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第2部   文教・科学技術施策の動向と展開
第6章 研究開発の戦略的重点化
第2節  重点4分野の研究開発の推進
2  ライフサイエンス分野の研究開発の重点的推進



(1) 研究開発の推進方策について

 ライフサイエンスは,ヒトや動植物などの生物が営む生命現象の複雑かつ精緻な生命現象を解明し,その成果を医療,環境,農林水産業をはじめとする種々の分野に応用するための総合的科学技術です。21世紀は「生命の世紀」と呼ばれているように,「生命の仕組み」を解明しその応用を目指すライフサイエンス分野の進展は,革新的な医療の実現や食料・環境問題の解決など,国民生活の向上と国民経済の発展に大きく寄与するものとして,大変期待されています。

 ライフサイエンス分野の研究開発方針としては,前述の分野別推進戦略のほかに,内閣総理大臣主宰のBT(バイオテクノロジー)戦略会議(平成14年7月〜)において決定された「バイオテクノロジー戦略大綱」があります。なお,同会議では,16年1月20日の第6回会議において,200の行動計画についてのフォローアップが実施され,ほぼ順調に取組が進められていることが確認されています。このほか,15年7月には,それまでの「がん克服新10か年戦略」の成果を踏まえ,文部科学大臣と厚生労働大臣の合意により,16年度からの新たな10か年戦略である「第3次対がん10か年総合戦略」を策定し,今後のがん研究等の推進に関する基本的な考え方などを示しました。

 また,平成15年4月に国際ヒトゲノム計画が達成されたことを受け,ライフサイエンス分野は本格的な国際競争の時代に突入しています。米国国立衛生院(NIH)では,生命医学の研究分野において今後目指すべき方向をNIH全体として取りまとめた「ロードマップ」を2003(平成15)年9月に発表し,ライフサイエンス分野への取組を一段と強化しています。中国,韓国,シンガポール等のアジアの国々においても,近年ライフサイエンス分野の取組を強化してきており,我が国としても,我が国の強みを生かした戦略的な対応が強く求められています。

 さらに,近年世界的脅威となっている新興・再興感染症への対応など,社会のニーズに対応した,国民の安全・安心確保の観点からの研究開発の推進も重要となっています。


(2) ライフサイエンス分野の主な取組について

{1}ゲノム科学研究の推進

(ア)ゲノムネットワーク研究の推進

 親から子へ伝えられる遺伝情報のすべてであり,生命の設計図ともいわれるゲノムについて,平成15年4月14日,ヒトゲノムの解読作業を進めてきた国際ヒトゲノムシーケンス決定コンソーシアム(国際ヒトゲノム計画の推進・調整を実施している組織)が,ヒトゲノム全塩基配列の解読完了を発表しました。我が国においては,理化学研究所ゲノム科学総合研究センター,慶應義塾大学などが参加し,米国,英国に次ぐ約6%の塩基配列解読に貢献しました。今回の成果によって,ヒトを理解する上で最も基盤となる情報が確定したことになり,今後,ライフサイエンス分野の発展が,世界各国において一層加速されることが期待されます。また,この成果の上に立って,次に解明すべき課題への対応として,平成16年より,ヒトを対象とした,遺伝子やタンパク質がどのように相互作用をしているのかを広範に解析して生命研究に活用するプロジェクト(ゲノムネットワークプロジェクト)が始まっています。本プロジェクトでは,生体分子の相互作用情報を収集し活用することにより,多くの遺伝子が関係している発生や分化などの生命現象や,疾患の発症の解明,画期的な薬剤の探索などへの貢献を目指しています。

▲ヒトゲノム解読完了の報告(写真提供:理化学研究所)

(イ)タンパク質の構造・機能解析の推進

 タンパク質の構造・機能解析は,その研究成果が医療への応用や産業利用へ直結するため,ヒトゲノム塩基配列の解読後における研究(ポストゲノム研究)の中でも最も重要な分野の一つです。このため,文部科学省では,平成19年度までに重要なタンパク質の3,000種類以上を解析し,その成果の知的所有権を確保するとともに,未知タンパク質の機能予測などにつなげていくことを目標とする「タンパク3000プロジェクト」を14年度より開始しました。本プロジェクトでは,産学官の研究能力を結集して,16年5月までに約1,400のタンパク質の構造を解析しました。今後は,これらの成果の産業界への移転を積極的に実施していく予定です。

(ウ)遺伝子多型研究の推進

 個人個人の遺伝情報には違いがあり,この違いは病気のなりやすさや薬の効き目や副作用などに関係してきます。文部科学省では,遺伝情報に基づく個人個人に応じた予防・治療を可能とする医療の実現を目指し,平成15年度から,「個人の遺伝情報に応じた医療の実現プロジェクト」を開始しました。プロジェクトが対象とする約40の生活習慣病等について,30万人規模の血液サンプル及び臨床情報を収集するとともに,一塩基多型(SNP(Single Nucleotide polymorphism):遺伝情報の個人差)の解析などを実施しています。

 また,理化学研究所の遺伝子多型研究センターにおいては,世界最速のSNP解析技法を駆使し,疾患関連遺伝子研究に必要な遺伝子多型データを収集するとともに,平成16年度まで糖尿病性腎症,心筋梗塞,関節性リウマチ,変形関節症などの疾患関連遺伝子の探索を実施しています。

(エ)ゲノム解析研究の推進

 近年のゲノム科学研究の急速な進展により,ゲノム関連情報が大量に産出され,生命科学の進展や国民生活に直接役立つ素材として注目されています。今後は,この情報の利活用を進めるバイオインフォマティクス (情報生物学)の発展が必須です。このため,文部科学省においては,情報・システム研究機構国立遺伝学研究所の日本DNAデータバンク(DDBJ)をはじめとするゲノム関連データベースの整備を進めるとともに,科学技術振興機構のバイオインフォマティクス推進センターにおいて,データベースの高度化・標準化・拡充や,生物系と情報系の研究者の協働によるゲノム解析ツール開発などを実施しています。

 さらに,平成15年度から,経済活性化のための研究開発プロジェクトの一つとして「細胞・生体機能シミュレーションプロジェクト」を開始し,ゲノム解析などによって得られた膨大なデータを創薬などに活用するため,コンピュータ上で細胞・生体機能をシミュレーション(模擬実験)する研究開発に取り組んでいます。将来的には薬剤応答解析,動物試験などをシミュレーションにより代替し,新たな薬剤開発や新規技術実用化までの期間の大幅な短縮と効率的開発の実現を目指した研究を推進しています。

{2}がん関連研究の推進

 がんは,我が国の死亡原因の第1位であり,年間約30万人ががんにより死亡しています。また,大腸がんなど欧米型のがんは増加傾向にあり,今後,更に有効な対策がとられない限り,がんの死亡者数は更に増加するといわれています。そのため,従来から政府が進める「がん克服新10か年戦略」の一環として,がんの本態解明やその研究成果を生かした新しい予防法・診断法・治療法の開発を進めています。また,放射線医学総合研究所における難治性がんに対する画期的な治療法として期待されている重粒子線がん治療装置の臨床試験の推進等を図ってきました。

 また,「第3次対がん10か年総合戦略」の下,厚生労働省とも協力して,がん研究などの推進を図っています。なお,この一環として,がんに関する基礎研究の成果を新たな診断・治療法につなげる橋渡し研究(トランスレーショナル・リサーチ)を推進するための事業を,平成16年度から開始しました。

{3}発生・分化・再生科学研究の推進

 発生・分化・再生領域の研究は,近年の幹細胞研究の急速な進展に伴い,世界的にも目覚ましい勢いで展開されつつあります。これらは,移植・再生医療の発展に対して,大きな潜在的可能性を持つものと評価されており,パーキンソン病や脊髄損傷,心筋梗塞等の現在の医療では完治の難しい難病・生活習慣病に対する革新的な医療技術の創出に期待が寄せられています。

 このため,平成15年度から,経済活性化のための研究開発プロジェクトの一つとして,「再生医療の実現化プロジェクト」が開始されています。再生医療の実現に必要な幹細胞利用技術を世界に先駆けて確立すべく,細胞移植等の研究に必要となる研究用ヒト幹細胞バンクの整備を図るとともに,再生医療の可能性を更に広げることを目的とする幹細胞の操作技術の体系的な開発や,臨床に即した難病・生活習慣病に対する幹細胞による治療技術の開発を推進しています。また,理化学研究所の発生・再生科学総合研究センターにおいて,生物の発生・分化・再生の基本メカニズムを解明し,先進的な再生医療の実現に資するための研究を実施しています。

{4}脳科学研究の推進

 脳の機能の解明は,神経・精神疾患に関する医療や福祉の面での貢献,脳の情報メカニズムを応用した新技術の創出,教育などの分野への貢献など多くの可能性を秘めており,文部科学省では,「脳に関する研究開発についての長期的な考え方(平成9年5月科学技術会議ライフサイエンス部会脳科学委員会)」などを踏まえ,理化学研究所の脳科学総合研究センターにおいて脳に関する総合的な研究を推進しています。

 さらに科学技術振興機構において,医学(小児医学,脳神経科学),心理学,保健衛生学,教育学等の多分野の研究者の連携により,現在の教育関連の問題の本質を提示するとともに,より効果的な教育方法への示唆が可能と期待される研究を推進しています。また,16年度から子どもの発達に影響を与える要因の解明を目指した研究に着手し,16年度から2年間は準備のための500〜600名程度の追跡研究を行い,18年度より5年間かけて1万人規模の追跡研究を実施する予定です。

{5}免疫・アレルギー研究の推進

 近年,国民全体の約3分の1が何らかのアレルギーを抱えているといわれており,花粉症やアトピー性皮膚炎,気管支喘息等の免疫・アレルギー疾患の克服は多くの人の願いとなっています。平成13年度には,理化学研究所に免疫アレルギー科学総合研究センターが設置され,免疫のシステムの基礎的・総合的解明を推進してきました。16年4月には,横浜研究所内に免疫・アレルギー科学研究施設が開所し,免疫・アレルギー科学にかかわる研究者・技術者が集結して,集中的に研究を推進しています。さらに,この分野における高度専門医療施設である国立相模原病院と研究協力協定を結び連携を強化するなど,更なる研究推進に向けた体制が整備されています。

{6}植物科学研究の推進

 ゲノム科学の発展に伴い,植物ゲノムの構造・機能解析も進展しつつあり,これらの成果を基に植物機能をコントロールすることにより,食生活の向上などに資する植物を開発することが期待されています。理化学研究所の植物科学研究センターでは,環境問題に資する植物や高機能作物などの開発に資する研究を推進しています。

{7}バイオリソース(生物遺伝資源)の戦略的な収集・開発・提供体制の整備

 実験動植物(マウスなど)や各種幹細胞,各種生物の遺伝子材料などのバイオリソースは,遺伝資源の保存のみならず,新たな研究領域の活動を拓く上で重要なものです。文部科学省では,平成14年度より,国が戦略的に整備することが重要なバイオリソースについて,体系的に収集,保存,提供などを行うための体制を整備することを目的として,「ナショナルバイオリソースプロジェクト」を実施しています。

 なお,前述の各プロジェクト等のほか,科学研究費補助金などにより,大学におけるライフサイエンス分野の研究も推進しています。


* バイオインフォマティクス

生命科学・生物学(biology)領域と情報科学(informatics)領域の融合分野の学問であり,情報技術を用いて何らかの生命現象の解明等を目指す研究のこと。


(3) 生命倫理・安全に関する取組

{1}生命倫理に関する問題への取組

 1997(平成9)年に発表されたクローン羊「ドリー」の誕生は,人のクローン個体が作り出される可能性など生命倫理の問題についての議論を巻き起こしました。我が国では,人のクローン個体などを産生することを禁止した「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」が12年12月に公布されました。また,個体の産生に至らない人クローン胚などの取扱いに関しても,同法に基づく「特定胚の取扱いに関する指針」により,人クローン胚の作成や利用を当分は行わないこととするなど,厳しく規制しています。

 ヒト受精胚や人クローン胚などの取扱いについては,同法の規定などに基づき,平成13年8月より総合科学技術会議生命倫理専門調査会において検討が行われ,その結果16年7月に総合科学技術会議で「ヒト胚の取扱いに関する基本的考え方」について厚生労働省など関係府省に対する意見具申が取りまとめられました。この中で,基礎的な研究に限定した人クローン胚と生殖補助医療研究のためのヒト受精胚の作成・利用に道が開かれましたが,これら胚の研究目的の作成・利用について,その適切な取扱いを確保するガイドラインなどの整備が求められており,文部科学省では,厚生労働省等関係府省と連携しつつ,検討を行うこととしています。さらに,国連においては,人クローン個体産生を禁止するための国際的な枠組みの策定に向けた検討が行われており,我が国はこの検討に積極的に取り組んでいます。

 ヒトES細胞(胚性幹細胞)は,ほぼ無限に増殖でき,どのような細胞にも分化する可能性を持つため,再生医療などへの応用が期待されています。一方で,生命の萌芽であるヒト受精胚を滅失して樹立(作成)するという倫理的な問題があります。このため,文部科学省では,平成13年9月に策定した「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」に基づき,特定胚及びヒトES細胞研究専門委員会の審査を経て,研究計画の指針への適合性の確認などを行っており,16年8月までに樹立計画1件(15年8月我が国初のヒトES細胞樹立)と使用計画15件を確認しました。15年より,指針の規定に基づき,同専門委員会において,ヒトES細胞の研究の進展を踏まえた見直しの検討を行っており,16年6月には,専門委員会が倫理審査委員会の在り方について意見交換を行うため,ヒトES細胞樹立・使用機関と倫理審査委員会の代表を招き,「ヒトES細胞研究と生命倫理に関する公開討論会」を開催しました。

 さらに,ヒトゲノム研究や疫学研究 *1 については,研究対象者の人権の保護やインフォームド・コンセント(十分な説明を受けた上での同意),情報の適切な管理などが必要となります。このため,「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」と「疫学研究に関する倫理指針」を厚生労働省など関係省と共同で策定し,運用しています。

 一方,最近のヒト遺伝情報を取り扱う研究をめぐる状況の変化を踏まえた必要な対応について,平成16年7月より科学技術・学術審議会生命倫理・安全部会に設置したライフサイエンス研究に関するヒト遺伝情報の取扱い等に関する小委員会において,厚生労働省や経済産業省の委員会と連携して検討を進めています。

{2}ライフサイエンスにおける安全性の確保

 遺伝子組換え生物等の生物多様性への悪影響を防止することを目的とした「生物の多様性に関する条約のバイオセーフティに関するカルタヘナ議定書」(2000(平成12)年1月採択)を締結するため,「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」が15年6月に公布され(環境省ほか5省共同),法律の実施に関する基本的事項,拡散防止措置を定める関係省令等を整備した上で,16年2月に施行されました。文部科学省においても,本法律に基づき,研究開発における遺伝子組換え実験の適正な実施の確保を図っています。

 遺伝子治療 *2 臨床研究の適切な実施を確保するため,「遺伝子治療臨床研究に関する指針」を厚生労働省と共同で策定し,運用しています。

{3}生命倫理・安全部会について

 科学技術・学術審議会の下に設置された生命倫理・安全部会において,「機関内倫理審査委員会の在り方について」を調査審議の上,15年3月に取りまとめ,関係機関に対し周知を図りました。


*1 疫学研究

疾病の罹患をはじめ健康に関する事象の頻度や分布を調査し,その要因を明らかにする科学研究。


*2 遺伝子治療

疾患の治療を目的として,遺伝子又は遺伝子を導入した細胞を人の体内に投与すること。


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