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第2部   文教・科学技術施策の動向と展開
第6章  研究開発の戦略的重点化
(2)  重点4分野の研究開発の推進
1  ライフサイエンス分野の研究開発の重点的推進



(1) 研究開発の推進方策について

 ライフサイエンスは,生物が営む生命現象の複雑かつ精緻なメカニズムを解明する科学であるとともに,その成果を医療,環境,農林水産業をはじめとする種々の分野に応用するための科学技術であり,国民生活の向上と国民経済の発展に大きく寄与するものです。平成13年3月に閣議決定された第2期科学技術基本計画においても,ライフサイエンスは,優先的に研究開発資源を配分すべき分野の一つとされています。

 平成13年9月には,総合科学技術会議において「分野別推進戦略」が策定され,以後5年間にわたる研究開発の重点領域や目標,推進方策が明らかにされ,次のような事項が重点領域として示されました。

〈重点領域〉

{1}活力ある長寿社会実現のためのゲノム関連技術を活用した疾患の予防・治療技術の開発
{2}国民の健康を脅かす環境因子に対応した生体防御機構の解明と疾患の予防・治療技術の開発
{3}こころの健康と脳に関する基礎的研究推進と,精神・神経疾患の予防・治療技術への応用
{4}生物機能を高度に活用した物質生産・環境対応技術開発
{5}食料供給力の向上と食生活の改善に貢献する食料科学・技術の開発
{6}萌芽・融合領域の研究及び先端技術の開発
{7}先端研究成果を社会に効率よく還元するための研究推進と制度・体制の構築

 また,科学技術・学術審議会において,平成14年6月に「ライフサイエンスに関する研究開発の推進方策について」が取りまとめられました。本報告書においては,先述の重点領域に対応する形で,文部科学省として今後推進していくべき具体的な研究開発課題の抽出を行い,また,そうした研究開発のための基盤強化や環境整備の必要性を指摘するなど,国として長期的視点に立った戦略や我が国の研究開発全体を俯瞰した研究開発推進の考え方が示されました。

 さらに,平成14年7月より,内閣総理大臣主宰のBT(バイオテクノロジー)戦略会議が開催され,同年12月には,「研究開発の圧倒的充実」,「産業化プロセスの抜本的強化」,「国民理解の徹底的浸透」の三つの戦略と行動計画から成る「バイオテクノロジー戦略大綱」が決定されました。一方,総合科学技術会議においても,研究開発について専門的な立場から検討し,同年12月に「BT研究開発の推進について」が取りまとめられました。これらを踏まえ,文部科学省では,理化学研究所,大学などの研究機関や科学技術振興機構などにおいて,基礎的・先導的な研究の推進と研究支援業務を実施するとともに,産学官連携の推進,人材供給の充実,関係省庁の施策の調整など,ライフサイエンスの総合的な推進に努めています。


(2) ライフサイエンス分野の主な取組について

{1}ライフサイエンス分野の最近の研究動向について

 生命の設計図であるゲノム *1 について,平成14年12月のイネゲノム塩基配列の概要解読完了に続き,15年4月には,ヒトゲノムの解読作業を進めてきた国際ヒトゲノムシーケンス決定コンソーシアム *2 が,ヒトゲノム全塩基配列の解読完了を発表しました。我が国においては,理化学研究所ゲノム科学総合研究センター,慶応大学などが参加し,米,英に次ぐ約6%の塩基配列解読に貢献しました。

 今回の成果によって,ヒトを理解する上で最も基盤となる情報が確定したことになり,今後,ライフサイエンス分野の発展がより一層加速されることが期待されます。


*1 ゲノム

 ゲノムとは,親から子へ伝えられる遺伝情報のすべてを示す。ヒトの場合,23本の染色体上に載っている。どの細胞も,例外を除いて1セットのゲノムを有しており,ゲノムが引き継がれることで,細胞の活動が維持されることから,生命の設計図と呼ばれる。


*2 国際ヒトゲノムシーケンス決定コンソーシアム

 1996年に米国NIHが中心となって設立。国際ヒトゲノム計画の推進・調整を実施しており,我が国からは理化学研究所が参加。

{2}ゲノム科学研究の推進

(ア)タンパク質の構造・機能解析の推進

 タンパク質の構造・機能解析は,その研究成果が医療への応用や産業利用へ直結するため,ヒトゲノム塩基配列の解読後におけるポストゲノム研究の中でも最も重要な分野の一つです。このため,文部科学省では,平成19年度までに約1万種と言われるタンパク質の基本構造の3分の1以上を解析し,その成果の知的所有権を確保するとともに,未知タンパク質の機能予測などにつなげていくことを目標とする「タンパク3000プロジェクト」を14年度より開始しました。本プロジェクトでは,産学官の研究能力を結集して,15年7月までに600を超えるタンパク質の構造を解析しました。今後は,これらの成果の産業界への移転について,積極的に実施していく予定です。

(イ)遺伝子多型研究の推進

 疾患遺伝子の解明に基づく個々に応じた予防・治療を可能とする医療(テーラーメイド治療)の実現を目指し,ミレニアム・プロジェクト *1 の一環として,平成12年度から東京大学医科学研究所と科学技術振興機構が共同で,一塩基多型(遺伝情報の個人差,SNPs)の探索を行っています。理化学研究所の遺伝子多型研究センターにおいては,世界最速のSNP解析技法を駆使し,疾患遺伝子研究に必要な遺伝子多型データを収集するとともに,16年度まで糖尿病性腎症,心筋こうそく,関節性リウマチ,変形関節症などの疾患関連遺伝子の探索を実施しています。また,15年度から,経済活性化のための研究開発プロジェクトの一つとして「個人の遺伝情報に応じた医療の実現プロジェクト(テーラーメイド医療実現化プロジェクト)」を開始し,テーラーメイド医療の実現に向けて30万人規模の血液サンプルの収集や,SNP解析などを実施しています。さらに,文部科学省では,科学研究費補助金により,本分野における大学などの研究についても重点的な推進を図っています。

(ウ)ゲノム解析研究の推進

 近年のゲノム科学研究の急速な進展により,ゲノム関連情報が大量に産出され,生命科学の進展や国民生活に直接役立つ素材として注目されています。今後は,この情報の利活用を進めるバイオインフォマティクス(情報生物学)の発展が必須です。このため,文部科学省においては,国立遺伝学研究所の日本DNAデータバンク(DDBJ)をはじめとするゲノム関連データベースの整備を進めるとともに,ミレニアム・プロジェクトの一環で,科学研究費補助金特定領域研究などにより,大学における研究を重点的に推進しています。また,科学技術振興機構のバイオインフォマティクス推進センターにおいて,データベース *2 の高度化・標準化・拡充や,生物系と情報系の研究者の協働によるゲノム解析ツール開発などを実施しています。

 さらに,平成15年度から,経済活性化のための研究開発プロジェクトの一つとして「細胞・生体機能シミュレーションプロジェクト」が開始され,ゲノム解析などによって得られた膨大なデータを創薬などに活用するため,細胞・生体機能シミュレーション(模擬実験方法)の開発を行い,将来的には薬剤応答解析,動物試験などについてシミュレーションにより代替し,新たな薬剤開発や新規技術実用化までの期間の大幅な短縮と効率的開発の実現を目指します。


*1 ミレニアム・プロジェクト

 人類の直面する課題にこたえ,新しい産業を産み出す大胆な技術革新に取り組むこととして,平成11年12月に内閣総理大臣が決定した計画(http://www.kantei.go.jp/jp/mille/)。


*2 データベース

 大量の情報を集め,いつでも検索できるようにしたもの。

{3}発生・分化・再生科学研究の推進

 発生・分化・再生領域の研究は,個体が創られていくプログラムや生物が個体として総合的に機能するルールといった高次の生命現象が生み出される基本メカニズムの解明やその応用につながるものです。このため,文部科学省では,理化学研究所発生・再生科学総合研究センターにおいて,ミレニアム・プロジェクトの一環として,生物の発生・分化・再生の基本メカニズムを解明し,先進的な再生医療の実現に資するための研究を実施するとともに,未来開拓学術研究推進事業により,大学などにおける研究についても重点的な推進を図っています。また,平成15年度からは,経済活性化のための研究開発プロジェクトの一つとして「再生医療の実現化プロジェクト」を開始し,再生医療の実現に必要な幹細胞利用技術を世界に先駆けて確立することを目指しています。

{4}脳科学研究の推進

 脳の機能の解明は,神経・精神疾患に関する医療や福祉の面での貢献,脳の情報メカニズムを応用した新技術の創出,教育などの分野への貢献など多くの可能性を秘めており,文部科学省では,「脳に関する研究開発についての長期的な考え方(平成9年5月科学技術会議ライフサイエンス部会脳科学委員会)」などを踏まえ,理化学研究所の脳科学総合研究センターにおける脳に関する総合的な研究を推進しています。また,科学研究費補助金により,大学などにおける研究の重点的な推進を図るとともに,科学技術振興機構においては,教育などに貢献することを目指した脳の研究が行われています。

{5}がん関連研究の推進

 がんは,我が国の死亡原因の第1位であり,年間約30万人ががんにより死亡しています。また,大腸がんなど欧米型のがんは増加傾向にあり,今後,更に有効な対策がとられない限りがんの死亡者数は更に増加すると言われています。

 文部科学省では,従来から,「がん克服新10か年戦略」として,がんの本態解明やその研究成果を生かした新しい予防法・診断法・治療法の開発を進めており,放射線医学総合研究所における難治性がんに対する画期的な治療法として期待されている重粒子線がん治療装置の臨床試験や,科学研究費補助金により大学などにおける研究の重点的な推進を図ってきました。また,平成15年7月には,文部科学大臣と厚生労働大臣の合意により,16年度からの新たな10か年戦略である「第3次対がん10か年総合戦略」を策定し,更なるがん研究などの推進を図ります。

{6}免疫・アレルギー・感染症研究の推進

 免疫・アレルギー疾患は,国民の3分の1が悩む疾病です。21世紀における我が国の高齢化社会の医療的基盤の高度化に資することなどを目指し,文部科学省は,平成13年度に理化学研究所に免疫アレルギー科学総合研究センターを設置し,免疫のシステムの基礎的・総合的解明を推進しています。また,大学などにおける本分野の研究を推進するとともに,科学研究費補助金により大学などにおける研究の重点的な推進を図っています。

{7}植物科学研究の推進

 ゲノム科学の発展に伴い,植物ゲノムの構造・機能解析も進展しつつあり,これらの成果を基に植物機能をコントロールすることにより,食生活の向上などに資する植物を開発することが期待されています。文部科学省では,理化学研究所植物科学研究センターにおいて,ミレニアム・プロジェクトの一環として,環境問題に資する植物や高機能作物などの開発に資する研究を推進しています。また,未来開拓学術研究推進事業により植物遺伝子研究の重点的な推進を図っているほか,大学などにおける本分野の研究を推進しています。

{8}生物遺伝資源(バイオリソース)の戦略的な収集・開発・提供体制の整備

 バイオリソースは,遺伝資源の保存のみならず,新たな研究領域の活動を拓く上で重要なものです。文部科学省では,平成14年度より,実験動植物(マウスなど)や各種幹細胞,各種生物の遺伝子材料などのバイオリソースのうち,国が戦略的に整備することが重要なものについて,体系的に収集,保存,提供などを行うための体制を整備することを目的として,「ナショナルバイオリソースプロジェクト」を実施しています。

{9}先端研究成果の実用化の促進等

 文部科学省では,平成14年度より開始した「21世紀型革新的先端ライフサイエンス技術開発プロジェクト」において,大学などにおける基礎研究成果を臨床に適切に結び付けるなどの橋渡し研究開発(トランスレーショナルリサーチ)を推進するとともに,我が国の先端解析技術開発や異分野融合研究などを推進しています。また,トランスレーショナルリサーチについては,地域との共同により,情報ネットワーク整備のための事業を進めています。

{10}新たな先端分野の研究推進

 糖鎖は,ゲノムやタンパク質と並び,生命を担う重要な分子として世界的に認識が高まっています。細胞認識や感染症・炎症の原因,がん転移などに大きな役割を有している糖鎖の働きを解明することは,人々の健康維持や諸々のライフサイエンス産業と密接につながっています。このため,文部科学省では,平成14年度より「糖鎖機能を活用した新産業育成支援プロジェクト」を開始しました。また,総合科学技術会議の指摘事項を踏まえ,2年間の試験的研究である「21世紀型革新的先端ライフサイエンス技術開発プロジェクト」の一環として,糖鎖機能解明とデータベースの構築を進めています。


(3) 生命倫理・安全に関する取組

{1}生命倫理に関する問題への取組

 平成9年に発表されたクローン羊「ドリー」の誕生は,人のクローン個体が作り出される可能性など生命倫理の問題についての議論を巻き起こしました。我が国では,人のクローン個体などを産生することを禁止した「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」が12年12月に公布されました。また,個体の産生に至らない人クローン胚などの取扱いに関しても,同法に基づく「特定胚の取扱いに関する指針」により,人クローン胚の作成や利用を当分は行わないこととするなど,厳しく規制しています。ヒト受精胚や人クローン胚などの取扱いについては,同法の規定などに基づき,総合科学技術会議において,ヒト受精胚の取扱いの在り方に関する検討が行われているところです。さらに,国連においては,人クローン個体産生を禁止するための国際条約に関する検討が行われており,我が国は早期締結に向けて積極的に取り組んでいます。

 ヒトES細胞(胚性幹細胞)は,ほぼ無限に増殖でき,どのような細胞にも分化する可能性を持つため,再生医療などへの応用が期待されています。一方で,生命の萌芽であるヒト受精胚を壊して樹立(作成)するという倫理的な問題があります。このため,文部科学省では,平成13年9月に策定した「ヒトES細胞の樹立及び使用に関する指針」に基づき,特定胚及びヒトES細胞研究専門委員会の審査を経て,研究計画の指針への適合性の確認などを行っており,15年8月までに樹立計画1件と使用計画8件を確認しました。また,15年8月には,我が国で初めてヒトES細胞の樹立が報告されました。

 さらに,ヒトゲノム研究や疫学研究 については,研究対象者の人権の保護やインフォームド・コンセント(十分な説明を受けた上での同意),情報の適切な管理などが必要となります。このため,「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」と「疫学研究に関する倫理指針」を関係省と共同で策定し,運用しています。

{2}ライフサイエンスにおける安全性の確保

 文部科学省では,ライフサイエンスの基盤技術の一つである遺伝子組換え技術について,その安全性を確保するため「組換えDNA実験指針」を策定し,運用しています。一方,遺伝子組換え生物等の生物多様性への悪影響を防止することを目的とした「生物多様性条約カルタヘナ議定書」(2000年1月採択)を締結するため,「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」が平成15年6月に成立・公布されました。15年9月現在,法律の実施に関する基本的事項,拡散防止措置などを定める関係省令などの整備を進めています。

 また,遺伝子治療 *1 臨床研究の適切な実施を確保するため,「遺伝子治療臨床研究に関する指針」を関係省と共同で策定し,運用しています。

{3}生命倫理・安全部会について

 ライフサイエンスにおける生命倫理や安全性の問題について調査審議を行うため,文部科学省は,平成13年2月に科学技術・学術審議会の下に生命倫理・安全部会を設置し,これらの分野の重要事項について審議を行っています。各種指針などにより,機関内倫理審査委員会が研究計画の科学的正当性や倫理的妥当性を検討するなどの重要な役割を担うことが規定されていることなどを踏まえ,同部会において15年3月に「機関内倫理審査委員会の在り方について」を取りまとめ,関係機関に対し周知を図りました。また,同部会においては,ライフサイエンスに関する重要な施策についても,必要に応じて倫理上・安全上の観点から調査や審議を行っており,例えば,多くの人の遺伝情報を取り扱う研究計画である「個人の遺伝情報に応じた医療の実現プロジェクト」について,倫理的側面に関する審議を行いました。


* 疫学研究

 疾病の罹患をはじめ健康に関する事象の頻度や分布を調査し,その要因を明らかにする科学研究。


*1 遺伝子治療

 疾患の治療を目的として,遺伝子又は遺伝子を導入した細胞を人の体内に投与すること。


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