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第1部   21世紀の教育改革
  序章 戦後の教育改革を振り返って
第2節  経済・社会の発展と教育改革
2  日本の成長と教育



(1) 人的能力開発と後期中等教育の多様化

 昭和30年代半ばから,日本経済は復興から成長の段階へと進み,昭和36年3月の経済審議会答申は,経済成長における人材養成の意義を訴えました。科学技術の革新や経済の高度成長は,新たに多様な人的能力開発の需要を生み出しました。

 他方,国民の教育への熱意は,経済成長下で高等学校進学率の上昇へと向かいました。昭和29年に50%を超えた高等学校進学率は,「ベビーブーム」世代が高等学校に入学する時期に70%を超え,昭和49年には90%を超えました。

 このような中で,中央教育審議会は昭和41年10月,「後期中等教育の拡充整備について」答申し,高等学校等を「社会的要請を考慮して多様なものとする」ことを提言しました。

 また,昭和35年11月の国民所得倍増計画において,倍増計画期間(35年〜45年)内におよそ17万人の科学技術者不足が見込まれるとされたことを踏まえ,文部省では昭和36年度から理工系学生2万人の増募を実施し,実践的技術者養成のために昭和37年度から,高等専門学校制度を新たに発足させました。さらに,理工系大学院修士課程の増設を行い,その入学定員は昭和35〜45年間に約4倍となりました。


(2) 高等教育人口の拡大と私立大学

 経済の高度成長に伴って国民の所得水準も上昇し,伝統的な学歴偏重の傾向と相俟って,高等教育への進学希望は著しく高まりました。昭和40年以降「ベビー・ブーム」世代の大学・高等教育機関への入学者が急増し,昭和46年度には同一世代のほぼ4分の1が大学・短期大学に入学しました。

 この「大衆化」を支えたのが,私立大学でした。私立大学は,昭和30年に学生の60%を,昭和40年には70%を受け入れました。昭和45年度からは,新たに人件費を含む私立大学等に対する経常費助成が開始されました。

 また,このような状況の中で昭和40年代の大学紛争を経て,大学改革が教育上の大きな課題となりました。


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