はじめに

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、令和元年12月に中華人民共和国湖北省武漢市での発生が報告され、当初は中華人民共和国を中心に流行を見せていたが、その後世界各地において感染が見られるようになり、令和2年1月30日には、世界保健機関(WHO)が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」を宣言し、わずか数か月ほどの間に「パンデミック」といわれる世界的な流行となった(※1)我が国においては、同年1月15日に最初の感染者が確認された後、4月末までに、約14,000人の感染者、約400人の死亡者が確認されており、4月7日には、新型インフルエンザ等対策特別措置法(平成24年法律第31号。以下「特措法」という。)第32条第1項に基づく緊急事態宣言が行われた。一方で、海外の状況としては、新型コロナウイルス感染症が発生している国は、南極大陸を除く全ての大陸に存在する状況となっており、爆発的な患者の急増のため、強制的な外出禁止の措置や生活必需品以外の店舗閉鎖などを行う、いわゆる「ロックダウン」と呼ばれる強硬な措置を取らざるを得ない国も見られている。
 わずかな間に世界中に拡大した今回の新型コロナウイルス感染症の流行は、人々の活動が、国境を越え、グローバルにつながっているという現実を明らかにするとともに、この流行の克服のために、早急な診断法や治療法、ワクチンの開発等が求められている現在の状況は、我々が直面している世界規模の課題解決するためには、科学技術の英知の結集が不可欠であるということを改めて示すこととなった。
我が国では、科学技術基本法(平成7年法律第130号)に基づき、政府が5年ごとに科学技術基本計画を策定し、科学技術政策を総合的かつ計画的に推進している。第5期科学技術基本計画(平成28年1月閣議決定。計画期間は平成28年度から令和2年度まで)においては、ネットワーク化やサイバー空間利用の飛躍的発展といった潮流を踏まえた目指すべき未来社会の姿として、サイバー空間とフィジカル空間(現実空間)の融合により経済・社会的課題を解決し、人々が質の高い生活を送ることのできる人間中心の社会である「Society 5.0」(超スマート社会)(※2)を提唱し、世界に先駆けて実現していくこととした。現在、人工知能(AI(※3))、量子技術、ゲノム編集を始めとした最先端の新興技術が飛躍的に進展し、科学技術がかつてないスケールで、社会に大きな影響をもたらし得る状況となるとともに、世界の不確実性はますます高まっている。また、多様性の尊重や包摂性の重視等の様々なニーズへのきめ細やかな対応や、新型コロナウイルス感染症を始めとする新興・再興感染症、地球温暖化等の地球規模課題への対応等、多様化・複雑化する国内外の諸課題の解決に向けて科学技術への期待は大きい。現在、政府においては次期科学技術基本計画策定に向けた議論が行われているが、「Society 5.0」を提唱した我が国が、最先端の科学技術により社会課題を解決し、世界の持続的発展に貢献するとともに、先端科学技術と社会が調和した、「誰一人取り残さない」社会(インクルーシブ社会)を実現することが急務となっている。このためには、研究者の自由な発想に基づく研究をより一層振興し、価値の源泉となる「知」の多様性を確保することに加えて、望ましい社会の未来像を描きながら、今後の我が国の産業競争力の強化や国民生活の豊かさ、社会課題の解決、国民の安心・安全の確保に大きく貢献するような研究開発を、これまで以上に進めていく必要がある。
 今回の白書(年次報告)第1部においては、まず、新型コロナウイルス感染症の流行に対して、我が国が現在講じている研究開発等の施策を紹介した後、不確実な未来を見通す方策の一つである未来予測について取り上げ、国内外で行われている未来予測の例を紹介するとともに、その一つである文部科学省 科学技術・学術政策研究所「第11回科学技術予測調査」を基に、2040年(※4)の未来社会の姿を描く。また、未来社会を実現し、世界の課題を解決するべく進められている政府の取組や、具体的な研究開発の取組等を紹介する。
 新型コロナウイルス感染症の世界的な感染拡大により、これからの社会の形が大きく変わっていく可能性が高い。また、令和2年3月に科学技術・学術政策研究所が行った「科学技術に関する国民意識調査(新型コロナウイルスを含む感染症に対する意識)」(速報)(※5)において、新たに新型コロナウイルスを含む感染症の予測と対策のために、政府の講じるべき科学技術に関連した施策について尋ねたところ、「研究開発の推進」を回答する人の割合が初めて6割を超えており、同分野の研究開発に対する国民の関心は高い。しかしながら、治療薬やワクチンの研究開発を含む新型コロナウイルス感染症への対応については現在進行中であり、その評価は今後検討していく必要がある。
 今回の感染拡大により、世界全体で人々の日常生活の在り方や教育・医療・交通等の公共サービスの在り方、産業分野におけるサプライチェーンの在り方等に多大な影響を与えている。人類社会に及んだ大きな停滞は、人々がこれまで当たり前と感じていた価値を大きく変える転機ともなっている。我が国においても、テレワーク、遠隔教育、遠隔診療等ICT(※6)を活用したリモート化・デジタル化といった社会の急激な変化が見られる。政府としても、これらの取組を推進し、これまで我が国が目指してきたサイバー空間とフィジカル空間(現実空間)の融合により経済・社会的課題を解決し、人々が質の高い生活を送ることのできる人間中心の社会である「Society 5.0」の実現を加速化させることが必要である。そうした流れは、「第11回科学技術予測調査」において描かれた社会の未来像の実現時期に影響を与える可能性がある。また、我が国として取り組んでいる行動変容について、今後科学的な評価を行うことが求められる。
 また、新型コロナウイルス感染症の感染拡大は、最先端の科学技術に加えて、人文学・社会科学の知見が経済・社会的な課題の解決に果たす役割の大きさを改めて我々に示したと考えられる。これは、科学技術基本法の改正等の方向性を踏まえた、複雑化する現代の諸課題に対 していくため必要な人間や社会の在り方に対する深い洞察に基づいた科学技術・イノベーション創出の総合的な振興が求められていることの一例である。すなわち、社会のグローバル化、デジタル化等の科学技術・イノベーションの急速な進展が、人間や社会の在り方に大きな影響を与えており、科学技術・イノベーションの進展と人間や社会の在り方は密接不可分で、自然科学と人文学・社会科学とが協働して課題解決に取り組むことが重要となっている。
 これらの観点から、今後の社会の構造的変化やその進展を踏まえた未来予測を更に重ねていく必要がある。


  • ※1 本白書においては、おおむね令和2年4月末までに把握した新型コロナウイルス感染症の状況及び対応について述べている。
  • ※2 第5期科学技術基本計画では「必要なもの・サービスを、必要な人に、必要な時に、必要なだけ提供し、社会の様々なニーズにきめ細やかに対応でき、あらゆる人が質の高いサービスが受けられ、年齢、性別、地域、言語といった様々な違いを乗り越え、活き活きと快適に暮らすことのできる社会」とし、「科学技術イノベーション総合戦略2017」(2017年6月閣議決定)では「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させることにより、地域、年齢、性別、言語等による格差なく、多様なニーズ、潜在的なニーズにきめ細やかに対応したモノやサービスを提供することで経済的発展と社会課題の解決を両立し、人々が快適で活力に満ちた質の高い生活を送ることのできる、人間中心の社会」としている。
  • ※3 Artificial Intelligence
  • ※4 科学技術基本計画は今後10年を見通した5年計画であるが、さらにその10年先の可能性を示すことにより、長期的視点からの検討に資することを目的とした。
  • ※5 科学技術・学術政策研究所「科学技術に関する国民意識調査(新型コロナウイルスを含む感染症に対する意識)」(速報)https://www.nistep.go.jp/wp/wp-content/uploads/public-attitudes_flash.pdf
  • ※6 Information and Communication Technology

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