第3章 経済・社会的課題への対応_第3節-第4節

第3節 地球規模課題への対応と世界の発展への貢献

 気候変動問題への対応は、世界にとっても、我が国にとっても喫緊の課題である。2016年(平成28年)11月に発効したパリ協定や「気候変動適応法」(平成30年6月13日法律第50号)等により、我が国においても温室効果ガス排出量の大幅な削減による気候変動の緩和及び適応に向けての取組の強化が必要となっている。

❶ 地球規模の気候変動への対応

(1)地球環境の観測技術の開発と継続的観測
ア 地球観測等の推進
 地球温暖化の状況等を把握するため、世界中の国や関係機関により、人工衛星による宇宙からの観測、地上や海洋からの観測等による様々な地球観測が実施されている。気候変動問題の解決に向けた全世界的な取組を一層効果的なものとするためには、国際的な連携により、それらの観測情報を結び付け、さらに統合解析を行うことで各国における政策決定等の基礎としてより有益な科学的知見を創り出すとともに、その観測データ及び科学的知見への各国・機関へのアクセスを容易にするシステムが重要である。「全球地球観測システム(GEOSS(※1))」は、このような複数のシステムから構成される国際的なシステムであり、その構築を推進する国際的な枠組みとして、地球観測に関する政府間会合(GEO(※2))が設立され、2021年(令和3年)3月時点で247の国及び国際機関等が参加している。我が国はGEOの執行委員国の一つとして主導的な役割を果たしている。

イ 人工衛星等による観測
 宇宙航空研究開発機構は、気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM-C(※3))、水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM-W(※4))、陸域観測技術衛星2号「だいち2号」(ALOS-2(※5))等の運用及び先進光学衛星(ALOS-3(※6))や先進レーダ衛星(ALOS-4(※7))等の研究開発などを行い、人工衛星を活用した地球観測の推進に取り組んでいる(第3章第4節参照)。
 環境省は、気候変動とその影響の解明に役立てるため、関係府省庁及び国内外の関係機関と連携して、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT(※8))や「いぶき2号」(GOSAT-2)による全球の二酸化炭素及びメタン等の観測技術の開発及び観測に加え、航空機・船舶・地上からの観測を継続的に実施している。GOSATは、気候変動対策の一層の推進に貢献することを目指して、二酸化炭素及びメタンの全球の濃度分布、月別及び地域別の排出・吸収量の推定を実現するとともに、平成21年の観測開始から二酸化炭素及びメタンの濃度がそれぞれ季節変動を経ながら年々上昇し続けている傾向を明らかにするなどの成果を上げている。また、人間活動により発生した温室効果ガスの排出源と排出量を特定できる可能性を示した。GOSAT-2はGOSATの観測対象である二酸化炭素やメタンの観測精度を高めるとともに、新たに一酸化炭素を観測対象として追加した。二酸化炭素は、工業活動や燃料消費等の人間活動だけでなく、森林や生物の活動によっても排出されている。一方、一酸化炭素は、人間の活動から排出されるものの、森林や生物活動からは排出されない。二酸化炭素と一酸化炭素を組み合わせて観測して解析することにより、「人為起源」の二酸化炭素の排出量の推定を目指している。後継機GOSAT-2は、平成30年10月に打ち上げられ、GOSATのミッションである全球の温室効果ガス濃度の観測を継承するほか、人為起源排出源の特定と排出量推計精度を向上するための新たな機能により、各国のパリ協定に基づく排出量報告の透明性向上への貢献を目指している。なお、令和元年度から水循環観測と温室効果ガス観測のミッションの継続と観測能力の更なる強化を目指してGCOM-Wの後継センサ高性能マイクロ波放射計3(AMSR3(※9))とGOSAT-2の後継センサ温室効果ガス観測センサ3型(TANSO-3(※10))を相乗り搭載する「温室効果ガス・水循環観測技術衛星」(GOSAT-GW(※11))の開発を進めている。

ウ 地上・海洋観測等
 近年、北極域の海氷の減少、世界的な海水温の上昇や海洋酸性化の進行、プラスチックごみによる海洋の汚染など、海洋環境が急速に変化している。海洋環境の変化を理解し、海洋や海洋資源の保全・持続可能な利用、地球環境変動の解明を実現するため、海洋研究開発機構は、漂流フロート、係留ブイや船舶による観測等を組み合わせ、統合的な海洋の観測網の構築を推進している。
 海洋研究開発機構と気象庁は、文部科学省等の関係機関と連携し、世界の海洋内部の詳細な変化を把握し、気候変動予測の精度向上につなげる高度海洋監視システム(アルゴ計画(※12))に参画している。アルゴ計画は、アルゴフロートを全世界の海洋に展開することによって、常時全海洋を観測するシステムを構築するものである。
 文部科学省は、地球環境変動を顕著に捉えることが可能な南極地域及び北極域における研究諸分野の調査・観測等を推進している。「南極地域観測事業」では、南極地域観測第Ⅸ期6か年計画(平成28年度~令和3年度)に基づき、南極地域における調査・観測等を実施している。
 北極域は、様々なメカニズムにより温暖化が最も顕著に進行している場所として知られている。一方で、夏季海氷融解により、我が国を含め様々な利用可能性が期待されている。これら全球的な気候変動への対応や北極域の持続的利用への貢献の両面において、基盤となる科学的知見の充実は不可欠である。
 このため、令和2年度より北極域研究推進プロジェクト(ArCS(※13))の後継事業として「北極域研究加速プロジェクト(ArCSⅡ(※14))」を開始。持続可能な社会の実現を目的として、北極の急激な環境変化が我が国を含む人間社会に与える影響を評価し、研究成果の社会実装を目指すとともに、北極における国際的なルール形成のための法政策的な対応の基礎となる科学的知見を国内外のステークホルダーに提供するため、国際共同研究等の取組を実施している。
 また、ArCSⅡの下、令和2年度(2020年度)は、国際連携による北極海広域観測 Synoptic Arctic Survey (SAS)の一環として、海洋地球研究船「みらい」により太平洋側北極海の観測を実施した。
 さらに、令和2年度は、観測空白域となっている海氷域の観測が可能な観測・研究プラットフォームである北極域研究船の基本設計を実施した。
 気象庁は、大気や海洋の温室効果ガス、エアロゾルや地上放射、オゾン層・紫外線の観測や解析を実施しているほか、船舶、アルゴフロートや衛星等による様々な観測データを収集・分析し、地球環境に関連した情報の提供を行っている。また、温室効果ガスの状況を把握するため、国内の3観測地点及び南極昭和基地において大気中の温室効果ガスの観測を行っているほか、海洋気象観測船による北西太平洋の洋上大気や海水中の温室効果ガスの観測及び航空機による上空の温室効果ガスの観測を行っている。これらを含めた地球温暖化に関する観測データは解析結果と共に公開している。さらに、国内の3観測地点及び南極昭和基地でオゾン層・紫外線の観測を行っている。

コラム2-7 温暖化が急速に進む北極域の観測強化に向けて~北極域研究船の建造が決定~

 北極域は、地球上で最も速いペースで温暖化が進行している。北極海の夏季海氷面積は、2012年に観測史上最小を記録し、2020年も観測史上2番目の小ささを記録するなど、過去35年で2/3程度となるまで急速に減少している。また、気温も、2020年6月にロシア・シベリア地方で北極圏での観測史上最高となる 38℃を記録するなど、各所で記録的な高温が発生している。このような未曾有(みぞう)の環境変動は、北極域の脆弱(ぜいじゃく)な生態系に深刻な影響を与えるおそれがあるだけでなく、全球的な気象・気候変動に影響を及ぼしかねず、北極のみならず地球規模での環境的、経済的、社会的な持続可能性に影響する可能性がある。
 これまで、海洋研究開発機構では、海洋地球研究船「みらい」によって、北極海の激変する姿(海氷減少、海の温暖化や淡水化、貧栄養化、酸性化など)を多項目・高精度な観測で捉えてきた。さらに、北極域の気象観測によって台風の進路予測が向上することや、海氷減少がもたらす北極温暖化と大陸寒冷化が日本の気候へ影響することといった、気候・気象に関する様々な発見に貢献してきた。
 こうした「みらい」の観測によって、北極海の観測データが日本を含めた全球的な気象・気候変動の影響把握のために必要であることが明らかになりつつあるものの、北極海は、未だに中緯度海域や南極海と比較して圧倒的に観測データ網が不十分な状態にある。加えて、北極海の観測は、船舶が主要な手段となっているにも関わらず、「みらい」は砕氷船ではないため、これまで我が国の船舶観測は夏季の一部海域に限られていた。
 上記のような状況を踏まえ、海洋研究開発機構は、平成29年度から令和2年度にかけ、砕氷能力を備えた北極域研究船の建造に向けた各種検討を実施してきた。検討の結果、必要とされた北極域研究船は、「みらい」と同等の観測が可能な設備と科学魚群探知機等の新たな設備を搭載し、海氷域における必要十分な砕氷・耐氷性能と通常海域を含む観測性能を両立する、これまでにない砕氷研究船である。令和3年度予算において北極域研究船の建造が措置された。今後、同船の建造を行い、5年程度で完成する予定である。
 同船は、北極海の海氷が融解し始める春季や結氷し始める秋季においても「みらい」では季節的に実施不可能であった多項目・高精度観測研究が可能となるほか、国際的な研究プラットフォームとして、諸外国との連携による観測プロジェクトを主導することも期待される。これらの観測研究を通じ、北極海の環境変化や、北極海以外との遠隔影響(テレコネクション)などを理解し、気候変動の予測や、近年大規模な災害をもたらす台風、豪雨、豪雪等の予測の高度化に貢献することが期待される。

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建造を開始する北極域研究船のイメージ図
資料:海洋研究開発機構

<参考>
北極海を航行する海洋地球研究船「みらい」(ArCSⅡ Webサイト)
https://www.nipr.ac.jp/arcs2/mirai2020/#video-aurora20201016別ウィンドウで開きます

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(2)スーパーコンピュータ等を活用した気候変動の予測技術等の高度化
 文部科学省は、「統合的気候モデル高度化研究プログラム」において、地球シミュレータ等のスーパーコンピュータを活用し、気候モデル等の開発を通じて気候変動の予測技術等を高度化することによって、気候変動対策に必要となる基盤的情報を創出するための研究開発を実施している。この成果を活用し、令和2年12月に最新の気候変動予測等の科学的知見をとりまとめた「日本の気候変動2020」(文部科学省 気象庁)(※15)を公表した。また、気候変動に関する科学的知見をまとめた「気候変動に関する政府間パネル(IPCC(※16))」の第5次評価報告書において、これまで文部科学省の事業で開発した気候モデルが世界で最も多く活用されるなど、国際的な貢献も果たしている。
 気象庁気象研究所は、エアロゾルが雲に与える効果、オゾンの変化や炭素循環なども表現できる温暖化予測地球システムモデルを構築し、気候変動に関する10年程度の近未来予測及びIPCCの排出シナリオに基づく長期予測を行っている。また、我が国特有の局地的な現象を表現できる分解能を持った精(せい)緻(ち)な雲解像地域気候モデルを開発して、領域温暖化予測を行っている。
 海洋研究開発機構は、大型計算機システムを駆使した最先端の予測モデルやシミュレーション技術の開発により、地球規模の環境変動が我が国に及ぼす影響を把握するとともに、気候変動問題の解決に海洋分野から貢献している。

(3)観測・予測データを統合した情報基盤の構築等
 文部科学省は、「地球環境情報プラットフォーム構築推進プログラム」において、地球環境ビッグデータ(観測情報・予測情報等)を蓄積・統合解析し、気候変動等の地球規模課題の解決に資する情報基盤として、「データ統合・解析システム(DIAS(※17))」を開発し、これまでに国内外の研究開発を支えつつ、台風等による洪水を予測するシステム等の成果を創出してきた。また、研究者や企業等国内外の多くのユーザーに長期的・安定的に利用されるための運営体制を構築するとともに、エネルギー、気象・気候、防災や農業等の社会的課題の解決に資する共通基盤技術の開発を推進している。
 情報通信研究機構は、国際学術会議(ISC(※18))が推進する「世界データシステム(WDS(※19))」計画に基づく世界最大規模の科学データプラットフォームの構築計画において、国際プログラムオフィス(IPO(※20))のホスト機関に選定されており、日本学術会議、国内外関連研究機関等と連携体制を構築し、地球観測データの解析等を可能とする世界規模の科学データプラットフォーム実現に資する論文及び論文で引用されるデータ間の参照関係分析技術等の研究開発を進めている。
 また、宇宙航空研究開発機構と共同で開発した超伝導サブミリ波リム放射サウンダ(SMILES(※21))で取得されたデータを解析することにより、新たな知見に基づく地球環境変動への警告を行うと共に、観測データの無償公開を令和2年度より開始した。また、温室効果ガス観測技術衛星GOSATをはじめとした地球環境観測データの独自な数理アルゴリズム解析を推進している。さらに、電波の伝わり方に影響を与える、太陽活動及び地球近傍の電磁環境の監視・予警報を配信するとともに、宇宙環境観測データの収集・管理・解析・公開を統合的に行っている。また、これらの観測技術及び論理モデルとAIを用いた予測技術を高度化する宇宙環境計測・予測技術の開発を進めている。
 気象庁は、船舶、アルゴフロート、衛星等による様々な観測データを収集・分析し、地球環境に関連した海洋変動の現状と今後の見通し等を「海洋の健康診断表」として取りまとめ、情報発信を行っている。

(4)二酸化炭素等の排出削減に向けた取組
 経済産業省は、二酸化炭素を資源として捉え、これを分離・回収し、鉱物化によりコンクリート、人工光合成等により化学品、メタネーション(※22)等により燃料へ再利用し、大気中への二酸化炭素排出を抑制するカーボンリサイクルの技術開発を推進するため、「カーボンリサイクル技術ロードマップ」を令和元年6月に策定し、ロードマップに沿ってバイオジェット燃料や二酸化炭素吸収型コンクリート、バイオマス由来化学品を生産するためのバイオ生産プロセス技術等の技術開発を進めている。
 また、二酸化炭素回収・利用・貯留(CCUS(※23))技術の実用化を目指し、二酸化炭素大規模発生源から分離・回収・輸送した二酸化炭素を利用・地中(地下1,000m以深)に貯留する一連のトータルシステムの実証及びコストの大幅低減や安全性向上に向けた技術開発を進めている。鉄鋼製造においては、製鉄プロセスにおける大幅な二酸化炭素排出削減、省エネ化を目指し、①水素還元活用プロセス技術(COURSE50)、②フェロコークス技術の開発を進めている。①については、水素を用いて鉄鉱石を還元するための技術開発及び製鉄プロセスにおける未利用排熱を用いた二酸化炭素の分離・回収のための技術開発を行っている。②については、低品位原料を有効活用して製造するコークス(フェロコークス)を用いて鉄鉱石の還元反応を低温化・高効率化するための技術開発を行っている。
 環境省は、石炭火力発電所の排ガスから二酸化炭素の大半を分離・回収する場合のコスト、発電効率の低下、環境影響等の評価に向けた日本初となる実用規模の二酸化炭素分離・回収設備の設計・建設や、我が国に適したCCS(※24)の円滑な導入手法の取りまとめ等を行っている。また、国内における二酸化炭素の貯留可能な地点の選定を目的として、経済産業省と環境省は共同で弾性波探査等の地質調査を実施している。さらに、平成30年度からは二酸化炭素回収・有効利用(CCU(※25))の実証事業を行っており、人工光合成やメタネーション等といった取組及びこれらのライフサイクルを通じた二酸化炭素削減効果の検証・評価を行っている。国土交通省は、国際海事機関(IMO(※26))において策定された、国際海運から2050年までに温室効果ガス(GHG(※27))総排出量を50%以上削減させ、最終的には今世紀中のなるべく早期にGHG排出ゼロを目指す等のGHG削減目標の達成に向け、令和2年11月には我が国の主導により新造船に対する世界共通の燃費規制強化(最大50%削減)、及び省エネ性能の高い新造船への代替を促進するための既存船に対する二酸化炭素削減の国際ルールを合意に導いた。また、環境省と連携し、実運航時における二酸化炭素排出削減の最大化を図るためのLNG燃料船のモデル実証事業を行った。
 海上・港湾・航空技術研究所は、船舶からの二酸化炭素排出量の大幅削減に向け、ゼロエミッションを目指した環境インパクトの大幅な低減と社会合理性を兼ね備えた環境規制の実現に資する基盤的技術に関する研究を行っている。
 また、国内外に広く適用可能なブルーカーボンの計測手法を確立することを目的に、大気と海水間のガス交換速度や海水と底生系間の炭素フロー等の定量化など、沿岸域における現地調査や実験を推進している。
 国土技術政策総合研究所は、温室効果ガス排出を抑制しエネルギー・資源を回収する下水処理技術や緑地等による都市環境改善効果に関する研究を行っている。

コラム2-8 カーボンニュートラル社会の実現に向けて電動航空機の研究開発が加速

 新型コロナウィルス感染症の影響を受けて航空需要は一時的に減少したが、長期的には増大傾向に戻ると予想されている。そのため、カーボンニュートラル社会の実現に向けて、航空機産業もより一層の二酸化炭素の排出低減を推し進める必要があり、低炭素燃料の導入に加えて、電力も使って推進する電動航空機の技術開発が鍵を握ると言われている。
 電動航空機の設計開発においては、これまでに宇宙航空研究開発機構や航空機産業が培った空力解析や構造解析、システム設計技術が重要技術であることに変わりはないが、高出力のモーターや大容量のバッテリーといった主要な構成要素ではあるものの航空機産業が十分な知見を有しない技術も重要になる。そのため、宇宙航空研究開発機構は電機産業をはじめとする関連産業を含む産学官の力を結集し電動航空機システムの開発を行う我が国発のプラットフォームとして、平成30年7月に国内企業や関係省等との連携の下、「航空機電動化(ECLAIR(※28))コンソーシアム」を発足させた。そのなかで「航空機電動化 将来ビジョン」を産学官共同で策定・共有し、それに基づく技術開発を進めている。将来ビジョンでは図1に示すように新型旅客機の想定導入年代ごとの燃費(エネルギー消費)削減目標を掲げている。
 ECLAIRコンソーシアム内の共同研究の一環として、2030年代の燃費削減目標に焦点を当てた機体コンセプトを検討している(図2)。主翼下のジェットエンジンと胴体尾部に配置した電動ファンの両方で推進力を生み出すハイブリッド推進システムを採用することにより、航空機の機体形状はできるだけ従来のままとし、開発に伴う技術的リスクを抑えることを狙っている。電動ファンは、ジェットエンジンで発電した電気で駆動し、胴体尾部で流れの遅い空気を吸い込み加速させる。これにより、従来のジェットエンジンより高効率で推進力を生み出すことができる。宇宙航空研究開発機構では、数値流体シミュレーションによって最適な電動ファンの配置を探索するとともに、ハイブリッド推進システムの安全性や燃費削減効果を検証する実証試験の準備を進めている。この技術実証の成果を速やかに産業界に技術移転し、来たる電動航空機開発への参入を支援する計画である。
 航空機の電動化は航空機全体をシステムと捉えてエネルギー消費を削減する新しい技術であり、バイオ燃料や水素燃料の導入とともに相乗効果を発揮するものである。我が国産業界の新たなお家芸とすべく、研究開発の加速が期待される。

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図1 機材導入年代ごとの燃費削減率目標
提供:宇宙航空研究開発機構

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図2 胴体尾部に電動ファンを搭載した電動化の参照機体コンセプト
提供:宇宙航空研究開発機構

(5)気候変動への対応技術の開発と経済・社会活動への波及
 「統合イノベーション戦略2020」(令和2年7月17日閣議決定)では、戦略的に取り組むべき応用分野として環境エネルギーが取り上げられ、革新的技術の確立、及び社会実装を図っていくことを目指して、「革新的環境イノベーション戦略」を確実に実行することとし、2050年カーボンニュートラルの実現に向けて取組を進めている。
 文部科学省は、「統合的気候モデル高度化研究プログラム」において、気候変動適応策の立案・推進を支援するため、ニーズを踏まえた気候変動予測情報等を創出し、DIASに加えて環境省等の関係省庁と連携して取り組む「地域適応コンソーシアム」を通じて、研究開発成果を地方公共団体等に提供している。また、気候変動を含む地球環境研究の世界規模のイニシアティブであるフューチャー・アース構想など、国内外のステークホルダーとの協働による研究を推進している。さらに、地域の脱炭素化を加速し、その地域モデルを世界に展開するための大学等のネットワーク構築に取り組んだ。
 農林水産省は、農林水産分野における温暖化適応技術として、令和2年度よりバイオ炭やブルーカーボン、木質バイオマスのマテリアル利用による炭素吸収源対策技術の開発に取り組んでいる。また、森林・林業、水産業分野における気候変動適応技術及び野生鳥獣被害対応技術、病害虫や侵略的外来種の管理技術の開発に取り組んでいるほか、畜産分野における温室効果ガス排出削減技術の開発を推進している。このほか、国際連携を通じて農業分野における温室効果ガス削減技術の開発を推進している。
 環境省は、環境研究総合推進費における戦略的研究課題の一つとして、我が国の気候変動適応を支援する影響予測・適応評価に関する最新の科学的情報の創出を目的とする「気候変動影響予測・適応評価の総合的研究(S-18)」を実施している。これらの戦略的研究をはじめとして、気候変動及びその影響の観測・監視並びに予測・評価及びその対策に関する研究を環境研究総合推進費等により総合的に推進している。
 また、気候変動への適応については、気候変動適応法及び平成30年11月に閣議決定された「気候変動適応計画」に基づき適応策の一層の充実を図っているところである。この適応法及び適応計画に基づき、国立環境研究所気候変動適応センターは「気候変動適応情報プラットフォーム」において、関係府省庁及び関係研究機関と連携して適応に関する最新の情報を提供するとともに、気候変動の影響や適応に関する研究や科学的な面から地方公共団体等の適応の取組のサポートを行っている。また、地域の関係者が連携して適応策を推進するため、気候変動適応法に基づく「気候変動適応広域協議会」が全国7ブロックで立ち上げられた。
 気象庁気象研究所は、局地的大雨をもたらす極端気象現象を、二重偏波レーダやフェーズドアレイレーダー、GPS等を用いてリアルタイムで検知する観測・監視技術の開発に取り組んでいる。また、局地的大雨を再現可能な高解像度の数値予報モデルの開発など、局地的な現象による被害軽減に寄与する気象情報の精度向上を目的とし研究を推進している。

コラム2-9 21世紀末の日本の気候はどうなる?「日本の気候変動2020」

 近年、気温の上昇や大雨の頻度増加等、気候変動による様々な影響が各地域で進行してきており、今後更に深刻化していくことが予測されている。また、新型コロナウイルス感染症の拡大により、各国で都市封鎖や外出制限等が行われ、人々の日常生活は一変し、社会経済活動は大きく抑制されたが、このような状況下にあっても、大気中の二酸化炭素濃度や、世界の平均気温の上昇傾向は引き続き続いており、気候変動対策は待ったなしの状況である。
 このような状況において、令和2年12月に、文部科学省及び気象庁は、文部科学省における気候変動研究に関する成果や気象庁における気候変動の観測・予測などの最新の科学的知見を総合的に取りまとめ、国や地方公共団体、事業者、あるいは国民が、気候変動緩和・適応策や気候変動影響評価に必要となる基盤情報(エビデンス)として「日本の気候変動2020」を公表した。
 この報告書では、日本の気候変動について、気候変動の原因となっている大気中の温室効果ガス濃度や日本の気候(気温、降水、海面水位、海水温など)のこれまでの変化と、21世紀末の予測についてまとめている。特に、21世紀末の予測については、パリ協定の2℃目標が達成された場合(2℃上昇シナリオ)及び現時点を超える追加的な緩和策を取らなかった場合(4℃上昇シナリオ)にあり得る将来予測としてまとめている。
 参考URL https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/mext_00405.html

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「日本の気候変動2020 —大気と陸・海洋に関する観測・予測評価報告書—」の概要
資料:文部科学省、気象庁作成 「日本の気候変動2020」 概要版 P13

コラム2-10 カーボンリサイクル

 気候変動問題に対しては経済と環境の好循環を達成する取組を促進することが重要である。
 大気や色々な排出源から二酸化炭素を回収し、これを有効利用するCCUの中で、特に二酸化炭素を“資源”と捉え、これを分離・回収し、鉱物化によりコンクリート、人工光合成等により化学品、メタネーション等により燃料へ再利用し、大気中の二酸化炭素を削減する、または、新たな二酸化炭素排出を抑制する技術が「カーボンリサイクル」である。二酸化炭素の利用先としては、①化学品、②燃料、③鉱物、④その他が想定されている。
 カーボンリサイクルはカーボンニュートラルな社会の実現のためのキーテクノロジーであり日本に競争力がある技術である。既に二酸化炭素を原料としたコンクリートやポリカーボネートは実用化に成功し、二酸化炭素を原料として製造されたプラスチック容器を化粧品ボトルとして使用する商品もある。
 一方で、カーボンリサイクル技術の多くは低コスト化が課題であり、特に、二酸化炭素フリー水素はまだ高価なため、水素を使用した技術にはイノベーションが必要である。そこで、短期的には、二酸化炭素のコンクリート化や藻類によるバイオ燃料化などの水素を必要としない技術や、機能性化学品や健康食品、医薬品等の高付加価値品への利用をターゲットとした上で長期的には、カーボンリサイクルメタンや合成燃料など既存の汎用品を代替する利用が期待されている。現在、産学官が連携し、実用化に向けたイノベーションを積極的に推進している。

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カーボンリサイクル技術ロードマップ(抜粋)
資料:経済産業省 資源エネルギー庁

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カーボンリサイクル実証研究拠点(イメージ図)
資料:第2回カーボンリサイクル産学官国際会議2020 HP
https://carbon-recycling2020.go.jp/movie/r-info-1.pdf別ウィンドウで開きます

コラム2-11 エリートツリーの開発と期待

 林木の育種は、戦後の木材需要の増加を受け、優れた種苗の確保のため、昭和29年から全国の山の成長等に優れた約9,000本の個体が「精英樹」として選抜されたことから始まった。現在の林業用苗木の多くは、それら精英樹から生産された種穂が利用されている。また、精英樹から増殖した苗木を試験地に植え、数十年におよぶ年月をかけて成長や材質を調査し、評価の高い精英樹同士を交配し、得られた20万以上の個体の中から、さらに優れた性能を有すると期待される第2世代以降の精英樹を選抜した。この第2世代以降の精英樹を「エリートツリー」と呼んでいる。エリートツリーは、初期成長をはじめとする成長特性に優れるため、育林経費の削減や収穫までの期間短縮による収入機会の増加が期待できるため、林業の採算性の向上に貢献すると考えられている。
 スギなどの花粉が原因となる花粉症が増加し、社会的・経済的に大きな問題となっている。これまでの調査結果から、精英樹の中から花粉量が非常に少ない系統が見つかり、少花粉スギ・ヒノキとして開発されている。また、花粉を全く作らない無花粉スギが各地で発見され、精英樹等との交配等により無花粉でかつ成長や材質に優れた品種の開発が進められている。しかし、これまでの樹木の品種改良方法では、優れた性質を複数併せ持つ個体を選抜するには長い年月がかかっていた。こうした問題を解決するため、農作物等の品種改良にも利用されているゲノム情報を活用した育種手法の開発がスギを中心に進められ、この10年ほどの間に必要な基盤が整備されてきた。その成果の一つが、無花粉遺伝子を高精度に検出できるDNAマーカーの開発である。このDNAマーカーの開発により、数年かかっていた無花粉遺伝子の有無の判別が数日でできるようになった。また、特定の遺伝子を変化させるゲノム編集技術をスギに適応して無花粉スギを作出することにも成功している。さらに、成長や材質、環境ストレスなどに関係する遺伝子を分析することによって、各個体が持つ性質を予測するための技術開発も進められている。
 将来、花粉を作らず、これまで以上に成長や材質に優れ、さらに環境ストレスにも強い、といったいくつもの優れた性質を併せ持ったエリートツリーが短期間で開発できる可能性がある。エリートツリーの普及は質の高い木材の安定供給を可能にし、国産材の利用が促進することによって林業・林産業の発展とともに、森林や木製品による炭素貯留量の増加を通じてカーボンニュートラル社会の実現への貢献が期待される。

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植栽4年後のエリートツリー「スギ九育2-203」(左)と第一世代精英樹(右)
提供:森林研究・整備機構森林総合研究所 林木育種センター

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ゲノム編集技術によって作られた無花粉スギ
提供:森林研究・整備機構森林総合研究所 林木育種センター

❷ 生物多様性への対応

 「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学‐政策プラットフォーム(IPBES(※29))」は、生物多様性及び生態系サービスに関する科学と政策の連携強化を目的として、評価報告書等の作成を行っている。平成31年(2019年)2月には、侵略的外来種に関する評価のための技術支援機関が公益財団法人地球環境戦略研究機関に設置され、その活動を支援した。作成中の評価報告書等に我が国の知見を効果的に反映させるため、IPBESに関わる国内専門家及び関係省庁による国内連絡会を令和2年10月、令和3年3月に開催した。さらに、IPBES地球規模評価報告書を踏まえたシンポジウム「生物多様性とライフスタイル ~新しい日常に向けてわたしたちができること~」を令和3年3月に開催した。このほか、環境省は、IPBESによる評価作業への知見提供等により国際的な科学と政策の結び付き強化に貢献することを目的とした研究である「社会・生態システムの統合化による自然資本・生態系サービスの予測評価」を、環境研究総合推進費により引き続き実施し、5年間の研究成果をとりまとめた。
 我が国は、生物多様性に関するデータを収集して全世界的に利用されることを目的とする地球規模生物多様性情報機構(GBIF(※30))に参加して活動を支援するとともに、GBIFノード(データ提供拠点)である国立科学博物館及び国立遺伝学研究所と連携しながら、生物多様性情報をGBIFに提供した。GBIFで蓄積されたデータは、IPBESでの評価の際の重要な基盤データとなることが期待されている。
 農林水産省は、民間企業等における海外の有用な植物遺伝資源を用いた新品種開発を支援するため、特にアジア地域の各国との2国間共同研究を推進し、海外植物遺伝資源の調査・収集及びその評価を行っている。また、農業・食品産業技術総合研究機構は、農業生物資源ジーンバンク事業として、農業に係る生物遺伝資源の収集・保存・評価・提供を行うとともに、イネ等のゲノムリソースの保存・提供を行っている。
 製品評価技術基盤機構は、生物遺伝資源の収集・保存・分譲を行うとともに、これらの資源に関する情報(系統的位置付け、遺伝子に関する情報等)を整備・拡充し、幅広く提供している。また、微生物資源の保存と持続可能な利用を目指した15か国・地域28機関のネットワーク活動に参加し、各国との協力関係を構築するなど、生物多様性条約を踏まえたアジア諸国における生物遺伝資源の利用を積極的に支援している。さらに、微生物等の生物資源データを集約した横断的データベースとして「生物資源データプラットフォーム(DBRP(※31))」を構築し、微生物等の生物資源とその関連情報へワンストップでアクセスできるデータプラットフォームとして運用を開始している。
 近年、地球温暖化、海洋環境劣化や乱獲等による海洋生物への様々な影響が顕在化してきており、海洋生態系の保全が重要な課題となっている。このため、文部科学省は、「海洋資源利用促進技術開発プログラム」のうち「海洋生物資源確保技術高度化」において、海洋生態系を総合的に解明する研究開発を行っている。また、津波により被害を受けた東北地方太平洋沖の海洋生態系を回復させるための調査研究を実施している。

コラム2-12 1億年前に形成した太古の海底下堆積物地層から微生物を蘇らせることに成功 ~海洋科学掘削から見えてきた「超低栄養生命圏」の世界~

 暗く深い海の底、その下の地下環境は生命のいない死の世界である・・・約70年前はこう考えられていた。しかし、1986年(昭和61年)から現在にわたって日米欧が主導している国際的な深海掘削プログラム(第4章 第2節1(4)参照)により、その認識は次々と塗り替えられている。今では、海底下の地層に、地球生命全体の数パーセントにも達する膨大な数・量、そして多様性も豊か(論文DOI:10.1073/pnas.1919139117)な微生物たちが存在することが明らかになった。この海底下地層は、とても細かい粒子で構成され、微生物のような小さい生き物であっても自由に動き回ることはできない。また、栄養源となる物質も、陸から沖合に離れるにしたがって減少していく。身動きが取れず、栄養源もほとんどない、生命が生きるには極めて厳しい環境である海底下地層で、どれくらい深く、古い地層にまで生命が存在するのか?それらは過去の生命の名残なのか、それとも現在も生きている生命なのか?これらの課題を解明するため、海洋研究開発機構と米国ロードアイランド大学をはじめとする研究チームは、南太平洋の最も古いもので1億150万年前(白亜紀中期、陸上には恐竜が繁栄していた時代)に形成した海底下地層を採取し、微生物のエサとなる物質を浸み込ませて培養を行った。
 微生物が生きていれば、与えたエサを取り込む(食べる)はずだ。21日~1年半の間、培養を行ったところ、最古の地層試料に含まれる微生物の99.1%がエサを食べて増殖を始めた。これまで世界中で実施された海洋掘削による微生物数及びそれらの栄養となる有機物や無機物濃度の分布から、海底下の生命は、生命としての存続が困難なレベルの超低栄養状態に置かれていることが明らかとなっている。本成果は、いわば「生と死の瀬戸際」にいる微生物の大半が、1億年という太古地層環境に閉じ込められながらも生き延びたことを示している。今後、増殖した微生物や、その元となった地層試料中の微生物を詳細に分析することで、超長期の生存を可能とした微生物のサバイバル能力やその進化につながる新たな研究への展開が期待される。(論文DOI: 10.1038/s41467-020-17330-1)

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1億年前の海底下地層試料
提供:海洋研究開発機構

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「研究者による解説はこちら」
(海洋研究開発機構 Youtubeチャンネル)

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1億年前の海底下地層から増殖してきた微生物
提供:海洋研究開発機構

第4節 国家戦略上重要なフロンティアの開拓

 海洋や宇宙の開発・利用・管理を支える一連の科学技術は、産業競争力の強化や経済・社会的課題への対応のみならず、我が国の存立基盤を確固たるものとするものである。また、国際社会における評価と尊敬を得るとともに、国民の科学への啓発をもたらす意味でも重要であり、長期的視野に立って強化していく必要がある。

❶ 海洋分野の研究開発の推進

 四方を海に囲まれた我が国は、「海洋立国」にふさわしい科学技術とイノベーションの成果を上げる必要がある。そのため、氷海域、深海部、海底下を含む海洋の調査・観測技術、生物を含む資源、運輸、観光等の海洋の持続可能な開発・利用等に資する技術、海洋の安全確保と環境保全に資する技術、これらを支える科学的知見・基盤的技術の研究開発に着実に取り組むことが重要である。
 内閣府は、総合海洋政策本部と一体となって、第3期海洋基本計画(平成30年5月15日閣議決定)と整合を図りつつ、海洋に関する技術開発課題等の解決に向けた取組を推進している。
 文部科学省は、第3期海洋基本計画の策定等を踏まえ、科学技術・学術審議会海洋開発分科会において平成28年に策定された「海洋科学技術に係る研究開発計画」を平成31年1月に改訂し、未来の産業創造に向けたイノベーション創出に資する海洋科学技術分野の研究開発を推進している。
 海洋研究開発機構は、船舶や探査機、観測機器等を用いて深海底・氷海域等のアクセス困難な場所を含めた海洋における調査・研究を行い、得られたデータを用いたシミュレーションやデータのアーカイブ・発信を行っている。また、これらの技術を活用し、いまだ十分に解明されていない領域の実態を解明するための基礎研究を推進している。

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(1)海洋の調査・観測技術
 海洋研究開発機構は、海底下に広がる微生物生命圏や海溝型地震及び津波の発生メカニズム、海底資源の成因や存在の可能性等を解明するため、地球深部探査船「ちきゅう」の掘削技術やDONETを用いたリアルタイム観測技術等の開発を進めるとともに、それらの技術を活用した調査・研究・技術開発を実施している。また、大きな災害をもたらす巨大地震や津波等、深海底から生じる諸現象の実態を理解するため、研究船や有人潜水調査船「しんかい6500」、無人探査機等を用いた地殻構造探査等により、日本列島周辺海域から太平洋全域を対象に調査研究を行っている。

(2)海洋の持続的な開発・利用等に資する技術
 文部科学省は、大学等が有する高度な技術や知見を幅広く活用し、海洋生態系や海洋環境等の海洋情報をより効率的かつ高精度に把握する観測・計測技術の研究開発を「海洋資源利用促進技術開発プログラム」のうち「海洋情報把握技術開発」において実施している。
 海洋研究開発機構は、我が国の海洋の産業利用の促進に貢献するため、生物・非生物の両面から海洋における物質循環と有用資源の成因の理解を進め、得られた科学的知見、データ、技術及びサンプルを関連産業に展開している(第3章第1節1(2)参照)。

(3)海洋の安全確保と環境保全に資する技術
 近年、地球温暖化、海洋環境劣化や乱獲等による海洋生物への様々な影響が顕在化してきており、海洋生態系の保全や海洋生物資源の持続可能な利用の実現が重要な課題となっている。このため、文部科学省は、「海洋資源利用促進技術開発プログラム」のうち「海洋生物資源確保技術高度化」において、海洋生物の生理機能を解明し、革新的な生産につなげる研究開発や生態系を総合的に解明する研究開発を行っている(第3章第3節2参照)。
 海上・港湾・航空技術研究所は、海洋資源・エネルギー開発に係る基盤的技術の基礎となる海洋構造物の安全性評価手法及び環境負荷軽減手法の開発・高度化に関する研究を行っている。
 海上保安庁は、海上交通の安全確保及び運航効率の向上のため、船舶の動静情報等を収集するとともに、これらのビッグデータを解析することにより海上における船舶交通流を予測し、船舶にフィードバックするシステムの開発を行っている。

❷ 宇宙分野の研究開発の推進

 今日、測位・通信・観測等の宇宙システムは、我が国の安全保障や経済・社会活動を支えるとともに、Society 5.0の実現に向けた基盤としても、重要性が高まっている。こうした中、宇宙活動は官民共創(きょうそう)の時代を迎え、広範な分野で宇宙利用による産業の活性化が図られてきている。また、宇宙探査の進展により、人類の活動領域が地球軌道を越えて月面、深宇宙へと拡大しつつある中、「はやぶさ2」による小惑星からのサンプル回収の成功は、我が国の科学技術の水準の高さを世界に示し、その力に対する国民の期待を高めた。宇宙は科学技術のフロンティア及び経済成長の推進力として、更にその重要性を増しており、我が国におけるイノベーションの創出の面でも大きな推進力になり得る。
 こうした認識の下、政府は「宇宙基本計画」(令和2年6月30日閣議決定)を新たにし、我が国の宇宙開発利用を国家戦略として、総合的かつ計画的に強力に推進している。

(1)宇宙輸送システム
 宇宙輸送システムは、人工衛星等の打上げを担う宇宙開発利用の重要な柱であり、希望する時期や軌道に人工衛星を打ち上げる能力は自立性確保の観点から不可欠な技術基盤といえる。我が国は、自立的に宇宙活動を行う能力を維持・発展させるとともに、国際競争力を確保するため、令和3年度の試験機初号機打上げに向け、平成26年度からH3ロケットの開発に着手し、各種燃焼試験等を実施している。また、イプシロンロケットについて、より一層の打上げコスト低減と基幹ロケットの高い信頼性との両立や衛星の運用性向上等により国際競争力を強化することを目的として、令和2年度からイプシロンSロケットの開発を進めている。
 さらに、我が国の基幹ロケットである、H-ⅡAロケット及びH-ⅡBロケットにより、令和2年5月に宇宙ステーション補給機「こうのとり」9号機、令和2年11月にデータ中継衛星1号機・光データ中継衛星の打上げに成功した。H-ⅡBロケットについては、「こうのとり」9号機の打上げをもって運用を終了したが、これまでの9回すべての打上げに成功し、我が国の技術の信頼性の向上に大きく貢献している。

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(2)衛星測位システム
 内閣府は、準天頂衛星システム「みちびき」について、平成30年11月1日に4機体制による高精度測位サービスを開始するとともに、2023年度(令和5年度)を目途に確立する7機体制と機能・性能向上に向け、5号機、6号機及び7号機の開発を進めている。また、「みちびき」の利用拡大に向けて関係府省が連携し、自動車や農業機械の自動走行、物流や防災分野など様々な実証実験を進めている。

(3)衛星通信・放送システム
 2020年代に国際競争力を持つ次世代静止通信衛星を実現する観点から、総務省と文部科学省が連携し、電気推進技術や大電力発電、フレキシブルペイロード技術等の技術実証のため、令和5年度の打上げを目指して、平成28年度から技術試験衛星9号機の開発を行っている。

(4)衛星地球観測システム
 環境省は、平成20年度に打ち上げたGOSATおよび平成30年度に打ち上げたGOSAT-2により、全球の二酸化炭素とメタンの濃度が地球規模で年々上昇している状況を明らかにしてきた。このミッションを発展的に継承し、脱炭素化社会に向けた施策効果の把握を目指し、後継機GOSAT-GWを令和5年度の打ち上げに向け開発を進めている。
 宇宙航空研究開発機構は、地球規模での水循環・気候変動メカニズムの解明を目的に平成24年5月に打ち上げた「しずく」(GCOM-W)及び平成29年12月に打ち上げた「しきさい」(GCOM-C)の運用を行っている。「しずく」は、平成26年2月に米国航空宇宙局(NASA(※32))との国際協力プロジェクトとして打ち上げた全球降水観測計画(GPM(※33))主衛星のデータとともに気象庁において利用され、降水予測精度向上に貢献するなど、気象予報や漁場把握等の幅広い分野で活用されるとともに、「しきさい」は、海外の大規模な森林火災の把握にも活用されている。現在、水循環観測と温室効果ガス観測のミッションの継続と観測能力の更なる強化を目指して「しずく」と「いぶき2号」の各々の後継センサを相乗り搭載する「温室効果ガス・水循環観測技術衛星」(GOSAT-GW)の開発を進めている。
 また、平成26年5月に打ち上げられた「だいち2号」は、様々な災害の監視や被災状況の把握、森林や極域の氷の観測等を通じ、防災・災害対策や地球温暖化対策などの地球規模課題の解決に貢献している。現在、広域かつ高分解能な撮像が可能な先進光学衛星(ALOS-3)や先進レーダ衛星(ALOS-4)の開発を進めている。また、令和2年11月に光データ中継衛星の打上げを行い、これらの衛星間の光通信の実証に向けた取組も進めており、災害発生時の被災地の衛星データを即時に地上へ中継することが可能となるなど、将来的に迅速な災害対策に貢献することが期待されている。
 さらに、気象庁では、「ひまわり8号」及び「ひまわり9号」を運用し、熱帯低気圧や海面水温等を観測しており、わが国のみならずアジア太平洋地域の自然災害防止や気候変動監視等に貢献している。
 そのほか、総務省では、このような防災・減災等に貢献する衛星からの地球観測で活用が期待される技術として、水蒸気や酸素濃度の高度分布をより正確に把握可能なテラヘルツ帯の電波によるセンシングシステムについて、その実現に向けた基盤技術の研究開発に取り組み、超小型軽量な衛星センサ開発を実現している。
 なお、我が国の人工衛星の安定的な運用に向けて、文部科学省及び宇宙航空研究開発機構は、平成14年度から宇宙状況把握システム(SSA(※34)システム)を構築・運用し、地上からスペースデブリ(宇宙ゴミ)等の把握を行ってきており、今後、令和5年度を目指して、防衛省を始め政府機関一体となった新たなSSAシステムの構築を進めることとしている。

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(5)宇宙科学・探査
 宇宙科学の分野においては、宇宙航空研究開発機構が中心となり、世界初のX線の撮像と分光を同時に行う人工衛星の開発・運用や、小惑星探査機「はやぶさ」による小惑星「イトカワ」からのサンプル回収など、X線・赤外線天文観測や月・惑星探査などの分野で世界トップレベルの業績を上げている。平成27年12月に金星周回軌道へ投入された金星探査機「あかつき」は、金星大気における「スーパーローテーション」の維持メカニズムの解明につながる成果を上げ、平成26年12月に打ち上げた「はやぶさ2」は、小惑星「リュウグウ」に到着後、小惑星表面への人工クレーター作成、一つの小惑星への2度の着陸成功など数々の世界初の快挙を成し遂げた。令和2年12月に地球近傍に帰還した「はやぶさ2」は、搭載するカプセルを地球に向けて分離しカプセルは豪州の砂漠地帯で回収された。カプセル内にはリュウグウ由来のサンプルが確認され、今後詳細に分析される予定。探査機本体は、新たな小惑星の探査に向かっている(令和13年到着予定)。
 このほか、欧州宇宙機関との国際協力による水星探査計画(BepiColombo)の水星磁気圏探査機「みお」(平成30年10月打上げ)が水星に向けて航行中であり、我が国初となる月への無人着陸を目指す小型月着陸実証機(SLIM(※35))やX線分光撮像衛星(XRISM(※36))(共に令和4年度打上げ予定)、火星衛星からサンプルリターンを行う火星衛星探査計画(MMX(※37))(令和6年度打上げ予定)の開発など、国際的な地位の確立や人類のフロンティア拡大に資する宇宙科学分野の研究開発を推進している。

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(6)有人宇宙活動
 国際宇宙ステーション(ISS(※38))計画(※39)は、日本・米国・欧州・カナダ・ロシアの5極(15か国)共同の国際協力プロジェクトである。我が国は、日本実験棟「きぼう」及び宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV(※40))の開発・運用や日本人宇宙飛行士のISS長期滞在により本計画に参加している。これまでに、有人・無人宇宙技術の獲得、国際的地位の確立、宇宙産業の振興、宇宙環境利用による社会的利益及び青少年育成等の多様な成果を上げてきている。「こうのとり」は、2009年(平成21年)の初号機から2020年(令和2年)の9号機までの全てにおいてミッションを成功させており、最大約6トンという世界最大級の補給能力や、一度に複数の大型実験装置の搭載など「こうのとり」のみが備える機能などによりISSの利用・運用を支えてきた。現在は、「こうのとり」で培った経験を活(い)かし、開発・運用コストを削減しつつ、輸送能力の向上を目指し、後継機である新型宇宙ステーション補給機(HTV-X)の開発を進めている。
 また、2020年(令和2年)11月に、野口聡一宇宙飛行士が米国人以外で初めて米国民間宇宙船に搭乗し、約半年間のISS長期滞在ミッションを開始した。

コラム2-13 国際宇宙探査に向けた日本人宇宙飛行士の活躍

 2020年(令和2年)11月16日午前9時27分(日本時間)、米国人宇宙飛行士3名と野口聡一宇宙飛行士が搭乗した米国民間宇宙船クルードラゴン運用初号機が、米国ケネディ宇宙センターから打ち上げられた。同機は、翌17日に国際宇宙ステーション(ISS)へのドッキングに成功し、4名の宇宙飛行士が約半年間の長期滞在を開始した。野口宇宙飛行士による米国民間宇宙船への搭乗は、米国人以外で初めての快挙である。また、今回の野口宇宙飛行士の宇宙飛行は、約10年ぶり3回目であり、3種類(米スペースシャトル、露ソユーズ、米クルードラゴン)の宇宙船に搭乗するのは日本人で初めてである。
 また、2021年(令和3年)春頃には、星出彰彦宇宙飛行士のクルードラゴン運用2号機への搭乗及びISS長期滞在ミッションの開始が予定されている。星出宇宙飛行士は、ISS長期滞在中に日本人2人目となるISSコマンダー(船長)を務める予定である。更に、2022年(令和4年)頃には若田光一宇宙飛行士、2023年(令和5年)頃には古川聡宇宙飛行士、それぞれのISS長期滞在ミッションが予定されている。
 2019年(令和元年)10月に、我が国が米国提案による国際宇宙探査計画「アルテミス計画」への参画を表明したことを受けて、2020年(令和2年)7月に、文部科学省と米国航空宇宙局(NASA)との間で、「月探査協力に関する文部科学省と米航空宇宙局の共同宣言」に署名し、月周回有人拠点(ゲートウェイ)や月面における日本人宇宙飛行士の活動機会の確保について確認された。また、同年10月、アルテミス計画を含む広範な民生宇宙探査等の諸原則について各国の共通認識を示す「アルテミス合意」に我が国を含む8か国が署名を行い、国際宇宙探査に向けた機運が益々高まってきた。有人宇宙活動の範囲は、ISSを含む地球低軌道から月、火星など更なる深宇宙へと広がりを見せており、国際宇宙探査は今後大きく展開することが予想される。このような状況を踏まえ、2020年(令和2年)10月、文部科学省は、2021年(令和3年)秋頃に宇宙航空研究開発機構において、月面での活躍が想定される2020年代後半以降に向けた新たな日本人宇宙飛行士の募集を開始することを発表した。今後は、一定規模の日本人宇宙飛行士の数を維持するため、5年に1回程度の頻度で募集を行うことを想定している。

(参考)野口宇宙飛行士ISS長期滞在ミッション前半ハイライト
https://www.youtube.com/watch?v=phgoaK3m3Kk別ウィンドウで開きます

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クルードラゴン宇宙船船内の様子
提供:宇宙航空研究開発機構/アメリカ航空宇宙局/
スペースX社

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国際宇宙ステーションにて植物実験を実施する野口宇宙飛行士
提供:宇宙航空研究開発機構/アメリカ航空宇宙局

(7)国際宇宙探査
 国際宇宙探査計画「アルテミス計画」は、月周回有人拠点「ゲートウェイ」の建設や将来の火星有人探査に向けた技術実証、月面での持続的な有人活動などを民間企業の参画を得ながら国際協力により進めていく、米国が主導する計画である。我が国は、2019年(令和元年)10月にアルテミス計画への参画を決定し、欧州及びカナダも参画を表明している。上記決定を踏まえ、2020年(令和2年)7月には、文部科学省と米国航空宇宙局(NASA)との間で、月探査協力に関する共同宣言に署名した。その後、12月には、日本政府とNASAとの間で、ゲートウェイのための協力に関する了解覚書への署名が行われ、我が国がゲートウェイへの機器等を提供することや、NASAが日本人宇宙飛行士のゲートウェイ搭乗機会を複数回提供することなど、共同宣言において確認された協力内容を可能とする法的枠組みが設けられた。

(8)宇宙の利用を促進するための取組
 文部科学省は、人工衛星に係る潜在的なユーザーや利用形態の開拓など、宇宙利用の裾野の拡大を目的とした「宇宙航空科学技術推進委託費」により産学官の英知を幅広く活用する仕組みを構築した。これにより、宇宙航空分野の人材育成及び防災、環境等の分野における実用化を見据えた宇宙利用技術の研究開発等を引き続き行っている。
 経済産業省は、石油資源の遠隔探知能力の向上等を可能とするハイパースペクトルセンサ(HISUI(※41))の開発を進めており、令和元年12月に国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」に搭載後、令和2年度は機器の初期チェックアウトや地上データ処理システムの開発等を進めた。また、民生分野の技術等を活用した低価格・高性能な宇宙用部品・コンポーネントの開発支援と軌道上実証機会の提供及び小型衛星用ロケットの抜本的な低コスト化実現に向けた自律飛行安全システムの開発等を行っている。加えて、ビッグデータ化する宇宙データの利用拡大の観点から、政府衛星データをオープン&フリー化するとともに、ユーザにとって使いやすい衛星データプラットフォーム(Tellus)の整備なども進めている。


  • ※1 Global Earth Observation System of Systems
  • ※2 Group on Earth Observations
  • ※3 Global Change Observation Mission-Climate
  • ※4 Global Change Observation Mission-Water
  • ※5 Advanced Land Observing Satellite - 2
  • ※6 Advanced Land Observing Satellite - 3
  • ※7 Advanced Land Observing Satellite - 4
  • ※8 Greenhouse gases Observing SATellite
  • ※9 Advanced Microwave Scanning Radiometer 3
  • ※10 Total Anthropogenic and Natural emissions mapping SpectrOmeter-3
  • ※11 Global Observing SATellite for Greenhouse gases and Water cycle
  • ※12 全世界の海洋を常時観測するため、日本、米国等30以上の国や世界気象機関(WMO)、ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)等の国際機関が参加する国際プロジェクト
  • ※13 Arctic Challenge for Sustainability
  • ※14 Arctic Challenge for Sustainability Ⅱ
  • ※15 コラム2-9「~21世紀末の日本の気候はどうなる?「日本の気候変動2020」~」参照
  • ※16 Intergovernmental Panel on Climate Change
  • ※17 Data Integration and Analysis System
  • ※18 International Science Council:人類の利益のために、科学とその応用分野における国際的な活動を推進することを目的とした国際学術機関。1931年設立の国際科学会議(ICSU)と国際社会科学評議会(ISSC)が2018年に統合して設立され、全科学分野が対象となった。
  • ※19 World Data System
  • ※20 International Program Office
  • ※21 Superconducting Submillimeter-Wave Limb-Emission Sounder:大気の縁(リム)の方向にアンテナを向け、超伝導センサを使った高感度低雑音受信機を用いて大気中の微量分子が自ら放射しているサブミリ波(300GHzから3,000GHzまでの周波数の電波をサブミリ波という。このうち、SMILESでは、624GHzから650GHzまでのサブミリ波を使用している。)を受信し、オゾンなどの量を測定する。
  • ※22 二酸化炭素と水素を合成して天然ガスの主成分であるメタンを合成する技術
  • ※23 Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage
  • ※24 Carbon Capture and Storage
  • ※25 Carbon dioxide Capture and Utilization
  • ※26 International Maritime Organization
  • ※27 Greenhouse Gas
  • ※28 Electrification ChaLlenge for AIRcraft
  • ※29 Intergovernmental science-policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services
  • ※30 Global Biodiversity Information Facility
  • ※31 Data and Biological Resource Platform
  • ※32 National Aeronautics and Space Administraction
  • ※33 Global Precipitation Measurement
  • ※34 Space Situational Awareness
  • ※35 Smart Lander for Investigating Moon
  • ※36 X-Ray Imaging and Spectroscopy Mission
  • ※37 Martian Moons eXploration
  • ※38 International Space Station
  • ※39 日本・米国・欧州・カナダ・ロシアの政府間協定に基づき地球周回低軌道(約400 km)上に有人宇宙ステーションを建設、運用、利用する国際協力プロジェクト
  • ※40 H-Ⅱ Transfer Vehicle
  • ※41 Hyperspectral Imager SUIte

お問合せ先

科学技術・学術政策局企画評価課

(科学技術・学術政策局企画評価課)