特集1 2040年に向けた高等教育のグランドデザイン

第1節 総論

1 「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン」の検討の背景

(1)「我が国の高等教育の将来構想について」諮問

 平成29(2017)年3月6日の中央教育審議会総会において,文部科学大臣から「我が国の高等教育の将来構想について」諮問が行われ,「第4次産業革命」の進展や,本格的な人口減少社会の到来など経済社会の大きな変化の中で,高等教育機関が求められる役割を真に果たすことができるよう,概ね2040年頃を見据えた,これからの時代の高等教育の将来構想について総合的な検討を要請しました。本諮問を受け,中央教育審議会では,大学分科会将来構想部会を中心に約1年8か月にわたって審議を進め,平成30(2018)年11月26日に「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)」(以下,「答申」という。)が取りまとめられました。

(2)2040年を見据えたこれからの時代の高等教育

 答申が公表された平成30(2018)年と2040年の間には,22年という年数があり,かなり先のように感じられます。しかし,現在の学校教育制度がこれからも変わらずに続くのであれば,30(2018)年度に生まれた子どもは,浪人も留年も休学もせずに進級・進学していけば,2040年度に大学を卒業することとなることを考えれば,2040年というのは遠い未来の話ではありません。30(2018)年に生を受けた子どもたちが大学を卒業する頃には,高等教育がさらに充実していること,そして学生一人一人が「自分の可能性が花開いた」と思って卒業するということに重点を置き,「高等教育の将来を明日から,いや今日から変えていきましょう」というイメージで「2040年」を捉えています。
 また,20年以上先の2040年頃の社会変化の方向として,持続可能な開発のための目標(SDGs),Society5.0・第4次産業革命,人生100年時代,グローバル化,地方創生の5つを挙げていますが,まだ私たちが想像もできないような社会が待っているかもしれません。しかし,予想不可能だからこそ,知識を組み合わせて新しいものを生み出していく力が社会の支えになると考えられます。答申では,このような視点に立って,2040年の社会に向けて日本の高等教育に期待される役割を説明しています。

(3)答申の全体概要

 答申は,次の全7章から構成されています。

  1. 2040年の展望と高等教育が目指すべき姿―学修者本位の教育への転換―
  2. 教育研究体制―多様性と柔軟性の確保―
  3. 教育の質の保証と情報公表―「学び」の質保証の再構築―
  4. 18歳人口の減少を踏まえた高等教育の規模や地域配置  ―あらゆる世代が学ぶ「知の基盤」―
  5. 各高等教育機関の役割等―多様な機関による多様な教育の提供―
  6. 高等教育を支える投資―コストの可視化とあらゆるセクターからの支援の拡充―
  7. 今後の検討課題

 各章の概要は後述しますが,答申は,これからの高等教育改革の指針として位置付けられるべきものとして,今後実現すべき方向性を三つ提示しています。

  1. 学修者が「何を学び,身に付けることができるのか」を明確にし,学修の成果を学修者が実感できる教育を行うこと。このための多様で柔軟な教育研究体制が準備され,このような教育が行われていることを確認できる質の保証の在り方へ転換されていくこと。
  2. 18歳人口は,2040年には,88万人に減少し,現在の7割程度の規模となる推計が出されていることを前提に,教育の質の維持向上という観点からの規模の適正化を図った上で,社会人及び留学生の受入れ拡大が図られていくこと。
  3. 地域における高等教育のグランドデザインが議論される場が常時あり,各地域における高等教育が,地域のニーズに応えるという観点からも充実し,強みや特色を活いかした連携や統合が行われていくこと。

 この方向性に基づいた高等教育改革が2040年までに実を結び,教育と研究の機能が十分に発揮された高等教育を通じ,我が国そのものが新しい価値を生み出す国へと発展していくことを期して,必要な政策が着実に遂行されていくことを求めています。

 図表1‐1‐1 2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)【概要】

2 2040年の展望と高等教育が目指すべき姿

 1章「2040年の展望と高等教育が目指すべき姿―学修者本位の教育への転換―」では,2040年頃の社会変化を「国連が提唱する持続可能な開発のための目標(SDGs)」,「Society5.0,第4次産業革命」,「人生100年時代」,「グローバル化」,「地方創生」をキーワードにして予測の上,2040年に必要とされる人材と高等教育の目指すべき姿,そして高等教育と社会の関係を整理しています。
 2040年を迎えるとき,どのような人材が,社会を支え,社会を牽引することが望まれるのかについては,予測不可能な時代の到来を見据えた場合,読解力や数学的思考力を含む基礎的で普遍的な知識・理解と汎用的な技能を文理横断的に身に付けていくことが重要であり,このような人材が,時代の変化に合わせて積極的に社会を支え,改善していくことが必要であるとしています。これに加えて,数理・データサイエンス等を基盤的なリテラシーと捉え,文理を超えて共通に身に付けていくことが重要であると指摘しています。
 このような人材を育成するために「高等教育が目指すべき姿」として,「学修者本位の教育への転換」を掲げています。「何を教えたか」から「何を学び,身に付けることができたのか」へ転換していくこと,個々人の学修成果の可視化,学修者が生涯学び続ける体系への移行などが重要であるということを提言しています。

3 2040年を見据えた高等教育と社会の関係

 2040年を見据えた高等教育と社会の関係については,世界が抱える課題に教育と研究を通じて,新たな社会・経済システム等の提案をしていくこと,その成果を社会に還元することを通じて,社会からの評価と支援を得るという好循環を形成することにより,「知識の共通基盤」から更に進んで「知と人材の集積拠点」としての機能を継続的に発展させていくことについて述べた後,次の三つの視点を提示しています。

1.研究力の強化

 多様で卓越した新しい「知」は,イノベーションの創出や科学技術の発展に大きく資するものであり,学術研究の成果を社会的・経済的価値の創造に結び付け,社会からのニーズに応えていくこと。

2.産業界との協力・連携

 社会人などの多様な学生が相互に学び合うことを実現するためには,産業界と協力・連携し,雇用の在り方,働き方改革と高等教育が提供する学びのマッチングが必要不可欠であること。

3.地域との連携

 各人が望む地域で,自らの価値観を大切にして生活していくことができる社会を実現すること。

第2節 各論

1 教育研究体制―多様性と柔軟性の確保―

 個々人がその可能性を最大限に活いかし,AI時代やグローバル時代を生きていく能力を獲得するためには,画一的な,教育を提供する側が考える教育から脱却し,高等教育は「多様な価値観を持つ多様な人材が集まることにより新たな価値が創造される場」=「多様な価値観が集まるキャンパス」になることが必要であるとしています。
 この章では,「多様性と柔軟性」をキーワードとし,「学生」,「教員」,「教育プログラム」,「ガバナンス」,「『強み』の強化」の観点から,それぞれ取組を進めるための具体的な方策を提言しています。

(1)多様な学生

 リカレント教育の充実,留学生交流の推進,高等教育の国際展開を図ることにより,18歳で入学する日本人を主な対象として想定するという従来のモデルから脱却し,社会人や留学生を積極的に受け入れる体質転換を進める必要があるとしています。

(2)多様な教員

 学外資源の活用という観点から「実務家」や,多様な視点からの教育研究という観点から「若手」,「女性」,「外国籍」など様々な人材が教員として登用できる制度等の在り方を検討していくことや,採用後もその能力を更に伸ばし業績を重ねていくために,必要な研修や業績評価,教育研究活動を行うことができる環境の整備が行われていく必要があるとしています。

(3)多様で柔軟な教育プログラム

 分野を越えた専門知の組合せ,文理横断的なカリキュラムが必要であり,学生の学修の幅を広げるような工夫が求められると言及しています。学位プログラムを中心とした大学制度により時代の変化に応じ迅速かつ柔軟なプログラム編成を可能とすること,複数の大学等の人的・物的資源の共有,ICTを利活用した教育の促進を行う必要があるとしています。

(4)多様性を受け止める柔軟なガバナンス等

 複数の大学等の人的・物的リソースを効果的に共有すると同時に教育研究機能の強化を図るために,大学等の連携・統合を円滑に進めることができる仕組みとして,国立大学法人の一法人複数大学制の導入,私立大学における学部単位等での事業譲渡の円滑化,各大学の「強み」を活いかした連携を可能とする「大学等連携推進法人(仮称)」の導入の必要性に言及するとともに,経営力強化や運営の透明性の確保の観点から学外理事の登用促進が必要であるとしています。

(5)大学の多様な『強み』の強化

 人材養成の観点から各高等教育機関の「強み」や「特色」をより明確化し,更に伸長していくことが重要であると指摘しています。

 図表1‐1‐2 教育研究体制
 図表1‐1‐2 教育研究体制2

2 教育の質の保証と情報公表―「学び」の質保証の再構築―

 高等教育機関は,入学時から修了時までの学修者の「伸び」,更に卒業後の成長をも意識した質の向上を図っていく必要があります。
 教育の質の保証については,積極的に改善の努力を行っている大学等があるのも事実ではありますが,こうした大学等と改善の努力が不十分な大学等に二極化しており,全体として社会から十分な評価が得られているとは言い難い状況です。
 この章では,「学び」の質保証を再構築していくために,教育の質の保証と情報公表をどうしていくべきかということについて整理しています。
 この項目は答申後の検討に委ねている部分も多く,第3節「今後の改革の方向性」で具体的に説明します。

3 18歳人口の減少を踏まえた高等教育機関の規模や地域配置―あらゆる世代が学ぶ「知の基盤」―

 この章では,「高等教育機関への進学者数とそれを踏まえた規模」,「国公私の役割」,「地域における高等教育」について整理しています。

(1)高等教育機関への進学者数とそれを踏まえた規模

 将来像を描くに当たっては,現在の進学動向などを正確に把握するとともに,将来の進学動向の推計について具体的な形で可視化することが重要であることから,2040年における高等教育機関への進学者数を推計しています。
 その結果,高等教育機関への進学者数は,現在の約97万人から約74万人となり,約23万人の減少,そのうち大学進学者数は,約63万人から約51万人となり,約12万人減少するという推計となっています。
 この推計を受けて,各高等教育機関は,18歳で入学してくる日本人学生を中心とした教育体制では現在の規模を維持することはできないということを認識した上で,いかに学生の可能性を伸ばすことができるかという教育改革を進め,そのための規模の適正化について検討すべきであると言及しています。他方,社会人や留学生の規模ということに関しては,多様性の観点から拡大することが期待されるとしています。

 図表1‐1‐3 大学進学者数等の将来推計について

(2)国公私の役割

 これまでの高等教育の発展の経緯を踏まえて,国公私の設置者別の役割について,次のとおり言及しています。

(国立大学)

 世界及び我が国の「知」をリードする研究・教育を推進する役割や重要な学問分野の継承・発展,財政的な負担を伴う教育・研究を推進する役割などがあることを述べた上で,18歳人口の減少を踏まえた定員規模の検討を行うとともに,大学院機能の重視,文理横断的な学士課程への見直しなどSociety5.0の実現を踏まえた人材育成を含め,役割を明確にし,その機能を伸長していく改革が求められています。
 このため,国において,国立大学と議論を図りつつ,学士課程教育,大学院教育等において,それぞれの大学の強み・特色や地域の事情等にも留意しつつ,どのような課程や分野,規模で役割を果たしていくのか,ということについて一定の方向性を検討することが必要であるとしています。

(公立大学)

 各地方公共団体の高等教育政策の中心的役割を担うものであり,教育機会の均等の実現,地域活性化の推進,行政課題の解決に向けて,公立大学がどのようにその役割を果たしていくかを,地域における高等教育機関全体の状況を踏まえて考えていく必要があるとしています。

(私立大学)

 多様性の保持を明確にした上で,それぞれの「建学の精神」に基づき,学生/教員の比率等も踏まえた教育研究の更なる充実を図りつつ,その経営基盤の強化を図り,我が国の高等教育の中核基盤を支える方向で改革を進める必要があるとしています。

(3)地域における高等教育

 人口減少がより急速に進むこれからの20年間においては,地方における質の高い教育機会の確保が大きな課題になります。産業形態の転換が想定される中,教育界だけでなく,産業界を含めた地方そのものの発展とも密接に関連する課題であり,高等教育の将来像を国が示すだけではなく,それぞれの地域において,高等教育機関が産業界や地方公共団体を巻き込んで,それぞれの将来像となる地域の高等教育のグランドデザインが議論されるべき時代を迎えていると考えられます。
 そのために,産業界や地方公共団体等とともに将来像の議論や具体的な連携・交流等の方策について議論する「地域連携プラットフォーム(仮称)」の構築が必要であるとしています。一方,議論の前提としての各種データの網羅的な収集・整備,連携・統合の仕組みの制度的整備などは国が担うべき役割であると言及しています。

 図表1‐1‐4 18歳人口の減少を踏まえた高等教育機関の規模や地域配置

4 各高等教育機関の役割等―多様な機関による多様な教育の提供―

 この章では,各学校種(専門職大学・専門職短期大学,短期大学,高等専門学校,専門学校)及び大学院における特有の課題を整理しています。
 今後は,転入学や編入学などの各高等教育機関の間の接続を含めた流動性を高め,より多様なキャリアパスを実現していく必要性にも言及しています。

(専門職大学・専門職短期大学)

 平成31(2019)年度から開設され,理論にも裏付けられた高度な実践力を強みとして専門業務を牽引でき,かつ,変化に対応し新たな価値を創造できる人材を育成するため,産業界と密接に連携して教育を行う新たな高等教育機関として期待されています。

(短期大学)

 短期であることや地域でのアクセスの容易さといった強みを活いかし,リカレント教育を通じた地域貢献などの役割も期待されているところであり,地域に必要な高等教育機関として教育の質を高めていくことが重要であるとしています。また,2040年に向けては,短期高等教育機関として,大学制度における位置付けの再構築について検討することも必要であるとしています。

(高等専門学校)

 新たな産業を牽引する人材育成の強化,大学との連携など高専教育の高度化,日本型高等専門学校制度の海外展開と一体的に我が国の高専教育の国際化を進めていくことにより,高等専門学校の教育の質を高めていくことが重要であるとしています。

(専門学校)

 平成26(2014)年度から開始された「職業実践専門課程」の認定制度では,学校関係者評価や,情報公表等が要件として求められており,こうした質保証・向上の取組は,全ての専門学校でも進められていくことが必要であるとしています。今後は,産学連携による職業教育機能の強化や留学生の積極的な受入れ,リカレント教育にも大きな役割が期待され,地域に必要な高等教育機関として,教育の質を高めていくことが重要であるとしています。

(大学院)

 高等教育の中でもとりわけ知識集約型社会における知の生産,価値創造を先導する高度な人材を育成する役割を中心的に担うことが期待されています。一方,カリキュラムと社会のニーズのギャップ,学生の進路や就職などに対する意識,かつてならば博士課程(後期)に進学していたような優秀な日本人学生が進学しないケースの増加などの課題が指摘されており,国に対して,大学院における三つの方針の策定と公表の義務付け,各大学におけるファイナンシャル・プランの提示に努めることについて法令上位置付けることの検討,企業における博士号取得者の活用・処遇の改善の促進などに着手することが必要であるとしています。

 図表1‐1‐5 高等教育機関の役割分担のイメージ

5 高等教育を支える投資 ―コストの可視化とあらゆるセクターからの支援の拡充―

 2040年に向けて,日本全体の人口が減少し,特に生産年齢人口の割合が減っていく中で,社会を支え,国民が豊かな生活を享受するためには,高等教育がイノベーションの源泉となり,地域の知の拠点として確立し,学修者一人一人の可能性を最大限伸長することで未来を支える人材を育成する役割が期待されています。
 このような役割を果たすことができる高等教育は国力の源であり,必要な公的な支援を確保しつつ,民間からの投資と社会からの寄附等の支援,個人負担等の高等教育への投資活動を強化していくことが求められるとしています。
 その上で,国は寄附文化を醸成しつつ,大学も公的支援だけに依存することなく,民間企業,地方公共団体や個人等からの投資を意欲的に確保し,財源を多様化することも重要であると言及しています。
 あわせて,教育・研究コストの可視化や高等教育全体の社会的・経済的効果を社会に提示していくことを通じて,公的支援も含めた社会の負担への理解を促進していくことが必要であると提言しています。

 図表1‐1‐6 高等教育を支える投資

第3節 今後の改革の方向性

1 質保証システムの見直し

(1)大学が行う「教育の質の保証」と「情報公表」

 教育の質を保証するためには,第一義的には大学自らが率先して取り組むことが重要であり,三つの方針(卒業認定・学位授与の方針,教育課程編成・実施の方針,入学者受入れの方針)に基づく体系的で組織的な大学教育を展開し,その成果を学位を与える課程共通の考え方や尺度にのっとって点検・評価を行うことで,不断の改善に取り組むことが必要であるとしています。そのため,各大学において教学面における取組をどのように充実していくべきかなどを網羅的にまとめた「教学マネジメントに係る指針」を,今後,中央教育審議会で議論し,各大学へ一括して示す必要があると提言しています。
 加えて,大学が地域社会や産業界等の大学の外部からの声や期待を意識し,積極的に説明責任を果たしていくという観点からも大学全体の教育成果や教学に係る取組状況等の大学教育の質に関する情報を把握・公表していくことが重要であると言及しており,各大学による積極的な公表のみならず,国は,全国的な学生調査や大学調査を通じて各大学の情報を比較し,一覧化して公表すべきであると提言しています。
 教育の質の保証や情報公表に真摯に取り組まない大学は,社会から厳しい評価を受けることとなり,その結果として撤退する事態に至ることがあり得ることも覚悟しなければならないと言及しています。

(2)国が行う「質保証システム」の改善

 我が国の質保証に係る制度は,大学の設置認可による大学設置時の質保証,認証評価(国の認証を受けた機関(認証評価機関)が行う大学評価)等による設置後の教育研究活動に対する様々な大学評価による質保証の組合せにより成り立っています。設置認可と認証評価は,昭和31(1956)年に制定された大学設置基準を前提として行っています。大学設置基準については,時々の状況の変化を受けて改正は順次行われてきましたが,定員管理,教育手法,施設設備等について,現在の基準を抜本的に見直す必要があると提言しています。認証評価制度については,より効率的・効果的で実質的な改善につながる評価となるよう,他評価の活用や受審期間の見直し,大学評価基準に適合しているか否かの認定の義務付けなどについて提言しています。

 図表1‐1‐7 教育の質の保証と情報公開

 図表1‐1‐7 教育の質の保証と情報公開2

 図表1‐1‐8 我が国の大学の質保証のイメージ図

2 産業界との連携・協力

 高等教育機関が質の保証の取組を進めることと同時に,産業界においては,採用プロセスに当たり,「求める人材」のイメージや技能を具体的に示していくことや,大学が示す可視化された学修成果に関する情報を選考活動において積極的に活用するとともに,大学における学修成果を重視しているとのメッセージを学生に対して積極的に発信することを求めています。その際,学修成果の中身について,高等教育機関と産業界が共通理解を持って進めていく必要があると言及しています。
 さらに,産業界との連携・協力のもと,リカレント教育における実践的・専門的なリカレント・プログラムの開発や高等教育機関での学びの積極的な支援,地域連携プラットフォーム(仮称)への積極的な参画などをより一層進めていく必要があるとしています。

3 今後の検討課題

 これら質保証システムの見直しをはじめ,答申においては,今後の検討課題を次のとおりに整理しています。今後,文部科学省としては,本答申を踏まえ,必要な法律改正を含め,関係施策の推進に取り組んでいきます。

中央教育審議会

  • 設置基準等の質保証システムについて見直しを行うこと
  • 教学マネジメントに係る指針の策定,学修成果の可視化と情報公表の在り方に関する検討を行うこと

国(文部科学省)

  • 「地域連携プラットフォーム(仮称)」の立ち上げに向けた各高等教育機関への助言,地方公共団体等との意見交換の実施と,議論すべき事項についての「ガイドライン」の策定
  • 国公私立の枠組みを越えた連携の仕組みである「大学等連携推進法人制度(仮称)」について,制度の枠組み,認定する際の基準の内容,連携を推進するための制度的な見直し
  • 国立大学において,それぞれの大学の強み・特色や地域の事情等にも留意しつつ,どのような課程や分野で,どのような規模で役割を果たしていくのか,という点について一定の方向性の検討
  • 大学間の連携・統合(国立大学の一法人複数大学制度,私立大学の学部単位等での事業譲渡の円滑化等)に必要な制度改正
  • 制度・教育改革ワーキンググループで議論した事項のうち,設置基準の抜本的な見直しや教学マネジメント指針の策定など,引き続きの検討が必要とされたものを除き,必要な制度改正(リカレント教育,留学生交流の推進,学位プログラムを中心とした大学制度等)

 (参考)
 「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)」について(文部科学省ホームページ)
 https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/1411360.htm

Column No.01 学修成果の可視化に関する大学の取組例(例:高知大学)

 高知大学は,教育に関する基本目標として「総合的教養教育を基盤とし,「地域協働」による教育の深化を通して課題解決能力のある専門職業人を養成する」ことを掲げており,文部科学省の「大学教育再生加速プログラム(AP)」事業の下,平成28年度より,1.教育改革に向けた教職員の意識改革,2.ディプロマ・ポリシーに基づいた多面的評価指標の開発,3.地域と社会と協働した学生の成長の検証,の3本の柱で,教育の質保証のための取組を行っています。
 同事業に基づく高知大学の取組は多岐にわたりますが,学修成果の可視化に関する取組としては,ディプロマ・ポリシーに基づく「10+1の能力」に関する評価指標の作成及びその測定のためのアセスメントツールの開発や,学生個々人の履修状況や成績分布等を学生にフィードバックするツールである「e‐ポートフォリオ」の構築が挙げられます。
 こうした取組により可視化された学生個々人の学修成果や,大学全体としての教育効果は,高知大学における教育の質保証を行う仕組みの構築に活用されています。

 図表1‐1‐9 高知大学AP事業の3つの大きな取組

Column No.02 学生調査について

 18歳人口が減少する中,学生が大学教育で何を身に付けることができたかが今後一層問われることになりますが,各大学が教育力の向上のためにどのように取り組み,それが学生の能力の伸長にどのように結びついたのかが分かりにくいと言われており,答申においても,社会が理解しやすいよう,国による全国的な学生調査や大学調査の実施を通じた整理の必要性が提言されています。
 このため,文部科学省では,令和元(2019)年度に全国の大学生を対象に,国が学生から見た大学の姿を直接的に問う初の試みとして,大学の教育への取組やそれに対する評価等を聞き取る学生調査の試行を予定しています。
 学修の主体である学生の目線で大学の教育力の発揮の実態を把握すること等により,それらを各大学の取組の改善や国における今後の政策立案の際のエビデンスとして活用することが期待されています。
 このような学生調査を国が実施するのは初めてになりますが,民間団体等でこれまで行われている事例のいくつかをご紹介します。

事例1 (一般社団法人)大学IRコンソーシアム「学生調査」

 学生自身が大学での学びをどのように受けとめ,どのように評価しているのかを調べるため,会員校を対象に「一年生調査(対象:1年生)」及び「上級生調査(対象:2~4年生)」を毎年実施しています。
 学生の学習行動や学習時間,能力に関する自己評価,満足度を中心とした調査項目となっており,会員校が共通の調査項目で実施するため,学生調査の結果をコンソーシアム会員校全体と比較することで,各大学の特徴を見出すことが可能です。

事例2 国立教育政策研究所「大学生等の学習状況に関する調査」

 大学生等の学習実態を包括的に把握することを通じて,大学教育の質的向上を推進するために,いかなる支援策の導入や制度的整備が必要とされるか等,政策立案に活用可能な基盤的データを整備することを目的として,全国の大学・短期大学に在籍する学生を対象に平成26(2014)年度より2年に1回実施しています。
 学習時間・生活時間,授業科目の履修及び単位の修得状況,大学での成績などが調査項目となっており,日本学生支援機構が実施する「学生生活調査」と共同で実施されています。

事例3 (一般社団法人)日本私立大学連盟学生委員会「学生生活実態調査」

学生の生活実態,ニーズや志向の特徴と変化などを的確に把握し,大学教育と学生支援の諸課題を検討する際や,よりきめ細かな学習・学生生活を支援する上で活用するため,連盟加盟大学に在籍する学部学生を対象に4年に1回実施しています。
 所属学部・学科の満足度や学生生活の充実度のほか,経済状況,留学経験,進路・就職,身に付いたと実感できる力などについて調査し,経年変化を分析しています。

Column No.03 地域連携プラットフォームに関する取組例「めぶく。プラットフォーム前橋」

 前橋市の課題は人口減少であり,特に生産年齢人口(15歳~64歳)の変動が大きく,平成17(2005)年から平成27(2015)年までの10年間で約2万2千人が減少しています。
 その大きな要因が,15歳~24歳の転出超過であり,進学や就職のタイミングで市内に定着しにくい状況となっています。また,定着の状況について他機関を含め具体的な数値を把握できていないことや,市内全ての大学が参加する形での産官学連携体制が図られておらず,それぞれのリソースを十分に共有・発揮できていないことも大きな課題と捉えていました。
 そこで,平成30(2018)年9月25日,市内の国公私立全6大学・前橋商工会議所・前橋市は,連携協定を締結し,産学官が知恵を出し合うための協議会「めぶく。プラットフォーム前橋」を設立して,地域人材の育成・定着の課題解決に向けた強固な連携体制を推進しています。
 プラットフォーム形成によって,産業界,行政,教育界が共通して抱える複合的な地域課題(若者の地元進学・就職,事業承継等)の解決を行うことを目標にしています。

(高等教育に係る目標の例)

  • 前橋市内大学の魅力向上と情報発信の強化を通じ,入学者市内占有率について令和5(2023)年度までに平成30(2018)年度実績以上の水準を達成します。
  • 魅力溢れる市内産業との接触機会の創出等を通じ,市内就職率について令和5(2023)年度までに平成30(2018)年度実績以上の水準を達成します。

 産学官代表者らによる連携協定締結の様子
 産学官代表者らによる連携協定締結の様子

 本プラットフォームに参画する産学官各団体のロゴ
 本プラットフォームに参画する産学官各団体のロゴ

Column No.04 教学マネジメントとは何か

 平成30(2018)年11月に中央教育審議会で取りまとめられた「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)」においては,「学修者本位の教育への転換」が掲げられており,「何を教えた」から「何を学び,身に付けることができたのか」を中軸に据えた多様性と柔軟性を持った高等教育への転換を引き続き図っていく必要があるとされています。
 こうした転換が実現するためには,大学で行われる教育の質が適切に保証される必要があり,そのためには,それぞれの大学がその教育目的を達成するために行う管理運営,すなわち教学マネジメントが確立される必要があります。
 教学マネジメントの確立に当たっては,学長のリーダーシップの下で,どのような能力を備えた学生に学位を与えるのかを定める「卒業認定・学位授与の方針」,そのためにどのような教育を提供するかを定める「教育課程編成・実施の方針」,そうした教育を受ける学生に求める能力を定める「入学者受入の方針」という「三つの方針」に基づき,それぞれの大学が学生一人一人の能力を伸ばすための体系的な教育を組織的に提供するとともに,その教育の成果を常に点検・評価し,大学による教育と学生の学修の質の向上に向けた不断の改善に取り組むことが必要となります。
 また,こうした改善のプロセスを実施する上では,それぞれの大学が,教育活動の見直し等に活用するため,学生の学修成果に関する情報や大学全体の教育成果に関する情報を的確に把握・測定することも重要です。
 グランドデザイン答申において示されたこうした認識に基づき,大学における教学マネジメントの確立を支援するため,平成30(2018)年11月,中央教育審議会大学分科会に「教学マネジメント特別委員会」が設置され,「教学マネジメントに係る指針」等について議論が進められています。

Column No.05 イギリスの社会的・経済的コストの分析

 平成29(2017)年10月,英国大学協会(UniversitiesUK)は,調査報告書「2014・15年度における英国の大学の経済的インパクト(THEECONOMICIMPACTOFUNIVERSITIESIN2014‐15)*1」を発表しました。当調査報告書は,英国の大学が多くの面で経済的に英国に多大な貢献をしていることを,関係者を始めとして一般国民にも理解してもらい,長期的な支援を得ることを目的としています。この調査報告書は英国大学協会の委託を受け,調査会社のOxfordEconomics社が作成したものです。当調査報告書のサマリーを中心に,一部を抜粋して紹介します。
 英国の高等教育分野は英国の国内総生産(GDP)にも大きな影響を与えています。大学業務だけでもGDPに対して468億ポンド(7兆200億円)の粗付加価値(GrossValueAdded:GVA)の貢献をしており,これは英国の全経済活動の2.6%にあたります。
 そのインパクトは,大学業務の他に留学生やその訪問者の支出を合わせると529億ポンド(7兆9,350億円)の粗付加価値(GVA)となり,2015年にバーミンガム市が産み出した総粗付加価値(GVA)の約2倍に相当します。

 図表1‐1‐10 英国の大学が与える経済的インパクトの一覧表(抜粋)

 また,研究,教育及び学生やコミュニティーに対する各種サービスの提供等,大学自身の活動は2014・15年度には332億ポンド(4兆9,800億円)の総生産(Gross Output)をもたらしました。これは,英国の法律関連業界や広告・マーケティング業界の年間総生産額より大きい額です。

 図表1‐1‐11 英国の産業別年間売上高
 出典元:サイエンスポータルから許可を得て転載しています(※2)


  • ※1 参照:https://www.universitiesuk.ac.uk/economic-impact
  • ※2 参照:https://scienceportal.jst.go.jp/reports/britain/20180201_01.html

Column No.06 「高等教育・研究改革イニシアティブ(柴山イニシアティブ)」について

 平成31(2019)年2月1日,「高等教育機関へのアクセスの確保」と高等教育・研究機関の「教育の質保証・向上」「研究力向上」「教育研究基盤・ガバナンス改革」を一体的に進めるための政策パッケージである「高等教育・研究改革イニシアティブ(柴山イニシアティブ)」を公表しました。
 今後,このイニシアティブを最優先で取り組むことで,‘世界を牽引するトップ大学群’と‘地域や専門分野をリードする大学群’を形成するとともに,‘最前線で活躍する研究者’‘次代を担う学生’の活躍を促進することとしています。
 「高等教育・研究改革イニシアティブ(柴山イニシアティブ)」は,

  1. 意欲ある若者の「高等教育機関へのアクセス(進学機会)の確保」
  2. 多様性や社会ニーズも踏まえた「大学教育の質保証・向上」
  3. 国立研究開発法人等の「研究力向上」
  4. 改革実行の基盤となる「教育研究基盤・ガバナンス強化」

 の四つの柱から構成されており,これらの改革は相互に密接に関連しあっています。
 「高等教育・研究改革イニシアティブ(柴山イニシアティブ)」では,これらの四つの改革について,高等教育機関や研究機関の取組や成果に応じた「手厚い支援」と「厳格な評価」を両輪として徹底することにより,改革を加速化することとしています。
 第198回通常国会に関係法案(「大学等における修学の支援に関する法律案」,「学校教育法等の一部を改正する法律案」)を提出し,本年5月に成立しました。文部科学省では,今後,このイニシアティブに掲げた改革を最優先で一体的に取り組んでいくこととしています。

 図表1‐1‐12 高等教育・研究改革イニシアティブ(柴山イニシアティブ)
 図表1‐1‐12 高等教育・研究改革イニシアティブ(柴山イニシアティブ)

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-- 登録:令和元年11月 --