身近な科学技術の成果

 本稿では、私たちの暮らしの中において身近にある科学技術の成果やトピックに着目し、「身近な科学技術の成果」と題して紹介します。紹介する成果やトピックは、国民の身近なもの又は近く身近なものになることが予想(期待)されるものを選定しました。

① 世界で勝つためのジャージへ
② 人々をメンテナンスから解放した光学マウス
③ 私たちの情報を守る素数vs量子コンピュータ
④ 生活への影響を考えるヒントに~海と陸の地球化学図~
⑤ ため池決壊から私たちを守る防災情報システム
⑥ がん検診受診率を向上させる方法(ナッジ)

身近な科学技術の成果①

世界で勝つためのジャージへ

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ラグビー日本代表チーム2019ジャージ
左から、フォワードのフロントロー用、セカンドロー・バックロー用、バックス用
提供:株式会社カンタベリーオブニュージーランドジャパン

(内容)

  • 富山県に設立された津澤メリヤス製造所は昭和39年の東京オリンピックの前年、選手達に金メダリストになってほしいと願いを込め、社名をゴールドウインに変更し、同オリンピックでは、ゴールドウイン社製のウエアを着用した選手が12個の金メダルを獲得しました。
  • そして2019年、ゴールドウイングループのカンタベリーオブニュージーランドジャパンは、我が国の伝統の「匠(たくみ)の技」と「先端テクノロジー」の融合・調和をコンセプトに定め、オールジャパンの技術を結集し、「耐久性」と「軽量性」をかつてない高いレベルで両立させ、優れた「運動性」と「快適性」を兼ね備えた、世界で勝つためのラグビー日本代表チーム2019ジャージを開発しました。
  • フォワード用の新素材は、たてあみ1という編み方で福井県の生地メーカーと、バックス用の新素材は、丸編2という編み方で和歌山県の生地メーカーと開発が行われました。
  • さらに激しい動きや衝撃に耐えられるように特殊テープに、超音波溶着3と縫製を組み合わせた「SMART SEAM®RUGBY」4を新たに開発し、着用ストレスを極限まで減らす非常に快適なジャージとして生まれ変わりました。
  • 選手にとっても歴代最高のジャージとなり、ラグビー日本代表の史上初のベスト8進出を支えた用具として挙げられるものです。

(解説)

  1. たてあみ・・・経編は生地組織に凹凸をつけやすく、かさ高でありながら軽量性を高めることができ、相手とぶつかり合うフォワードに必要な、身体を保護するホールド感や耐久性に優れている。
  2. 丸編・・・丸編みは収縮性に優れ、より軽量化がしやすいため、フィールドを走り回り、動きやすいストレッチ性を求めるバックスに適している。
  3. 超音波溶着・・・熱可塑性樹脂(熱を加えると溶融する樹脂)を微細な超音波振動と加圧力によって発生する摩擦熱により、瞬時に溶融し、接合する加工技術
  4. SMART SEAM®RUGBY・・・2枚の生地を超音波溶着で溶着・溶断し、その部分を縫製しながらテープを接着する手法

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身近な科学技術の成果②

人々をメンテナンスから解放した光学マウス

協力:東京工業大学

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左はボール式マウス
右は光学マウス

(内容)

  • コンピューターの操作で多くの人が使用しているマウス。そのほとんどが、今では底面から光を発してマウスの移動を検出し、画面上のカーソルの移動に反映させる光学マウスです。
  • しかし、マウス誕生当初は、マウスに内蔵されたボールの一部が底面に露出して回転するボール式が主流でした。回転するボールの動きによって、マウスの移動を検出する仕組みだったのです。
  • ボール式マウスには、機械的な構造上ある程度の滑りによる誤動作は避けられず、巻き込んだちりを清掃するメンテナンスを定期的に分解して行う必要もありました。
  • そのような中、東京工業大学の伊賀健一助教授(当時。現名誉教授)が昭和52年に考案した面発光レーザー1により、平成13年には底面からのレーザー光と光学センサーによってマウスの移動を検出する光学マウスが実現しました。これにより、ボール式マウスの欠点であった誤動作と定期的なメンテナンスの必要性がなくなったのです。

(解説)

  1. 面発光レーザー・・・昭和52年に東京工業大学の伊賀健一名誉教授が考案し、昭和63年に室温動作を実現した。通常の半導体レーザーは、光が基板面に平行方向に増幅するように構成されるため、基板面と並行してレーザー光が発生する。それに対して、面発光レーザーは光の増幅させる方向を90度変えて、基板に対して垂直方向に増幅させることにより、基板から垂直にレーザー光を放射する。そのため、面発光レーザーは通常の半導体レーザーに必要なへき開(材料の結晶面に沿って割ること)工程が不要で、素子を平面上に並べて作れるアレイ構造が可能なため、低コストで大量生産に適しており、マウスでの使用にもつながった。平成12年以降11億個が生産された。

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身近な科学技術の成果③

私たちの情報を守る素数vs量子コンピュータ

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上は通常のコンピュータにおける2進数での数の処理のイメージ
下は量子コンピュータにおける2進数での数の処理のイメージ

(内容)

  • 私たちの生活では、あらゆる情報が暗号化されて守られています。その暗号に素数が使われています。1とその数自身でのみ割り切れる正の整数である素数は、2からはじまり、3、5、7、11、13、17、19、23、29、31、37、41、43、…と周期性がなく無限に続くという性質があり、この性質が暗号を強固なものにしているのです。
  • 素数は、メッセージの送信者がメッセージを暗号化するための公開鍵(受信者が公開している数字)に利用されています。公開鍵は、ある素数(pとq)の積となっており、送信者はその公開鍵を使ってメッセージを暗号化します。受信者は、受信者のみが知っているpとqから導かれる数字(秘密鍵)を用いてメッセージを復号します。暗号化されたメッセージは秘密鍵を知っている受信者にしか復号できませんが、仮に公開鍵(=p×q)が素因数分解されてpとqがばれてしまうと、秘密鍵もばれてしまうことになります。
  • p×qからpとqを見つける(素因数分解する)ためには、p×qを割り切れる素数を見つける必要があります。しかし、公開鍵の元となる素数p,qは、300桁から1000桁もあり、また、周期性がないという素数の性質のため、順に一つずつ割り切れるか試す必要があり、通常のコンピュータでは、時間的に素因数分解は困難となっています。例えば、300桁の素数同士の素因数分解には、通常のコンピュータでは、1000(…0が300個…)000回以上の試行が必要となるため、現実的な時間では素因数分解はできないのです。
  • 一方、量子コンピュータでは、量子ビット1を複数使うことにより、原理的には膨大な数を同時に処理し、高速に因数分解が可能です。多くの量子ビットを有効な計算が可能な状態で並べるのは現状では難しく、各国で研究が行われています。

(解説)

  1. 量子ビット・・・通常のコンピュータでは、2進数(0か1)で数の処理がされており、この2通りの情報を持つ単位をビットと呼ぶ。例えば、8ビットあると00000000から11111111までの256(=2の8乗)個の数を表す。量子コンピュータで使用する量子ビットは、0と1の両方の状態が重なり合っており、測定により0になるか、1になるかが確定する。すなわち、測定するまで、0と1の両方が同時に処理されることとなり、8量子ビットであれば、256通りの状態が一度に扱われることになるので、高速な計算が可能になる。

身近な科学技術の成果④

生活への影響を考えるヒントに~海と陸の地球化学図~

協力:産業技術総合研究所

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「海と陸の地球化学図」のHPでは、陸域と沿岸海域を網羅した地球化学図(全国・地方)と3次元地球化学図(銅、鉛、水銀、クロムの4元素)を掲載しています1。

(内容)

  • インフラ整備や建設工事等に伴い、掘り起こされる土砂中の重金属汚染等の対策に向けて、自治体や民間企業では環境リスク評価を行うことが必須となってきました。
  • こうした有害元素汚染の評価へ貢献するために、産業技術総合研究所地質調査総合センターは、自然由来の元素濃度の把握を目的として、日本全土における有害元素を含む53元素の分布が一目で分かる地球化学図を作成しました1。
  • 地球化学図は全国から約3,000個の河川堆積物、沿岸域から約5,000個の海底堆積物を採取し、化学分析を経て、陸から沿岸海域における元素の分布と移動・拡散過程の解明や、環境汚染・資源探査評価等に利用できる基礎データとして整備しました1。
  • 現在、主要都市市街地を含む地域について、全国図に比べ空間分解能を10倍に高めた精密図の作成に取り組んでいます。関東地方の精密図は既にインターネット上にて公開しており、中部地方の精密図は令和2年1月に刊行しました。

<参考URL>産業技術総合研究所 地質調査総合センター 「海と陸の地球化学図」
https://gbank.gsj.jp/geochemmap/別ウィンドウで開きます

(解説)

  1. 海と陸の地球化学図・・・産業技術総合研究所地質調査総合センターから配信される、陸域から沿岸海域で採取した河川堆積物や海底堆積物の化学分析を経て整備した53元素の濃度分布図、及びカリウム、ウラン、トリウム含有量から計算により求めた自然放射線量分布図

身近な科学技術の成果⑤

ため池決壊から私たちを守る防災情報システム

協力:農研機構
防災科学技術研究所

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左図:地震発生時のため池の決壊危険度を表示した図
中図:豪雨時のため池の決壊危険度を表示した図
右図:決壊した場合の氾濫域を表示した図

(内容)

  • 日本の農業を支える約17万のため池は貴重な水資源ですが、巨大地震や集中豪雨によって決壊し、下流に深刻な被害を及ぼすことがあり、その対策が課題となっています。
  • 農林水産省が運用する「ため池防災支援システム」は、地震及び豪雨時にため池の決壊危険度を予測するとともに現地の被害情報を共有し迅速な対策に役立てるための防災情報システムです1。
  • 地震時には発生から30分以内、豪雨時には現在時刻から15時間後までのため池の決壊危険度をそれぞれ「安全」、「注意」、「危険」の3段階で予測します2 、3。また、決壊した場合の下流の氾濫域を地図上に表示します4。
  • 予測情報を基に、自治体では避難指示やため池の水を抜くなどの対策を迅速に行うことができます。また、スマートフォン等を用いて、リアルタイムの被害情報を共有することで、国や都道府県から自治体へ迅速な災害支援を行うことが可能です5。

<参考URL>農研機構HP プレスリリース(研究成果)ため池防災支援システム
http://www.naro.affrc.go.jp/publicity_report/press/laboratory/nire/082685.html別ウィンドウで開きます

(解説)

  1. 平成30年に防災科学技術研究所、株式会社コア等との共同研究で農研機構が開発。令和2年から農林水産省が運用を開始し、国及び全国の自治体、ため池管理者で活用される予定です。
  2. 農研機構、株式会社複合技術研究所の共同研究により地震時の決壊危険度の予測システムを開発しています。リアルタイムの決壊危険度の予測のほか、事前防災として大規模地震を想定した簡易な耐震評価を行うことができます。
  3. 農研機構、株式会社オサシ・テクノスの共同研究により豪雨時の決壊危険度の予測システムを開発しています。リアルタイムの決壊危険度の予測のほか、事前防災として豪雨を想定した安全な水位の計算を行うことができます。
  4. 農研機構、ニタ・コンサルタント株式会社の共同研究によりため池決壊時の氾濫域を予測するシステムを開発しています。
  5. 農研機構により、災害時だけでなく、ため池の日常管理にも活用できるスマートフォンアプリも開発しています。

身近な科学技術の成果⑥

がん検診受診率を向上させる方法(ナッジ)

協力:厚生労働省
国立がん研究センター

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左図:五がん検診リーフレット
「がんの早期発見のメリット」と、「受けるべき検診が分かる」というポイントを伝え、開きたくなる気持ちを後押ししている。
右図:肺・胃・大腸がんセット受診用チラシ
「オプションで申し込む」ことを強調するのではなく、「セット受診であること」を強調している。

(内容)

  • 国民の2人に1人が“がん”になり、3人に1人が“がん”で亡くなっています。しかし、がん検診を受けることで、がんによる死亡を今よりも減らすことができます。厚生労働省では、がん検診の受診率を50%以上とすることを目標に、がん検診を推進しています。受診率向上のための取組の一つとして、ナッジが活用されています。
  • ナッジとは、人々が行動を選択するときのバイアスを理解して、強制することなく、人々の行動を望ましい行動に誘導するようなアプローチ方法です1。
  • 国立がん研究センター希望の虹プロジェクトでは、厚生労働省のがん検診事業と連携して、「行動科学やナッジ、ソーシャルマーケティングを活用したがんに関する普及・実装研究」を進めています。術後の死亡率は10%と伝えると約50%が手術を受けると回答するのに対し、術後の生存率は90%と伝えると手術を受けると回答した者は約80%になるというように、ポジティブな表現の方が受け入れられやすいというフレーミング効果をかして、例えば、五がん検診リーフレット(左図)では、「がんは、早期発見すれば90%以上が治ります。」といった表現を用いています。このように様々なナッジ等を活用して、リーフレットやはがき、封筒等、15種類のがん検診受診勧奨用の資材を開発し、下記ホームページで電子ファイルを無料で提供しています。

<参考URL>行動科学やナッジ、ソーシャルマーケティングを活用したがんに関する普及・実装研究
http://rokproject.jp/kenshin/別ウィンドウで開きます
https://www.ncc.go.jp/jp/cpub/division/public_health_policy/project/project_05/project_05.pdf別ウィンドウで開きます

(解説)

  1. ナッジ理論:「ナッジ(nudge)」は、直訳すると「ひじで軽く突く」という意味で、行動経済学や行動科学分野において、人々が強制によってではなく自発的に望ましい行動を選択するよう促す仕掛けや手法を示す用語として用いられている。ナッジ理論は、「人の行動は不合理だ」という前提の下に、人間の行動を心理学、経済学の側面から研究する「行動経済学」の考え方から考案された。例えば、「コンビニのレジ前に足跡を付けておき、そこに並ぶように誘導する」、「『いつもトイレをきれいに使っていただき、ありがとうございます』と張り紙をして、良心に訴えかける」というように、選択の余地を残しながら、特定の選択肢に誘導させる手法で、2017年に、シカゴ大学の行動経済学者リチャード・セイラー教授がノーベル経済賞を受賞したことで、注目が高まっている。

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科学技術・学術政策局企画評価課

(科学技術・学術政策局企画評価課)