第3章 地域の特性や大学の強みを活(い)かした様々な科学技術・イノベーション

 近年、地域の特性を活(い)かした大学・産業、特定の分野において強みを持つ大学・産業が育ちつつあります。第3章では、地域の特性や大学の強みなどを活(い)かして革新的な技術開発に成功し、地方公共団体や産業界などとも連携しつつ、その地域に貢献している事例を紹介します。

第1節 青森県・弘前市・弘前大学のwell-being地域社会共創拠点等

 青森県は、厚生労働省「都道府県別生命表の概況」によれば、長きにわたり平均寿命が男女共に全国最下位(最短)であり、日本一の「短命県」の状況が継続しています。そして、青森県弘前市では、これまで、産学官金民一体の中で、青森県の最重要課題である「短命県の返上」を一大目標に健康づくりに取り組んできました。

 弘前大学では、平成17年度より「岩木健康増進プロジェクト」(第1-3-1図)と名付けた地域健康増進活動を展開し、その一環として毎年1,000人規模の弘前市民を対象とした大規模合同健康調査を実施しています。令和4年までの17年間で、延べ2万人程度の健康情報(健康ビッグデータ)を蓄積しており、この約3,000項目からなるビッグデータは、個人のゲノムから生理・生化学、生活活動、社会環境に至るまでの広範囲の内容を包含する網羅的なデータ構造を形作っています。このようなデータ構造、項目数・対象人数の多さは世界的にも類例がないものです。

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 弘前大学は平成25年に、文部科学省のCOI STREAMの全国拠点の1つに採択され、大規模住民健康調査を蓄積した「岩木健康ビッグデータ」を活用しつつ、産学官民連携体制を構築し、認知機能や水分量、内臓脂肪量や血中代謝物などの多種多様なデータから、認知症や生活習慣病など病気の予兆の発見方法や予防法を開発する研究とビジネス化に取り組んでいます。また、地域の市民の健康に対するリテラシーを向上させる様々な実践事例も展開しています(第1-3-2図)。地元の企業内における健康教育において、そうしたリテラシーの定着を図り、子供・学生・若者への健康力を向上させる取組も学校や地域の中で様々な形で行われています。このような取組を通じて、青森県の寿命に関するデータには様々な改善が見られており、特に平均寿命の延び幅においては、男性で3位、女性で25位という結果(平成22年~27年)となったとされています。

 こうした地域の課題解決は、生産額の増加や雇用の創出、医療費の抑制など、経済的にも大きな社会的インパクトをもたらすと見られており、地方創生に大きく寄与するものであるといえます。また、得られた知見や技術は、海外における同様の課題を有する国々の状況を改善する可能性もあり、本COIのモデルの世界多地域への展開も期待されるところです。

 また、弘前大学では、鮭の鼻の軟骨に含まれる成分であるプロテオグリカンを抽出する技術を開発し、同成分は「あおもりPG」として健康美容分野の関連商品などに利用されています。本成分はとても抽出が難しいものでしたが、青森の郷土料理である「氷頭(ひず)なます」にヒントを得て、食用酢酸とアルコールにより低価格で安全に抽出する技術開発に成功しました。本技術は産学官金の連携により、長期間にわたる支援や協力を得て達成されたものです。

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 青森県では、次世代を見据えた経済の更なる成長促進を目指し、令和3年3月に「青森ライフイノベーション戦略アクションプラン2021-2025」を策定しており、医療・健康・福祉といったライフ関連分野における産業振興に取り組んでいます。この戦略の重点分野の1つ「モノ・コト健康美容産業分野」では「あおもりPG」のブランド化・販路拡大支援に取り組んでいます。

第2節 岩見沢市・北海道大学の産学地域共創プロジェクト

 北海道の中西部に位置し、行政面積の42%を農地が占める岩見沢市は、急速に進む人口減少と少子高齢化が喫緊の課題となっていることなどから、農業をはじめとする「経済活性化対策」を掲げています。同市では、平成5年頃より教育、医療や農業等の幅広い分野でICTに関する施策を展開し、市内での雇用を創出するなどの効果を上げています。

 中でも、岩見沢市や関連企業と連携した北海道大学が文部科学省のCOI STREAMとして採択された「食と健康の達人」拠点では、平成27年より、ICTを活用して、プレママ(初めて妊娠した人)や乳幼児からお年寄りまで、全ての世代が健康で豊かな生活を送ることができる新たな地域づくりに取り組んでいます。具体的には、市民からアプリや病院等を経由して得た妊産婦の便・血液、臍帯(さいたい)血、母乳、乳幼児の便等を試料(ビッグデータ)として、母から子への影響を網羅的に解析する画期的な母子コホート研究(母子健康調査)を行いました。その後、腸内環境基盤研究により見いだした健康ものさし「αディフェンシン」を指標として、母子の健康に係る因子・原因を特定し、日本初の在宅・遠隔妊産婦健診や個々人に最適な食の宅配サービスを実現したところ、低出生体重児が大幅に減少しました(平成27年10.4%→平成29年6.3%)。北海道大学、株式会社日立製作所の試算によると、低出生体重児の割合が日本全体で4%削減されると、医療費削減効果、20年間の消費行動への効果、労働経済効果の合計は年間2,000億円程度に達すると推定されるとともに、将来の少子化対策につながることが期待されています(第1-3-3図)

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 また、道内の一次産業従事者は減少するとともに高齢化しており、生産の維持や労働力不足の解消が喫緊の課題となっています。そこで、岩見沢市は、平成25年から農業分野でのICT利活用を展開し、市内を50mメッシュ単位で気象観測が可能なサービスを展開しているほか、内閣府や農林水産省等の事業の下、ドローンやロボットトラクタの活用等について実証事業を進めています(第1-3-4図)。特に、無人農機分野では目覚ましい成果を上げており、平成30年度から遠隔監視制御による農機の無人走行システムの実証実験を開始し、農業における課題解決や生活環境の向上などを目指す「スマート・アグリシティ」の実現に向けて、北海道大学やNTTグループ(日本電信電話株式会社、東日本電信電話株式会社、株式会社NTTドコモ)と産学官連携協定を締結し、農業農村地域において無人農機が走行できるための無線基地局の導入や農地間を移動できる機器の社会実装を見据えた実証実験を推進しました。令和2年度からスマート農業実証プロジェクトによる取組を開始し、令和3年度からは、①実際の農地を利用し、5G技術を活用した遠隔監視・制御による同一農地内での複数台のスマート農機の無人作業の実施、②複数個所に配置した異種類スマート農機の統合的な遠隔監視・制御の実施、③農地間の農道(公道)の無人自動走行、④障害物などの回避に必要な遠隔操縦に関する実証等について取り組んでいます。実証実験の中では、完全無人作業とすることによって従来の有人作業と比較してトラクターの作業時間を40~50%程削減できることが示されるなど、その効果の大きさは国内外の注目を集めており、海外も含め様々な政策関係者が視察を実施しています。

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 このように、岩見沢市は農・食・健康施策を連動させながら「市民生活の質の向上」と「地域経済の活性化」に向けて取り組んでいます。

第3節 山形県における鶴岡サイエンスパークの取組

 山形県鶴岡市に位置する鶴岡サイエンスパーク(第1-3-5図)は、平成13年に設立された慶應義塾大学先端生命科学研究所を中心に発展してきました。山形県・鶴岡市・慶應義塾大学から成る3者協定に基づき、山形県と鶴岡市による手厚い行政支援の下、同研究所によって「統合システムバイオロジー」(最先端のバイオテクノロジーを駆使し、メタボローム(※1)などの生物データを網羅的に解析して得られる大量のデータを、ITを用いて理解する新しい生命科学)の研究などが展開され、そこから生まれたスタートアップ企業によって新しい技術と製品が日々生み出されています。鶴岡サイエンスパークには、先端生命科学研究所の教員や学生、企業の研究者など600人ほどが所属しており、その家族を合わせると鶴岡市の人口の約1%(1,200人程度)が鶴岡サイエンスパークの関係者になっています。

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 鶴岡サイエンスパークでは、平成19年に大学発スタートアップとして設立されたSpiber株式会社(微生物による発酵(ブリューイング)プロセスを用いた構造タンパク質素材「Brewed ProteinTM(ブリュード・プロテインTM)」を開発)をはじめとして、第1-3-6表のように、特色ある技術を活(い)かした数多くのスタートアップ企業が、地方にありながらも次々と生まれています。中でもSpiber株式会社は、鶴岡市以外にもタイ王国に量産拠点となる工場を建設して稼働させたり、米国にも更に大規模な工場の立ち上げ準備を進めたりするなど、その構造タンパク質素材の普及による循環型社会の実現に向けた取組は、今や日本のみならず世界中からも注目を浴びています。

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 また、慶應義塾大学先端生命科学研究所では、地元の高校生を、放課後に研究の手伝いをする「研究助手」としてアルバイト採用したり、自身のテーマを持って研究活動を行う「特別研究生」として受け入れたりと、地域と連携したユニークな教育事業が展開されています。こうした取組は10年以上も前に開始され、当時の高校生が慶應義塾大学総合政策学部・環境情報学部及び同大学院政策・メディア研究科(神奈川県藤沢市)などに進学し、卒業・修了後に再び鶴岡市へ戻って就職するといった事例も現在では見られ始めています。さらに、生命科学を学ぶ全国の高校生が鶴岡市へ一挙に集い研究発表を行うイベントとして「高校生バイオサミットin鶴岡」を開催し、地域の活性化にも貢献しています。鶴岡サイエンスパークで過ごす時間が、将来の研究者・技術者・経営者に対し、研究、起業、パートナーシップ形成など様々な面で鶴岡市への定住が選択肢になり得ることを示し、それによる相乗効果の発生が期待されています。

第4節 熊本県等における半導体産業強化のための大学・地域の連携

 数十億以上の電子部品のつながりを一枚の基板の上に実装した半導体集積回路は、2050年までに二酸化炭素の排出量を実質ゼロにすることを目指す「カーボンニュートラル2050」の実現や、今後の更なるデジタル社会への発展のために重要な基盤技術となります。半導体市場の長期的な拡大が見込まれる中、政府は、台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング・カンパニー(TSMC)とソニー株式会社、株式会社デンソーが合弁で熊本県に設立したジャパン・アドバンスト・セミコンダクター・マニュファクチャリング株式会社への支援をはじめ、半導体産業基盤の強化に向けた取組を進めています。また、次世代半導体集積回路の国際競争も転換期を迎えており、今後はこれまでのように回路を小さく作り込んで集積度を高めるといった二次元的な微細化技術とは全く異なる、新しい軸での研究開発が重要視されています。

 こうした状況の中、熊本県の「半導体産業の強化及びユーザー産業を含めた新たな産業エコシステムの形成」プロジェクトが、産学官連携による地域の中核的な産業の創出・振興と、特定分野に強みを持つ大学づくりとを一体的に行う取組に対して国が支援する「地方大学・地域産業創生交付金」(内閣府)に採択され、熊本県が半導体産業の分野で強みを持つ前工程・半導体製造装置の開発(半導体の回路を形成するまでの工程)における産学での共同研究を強化しながら、複数のチップを積み重ねて集積回路の性能を高める三次元積層実装技術を用いた半導体の、国内初の量産化を目指しています。加えて、半導体ユーザー産業との連携により新産業が創出されるという新たなエコシステムの形成に取り組んでいます。

 また政府は、我が国半導体産業基盤の強化のため、人材育成・確保に向けた取組も推進しています。産業界、教育機関、行政の個々の取組に加えて、産学官が連携しながら、地域単位での取組を進めるべく、令和4年3月には全国に先駆けて、ジャパン・アドバンスト・セミコンダクター・マニュファクチャリング株式会社、九州大学や熊本大学、熊本高等専門学校など76機関が参画する「九州半導体人材育成等コンソーシアム」が設立されました。これに続き、同年6月にはキオクシア岩手株式会社、東北大学、一関高等専門学校など71機関が参画する「東北半導体・エレクトロニクスデザイン研究会」、10月にはマイクロンメモリジャパン株式会社、広島大学、呉高等専門学校など95機関が参画する「中国地域半導体関連産業振興協議会」、令和5年3月にはキオクシア株式会社、名古屋大学、岐阜高等専門学校など25機関が参画する「中部地域半導体人材育成等連絡協議会」がこれまでに設立されています。さらに今後は関東・北海道地域でも設立予定であり、取組は全国各地に展開されています。

 次世代半導体集積回路の創生に向けては、「次世代X-nics半導体創生拠点形成事業」を実施し、東京大学、東北大学、東京工業大学の3つの拠点を新規に立ち上げ、豊橋技術科学大学や広島大学など国内有数の試作ラインを持つ大学等とも連携し、新たな切り口による研究開発と将来の半導体産業を牽引(けんいん)する人材の育成を進めています(第1-3-7図)

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第5節 東北大学におけるリサーチコンプレックスの形成

 令和6年度に次世代放射光施設ナノテラス(NanoTerasu)(※2)が稼働予定です。ナノテラスは、量子科学技術研究開発機構と地域パートナー(※3)における我が国初の官民地域パートナーシップにより整備が進められており、軟X線領域に強みを持ち、国内既存施設の約100倍の明るさの放射光を生成できるなど世界最高水準の施設です。その活用分野は多岐にわたっており、脱炭素社会の実現や感染症対策といった社会課題の解決にも貢献する施設として、物質科学や生命科学、農産物開発や科学捜査など様々な分野において学術研究から産業化開発までの利用が期待されています。ナノテラスを産学官の幅広い研究者等の利用に供するため、「特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律の一部を改正する法律案」を令和5年2月、国会に提出しました。その後、5月に全会一致で可決・成立し、ナノテラスは特定先端大型研究施設のうち特定放射光施設として法律上位置付けられることとなりました。

 官民による放射光施設の整備は世界的にも挑戦的な取組であり、整備段階から民間企業・大学・研究機関の投資を呼び込んでいます。

 あわせて、東北大学では、青葉山新キャンパスにおいて約4万m2の産学官金の共創の場、「サイエンスパーク」の整備を進めており、国内外の産学官の研究グループを積極的に誘致し、異分野融合により優れた研究成果の創出や社会課題の解決、そして新たな社会価値の創造を行う「創造のプラットフォーム」の構築を目指した取組が進められています。具体的には、東北大学が有する最先端の共用研究設備・機器の利用や国際放射光イノベーション・スマート研究センターやグリーンクロステック研究センター(※4)との共同研究及び社会実装に向けた取組の実施、大学関係者との交流・連携の機会の提供など、ナノテラスを核とした社会共創が挙げられます。さらに、令和6年度には、企業が研究開発で使用できるレンタルラボを備えた施設「青葉山ユニバース(仮称)」が新設され、大学発スタートアップ企業や民間企業などがナノテラスで得られたデータや研究成果を用いて活躍することが期待されています(第1-3-8図)

 地方公共団体である仙台市は、ナノテラス周辺に研究開発拠点や関連企業が集積するリサーチコンプレックスの形成を目指して、研究開発企業や企業の立地・集積を促進する活動とともに、地元企業等を対象として既存放射光施設を活用した多種多様な研究開発の好事例の紹介等により、ナノテラスの産業利用可能性の認識を広めるための活動を実施しています。

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第6節 海外展開を視野に入れた様々な取組

(1)信州大学等によるアクア・イノベーション拠点の形成

 国際連合児童基金(UNICEF)などによると、現在、世界で管理された安全な飲料水を利用できない人々は22億人とされており、また、多くの地域で工業用水や農業用水などが不足しているといわれています。砂漠化の影響や開発途上国を中心とした人口増加、経済成長などで、水資源を取り巻く環境はますます悪化しています。河川水等の淡水資源に恵まれない地域では、海水から塩分を取り除くことで淡水をつくり、都市用水、工業用水として使用していますが、現在の淡水化設備は高い圧力をかける逆浸透膜技術が主流で、大量の電力を必要とします。造水コストは淡水1トン当たり約1ドルと算定されており、海水淡水化の国際会議では開発途上国でも利用できるようにこのコストを半減することが目標とされています。また、塩分を除去するための逆浸透膜に汚れが付着して目詰まりしやすい構造となっていることなども課題となっています。

 こういった問題解決に向けて一石を投じたのが、信州大学の遠藤守信特別栄誉教授が株式会社日立製作所、東レ株式会社、株式会社レゾナック・ホールディングス、理化学研究所、長野県などとの強固な産学官連携で開発したナノカーボンを利用した逆浸透膜です。信州大学はもともと特にナノカーボンや繊維技術に優位性を持っていましたが、これを発展させたナノカーボン技術を強みとして逆浸透膜を開発しました。新開発の逆浸透膜は膜表面に汚れが溜(た)まりにくい構造となっているため、従来膜に比べて、装置の耐久性が向上して、運用コストを10~15%低減できるとされています。この膜技術は、海水淡水化事業の持続可能性能力の向上を目指すサウジアラビア政府の目に留まり、令和5年3月、同国の海水淡水化公社(SWCC)と信州大学との間で技術協力に関して基本合意がなされ(MOU(※5)の締結)、海水淡水化に関わる広範な分野の研究開発・教育事業での連携を強めています。さらに、この膜技術を横展開し、飲料水に課題を抱える諸国で有用な極超低圧駆動のRO膜浄水器として応用推進を図っているところです(NSFインターナショナルのANSI58の認証取得)。

 ナノカーボンの浄水装置の量産に向けて、信州大学では長野県との連携により、多くの地元企業の参画を促し、パーツの製造や全体の組み立て、新規応用開拓などを分担することで地域の産業の活性化に貢献し、この装置が“made in 信州”の製品として日本国内のみならず、水問題を抱える国や地域を中心に世界に飛躍していくことを目指しています。地元企業からは、工業用水処理や食品製造、さらに冷却効率の向上等を目的にナノカーボン逆浸透膜を用いた空調機の共同開発等の提案も多々寄せられ、先進膜技術が地場産業にも浸透しつつあります。

 こうしたナノカーボン膜技術を中心とする「アクア・イノベーション拠点」は、平成25年に文部科学省のCOI STREAMに採択されました。現在、水道水を直接飲める国は世界で約10か国しかないといわれていますが、この拠点では世界中の人々がいつでも安全・安心で十分な水を入手できる社会に向けて、海水、汚染した表層水などの水源から飲料水、さらには工業用水、農業用水、また島しょ国の生活用水の造水技術も提案しています。加えて、重要性の高まる半導体産業向けの超純水製造や、その排水から再び超純水を製造する膜技術を企業と共同開発し、世界に貢献する革新的な「造水・水循環システム」の構築を目指しています(第1-3-9図、第1-3-10図)

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(2)名古屋大学発スタートアップによる自動運転技術の開発

 株式会社ティアフォーは、名古屋大学で開発された世界発のオープンソースの自動運転OS「Autoware」(※6)の開発を主導し、様々な組織・個人が自動運転技術の発展に貢献できるエコシステムの構築を目指しています。同社は平成27年12月に、当時名古屋大学准教授であった加藤真平氏(現在、同社代表取締役社長CEO兼CTO、東京大学特任准教授)らによって創業されました。現在は、自動運転の商用化に向け、システム・車両開発及びプラットフォーム事業を展開しています。「Autoware」の特徴は、交通量の多い市街地でも自分の位置や、車両や歩行者、車線、信号など周囲の環境を認識でき、3次元での位置推定や地図、経路生成などが可能なことです。世界各地で本ソフトウェアを使用した自動運転技術、自動運転車の開発が進められており、令和5年2月現在、20か国、500社以上で採用されています。

 同社では、「特定の車両や自動運転キットの構成に縛られない」という「Autoware」の特徴を活(い)かして、様々な車両を開発してきました。たとえば、同社とヤマハ発動機株式会社との合弁会社である株式会社eve autonomyでは、市販のゴルフカーをベースとした自動物流搬送車両「eve auto」を実用化しています。「eve auto」は、工場や倉庫など公道を除く幅広い環境において、自動運転時には最高時速10km/hで利用されています。また、近距離の旅客移動用として同社が開発した試験用EVバス「GSM8」(最高時速19km/h)は、日本の各地において公道での実証実験を続けています。近距離旅客移動(いわゆるラストワンマイル)は、ドライバー不足や地域交通維持といった社会課題解決に向けて自動運転が早期に実装されることが見込まれています。

 さらに、同社は、公益社団法人自動車技術会が主催する「自動運転AIチャレンジ」への協賛を通じて自動運転エンジニアの養成にも力を注ぐとともに、自動車教習所と連携しAIと自動運転技術を活用したAI教習システムを共同開発するなど、様々な角度から、自動運転に関わる社会の発展に目を向けた活動を行っています。今後も自動運転技術の発展に貢献するため、研究開発に力を注ぎ、より高度な自動運転車両やシステムの開発を進めていくことが同社に期待されています。

 愛知県では、県内の市町村等と自動運転システムに関係する企業・大学等が参画する「あいち自動運転推進コンソーシアム」が設置され、オール愛知による自動運転の社会実装を目指した活動が行われています。

 本コンソーシアムでは、名古屋大学をはじめとした4大学のほか、株式会社ティアフォーを含む関連企業が多数参画し、企業・大学等と市町村とのマッチング等により県内各所における自動運転の実証実験が行われています。

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第7節 その他の様々な取組

 そのほかにも様々な取組が各地に見られます。

 沖縄科学技術大学院大学(OIST)では、世界最先端の研究のみならず、研究から生まれたアイデアを商業化に結び付け、将来の雇用の基盤となるようなイノベーション・エコシステムを沖縄で実現することを目指しており、国内外からスタートアップや海外起業家を呼び寄せ、学内のインキュベーション施設「イノベーションスクエア・インキュベーター」で事業化をサポートしています。インド人起業家により設立されたOIST発スタートアップEF Polymer株式会社は、食品を製造する際の廃棄物から吸水性の有機ポリマーを開発しました。同ポリマーは高い保水効果の一方、半年で土壌に溶け込むため土の栄養分となるのみならず、処分費用も不要となるなどコストの低減にもつながります。国内のみならずインドでも販売するとともに、干ばつに苦しむ地域への展開も図っています。このほか、OISTでは、海ブドウ、シークワーサーなどのゲノム解析により、生育が早く、病気に強い種の系統の特定などを行うとともに、肥満防止に役立つデンプンを含む米の開発など、地元に密着した研究開発も推進しています。

 広島大学の統合移転を契機に誕生した広島県東広島市には外国大学の日本校も含めれば5つの大学が立地し、学術研究機能の集積や、産業・都市・生活基盤・高速交通網などの整備を進めてきました。しかし、集中投下してきた投資が一段落し、大学を核とした技術移転によるイノベーションの創出も必ずしも当初の構想どおりには進まず、人材の市外流出も課題となるなど、今一度、50年後・100年後を見据えた、新たなまちづくりが必要となっていました。そこで令和元年度、東広島市は広島大学と共に、地域(Town)と大学(Gown)双方の密接な連携により地域課題を解決する「Town&Gown構想」を立ち上げました。これは、東広島市と広島大学が持続可能な未来のビジョンを共有し、市の行政資源と大学の教育・研究資源を融合しながら科学技術・イノベーションを活用することで地方創生を実現するとともに、持続的な地域の発展と大学の進化を目指すものです。具体的には、広島大学の学生・教職員を仮想市民、キャンパスを仮想市街地とみなして、大学とその周辺を実証・実装の場としたスマートシティを構築していくこととしています。例えば、企業が留学生や住民のための多言語コミュニケーション基盤の社会実装に向けた実験を行うことなどが予定されています。このような産学官連携の研究開発によって、住民・来訪者が住みやすい新たな社会像が見いだされていくことが期待されています。

 地域から起こるイノベーションは、これらの取組に限られるわけではなく、全国津々浦々で様々な形の新たな動きが見られます。こうした地域が持つそれぞれの強みを産学官連携によって強力に推進していくことで大都市圏に依存しない、国内外に広く波及する技術開発のエコシステムの実現が可能になります。このような動きを加速させるためにも、大学、産業界、地方公共団体、政府が一体となって取り組んでいく必要があります。


  • ※1 生物の細胞や組織内に存在するタンパク質や酵素が作り出す代謝物質の総称
  • ※2 正式名称は3GeV高輝度放射光施設。NanoTerasuは愛称である。
  • ※3 (一財)光科学イノベーションセンターを代表機関とした、宮城県、仙台市、東北大学、(一社)東北経済連合会の5者
  • ※4 令和5年1月1日、グリーン未来創造機構の下に設置。グリーン分野関連企業との産学共創を通じ、ナノテラスなどの最先端施設により取得される各種ビッグデータの分析・利用に基づく研究の推進並びに当該研究の成果の社会実装に関する企画及び立案を行い、Society 5.0の実現に向けて取り組む研究組織
  • ※5 Memorandum of Understanding
  • ※6 The Autoware Foundationの登録商標

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科学技術・学術政策局研究開発戦略課

(科学技術・学術政策局研究開発戦略課)