第1部 Society 5.0の実現に向けて

<イノベーションの創出と人文・社会科学>
 インターネットの発明、スマートフォンの普及をはじめとするICTの進展は、情報や商品への瞬時のアクセスや、多様なコミュニケーションを可能にするなど、経済や社会に大きな変化をもたらしました。このように科学的な発見や発明といった創造的活動によって新たな価値を生み出し、普及させ、経済や社会の大きな変化を創出することを、科学技術・イノベーション基本法では「イノベーションの創出」1と定義しています。近年、国の競争力の源はイノベーション力であることが改めて認識されています。一方、これまでの歴史で、先人が、例えば、地動説を唱え、万有引力の法則を発見し、一般相対性理論を提唱してきたように、科学者の知的好奇心に基づき、誰も足を踏み入れたことのない知のフロンティアを開拓することは、その成果が実用化に直ちに結び付くものか否かを問わず、大変重要な取組です。
 また、ICT、AI、ゲノム編集技術など科学技術の急速な進展は、人間や社会の在り方に大きな影響を与えており、もはや人間や社会の在り方と科学技術・イノベーションは密接不可分の関係となっています。このため、科学技術・イノベーション政策は、まず人間や社会の望ましい未来像を描き、その未来像の下で展開していくことが必要であり、人間や社会の在り方を研究対象とする人文・社会科学の「知」と、自然科学の「知」の融合(「総合知」)が求められます。
 こうした背景を踏まえ、令和2年6月、科学技術政策の基本的枠組みを定める科学技術基本法について、制定以来初の実質改正が行われました。「イノベーションの創出」が柱の一つに据えられるとともに、従来、法の対象とされていなかった人文・社会科学(法では「人文科学」と記載)のみに係るものが対象に加えられました。法の名称も「科学技術・イノベーション基本法」となり、本白書も、今回より「科学技術・イノベーション白書」になっています。

<我が国と世界をとりまく状況>
 令和元年12月頃から、新型コロナウイルス感染症が世界に瞬く間に拡大しました。令和2年3月には、世界保健機関(WHO2)が「パンデミック(世界的大流行)」と評価し、国境の移動制限等により、国際社会の様子は一変しました。国内でも、テレワークやオンライン教育、遠隔診療など、ICTを活用した生活様式への転換が進められています。
 また、我が国では、少子高齢化・過疎化といった課題への対応も必要です。更に、地球温暖化や海洋生態系への影響といった人類共通の課題への対応も求められます。
 こうした社会課題に、科学技術・イノベーションの力で立ち向かっていくため、我が国では「Society 5.0」というコンセプトを打ち出しております。科学技術・イノベーションをめぐる主要国間の争いは激化しており、基礎研究の成果を、感染症拡大、大規模自然災害への対応を含めた安全保障に活用する取組も進められております。我が国も新たな世界秩序・ルール作りにおいて主導的な役割を果たすことが求められています。

<Society 5.0とは>
 Society 5.0とは、我が国が目指すべき未来社会として、第5期科学技術基本計画(平成28年1月閣議決定)において、我が国が提唱したコンセプトです。狩猟社会(Society 1.0)、農耕社会(Society 2.0)、工業社会(Society 3.0)、情報社会(Society 4.0)に続く社会であり、具体的には、「サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」と定義しています。
 蒸気機関等の発明により工業社会(Society 3.0)が形成され、ICTの進展により情報社会(Society 4.0)が形成されてきたように、「仮想空間と現実空間の融合」という手段により新たな社会を形成していこうというものです。新たな社会への移行においては、生活スタイルや産業構造まで含めた社会構造が変化することが予測されます。
 Society 5.0では、ICTを活用して多種多様なビッグデータをスーパーコンピュータ等における仮想空間に集積します。この仮想空間内で、社会の様々な要素について、AIも活用して、大量のデータ処理やシミュレーションなどの高度な解析、予測・判断を行い、その結果を現実空間に反映します。この仮想空間と現実空間との循環によって、私たちの社会を、より良い「人間中心の社会」に変革していくことを目指します。
 例えば、スーパーコンピュータ「富岳(ふがく)」では、新型コロナウイルス感染症対策として、仮想空間で飛沫の飛散シミュレーションを行い、マスクやパーテーションの使用、換気による感染リスクの低減効果を科学的に検証し、社会に提示しました。この成果は、政府、自治体、企業等における感染防止策の検討に活用されています(第1章第1節1(2)参照)。

<Society 5.0が目指す社会 第6期科学技術・イノベーション基本計画>
 我が国は、科学技術創造立国の実現を目指し、平成7年に科学技術基本法を制定しました。同法の提案理由として、「目標となる先進国」から「技術導入が可能であった時代」は終焉を迎え、今後は「フロントランナーの一員として、自ら未開の科学技術分野に挑戦」する旨が説明されています。こうした問題意識の下で、同法に基づき、科学技術基本計画を5年ごとに策定してきました。
・第1期では、未開拓の科学技術分野に挑戦するため、政府研究開発投資の拡大や研究開発システムの改革などに重きを置きました。
・第2期、第3期では、重要性の高い研究分野への重点投資を目指しました。なお、第2期期間中には、自律的な運営確保のため国立大学が法人化し、基盤的経費が減少する一方、公募による競争的資金が増加しました。
・第4期では、課題解決型の科学技術を重視する方向へ転換しました。
・第5期では、我が国が目指すべき未来社会としてSociety 5.0を提唱しました。
 また、上述の科学技術基本法改正も踏まえ、令和3年4月より第6期科学技術・イノベーション基本計画(以下「第6期基本計画」という。)を開始しました。第6期基本計画では、我が国が目指す社会(Society 5.0)の実現こそが目的であるとしています。
 新型コロナウイルス感染症のみならず、気候変動を一因とする甚大な自然災害等に対する持続可能性・強靱(きょうじん)性の確保が、我が国にとって重大な課題となっています。また、近年、人々の価値観が、富の追求に限らない多様な幸せ、国や世界への貢献を重視するなど変わりつつあります。こうした背景を踏まえ、Society 5.0として目指す社会は、ICTの浸透によって人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させるデジタルトランスフォーメーションにより、「直面する脅威や先の見えない不確実な状況に対し、持続可能性と強靱性を備え、国民の安全と安心を確保するとともに、一人ひとりが多様な幸せ(well-being)を実現できる社会」であることを宣言しました。これは、2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標」(SDGs1)とも軌を一にするものですが、「信頼」や「分かち合い」を重んじる我が国の伝統的価値観も重ね合わせたものです。

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<Society 5.0の実現に必要なもの>
 Society 5.0実現のためには、「仮想空間と現実空間の融合」を可能とすることが前提となります。このための基盤技術となるスーパーコンピュータ、AI、量子技術などの研究開発とともに、社会全体のデジタル化の推進が必要となります。また、「国民の安全と安心を確保」するためには、地球環境の持続可能性を高めるカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現に向けた研究開発や、防災・減災に関する研究開発等を進めていくことが必要となります(第1章参照)。
 さらに、「一人ひとりの多様な幸せ(well-being)」を実現していくためには、上記の取組とともに、自然科学の「知」と人文・社会科学の「知」が融合した総合的な「知」(「総合知」)の活用が重要です(第2章参照)。Society 5.0という新たな社会を設計し、その社会で新たな価値創造を進めていくためには、多様な「知」が必要であり、そのような「知」を生み出す基礎研究力の強化は必要不可欠となります(第3章参照)。

<本白書の狙い>
 本白書は、人文・社会科学と自然科学の融合による「総合知」に力点を置きつつ、科学技術・イノベーション政策を通じて実現を目指す未来社会とそれを支える研究開発等の取組を分かりやすく説明することを狙いとしています。本白書が、Society 5.0として目指す社会についての理解の一助となることを期待しています。


  • ※1 科学技術・イノベーション基本法では、「イノベーションの創出」を「科学的な発見又は発明、新商品又は新役務の開発その他の創造的活動を通じて新たな価値を生み出し、これを普及することにより、経済社会の大きな変化を創出すること」と定義しています。
  • ※2 World Health Organization
  • ※3 Sustainable Development Goals

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科学技術・学術政策局企画評価課

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