第4章 地域に密着した全国の高等専門学校による科学技術・イノベーション

 本章では、地域の課題解決に貢献するプレーヤーとして、高等専門学校とその取組を紹介します。高等専門学校は、その独自のカリキュラムやプロジェクトを通じて、地域産業の振興や人材育成に貢献するとともに、全国にネットワークを広げています。産学官連携による実践的教育は、次世代のスタートアップの創出にも効果を発揮しています。

第1節 高等専門学校(KOSEN)とは

 高等専門学校(KOSEN)は実践的・創造的技術者を養成することを目的とした高等教育機関で、日本全国には国公私立合わせて58校あり、約6万人の学生が学んでいます。高等学校と同じく、中学校を卒業した生徒が入学することができ、入学後は5年一貫(商船学科は5年6か月)で、一般科目と専門科目をバランス良く配置した教育課程により、技術者に必要な豊かな教養と体系的な専門知識を身に付けることができます。学んだことを応用する能力を身に付けるために、理論だけではなく実験・実習に重点が置かれ、卒業研究を通して、創造性を持った技術者の育成を目指しています。さらに、「ロボットコンテスト」、「プログラミングコンテスト」、「デザインコンペティション」、「体育大会」など、学生が日頃学んだ成果を競う全国大会などを通じて技術力に磨きをかけています。近年は、学生が日頃培った「ものづくりの技術」と「ディープラーニング」を活用した作品を制作し、その作品によって生み出される「事業性」を企業評価額で競うコンテストである全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト(DCON)が開催されています。DCONでは、本選出場チームに対する審査として、企業評価額及び投資額で作品の事業性の価値を数値化しており、令和2年、令和3年、令和4年の最優秀チームに対する企業評価額は、それぞれ5億円、6億円、10億円と増加傾向にあります。

 また、このような成果を活用しつつ、産業界等との共同研究、受託研究、技術相談や地域住民対象の公開講座などを通じて、地域活性化や地域からのイノベーションに貢献しています。卒業生に対する産業界からの評価は非常に高く、就職希望者に対する就職率や求人倍率も高い水準となっています。就職希望者の就職率はほぼ100%、就職者の約5割が製造業に就職するなど、我が国の経済産業を支える人材を輩出しています。また、5年間の本科卒業後に、大学3年次へ編入学することも可能であり、2年間の高等専門学校の専攻科を修了すると大学改革支援・学位授与機構の審査を経て「学士」の学位を得ることができます。

 海外でも「KOSEN」という言葉が認識され始め、国際社会から高い評価も受けています。その一例として、日本型高等専門学校の教育制度を本格的に導入したタイ王国初の高等専門学校(KOSEN─KMITL)が令和元年(2019年)5月に、2校目の高等専門学校(KOSEN KMUTT)が令和2年(2020年)6月にそれぞれ開校しています。日本の高等専門学校教員が派遣され、現地のタイ人教員への指導・研修を行うとともに、日本への学生受入れや教材作成などの支援も行っており、タイの産業を支える実践的で革新的な技術者の育成に貢献しています。加えて、国立高等専門学校機構は、モンゴル及びベトナムにおいて、現地の教育機関に対して管理運営のアドバイスや教育カリキュラム・教材の共同開発、教員研修等の支援を実施しています。

第2節 高専間ネットワークによる地域と連携した様々な取組

 高等専門学校は、主に機械系学科、材料系学科、電気・電子系学科、情報系学科、化学・生物系学科、建設系学科、建築系学科、商船系学科などの工学分野で学科が構成されており、構成は学校ごとに異なりますが、それぞれの地域で強みや特色を活(い)かした教育が行われています。全国の高専間ネットワークを活用した連携も進んでおり、例えば、令和3年にイプシロンロケット5号機により打ち上げられたKOSEN─1衛星は、高知工業高等専門学校を中心とした10の高等専門学校(高知工業高等専門学校、群馬工業高等専門学校、徳山工業高等専門学校、岐阜工業高等専門学校、香川高等専門学校、米子工業高等専門学校、新居浜工業高等専門学校、明石工業高等専門学校、鹿児島工業高等専門学校、苫小牧工業高等専門学校)の50人を超える学生が参加する高専間連携プロジェクトにより開発されたものです。

 令和2年度から、国立高等専門学校機構では「高専発!『Society 5.0型未来技術人財』育成事業」を実施しており、マテリアル、エネルギー・環境、防災・減災・防疫など10分野のそれぞれで、51の国立高等専門学校が1法人の傘下にあるという組織特性を最大限に活(い)かし、高等専門学校間で連携し、企業シーズを活用しつつ地域課題を解決する取組などを行っています。

 近年、半導体はデジタル化、脱炭素化、経済安全保障を支えるキーテクノロジーで、各国とも先端半導体の生産拠点を確保するためしのぎを削っており、我が国でも、国内投資拡大に向けた支援の一環として、熊本に台湾の世界的半導体メーカーであるTSMCの工場が誘致されています。この誘致により10年間で4兆円を超える経済効果と7,000人を超える雇用を生むと試算されており、地方の活性化に大きく貢献することが期待されています。このような半導体を取り巻く大きな流れと歩調を合わせるように、令和4年3月、「九州半導体人材育成等コンソーシアム」が設立されました。国立高等専門学校機構は同コンソーシアムと連携し、九州・沖縄地区9高等専門学校を中心に、全国の学生が半導体に関する様々な知識・技術を習得できる体制構築に取り組んでいます。具体的には、熊本県の「熊本県半導体人材育成会議」に熊本高等専門学校、長崎県の「ながさき半導体ネットワーク」に佐世保工業高等専門学校、大分県の「大分県LSIクラスター形成推進会議」に大分工業高等専門学校がそれぞれ参画するなど、九州地域の公共団体、半導体関連企業・大学との連携を加速するとともに、全国でも「東北半導体・エレクトロニクスデザイン研究会」、「中部地域半導体人材育成等連絡協議会」、「中国地域半導体関連産業振興協議会」に国立高等専門学校機構が参画することで、オール高専における「半導体人材育成」を加速しています。高等専門学校の強みを活(い)かした実践的人材のみならず、大学や企業等と連携した研究開発志向のトップ人材の輩出を目指すとともに、開発された教育プログラムは九州地域だけでなく、遠隔講義やオンデマンドにより全国展開が図られています。

第3節 高等専門学校からのイノベーション

 新しい資本主義を実現する上で、日本の経済成長を促し、社会的な課題にアプローチして解決するためのスタートアップ育成は不可欠で、とりわけ、優れた技術力と柔軟なアイディアを有する若い人材に対して支援することが重要です。近年、学生が高等専門学校教育で培った「高い技術力」、「社会貢献へのモチベーション」、「自由な発想力」を活(い)かして起業する事例が出てきていますが、我が国のスタートアップ人材育成を加速するため、スタートアップ人材の育成に優位性がある高等専門学校において、学生が自由にプロダクトを開発し、実践的な活動にチャレンジできる起業家工房といわれる教育環境を整備するなど戦略的な取組を支援しています。

 このような取組を通じて、高等専門学校からは起業につながるアイディアが次々と生まれています。具体的には、東京工業高等専門学校の事例が挙げられます。令和2年に開催されたDCON2020本選に出場した東京工業高等専門学校のチームは、「:::doc(てんどっく)」という点字翻訳エンジンを提案し、最優秀賞・若手奨励賞を受賞しました。このシステムは、入力された画像データを独自開発のAIモデルで解析し、全自動で点字へと翻訳します。点字翻訳する必要のある文書を撮影した写真をアップロードするだけで、数秒後には結果が画面に表示されます。ディープラーニング等の手法を用いることで認識精度の向上や処理時間の高速化、要約文章の生成なども実現しています(第1-4-1図)

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 さらに、この技術を基盤として、DCONの参加メンバーによって令和3年にTAKAO AI株式会社が創業されました。社会における様々な情報アクセスへの壁を解決することを目的として、タブレットやスマートフォンで印刷物を撮影することで、全自動で点字ディスプレイに文書内容を出力するシステムを提供しています。また、TAKAO AIは、DCON Start Up応援一億円基金委員会から、第一号としての出資を受けています。

 他にも、幾つもの高専発スタートアップが生まれています。

 現在、病院や高齢者施設における健康状態の確認は、定期的な巡回による目視で行われていますが、少子高齢化により、病院や高齢者施設で働く人材不足が起こると予想されており、さらに高齢者は2040年頃をピークに増加することが見込まれています。このような問題を解決するため、香川高等専門学校のメンバーは、呼吸センサーによりバイタルデータ(呼吸数、心拍数)を測定し健康状態を把握、室内画像からディープラーニングを用いてプライバシーに配慮し、入院患者や高齢者の状態を把握する「NanShon 健康状態見守りシステム」を発案しました。この提案は、令和4年のDCONにおいて出場チーム中4位となり、文部科学大臣賞を受賞し、本提案が事業化した場合の企業評価額として7億5,000万円という評価を受けました(第1-4-2図)

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 また、長岡工業高等専門学校発スタートアップの株式会社IntegrAI(インテグライ)は、小型のカメラとAIを利用した「IntegrAIカメラ」を主力製品として令和2年7月に創設されました。起業のきっかけは、現在の代表取締役が学生とともに、DCON2019に出場し、METERAI(メテライ)というAIを使ってWEBカメラ映像からメータの針を読み取るシステムを開発し優勝したことです。METERAIの技術が、現在のIntegrAIカメラの技術のもととなっています。同社は、東京大学大学院工学系研究科松尾研究室からスピンアウトした、日本で初めてのディープラーニングに特化したベンチャーキャピタルである株式会社Deep30からも出資を受けています。

 IntegrAIカメラは、これまで人が定期的に若しくは昼夜を問わず計器の数値を読み取りしなければならなかった作業を代替します。大学、研究所、企業などにもいまだ多くのアナログ機器がありますが、アナログ機器の様々な形の目盛りを撮影し、AIを使ってデジタル化した上で監視することにより、工場などにおける機器の高精度での読取り、異常時のアラームなどその場に人がいなくても離れた場所で管理可能なDX化を推進します。この製品は、コロナワクチンの冷凍庫の温度管理のためのシステムや、宇宙航空研究開発機構(JAXA)のH3ロケットの燃料保管庫の温度計・湿度計を読み取るシステム等様々な用途に使われています(第1-4-3図)

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 北九州工業高等専門学校発スタートアップのKiQ Robotics(キックロボティクス)株式会社は樹脂でできた柔軟な指先の構造を再現することにより、これまで難しいとされていたロボットハンドの「ほどよい力」を実現しました。この「柔軟指」に作業前後の2枚の写真だけで作業を自動化できるソフトウェアを組み込んだロボットパッケージ「Quick Factory」の開発に成功するとともに、回収されたペットボトルなどから異物の含まれるものだけを取り除くAI技術も開発しています(第1-4-4図)

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 KiQ Roboticsの創設者の滝本隆さんは、設立当時北九州工業高等専門学校の准教授でしたが、その後、企業の経営に専念するとともに、新たに合同会社Next Technologyを立ち上げました。あるとき、地元企業の社長から、「家族から足が臭いと言われ、それを気持ちよく知らせてくれる装置があったらいいのにと思った」との話を聞き、それをきっかけににおいに反応して倒れこむ犬型ロボットを開発しました。さらにストレスをキャッチするとアロマを噴出させる製品も開発するなど、ユニークな製品を次々と生み出しています。滝本さんは地方公共団体や地元企業が抱える課題をテクノロジーで解決するため、様々なネットワークを通じて困難に直面している人たちの声に耳を傾けています。

 このように、高等専門学校は地域に根差し、地域ニーズに沿った高度な人材を育て、その強みや豊富なアイデアを活(い)かして地域の課題解決に取り組んでいます。また、政府としても、「高等専門学校スタートアップ教育環境整備事業」を令和4年度第2次補正予算に計上するなど、高専発スタートアップの創出も後押ししつつ、地域発のイノベーションに貢献しています。地域同士が地元の高等専門学校を軸にしたネットワークでつながり、相互の強みを活(い)かしあって、高等専門学校は地域イノベーションに欠かせない存在となっています。

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科学技術・学術政策局研究開発戦略課

(科学技術・学術政策局研究開発戦略課)