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第1部   21世紀の教育改革
  序章 戦後の教育改革を振り返って
第1節  占領管理と教育改革
1  終戦から文教再建へ


 昭和20年8月15日,第二次世界大戦が終結し,我が国は米国軍を中心とする連合国軍の占領管理下に置かれました。


(1) 戦時教育施策の払拭

 占領管理に先立って,文部省は戦時教育施策の払拭(ふっしょく)に着手し,学徒動員局などを廃止するとともに,9月には「新日本建設の教育方針」を発表しました。

 他方,連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は,戦時中の軍国主義や極端な国家主義を排除するという厳しい方針で臨み,12月までに「修身,国史及ビ地理科ノ停止」などの「四大指令」を発しました。


(2) 米国教育使節団「報告書」

 GHQの要請により,昭和21年3月に来日した米国対日教育使節団は,我が国の教育改革のための「報告書」を作成しました。

 その内容は,米国民主主義教育思想を基調として,初等教育から教員養成を含む高等教育までの教育目標・学校体系・カリキュラムと教授方法,成人教育,地方教育行財政,言語改革などの,広範囲にわたるものでした。

 この「報告書」は戦後教育改革の「指針」として文部省の最初の教師用手引書である「新教育指針」とともに大きな役割を果たしました。


(3) 教育刷新委員会・教育刷新審議会の設置

 米国対日教育使節団「報告書」を受けて,我が国の教育改革の基本方針を調査審議するために,昭和21年8月,内閣直属の教育刷新委員会が設置され,同委員会と文部省,GHQ・CIE(民間情報教育局)の三者による連絡調整委員会が定期的に開催されました。なお,教育刷新委員会は24年に教育刷新審議会と改組・改称されました。

 教育刷新委員会・教育刷新審議会は,昭和21年12月に教育基本法や学制等に関する最初の建議を行ってから,26年11月に中央教育審議会についての建議を行ってその任務を終えるまでに,35の建議を内閣に提出しました。戦後日本の教育改革に関する基本法令や制度は,ほぼすべてここでの審議を経て実施されたものであり,我が国の戦後教育改革に果たした役割には極めて大きなものがありました。


(4) 日本国憲法の制定

 戦後の教育改革において最も重要な意義を持つものは,日本国憲法とこれに続く教育基本法の公布です。憲法改正準備は昭和20年秋から開始され,昭和21年11月には,日本国憲法が公布されました。

 この新憲法において国民の「教育を受ける権利」(26条)が初めて規定され,同時に教育立法における勅令主義に代わる法律主義が確立されました。


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