第2章 地域の大規模な科学技術・イノベーション拠点

 我が国の科学技術・イノベーション拠点の中には、地域主導で、独自の産業・技術といった特色を活(い)かして関連する産業界や人材を集積させて拠点を形成している場合があり、このような拠点では自らを軸にして地域活性化に大きく貢献しています。ここでは、主な事例を2つ紹介します。

第1節 オープンイノベーション都市かわさき

 川崎市では「川崎市総合計画」に掲げるまちづくりの基本目標である「力強い産業都市づくり」の実現に向けて、「かわさき産業振興プラン」に基づく産業振興施策を推進しています。同市は「かわさき新産業創造センター(KBIC)」等のインキュベーション施設を有するほか、市内に550以上の研究開発機関が集積しています。特に、川崎市殿町地区では、ライフサイエンス・環境分野における世界最高水準の研究開発から新産業を創出する「殿町国際戦略拠点キングスカイフロント」が形成され、多摩川スカイブリッジにより多摩川対岸の羽田空港と直結する好立地や、研究開発機関の集積を活(い)かし、産業振興・イノベーションを推進する基盤が整えられてきました(第1-2-1図)

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 このキングスカイフロントには、アンダーワンルーフに産学官が集い、オープンイノベーションを加速させる拠点である「ナノ医療イノベーションセンター(iCONM)」があります。iCONMは、文部科学省のCOI STREAMに公益財団法人川崎市産業振興財団を中核機関として採択された「スマートライフケア社会への変革を先導するものづくりオープンイノベーション拠点(COINS)」の実働拠点です。COINSでは、「いつでもどこでも誰もが心身や経済的負担がなく、社会的負荷の大きい疾患から解放されることで自律的に健康になっていく社会」を掲げ、全ての医療機能が人体内に集約化される「体内病院」の構築を目指しています。具体的には、体内を24時間巡回し、病気の予兆を見つけ、治療を行い、体外に情報を直ちに知らせるスマートナノマシンの開発を行うというものです。この実現に向け、世界最先端のナノ医療を研究する大学や企業など30以上の機関が結集し、産学官の壁を越えた融合研究を進めました。社会実装の担い手として設立した10社のスタートアップを介して、ナノマシンによって体内に潜むがん幹細胞を叩くことによる難治がんの抜本治療や、微小チップによって在宅時でも健康状態のモニタリングを行う採血不要のポータブル予防診断等の実現可能性を検証しています(第1-2-2図)

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 また、新川崎地区では、令和3年に日本初のゲート型商用量子コンピュータ(第1-2-3図)が「新川崎・創造のもり」に設置されたことを契機として、令和4年に、量子分野の最先端の研究に取り組む大学・企業等とともに推進するプロジェクトが文部科学省の「共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)」に採択されました。ゲート型とは、用途を特化しない汎用型の量子コンピュータの主流の方式です。ここでは、量子コンピュータを使いたい企業と大学が手を組んで共同研究を進める体制を、東京大学や慶應義塾大学が中心となって整えています。量子技術に関わるヒト・知識・情報が集い交わる産学官の共創拠点「量子イノベーションパーク」の実現により、我が国における量子コンピューティングのエコシステムの構築を目指しています。

 さらに、量子分野の産業化を牽引(けんいん)する次世代の人材を川崎から輩出することを目的に、産学官が連携した量子技術分野の次世代人材育成(市内高校生を対象とした「量子ネイティブ人材育成プログラム」等)にも取り組んでいます。

 このように、川崎市では産学官の垣根を越え、研究開発施設及び人材を集積させたオープンイノベーションの拠点形成が進展しています。

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第2節 神戸医療産業都市

 神戸市は、平成7年1月17日に発生した阪神・淡路大震災で大きな被害を受けた神戸の経済を立て直すため、平成10年、震災復興事業として「神戸医療産業都市構想」に着手しました。

 雇用の確保と経済の活性化、先端医療技術の提供による市民福祉の向上、アジア諸国の医療水準の向上による国際貢献を目的として、産学官医の連携の下、神戸市にある人工島「ポートアイランド」に先端医療技術の研究開発拠点を整備し、21世紀の成長産業である医療関連産業の集積を図っています(第1-2-4図)

 構想開始から20年以上が経過し、多くの先端医療の研究機関や高度専門病院群、企業・大学の集積が進み、進出企業・団体数が362社(令和5年3月時点)、雇用者数が1万2,400人(令和4年3月時点)と、日本最大級のバイオメディカルクラスターに成長しています(第1-2-5図)

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 企業や団体が進出しやすい背景として、神戸医療産業都市におけるライフサイエンス分野のスタートアップに対する充実した支援があります。

 具体的には、全国からスタートアップを発掘・育成するアクセラレーションプログラムである「メドテックグランプリKOBE」を平成30年度より毎年開催し、デモデイの実施や事業会社等とマッチングを通じた事業化を支援しています。また、スタートアップの事業化を促進する補助金(神戸ライフサイエンスギャップファンド)、スタートアップのグローバル展開の支援を目的としたアクセラレータープログラム「Kansai Life Science Accelerator Program」など、幅広い支援メニューを設けています。

 神戸医療産業都市の成果の1つとして、株式会社メディカロイドが開発した国産手術支援ロボット「hinotori(ヒノトリ)TMサージカルロボットシステム」が挙げられます。この製品は、令和2年8月に内視鏡手術を支援するロボットとして泌尿器科領域で製造販売承認を取得しており、開発にも協力した神戸大学の神戸医療産業都市内に位置する医学部附属病院国際がん医療・研究センターにおいて、同年12月に1例目の手術が実施されました。それ以降も、使用症例を着実に増やしており、令和4年10月には消化器外科・婦人科への適応についても承認を得ました。現在、令和5年4月に神戸大学に設置された「大学院医学研究科医療創成工学専攻」を中心に、hinotoriを核とした先端医療機器の研究開発や医工融合人材の育成によって、オープンイノベーションを推進し、神戸医療産業都市における医療機器開発エコシステム形成を目指しており、産学官医連携の代表的な事例となっています。本件は神戸市が採択された「地方大学・地域産業創生交付金」(内閣府)の支援も受けています。

 また、神戸医療産業都市が位置するポートアイランドには、理化学研究所が開発した世界最高水準のスーパーコンピュータ「富岳(ふがく)」が設置されており(第2部第2章2❺参照)、新型コロナウイルス感染症対策に資する研究や、国民の安全・安心に資する研究など、幅広いシミュレーション支援が可能となっています。

 このように、神戸市による活動拠点の提供や、補助金を通じたスタートアップの支援、医療機関との連携を希望する企業・研究機関・大学等からの相談を医療機関へとつなぐ窓口の設置などを通して、神戸医療産業都市では産学官医によるイノベーションを強力に推進しており、世界初のⅰPS細胞移植手術や世界初の歯髄再生医療、手術支援ロボットの開発をはじめとする革新的な成果が生み出されています。

 震災復興事業をきっかけとして開始した神戸市の取組は、長い期間をかけて着実に発展し、今では高度な医療人材が集積し、こうした革新的な成果が生み出されるような独自のイノベーション拠点を形成することに成功しています(第1-2-6図)

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(※1)

 第1節のオープンイノベーション都市かわさきのような産業振興施策等により多くの研究開発機関が集積した拠点や、第2節の神戸医療産業都市のような震災をバネにした拠点の形成へ向けた取組は、いずれも地域主導の下、強力な産学官の連携によって結実させた事例と考えられます。科学技術・イノベーションにおいて、大学や研究機関に閉じることなく、アンダーワンルーフの下、企業や公共団体などのステークホルダーとも連携しつつ研究開発を進めることは、オープンイノベーションを実現する理想的な体系の1つといえます。

 こうした地域の優位性を活(い)かした地域主導の科学技術・イノベーションの拠点形成は今後も我が国の様々な場所で創出されていくことが期待されています。


  • ※1 図中のQRコードはこちら
    世界初のiPS細胞の移植手術を実現
    https://www.fbri-kobe.org/kbic/cases/cs009/
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    世界初の歯髄再生医療を実用化
    https://www.fbri-kobe.org/kbic/cases/cs010/
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    hinotoriTMサージカルロボットシステムの開発支援
    https://www.fbri-kobe.org/kbic/cases/cs001/
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科学技術・学術政策局研究開発戦略課

(科学技術・学術政策局研究開発戦略課)