各章で紹介してきたように、AI技術の急速な発展と、専門家でなくても利用可能なインターフェースを用いたサービスの登場により、私たちの日常生活やビジネス、研究開発等における高度なAI技術の利活用可能性が広がってきており、科学技術・イノベーション自体にも変革がもたらされようとしています。
我が国では製造業やロボティクス等の分野で培ってきた強みを生かしつつ、AI分野の研究開発が大学や企業等で進められています。しかし、国際競争が激化する中、人材や研究資金、計算資源の確保といった課題も山積しています。
他の国・地域の状況をみると、例えば、米国は技術革新とベンチャーキャピタルのエコシステムの強みを、中国は大量のデータと国家主導の戦略的投資の強みを生かしながら、大学や民間企業での研究開発を加速しています。欧州は、個人のプライバシーやデータ保護に対する強い意識を背景に、規制面でのリーダーシップを発揮しています。
このような背景の中で、新時代を迎えたAIを生かして、国際競争力を強化し、我が国が目指す社会(Society 5.0)を実現していくためには、科学技術・イノベーション政策において、何が鍵になるでしょうか。
例えば、ロボティクスや自動車等の我が国が強みとする分野でのAIの活用も含めた最先端技術の開発や人材育成への持続的な投資、国内外のトップレベルの研究者間の連携の強化、倫理的、社会的な問題に対応するための枠組みの構築などが挙げられます。第4章で紹介したように「AI for Science」の取組が様々な研究分野で展開され始め、国際競争も加速している中、科学の新たなパラダイムシフトに挑戦する我が国の研究者や研究機関等を支援していくことも重要でしょう。
また、第1章で見てきたように、AI技術は、幾度もブームを繰り返しながら、進展してきていますが、特にこの数年での進展速度は、これまでになく非常に速いものとなっています。令和4年(2022年)4月に発表された「AI戦略2022」には生成AI技術の急速な進展を見通した取組等について言及はなく、官民の投資や取組、リスクへの対応を巡る議論が加速したのは、2022年(令和4年)11月のOpenAI社のChatGPTの公開等の動きが注目を集めた後の、翌年に入ってからでした。第4章で見てきた「AI for Science」の取組も含め、最先端科学技術の兆候や動向を敏感に捉え、リスクやインパクトを分析することも含めた、戦略性、柔軟性のあるガバナンス機能の強化の重要性が増してきているとも言えます。
第5章で見てきたように、公共部門や製造業をはじめ様々な業界・業種での高度なAI技術の利活用に向けた実証研究も始まっています。少子高齢化が進む中での生産性向上への寄与への期待とともに、雇用市場への影響等についても様々な分析がなされています。AIとの共生を真に実現するためには、AI技術に利用されるのではなくAI技術は活用するものであることや、AI技術の課題・限界について理解し、そして一人ひとりの多様な幸せを実現できる社会を目指して、AI技術を取り巻く環境や制度、文化等の変革を進めていくことも重要になるでしょう。
新たな時代に向け、AI技術によりもたらされようとしている科学技術・イノベーション自体の変革を、我が国が目指す社会の実現につなげていけるよう、イノベーションを追求し続けていくことが求められています。
科学技術・学術政策局研究開発戦略課