップ」を作成しました。また,それぞれの「俯瞰(ふかん)マップ」ごとに政策・施策・個別取組等を企画・立案・評価する上で参考となる指標の設定を行いました。5年間の計画期間中,この「俯瞰(ふかん)マップ」における指標の値の変化を参考にしつつ,常に周辺環境の変化を的確に捉えることによって,状況に応じた有効な施策立案や改善につなげることとしています。

第2節 未来の産業創造と社会変革に向けた新たな価値創出の取組

1 未来に果敢に挑戦する研究開発の推進

 新しい知識やアイデアが,組織や国の競争力を大きく左右する現代においては,新しい試みに果敢に挑戦し,非連続なイノベーションを積極的に生み出すハイリスク・ハイインパクトな研究開発を推進していくことが重要です。文部科学省では,平成29年度から開始した「未来社会創造事業」において,社会・産業ニーズを踏まえ,経済・社会的にインパクトのあるターゲット(ハイインパクト)を明確に見据えた技術的にチャレンジングな目標(ハイリスク)を設定し,民間投資を誘発しつつ,多様な基礎研究成果を活用して,実用化が可能かどうか見極められる段階(概念実証:POC)を目指した研究開発を進めています。

2 世界に先駆けた「Society 5.0」の実現

 情報通信技術(ICT)の急激な進化により,ネットワーク化やサイバー空間の利用が飛躍的に発展しています。こうしたことから,平成28年度からの「第5期科学技術基本計画」は,サイバー空間とフィジカル空間(現実社会)を高度に融合させた取組により,人々に豊かさをもたらす未来社会の姿を提示しました。文部科学省としても,その新たな経済社会である「Society 5.0」の実現に向け,競争力向上と基盤技術の戦略的強化を重視しています。

3 「Society 5.0」における競争力向上と基盤技術の強化

(1)Society 5.0サービスプラットフォームの構築に必要となる基盤技術

 Society 5.0の基盤技術である人工知能技術の研究開発と社会実装に向けて,平成28年4月に創設された「人工知能技術戦略会議」を司令塔として,29年3月に取りまとめられた「人工知能技術戦略」に基づき,関係府省が連携して取組を進めてきました。文部科学省では,「AIP(Advanced Integrated Intelligence Platform Project):人工知能/ビッグデータ/IoT/サイバーセキュリティ統合プロジェクト」として,理化学研究所に設置した革新知能統合研究センター(AIPセンター)において,1.深層学習の原理解明や汎用的な機械学習の新たな基盤技術の構築,2.再生医療,モノづくりなどの日本が強みを持つ分野を更に発展させるため,また高齢者ヘルスケア,防災・減災,インフラの保守・管理技術などの我が国の社会的課題を解決するための人工知能等の基盤技術を実装した解析システムの研究開発,3.人工知能技術の普及に伴って生じる倫理的・法的・社会的問題に関する研究などを実施しています。また,産業技術総合研究所や情報通信研究機構と連携し,3センターを中心とした人工知能技術の研究開発及び社会実装に係る取組を実施しています。あわせて,科学技術振興機構(JST)において,人工知能等の分野における若手研究者の独創的な発想や,新たなイノベーションを切り開く挑戦的な研究課題に対する支援を一体的に推進しています。
 さらに,平成30年7月に内閣官房長官を議長として首相官邸に設置された「統合イノベーション戦略推進会議」の下,人工知能技術戦略等の内容を発展・強化するための方策について検討が行われ,令和元年6月に「AI戦略2019」が取りまとめられました。
 また,平成30年度より,知恵・情報・技術・人材が高い水準で揃う大学等において,情報科学技術を核として様々な研究成果を統合しつつ,産業界,自治体,他の研究機関等と連携して社会実装を目指す取組を支援し,Society 5.0の実証・課題解決の先端中核拠点を創成する「Society 5.0実現化研究拠点支援事業」を実施しています。

(2)新たな価値創出のコアとなる強みを有する基盤技術

1.ナノテクノロジー・材料科学技術分野における研究開発の推進

 ナノテクノロジー・材料科学技術分野は我が国が高い競争力を有する分野であるとともに,広範で多様な研究領域・応用分野を支える基盤であり,その横串的な性格から,異分野融合・技術融合により不連続なイノベーションをもたらす鍵として広範な社会的課題の解決に資するとともに,未来の社会における新たな価値創出のコアとなる基盤です。
 文部科学省では,ナノテクノロジー・材料科学技術分野に係る,基礎的・先導的な研究から実用化を展望した技術開発までを戦略的に推進するとともに,研究開発拠点の形成等への支援を実施しています。
 2019年度からは新たに材料・デバイスを作り上げていくそれぞれの工程で生じる諸現象を科学的に解明し,その制御技術からプロセス設計までを一気通貫で取り組む「材料の社会実装に向けたプロセスサイエンス構築事業」を開始します。
 このほか,物質・材料研究機構では,ナノ構造を制御した材料合成技術,ナノスケール特有の現象・機能の探索,および計測技術,シミュレーション技術の高度化など,新物質・新材料の創製に向けた物質・材料の基礎研究と基盤的研究開発を実施しています。また,平成29年度からはナノテクノロジー・材料科学技術分野のイノベーション創出を強力に推進するため,基礎研究と産業界のニーズの融合による革新的材料創出の場や,世界中の研究者が集うグローバル拠点を構築するとともに,これらの活動を最大化するための研究基盤の整備を行う事業として「革新的材料開発力強化プログラム~M3(M‐cube)~」を実施しています。平成30年度は「Society 5.0」を世界に先駆けて実現するために,サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実社会)の融合を図る基礎・基盤研究を推進するグローバル拠点として,「センサ・アクチュエータ研究開発センター」を設置しました。

2.量子科学技術(光・量子技術)分野における研究開発の推進

 量子科学技術(※6)は,例えば近年爆発的に増加しているデータの超高速処理を可能とするなど,新たな価値創出のコアとなる強みを有する基盤技術です。そのため,米欧中を中心に海外では,「量子技術」はこれまでの常識を凌駕し,社会に変革をもたらす重要な技術と位置づけ,政府主導で研究開発戦略を策定し,研究開発投資額を増加しています。さらに,世界各国の大手IT企業も積極的な投資を進め,ベンチャー企業の設立・資金調達も進んでいます。
 文部科学省では,科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会量子科学技術委員会において,量子科学技術の今後の推進方策について「量子科学技術(光・量子技術)の新たな推進方策報告書」を取りまとめ,平成30年度より「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q‐LEAP)」を開始しました。本プログラムでは,1.量子情報処理(主に量子シミュレータ・量子コンピュータ),2.量子計測・センシング,3.次世代レーザーを対象とし,プログラムディレクターによるきめ細かな進捗管理によりプロトタイプによる実証を目指す研究開発を行うFlagshipプロジェクトや,基礎基盤研究を推進しています。このほか,世界トップクラスの量子科学技術研究開発プラットフォームの構築を目指す量子科学技術研究開発機構(QST)では,重粒子線がん治療装置の小型化・高度化の研究や,世界トップクラスの高強度レーザー(J‐KAREN)やイオン照射研究施設(TIARA)などの量子ビーム施設を活用し,先端的研究を実施しています。さらに,30年度からは,量子計測・センシング等の量子科学技術を生命科学に応用し,生命科学の革新や,新たなイノベーションの創生を目指す量子生命科学の基盤技術開発を開始しています。


  • ※6 「量子」のふるまいや影響に関する科学とそれを応用する技術。

第3節 経済・社会的課題への対応

1 持続的な成長と地域社会の自律的な発展

(1)エネルギー,資源,食料の安定的な確保

1.エネルギーの安定的な確保とエネルギー利用の効率化

(ア)省エネルギー,再生可能エネルギー
 エネルギー転換・脱炭素化に挑戦し,温室効果ガスの大幅な削減と経済成長の両立に資する,従来技術の延長線上にない革新的なエネルギー科学技術の研究開発を推進することが重要です。
 文部科学省は,徹底した省エネルギー社会を目指した研究開発を関係府省及び関係研究機関と連携して推進しています。2014(平成26)年のノーベル物理学賞を受賞した青色発光ダイオードの発明に代表される次世代半導体の研究開発は,我が国が強みを有する分野の一つであり,大きな省エネ効果が期待される窒化ガリウム(GaN)等の次世代半導体を用いたパワーデバイス(※7)等の2030年の実用化に向け,理論・シミュレーションも活用した材料創製からデバイス・システム応用までの次世代半導体に係る研究開発を一体的に推進しています。また,平成30年度より新たに高周波デバイスに係る研究を開始しています。
 科学技術振興機構(JST)は,温室効果ガス削減に大きな可能性を有し,かつ従来技術の延長線上にない革新的技術の研究開発を競争的環境下で推進しており,その中で太陽光利用技術,蓄電技術等の研究開発を推進しています。例えば,次世代蓄電池に関して,現在の蓄電池を大幅に上回る性能を備える次世代蓄電池技術に関する基礎から実用化まで一貫した研究開発を推進しています。また,平成30年度より,新たに水素発電,余剰電力の貯蔵,輸送手段等の水素利用の拡大に貢献する高効率・低コスト・小型長寿命な革新的水素液化技術の研究開発を開始しています。
 理化学研究所は,エネルギー利用技術の革新を可能にする全く新しい物性科学を創成し,エネルギー変換の高効率化やデバイスの消費電力の革新的低減を実現するための研究開発を推進しています。
 物質・材料研究機構は,多様なエネルギー利用を促進するネットワークシステムの構築に向け,高効率太陽電池や蓄電池の研究開発,エネルギーを有効利用するためのエネルギー変換・貯蔵用材料の研究開発等,エネルギーの安定的な確保とエネルギー利用の効率化に向けて,革新的な材料技術の研究開発を推進しています。

(イ)将来的なエネルギー技術の研究開発
 核融合エネルギーは,エネルギー問題と環境問題を根本的に解決する将来の基幹的エネルギー源として期待されています。核融合エネルギーの実現に向け,文部科学省は,国際約束に基づき,日本・欧州・米国・ロシア・中国・韓国・インドの7か国(極)共同で「国際熱核融合実験炉(ITER)計画」を推進しています。我が国は,ITERの建設に当たり,超伝導コイル,遠隔保守機器,加熱装置等の重要機器の製作を担うなど,主導的役割を担っています。また,ITER計画を補完・支援する先進的研究開発プロジェクトである「幅広いアプローチ(BA)活動」を日欧協力で実施し,核融合研究開発を計画的かつ着実に推進しています。また,核融合科学研究所や大学等では,技術の多様性を確保する観点から,研究者の自由な発想に基づく学術研究を推進し,それらを通じた人材育成を進めています。

 ITER(国際熱核融合実験炉)の建設状況(2018年10月)
 ITER(国際熱核融合実験炉)の建設状況(2018年10月)
 (仏サン=ポール=レ=デュランス市カダラッシュ)(C)ITER Organization

 幅広いアプローチ(BA)活動国際核融合エネルギー研究センター(青森県六ケ所村)
 幅広いアプローチ(BA)活動国際核融合エネルギー研究センター(青森県六ケ所村)

(ウ)原子力分野

(1)政府のエネルギー政策上の位置付け
 政府は,「エネルギー基本計画」(平成30年7月3日閣議決定)を改定しました。文部科学省は,原子力の安全性の向上に向けた研究や,原子力の基礎基盤研究とこれを支える人材育成の取組,原子力利用の多様化に貢献する高温ガス炉,核燃料サイクル及び放射性廃棄物処理処分などの研究開発に取り組んでいます。また,文部科学省は,東京電力福島第一原子力発電所の安全な廃止措置等を推進するため,国内外の英知を結集し,安全かつ着実に廃止措置等を実施するための研究開発と人材育成に取り組んでいます。高速炉サイクル技術は,消費した燃料より多くの新しい燃料を生み出すとともに,高レベル放射性廃棄物を減らすことができ,我が国の長期的なエネルギー安定供給に大きく貢献します。「エネルギー基本計画」においては,アメリカやフランス等と国際協力を進めつつ研究開発に取り組むこととしています。

(2)基礎基盤研究と人材育成
 原子力の安全性の向上に向けて,軽水炉を含めた原子力施設の安全性向上に必要な安全研究や,原子力の基盤を維持・強化するための研究開発を進めています。また幅広い原子力人材を育成するため,産学官の関係機関が連携し効果的,効率的,戦略的に行う機関横断的な人材育成活動を支援しています。
 また,発電だけでなく,水素製造など多様な熱の産業利用が見込まれ,固有の安全性を有する高温ガス炉について,安全性の高度化,原子力利用の多様化に役立つ研究開発等を推進しています。

(3)東京電力福島第一原子力発電所の廃止措置に関する研究開発等に向けた取組
 文部科学省は,平成26年6月に「東京電力株式会社福島第一原子力発電所の廃止措置等研究開発の加速プラン」を公表し,このプランに基づいて,国内外の英知を結集し,安全かつ着実に廃止措置等を実施するための研究開発と人材育成を進めています。27年4月に,日本原子力研究開発機構(以下,「原子力機構」という。)に「廃炉国際共同研究センター」を組織し,29年4月には,国内外の英知を結集する場として,同センターの「国際共同研究棟」が福島県富岡町に開所しました。同センターでは,東京電力福島第一原子力発電所の廃止措置等を円滑に進めるために必要となる基礎基盤研究や人材育成等を実施しています。引き続き,同センターを中核とし,国内外の大学・研究機関との共同研究等を推進することにより,関係機関が一体となり,英知を結集した国際的な廃炉研究拠点の形成を目指します。なお,同研究棟は,「福島イノベーション・コースト構想」の廃炉研究拠点としても位置づけられており,福島県内の関連拠点と連携した研究活動等を通じて,福島の復旧・復興に貢献していきます。

(4)高速増殖原型炉「もんじゅ」
 高速増殖原型炉「もんじゅ」については,平成28年12月に開催された第6回原子力関係閣僚会議において原子炉としての運転は再開せず,廃止措置に移行することとされました。
 この決定以降,政府から様々なレベルで地元の地方公共団体への説明を行い,「もんじゅ」の廃止措置体制について理解を得て,平成29年5月に内閣官房副長官をチーム長,文部科学副大臣及び経済産業副大臣を副チーム長とする「『もんじゅ』廃止措置推進チーム」等を設置しました。同年6月には,「もんじゅ関連協議会」を開催し,「もんじゅ」の廃止措置に関する政府の基本方針や,原子力機構の基本的な計画の案等について,地元の地方公共団体に対して説明を行いました。その上で,「『もんじゅ』廃止措置推進チーム」を開催し,「『もんじゅ』の廃止措置に関する基本方針」を決定し,「『もんじゅ』の廃止措置に関する基本的な計画」を了承しました。同年11月には,「もんじゅ関連協議会」を開催し,「もんじゅ」の廃止措置に係る工程及び実施体制の説明,及び地域振興策等についての話し合いを行い,「もんじゅ」の廃止措置を進めていくことについて地元の理解が得られました。これらを踏まえ,同年12月に原子力機構は,原子力規制委員会に対して「もんじゅ」の廃止措置計画認可申請書を提出し,30年3月に認可され,同年8月からは燃料体取出し作業を開始しました。文部科学省及び原子力機構では地域住民との意見交換会や説明会を実施しており,今後とも「もんじゅ」の廃止措置を,地元の声にしっかりと向き合いながら,安全,着実かつ計画的に進めていきます。

(5)原子力機構が保有する施設等の廃止措置に向けた取組
 平成29年4月,「核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(原子炉等規制法)が改正され,全ての原子力事業者は,原子炉等規制法対象施設ごとに廃棄する核燃料物質によって汚染された物の発生量の見込み,廃止措置に要する費用の見積り及びその資金の調達の方法その他の廃止措置の実施に関し必要な事項を定めた「廃止措置実施方針」を作成し公表することとなりました。これを受けて原子力機構は,30年12月に,廃止措置実施方針の作成,公表に加えて,原子力機構の保有する施設全体の廃止措置にかかる長期方針である「バックエンドロードマップ」を公表しました。原子力機構は総合的な原子力の研究開発機関として重要な役割を果たしており,その役割を果たすためにも,研究での役割を終えた施設については,国民の皆様の御理解を得ながら,安全確保を最優先に,着実に廃止措置を進めることが重要です。文部科学省は,原子力機構の廃止措置にかかる取組を支援し,安全かつ着実な廃止措置を進めていきます。
 また放射性廃棄物処理処分に向けた取組については,重要な政策課題である高レベル放射性廃棄物の減容化や有害度の低減に資する研究開発等を実施するとともに,研究施設や医療機関などから発生する低レベル放射性廃棄物の処理処分に向けた取組などを着実に行っています。

(6)原子力国際協力
 文部科学省は,アジア原子力協力フォーラム(FNCA)参加国や,アジア諸国を中心とする原子力新規導入国に対して人材育成支援を実施しています。また,国際原子力機関(IAEA)等の国際機関と連携を強化し,国際的枠組みの下で革新的原子力システムに関する共同研究等を実施しています。

(7)核不拡散及び核セキュリティ分野
 文部科学省は,日本原子力研究開発機構の核不拡散・核セキュリティ総合支援センター(ISCN)を通じて,IAEAなどとの協力の下,アジア諸国などを対象に人材育成支援を実施しています。また,アメリカなどとの協力の下,核物質の測定・検知や核鑑識の技術開発を実施しています。

(8)国民の理解と共生に向けた取組
 原子力発電施設等に関する国民の理解促進や共生を図ることを目的として,立地地域が実施する持続的発展に向けた取組や,原子力等のエネルギー教育に関する取組などを支援しています。

2.資源の安定的な確保と循環的な利用

 文部科学省は,希少元素代替材料の創成を目指した「元素戦略プロジェクト」を実施しています。本プロジェクトは,物質中の元素機能の理論的解明から新材料の創製,特性評価までを密接な連携・協働の下で一体的に推進することで,様々な先端産業製品に不可欠である希少元素(レアアース・レアメタル等)の革新的な代替材料を開発し,我が国の産業競争力の強化に貢献します。また,本プロジェクトは,経済産業省等の取組と連携し,研究成果の速やかな実用化に向けた仕組みを構築しています。
 科学技術振興機構(JST)は,温室効果ガス削減に大きな可能性を有し,かつ従来技術の延長線上にない革新的技術の研究開発を競争的環境下で推進しており,その中でバイオテクノロジー等の研究開発を推進しています。さらに,文部科学省と経済産業省との連携により,ホワイトバイオテクノロジー(※8)に関して,化石資源から脱却した次世代の化成品合成一貫プロセスの研究開発を推進しています。
 理化学研究所は,石油化学製品として消費され続けている炭素等の資源を循環して利活用することを目指し,植物科学,微生物科学,化学生物学,合成化学等を融合した先導的研究を推進しています。さらに,植物バイオマス(植物由来の有機性資源)を原料とした新材料の創成を実現するための,革新的で一貫したバイオプロセス(※9)の確立に必要な研究開発を実施しています。
 海洋研究開発機構は,我が国周辺海域に眠る海底資源の持続的な利活用に向けて,船舶や探査機,最先端のセンサ技術等を用いて,海底資源の成因解明や効率的な調査手法,環境影響評価法の確立に向けた調査研究を実施しています。
 また,海洋生物資源の持続可能な利用の実現に向け,文部科学省は,「海洋資源利用促進技術開発プログラム」のうち「海洋生物資源確保技術高度化」において,海洋生物の生理機能を解明し,革新的な生産につなげる研究開発を行っています。


  • ※7 パワーデバイス:インバーターやコンバーターなどの電力変換器
  • ※8 ホワイトバイオテクノロジー:化学産業におけるバイオテクノロジー
  • ※9 バイオプロセス:バイオテクノロジーを活用した製造工程

(2)超高齢化・人口減少社会等に対応する持続可能な社会の実現

 健康長寿社会の実現と産業競争力の強化に貢献することを目指し,「健康・医療戦略」(平成26年7月22日閣議決定)等に基づき,iPS細胞(人工多能性幹細胞)研究等による世界最先端の医療の実現や疾患の克服に向けた取組を強力に推進するとともに,臨床研究・治験や産業応用へとつなげる取組を実施しています。日本医療研究開発機構における基礎から実用化までの一貫した研究開発を関係府省と連携して推進するため,文部科学省においては,特に大学・研究機関等を中心とした医療分野の基礎的な研究開発を推進しています。

1.オールジャパンでの医薬品創出・医療機器開発

 我が国発の革新的な次世代バイオ医薬品創出に貢献するため,大学等における基盤技術の開発に取り組んでいます。また,創薬研究等の幅広いライフサイエンス研究に活用することができる高度な支援基盤の整備を推進しています。さらに,大学等の独創的な技術シーズを広く発掘し,企業等との連携を通じて革新的な医療機器を創出することを目指しています。

2.革新的医療技術創出拠点の整備

 大学等発の有望な基礎研究成果と臨床の橋渡しを更に加速させるため,橋渡し研究支援拠点の機能強化を推進しています。具体的には,各開発段階のシーズ(※10)について国際水準の質の高い臨床研究・治験への橋渡しを支援する体制を整備し,革新的な医薬品・医療機器等を持続的に,かつ,より多く創出することを目指しています。

3.世界最先端の医療の実現

 山中伸弥京都大学教授によって樹立されたiPS細胞は,再生医療・創薬等に幅広く活用されることが期待される我が国発の画期的成果です。この研究成果をいち早く実用化につなげるため,iPS細胞等の研究を産学官が一体となり戦略的に推進しています。また,がん・生活習慣病等の発症予防,早期診断及び効果的な治療法の開発を目指して,ゲノム情報を活用した個々人に最適な医療の実現に向けた取組を推進しています。

4.がん,精神・神経疾患,感染症等の疾患の克服に向けた研究開発

 次世代のがん医療の創生に向けて,がんの生物学的な本態解明に迫る研究,がんゲノム情報など患者の臨床データに基づいた研究及びこれらの融合研究を推進しています。また,認知症やうつ病等の精神・神経疾患等の克服に向けて,その発症に関わる脳神経回路の機能解明を目指した研究開発と基盤整備を強力に進めるとともに,臨床と基礎研究の連携強化による研究を推進しています。さらに,アジア・アフリカの9か国に設置された海外研究拠点を活用した感染症対策に資する研究開発等の推進や,高度安全実験施設(BSL4施設)を中核とした感染症研究拠点の研究支援を実施しています。

5.その他健康・医療戦略の推進に必要な研究開発

 我が国のライフサイエンス研究の発展に向け,データベースやバイオリソース(※11)を戦略的に整備するとともに,先端的な基礎研究や国際共同研究,産学連携の取組等を推進しています。また,老化メカニズムの解明・制御を目指す研究開発を包括的に推進しています。


  • ※10 シーズ:医薬品・医療機器・再生医療等製品の候補となる新しい物質等のこと。
  • ※11 バイオリソース:研究開発の材料としての動物・植物・微生物の系統・集団・組織・細胞・遺伝子材料等及びそれらの情報。

(3)ものづくり・コトづくりの競争力向上

 科学技術振興機構は,「イノベーションハブ構築支援事業」の一環として,計算科学・データ科学を活用し未知なる革新的機能を有する材料を短期間に開発する「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI2I)」を推進しています。物質・材料研究の中核的な機関である物質・材料研究機構をハブとして産学官の人材を糾合し,データベースの構築,データ科学との融合を発展させるとともに,より広範な企業の参画を促し,画期的な磁石・電池・伝熱制御等の新材料設計の実装に取り組んでいます。

2 国及び国民の安全・安心の確保と豊かで質の高い生活の実現

(1)自然災害への対応

 文部科学省は,文部科学大臣を本部長とする地震調査研究推進本部が示した「新たな地震調査研究の推進について(新総合基本施策)」(平成21年4月策定,24年9月に東日本大震災を踏まえて改訂)及び「地震に関する総合的な調査観測計画」(26年8月策定)に基づいて,関係機関と連携しながら地震発生の将来予測の精度向上や地震の発生メカニズム解明に役立つ調査観測や研究開発等を推進しています。
 具体的には,南海トラフ広域地震防災研究プロジェクトにおける防災・減災対策に関する研究,地下構造探査,稠(ちゅう)密地震観測,津波履歴調査,シミュレーション研究や,日本海地震・津波調査プロジェクトにおける震源断層モデルや津波波源モデルに関する研究を進めています。さらに,平成29年度からは新たに官民連携超高密度地震観測システムの構築,非構造部材を含む構造物の崩壊余裕度に関するデータの収集,都市機能維持の観点からの官民一体の総合的な災害対応及び事業継続並びに個人の防災行動等に資するビッグデータの整備を推進しています。
 防災科学技術研究所は,日本全域を均一かつ高密度に覆う約1900点の高性能・高精度な地震計で,人体に感じない微弱な震動から大きな被害を及ぼす強震動に至る様々な「揺れ」の観測を行っています。また,南海トラフ沿い(地震・津波観測監視システム:DONET)と東北地方太平洋沖を中心とする日本海溝沿い(日本海溝海底地震津波観測網:S‐net)の海底に地震計・水圧計等の観測機器を設置し,リアルタイムで地震・津波観測を実施しています。これらの観測網に基盤的火山観測網(V‐net)を加えて,平成29年11月より,全国の陸域から海域までを網羅する「陸海統合地震津波火山観測網(MOWLAS)」の本格的な統合運用を開始しました。
 さらに,MOWLASにより得られた地震観測データに基づく地震災害の観測・予測研究に加え,実大三次元震動破壊実験施設(E‐ディフェンス)を活用した耐震工学研究を行っています。今後発生が懸念されている南海トラフ巨大地震や首都直下地震等,巨大地震災害に対する我が国におけるレジリエンス(※12)の向上に貢献するため,E‐ディフェンス等を活用した次世代高耐震技術等に関する研究開発など耐震工学研究を進めています。平成30年度には,新たな耐震技術の検証のため,10階建て鉄筋コンクリート造建物試験体のE‐ディフェンス振動台実験を実施しました。
 海洋研究開発機構は,地球深部探査船「ちきゅう」の掘削孔を活用した長期孔内観測装置やDONETを用いた震源域直上でのプレート境界の固着状況の変化等を連続かつリアルタイムで把握するための技術開発・展開を行っています。また,東海・東南海・南海地震の連動性評価に重要な南海トラフのセグメント境界等を中心として緊急性・重要性が高い海域の高精度海底下構造調査を実施しています。これらの調査・観測結果を取り込み,より現実的なモデルを構築し,更に高精度な地殻変動・津波シミュレーションの実現に貢献することとしています。
 平成26年9月の御嶽山(おんたけさん)の噴火を踏まえて,28年度から,次世代火山研究・人材育成総合プロジェクトを開始し,火山災害の軽減に貢献するため,他分野との連携・融合を図り,「観測・予測・対策」の一体的な火山研究と火山研究者の育成・確保を推進しています。28年末から大学・研究機関等が参加するコンソーシアムにおいて受講生の受け入れを開始し,専門科目の授業やフィールド実習,火山学セミナー,インターンシップを実施しました。また,平成30年1月に草津白根山(くさつしらねさん)(本白根山(もとしらねさん))の噴火が発生した際には,現地に研究者を派遣し,臨時観測点を設置しました。
 防災科学技術研究所は,「陸海統合地震津波火山観測網(MOWLAS)」のうち基盤的火山観測網による火山活動の観測・予測研究を行っています。平成30年度は,十勝岳及び岩手山の火山観測施設の更新をしました。また,霧島山(新燃岳(しんもえだけ))や口永良部島(くちのえらぶしま)で噴火が発生した際には,直後に研究者を派遣し噴出物調査を行いました。また,高性能レーダを用いた高精度の降雨予測,土砂災害・風水害の発生予測に関する研究,リアルタイム雪氷災害発生予測に関する研究を行っています。平成28年度からは気象災害の軽減・防止と産業界にプラスの経済的波及効果を生み出すことを目標とした「『攻め』の防災に向けた気象災害の能動的軽減を実現するイノベーションハブ」の形成に着手しました。コンビニエンスストア事業を展開する企業と連携して,積雪等センサの新規開発と店舗への設置により積雪予測を高精度化し,大雪時の物流の確保と雪氷災害軽減を両立させる取組等を発展させ,ニーズ主導で地域や産業と共に創る防災課題解決モデルの構築を行っています。
 加えて,地震をはじめとした様々な災害の発生確率や危険性評価に関する研究,災害リスク情報の利活用に関する研究など防災に関連する研究開発も行っています。「平成30年7月豪雨」への対応として,災害情報の共有や発信に関する研究開発成果である「府省庁連携防災情報共有システム(SIP4D)」(内閣府戦略的イノベーション創造プログラム「SIP」)や「防災科研クライシスレスポンスサイト(NIED‐CRS)」を介し,自らが行った観測,解析,評価,調査情報に加え,外部機関から発信された情報や,被災地現地において紙等で発行された情報を一元的に集約し,災害対応機関の状況認識の統一に資するよう情報共有・利活用の支援を行いました。その他に発生した多様な自然災害(大阪府北部の地震,平成30年北海道胆振東部地震,霧島山(新燃岳や硫黄山)や口永良部島の噴火等)においても同様の情報共有・利活用の支援を行いました。

 陸海統合地震津波火山観測網(MOWLAS)(写真提供:防災科学技術研究所(NIED))
 陸海統合地震津波火山観測網(MOWLAS)(写真提供:防災科学技術研究所(NIED))

 耐震性能の検証のため,平成30年12月と平成31年1月に実施した10階建て鉄筋コンクリート造建物試験体のE‐ディフェンス振動台実験の様子(写真提供:防災科学技術研究所(NIED))
 耐震性能の検証のため,平成30年12月と平成31年1月に実施した10階建て鉄筋コンクリート造建物試験体のE‐ディフェンス振動台実験の様子(写真提供:防災科学技術研究所(NIED))


  • ※12 レジリエンス:ハザード(地震,津波等自然現象による外力)にさらされたシステム,コミュニティあるいは社会が,基本的な機構及び機能を保持・回復するなどを通じて,ハザードからの悪影響に対し,適切なタイミングかつ効果的な方法で抵抗,吸収,受容し,またそこから復興する能力。

(2)食品成分情報の集積,提供

 文部科学省は,我が国で日常摂取される食品の成分を収載した「日本食品標準成分表」を公表しています。日本食品標準成分表は栄養指導,教育,研究及び行政等において幅広く活用されています。平成30年12月に「日本食品標準成分表2015年版(七訂)追補2018年」を策定し,掲載食品の拡充を行いました。

3 地球規模課題への対応と世界の発展への貢献

 2018(平成30)年に「パリ協定」の実施指針が決定され,先進国と途上国が一体となって共通の目標達成に取り組むための議論が着実に進んでいます。その中で,気候変動をはじめとする世界人類が直面する地球規模課題の解決に対して,我が国の科学技術を生かして国際連携・協力に積極的に関与し,戦略性を持ちつつ,世界の発展へ貢献することが重要です。
 文部科学省は,2015(平成27)年11月にメキシコシティで開催された地球観測に関する政府間会合(GEO)閣僚級会合において承認された「GEO戦略計画2016‐2025」に貢献するため,人工衛星による観測,漂流フロート,係留ブイ,船舶による海洋観測,南極地域及び北極域における調査・観測などを実施しています。また,地球シミュレータ等の世界最高水準のスーパーコンピュータを活用し,気候モデル等の開発を通じて気候変動の予測技術等を高度化することによって,気候変動によって生じる多様なリスクの管理に必要となる基盤的情報を創出するための研究開発を実施しています。
 さらに,地球環境ビッグデータ(観測情報・予測情報等)を蓄積・統合解析し,気候変動等の地球規模課題の解決に資する情報システムとして,「データ統合・解析システム(DIAS)」を開発し,これまでに国内外の研究開発を支えつつ,水課題を中心に成果を創出してきました。また,企業も含めた国内外の多くのユーザーに長期的・安定的に利用されるための運営体制を整備するとともに,エネルギー,気象・気候,農業等の社会課題解決に資する共通基盤技術の開発を推進しています。
 加えて,我が国においては,「気候変動適応法」(平成30年法律第50号)が施行され,適応に向けての取組が加速しています。そこで,地方公共団体等における適応策立案・推進を支援するため,防災,農業,暑熱対策等の実際のニーズを踏まえた,適応策立案・推進に汎用的に活用可能な近未来の超高解像度気候変動予測情報等を開発し,DIASに加えて環境省等の関係省庁と連携して取り組む「地域適応コンソーシアム」を通じて,研究開発成果を地方公共団体等に提供しています。

 209X年の温暖化した世界における日本周辺の降水量分布予測(写真提供:一般財団法人気象業務支援センター)
 209X年の温暖化した世界における日本周辺の降水量分布予測(写真提供:一般財団法人気象業務支援センター)

 地球温暖化の状況等を把握するため,世界中の国や機関により,人工衛星や地上,海洋観測等による様々な地球観測が実施されています。気候変動問題の解決に向けた全世界的な取組を一層効果的なものとするためには,国際的な連携により,それらの観測情報を結び付け,さらに,統合・解析を行うことで,各国における政策決定等の基礎としてより有益な科学的知見を創り出すとともに,その観測データ及び科学的知見への各国・機関のアクセスを容易にするシステムが重要です。「全球地球観測システム(GEOSS)」は,このような複数のシステムから構成される国際的なシステムであり,その構築を推進する国際的な枠組みとして,「地球観測に関する政府間会合(GEO)」が設立され,2019(平成31)年2月時点で232の国及び国際機関等が参加しています。我が国は,GEOの執行委員国の一つとして,主導的な役割を果たしています。2018年(平成30年)には,京都において,GEO本会合を我が国で初めて開催し,持続可能な開発目標(SDGs),パリ協定,仙台防災枠組に対する地球観測の貢献等について活発な議論を行いました。
 人工衛星による地球観測は,広範囲にわたって様々な情報を繰り返し連続的に収集することができる極めて有効な観測手段です。文部科学省は,防災・災害対策や地球環境問題解決に向けて,国内外の関係機関と協力しつつ,陸域観測技術衛星2号「だいち2号」(ALOS‐2),温室効果ガス観測技術衛星2号「いぶき2号」(GOSAT‐2),水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM‐W),全球降水観測計画(GPM)主衛星,気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM‐C),先進光学衛星(ALOS‐3),先進レーダ衛星(ALOS‐4),光データ中継衛星などの各種人工衛星の開発・運用を総合的に推進しています(※13)。
 海洋観測について,海洋研究開発機構は,自然起源と人為起源による海洋環境の変化を理解し,海洋や海洋資源の保全・持続可能な利用,地球環境変動の解明を実現するため,漂流フロート,係留ブイ,船舶による観測等により,統合的な海洋の観測網を構築しています。また,得られた海洋観測ビッグデータを基に,新たな価値を創造するための基盤となる統合データセットを構築・発信しています。
 また,文部科学省は,海洋状況把握(MDA)の能力強化に向けて,海洋酸性化・地球温暖化,生物多様性,マイクロプラスチックに関わる海洋情報をより効率的かつ高精度に把握するための機器の研究開発として「海洋資源利用促進技術開発プログラム」のうち「海洋情報把握技術開発」を平成30年度より実施しています。
 さらに,文部科学省は,地球環境変動を顕著に捉えることが可能な南極地域及び北極域における研究諸分野の調査・観測等を推進しています。「南極地域観測事業」では,国際協力の下,文部科学大臣を本部長とする「南極地域観測統合推進本部」を中心に,関係府省や国立極地研究所をはじめとする研究機関等の協力を得て,「南極地域観測第IX期6か年計画」(平成28年度から令和3年度)に基づき,南極地域における調査・観測等を実施しています。
 北極域に関しては,「北極域研究推進プロジェクト(ArCS)」により,北極域における環境変動と地球全体に及ぼす影響を包括的に把握して精緻(ち)な予測を行うとともに,社会・経済的影響を明らかにし,適切な判断や課題解決のための情報をステークホルダー(利害関係者)に伝えることを目指し,国際共同研究等を実施しています。また,2018(平成30)年10月には,北極における研究観測や主要な社会的課題への対応の推進等を目的として,ベルリンにおいて開催された第2回北極科学大臣会合に柴山昌彦文部科学大臣が出席し,「北極域研究推進プロジェクト(ArCS)」の成果等を紹介するとともに,第3回北極科学大臣会合をアイスランドと共催し,2020(令和2)年にアジアで初となる我が国で開催することを提案し,了承されました。
 海洋研究開発機構は,北極環境変動総合研究センターを設置し北極研究を推進するとともに,海氷下でも自律航行や観測が可能な自律型無人探査機(AUV)等の要素技術開発を実施しています。また,北極海及び周辺海域において海洋環境・海洋生態系の変化を明らかにするため,海氷が最も後退する8月から10月にかけて,海洋地球研究船「みらい」による観測航海を実施しています。さらに平成30年度は,研究のプラットフォームとなる北極域研究船に関する予備設計を行いました。


  • ※13 照:第2部第7章第3節4

4 国家戦略上重要なフロンティアの開拓

(1)海洋分野

 四方を海に囲まれた我が国は,「海洋立国」にふさわしい科学技術とイノベーションの成果を上げる必要があります。そのため,氷海域,深海部,海底下を含む海洋の調査・観測技術や,生物を含む資源,運輸,観光等の海洋の持続可能な開発・利用等に資する技術,海洋の安全確保と環境保全に資する技術やこれらを支える科学的知見・基盤的技術の研究開発に着実に取り組むことが重要です。
 このため,文部科学省は,平成30年5月に閣議決定された「第3期海洋基本計画」等を踏まえ,科学技術・学術審議会海洋開発分科会において28年に策定された「海洋科学技術に係る研究開発計画」を31年1月に改訂し,海洋科学技術分野の研究開発を総合的に推進しています。
 具体的には,海洋状況把握(MDA)の能力強化や海洋生物資源の持続的な利用の実現に向け,「海洋資源利用促進技術開発プログラム」において,海洋情報をより効率的かつ高精度に把握する観測・計測技術の研究開発(※14)や,海洋生物の生理機能を解明し革新的な生産につなげる研究開発(※15)を行っています
 また,東北地方太平洋沖地震とこれに伴い発生した津波により激変した東北沖の海洋生態系を明らかにするため,「東北マリンサイエンス拠点形成事業」を実施し,関係地方公共団体・漁協等と連携・協力した調査研究に取り組んでいます(※16)。
 さらに,「南極地域観測事業」や「北極域研究推進プロジェクト(ArCS)」の実施を通じて,地球環境変動を顕著に捉えることが可能な南極地域及び北極域における研究諸分野の調査・観測等を推進しています(※17)。
 海洋研究開発機構は,我が国における海洋科学技術の中核機関として基盤的研究開発を推進するため,海底資源,海洋・地球環境変動,海域地震発生帯,海洋生命理工学を重点分野と位置づけ,社会の要請に応じた研究開発を行っています。同時に,これらの研究開発を推進する上で極めて重要である先端的基盤技術を開発しています。
 具体的には,地球深部探査船「ちきゅう」の掘削孔を活用した高精度な海底地殻変動観測(※18)や,海洋地球研究船「みらい」及び各種観測機器等を駆使した統合的海洋観測網の構築(※19)など,国内外の研究機関や産業界とも連携した先進的な研究開発を推進しています。

 地球深部探査船「ちきゅう」
 地球深部探査船「ちきゅう」

 海洋地球研究船「みらい」
 海洋地球研究船「みらい」


  • ※14 参照:第2部第7章第3節3
  • ※15 参照:第2部第7章第3節1(1)2
  • ※16 参照:第2部第2章第2節2(2)
  • ※17 参照:第2部第7章第3節3
  • ※18 参照:第2部第7章第3節2(1)
  • ※19 参照:第2部第7章第3節3
(2)宇宙航空分野気象衛星,通信・放送衛星などの宇宙開発

 利用は,国民生活に不可欠な存在であり,人類の知的資産を拡大し,国民に夢と希望を与える重要なものです。我が国の宇宙開発利用は,「宇宙基本法」や「宇宙基本計画」によって国家戦略として総合的かつ計画的に推進されています。
 政府は,宇宙政策をめぐる環境変化を踏まえ,国家安全保障戦略に示された新たな安全保障政策を十分に反映し,また,産業界の投資の予見可能性を高め,産業基盤を維持・強化するため,新たな「宇宙基本計画」(平成28年4月閣議決定)を策定しました。この計画では,「宇宙安全保障の確保」,「民生分野における宇宙利用推進」,「産業・科学技術の基盤の維持・強化」の三つを宇宙政策の目標として位置付けています。
 文部科学省は,この「宇宙基本計画」等を踏まえながら,関係府省と共に宇宙・航空分野の研究開発等の推進に取り組んでいます。

1.我が国の輸送システム
 我が国独自の宇宙輸送システムを保有することは,宇宙活動の自立性を確保する観点から不可欠です。我が国の基幹ロケットについては,昨年度は4機の打ち上げに成功しました。
 具体的には,平成30年6,10月に情報収集衛星レーダ6号機,温室効果ガス観測技術衛星2号「いぶき2号」をそれぞれ搭載したH‐IIAロケット39,40号機を,同年9月に宇宙ステーション補給機「こうのとり」7号機を搭載したH‐IIBロケット7号機を,さらに31年1月に革新的衛星技術実証1号機を搭載したイプシロンロケット4号機を打ち上げました。我が国の基幹ロケットは45機連続で打上げに成功しており,その成功率は世界最高水準である98%を超えています。
 また,平成26年度から,自立的に宇宙活動を行う能力を維持発展させるとともに国際競争力を確保するため,令和2年度の初号機打上げに向け,次世代の基幹ロケットであるH3ロケットの開発にも取り組んでおり,現在,主エンジンであるLE‐9の燃焼試験を進めるなど,着実な開発を進めています。

 H‐IIAロケット40号機打上げの様子(提供:三菱重工業株式会社(MHI)/宇宙航空研究開発機構(JAXA))
 H‐IIAロケット40号機打上げの様子(提供:三菱重工業株式会社(MHI)/宇宙航空研究開発機構(JAXA))

2.人工衛星による社会貢献
 我が国は,大規模自然災害における被災状況の把握,気候変動メカニズムの解明や予測研究など様々な社会的要請に応じて,各種人工衛星の開発・運用を推進し,国内外に貢献しています。
 陸域観測技術衛星2号「だいち2号」(ALOS‐2)の観測データは,防災関係機関や地方公共団体などに提供されています。最近では,平成30年7月の台風7号及び梅雨前線による西日本の豪雨災害や同年9月の北海道胆振東部地震災害等において,内閣府(防災担当),国土交通省,地震予知連絡会(事務局:国土地理院)等の関係府省・機関から要請を受けて緊急観測を行い,衛星データを提供しました。今後も,様々な災害の監視や広域かつ詳細な被災地の状況把握,森林や極域の氷の観測等を通じ,防災・災害対策や地球温暖化対策などの地球規模課題の解決に貢献していくことが期待されています。
 また,温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)は,全球の温室効果ガス濃度分布とその変化を測定し,温室効果ガスの吸収排出量の推定精度を高めるために必要な全球観測を行っています。これまでに二酸化炭素及びメタンの全球の濃度分布やその季節変動を明らかにするといった成果を出しています。また,GOSATの後継機である温室効果ガス観測技術衛星2号「いぶき2号」(GOSAT‐2)を平成30年10月に打ち上げました。GOSAT‐2は,より高性能な観測センサを搭載して,GOSATの観測対象である二酸化炭素,メタンの観測精度を高めるとともに,新たに一酸化炭素の吸収・排出源を特定することも目的としています。一酸化炭素は,人間の活動から排出されるものの,森林や生物活動からは排出されません。二酸化炭素と一酸化炭素を組み合わせて観測し,解析することで「人為起源」の二酸化炭素の排出量の推定を目指します。
 さらに,降水量や海面水温などを地球規模で長期間にわたって観測する水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM‐W)の観測データも,現在気象庁の数値予報システムで利用され,天気予報の降水予測精度の向上に貢献しているほか,漁場把握などの幅広い分野で利用されています。また,平成29年12月に打ち上げられた気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM‐C)は,雲,チリ等のエアロゾル,植生等を観測することで,地球規模での気候変動のメカニズムを解明することを目的としています。30年10月には,GCOM‐C等で積み上げてきた開発技術を応用し,気象衛星「ひまわり8号」の観測データを活用することで,黄砂やPM2.5などによる視界の悪化など,日々の生活に影響を与える大気浮遊物質(エアロゾル)の飛来予測精度の向上に成功したことを発表しています。
 また,宇宙産業の活性化に向けた取組も進めています。平成31年1月には,革新的衛星技術実証1号機として,公募により選定された7つの部品を搭載する「小型実証衛星1号機」と,衛星利用の拡大,国際競争力強化などを目的とする6機の超小型衛星及びキューブサットをイプシロンロケット4号機にて打ち上げました。今後これらの部品や衛星の宇宙実証を通して宇宙産業の振興を進めていきます。さらに,民間事業者等と,宇宙航空研究開発機構(JAXA)がパートナーシップを結び,新たな発想の宇宙関連事業の創出を目指す「宇宙イノベーションパートナーシップ(J‐SPARC)」を30年5月から開始しています。本取組を通して,JAXAと宇宙に限らない様々な分野の民間事業者が宇宙技術を活用した新規事業のコンセプト等の共創や共同活動を実施しています。例えば,30年11月には,画像解析,機会学習,AI(人工知能)等の技術に強みを持つ民間企業とJAXAが共同で,衛星データの新たな解析手法に基づく新規事業の共創に挑戦することを発表しています。
 そのほか,我が国の安全保障への貢献に向けて,地上からスペースデブリ(宇宙ゴミ)等の状況を把握することにより我が国の人工衛星の安定した運用に貢献する宇宙状況把握システムの構築や,高感度な赤外線センサの人工衛星への搭載技術の研究に,防衛省と共同で取り組んでいます。また,ALOS‐2に搭載した船舶自動識別装置(AIS)信号の受信機能を用いて船舶情報を把握することで海上保安庁に協力し,我が国の海洋監視体制の構築に貢献しています。
 また,広域かつ高分解能な撮像が可能な先進光学衛星(ALOS‐3)や先進レーダ衛星(ALOS‐4),衛星間光通信を実証する光データ中継衛星,次世代通信衛星技術の獲得を目指した技術試験衛星9号機の開発や,平成29年12月に打ち上げられた超低高度衛星技術試験機「つばめ」(SLATS)による超低高度における衛星運用技術の実証などにも取り組んでいます。
 さらに,準天頂衛星システム「みちびき」については,平成30年11月1日に4機体制による高精度測位サービスが開始されるとともに,令和5年度目途に確立する7機体制と機能・性能向上に向け,衛星システム仕様が決定され,5号機の開発が着手されました。また,みちびきの利用拡大に向け,自動車や農業機械の自動走行や物流,防災分野等様々な実証実験が進められています。
 上記のほか,安全保障,危機管理の分野の衛星として内閣衛星情報センターの保有する情報収集衛星が挙げられます。厳しい国際情勢等を背景に重要性が高まる中,その拡充・強化や即時性の更なる強化に向け,10機体制を目指し整備が進められており,その開発を通じて得られた成果は我が国の技術力の向上に貢献しています。

 温室効果ガス観測技術衛星2号「いぶき2号」(GOSAT‐2)(提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA))
 温室効果ガス観測技術衛星2号「いぶき2号」(GOSAT‐2)(提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA))

3.宇宙環境利用の総合的推進
 日本,アメリカ,欧州,カナダ,ロシアの5極共同による国際協力プロジェクトである「国際宇宙ステーション(ISS)計画」において,我が国は,「きぼう」日本実験棟及び宇宙ステーション補給機「こうのとり」の開発・運用を通じて参画しています。
 「こうのとり」は2018(平成30)年までに7回の物資補給を行っており,6号機からはISSの運用に不可欠な新型バッテリーを輸送するなど,ISSに大型装置を輸送できる唯一の手段として各国からの期待を集めています。また,2018(平成30)年に打ち上げられた「こうのとり」7号機には,我が国初の試みとして,大気圏再突入技術の実証やISSからの物資回収能力の獲得を目的とした小型回収カプセルを搭載しました。同年11月,小型回収カプセルは予定通りに南鳥島近海の太平洋に帰還し,ISSで得られた実験サンプルの回収に成功しました。
 2017(平成29)年12月から翌年6月まで,金井宣茂(かないのりしげ)宇宙飛行士がISSに長期滞在しました。金井飛行士は,滞在中,「きぼう」日本実験棟のユニークな環境や設備を利用し,様々な科学実験や,ISS各施設のシステム運用・船外活動等を実施しました。このほか,アジア各国の宇宙機関と協力して,国内外の学生から提案された微小重力簡易実験を実施することで人材育成にも貢献するなど,様々な活動を行いました。
 「きぼう」においては,宇宙環境を利用した取組として,タンパク質結晶生成による創薬研究やマウスの長期飼育を通じた骨や筋肉等への重力影響とそのメカニズムを解明する実験など,健康長寿社会に向けた研究や,微小重力環境で顕在化する物理現象に関する実験,「きぼう」のエアロックやロボットアームを活用した超小型衛星放出などを実施しています。これらの取組を総合的に進めることにより,基礎的研究開発や産業の振興,国際プレゼンスの確立などの観点で成果を創出しています。

 「きぼう」日本実験棟(提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA))
 「きぼう」日本実験棟(提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA))

4.国際宇宙探査
 宇宙探査を巡っては,米国が月の近傍に有人拠点(Gateway)を構築する計画を打ち出しているほか,多くの国で月面や火星の探査ミッションが計画されるなど,国際的な関心が高まっています。2018(平成30)年3月に東京で開催した「第2回国際宇宙探査フォーラム(ISEF2)」では,45の国・国際機関の閣僚や宇宙機関長が,宇宙探査や国際協力の意義等について活発な議論を展開し,「国際宇宙探査に関する東京原則」などの成果文書が取りまとめられました。現在,Gatewayへの参画や国際協力による月への着陸探査活動について,国際調整や具体的な技術検討に着手しています。

5.宇宙科学研究の推進
 太陽系探査,X線・赤外線天文観測,太陽観測など宇宙科学の分野では,平成28年12月に打ち上げたジオスペース探査衛星「あらせ」により,ジオスペース(地球周辺の宇宙空間)においてプラズマの観測を行い,オーロラ発生の物理プロセスの同定に成功等により,宇宙嵐などの太陽活動と地球の相互作用や宇宙環境の理解の深化に貢献しました。平成26年12月に打ち上げた小惑星探査機「はやぶさ2」は,平成30年6月に目的地の小惑星「リュウグウ」に到着し,同年9月には世界初となる探査ローバの小惑星探査活動に成功しました。さらに平成31年2月には,小惑星のサンプルを採取するタッチダウン(着地)に成功しました。今後,2回目の小惑星へのタッチダウンを試み,令和2年末に地球への帰還を予定しています。また,平成27年12月に金星周回軌道へ投入された金星探査機「あかつき」は,金星特有の気象現象を世界に先駆けて観測し,金星大気メカニズムの解明につながる成果を挙げました。
 このほか,我が国初となる月への無人着陸を目指す小型月着陸実証機(SLIM),X線分光撮像衛星(XRISM)(ともに令和3年度打上げ予定)や欧州宇宙機関との国際協力による国際水星探査計画(BepiColombo)の水星磁気圏探査機(みお)の開発(平成30年10月打上げ)等,国際的な地位の確立や,人類のフロンティア拡大に資する宇宙科学分野の研究開発を推進しています。

6.航空科学技術に関する研究開発
 文部科学省は,平成26年8月に「戦略的次世代航空機開発ビジョン」を取りまとめました。この中で,今後20年で世界の航空機市場が約2倍に成長すると見込まれる中,我が国の航空機産業を自動車産業と比肩し得る成長産業(世界シェア20%)にするため,民間航空機国産化研究開発プログラムとこれを支える大型試験設備の整備を,優先的に着手することとしています。
 これを踏まえ,宇宙航空研究開発機構(JAXA)において,燃費と環境負荷性能を大幅に改善するコアエンジン技術(燃焼器,タービン等)の研究開発や,機体騒音の低減を図る「FQUROHプロジェクト」などを実施しています。また,次世代航空機用エンジン技術の実証のため,技術実証用国産エンジン(F7エンジン)の導入に向けた整備を着実に実施しています。
 さらに,超音速機技術や電動化航空機技術の研究開発など,将来の航空機の鍵となる技術の研究開発も進めています。7.天文学研究の推進
 天文学については,南米チリのアタカマ高地にて,電波望遠鏡「アルマ」を日米欧の国際協力で運用しています。その中で日本はACA(アタカマコンパクトアレイ)システムやサブミリ波帯を中心とした受信機システム等の製造を担当し,我が国の高い技術力を背景に世界をリードし,海王星サイズの惑星形成の証拠や,132億光年先に酸素を発見するなど世界的な成果を挙げています。また,米国ハワイ州のマウナケア山頂では大型光学赤外線望遠鏡「すばる」を用いて中性子星合体による重力波発生現象を追跡観測し金,白金等の重元素合成となる現場を初観測するなど宇宙の起源と歴史の全体像の解明等を推進しているほか,日米などの5か国共同で口径30mの超大型光学赤外線望遠鏡(TMT:ThirtyMeterTelescope)を建設し,太陽系外惑星の探査など新たな宇宙像を開拓する計画に取り組んでいます。同望遠鏡は,令和9年度の完成を目指しています。

 コアエンジン技術の研究開発(提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA))
 コアエンジン技術の研究開発(提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA))

 アルマ望遠鏡モリタアレイ(提供:ALMA(ESO/NAOJ/NRAO))
 アルマ望遠鏡モリタアレイ(提供:ALMA(ESO/NAOJ/NRAO))

 アルマ望遠鏡捉えた,うみへび座TW星(175光年)を取り巻く塵の円盤(提供:ALMA(ESO/NAOJ/NRAO))
 アルマ望遠鏡捉えた,うみへび座TW星(175光年)を取り巻く塵の円盤(提供:ALMA(ESO/NAOJ/NRAO))

第4節 科学技術イノベーションの基盤的な力の強化

1 人材力の強化

(1)知的プロフェッショナルのとしての人材の育成・確保と活躍促進

1.若手研究者の育成・活躍促進

 人口減少・少子高齢化が急速に進む中で,我が国が成長を続け,新たな価値を創出していくためには,科学技術イノベーションを担う多様な人材の育成・確保が重要です。特に,意欲と能力のある学生が大学院に進学し,我が国の将来を担う研究者として活躍することができるよう,博士課程の学生や博士課程修了者等に対する経済的支援や研究費の獲得の機会の保証とともに,自らの研究活動に専念することができる環境整備や産業界も含めた多様なキャリアパスの開拓といった取組が重要です。

(ア)若手研究者が安定的かつ自立的に研究を推進できる環境の整備
 文部科学省は,優れた若手研究者が産学官の研究機関において,安定かつ自立した研究環境を得て自主的・自立的な研究に専念できるよう,研究者及び研究機関に対して支援を行う「卓越研究員事業」を平成28年度から開始しています。
 また,文部科学省は,優秀な若手研究者が自らの研究に専念することができる環境を整備し,安定したポストに就けるよう,テニュアトラック制を導入する大学等を支援しています。
 さらに,「科学研究費助成事業(科研費)」において,「科研費若手支援プラン」を策定し,研究者のキャリア形成に応じた支援を強化しつつ,オープンな場での切磋琢磨を促すための施策に取り組んでいます。令和元年度助成において,若手研究者への支援を重点的に強化するため,博士の学位を取得後8年未満(経過措置として39歳以下も含む)の研究者を対象とする「若手研究」を抜本的に拡充するとともに,国際競争下で研究の高度化に欠かせない,より規模が大きい「基盤研究(B)」や研究の多様性と裾野の広がりを支える「基盤研究(C)」の充実を図っています。さらに,研究機関に採用されたばかりの研究者等を対象とする「研究活動スタート支援」を拡充し,新たに基金化しました。
 科学技術振興機構でも「戦略的創造研究推進事業」のうち若手研究者の応募が多い「さきがけ」などを実施しています。

(イ)博士人材の多様な場での活躍促進
 文部科学省は,「科学技術人材育成のコンソーシアムの構築」事業を実施し,複数の大学等とコンソーシアムを形成し,企業等と連携して若手研究者の安定的な雇用を確保しながらその流動性を高め,キャリアアップを図る仕組みを構築する大学等を支援しています。
 また,各分野の博士人材等について,データサイエンス等を活用しアカデミア・産業界を問わず活躍できる棟梁レベル人材を育成する研修プログラムの開発を目指す「データ関連人材育成プログラム」を平成29年度から実施しています。
 科学技術振興機構は,産学官の連携によって研究者や研究支援人材を対象とした求人・求職情報などの提供や活用を支援するとともに,研究人材のキャリア支援ポータルサイト(JREC‐INPortal)を運営しています。

2.科学技術イノベーションを担う多様な人材の育成・活躍促進

(ア)研究支援人材の育成・確保
 文部科学省は,研究者の研究活動活性化のための環境整備,大学等の研究開発マネジメント強化及び科学技術人材の研究職以外への多様なキャリアパスの確立を図る観点から,大学等における研究マネジメント人材(リサーチ・アドミニストレーター)の支援方策について調査研究等を実施しています。とりわけ平成30年度においては,大学等におけるリサーチ・アドミニストレーター活動の更なる充実を図るために,「リサーチ・アドミニストレーター活動の強化に関する検討会」において,その知識・能力の向上と実務能力の可視化に資するものとして認定制度の導入に向けた論点整理が取りまとめられました(30年9月)。
 また,科学技術振興機構は,我が国の優秀な人材層にプログラム・マネージャー(PM)という新たなイノベーション創出人材モデルと資金配分機関等で活躍するキャリアパスを提示し構築するため,PMに必要な知識・スキル・経験を実践的に習得する「プログラム・マネージャーの育成・活躍推進プログラム」事業を実施しています。

(イ)技術者の養成及び能力開発
 科学技術イノベーションの推進において,産業界とそれを支える技術者は中核的な役割を果たしています。
 文部科学省は,科学技術に関する高度な専門的応用能力を必要とする事項についての計画,研究,設計,分析,試験などの業務を行う者に対し「技術士」の資格を付与し,その業務の適正化を図る「技術士制度」を設けています。
 技術士となるためには,機械,建設などの技術部門ごとに行われる国家試験に合格し,登録を行うことが必要です。技術士試験は,理工系大学卒業程度の専門的学識等を確認する第一次試験と,技術士になるのにふさわしい高等の専門的応用能力を確認する第二次試験で構成されており,平成30年度は第一次試験6,302名,第二次試験2,355名が合格しました。第二次試験の部門別合格者は(図表2‐7‐1)のとおりです。

 図表2‐7‐1 技術士第二次試験の部門別合格者(平成30年度)

3.大学院教育改革の推進

 文部科学省は,高度な専門的知識と倫理観を基礎に自ら考え行動し,新たな知及びそれに基づく価値を創造し,グローバルに活躍し未来を牽(けん)引いんする「知のプロフェッショナル」を育成するための大学院教育改革を推進しています。平成30年度は,引き続き「第3次大学院教育振興施策要綱」(平成28年3月31日文部科学大臣決定)を踏まえた大学院教育の充実・強化を図るとともに,中央教育審議会大学分科会において「2040年を見据えた大学院教育の体質改善~社会や学修者の需要に応える大学院教育の実現~(審議まとめ)」(※20)が取りまとめられました。
 特に,博士課程教育については,広く産学官にわたりグローバルに活躍するリーダーを養成するため,産・学・官の参画を得つつ,専門分野の枠を超えて博士課程前期・後期一貫した学位プログラムを構築・展開する大学院教育の抜本的改革を支援する「博士課程教育リーディングプログラム」(※21)を平成23年度から実施し,30年度までに33大学62プログラムを支援しています。
 さらに,平成30年度より,卓越した博士人材を育成するとともに,人材育成・交流及び新たな共同研究が持続的に展開される卓越した拠点を形成するため,各大学が自身の強みを核に,これまでの大学院改革の成果を活いかし国内外の大学・研究機関・民間企業等と組織的な連携を行いつつ世界最高水準の教育力・研究力を結集した5年一貫の博士課程教育プログラムを構築することを支援する「卓越大学院プログラム」(※22)を実施し,平成30年度に15プログラムを採択しました。
 また,学術研究の担い手である優秀な研究者が育ち,十分に能力を発揮することができるよう,日本学術振興会の「特別研究員事業」による博士課程学生やポストドクターへの支援を通じ,優れた若手研究者の養成・確保に努めています。

4.次代の科学技術イノベーションを担う人材の育成

 文部科学省は,次代の科学技術イノベーションを担う人材を育成するために,成長段階や,意欲・能力に応じた様々な取組を実施しています(※23)。
 文部科学省は,全国の自然科学系分野を学ぶ学部学生等が自主研究を発表し,全国レベルで切磋琢磨(せっさたくま)し合うとともに,企業関係者とも交流を図る場として,「サイエンス・インカレ」を開催しています。第8回サイエンス・インカレは,平成31年3月2日,3日の2日間にわたって東京都豊島区で開催され,100組の学部学生等によって口頭発表やポスター発表が行われました。
 文部科学省と経済産業省は,産業界で活躍する理工系人材を戦略的に育成する方策を検討するため,平成27年5月から「理工系人材育成に関する産学官円卓会議」を共同で開催しました。28年8月には産学官それぞれに求められる役割や具体的な対応策を「理工系人材育成に関する産学官行動計画」として取りまとめました。30年度は産学連携による科学技術人材育成に関する大学協議体においてフォローアップを行い,その取組が順調に進捗していることを確認しました。今後も産学官において理工系人材育成の取組を推進する方策を検討・実行することとしています。


  • ※20 https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/houkoku/1412988.htm
  • ※21 https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/kaikaku/hakushikatei/1306945.htm
  • ※22 https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/kaikaku/takuetudaigakuin/index.htm
  • ※23 初等中等教育段階における取組については参照:第2部第4章第3節

(2)人材の多様性確保と流動化の促進

1.女性の活躍促

 進女性研究者の活躍を促し,その能力を発揮させていくことは,我が国の経済社会の再生・活発化や男女共同参画社会の推進に寄与するものです。しかし,我が国の女性研究者の割合は年々増加傾向にあるものの,平成30年3月現在で約16%であり,先進諸国と比較して依然として低い水準にあります。
 文部科学省は,研究と出産・育児等のライフイベントとの両立や女性研究者の研究力向上を通じたリーダーの育成を一体的に推進するダイバーシティ実現に向けた大学等の取組を支援する「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ」を実施しています。
 また,日本学術振興会は「特別研究員(RPD)事業」を実施し,出産・育児によって研究を中断した研究者に研究奨励金を支給して研究への復帰を支援しています。

2.国際的な研究ネットワーク構築の強化

 我が国の科学技術・学術力強化のためには,科学技術コミュニティが世界の人材流動の動きから取り残されないよう,我が国の頭脳循環の流れを活性化させ,我が国の大学等研究機関が国際研究ネットワークの重要な一角を成すことが必要です。
 文部科学省は,我が国の研究者の海外研鑽さんの機会の提供や優秀な外国人研究者の受入れを通じ,新たなイノベーションの創出やより強固な国際研究ネットワークの構築を目指しています。

(ア)国際的な頭脳循環の推進
 文部科学省は,国際的な活躍が期待できる研究者の育成に資するよう,海外の研究機関との間の研究者の派遣・受入れを行う大学等研究機関を支援する「国際的な活躍が期待できる研究者の育成事業」を実施しています。

(イ)外国からの研究者等の受入れの推進
 我が国における外国人研究者の受入れ状況についてみると,短期受入れ研究者数は,平成21年度から23年度に掛けて東日本大震災等の影響により減少したものの,その後,回復傾向が見られます。一方,中・長期受入れ研究者数は,12年度以降,おおむね1万2,000人から1万5,000人の水準で推移しています(図表2‐7‐2)。
 日本学術振興会(JSPS)は,優秀な外国人研究者を我が国に招へいし,我が国全体の学術研究の推進及び研究環境の国際化の進展を図るため,「外国人研究者招へい事業」により外国人特別研究員等の受入れを実施しています。また,この日本学術振興会の事業経験者等の組織化を図るとともに,再来日の機会の提供などにより,我が国と諸外国の研究者ネットワークの形成・強化を図っています。
 科学技術振興機構(JST)は,海外の優秀な人材の獲得につなげるため,アジアを中心とする41の国・地域から青少年(40才以下の高校生,大学生,大学院生,研究者等)を短期間(1週間から3週間程度)招へいする「日本・アジア青少年サイエンス交流事業」を実施しています。

 図表2‐7‐2 海外からの受け入れ研究者数(総数/短期/中・長期)

(ウ)日本の研究者等の海外派遣の推進
 我が国の大学,独立行政法人等の研究者の海外派遣状況について,短期派遣研究者数は,調査開始以降増加傾向が見られます。中・長期派遣研究者数は,平成12年度から19年度までは減少傾向が見られたものの,20年度以降はおおむね4,000人から5,000人の水準で推移しています(図表2‐7‐3)。
 日本学術振興会(JSPS)は,我が国における学術の将来を担う国際的視野に富む有能な研究者を養成・確保するため,優れた若手研究者が海外の特定の大学等研究機関において長期間研究に専念することができるよう支援する「海外特別研究員事業」を実施しています。また,海外という新たな環境へ挑戦し,3か月~1年程度海外の研究者と共同して研究に従事する機会を提供することを通じて,将来国際的な活躍が期待できる豊かな経験を持ち合わせた優秀な博士後期課程学生等の育成に寄与する「若手研究者海外挑戦プログラム」も実施しています。

 図表2‐7‐3 海外への派遣研究者数(総数/短期/中・長期)

(エ)諸外国の学術振興機関との協力
 2018(平成30)年5月,モスクワにおいてロシア基礎科学財団(RFBR)と韓国研究財団(NRF)の共同主催により,世界各国の主要な学術振興機関の長による国際会議であるグローバル・リサーチ・カウンシル(GRC)の第7回年次会合が開催されました。そこでは,50か国,2国際機関から合計60機関の長が出席し,研究支援を取り巻く課題と学術振興機関が果すべき役割が議論され,成果文書として「ピア/メリット・レビューの原則についての宣言」が採択されました。

3.分野,組織,セクター等の壁を越えた流動化の促進

 文部科学省と経済産業省は,研究者等が二つ以上の研究機関に雇用されつつ,それぞれの機関における役割に応じて研究・開発及び教育に従事することを可能にするクロスアポイントメント制度の導入を促進するため,内閣府の取りまとめの下,実施に当たっての医療保険,年金等に関する各種法制度関係等を制度官庁に確認し,「クロスアポイントメント制度の基本的枠組みと留意点」を平成26年12月に公表しました。さらに,28年11月に策定された「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン」において,クロスアポイントメント制度の導入を促しています。

2 知の基盤の強化

(1)イノベーションの源泉としての学術研究と基礎研究の推進

1.学術研究の推進に向けた改革と強化

 学術研究とは,各々の研究者自身の内在的な動機に基づいて行われ,真理の探究や課題解決とともに新しい課題の発見が重視されるものです。自主性・自律性を前提として研究者が知的創造力を最大限発揮することで,独創的で質の高い多様な成果が生み出されます。このため,学術研究は,新たな学際的・分野融合的領域の創出や,幅広い分野でのイノベーション創出の可能性を有しています。
 科学技術・学術審議会学術分科会は,平成27年1月に「学術研究の総合的な推進方策について(最終報告)」を取りまとめました。この報告では,学術研究のイノベーションの源泉としての性格を明らかにするとともに,学術研究の現代的な要請(挑戦性,総合性,融合性,国際性)に着目しつつ,その多様性を深化させることで卓越した知の創出力を強化することや,国や学術界が行うべき改革の基本的な考え方を示すほか,具体的な取組の方向性も提示しています。
 文部科学省では,こうした学術それ自体に価値を認め,その振興を図る観点から上記のような科学技術・学術審議会における取りまとめや「第5期科学技術基本計画」(平成28年1月閣議決定)などを踏まえ,科学研究費助成事業(科研費)の充実,共同利用・共同研究体制の強化・充実,人文学・社会科学の振興など学術研究の推進のために様々な取組を進めています。

(ア)科学研究費助成事業(科研費)の改革・強化
 科学研究費助成事業(科研費)は,人文学・社会科学から自然科学までの全ての分野にわたり,あらゆる学術研究を対象とする唯一の競争的資金であり,文部科学省及び日本学術振興会によって運営されています。科研費は,ピアレビュー(研究者コミュニティから選ばれた研究者による審査)によって優れた研究課題を採択し,研究の多様性を確保しつつ独創的な研究活動を支援することによって,研究活動の裾野を拡大し,持続的な研究の発展と重厚な知的蓄積の形成に資するという大きな役割を果たしています。社会に突破口をもたらす革新的な多くの研究成果が,科研費で支援された研究の中から生み出されています。
 平成30年度の予算額は当初予算2,286億円及び第2次補正予算50億円となっており,政府の競争的資金全体の5割以上を占めています。同年度においては,主な研究種目全体で10万件を超える新たな応募があり,このうち約2万6,000件を採択しました。前年度から継続する研究課題を含めると約7万5,000件の研究課題を支援しています。
 科研費により助成している研究の多くは,長期的視野に立った基礎的・持続的研究であり,社会に変革をもたらす画期的な研究成果を多く生み出しています。
 このような科研費の成果については,国立情報学研究所の科研費データベース「KAKEN」を通じて広く公開するほか,最近の研究成果などを年4回ニュースレター「科研費NEWS」を発行して紹介しています。また,体験・実験などを通じて,小中学生や高校生などに研究成果を分かりやすく紹介するプログラム(「ひらめき☆ときめきサイエンス」)を実施しています。
 科研費は,これまでも制度を不断に見直し,基金化の導入などの改善を図ってきましたが,質の高い学術研究を推進し,卓越した「知」を創出するため,「科研費改革の実施方針」(平成27年9月策定)等を踏まえ,審査システムの見直しをはじめとする抜本的な改革を進めています。
 具体的には,科学技術・学術審議会学術分科会において取りまとめられた「科学研究費助成事業の審査システム改革について」に基づき,平成30年度助成から,400程度に細分化されている審査区分を大括り化した,新たな審査区分表に基づいて公募するとともに,合議審査を一層充実させる「総合審査」などの新しい審査方式を導入するなどの取組を進めています。
 今後も,更なる学術研究の振興に向け,科研費の充実を図ることとしています。

ColumnNo.13 イノベーションの芽を育む科研費

 科研費により助成している研究の多くは,短期的な目標達成よりも,むしろ長期的視野に立った基礎的・持続的研究であり,社会に変革をもたらす画期的な研究成果を多く生み出しています。

 三佐川 亮宏 東海大学教授
 石原 安野 千葉大学教授
 本庶 佑 京都大学 特別教授

ColumnNo.14 日本の研究力:ノーベル賞(自然科学系3賞)

 平成30年12月,本庶佑京都大学特別教授がノーベル生理学・医学賞を受賞されました。本庶先生の受賞は,我が国の研究者が高い研究水準を有することを改めて世界に示すものであるとともに,国民にとって大きな誇りと励みとなるものです。今回の受賞により,2001年以降における日本のノーベル賞(自然科学系3賞)受賞者数は17人となり,世界第2位になっています。
 本庶先生は,がんの新たな治療法を開拓され,先生の研究成果をもとに開発された治療薬は,がんに苦しむ世界中の人たちに大きな希望を与えており,このような優れた成果は,研究者の地道な研究の積み重ねが花開いたものと言えます。社会に貢献する優れた研究成果を創出するためには,国として基礎研究を支援していくことが極めて重要であり,文部科学省では,これまでも研究者の独創的な発想に基づく学術研究への支援やそこから生み出されたイノベーションのシーズをさらに育てる戦略的な基礎研究の推進に取り組んできたところです。例えば,本庶先生の研究に対しては,科学研究費助成事業(科研費)において,40年以上にわたり,ほぼ切れ目なく継続的に支援を行っている他,日本医療研究開発機構(AMED)の次世代がん医療創生研究事業においても支援を行っているところです。
 その一方で,多くのノーベル賞受賞者が現在の学術研究・基礎研究を支える環境に危機感を感じているように,我が国の研究力の現状は,論文の質・量双方の観点での国際的な地位の低下,国際共著論文の伸び悩み等,諸外国に比べ研究力が相対的に低下していることが課題となっています。
 このような現状を一刻も早く打破するため,平成31年2月1日に公表した「高等教育・研究改革イニシアティブ‐柴山イニシアティブ‐」を踏まえ,研究「人材」「資金」「環境」改革と人事給与マネジメント改革をはじめとした大学改革を一体的に実行する「研究力向上改革2019」の取りまとめを行いました。
 本取りまとめに基づき,研究力向上に資する基盤的な力の更なる強化に向け,

  1. 研究人材の改革では,若手研究者の「安定」と「自立」の確保,多様なキャリアパスによる流動性・国際性を促進する取組等を通じて研究者をより魅力ある職にすること
  2. 研究資金の改革では,裾野の広い富士山型の研究資金体制を構築し,「多様性」を確保しつつ,「挑戦的」かつ「卓越」した世界水準の研究を支援すること
  3. 研究環境の改革では,研究室単位を超えて研究環境の向上を図る「ラボ改革」を通じて研究効率を最大化し,より自由に研究に打ち込める,Society 5.0時代にふさわしい環境を実現すること

 に取り組んでまいります。また,これらの改革を実行しつつ,産学官を巻き込みながら,研究者目線での不断の見直しを行うことで進化し続けるプランとしていきます。そして,これらの取組や関係する施策の制度改善など早急に実行に移すことにより,我が国の研究力の強化を図り,絶えずイノベーションを生み続ける社会を実現してまいります。

 日本のノーベル賞数(自然科学系3賞)

(イ)共同利用・共同研究体制の強化・充実
 我が国においては,大学に附置される研究所や大学共同利用機関が有する大型の研究施設・設備や大量の資料・データ等を,全国の研究者が共同で利用し,研究を行う共同利用・共同研究体制が整備されています。共同利用・共同研究体制は,我が国独自の仕組みであり,国際的な研究成果を生み出すとともに,国際的な競争と協調による学術研究の大型プロジェクトを推進するなど,学術研究の発展に大きく貢献しています。
 文部科学省においては,国立大学法人運営費交付金等により,共同利用・共同研究体制の整備に対する支援を行っており,ノーベル賞受賞につながる研究成果の創出など研究水準の向上や,大学の機能強化に貢献しています。

(1)共同利用・共同研究拠点
 文部科学省では,国公私立大学に附置される研究施設のうち,研究実績,研究水準,研究環境等の面で各研究分野の中核的な施設と認められ,全国の研究者に利用させることを通じて,我が国の学術研究の進展に特に有益である研究施設を共同利用・共同研究拠点として認定しています。平成31年3月現在,全国で54大学の102拠点(国立大学71拠点,公立大学7拠点,私立大学23拠点)が認定を受けて活動しています。
 さらに,平成30年度には,現行の拠点制度とは別に,国際的に有用かつ質の高い研究資源等を活いかして,国際的な共同利用・共同研究を実施する研究施設を国際共同利用・共同研究拠点として認定する制度を創設するとともに,国立大学4大学6研究施設を認定し,国際的な研究環境を整備するための取組を進めています。共同利用・共同研究拠点及び国際共同利用・共同研究拠点では,分野の特性等に応じ,単独の研究施設が拠点として活動するだけではなく,複数の研究施設がネットワーク型の拠点を形成し活動することも可能です。
 物質・デバイス領域共同研究拠点は,5大学の研究施設が連携した物質・デバイス領域におけるネットワーク型の共同利用・共同研究拠点です。ネットワークを形成することで,大学等の研究者が共同利用・共同研究に参加できる受け皿を大きくするとともに,各研究施設の特性を活用し,物質・デバイス領域で多様な先端的・学際的共同研究を推進しています。
 また,公私立大学における共同利用・共同研究拠点の整備については,新たに認定を受けた拠点に対して環境・体制整備に関するスタートアップを支援するとともに,3年間のスタートアップ支援期間が終了した後も,拠点機能の更なる強化を図る取組に対して支援しています。
 スタートアップ支援の例としては,横浜市立大学先端医科学研究センターでは,当該研究センターが整備・蓄積してきた遺伝子発現制御研究に資する各種オミックスやバイオインフォマティクスの解析設備と技術を他大学・研究所・企業に開くことで,医学における日本有数の拠点を形成することを目指し,拠点活動を行っています。
 また,早稲田大学各務記念材料技術研究所では,昭和13年の開設以来積み上げてきた材料技術の開発における情報・ノウハウやネットワークを活いかしながら,環境整合材料分野に特化し,環境に整合した社会の構築に寄与する研究拠点となることを目指し,拠点活動を行っています。
 文部科学省は,これらの取組が一層促進されるよう,共同利用・共同研究拠点の強化・充実に取り組んでいます。

 図表2‐7‐4 平成30年度の共同利用・共同研究拠点一覧

(2)大学共同利用機関法人
 大学共同利用機関法人は,全国の大学等の研究者に共同利用・共同研究の場を提供する研究機関であり,各研究分野の発展に大きく貢献するとともに,国際的な競争と協調の中で世界最先端の大型研究を推進しています。また,総合研究大学院大学をはじめとする全国の大学の大学院生を受け入れるなど,研究と教育を一体的に実施しています。
 大学共同利用機関法人は四つあり,各大学共同利用機関法人は,平成28年度からの第3期中期目標期間中の国立大学改革における大学全体の機能強化に貢献するため,新たな学問分野の創出を目指した組織の見直しや,これまで培ってきたデータの基盤構築など,全国の大学等の研究者の支援に取り組んでいます。

人間文化研究機構
 人間文化研究機構は,国立歴史民俗博物館,国文学研究資料館,国立国語研究所,国際日本文化研究センター,総合地球環境学研究所及び国立民族学博物館を設置しています。人間文化研究機構は,膨大な文化資料に基づく実証的研究,人文・社会科学の総合化を目指す理論的研究や自然科学との融合を含めた研究領域の開拓に努め,人間文化の総合的学術研究拠点としての役割を果たしています。
 平成30年度は,機構において,歴史文化資料の保全と継承を目的に大学と包括協定を締結するなど,大学などの研究機関との連携を通じて,大学の機能強化に貢献しています。また,日本研究の国際的な発展を推進するため,新たに日本研究国際賞を創設しました。

自然科学研究機構
 自然科学研究機構は,国立天文台,核融合科学研究所,基礎生物学研究所,生理学研究所及び分子科学研究所を設置しています。自然科学研究機構は,宇宙,物質,エネルギー,生命などの自然科学分野の基盤的な研究の推進や各分野の連携による新たな研究領域の開拓と発展などを目指しています。
 平成30年4月に設置した「生命創成探究センター」においては,生命とは何かという人類共通の問いの答えに対する異分野融合型の新たな研究に取り組んでいます。また,同年8月に設置した「国際連携研究センター」においては,センター内にアストロフュージョンプラズマ研究部門を置き,プリンストン大学(アメリカ)及びマックスプランク研究所(ドイツ)との覚書を締結するなど海外機関と組織的に連携して行う分野融合の取組を推進しています。

高エネルギー加速器研究機構
 高エネルギー加速器研究機構は,素粒子原子核研究所,物質構造科学研究所,加速器研究施設及び共通基盤研究施設を設置しています。高エネルギー加速器研究機構は,高エネルギー加速器を用いた国際共同研究の中核拠点として,素粒子原子核物理学から物質・生命科学や産業応用にわたる広範な実験・理論研究を展開するとともに,加速器基盤技術などの開発研究,国内外の大学などとの連携・協力を推進しています。
 平成30年度は,これまでに確立している標準理論だけでは説明が困難な現象を手掛かりに,新たな物理法則の解明や宇宙の発展過程で反物質(※24)が消え去った謎の解明を目指し,国際協力の下,高度化を進めてきた電子・陽電子衝突型加速器(スーパーBファクトリー)の本格的な稼働を開始しました。

情報・システム研究機構
 情報・システム研究機構は,国立極地研究所,国立情報学研究所,統計数理研究所及び国立遺伝学研究所を設置しています。情報・システム研究機構は,情報とシステムの観点から分野を越えた総合的な研究を推進し,新たな研究の枠組みの構築と新分野の開拓を目指しています。
 平成30年度は,機構の下に設置されている「データサイエンス共同利用基盤施設」と4研究所が連携し,生命科学,極域環境科学及び人文・社会科学などの多様な分野を対象とした大規模データの共有と解析を通じたデータサイエンスの進展と大学の支援を目的とした取組を進めたほか,統計数理研究所が中心となって「データサイエンス高度人材育成プログラム」などを通じて,データサイエンティストの育成を図りました。

(3)学術研究の大型プロジェクト
 文部科学省は,学術版ロードマップに基づいて,大学共同利用機関や大学が実施する学術研究の大型プロジェクトを「大規模学術フロンティア促進事業」により,戦略的・計画的に推進しています(図表2‐7‐5)。
 平成30年度は,世界トップレベルの成果の創出が期待される10のプロジェクトを推進しています。その一つである宇宙素粒子観測装置「スーパーカミオカンデ」における実験研究は,27年度の梶田隆章・東京大学宇宙線研究所長のノーベル物理学賞受賞につながる研究成果を上げており,30年度には,超新星爆発などから発生するニュートリノの観測の精度向上のため,検出器の改良などが実施され,次のステージに向けた更なる発展を目指して実験研究を継続しています。
 また,平成22年度から高度化を実施していた高エネルギー加速器研究機構の電子・陽電子衝突型加速器(スーパーBファクトリー)の本格的な稼働が開始されました。平成30年4月には電子と陽電子の初衝突が観測され,世界26の国・地域から約900人が参加する国際共同実験(BelleII実験)を推進しています。

 図表2‐7‐5 大規模学術フロンティア促進事業(事例)

(ウ)人文学・社会科学の振興
 人文学・社会科学は,人間・文化・社会を研究対象とし,人間の精神生活の基盤を築くとともに,社会的諸問題の解決に寄与するという重要な機能を有するものです。このため,科学技術・学術審議会学術分科会の報告等を踏まえ,「領域開拓」,「実社会対応」,「グローバル展開」の三つの視点に基づく課題設定型の共同研究や,人文学・社会科学に関する研究データの共有及び利活用を促進する基盤の構築を推進することなどによって人文学・社会科学の振興を図っています。

(エ)学術研究の推進に寄与する組織・活動
 大学等の研究者を中心に自主的に組織された学協会は,研究組織を越えた人的交流や研究評価の場として重要な役割を果たしており,最新の研究成果を発信する研究集会などの開催や学会誌の刊行などを通じて,学術研究の推進に大きく寄与しています。文部科学省は,その活動を振興するため,学術情報の国際発信力強化に向けた取組やシンポジウム・学術講演会の開催などに対して,科研費によって助成しています。
 また,そのほかにも,産業界や個人等の寄附を基に研究者に対する研究費の助成を行う研究助成法人や公益信託が,学術振興に極めて大きな役割を果たしています。

2.戦略的・要請的な基礎研究の推進に向けた改革と強化
 基礎研究は,人類の英知やイノベーションを創出する上で大きな役割を果たしています。
 我が国の科学技術イノベーションの礎を確かなものとするため,文部科学省では,持続的な成長の源泉となる幅広い分野の多様な基礎研究の抜本的強化を図っています。
 科学技術振興機構が実施している「戦略的創造研究推進事業(新技術シーズ創出)」及び日本医療研究開発機構が実施している「革新的先端研究開発支援事業」は,国が戦略的に定めた目標の下で,競争的資金を通じて,組織・分野の枠を超えた時限的な研究体制を構築し,イノベーション指向の戦略的な基礎研究を推進するとともに,有望な成果について研究を加速・深化しています(図表2‐7‐6)。

 図表2‐7‐6 平成30年度の戦略的創造研究推進事業及び革新的先端研究開発支援事業のトピックス

3.国際共同研究の推進と世界トップレベルの研究拠点の形成
 「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」では,大学等への集中的な支援を通じてシステム改革等の自主的な取組を促すことにより,高度に国際化された研究環境と世界トップレベルの研究水準を誇る「目に見える国際頭脳循環拠点」の充実・強化を着実に進めており,現在13拠点が活動しています。このプログラムでは,1拠点当たり最大7億円程度(平成22年度以前に採択された拠点においては最大14億円程度)の支援を10年間行っており,丁寧かつきめ細やかな進捗管理を毎年実施しています(図表2‐7‐7)。

 図表2‐7‐7 世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の概要

 また,世界水準の優れた研究大学群を増強するため,「研究大学強化促進事業」を実施し,大学等における研究マネジメント人材の確実な配置など集中的な研究環境改革を支援・促進しています。
 さらに,日本学術振興会「研究拠点形成事業」では,国内の大学等における研究拠点と海外拠点との間の国際的な連携を支援しています。


  • ※24 反物質:物理法則において,全ての「物質」には対応する「反物質」が存在し,両者が出会うと消滅してエネルギーだけが残る。宇宙誕生時には,両者は同数存在したと考えられているが,現在の宇宙では物質の存在しか確認されていない。

(2)研究開発活動を支える共通基盤技術,施設・設備,情報基盤の戦略的強化

1.共通基盤技術と研究機器の戦略的開発・利用

 先端計測分析技術・機器等は,世界最先端の独創的な研究開発成果の創出を支える共通基盤であり,その研究開発の成果がノーベル賞の受賞につながることも多く,科学技術の進展に不可欠な鍵となります。このため,科学技術振興機構は,先端計測分析技術・機器開発プログラムを実施し,産学連携によって,世界最先端の研究者のニーズに応えられる先端計測分析技術・機器・システムの開発等に取り組んでいます。

2.産学官が利用する研究施設・設備及び知的基盤の整備・共用,ネットワーク化

 研究施設・設備は,基礎研究からイノベーション創出までの科学技術活動全般を支えるために不可欠であり,これらの整備や効果的な利用,相互のネットワーク化を図ることが重要です。

(ア)特定先端大型研究施設
 文部科学省は,「特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律」に基づき,特定先端大型研究施設(※25)の整備や共用に必要な経費の支援などを通じ,産学官の研究者等による共用を促進しています。

(1)大型放射光施設(SPring‐8)
 大型放射光施設(SPring‐8)は,光速近くまで加速した電子の進行方向を曲げた時に発生する極めて明るい光である「放射光」を用いて,物質の原子・分子レベルの構造や機能を解析することができる世界最高性能の研究基盤施設です。本施設は平成9年から共用が開始されており,生命科学,環境・エネルギーから新材料開発まで,我が国の経済成長を牽(けん)引する様々な分野で革新的な研究開発に貢献しています。30年には,これまでに生み出された累計論文数が1万4,000報を超えるなど,産学官の広範な分野の研究者等による利用及び成果の創出が着実に進んでいます。

(2)X線自由電子レーザー施設(SACLA)
 X線自由電子レーザー施設(SACLA)は,レーザーと放射光の特長を併せ持った究極の光を発振し,従来の手法では実現不可能な分析を行う世界最先端の研究基盤施設です。
 SACLAは,原子レベルの超微細構造,化学反応の超高速動態・変化を瞬時に計測・分析することができます。このため,結晶化が困難な膜タンパク質の解析,触媒反応の即時の観察,新機能材料の創成など広範な科学技術分野において,新しい研究領域の開拓や先導的・革新的成果の創出が期待されています。平成30年度には,SACLAの軟X線自由電子レーザーを用いて,非線形光学効果と呼ばれる現象により,物質内部に埋もれた界面の元素分布の可視化が技術的に可能であることを実証するなど,画期的な成果が生まれています。

(3)大強度陽子加速器施設(J‐PARC)
 大強度陽子加速器施設(J‐PARC)は,世界最高レベルのビーム強度を持つ陽子加速器を利用して生成される中性子,ミュオン,ニュートリノ等の多彩な二次粒子を利用して,幅広い分野における基礎研究から産業応用までの様々な研究開発に貢献しています。物質・生命科学実験施設(特定中性子線施設)では,革新的な材料や新しい薬の開発につながる構造解析等が進められています。例えば,平成30年度には,放射光に加え,J‐PARCのパルス中性子ビームによる解析等により,エネルギー変換デバイスとして期待される層状結晶化合物内部の熱の伝わり方を世界で初めて明らかにするなど,産業利用から基礎物理に係わる幅広い分野で研究開発が行われています。原子核・素粒子実験施設(ハドロン実験施設)やニュートリノ実験施設は,「特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律」の対象外の施設ですが,国内外の大学等の研究者の共同利用が進められています。特に,ニュートリノ実験施設では,27年にノーベル物理学賞を受賞したニュートリノ振動の研究に続き,その更なる詳細解明を目指して,T2K(Tokai to Kamioka)実験が行われています。

 大型放射光施設(SPring‐8)X線自由電子レーザー施設(SACLA)写真提供:理化学研究所
 大型放射光施設(SPring‐8)X線自由電子レーザー施設(SACLA)写真提供:理化学研究所

 大強度陽子加速器施設(J‐PARC)写真提供:J‐PARCセンター
 大強度陽子加速器施設(J‐PARC)写真提供:J‐PARCセンター

(4)特定高速電子計算機施設(スーパーコンピュータ「京(けい)」)
 平成24年9月末に共用が開始されたスーパーコンピュータ「京(けい)」は,理化学研究所により,利用者支援を行う機関(一般財団法人高度情報科学技術研究機構)やユーザコミュニティ(一般社団法人HPCIコンソーシアムなど)との連携を通じて運用されています。「京(けい)」は,医療・創薬の高度化,ものづくりの革新,地震・津波の被害軽減,物質や宇宙の起源の解明など,様々な分野において,世界に先駆けた画期的な成果の創出に貢献しています。
 このように,最先端のスーパーコンピュータは科学技術や産業の発展などを通じて国の競争力を左右するものであり,各国がその開発にしのぎを削っています。文部科学省は,我が国が直面する社会的・科学的課題の解決に貢献するため,令和3年から4年の運用開始を目標に,「京(けい)」の後継機であるスーパーコンピュータ「富岳」(ポスト「京(けい)」)を開発するプロジェクトを推進しています。このプロジェクトでは,システムと課題解決に資するアプリケーションとを協調的に開発することにより,世界高水準の汎用性のあるスーパーコンピュータの実現を目指しています。平成30年度には,総合科学技術・イノベーション会議において中間評価が実施され,「ポスト「京(けい)」製造・設置に向け遅延なく推進していくことが適当」とされたことを踏まえ,製造に着手しました。また,健康長寿,防災・環境,エネルギー,ものづくり分野などの九つの重点課題と,社会経済現象,脳の神経回路などを対象とした四つの萌(ほう)芽的課題に関するアプリケーションの研究開発に取り組んでいます。

 スーパーコンピュータ「京(けい)」提供:理化学研究所
 スーパーコンピュータ「京(けい)」提供:理化学研究所

(イ)次世代放射光施設(軟X線向け高輝度3GeV級放射光源)
 文部科学省では,平成28年11月から科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会量子科学技術委員会量子ビーム利用推進小委員会において,軟X線に強みを持つ高輝度3GeV級放射光源(次世代放射光施設)に関し,その科学技術イノベーション政策上の意義,求められる性能,整備・運用の基本的考え方と具体的方策等について審議検討を行い,30年1月,「新たな軟X線向け高輝度3GeV級放射光源の整備等について(報告)」を取りまとめました。これを踏まえ,文部科学省は,官民地域パートナーシップによる次世代放射光施設の具体化等を進めるため,量子科学技術研究開発機構(QST)を施設の整備・運用を進める国の主体とし,さらに地域・産業界のパートナーの募集及び調査検討を行い,30年7月,文部科学省において,一般財団法人光科学イノベーションセンターを代表とする,宮城県,仙台市,国立大学法人東北大学及び一般社団法人東北経済連合会の5者を地域・産業界のパートナーとして選定しました。文部科学省は,引き続き,地域・産業界のパートナーとともに,次世代放射光施設を推進していきます。

 次世代放射光施設(イメージ図)
 次世代放射光施設(イメージ図)

(ウ)研究施設・設備間のネットワーク構築
(i)共用プラットフォーム
 文部科学省は,産学官が共用可能な研究施設・設備等における施設間のネットワークを構築する共用プラットフォームを形成することにより,様々な研究者が先端的な研究施設・設備を利用できる体制を整備しています。これにより,分野融合や新領域の拡大,産学官連携の促進,技術専門職のスキル向上等の効果が得られることを期待しています(図表2‐7‐8)。

 図表2‐7‐8 共用プラットフォーム形成支援の採択機関(平成30年度)

(2)革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築
 文部科学省は,「京(けい)」を中核とし,国内の大学及び研究機関の多様なスーパーコンピュータと大規模記憶装置を高速ネットワークで接続することにより,多様な利用者の要求・要望に対応した計算環境を提供する革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)を構築しています(図表2‐7‐9)。また,HPCIの効果的・効率的な運営に努めながら,様々な分野での利用を推進しています。

 図表2‐7‐9 革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)のイメージ図

(3)ナノテクノロジープラットフォーム
 文部科学省は,「ナノテクノロジープラットフォーム」により,ナノテクノロジーに関する最先端の研究設備とその活用のノウハウを有する機関が緊密に連携した全国的な共用体制を構築することで,産学官の利用者に対し最先端設備の利用機会と高度な技術支援を提供しています。大学や公的研究機関だけでなく産業界からの利用件数も着実に増加しており,革新的な研究成果の創出につながることが期待されています。

(エ)新たな共用システムの導入
 文部科学省は,競争的資金改革の一環として,組織としての設備・機器の共用を促進しています。研究者が研究設備・機器を有効活用し,研究能力を最大限発揮し,研究開発投資の最大化を図るため,研究室単位の管理から研究組織単位の管理に移行するよう,大学及び研究機関等における研究設備・機器のマネジメント体制の改革を推進しています。平成28年度から「先端研究基盤共用促進事業(新たな共用システム導入支援プログラム)」として,研究組織単位での新たな共用システムの導入を支援しています。これにより研究費・研究スペースの有効活用,研究者の負担軽減,技術専門職のスキル向上等の効果が得られることを期待しています(図表2‐7‐10)。

 図表2‐7‐10 新たな共用システム導入支援の採択機関(平成30年度)

3.大学等の教育研究環境を支えるインフラ整備
 文部科学省は,大学等の教育研究環境を充実させるため,大学等に対する計画的な研究設備の整備・充実,ネットワークや図書館等の学術情報基盤の整備について支援を行っています。

(ア)国立大学等における設備の整備
 国立大学等の設備は,最先端の研究を推進させるとともに,質の高い教育研究を支える基盤であり,その整備・充実は必要不可欠です。大学が整備する大型の研究設備の整備に対する支援のほか,「30m光学赤外線望遠鏡(TMT)計画」をはじめとした我が国発の独創的なアイディアによる世界最高水準の研究設備についても「大規模学術フロンティア促進事業」により支援を行っています。

(イ)学術情報基盤の整備と科学技術情報の発信・流通の促進
 教育研究活動の成果である論文や研究データなどの学術情報の公開とその利活用に関わるインフラの整備は,科学技術・学術の振興のための基盤と言えます。近年,電子ジャーナルの価格上昇に伴い,研究成果としての論文などの流通に支障が生じかねない状況の中,学術情報基盤を整備しながら科学技術情報の発信・流通を促進することの重要性が高まっています。

(1)学術情報基盤の整備・充実
 学術情報ネットワーク(SINET)は,大学等の学術研究や教育活動全般を支える基幹的ネットワークとして,情報・システム研究機構国立情報学研究所(NII)により整備されています。平成30年度末で国内の900以上の大学・研究機関等がSINETに接続しています。SINETを通じて,教育・研究に携わる数多くの人々のための学術情報の流通が確保されています。また,国際的な先端研究プロジェクトで必要とされる研究情報の流通を円滑に進めるため,米国や欧州など多くの海外研究ネットワークと相互接続しています。
 大学図書館は,学術資料の電子化の進展,大学の教育研究機能の強化の必要性などを背景としてその役割が増大しています。具体的には,電子ジャーナルの整備への対応のほか,主体的学習の場としてのラーニング・コモンズ(※26)の設置,学内の教育研究成果の積極的な発信などに取り組んでいます。その一環として,多くの大学が,オンライン上に機関リポジトリを設けて,学内の教育研究の成果を公開しています。平成30年度末現在で約786の大学等が機関リポジトリ(※27)を構築しています。NIIは,大学のための共用リポジトリシステムを開発・提供し,各大学の機関リポジトリ構築を支援しています。

(2)科学技術情報の発信・流通の促進
 オープンサイエンス(※28)の進展に対応し,学協会等の刊行するオープンアクセスジャーナルを育成するため,科学技術振興機構(JST)では電子的な学術誌等の刊行と情報流通を支援するシステム(J‐STAGE)の提供を行っています。
 また,JSTは,国内外の科学技術に関する文献,特許,研究者等,研究開発活動に関する基本的な情報を体系的にデータベース化し,相互に関連付けた,誰もが使いやすい公的サービス(J‐GLOBAL)と,国内外の科学技術文献に関し,書誌・抄録・キーワード等を,日本語で網羅的に検索可能なデータベースとして整備し,さらに,検索集合を分析・可視化できる付加価値をつけた,専門家を支援する文献情報サービス(JDream III)を行っています。
 さらに,JSTは我が国の研究者情報を一元的に集積し,研究業績情報の管理と提供,大学の研究者総覧の構築を支援する研究者総覧データベース(researchmap)を提供しています。


  • ※25 特定先端大型研究施設:特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律において,特定放射光施設(SPring-8,SACLA),特定高速電子計算機施設(スーパーコンピュータ「京(けい)」),特定中性子線施設(J-PARC)が規定されている。
  • ※26 ラーニング・コモンズ:学習者の利用目的や学習方法に応じて,図書館の各種資料や情報機器を活用しながら,学習を進めるための総合的な学習環境。設備の利用だけでなく,学生の学習を支援する図書館職員によるサービスも含まれる。
  • ※27 機関リポジトリ:大学等の教育研究活動によって生産された電子的な知的生産物を電子的に保存し,原則として無償で発信するためのインターネット上の保存書庫。
  • ※28 参照:第2部第7章第4節2(3)

(3)オープンサイエンスの推進

 オープンサイエンスについては,オープンアクセスと研究データのオープン化(オープンデータ)を含む概念として,世界的にも急速な広がりを見せています。
 文部科学省は,国際的な動向や内閣府等における政府全体の検討状況等も踏まえつつ,科学技術・学術審議会において,研究のエビデンスとしての研究データを保存・公開することの意義及びそのための具体的方策等について検討するほか,研究開発法人などが実施する観測データ等の共有の取組を促進するとともに,資金配分機関による競争的資金で産出された論文の公開や研究データを共有・公開するための取組を推進しています。

3 資金改革の強化

 文部科学省は,国立大学法人運営費交付金や私立大学等経常費補助金などの基盤的経費を確保するとともに,科研費をはじめとした競争的研究費の拡充を図るなど,多様な研究資金制度の確保・拡充に努めています。また,我が国の知の創出機能,科学技術イノベーション創出力,人材育成機能の強化を図るため,大学改革と競争的研究費改革を一体的に推進しています。

(1)基盤的経費の改革

(ア)国立大学について

 我が国社会の活力や持続性を確かなものとする上で,新たな価値を生み出す礎となる知の創出とそれを支える人材育成を担う国立大学への期待は大いに高まっています。文部科学省は,「社会変革のエンジン」としての国立大学の「知の創出機能」の最大化に取り組んでいます。
 国立大学は,法人化のメリットをこれまで以上に生かし,新たな経済社会を展望した大胆な発想の転換の下,新領域・融合分野など新たな研究領域の開拓,産業構造の変化や雇用ニーズに対応した新しい時代の産業を担う人材育成,地域・日本・世界が直面する経済社会の課題解決などを図っていくことが重要です。あわせて,学問の進展やイノベーション創出などに最大限貢献できる組織への転換等を国立大学自ら推し進めていくことが必要です。国立大学が今後更なる改革を進めていく上では,その財政基盤と機能の強化が不可欠です。
 平成30年度においては,国立大学が我が国の人材養成・学術研究の中核として継続的・安定的に教育研究活動を実施できるよう,基盤的経費である国立大学法人運営費交付金等について,対前年度同額の1兆971億円を確保しました。
 また,平成28年度から始まった第3期中期目標期間においては,各大学の強み・特色を踏まえた機能強化の方向性に応じた取組をきめ細かく支援するため,国立大学法人運営費交付金の中の「3つの重点支援の枠組み」において,評価に基づく重点支援を実施することとしています。30年度においても,本枠組みにより各国立大学の機能強化を推進しています。

(イ)国立研究開発法人について

 「第5期科学技術基本計画」では,国立研究開発法人には科学技術イノベーション推進の中核機関としての役割が期待されています。文部科学省所管の8つの国立研究開発法人の運営費交付金に着目すると,平成22年度から28年度までは,総じて減少傾向にありました。しかしながら,29年度予算以降,国立研究開発法人が担うミッションの重要性に鑑み,その予算の確保に努めたところ,令和元年度予算において4,747億円(対前年度比1.6%増)を計上しました。
 また,国立研究開発法人は,イノベーションシステムの駆動力として,組織改革とその機能強化を求められています。法人の機能強化を支援し各法人の使命・役割に応じた国際的な拠点化や国内外の関係機関との連携,橋渡し機能が効果的に発揮されるよう「イノベーションハブ構築支援事業」を実施しています。

(2)公募型資金の改革

 競争的研究費については,使い勝手や効果の向上の観点から,競争的資金の使用ルールの統一化及び簡素化・合理化に取り組んでいます。また,「競争的研究費改革に関する検討会」(主査:濵口道成科学技術振興機構理事長)が平成27年6月24日に提言した「研究成果の持続的創出に向けた競争的研究費改革について(中間取りまとめ)」を踏まえ,競争的資金以外の競争的研究費についても,28年度以降の新規採択分から順次,研究に直接使用する経費(直接経費)の30%に相当する金額を別に間接的経費(※29)として措置しています。さらに,政府全体として,競争的資金以外の研究資金についても,間接的経費の導入,使い勝手の改善等の実施について,大学改革の進展等を視野に入れつつ検討を進めています。


  • ※29 間接的経費:直接経費(競争的研究費により行われる研究を実施するために,研究に直接的に必要なものに対し,競争的研究費を獲得した研究機関又は研究者が使用する経費)に対して一定比率で手当てされ,競争的研究費による研究の実施に伴う研究機関の管理等に必要な経費として,研究機関又は研究者が使用する経費(いわゆる一般管理費等を言う)。

(3)国立大学改革と研究資金改革との一体的推進

 競争的研究費における間接的経費の30%措置を推進しているほか,国立大学等における人事給与システム改革の実施を前提として,大学等の裁量により若手研究者支援等の機関独自の研究力強化に活用可能な経費の拡大や,研究者がより研究活動に専念できる環境の整備のため,競争的資金の直接経費から研究代表者への人件費等を支出可能とするよう検討を行っています。文部科学省は,これらの取組を通じて,競争的研究費による研究成果の持続的創出を図るとともに,大学改革の鍵となるガバナンス及びマネジメントの強化を推進しています。

第5節 イノベーション創出に向けた人材,知,資金の好循環システムの構築

 国内外の知的資源を活用し,新しい価値の創出とその社会実装を迅速に進めるため,企業,大学,公的研究機関の本格的連携とベンチャー企業の創出強化等を通じて,人材,知,資金が,組織やセクター,さらには国境を越えて循環し,各々が持つ力を十分に引き出し,イノベーションが生み出されるシステム構築を進め,我が国全体の国際競争力を強化し,経済成長を加速させることとしている。

1 オープンイノベーションを推進する仕組みの強化

 平成16年4月の国立大学法人化以降,総じて大学等における産学官連携活動は着実に実績を上げています。平成29年度は,大学等と民間企業との「共同研究実施件数」は2万5,451件(前年度比10.6%増),「研究費受入額」は約608億円(前年度15.7%増)と,前年度と比べて増加しており,26年度に比べると,「研究費受入額」は約1.5倍になっています。また,「特許権実施等件数」は1万5,798件になっています。(図表2‐7‐11)。
 平成30年8月30日,31日に東京で開催された国内最大規模の産学マッチングイベントである「イノベーション・ジャパン2018~大学見本市&ビジネスマッチング~」と同時に開催された「第15回産学官連携功労者表彰~つなげるイノベーション大賞~」では,産学官連携活動の推進に多大な貢献をした優れた成功事例が表彰されました。

 図表2‐7‐11 大学等における共同研究実施件数等の推移

(1)企業,大学,公的研究機関における推進体制の強化

1.大学技術移転機関(TLO)や公的研究機関等における取組

(ア)大学等における産学官連携体制等の整備
 政府は,産学官連携の体制を強化し,企業から大学・国立研究開発法人等への投資を今後10年間で3倍に増やすことを目指すこととしています。この政府目標を踏まえ,文部科学省は経済産業省と共同して開催した「イノベーション促進産学官対話会議」において,産業界から見た,大学・国立研究開発法人が産学官連携機能を強化する上での課題とそれに対する処方箋を取りまとめた「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン」を策定しました。文部科学省は,本ガイドラインの普及に努めています。また,平成30年度から「オープンイノベーション機構の整備」を開始し,企業の事業戦略に深く関わる(競争領域に重点)大型共同研究を集中的にマネジメントする体制の整備を通じて,大型共同研究の推進により民間投資の促進を図っています。さらに,産学官連携活動の活発化に伴う利益相反,技術流出防止等のリスクの多様化に適切に対応するため,「産学官連携リスクマネジメントモデル事業」を通じて,全国の大学等における産学官連携リスクマネジメント体制の整備とシステムの構築を支援するとともに,本部主導による横断的なマネジメントを実施するための体制整備を支援しています。

(イ)技術移転機関(TLO)
 技術移転機関(TLO:Technology Licensing Organization)は,大学等の研究成果に基づく特許権等について企業に実施許諾を与え,その対価として企業から実施料収入を受け取り,大学等や発明者である研究者に研究資金として還元することなどを事業内容とする機関です。平成30年度末現在で,35のTLOが,「大学等における技術に関する研究成果の民間事業者への移転の促進に関する法律(平成10年法律第52号)」に基づいて,文部科学省及び経済産業省の承認を受けており,これらのTLOによる特許実施許諾件数は1万2,514件(平成29年度)となっています。
 この点,昨今の第四次産業革命への対応とも相俟って,大学における研究成果の社会還元を一層進めることが産業技術の向上や新たな事業分野の開拓に資することとなります。こうしたことから,「大学における産学連携機能の充実強化に関する検討会」において,イノベーションシステムにおける大学の研究成果の活用を推進する方策として,大学とTLOとの連携の在り方や技術移転の拠点構築等に関する議論のまとめが報告されました(平成30年7月)。

2.科学技術振興機構における主な取組

(ア)大学等の有望な研究成果を基にした大学等と企業との連携による成果展開
 科学技術振興機構は,大学等と企業との連携を通じて,大学等の研究成果の実用化を促進し,イノベーションの創出を目指すための「研究成果展開事業」を実施しています。具体的には,「研究成果最適展開支援プログラム(A‐STEP)」を通じて,大学や公的研究機関における有望なシーズ発掘から事業化に至るまで切れ目ない支援を行っています。また,大学等の革新的技術を社会還元し,イノベーションにつなげるため,「産学共同実用化開発事業(NexTEP)」を実施し,国から出資された資金等によって,大学等の技術を用いた企業の事業化開発を支援しています。

(イ)技術移転活動に対する総合的な支援
 科学技術振興機構は,優れた研究成果の発掘,特許化の支援から企業化開発に至るまでの一貫した取組を進めています。具体的には,「知財活用支援事業」において,大学等における研究成果の戦略的な海外特許取得の支援,大学等に散在している特許権等の集約・パッケージ化による活用促進,大学等の特許情報のインターネットでの無料提供(J‐STORE)を実施するなど大学等の知的財産の総合的活用を支援しています。

3.民間の研究開発投資促進に向けた税制措置

 共同研究などを通じた試験研究を促進するため,企業等が大学等と行う試験研究のために支出した研究費の一定割合を,法人税や所得税から控除することができる税制上の特例措置を設けています。令和元年度税制改正では,オープンイノベーションの更なる促進のため,企業が大学等との共同研究等を行った場合に適用される税額控除制度(オープンイノベーション型)の控除上限を引き上げることとしました。また,大学や国立研究開発法人等の法人発ベンチャーをはじめとする研究開発型ベンチャーの成長を促進するため,研究開発型ベンチャーとの共同研究・委託研究を行う場合の控除率の引上げを行っています。

(2)イノベーション創出に向けた人材の好循環の誘導(※30)


  • ※30 参照:第7章第4節1(2)3

(3)人材,知,資金が結集する「場」の形成

1.オープンイノベーションを加速する産学共創プラットフォームの形成

 科学技術振興機構は,平成28年度から「産学共創プラットフォーム共同研究推進プログラム(OPERA)」を実施しています。本プログラムは,企業とのマッチングファンドにより,複数企業からなるコンソーシアム型の連携による非競争領域における大型共同研究と博士課程学生等の人材育成,大学の産学連携システム改革等を一体的に推進することで,「組織」対「組織」による本格的産学連携を実現し,我が国のオープンイノベーションの本格的駆動を図ることを目指しています。

2.革新的イノベーション創出に関する主な取組

 大学や公的研究機関,企業等が集い,世界と戦える大規模産学連携拠点を構築し,基礎研究段階から実用化までの研究開発を集中的に実施し,革新的なイノベーションの創出を目指す取組として,科学技術振興機構は平成25年度から「センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム」を実施しています。27年度からは,新たにトライアル拠点から昇格した6か所のCOI拠点を含め,現在,18拠点が活発に研究開発に取り組んでいます(図表2‐7‐12)。

 図表2‐7‐12 センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム拠点の分布

 また,科学技術振興機構は,世界に誇るイノベーション創出を目指し,地域に集積する産学官金のプレイヤーが共同でビジョンを掲げ,国内外の異分野融合による最先端の研究開発や成果の事業化と人材育成を一体的かつ統合的に展開するための複合型イノベーション推進基盤の形成を目的とした「世界に誇る地域発研究開発・実証拠点(リサーチコンプレックス)推進プログラム」を平成27年度から実施しています。30年度は3拠点の支援を実施しました。

2 新規事業に挑戦する中小・ベンチャー企業の創出強化

(1)起業家マインドを持つ人材の育成

 文部科学省は,学部学生や大学院生,若手研究者等に対するアントレプレナー育成プログラムの実施により我が国のベンチャー創出力を強化する「次世代アントレプレナー育成事業(EDGE‐NEXT)」を平成29年度から実施しています。

(2)大学発ベンチャーの創出促進

 文部科学省は,研究開発成果を核としてイノベーションを実現する「強い大学発ベンチャー」を創出するため,起業前の段階から事業化ノウハウを有した民間人材との連携,起業家・イノベーション創出人材の育成,知的財産の集約・強化等の大学発ベンチャーの創業及び成長を支える施策を一体的に推進しています。
 具体的には,科学技術振興機構が「大学発新産業創出プログラム(START)」を実施し,起業前の段階から,公的資金と民間の事業化ノウハウ等を組み合わせることにより,成長性のある大学等発ベンチャーの創出を目指した支援を行っています。
 また,平成29年度からSTARTの中で,成果の社会実装に意欲を持つ人材に対しアントレプレナー教育の提供とビジネスモデル探索活動を支援する取組(SCORE)も実施しています。
 さらに,科学技術振興機構は「出資型新事業創出支援プログラム(SUCCESS)」を実施し,科学技術振興機構の研究開発成果を活用するベンチャー企業の設立・増資に際して出資及び人的・技術的援助を実施することにより,当該企業の事業活動を通じて研究開発成果の実用化を促進しています。

3 「地方創生」に資するイノベーションシステムの構築

 地域における科学技術の振興は,地域イノベーションシステムの構築や活力ある地域づくりに貢献するとともに,我が国全体の科学技術の高度化・多様化やイノベーションシステムの競争力強化にも大いに貢献します。平成30年度には,第6期科学技術基本計画を見据えて,今後の地域科学技術イノベーション振興施策の在り方を検討することを目的に,科学技術・学術審議会産業連携・地域支援部会の下に「地域科学技術イノベーション推進委員会」を設置し,報告書をとりまとめました(図表2‐7‐13)。

 図表2‐7‐13 報告書概要

 地域イノベーション・エコシステム(※31)の形成と地方創生の実現に向けて,イノベーション実現のきっかけ・仕組みづくりの量的拡大を図る段階から,具体的に地域の技術シーズ等を生かし,地域からグローバル展開を前提とした社会的なインパクトの大きい事業化の成功モデルを創出する段階へと転換が求められています。このため,文部科学省は,平成28年度から開始した「地域イノベーション・エコシステム形成プログラム」により,地域の成長に貢献しようとする大学が事業プロデュースチームを創設し,地域の競争力の源泉となるコア技術等を核に,地域内外の人材や技術を取り込み,グローバル展開が可能な事業化計画を策定して実施する,リスクは高いものの社会的インパクトが大きい事業化プロジェクトを支援しています。30年度までに全19地域を支援しています(図表2‐7‐14)。

 図表2‐7‐14 地域イノベーション・エコシステムによる支援地域一覧

 また,文部科学省は,平成23年度から「地域イノベーション戦略支援プログラム」事業を実施しています。30年度現在,国際的に優位な大学等の技術シーズや企業集積があり,海外からヒト・モノ・カネを引き付ける強力なポテンシャルを有する「国際競争力強化地域」20地域と,地域の特性を活いかしたイノベーションが期待でき,将来的には海外市場を獲得できるポテンシャルを有する「研究機能・産業集積高度化地域」25地域の計45地域を選定しています(図表2‐7‐15)。

 図表2‐7‐15 地域イノベーション戦略推進地域選定地域一覧


  • ※31 イノベーション・エコシステム:行政,大学,研究機関,企業,金融機関などの様々なプレーヤーが相互に関与し,絶え間なくイノベーションが創出される,生態系システムのような環境・状態のこと。

第6節 科学技術イノベーションと社会との関係深化

 未来の社会変革や経済・社会的な課題への対応を図るには,多様なステークホルダー間の対話と協働が必要です。また,「科学技術と社会に関する世論調査(平成29年度)」(内閣府)によると,科学技術政策の検討には国民の関わりがより一層必要との認識が高いという結果が明らかとなっています。そのため,国,大学,公的研究機関及び科学館等が中心となり共創(きょうそう)の場を設けるとともに,研究の公共性を確保するなどの取組を推進することとしています。

1 世界に先駆けた「Society 5.0」の実現

(1)共創に向けた各ステークホルダーの取組

1.日本科学未来館の整備・運営

 科学技術振興機構が運営する日本科学未来館は,先端の科学技術と社会との関わりを来館者と共に考える活動を展開し,展示の制作や解説,講演,イベントの企画・実施などを通じて,研究者等と一般の人たちとの双方向の交流を図っています。また,我が国の科学コミュニケーション活動の中核拠点として,科学コミュニケーター(※32)の養成や全国各地の科学館・学校等との連携を進めています。

2.社会問題等を解決する取組の支援

 科学技術振興機構は,科学技術イノベーションと社会との問題について,多様なステークホルダーが双方向で対話・協働し,それらを政策形成や知識創造,社会実装等へと結びつける「共創」を推進しています。その活動の一環として,上記の日本科学未来館での取組に加え,日本最大級のオープンフォーラム「サイエンスアゴラ」を開催するとともに地域における共創活動を推進するため地方公共団体等が行う対話・協働活動を支援しています。

3.科学技術週間

 平成30年4月16日から22日まで,試験研究機関,地方公共団体など関連機関の協力を得て,第59回科学技術週間を開催しました。科学技術週間中は,全国各地の関連機関において,施設の一般公開や実験工作教室,講演会の開催などの様々な行事が実施されました。また大人から子供まで,ひろく科学技術に関する関心と理解を深めるため「一家に1枚量子ビームの図鑑」ポスターを全国の小中高校,科学館・博物館等へ配布しました。

4.全国各地への科学技術情報の発信

 科学技術振興機構は,科学に関するニュース,各研究機関等のプレスリリース,専門家によるコラムなど一般の方から専門家まで役立つ科学技術に関する最新情報を発信するWEBサイト「サイエンスポータル」(※33)を運営しています。また,時宜にかなったテーマを取り上げて,科学技術に関する身近な疑問や研究成果等をイラストや写真を使って分かりやすく解説し,読者の科学技術に対する関心を深め,科学技術イノベーションと社会との関係を深化させる電子刊行物「サイエンスウィンドウ」(※34)を制作し,配信しています。

5.ノーベル・プライズ・ダイアログ

 日本学術振興会は,ノーベル・メディア(ノーベル財団広報部門)との共催により,学術と社会の距離を近づけ,学術に対する社会の関心を高めることを目的として,2019(平成31)年3月に「ノーベル・プライズ・ダイアログ東京2019」を開催しました。当日は,国内外のノーベル賞受賞者を含むトップレベルの研究者等を招き,「科学が拓ひらく明るい長寿社会」をテーマに講演やパネルディスカッション等を行いました。本シンポジウムは一般を対象としており,日本での開催は4回目となります。

 ノーベル・プライズ・ダイアログ東京2019(c)NobelMediaAB
 ノーベル・プライズ・ダイアログ東京2019(c)NobelMediaAB


  • ※32 科学コミュニケーター:科学技術と社会をつなぐ対話の場の設計・実施や,社会の様々なステークホルダーの協働を推進する人材
  • ※33 参照:https://scienceportal.jst.go.jp/
  • ※34 参照:https://sciencewindow.jst.go.jp/

(2)政策形成への科学的助言

1.科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」

 文部科学省は,客観的根拠(エビデンス)に基づいた合理的なプロセスによる科学技術イノベーション政策の形成の実現を目指し,科学技術・学術政策研究所(NISTEP),科学技術振興機構社会技術研究開発センター(RISTEX)及び科学技術振興機構研究開発戦略センター(CRDS)と協力しながら科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」推進事業を行っています。
 具体的には,科学技術イノベーション政策を科学的に進めるための「科学」を深化させる研究人材や,科学技術イノベーション政策の社会での実装を支える人材の育成を行う基盤的研究・人材育成拠点の整備,公募事業による政策形成の手法や指標などの研究開発の推進,「政策のための科学」に必要なデータを蓄積するためのデータ・情報基盤の構築などを一体的に推進しています。また,それぞれのプログラム等の成果を実際に政策形成に生かすため,平成26年度から政策研究大学院大学(総合拠点)に設置した「科学技術イノベーション政策研究センター(SciREXセンター)」を中心として,東京大学,一橋大学,大阪大学,京都大学及び九州大学(領域開拓拠点)との連携協力・協働の下に中核的拠点機能を整備し,エビデンスに基づいた政策の実践のための指標や手法等を開発しています。

2.研究開発評価システムの改善及び充実

 我が国の研究開発評価は,「国の研究開発評価に関する大綱的指針」(平成28年12月21日内閣総理大臣決定。以下,「大綱的指針」という。)に基づいて,各府省がそれぞれの評価方法等を定めた具体的な指針を策定して進めています。文部科学省は,大綱的指針の改定を踏まえ,研究開発プログラム評価の更なる推進や,挑戦的(チャレンジング)な研究開発等の評価に関する記載の充実,研究開発評価に関する負担の軽減等の観点から,29年4月に「文部科学省における研究及び開発に関する評価指針」を改定しました。本指針に基づき,一層実効性の高い研究開発評価を推進することで,優れた研究開発が効果的・効率的に行われることを目指しています。
 科学技術・学術政策研究所(NISTEP)は,科学技術政策及び学術の振興に関する基礎的な事項を調査・研究する中核的国立試験研究機関として,国内外の関係機関との連携・交流を図りつつ,様々な調査研究活動を積極的に推進しています。平成30年度は,1.科学技術システムの現状と課題に関する調査研究(科学技術人材,科学技術指標,科学技術に関する国民意識),2.イノベーション創出のメカニズムに関する調査研究(産学官連携と地域イノベーション,民間企業の研究活動),3.社会的課題に対応した科学技術に関する調査研究(科学技術予測,ホライズン・スキャニング(※35)),4.科学技術イノベーション政策における「政策のための科学」の推進のための調査研究(国内企業におけるイノベーションの状況,知の発展)などの調査研究を行っています。


  • ※35 ホライズン・スキャニング:体系的かつ継続的なモニタリングを通じて,将来社会に大きなインパクトをもたらす可能性のある新たな動き(変化の兆し)を見いだし,潜在的な機会やリスクを把握する取組。

(3)倫理的・法制度的・社会的取組

1.生命倫理に関する問題への取組

 ライフサイエンス研究については,「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」,「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」,「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」等に基づき適正な実施を図っています。平成31年3月には,「特定胚の取扱いに関する指針」を改正し,動物の体内でヒトの臓器を作る等の基礎的研究が実施可能となりました。また,遺伝子を狙い通りに容易に改変することを可能とするゲノム編集技術が世界的に急速に発展していることを受け,同年4月に「ヒト受精胚に遺伝情報改変技術等を用いる研究に関する倫理指針」を策定し,生殖補助医療に資する基礎的研究を実施するための枠組を整備しました。ほかにも,「ヒトES細胞の樹立に関する指針」等を同年4月に整備し,ヒトES細胞の海外機関への臨床目的での分配を可能とするとともに,細胞の取扱いに関する手続きの合理化を図っています。

2.ライフサイエンス分野における安全の確保

 遺伝子組換え技術は,人々にとって有用な遺伝子の組合せを新たに作る技術であり,研究から産業まで広く利用されています。一方,生物多様性に対する影響を防止するため,文部科学省は,「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」

に基づいて安全規制を行っています。また,ゲノム編集技術の利用により得られた生物の同法における概念整理が平成31年1月に環境省の中央環境審議会自然環境部会で行われたことを受けて,研究開発段階における当該生物の使用上の留意事項等を作成し,広く周知を図ります。

2 研究の公正性の確保

 研究不正は,科学への信頼を揺るがし,その発展を妨げる行為であり,絶対に許されるものではありません。文部科学省は,「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(平成26年8月26日文部科学大臣決定)を踏まえ,研究機関における不正防止等の取組の徹底を図るとともに,日本学術振興会,科学技術振興機構及び日本医療研究開発機構と連携し,研究機関による研究倫理教育の実施等を支援するなど,公正な研究活動を推進するための取組を行っています。
 また,「研究機関における公的研究費の管理・監査のガイドライン(実施基準)」(平成26年2月18日改正文部科学大臣決定)に基づき,各研究機関における公的研究費の管理・監査体制の整備状況を毎年調査するとともに,必要に応じ,改善に向けた指導・措置を行うなど,公的研究費の不正使用の防止に向けた取組を行っています。

第7節 科学技術イノベーションの推進機能の強化

1 大学改革と機能強化

1.リーディング大学院

 文部科学省は,専門分野の枠を超え俯瞰(ふかん)力と独創力を備え,広く産学官にわたりグローバルに活躍するリーダーの養成を目的として,平成23年度から「博士課程教育リーディングプログラム」(※36)を実施してきました。30年度までに,33大学62プログラムを採択し,30年3月時点で約4,000人の博士課程学生が参加しています。
 このプログラムは,産学官の参画により国際性・実践性を備えた現場で,優秀な学生が切磋琢磨(せっさたくま)しながら主体的・独創的に研究を実践することに特徴があり,平成29年度末までの修了者では,民間企業・官公庁への就職者が約43%(通常の博士課程では約23%)にのぼり,また,約52%は大学・公的研究機関等へ就職するなど,様々なセクションから高い評価を受けています。
 プログラム学生は在学中から,国内外の学会への参加や学術誌への投稿,各種の学会賞や民間・官公庁イベントでの受賞等,多くの成果を挙げています。


  • ※36 https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/kaikaku/hakushikatei/1306945.htm

2.指定国立大学法人制度

 平成28年5月の国立大学法人法の改正により,我が国の大学における教育研究水準の著しい向上とイノベーション創出を図るため,文部科学大臣が世界最高水準の教育研究活動の展開が相当程度見込まれる国立大学法人を「指定国立大学法人」として指定することができる制度を創設しました。この制度により,30年度時点で六つの国立大学法人を「指定国立大学法人」として指定しています。

2 研究開発法人改革と機能強化

 平成26年に「独立行政法人通則法」(平成11年法律第103号)が改正され,独立行政法人のうち,我が国における科学技術の水準の向上を通じた国民経済の健全な発展その他の公益に資するため研究開発の最大限の成果を確保することを目的とした法人が国立研究開発法人と位置付けられました(31年3月31日現在で27法人)。さらに,28年5月には「特定国立研究開発法人による研究開発等の促進に関する特別措置法」が成立(平成28年法律第43号。以下「特定法人法」という。)し,国立研究開発法人のうち,世界最高水準の研究開発成果の創出・普及及び活用を促進し,イノベーションを牽(けん)引する中核機関として,物質・材料研究機構,理化学研究所,産業技術総合研究所が特定国立研究開発法人として指定されました。その後,28年6月には「特定自立研究開発法人による研究開発等を促進するための基本的な方針」(平成28年6月28日閣議決定,平成29年3月10日改訂)を示しました。
 総合科学技術・イノベーション会議評価専門調査会は,平成29年7月4日に「特定国立研究開発法人の見込評価等及び次期中長期目標の内容に対する意見・指摘事項の考え方」を取りまとめました。文部科学省は,特定法人法に基づき,29年度に中長期目標期間が終了する理化学研究所について,総合科学技術・イノベーション会議より出された意見(29年12月及び30年2月)を踏まえ,30年度からの新中長期目標を30年3月1日に策定しました。
 また,「研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律」(平成20年法律第63号)が平成30年12月に改正され,名称が「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」となるとともに,研究開発法人による出資等業務の拡大,一定条件の下での研究開発法人等による株式等の長期保有の可能化,資金配分機関への迅速な基金設置の可能化等が規定されました。本改正により,研究開発法人等を中心とした知識,人材,資金の好循環が実現され,科学技術・イノベーション創出の活性化のより一層の促進が期待されています。

3 科学技術イノベーション政策の戦略的国際展開

 グローバル化の進行に伴い,単一国では解決が困難な地球規模課題が顕在化し,また,優秀な人材の国際的な獲得競争が激化しています。その中で,我が国の科学技術イノベーションを推進し国際社会における存在感や信頼性の向上につなげていくためには,科学技術イノベーションの戦略的国際展開を強化していくことが重要です。このため,文部科学省は,地球規模課題の解決への貢献,先端科学技術分野における戦略的な国際協力の推進による多様で重層的な協力の推進や,国際的な人材・研究ネットワークの強化などに取り組み,科学技術の国際活動を戦略的に推進しています。

お問合せ先

総合教育政策局政策課

-- 登録:令和元年11月 --