第3章 研究力を支える人材育成・研究環境整備

 本章では、科学技術立国の実現に向けた取組のうち、大学の研究力強化に向けた新たな事業や、若手研究者支援や博士後期課程学生支援のための取組など、研究力を支える人材育成・研究環境整備に係る取組を紹介します。

第1節 大学の研究力強化に向けた新たな事業

 我が国の論文の7割以上は、大学が生産しており(第1-1-7図参照)研究力強化のためには、大学の機能強化が必要不可欠です。本節では、世界と伍(ご)するレベルの研究開発を行う大学、地域の中核大学や特定分野の強みを持つ大学の機能強化のための新たな事業を紹介します。

1 大学ファンドの創設

 2000年代前半からの論文指標の低下などに見られるように、世界における我が国の大学の研究力は、相対的に低下傾向にあります。その背景には、欧米の主要大学が、自ら数兆円規模のファンドを形成し、その運用益を活用して、研究基盤や若手研究者への投資を拡大していることが指摘されています。このような資金力の差を、各大学の力のみで直ちに解消することは困難であることから、今般、国の資金を活用して10兆円規模の大学ファンドを創設し、その運用益により、大学の研究基盤への長期的・安定的な支援を行うこととしました。

 大学は多様な知の結節点であり、我が国の成長とイノベーションの創出に当たって、大学の研究力を強化することは極めて重要です。大学ファンドの支援対象大学(国際卓越研究大学)が大学を中核としたイノベーション・エコシステムを構築するとともに、優秀な人材が世界中から集まり続ける世界の知の拠点となり、我が国の学術研究ネットワーク向上を牽引(けんいん)することが期待されます。

 一方、我が国全体の研究力強化には、大学ファンドによるトップレベルの研究大学への支援のみならず、その基盤となる優秀な研究者の育成も重要な課題です。このため、大学ファンドでは、全国の優秀な若手研究者への支援も実施することとしており、既に、大学ファンドによる支援に先駆ける形で、博士課程学生に対する経済的支援の抜本的な拡充にも取り組んでいるところです(第3章第1節2参照)。

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2 地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ

 日本全体の研究力を引き上げるためには、「知と人材の集積拠点」である地域の多様な大学の力を伸ばし、上位大学に続く層の厚みを形成するための施策が必要不可欠です。英国やドイツと比較しても、我が国は、上位大学に続く層の論文数が少ない状況です(第1-1-9図参照)。

 このため、1の10兆円規模の大学ファンドの創設に加え、地域の中核大学や特定分野に強みを持つ大学の機能を強化する支援策を「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ(総合振興パッケージ)」として、講じることとしています。「世界トップレベル研究拠点プログラム」(WPI)(第2章第2節5参照)や「共創の場形成支援プログラム」(第4章第1節2参照)などの関連施策や制度改革を通じ、意欲のある多様な大学が、それぞれの強みや特色を十分に発揮し、地域の経済社会の発展や国内外における課題の解決、また、特色ある研究の国際展開を図っていくことができるよう、支援を行います。

 今後、総合振興パッケージの改定を順次図りつつ、我が国全体の研究力向上に向けて、大学の強みや特色を伸ばす戦略的経営を後押しするなど、必要な支援を実施します。人材流動や共同研究の促進等を通じ、地域の中核大学や特定分野に強みを持つ大学が、世界と伍する研究大学とも互いに切磋琢磨(せっさたくま)できる関係を構築していきます。

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第2節 研究力を支える人材育成に関する施策の強化

 近年の論文指標低下の大きな要因は、安定したポストの減少を含め、若手研究者を取り巻く厳しい環境にあります。若手研究者が腰を据えて研究に取り組める環境の確保や、博士後期課程学生の処遇の向上等が喫緊の課題です。また、我が国は、他国に比べ、女性研究者割合が低く、研究力強化のためには、女性研究者の育成と活躍促進が重要です。

1 研究力強化・若手研究者支援総合パッケージ

 我が国の研究力が置かれている現状を打開し、総合的・抜本的に強化するため、「研究力強化・若手研究者支援総合パッケージ」を令和2年1月に策定しました。我が国の研究力強化に向けては、若手からトップ研究者に至るまで意欲ある研究者に、魅力ある研究環境を提供し、特に、未来に向けて安定した環境の下、挑戦的な研究に打ち込めるよう若手研究者への支援強化が重要です。そのため、本パッケージにおいては、「①若手の研究環境の抜本的強化、②研究・教育活動時間の十分な確保、③研究人材の多様なキャリアパスを実現し、④学生にとって魅力ある博士課程を作り上げることで、我が国の知識集約型価値創造システムを牽引(けんいん)し、社会全体から求められる研究者等を生み出す好循環を実現」することを目標として掲げています。

 本パッケージを受け、若手を中心とした独立前後の研究者に対し、野心的な研究構想に思い切って挑戦できる環境を長期的に提供するための「創発的研究支援事業」を令和元年度に創設し、推進しています。既存の枠組みにとらわれない自由で挑戦的・融合的な多様な研究を、研究者が研究に専念できる環境を所属機関と連携して確保しつつ、最長10年間にわたり長期的に支援します。

 あわせて、同パッケージの下、競争的研究費制度において、研究代表者が担っている業務のうち当該研究者の研究以外の業務の代行に係る経費について、直接経費からの支出を可能とする制度である「バイアウト制度」が令和2年度以降の新規公募から導入されています。学内における講義等の教育活動等やそれに付随する各種事務等業務を代行させることが可能になり、研究力向上のための研究者の研究時間が確保されることが期待されます。本パッケージを踏まえ、第6期基本計画においては、40歳未満の大学本務教員の数を2025年度までに1割増加し、将来的に、大学本務教員に占める40歳未満の教員の割合が3割以上となることを目指すといった数値目標が示されています。

コラム1-1 挑戦する“創発研究者”たち

 「創発的研究支援事業」は、若手を中心とした多様な研究者による自由で挑戦的な研究を、研究者が研究に専念できる環境を所属機関と連携して確保しつつ、長期的に支援する事業です。
 採択された“創発研究者”には、研究の第一線で活躍するプログラム・オフィサーのもと、研究者同士が互いに切磋琢磨(せっさたくま)し相互触発する「創発の場」等を通じ、活(い)き活(い)きと、自らの挑戦的な研究構想に取り組んでいただきます。
 本コラムでは、創発的研究支援事業の下で挑戦を続けている2名の“創発研究者”を紹介します。

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創発的研究支援事業HP
URL:https://www.jst.go.jp/souhatsu/
出典:科学技術振興機構

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畠山 淳 博士
熊本大学 発生医学研究所 助教
研究課題名:霊長類の大脳発達における外的要因の役割とその応用

 畠山博士は幼少期より、お母さんのおなかの中にいる赤ちゃんが、どうやってヒトとして生まれてくるのか、強く関心をもっていたそうです。これが畠山博士の「発生」への興味の原点で、後に大学で「脳」の発生についての研究に出会うこととなりました。
 畠山博士は、現在、ヒトの高度な知能の基盤となる脳の成り立ちに興味を持ち、霊長類脳の大型化と脳表面にある多数のシワの形成の仕組みの解明に取り組んでいます。霊長類研究は時間がかかりますが、創発研究者として、長期間、腰を据えた研究が可能となりました。近年、早産児や低出生体重児の出産が全体の約1割に上り、年々増加傾向にあります。医学の発達によって助かる命も増えましたが、早期に母胎から離されることが脳発達に影響を及ぼす場合もあります。ヒトの脳が出来上がるまでの発生過程を医学的に理解できれば、よりよく生きるための新生児医療に貢献することも期待されます。
 「人の脳の発生を理解したい」という長年の思いを叶(かな)えるべく、挑戦を続けている畠山博士のモチベーションは、研究対象への強い興味だそうです。畠山博士は、「好きなことを見つけたら、目標や夢に向かって努力し、巡ってきたチャンスをつかんでほしい」と学生にメッセージを述べられています。

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伊藤 勇太 博士 東京大学 大学院情報学環 特任准教授
研究課題名:光線場変調による人の現実世界認識の拡張

 伊藤博士は、幼い頃から数多くのSF作品を見る中で科学に関心を持ったそうです。修士課程に進学する前に放送されていた拡張現実感(AR(※1))を題材にしたアニメに影響を受けたことが、ARを研究テーマにするきっかけとなりました。修士課程では、ARの研究で有名な先生が在籍するミュンヘン工科大学への交換留学を決意し、博士号もその先生の指導のもと、ドイツで取得しました。
 現在は戦略的創造研究推進事業「さきがけ」(※2)におけるAR研究の成果を、創発研究者として更に発展させる提案に取り組んでいます。AR映像を見られる技術の開発が世界で進んでいますが、まだまだスマートフォンのように普及した技術には至っていません。伊藤博士は、どこでも誰でも自在にARが体験できる世界を目指し、離れた場所から目元に映像を正確に投影する「ビーミングディスプレイ」、個人の視力に合わせて光を変調させることができるメガネ、バーチャルと物質空間に相互作用を生む新しいARインタラクション、といった基盤研究に挑戦しています。AR技術が更に進歩すれば、情報世界が現実世界にシームレスに統合された社会が生まれるかもしれません。
 また伊藤博士は研究者として、運とタイミングをつかむために種をまくことが大切だと考えています。自分が面白いと感じたらまず試してみること、それを評価してくれる人との出会いを大切にすることが、充実した研究人生につながると述べられています。

2 博士後期課程学生の処遇向上とキャリアパスの拡大

 第6期基本計画では、「2025年度までに、生活費相当額を受給する博士後期課程学生を従来の3倍に増加(修士課程からの進学者数の約7割に相当)」などの目標が定められました。これに基づき、令和3年度から新たに「次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)」及び「科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業」により、優秀で志のある博士後期課程学生が研究に専念するための経済的支援(生活費相当額及び研究費)及び博士人材が産業界等を含め幅広く活躍するためのキャリアパス整備(企業での研究インターンシップ等)を一体として行う大学を支援する取組を開始しました。これにより、「特別研究員(DC)事業」等の既存の支援施策と合わせて合計約15,000人規模の博士後期課程学生への支援の実現が見込まれており、令和4年度は支援人数を更に約1,000人拡充する予定です。

 加えて、研究プロジェクト等にリサーチアシスタント(RA)として従事する博士課程学生への適切な処遇の促進や、博士課程学生のキャリアパス拡大と大学院段階における産学共同教育の充実を目的とする企業と連携した長期・有給のジョブ型研究インターンシップの推進等に取り組んでいます。

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3 Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ

 第6期基本計画において、政策の3本柱の1つとして掲げられた「一人ひとりの多様な幸せと課題への挑戦を実現する教育・人材育成」を推進していくため、総合科学技術・イノベーション会議に中央教育審議会及び産業構造審議会の委員の参画を得て、「教育・人材育成ワーキンググループ」が設置されました。8回にわたり議論を行い、「Society 5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」を策定しました。

 本パッケージは、社会構造の変化の中で、これからは人と違う特性や興味を持っていることが新しい価値創造・イノベーションの源泉であるという共通認識をベースに、①子供の特性を重視した学びの「時間」と「空間」の多様化、②探究・STEAM(※3)教育を社会全体で支えるエコシステムの確立・特異な才能のある子供の「好き」や「夢中」を手放さない学びの実現、③文理分断からの脱却・理数系の学びに関するジェンダーギャップの解消の3本の政策と46の施策で構成されています。多様な主体が、子供たちの学びを支えるエコシステムを形成することで、次代を担う子供たちの学びを支えられるよう、政府全体として取り組んでいきます。

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4 科学技術・イノベーションを担う女性研究者の育成と活躍促進

 我が国の女性研究者の割合は年々増加してきていますが、他の主要国に比べるとまだまだ低い状況です(第1章第3節4参照)。我が国の研究力強化にとって、女性研究者の育成は重要な課題ですが、経済協力開発機構(OECD(※4))の調査では、令和元年(2019年)に大学などの高等教育機関に入学した学生のうち、STEM(※5)(科学・技術・工学・数学)分野に占める女性割合は、日本は加盟国中で最低となっています。女性研究者育成のためには、多くの女子中高生にSTEM分野に興味を持ってもらうことが重要です。こうした状況を踏まえ内閣総理大臣を議長とする「教育未来創造会議」から、令和4年5月に、理系分野の学部における女子学生枠確保に積極的に取り組む大学等に対して、財政的な支援を強化する等が書かれた提言が出されました。

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 科学技術振興機構では、「女子中高生の理系進路選択支援プログラム」を実施し、科学技術分野で活躍する女性研究者・技術者、女子学生などによる、女子中高生を対象とした交流会や実験教室、出前授業の実施などを通して、女子中高生の適切な理系進路選択を支援しています。平成21年から全国の大学や高等専門学校をはじめとする延べ100以上の機関で取組が実施されました。本プログラムに参加した女子中高生のアンケート結果より、女子中高生の進路選択には保護者や教員の与える影響が大きいこと、理系分野の知識や技術を活(い)かして働く女性のロールモデルが見えにくいことが理系進路選択の障壁の一つとなっていることが明らかになっています。

 こうしたアンケート結果も踏まえ、産学官が連携して、理工系分野での女性の活躍に関する社会一般の理解を醸成していくことが大切です。

コラム1-2 どうして物理や数学を専攻する女性が少ないの?

 日本は、世界の中でも理工系に進学する女性の割合が低くなっています(第1-3-7図参照)。東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の横山広美教授を中心とするJST-RISTEX科学技術イノベーション政策のための科学研究開発プログラム「多様なイノベーションを支える女子生徒数物系進学要因分析」プロジェクトでは、この要因を社会の女性規範等から解明するための研究を行っています。本研究にて、日本には、数学や物理学が男性向きというイメージが色濃く存在し、それは、卒業後の就職に対するイメージや、数学は男性の方ができるといった先入観(数学ステレオタイプ)に加え、男性・女性はこうあるべきという性役割についての社会風土が、女性の進路選択に影響を与えていることが分かりました。

◆みんなの意識~女子は看護学?男子は機械工学?~
 理工系を含む18分野について、一般男女を対象に性別による向き不向きのイメージを調べたところ、以下図のとおり、看護学、薬学、音楽、美術などは女性向き、機械工学、医学、数学、物理学などは男性向きというイメージが強いことが分かりました。

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◆数学、物理の能力は男性のもの?
 日本では特に女性が少ない数学や物理学の分野に必要とされる能力について調べたところ、日本では、ジェンダーによる能力差があるとは考えられていないものの、以下図のとおり、これらの能力は男性的だと考えられており、イングランドと比較してもその傾向が強いことが分かりました。

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◆就職に関する情報提供、数学ステレオタイプの解消に加えて、平等社会の意識醸成を
 今回の研究により、学問分野に女性向き・男性向きのイメージが色濃くあること、本人のみならず、親、社会風土と重層的に見えにくい意識のバイアス(偏り、思い込み)があることが確認されました。この結果は、女性の進路選択において、理系に進学した場合の就職に関する情報提供、数学ステレオタイプの解消のみならず、日本全体の意識醸成が重要であることを示唆しています。

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 本研究の詳細はこちら https://member.ipmu.jp/hiromi.yokoyama/ristex2017.html
 JST-RISTEX科学技術イノベーション政策のための科学研究開発プログラム「多様なイノベーションを支える女子生徒数物系進学要因分析」プロジェクト(研究代表者 横山 広美 東京大学教授)
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コラム1-3 女子大学初となる工学部の開設

 理工系、特に工学系の人材に占める女性の割合の低さは、世界的に大きな課題となっています。我が国の産業界では、ものづくりの現場が男性中心で、女性など多様な立場の人の目線に立った商品やアイデアが不足しているとの問題意識から、女性の工学系人材を求める声が高まっています。
 しかしながら、令和3年度の学校基本統計によれば、工学部学生の女性比率は15.7%にとどまり、依然として女性工学系人材が不足しています。男女バランスの良い環境が、研究開発の質を向上させることへの認識が高まり、「ジェンダード・イノベーション」という言葉も生まれ、インドやイスラエルのようなIT立国を目指す国々では女性エンジニアの育成に国を挙げて取り組んでいます。
 こうした中で、奈良女子大学は、令和4年度に、我が国の女子大学初となる工学部を開設しました。同学部のカリキュラムでは、工学を人と社会の視点から広く捉えるためにリベラルアーツ教育を重視しつつ、実践的な工学を探究するPBL演習を中核にしています。また、地元企業や研究所との連携により最新の技術や課題を学びながら、学生一人ひとりのキャリア形成に応じて科目を主体的に選択する履修制度も大きな特徴であり、これからの時代の変化に柔軟に対応できる人材を育てようとしています。さらに、我が国に2つしかない国立の女子大学の一つという特長を活(い)かして、女性にとって魅力ある工学はどうあるべきか、女性エンジニアの成長を高める方策は何かを探りながら、工学系人材に占める女性の割合を高めるための政策提言につなげていくことも使命としています。

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コラム1-4 「輝く女性研究者賞(ジュン アシダ賞)」

 日本の女性研究者の割合は諸外国と比較して17.5%(2021年)と低い現状となっています(第1-1-21図参照)。その状況を打開しようと、女性研究者が活躍できる研究環境の整備が様々なところで進められています。科学技術振興機構では2019年度より「輝く女性研究者賞(ジュン アシダ賞)」を創設しました。これは、女性研究者の活躍推進の一環として、持続的な社会と未来に貢献する優れた研究等を行っている女性研究者及びその活躍を推進している機関を表彰する制度です。本賞は、デザイナーの故芦田淳氏が設立した基金である芦田基金の協力によるもので、賞の名前の由来にもなっています。本コラムでは直近の受賞者2名の研究及び受賞理由を紹介するとともに、受賞者が研究者を志すきっかけ等を伺いました。

〇2021年度受賞 佐々田 槙子 博士

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東京大学 大学院数理科学研究科 数理科学専攻数理解析学講座 准教授
理化学研究所 革新知能統合研究センター(AIPセンター)
数理科学チーム 客員研究員

 佐々田博士は、一見、統計物理や確率論と無関係に映る代数学や幾何学理論を用い、原子や分子などで構成されるミクロの世界の法則から、温度や密度などの変化といったマクロな振る舞いを説明するための、新しい理論の構築を行っています。
 他方で、研究以外の社会貢献においても、ホームページ「数理女子」の開設や確率論の動画公開、講演会などのアウトリーチ活動を積極的に行っており、また、国際数学連合のCWM(Committee for Women in Mathematics)のアンバサダーを務めるなど、数理科学の魅力を女性に伝えるべく尽力しています。

<佐々田博士への御質問>
Q1. どういうきっかけで自然科学に興味を持つようになりましたか。
→A1. 幼少期から、論理パズルや面白い算数の問題が好きでした。わかった、という瞬間の爽快感に、特に魅力を感じていました。

Q2. 研究者を志すようになったのは、いつ頃からですか。何かきっかけはありましたか。
→A2. 父が研究者だった影響は大きいと思います。自分が子供の頃、友人たちの父親と違って夕食の時間に帰宅していたので、よい職業なのかなと漠然と思っていました。真剣に研究者になりたいと考えたのは、修士学生の頃、当時読んでいた専門書の著者の方に直接お会いする機会があり、数学の研究の魅力について熱く語っていただいたことがきっかけだと思います。

Q3. 研究者をやっていて面白いこと、大変なことは何ですか。
→A3. なんとなく浮かんでいたアイディアについて、ずっと考え続けているうちに、だんだんはっきりとした輪郭が見えてきて、あるとき本質が急に見える瞬間が、とても楽しいです。一見無関係に見える様々な現象や概念の間に、美しい繋がりを見つけた時、とても面白いと感じます。大変なことは、興味のあることが多すぎて、時間が足りないことです。

Q4. 現在取り組まれている研究内容を教えてください。
→A4. 小さな世界の動きを説明する法則から実際の世界の現象を導き出すための数学的な理論を、様々な視点を取り入れることで、より深く理解したいと研究をしています。

Q5. 研究者としての将来の夢を教えてください。
→A5. 自分自身が心から面白い、と思える研究をずっと続けていくことです。

Q6. 研究者を目指している子供や学生にメッセージをお願いします。
→A6. 研究や学問の喜びは、一握りの特別な人のものではありません。本気で胸が躍るテーマとの出会いが大切です。どこにそうした出会いがあるかはわからないので、いろいろなことに興味を持ち、また人との交流も大切にしてほしいと思います。

〇2020年度受賞 坂井 南美 博士

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理化学研究所 開拓研究本部 坂井星・惑星形成研究室 主任研究員

 坂井博士は、天文学と化学を融合した新たな分野の開拓により「太陽系のような環境は宇宙でどれほど普遍的に存在するのか」という天文学の根源的な問題に切り込み、多様な太陽系外惑星系の起源や、惑星系形成の解明につながる革新的な成果を挙げています。また、研究以外の社会貢献においても、講演、展示などのアウトリーチ活動のほか、女性研究者リーダーシップ開発プログラムの講師を務めるなど、女性活躍推進への貢献、後進育成について努力を惜しまず活動しています。

<坂井博士への御質問>
Q1. どういうきっかけで自然科学に興味を持つようになりましたか。
→A1. 小学生の頃の日々の自然体験がきっかけだと思います。具体的には、生き物の観察や木登り、枯葉での基地作りなど。

Q2. 研究者を志すようになったのは、いつ頃からですか。何かきっかけはありましたか。
→A2. 研究者という職が視野に入ったのは高校生の頃ですが、志すようになったのは大学2年生の時です。天文分野の教授とお話できる機会があり、興味があると伝えたところ、「天文の何が知りたいのか?」と聞かれ、具体的に何も調べていなかったため答えられませんでした。深く反省し、本格的に調べ始めたことが大きなきっかけです。

Q3. 研究者をやっていて面白いこと、大変なことは何ですか。
→A3. 面白いと思うことは、世界でまだ誰も知らない事実を自分だけが知っていることや、予想だにしなかった真実に時として直面することです。大変なことは、直接研究に関係すること以外の雑務が非常に多いことです。

Q4. 現在取り組まれている研究内容を教えてください。
→A4. 星間空間で作られている有機分子の存在量を、観測から正しく求めるにはどうしたらよいのか?ということについて、探求しています。どのくらいの量の有機分子が、惑星系が誕生する際に元々存在していたのかという問題の解明に重要な課題です。

Q5. 研究者としての将来の夢を教えてください。
→A5. 太陽系のように生命を育む惑星を持つ惑星系がこの宇宙で誕生するためには、どのような条件が必要なのか?という、私たちの起源と深く関係する問題の解決に1歩でも近づきたいと思っています。

Q6. 研究者を目指している子供や学生にメッセージをお願いします。
→A6. 漠然とした憧れを持っているだけの方も多いと思います。私がそうでした。そこから一歩でよいので、踏み出してみてください。とても面白いことに気がついたり、自分が本当は何に興味があるのかがわかったり、夢が具体的に近づいてきます。

5 URAや技術職員等のマネジメント人材の育成、支援、確保について

 大学及び公的研究機関において、研究活動全体のマネジメントを行うリサーチ・アドミニストレータ─(URA:University Research Administrator)への期待が高まっています。以前は、研究を行う研究者と、それを支える事務職員の連携により研究活動が行われてきましたが、近年では、大学に求められる社会的役割も増大し、様々な分野の関係者が共同して実施するプロジェクトや社会実装に向けた取組が必要とされ、研究の在り方自体も大きく変化しています。

 新型コロナウイルスの感染拡大や研究DX(※6)(第3章第3節参照)の推進の必要性等、大学等を取り巻く環境が大きく変化する中で、研究財源の多様化に伴う外部からの研究費の獲得、研究プロジェクトの企画立案、研究環境の整備、管理運営等のマネジメント業務、研究により生み出された知的財産の活用、契約・広報その他の業務といった多様な研究支援活動を効果的に実施していくことが不可欠になっており、大学及び公的研究機関が自らの強みを発揮するための研究支援を行うプロフェッショナルとしての活躍が進んでいるところです。

 平成23年度から「リサーチ・アドミニストレーターを育成・確保するシステムの整備事業」を開始し、大学等におけるURAの配置が進みました。平成25年度からの「研究大学強化促進事業」においては、選定された機関にURAの育成の取組も求められ、さらに制度が定着しました。現在では1,500人以上のURAが各機関になくてはならない存在として日本全国で活動しています。また令和3年度からは、URA等のマネジメント人材の育成と配置の更なる促進を目指し、新たにURAの質保証制度も開始しています。

 また、世界をリードしていく研究にとって最先端の研究設備・機器の活用や計画的な整備・運用の重要性がますます増加している中で、その持続的な整備と利用環境に関する維持・管理・運用に直接的に携わる人材としての技術職員の重要性が高まっています。技術職員は高度で専門的な知識・技術を有しており、研究者とともに課題解決を担うパートナーとしての能力や専門性を最大限活(い)かすため、研究設備・機器に関する経営戦略の策定への参加を含む幅広い貢献を図るとともに、技術職員の処遇改善・キャリアパスの拡充等、その活躍の場を広げていくことが期待されています。「研究設備・機器の共用推進に向けたガイドライン」(令和4年3月大学等における研究設備・機器の共用化のためのガイドライン等の策定に関する検討会)(第3章第3節参照)では、研究設備・機器を最大限活用するため、研究設備・機器とそれを支える人材を一体と捉えた整備・活用を促進すること等を求めています。

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第3節 研究環境整備に関する施策の強化

1 研究DXの推進

 新型コロナウイルス感染症を契機として、社会全体のデジタル化とともに、研究活動のデジタル・トランスフォーメーション(研究DX)の流れが加速しています。より付加価値の高い研究成果を創出するため、研究DXについて、ソフト・ハードの両面から取り組む必要があります。ソフト面として、研究プロセスで生まれるデータを戦略的に収集・共有・活用するとともに、ハード面として、研究施設・設備のリモート化・スマート化、さらに、次世代デジタルインフラの整備などに取り組んでいます。

(1)研究データの戦略的な収集・共有・活用

 ビッグデータ等の多様なデータの収集や分析が容易となる中、計算機を活用したシミュレーションやAIを活用したデータ駆動型研究(研究者が人力で特定した仮説を検証する従来の手法(仮説駆動型研究)とは異なり、大量のデータから自動的・統計的に仮説を生成し、解析・検証することで真理の探究を進める研究手法)が拡大しています。また、研究データを公開・共有することで、より付加価値の高い研究成果の創出を目指すオープンサイエンスの動きが世界的に活発になっています。

 こうした流れの中、我が国においてインパクトの高い研究成果を創出していくため、国立情報学研究所の研究データ基盤システム(NII Research Data Cloud)を研究データの管理・利活用の中核的なプラットフォームと位置付け、公的資金から生み出された研究データを戦略的に収集し、幅広く検索可能とする体制の構築を進めています。また、各研究分野においては、それぞれの分野の特性を生かしながら、高品質な研究データの収集と、戦略性を持ったデータ共有のためのデータプラットフォームの構築、人材の育成・確保に取り組み、さらに、データを効果的に活用した、先導的なAI・データ駆動型研究開発を推進しています。

(2)研究施設・設備のリモート化・スマート化

 距離や時間に縛られずに研究活動を遂行できるよう、大型共用施設から研究室までのあらゆる研究現場において、研究活動のリモート化、ロボット導入による実験の自動化、豊富な実験データに裏付けられた仮想空間での仮想実験などを実現するスマートラボ等の取組を推進しています。

(3)次世代デジタルインフラの整備

 全国的な研究DXを支えるインフラとして、SINET(※7)の構築を進めています。SINETは、日本全国の大学、研究機関などにおける教育研究活動を支える学術情報基盤として、国立情報学研究所が運用している、超高速・大容量の情報ネットワークです。教育研究に携わる数多くの人々のコミュニティ形成を支援し、大容量データを含む多岐にわたる学術情報の流通促進を図るため、47都道府県の950以上の大学や研究機関、さらには米国、欧州、アジアの各地域との超高速ネットワーク網を形成しています。これにより、遠く離れた国内外の研究機関との共同研究が可能となり、データ収集・共有などが実現し、研究開発の効率化と活性化に寄与しています。

 令和4年4月より、従来のSINET5を発展させたSINET6の運用が開始されています。SINET6では、接続速度が、従来の100Gbps(Giga bits per second)から世界最高水準の400Gbpsに増強されるとともに、国際回線の増強等が実現されています。

 また、AI・データ駆動型研究開発を支えるため、令和3年11月のスパコンランキングにおいて4部門で4期連続世界1位を獲得したスパコン「富岳」をはじめとした高性能・大規模な計算資源の整備・運営と、それらを徹底活用した更なる成果創出の加速に取り組んでいます。

コラム1-5 AI解析により40回程度の実験で「ネオジム磁石」のラボスケール(※8)での強さ(最大エネルギー積(※9))が解析前後で従来比約1.5倍へ向上

 世界の電力消費量の約50%を占めるモーターの効率化・省エネ化のために、電気自動車のモーターなどに使われる「永久磁石」の高性能化に期待が寄せられています。「永久磁石」の1つである強力な「ネオジム磁石」は、スマートフォン等の様々な電子機器や電気自動車などに使われています。物質・材料研究機構では、これまでも「ネオジム磁石」の研究開発を進めてきましたが、その作製プロセス条件は約6,600万通り(物質・材料研究機構での検討による条件数)もあり、従来の実験手法では性能向上に向けた網羅的な探索は不可能でした。そこで、データ駆動型の研究手法を活用し、AI解析により導き出された最適な作製条件に基づいて実験を進めることで、わずか40回程度の実験で「ネオジム磁石」の強さ(最大エネルギー積)を、AI解析を行う前と比較して約1.5倍向上させることに成功しました。本研究の成果は、電気自動車のモーターなどの超省エネ化につながり、カーボンニュートラル実現に貢献することが期待されます。

 このように、研究DXは、研究活動の単なるデジタル化ではなく、研究手法そのものの変革を目指しており、従来は膨大なパターンの実験を行う必要があった新材料の開発等においても、実験データやAIの活用により、研究開発サイクルの高速化が進みつつあります。また、これらは単なる研究プロセスの効率化にとどまらず、研究開発における材料探索範囲の劇的な拡大や、人の能力を超えた新たな科学的発見・理解につながっていくことが期待されています。

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2 研究機器の共用

(1)研究設備・機器の共用推進に向けたガイドライン

 大学や研究機関等における研究設備・機器は、あらゆる学術研究活動及び科学技術・イノベーション活動の原動力となる重要な資源であり、科学技術が広く社会に貢献する上で必要なものです。

 また、我が国の研究力強化、研究環境の改善には研究設備・機器の持続的な整備と、それらの運営の要として専門性を有する人材の持続的な確保・資質向上を図ることが不可欠であり、研究設備・機器とそれを支える人材は、多くの研究者とともにあればこそ、その能力が最大限に発揮されます。しかしながら、現状では、必ずしも潤沢な研究資金を持たない若手研究者などが、必要な研究設備・機器にアクセスできず、自由に研究を進められない実態があります。また、厳しい予算により研究設備・機器の新規導入や更新が困難な状況にもあります。高額な設備や基盤的経費で購入した設備については共用の取組が一定程度進展している一方、いまだに特定の研究室等に限って専用されている研究設備・機器も多い状況です。

 全ての研究者が、いつでも必要な知識や研究資源にアクセスでき、研究活動に支障を生じないようにするためには、研究設備・機器を戦略的・計画的に整備・更新し、かつ、それを支える人材とともに効果的・効率的な運用を行うことが重要です。特定の研究室等の限られた利用を前提としている研究設備・機器について、機関内の幅広い利用を可能とするとともに、機関の裁量によって機関外の第三者の利用も可能とする仕組みを構築し、経営戦略に基づく研究設備・機器の共用を含む戦略的なマネジメントを促進するために、令和4年3月、「研究設備・機器の共用推進に向けたガイドライン」が策定されました。本ガイドラインでは、以下の考え方が示されています。

<共用を進める機関としての意義やメリット>
〇多くの研究設備・機器が特定の研究室において管理・運用されている状況では、それぞれの機器の管理を各研究室の研究者が行うケースも多く、それにより研究時間が一定程度割かれる状況があります。共用化によって組織的な管理や体系的な保守・運用が可能となるため、研究者の研究時間の捻出につながります。
〇研究設備・機器を機関内外に共用することは、他分野の研究者との新たな共同研究の推進につながります。また、外部との共用は、産業界や地域・社会との共創を図る上でのハブとしての機能を果たすとともに、利用料金という形での外部資金獲得にもつながります。

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<共用システムの構成のポイント>
〇各機関が研究成果を最大化するためには、機関が有する研究設備・機器の最大限の活用が不可欠です。研究設備・機器を重要な経営資源と捉え、機関の経営戦略において、研究設備・機器を、それを支える人材とともに戦略的に活用するための、経営マインドの改革が求められます。
〇研究設備・機器の活用に向けて、研究設備・機器とそれを支える人材を一体と捉えた運用を実現するための、共用システム改革が求められます。役員、研究者、技術職員、事務職員、URA等の多様なプロフェッショナルが連携して共用推進に協働する「チーム共用」を推進し、機関全体の研究設備・機器マネジメントを担う「統括部局」を確立することが重要です。
〇研究設備・機器における様々な現状を分析し、経営戦略を踏まえた戦略的設備整備・運用計画の策定が重要です。設備の状況や利用実績、今後必要となる機器の利用ニーズ、運用のための財源などを把握・分析し、どのような研究設備・機器を整備・更新するか、廃棄・リユースするかなどを戦略的に判断することで、現在の資源の有効活用のみならず、将来の資源の有効活用につなげ、限りある資源の好循環を生み出すことが可能となります。
〇技術職員は、研究設備・機器の維持管理に関して高度で専門的な知識や技術を持ち、研究者とともに課題解決を担う重要なパートナーです。共用化により研究設備・機器を集約的に運用することで、特定の設備の管理にのみ関わるのではなく、横断的に活躍の場を広げ、技術職員がその能力や専門性を最大限生かすとともに、技能の向上を図ることが可能となります。
〇利用料金について見直すことも重要です。研究力強化の観点から必要としている研究者が利用できる料金設定がある一方で、運用の自立化の観点から研究設備・機器の維持管理費や運用に伴う消耗品費、支援に関する技術料などを適切に利用料金に設定することも考えられます。利用料金の設定にあたっては、必ずしも利益を上げる(儲ける)ことが目的ではなく、各機関における研究設備・機器の運営を、より持続的に維持・発展させていくにあたって必要なものとしてとらえることが重要です。

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(2)ナノテクノロジー・材料科学技術分野における取組

 ナノテクノロジーは、ナノ(10億分の1)メートルのオーダーで原子・分子を操作・制御する基盤技術であり、ナノサイズ特有の物質特性等を利用した新しい機能の発現により、科学技術の新たな領域を切り拓(ひら)くとともに、幅広い産業の技術革新を先導するものです。「ナノテクノロジープラットフォーム事業」(平成24年度~令和3年度)では、このナノテクノロジーに関する最先端設備を有する大学等研究機関による全国的な共用体制を構築(第1-3-11図参照)することで、産学の多様な利用者に、最先端設備の利用機会と高度な技術支援を提供してきました。

 本事業は、ナノテクノロジー・材料分野の研究開発に欠かせない研究基盤を形成し、特に大型の研究設備を自ら導入することが難しい大学等の若手研究者や民間企業へ貢献してきました。また、習熟スキルに応じた職能名称付与制度や表彰制度等を通じ、大学等研究機関で共用を支える技術支援人材の育成や、事業参画機関と利用企業との共同研究による技術開発を通じた産学官連携等の促進にも貢献しています。

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 また、令和3年度からは、「ナノテクノロジープラットフォーム事業」で構築した全国的な設備共用体制を基盤として、新たに「マテリアル先端リサーチインフラ(ARIM(※10))」を開始しています。本事業では、最先端装置の全国的共用、高度専門技術者による技術支援に加え、装置利用に伴い創出されるマテリアルデータ(※11)を、研究者が利活用しやすいよう構造化(※12)し、全国に提供する取組を進めています。

 さらに、マテリアルデータを創出する本事業に加え、データの統合・管理を行う「NIMSデータ中核拠点」、データの利活用により革新的な材料創生を目指す「データ創出・活用型マテリアル研究開発プロジェクト」が三位一体となった「マテリアルDXプラットフォーム」(第1-3-12図参照)の構築に取り組んでいます。全国の先端共用設備から創出されるマテリアルデータについて、全国的な利活用を可能とすることで、データ駆動型研究の全国的な推進に取り組んでいます。

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3 大型研究施設の整備

 科学技術活動全般を支える最先端の大型研究施設は、その整備・運用に多額の費用が必要ですが、基礎研究から産業技術の開発まで、幅広い分野の研究開発に活用されることで、その価値が最大限に発揮され、世界最高水準の研究開発成果の創出が期待されるものです。このため、大型研究施設の戦略的な整備やその共用の促進を、国が率先して行っていくことが必要不可欠です。

 ここでは、そのような大型研究施設の中でも、現在、整備が進んでいる次世代放射光施設(仮称)について説明します。

(1)次世代放射光施設(軟X線向け高輝度3GeV級放射光源)

 次世代放射光施設は、軽元素(水素やヘリウムなど原子量の小さい元素)を感度良く観察できる高輝度な軟X線(X線のうち、エネルギーの低い、波長の長い部分)を用いて、物質の構造解析だけでなく、物質の機能に影響を与える電子状態を可視化できる“巨大な顕微鏡”です。

 21世紀に入り、海外で、次世代型の放射光施設が相次いで建設されましたが、我が国には、軟X線領域での放射光施設は多くはなく、大きな性能差が生じています。次世代放射光施設は、この性能差を一気に逆転するものであり、我が国の研究開発の国際競争力を強化するものです。

 本施設は、「官民地域パートナーシップ」という新しい仕組み(量子科学技術研究開発機構、(一財)光科学イノベーションセンター、宮城県、仙台市、東北大学及び(一社)東北経済連合会が参画)によって、令和5年度の完成を目指して、整備が進められています。

 この施設により、今まで難しかったナノの領域の物質の機能解明が可能になります。その成果は、小型軽量・高出力で長寿命の電池材料の開発、高い変換効率を示す次世代太陽電池、省電力なパワーデバイスの開発、環境に優しいスマート材料の開発などの技術的ブレークスルーをもたらし、脱炭素社会の実現など、日本が直面する社会課題の解決に貢献します。

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Keyword 放射光とは

放射光とは、ほぼ光速で直進する電子が、その進行方向を磁石によって変えられた際に発生する光のこと。その光は非常に明るく、レーザーのように指向性が高く(光の方向や性質がそろっている)、ナノレベルの構造や機能等を可視化することが可能となる。

第4節 科学技術の国際展開の戦略的推進に向けた具体策

1 科学技術の国際展開の戦略的推進

 国際頭脳循環や国際共同研究といった科学技術の国際展開を推進することで、様々な可能性が広がります。日本から海外へ、そして海外から日本へ、研究者が国境を越えて協力し合えるように、様々な施策を推進しています。

(1)国際頭脳循環(アウトバウンド) ─研究者の派遣─

 米国等では、海外からの学生・若手研究者が、ポスドクやRA(リサーチ・アシスタント)・TA(ティーチング・アシスタント)などとして、研究者(PI(※13))に雇用される形で、給与を得ながら研究や博士号学位取得などの活動を行っています。このような状況に対応して、国際流動を促進するために、日本で従来行われているフェローシップ型(奨学金型)の中長期の海外派遣に加え、渡航先で給与を得ながら研究・学位取得を行う移籍型の「国際頭脳循環に参入する若手研究者の新たな流動モード」を促進します。

(2)国際頭脳循環(インバウンド) ─研究者の受入れ─

 世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)(第2章第2節5参照)により形成された国際的な研究拠点は、世界的にも高い評価を得ており、国内の先行事例として、大学内外にその経験を水平展開させることが期待されています。各拠点の取組の分析を通じて得られた、以下の「WPI拠点の国際化成功に共通的な5つのポイント」は、国際化を進めようとする大学や国立研究開発法人等の拠点にとって、どれも重要な取組であるといえます。これらのポイントを水平展開の基盤とすることで、大学や国立研究開発法人等の拠点における更なる国際化の取組を促します。

【WPI拠点の国際化成功に共通的な5つのポイント】

・英語による対応が可能な事務体制の整備

・一定数の外国人研究者の受け入れ(クリティカルミニマムの達成)

・研究現場のことを理解した“研究者出身”の事務部門長の配置

・学内各種制度の柔軟な運用を可能とするガバナンス体制の構築

・英語による生活・研究環境に係る情報提供等を含めた支援

(3)国際共同研究の推進

 科学技術力の強い相手国との国際共同研究は、研究者にとって有益な研究協力となり、大きな外交的効果も期待されます。

 例えば、EUの研究開発支援枠組みであるホライズン・ヨーロッパにおいて、7年間・955億ユーロの予算の大部分が3か国以上の国際共同公募による国際共同研究予算に充てられるなど、活発な国際共同研究が大規模に行われています。こうした海外との連携を一層強化していくため、国や資金配分機関、研究チーム同士の協力に基づき、各種研究開発事業において国際共同研究を強力に推進することが重要です。平成30年頃より、戦略的創造研究推進事業(新技術シーズ創出)のような国内向け研究プログラムにおいて国際共同研究を実施してきましたが、この取組を引き続き他事業でも進め、トップレベルの研究者との国際共同研究を推進します。また、令和3年度には科研費に「国際先導研究」を創設し、国際共同研究の強力な推進を図っています(第2章第2節3参照)。

(4)国際連携教育課程制度(ジョイント・ディグリー)の推進

 平成26年度に創設された国際連携教育課程制度(ジョイント・ディグリー)は、我が国の大学と外国の大学が連携して単一の共同の教育プログラムを開設し、学生が修了した際には、連携する当該複数の大学が共同で単一の学位を授与するものであり、これまでに、国内12大学26プログラムで実施されています。

 学生等が大学学部・大学院段階から国際的な素養を身に着けるためには、この制度の一層の活用を進めることが重要です。大学等の更なる参画を促すため、令和4年8月から、国際連携教育課程制度の設置認可要件の緩和、収容定員制限の撤廃、国内他大学等の参画(最低修得単位数の引き下げ)など、教育研究の質を担保しつつ、制度を改めることとなっています。

(5)博士課程学生支援における国際化への貢献

 第6期基本計画や「研究力強化・若手研究者支援総合パッケージ」(令和2年1月 総合科学技術・イノベーション会議)などを踏まえ、生活費相当額を受給する博士後期課程学生を倍増するなど経済的支援を抜本的に拡充するとともに、リサーチアシスタント(RA)の処遇改善に向けたガイドラインの策定などの取組を進めてきました。

 こうした博士課程学生への支援が、日本の優秀な博士後期課程学生の海外研鑽(けんさん)機会の充実や、海外留学生が学位取得・研究を行う上での日本の魅力の向上など、我が国の研究環境の国際化にも寄与することを期待しています。

2 大学等における留学生交流・国際交流の推進

 我が国のグローバル化を推進していく上で、大学等の国際化や日本人学生の海外留学及び外国人留学生の受入れを進めていくことは非常に重要となります。我が国では、留学生交流の推進やより質の高い国際流動性を実現するために、取組を進めているところです。

 国際流動性の質を高めていく上で、大学等の国際化に資するスーパーグローバル大学創成支援事業による大学改革の推進や、質保証を伴った連携・学生交流を戦略的に進める世界展開力強化事業による質の高い教育の実現などに取り組んでいます。

 また、日本人学生の海外への送り出しについては、「トビタテ!留学JAPAN」キャンペーンに基づき、日本学生支援機構による「海外留学支援制度」や官民協働の「トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム」といった海外留学の奨学金支援等によって社会総がかりで若者の海外留学を促進しています。新型コロナウイルス感染症の影響により、令和2年(2020年)には日本人学生の留学者が前年比の98.6%減となる1,487名となりましたが、2020年11月から日本学生支援機構による海外留学奨学金の支援再開等を段階的に進めており、引き続き、意欲と能力のある若者たちが留学の機会を得られるよう、海外留学を支援するとともに、若者の海外留学の機運醸成を促進します。

 さらに、外国人留学生の受入れについては、我が国と自国の架け橋となるような人材を育成するなど、教育のみならず外交上の観点でも重要であり、我が国では、留学の入口から出口まで一貫した支援を行い、受入れを促進してきました。例えば、国費外国人留学生制度では、日本と諸外国との国際交流を図り、相互の友好親善を促進するとともに、諸外国の人材養成に資することを目的として、我が国の大学等への留学を希望する外国人を募集し、選定された者に対して奨学金等を支給しています。本制度によって帰国後に母国の行政官や駐日大使として活躍したり、現地の大学の教員や学長となって我が国の大学との交流を深める人材等が多数輩出されており、我が国と海外との交流深化に貢献しています。一方で、外国人留学生の受入れにも新型コロナウイルス感染症に関する水際対策による入国制限の影響が出ており、外国人留学生の在籍者数はピークだった2019年の5月1日時点の31万2,214名から最新の2021年5月1日時点では24万2,444名となっています。今後は、留学生の受入れを進めつつ、我が国において質の高い教育を受けた優秀な外国人留学生の日本社会への定着度の向上や帰国した外国人留学生の親日派・知日派としての活用及びそのネットワーク強化による諸外国との友好関係の強化等、より出口に着目した受入れの質の視点に転換し、施策を推進します。

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  • ※1 Augmented Reality
  • ※2 戦略的創造研究推進事業「さきがけ」では、公募により若手を中心とした研究者が採択され、異分野の研究者ネットワークを形成しながら、未来のイノベーションの芽を育む個人型基礎研究を推進しています。
  • ※3 Science, Technology, Engineering, Art(s) and Mathematics
  • ※4 Organisation for Economic Co-operation and Development
  • ※5 Science, Technology, Engineering and Mathematics
  • ※6 Digital Transformation
  • ※7 Science Information NETwork
  • ※8 企業が生産工程で用いるような大型装置を用いて効率化された手法で作製するのではなく、小型装置を用いた基礎研究用途の範囲内での研究室等における小規模な系での実験。
  • ※9 永久磁石の性能を表す指標の一つ。単位体積当たりの磁石から取り出すことができる最大磁束量を示す値で、磁石としての強さを表します。
  • ※10 Advanced Research Infrastructure for Materials and Nanotechnology
  • ※11 材料に関するデータ。特に組織や特性、性能などのデータ。
  • ※12 データを解析可能な形に変換すること。
  • ※13 Principal Investigator

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科学技術・学術政策局研究開発戦略課

(科学技術・学術政策局研究開発戦略課)