第4章 科学技術イノベーションの基盤的な力の強化

第1節 人材力の強化

 科学技術イノベーションを担う「人」について、世界中で高度人材の獲得競争が激化する一方、我が国では若年人口の減少が進んでいる。こうした中、科学技術イノベーション人材の質の向上及び能力の発揮が一層重要になってきている。このため、様々な取組を通じ、我が国において、多様で優秀な人材を持続的に育成・確保し、科学技術イノベーション活動に携わる人材が知的プロフェッショナルとして学界や産業界等の多様な場で活躍できる社会を創り出すこととしている

(1) 若手研究者の育成・活躍促進
 科学技術イノベーションの重要な担い手は若手研究者であり、優れた若手研究者の育成・確保を図ることが必要である。そのためには、優秀な者が博士課程に進学することで、知的プロフェッショナルである博士人材となるとともに、若手研究者として、安定した雇用と流動性の両立を図りながら、自らの研究活動に専念し、成果を上げることができるよう、研究費獲得の機会の増大や環境整備を進めることが重要である。
 しかしながら、我が国では、近年、教員数が増加している中で若手大学本務教員の割合が減少するなど、若手研究者の置かれた厳しい状況が指摘されている(第2-4-1図)。

■第2-4-1図/大学における40歳未満本務教員比率

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 このような状況の中、科学技術・学術審議会人材委員会では、令和元年6月に「第6期科学技術基本計画の検討に向けた重要論点(中間まとめ)」等を取りまとめた。また、10月に人材委員会の下にポストドクター等の雇用に関する小委員会を設置し、ポストドクター等の雇用関係や、研究環境、キャリア開発支援等に関する事項を盛り込んだ機関向けのガイドラインの策定に向け検討を進めている。

ア 若手研究者の安定かつ自立した研究の実現
 文部科学省は、優れた若手研究者が産学官の研究機関において、安定かつ自立した研究環境を得て自主的・自立的な研究に専念できるよう研究者及び研究機関に対して支援を行う「卓越研究員事業」を平成28年度より実施している。令和元年度までに、本事業を通じて創出されたポストにおいて、少なくとも332名(令和2年1月31日現在)の若手研究者が安定かつ自立した研究環境を確保している。
 また、優秀な若手研究者が自らの研究に専念できる環境を整備し、安定したポストに就けるようにするため、「テニュアトラック制」を導入する大学等を支援する「テニュアトラック普及・定着事業」を実施しており、令和元年度においては19機関が取組を行っている。

イ キャリアパスの多様化
 文部科学省では、若手研究者等の流動性を高めつつ安定的な雇用を確保することによって、キャリアアップを図るとともに、キャリアパスの多様化を進める仕組みを構築する大学等を支援する「科学技術人材育成のコンソーシアムの構築事業」を実施し、令和元年度においては10拠点が取組を行っている。
 また、我が国の研究生産性の向上を図るため国内外の先進事例の知見を取り入れ、世界トップクラスの研究者育成に向けたプログラムを開発し、トップジャーナルへの論文掲載や海外資金の獲得等に向けた支援体制など、研究室単位ではなく組織的な研究者育成システムの構築を目指す「世界で活躍できる研究者戦略育成事業」を令和元年度より実施し、2機関を支援している。
 科学技術振興機構は、産学官で連携し、研究者や研究支援人材を対象とした求人・求職情報など、当該人材のキャリア開発に資する情報の提供及び活用支援を行うため、「研究人材のキャリア支援ポータルサイト(JREC-IN Portal(※1))」を運営している。

ウ 研究環境の整備
 科学研究費助成事業(科研費)においては、「科研費若手支援プラン」を策定し、研究者のキャリア形成に応じた支援を強化しつつ、オープンな場でのせったくを促すための施策に取り組んでいる。令和2年度助成に向けては、次代の学術を担う研究者の参画を得つつ、学術の体系や方向の変革・転換を先導する新種目「学術変革領域研究」を創設するとともに、大くくり化した審査区分の下で斬新な発想に基づく大胆な挑戦を促す「挑戦的研究(開拓)」を大幅に拡充し、新たに基金化した。あわせて、より大規模な研究への若手の挑戦を促進する重複応募制限の緩和に対応して、「基盤研究(B)、(A)」を拡充した。

(2) 科学技術イノベーションを担う多様な人材の育成・活躍促進
ア マネジメント人材等の育成・活躍促進に向けた取組
 研究者のみならず、多様な人材の育成・活躍促進が重要であり、文部科学省では、研究者の研究活動活性化のための環境整備、大学等の研究開発マネジメント強化及び科学技術人材の研究職以外への多様なキャリアパスの確立を図る観点も含め、リサーチ・アドミニストレーター(URA)の支援方策について調査研究等を実施している。
 平成30年度においては、大学等におけるURAの更なる充実を図るため、「リサーチ・アドミニストレータ―活動の強化に関する検討会」において、その知識・能力の向上と実務能力の可視化に資するものとして認定制度の導入に向けた論点整理が取りまとめられた(平成30年9月)。令和元年度からは、この論点整理を踏まえ、認定制度の導入に向けた調査研究を実施している。
 また、世界水準の優れた研究大学群を増強するため、定量的な指標(エビデンス)に基づき採択した22の大学等研究機関に対する研究マネジメント人材(URAを含む。)群の確実な配置や集中的な研究環境改革の支援を通じて、我が国全体の研究力強化を図っている。
 そのほか、我が国の優秀な人材層に、プログラム・マネージャー(PM)という新たなイノベーション創出人材モデルと資金配分機関等で活躍するキャリアパスを提示・構築するために、PMに必要な知識・スキル・経験を実践的に習得する「プログラム・マネージャーの育成・活躍促進プログラム」を実施している。

イ 技術者の養成及び能力開発
 科学技術イノベーションの推進に当たって、産業界とそれを支える技術者は中核的な役割を果たしている。技術の高度化・統合化に伴い、技術者に求められる資質能力はますます高度化・多様化していく中で、文部科学省や関係機関においては、このような変化に対応した優秀な技術者の養成及び能力開発等を図っている。
 文部科学省は、大学等における実践的な工学教育に向けた取組を推進しており、各大学では、例えば、連携する企業における課題を用いた課題解決型学習や、産業社会構造を見据えた分野を融合した教育など、教育内容や方法の質的充実に向けた取組が進められている。また、高等専門学校では、中学校卒業後の早い年齢から、5年一貫の専門的・実践的な技術者教育を特徴としつつ、他分野との連携強化、地域産業を支える人材の育成、国際的な技術者として活躍する能力の向上等の取組を通じて、実践的・創造的技術者の育成を進めている。そのほか、科学技術に関する高等の専門的応用能力を持って計画や設計等の業務を行う者に対し、「技術士」の資格を付与する「技術士制度」を設けている。技術士試験は、理工系大学卒業程度の専門的学識等を確認する第一次試験(令和元年度合格者数6,819名)と技術士にふさわしい高等の専門的応用能力を確認する第二次試験(同2,819名)から成る。令和元年度第二次試験の部門別合格者は第2-4-2表のとおりである。

■第2-4-2表/技術士第二次試験の部門別合格者(令和元年度)

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 科学技術振興機構は、技術者が科学技術の基礎知識を幅広く習得することを支援するために、科学技術の各分野及び共通領域に関するインターネット自習教材(※2)を提供している。

(3) 大学院教育改革の推進
 文部科学省は、高度な専門的知識と倫理観を基礎に自ら考え行動し、新たな知及びそれに基づく価値を創造し、グローバルに活躍し未来を牽引けんいんする「知のプロフェッショナル」を育成するための大学院教育改革の体質改善に取り組んでいる。令和元年度は、「第3次大学院教育振興施策要綱」(平成28年3月31日文部科学大臣決定)を踏まえた大学院教育の充実・強化を引き続き進めるとともに、「2040年を見据えた大学院教育の体質改善~社会や学修者の需要に応える大学院教育の実現~(審議まとめ)」(平成31年1月中央教育審議会大学分科会)を踏まえた制度改正等により、学位プログラムとしての大学院教育の確立等を推進している。
 博士課程教育については、広く産学官にわたりグローバルに活躍するリーダーを養成するため、産学官の参画を得つつ、専門分野の枠を超えて博士課程前期・後期一貫した学位プログラムを構築・展開する大学院教育の抜本的改革を支援する「博士課程教育リーディングプログラム」を平成23年度から実施し、平成30年度までに62プログラムを支援している。
 また、平成30年度より、卓越した博士人材を育成するとともに、人材育成・交流及び新たな共同研究が持続的に展開される卓越した拠点を形成するため、各大学が自身の強みを核に、これまでの大学院改革の成果を生かし国内外の大学・研究機関・民間企業等と組織的な連携を行いつつ、世界最高水準の教育力・研究力を結集した5年一貫の博士課程教育プログラムを構築することを支援する「卓越大学院プログラム」を実施し、平成30年度に15プログラム、令和元年度に11プログラムを採択した。日本学生支援機構は、意欲と能力があるにもかかわらず、経済的な理由により進学等が困難な学生に対する奨学金事業を実施しており、大学院で無利子奨学金の貸与を受けた者のうち、在学中に特に優れた業績を上げた学生の奨学金について返還免除を行っている。なお、平成30年度入学者より、博士課程の大学院業績優秀者免除制度の拡充を行い、博士後期課程学生の経済的負担を軽減することによって、進学を促進している。
 日本学術振興会は、我が国の学術研究の将来を担う優秀な博士課程(後期)の学生に対して研究奨励金を支給する「特別研究員(DC)事業」を実施している。
 日本学術会議は、文部科学省からの審議依頼に応じて、大学教育の分野別質保証のために、全ての学生が身に付けるべき基本的な素養等を主要な内容とする「教育課程編成上の参照基準」の策定を行っており、令和元年度までに32分野の参照基準を公表した。

(4) 次代の科学技術イノベーションを担う人材の育成
 文部科学省は、理科教育における観察・実験や指導の充実に向けた指導体制を整えるための理科観察・実験アシスタントの配置の支援や、「理科教育振興法」(昭和28年法律第186号)に基づき、観察・実験に係る実験用機器をはじめとした理科、算数・数学教育に使用する設備の計画的な整備を進めている。
 また、先進的な理数系教育を実施する高等学校等を「スーパーサイエンスハイスクール(SSH)」に指定し、科学技術振興機構を通じ、生徒の科学的能力を培い、将来、国際的に活躍し得る科学技術人材等の育成を図っている。具体的には、SSH指定校は、大学や研究機関等と連携しながら課題研究の推進、理数系に重点を置いたカリキュラムの開発・実施等を行い、創造性豊かな人材の育成を図っている。令和元年度においては、全国212校のSSH指定校が特色ある取組を進めている。
 科学技術振興機構は、意欲・能力のある高校生を対象とした国際的な科学技術人材を育成するプログラムの開発・実施を行う大学を「グローバルサイエンスキャンパス(GSC)」において選定し、支援している。平成29年度からは、理数分野で特に意欲や突出した能力を有する小中学生を対象に、その能力の更なる伸長を図るため、大学等が特別な教育プログラムを提供する「ジュニアドクター育成塾」を開始した。
 また、全国の自然科学系分野を学ぶ学部学生等が自主研究を発表し、全国レベルでせったくし合うとともに、企業関係者等とも交流を図ることができる機会として、令和2年2月29日から3月1日にかけて、滋賀県草津市において開催を予定していた「第9回サイエンス・インカレ」は、新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から、開催を中止した。
 さらに、数学、化学、生物学、物理、情報、地学、地理の国際科学オリンピックや国際学生科学技術フェア(ISEF(※3))等の国際科学技術コンテストの国内大会の開催や、国際大会への日本代表選手の派遣、国際大会の日本開催に対する支援等を行っている(第2-4-3図)。令和元年度は、全国の高校生等が、学校対抗・チーム制で理科・数学等における筆記・実技の総合力を競う場として、「第7回科学の甲子園ジュニア全国大会」(令和元年12月6日から8日)を茨城県つくば市で開催し、愛知県代表チームが優勝した(第2-4-4図)。なお、令和2年3月20日から23日にかけて、埼玉県さいたま市において開催を予定していた「第9回科学の甲子園全国大会」は、新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から、開催を中止した。
 文部科学省、特許庁、日本弁理士会及び工業所有権情報・研修館は、国民の知的財産に対する理解と関心を深めるため、高等学校、高等専門学校及び大学等の生徒・学生を対象としたパテントコンテスト及びデザインパテントコンテストを開催している。コンテストに応募された発明・意匠のうち優れたものについて表彰を行うとともに、生徒・学生が行う実際の特許出願・意匠登録出願から権利取得までの過程を支援している。なお、コンテストに応募した生徒・学生が所属する学校のうち、本コンテストに際し積極的な取組を行い、生徒・学生の知的財産マインドの向上を図るとともに知的財産制度の理解を深める努力を行った学校に対しては、文部科学省から表彰を行っている。
 また、Society 5.0時代を生きる子供たちにとって、教育におけるICTを基盤とした先端技術等の効果的な活用が求められる一方で、現在の学校ICT環境の整備は遅れており、自治体間の格差も大きい。このため、1人1台端末及び高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備するとともに、並行してクラウド活用推進、ICT機器の整備調達体制の構築、利活用優良事例の普及、利活用のPDCAサイクル徹底等を進める「GIGAスクール構想の実現」のための予算が令和元年度に措置された。

■第2-4-3図/令和元年度国際科学技術コンテスト出場選手

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■第2-4-4図/第7回科学の甲子園ジュニア全国大会

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2 人材の多様性確保と流動化の促進

(1)   女性の活躍促進
 女性研究者の活躍を促進し、その能力を発揮させていくことは、我が国の経済社会の再生・活発化や男女共同参画社会の推進に寄与するものである。第5期基本計画では、第4期基本計画が掲げた女性研究者の新規採用割合に関する目標値(自然科学系全体で30%、理学系20%、工学系15%、農学系30%、医学・歯学・薬学系合わせて30%)について、第5期基本計画期間中に速やかに達成することを目指すとしている(平成27年28.2%)。我が国では、女性研究者の登用や活躍支援を進めることにより、女性研究者の割合は年々増加傾向にあるものの、平成31年3月31日現在で16.6%であり、先進諸国と比較すると依然として低い水準にある(第2-4-5図)。

■第2-4-5図/各国における女性研究者の割合

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 内閣府は、ウェブサイト「理工チャレンジ(リコチャレ)(※4)」において、理工系分野での女性の活躍を推進している大学や企業等の「リコチャレ応援団体」の取組やイベント、理工系分野で活躍する女性からのメッセージ等を情報提供している。また、女子生徒等の理工系分野への進路選択を支援するため、令和元年7月から8月にかけて、文部科学省・一般社団法人日本経済団体連合会との共催により、主に女子中高生等を対象とした、理工系の職場見学、仕事体験、施設見学など夏休み期間中に各大学・企業等で実施している多彩なイベントを取りまとめた「夏のリコチャレ2019~理工系のお仕事体感しよう!~」を開催した。
 さらに、地方公共団体の協力を得て、全国10都市で、理工系で学び、様々な分野で活躍している女性である「STEM(※5) Girls Ambassadors(理工系女子応援大使)」を派遣して講演を行うとともに、地元への定着や就労支援も目的とした地元企業の女性活躍事例の紹介や、理工系分野への関心を喚起する体験型の実験教室を行った。
 また、「研究力強化・若手研究者支援総合パッケージ」(令和2年1月23日総合科学技術・イノベーション会議決定)において、女性の活躍促進を含んだダイバーシティ拡大のための施策を決定した。
 文部科学省は、研究と出産・育児等のライフイベントとの両立や女性研究者の研究力向上を通じたリーダーの育成を一体的に推進するダイバーシティの実現に向けた大学等の取組を支援するため、「ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブ」を実施しており、令和元年度においては109機関が取組を行っている。
 日本学術振興会は、出産・育児により研究を中断した研究者に対して、研究奨励金を支給し、研究復帰を支援する「特別研究員(RPD(※6))事業」を実施している。
 産業技術総合研究所は、全国20の大学や研究機関から成る組織(ダイバーシティ・サポート・オフィス)の運営に携わり、参加機関と連携してダイバーシティ推進に関する情報共有や意見交換を行っている。また、大学・企業との連携・協働で女性活躍推進法行動計画を実践し、より広いネットワークの下、相互に研究者等のワーク・ライフ・バランスの実現やキャリア形成を支援し、意識啓発を進めるなどダイバーシティ推進に努めている。
 令和元年(2019年)6月のG20大阪サミットにおいて、女性が主要問題の1つとして取り上げられた。我が国は、サミットの公式プログラムの一部として、「女性のエンパワーメントに関する首脳特別イベント」を開催し、安倍総理は、女性に関する議論の3本柱の1つである、STEM(科学、技術、工学及び数学)分野を含む女子教育支援の重要性につきメッセージを発信した。また、成果文書である首脳宣言において、STEM教育へのアクセス改善を含め、女性・女児への教育支援継続へのコミットにつき言及がなされた。

(2)   国際的な研究ネットワーク構築の強化
ア 国際研究ネットワークの充実
(ア)我が国の研究者の国際流動の現状
 令和元年度に公表した「国際研究交流の概況」によれば、我が国の大学や独立行政法人等の外国人研究者の短期受入れ者数は、平成21年度まで増加傾向であったところ、東日本大震災等の影響により平成23年度にかけて減少したが、その後は、回復傾向が見られる。また、中・長期受入れ者数は、平成12年度以降、おおむね1万2,000から1万5,000人の水準で推移している(第2-4-6図)。我が国における研究者の短期派遣者数は、調査開始以降、増加傾向が見られる。また、中・長期派遣者数は、平成20年度以降、おおむね4,000から5,000人の水準で推移している(第2-4-7図)。

■第2-4-6図/海外からの受入れ研究者数(短期/中・長期)の推移

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■第2-4-7図/海外への派遣研究者数(短期/中・長期)の推移

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(イ)研究者の国際交流を促進するための取組
 世界規模で進む頭脳循環の流れの中において、我が国の研究者及び研究グループが国際的研究・人材ネットワークの中心に位置付けられ、またそれを維持していくことができるように、取組を進めている。
 日本学術振興会は、国際舞台で活躍できる我が国の若手研究者の育成を図るため、若手研究者を海外に派遣する諸事業や諸外国の優秀な研究者を招聘しょうへい する事業を実施するほか、科学研究費助成事業(科研費)において、令和元年度には、海外渡航時の研究費の中断制度を導入するとともに、若手の参画を必須として国際共同研究を加速する「国際共同研究強化(B)」を拡充した。
 また、国際的な活躍が期待できる研究者の育成に資するよう、海外の研究機関との間の研究者の派遣・受入れを行う大学等研究機関を支援する「国際的な活躍が期待できる研究者の育成事業」を実施している。さらに、我が国における学術の将来を担う国際的視野に富む有能な研究者を養成・確保するため、優れた若手研究者が海外の特定の大学等研究機関において長期間研究に専念できるよう支援する「海外特別研究員事業」や博士後期課程学生等の海外渡航支援として、「若手研究者海外挑戦プログラム」等を実施している。
 令和元年度から国際コミュニティの中核に位置する一流の大学・研究機関において挑戦的な研究に取り組みながら、著名な研究者等とのネットワーク形成に取り組む優れた若手研究者に対して研究奨励金を支給する「国際競争力強化研究員事業」を創設した。
 優れた外国人研究者に対し、我が国の大学等において研究活動に従事する機会を提供するとともに、我が国の大学等の研究環境の国際化に資するため、「外国人研究者招へい事業」により外国人特別研究員等の受入れを実施しているほか、「二国間交流事業」により我が国と諸外国の研究チームの持続的ネットワーク形成を支援している。
 また、アジア太平洋アフリカ地域の人材育成とネットワーク形成のため「HOPEミーティング」を開催し、同地域から選抜された大学院生等とノーベル賞受賞者をはじめとする世界の著名研究者が交流する機会を提供している。
 科学技術振興機構は、海外の優秀な人材の獲得につなげるため、アジアを中心とする41の国・地域から青少年(40歳以下の高校生、大学生、大学院生、研究者等)を短期(1~3週間程度)に招聘しょうへいする「日本・アジア青少年交流事業(さくらサイエンスプラン)」を平成26年度から実施している。

イ 国際的な研究助成プログラム
 ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP)は、1987年(昭和62年)6月のベネチア・サミットにおいて我が国が提唱した国際的な研究助成プログラムで、生体の持つ複雑な機能の解明のための基礎的な国際共同研究などを推進し、またその成果を広く人類全体の利益に供することを目的としている。現在、日本・オーストラリア・カナダ・EU・フランス・ドイツ・インド・イタリア・韓国・ニュージーランド・ノルウェー・シンガポール・スイス・英国・米国の計15か国・極が加盟し、フランス・ストラスブールに置かれた国際ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム機構(HFSPO、会長:長田重一・大阪大学教授)により運営されている。我が国は本プログラム創設以来積極的な支援を行い、プログラム運営において重要な役割を担っている。
 本プログラムでは、国際共同研究チームへの研究費助成(研究グラント)、若手研究者が国外で研究を行うための旅費、滞在費等の助成(フェローシップ)及び受賞者会合の開催等が実施されている。1990年度の事業開始から30年が経過し、この間、HFSPOは約1,100件の研究課題、4,000名余りの世界の研究者に対して研究グラントを支援するとともに、約3,200名の若手研究者に対してフェローシップの助成を実施してきた。国際的協力による、独創的・野心的・学際的な研究を支援する本プログラムでは、過去に研究グラントに採択された受賞者の中から、2018年(平成30年)にノーベル生理学・医学賞を受賞された本庶佑・京都大学特別教授はじめ28名のノーベル賞受賞者を輩出するなど、世界的に高く評価されている。

(3) 分野、組織、セクター等の壁を越えた流動化の促進
 文部科学省及び経済産業省は、人材の流動性を高める上で、研究者等が複数の機関の間での出向に関する協定等に基づき、各機関に雇用されつつ、一定のエフォート管理の下、各機関における役割に応じて研究・開発及び教育に従事することを可能にする、クロスアポイントメント制度を促進することが重要であるとの認識の下、その実施に当たっての留意点や推奨される実施例等をまとめた「クロスアポイントメント制度の基本的枠組みと留意点」を平成26年12月に公表し、制度の導入を促進してきた。また、平成28年11月に策定された「産学官連携による共同研究強化のためのガイドライン」においてもクロスアポイントメントを促進している。加えて、令和元年度から更なる促進を図るため「クロスアポイントメント制度の基本的枠組みと留意点」の追補版を作成している。
 また、文部科学省は、複数の大学等でコンソーシアムを形成し、企業等とも連携して、研究者の流動性を高めつつ、安定的な雇用を確保しながらキャリアアップを図る「科学技術人材育成のコンソーシアムの構築事業」を実施している。

■第2-4-8表/人材力の強化のための主な施策(令和元年度)

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コラム2-10 海洋研究のプラットフォームを使った若手人材育成への貢献

 我が国は、人を乗せて水深6,500mまで潜水可能な有人潜水調査船「しんかい6500」、海底下の大深度掘削が可能な地球深部探査船「ちきゅう」など世界屈指の研究プラットフォームを有している。これらの研究プラットフォームを運用する海洋研究開発機構では、若者が海洋科学技術の現場に直接触れる機会を積極的に提供することで、将来の海洋科学技術を支える人材の育成を目指している。
 海洋研究開発機構は、令和元年度に、最先端の海洋研究現場での経験及び教育を提供するプロジェクト(「深海研究のガチンコファイト」を体感せよ!)を実施し、大学生及び高等専門学校4年生以上を対象に「しんかい6500」による潜航調査航海への参加者を募集した。研究者による直接指導の下、参加者は、最先端かつ挑戦的な研究を行うチームの一員として、研究航海の準備、研究調査船及び「しんかい6500」への乗船、船上における実験・分析などリアルな現場を体感した。参加者から寄せられたレポートは海洋研究開発機構のホームページに掲載されている(https://www.jamstec.go.jp/j/about/hr_cruise2019/#report別ウィンドウで開きます)。
 また、海洋開発技術者の育成という政府の目標に基づき設立された「日本財団オーシャンイノベーションコンソーシアム」への協力として、海洋研究開発機構は、大学生及び大学院1年生を対象に、「ちきゅう」の乗船体験セミナーを開催している。本セミナーは好評により令和元年度で4回目の開催となり、参加者は、「ちきゅう」に宿泊し、船上での講義や、通常の見学では行けないような場所を含む充実した船内見学によって、科学掘削を支える技術や得られた研究成果への理解を深めている。
 研究プラットフォームを使った人材育成の取組は、参加者にとって、研究の現場を知る格好の機会となっており、また、プロの研究者及び技術者、あるいは全国から集まった志を同じくする者と交流するユニークな機会となっている。今後も海洋研究開発機構は、このような取組を通じて、知の先端を切りひら く海洋科学・技術への興味と関心を喚起するとともに、我が国の海洋科学技術を支える人材育成に貢献する。

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第2節 知の基盤の強化

 持続的なイノベーションの創出には、従来の慣習や常識にとらわれない柔軟な思考と斬新な発想が求められている。そうした中、学術研究と基礎研究の改革と強化をはじめ、研究者が腰を据えて研究に取り組むための環境整備など、質的・量的双方の観点から知の基盤の強化を図ることとしている。

1 イノベーションの源泉としての学術研究と基礎研究の推進

(1) 学術研究の推進に向けた改革と強化
ア 科学研究費助成事業の改革・強化
 文部科学省及び日本学術振興会は科学研究費助成事業(科研費)を実施している。科研費は、人文学・社会科学から自然科学までの全ての分野にわたり、あらゆる学術研究を対象とする唯一の競争的資金であり、研究の多様性を確保しつつ独創的な研究活動を支援することにより、研究活動の裾野の拡大を図り、持続的な研究の発展と重厚な知的蓄積の形成に資する役割を果たしている。令和元年度は、主な研究種目全体で10万件を超える新たな応募のうち、ピアレビュー(研究者コミュニティから選ばれた研究者による審査)によって約2万9,000件を採択し、数年間継続する研究課題を含めて約7万9,000件を支援している(令和元年度予算額2,372億円)。
 科研費は、これまでも制度を不断に見直し、基金化の導入などの改善を図ってきたが、質の高い学術研究を推進し、卓越した「知」を創出するため、「科研費改革の実施方針」(平成27年9月策定)等を踏まえ、審査システムの見直しをはじめとする抜本的な改革を進めている。
 具体的には、文部科学省 科学技術・学術審議会 学術分科会において取りまとめられた「科学研究費助成事業の審査システム改革について」に基づき、平成30年度の助成から、400程度に細分化されている審査区分を大括り化した審査区分表に基づいて公募するとともに、「総合審査」などの新しい審査方式による合議審査の一層の充実に努めている。
 今後も、更なる学術研究の振興に向け、科研費の充実を図っていく。

イ 大学・大学共同利用機関における共同利用・共同研究の推進
 我が国の学術研究の発展には、最先端の大型装置や貴重な資料・データ等を、個々の大学の枠を超えて全国の研究者が利用し、共同研究を行う「共同利用・共同研究体制」が大きく貢献しており、主に大学共同利用機関や、文部科学大臣の認定を受けた国公私立大学の共同利用・共同研究拠点(※7)によって担われている。
 特に学術研究の大型プロジェクトは、最先端の大型研究装置等により人類未踏の研究課題に挑み、世界の学術研究を先導するとともに、国内外の優れた研究者を結集し、国際的な研究拠点を形成することなどから、共同利用・共同研究体制の下で推進することが重要であり、文部科学省では「大規模学術フロンティア促進事業」としてこうしたプロジェクトを支援している(第2-4-9図)。その代表的な例としては、平成27年度の梶田隆章・東京大学宇宙線研究所長のノーベル物理学賞受賞につながる研究成果を上げたスーパーカミオカンデ(SK)やその次世代計画であるハイパーカミオカンデ(HK)計画が挙げられる。HKは、SKを飛躍的に上回る観測性能を備え、陽子崩壊探索などのニュートリノ研究を通じた新たな物理法則の発見や素粒子と宇宙の謎を解き明かすことを目指しており、令和元年度より建設に着手している。また、大型電波望遠鏡「アルマ」計画は、平成31年4月に国際共同研究プロジェクトより発表された、史上初となるブラックホールの撮影成功にも大きく貢献するなど、銀河・惑星系の形成過程や生命起源の謎に迫る成果を着実に上げている。

■第2-4-9図/大規模学術フロンティア促進事業において実施する大型プロジェクト

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(2) 戦略的・要請的な基礎研究の推進に向けた改革と強化
 科学技術振興機構が実施している「戦略的創造研究推進事業(新技術シーズ創出)」及び日本医療研究開発機構が実施している「革新的先端研究開発支援事業」では、国が戦略的に定めた目標の下、大学等の研究者から提案を募り、組織・分野の枠を超えた時限的な研究体制を構築して、戦略的な基礎研究を推進するとともに、有望な成果について研究を加速・深化している。研究者の独創的・挑戦的なアイディアを喚起し、多様な分野の研究者による異分野融合研究を促すため、戦略目標等を大括(くく)り化する等の制度改革を進めており、令和元年度目標として、文部科学省では以下の七つを設定した。

ア 戦略的創造研究推進事業(新技術シーズ創出)

  • ナノスケール動的挙動の理解に基づく力学特性発現機構の解明
  • 最先端光科学技術を駆使した革新的基盤技術の創成
  • 量子コンピューティング基盤の創出
  • 数理科学と情報科学の連携・融合による情報活用基盤の創出と社会への展開
  • 次世代IoTの戦略的活用を支える基盤技術
  • 多細胞間での時空間的な相互作用の理解を目指した技術・解析基盤の創出

イ 革新的先端研究開発支援事業

  • 健康・医療の質の向上に向けた早期ライフステージにおける分子生命現象の解明

(3) 創発的研究の推進
 我が国が将来にわたってノーベル賞級のインパクトをもたらす研究成果を創出し続けるためには、研究者がしっかりと腰を据えて、自由で挑戦的な研究に打ち込める環境が必要との認識の下、文部科学省では、最長10年間にわたる柔軟で安定的な研究費の支援と、研究者を取り巻く研究環境の向上を一体的に推進する「創発的研究支援事業」を実施するため、令和元年度補正予算による500億円の基金を科学技術振興機構に造成した。

(4) 国際共同研究の推進と世界トップレベルの研究拠点の形成
 我が国が世界の研究ネットワークの主要な一角に位置付けられ、世界の中で存在感を発揮していくためには、国際共同研究を戦略的に推進するとともに、国内に国際頭脳循環の中核となる研究拠点を形成することが重要である。

ア 諸外国との国際共同研究
(ア)国際熱核融合実験炉(ITER(※8))計画等
 ITER計画は、核融合エネルギーの実現に向け、世界7極の国際協力により実施されており、2025年(令和7年)の運転開始を目指し、フランス・カダラッシュにおいてITERの建設作業が本格化している。我が国は、ITERの主要な機器である超伝導コイルの製作等を進めている(第3章第1節参照)。また、日欧協力によりITER計画を補完・支援する先進的核融合研究開発である幅広いアプローチ(BA(※9))活動を青森県六ヶ所村及び茨城県那珂市で推進している。

(イ)国際宇宙ステーション(ISS(※10))
 ISS計画において、我が国は、日本実験棟「きぼう」及び宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV(※11))の運用などを行っている(第3章第4節2(6)参照)。

(ウ)国際宇宙探査
 令和元年10月、宇宙開発戦略本部において、米国提案による国際宇宙探査への日本の参画方針を決定した(第3章第4節2(7)参照)。

(エ)国際深海科学掘削計画(IODP(※12))
 IODPは、地球環境変動、地球内部構造や地殻内生命圏等の解明を目的とした日米欧主導の多国間国際協力プロジェクトである統合国際深海掘削計画[前IODP(2003年から2013年(平成15年から25年))]を引き継ぐ形で、2013年(平成25年)10月から実施されている。我が国が提供し、科学掘削船としては世界最高レベルの性能を有する地球深部探査船「ちきゅう」及び米国が提供する掘削船を主力掘削船とし、欧州が提供する特定任務掘削船を加えた複数の掘削船を用いて世界各地の深海底の掘削を行っている。

(オ)大型ハドロン衝突型加速器(LHC)
 LHC計画(※13)においては、CERN(※14)加盟国と日本、米国等による国際協力の下、世界最高のエネルギー領域において実験研究が行われており、「ヒッグス粒子」発見等の成果が得られた。現在、LHCの高輝度化(HL-LHC(※15)計画)が進められている。

(カ)その他
 国際リニアコライダー(ILC(※16))計画については、ヒッグス粒子の性質をより詳細に解明することを目指し、国際プロジェクトとして国際研究者コミュニティで検討されている。
 文部科学省において、平成30年12月に公表された日本学術会議の所見を踏まえ、平成31年3月に「ILCに関する見解」を示した。現在、本見解を踏まえ、研究者コミュニティにおける検討を注視しつつ、対応している。

イ 世界トップレベル拠点の形成に向けた取組
 文部科学省は、「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI(※17))」の実施により、高度に国際化された研究環境と世界トップレベルの研究水準を誇る「目に見える国際頭脳循環拠点」の充実・強化を着実に進めている。具体的には、1拠点当たり7億円程度(平成22年度以前の採択拠点においては最大14億円程度)の支援を10年間行っており、令和元年度末現在13拠点が活動している(第2-4-10図)。本プログラムでは、「世界トップレベル研究拠点プログラム委員会」(委員長:野依良治・科学技術振興機構 研究開発戦略センター長)を中心に、丁寧かつきめ細やかな進捗管理を毎年実施している。
 また、世界水準の優れた研究大学群を増強するため、研究マネジメント人材の確保・活用と大学改革・集中的な研究環境改革の一体的な推進を支援・促進し、我が国全体の研究力強化を図るため、「研究大学強化促進事業」を実施している。
 内閣府は、科学技術・イノベーションの国際的拠点を目指した沖縄科学技術大学院大学(OIST(※18))の規模拡充に向けた取組を支援している。

■第2-4-10図/世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)の拠点一覧

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2 研究開発活動を支える共通基盤技術、施設・設備、情報基盤の戦略的強化

(1) 共通基盤技術と研究機器の戦略的開発・利用
 科学技術振興機構は、文部科学省の方針に基づき、世界最先端の研究者やものづくり現場のニーズに応えられる我が国発のオンリーワン、ナンバーワンの先端計測分析技術・機器の開発等を行う「研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)」を実施している(第2-4-11図)。開発されたプロトタイプが製品化に至った事例は、令和2年3月末の時点で約65件に上る。

■第2-4-11図/先端計測分析技術・機器開発の主な成果例

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(2) 産学官が利用する研究施設・設備及び知的基盤の整備・共用、ネットワーク化
ア 研究施設・設備の整備・共用、ネットワーク化の促進
 科学技術の振興のための基盤である研究施設・設備は、整備や効果的な利用を図ることが重要である。また、「科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律」(平成20年法律第63号)においても、国立大学法人及び研究開発法人等が保有する研究開発施設・設備及び知的基盤の共用の促進を図るため、国が必要な施策を講じる旨が規定されている。
 このため、政府は科学技術に関する広範な研究開発領域や産学官の多様な研究機関に用いられる共通的、基盤的な施設・設備に関し、その有効利用や活用を促進するとともに、施設・設備の相互のネットワーク化を図り、利便性、相互補完性、緊急時の対応力等を向上させるための取組を進めている。

(ア)特定先端大型研究施設
 「特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律」(平成6年法律第78号)(以下「共用法」という。)においては、特に重要な大規模研究施設は特定先端大型研究施設と位置付けられ、計画的な整備及び運用並びに中立・公正な共用が規定されている。

(ⅰ)大型放射光施設(SPring-8(※19))
 SPring-8は、光速近くまで加速した電子の進行方向を曲げたときに発生する極めて明るい光である「放射光」を用いて、物質の原子・分子レベルの構造や機能を解析できる世界最高性能の研究基盤施設である。本施設は平成9年の供用開始から20年を迎えてなお、生命科学、環境・エネルギーから新材料開発まで、我が国の経済成長をけん いんする様々な分野で革新的な研究開発に貢献している。
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(ⅱ)X線自由電子レーザー施設(SACLA(※20))
 SACLAは、レーザーと放射光の特長を併せ持つ究極の光を発振し、原子レベルの超微細構造や化学反応の超高速動態・変化を瞬時に計測・分析する世界最先端の研究基盤施設である。平成24年3月に供用を開始し、平成29年度より、世界初となる電子ビームの振り分け運転(※21)による2本の硬X線自由電子レーザービームラインの同時供用が開始されるなど、更なる高インパクト成果の創出に向けた利用環境の整備が着実に進められている。

(ⅲ)スーパーコンピュータ「けい」の運用終了と「富岳ふがく」の開発
 スーパーコンピュータを用いたシミュレーションは、理論、実験と並ぶ、現代の科学技術の第3の手法として最先端の科学技術や産業競争力の強化に不可欠なものとなっている。理化学研究所が平成24年9月から運用している「けい」は、医療・創薬の高度化、ものづくりの革新、地震・津波の被害軽減や物質と宇宙の起源の解明など、様々な分野において世界に先駆けた画期的な成果の創出に貢献し、令和元年8月に運用を終了した。
 また、文部科学省は、我が国が直面する社会的・科学的課題の解決に貢献するため、令和3年度の運用開始を目標に「けい」の後継機である「富岳ふがく」を開発するプロジェクトを推進している。システムと課題解決に資するアプリケーションとを協調的に開発することにより、世界最高水準の汎用性のあるスーパーコンピュータの実現を目指している。令和元年11月のスパコンランキングでは「富岳ふがく」の試作機が消費電力性能を示すランキング(Green500)で世界1位を獲得した。
 さらに、文部科学省は、新型コロナウイルス対応に向けて理化学研究所と連携し、令和2年4月より、整備中の「富岳ふがく」の一部を当初予定に先駆けて新型コロナウイルス対策・研究に利用している。
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(ⅳ)大強度陽子加速器施設(J-PARC(※22))
 J-PARCは、世界最高レベルのビーム強度を持つ陽子加速器を利用して生成される中性子、ミュオン、ニュートリノ(※23)等の多彩な二次粒子を利用して、幅広い分野における基礎研究から産業応用まで様々な研究開発に貢献している。物質・生命科学実験施設(特定中性子線施設)では、革新的な材料や新しい薬の開発につながる構造解析等の研究が行われ、多くの成果が創出されている。原子核・素粒子実験施設(ハドロン実験施設)やニュートリノ実験施設は、共用法の対象外の施設であるが、国内外の大学等の研究者との共同利用が進められている。特に、ニュートリノ実験施設では、2015年(平成27年)ノーベル物理学賞を受賞したニュートリノ振動の研究に続き、その更なる詳細解明を目指して、T2K(Tokai to Kamioka)実験が行われている。

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コラム2-11 J-PARC施設稼働から10周年を迎えて

 大強度陽子加速器施設J-PARCは、世界最高クラスの大強度陽子ビームを用いて多様な二次粒子を作り出し、広範なサイエンスに利用する多目的研究施設である。三つの実験施設、物質・生命科学実験施設、ニュートリノ実験施設、ハドロン実験施設には、国内外から年間延べ3万2,000人を超える利用者が訪れて、宇宙・物質の起源を探求する素粒子・原子核物理から物質科学、化学、生命科学、さらには暮らしに身近な電池や自動車のタイヤの開発まで極めて幅広い研究・開発が実施されている。令和元年、J-PARCは全施設稼働から10周年を迎え、記念式典及びシンポジウムが開催された。
 J-PARCは、旧・日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)と高エネルギー加速器研究機構との共同事業として平成13年に建設が開始された。平成21年には全施設が稼働し、多くの研究者を受け入れ始めた。平成23年の東日本大震災で施設の運用を中断する事態もあったが、ここ数年は安定的に高い稼働率で運転を行っており、新聞やテレビなどでも研究成果や将来計画が取り上げられる施設となっている。
 物質・生命科学実験施設では、産業利用課題が利用課題全数の30%程度を占めており、鉄系超伝導物質での新しい磁気秩序の発見や自動車タイヤ用新材料開発技術につながる材料特性の解明、全固体セラミックス電池開発につながる超イオン伝導体の発見、環境に優しい新たな固体冷媒として期待される柔粘性結晶の巨大な圧力熱量効果の機構解明など、産業の振興につながる成果が創出されている。また、近年はミュオンに起因する半導体ソフトエラーの評価も行われている。素粒子・原子核物理に関しては、ニュートリノ振動のミュー型ニュートリノから電子ニュートリノへの変換事象の発見、その後の物質と反物質の性質の違いであるCP非保存(※24)のヒントを捉え、世界に先駆的な結果を生み出してきた。
 J-PARCでは、中性子・ミュオンスクール等による人材育成や将来計画の議論も活発に行われている。稼働開始から10年を経て新たなフェーズに入り、世界最先端の研究施設として、基礎科学から産業利用に及ぶ幅広い分野において優れた研究成果を創出することがますます期待されている。文部科学省は、引き続きJ-PARCの着実な運用を行い、最先端の研究開発の支援や魅力ある研究環境の整備を進めていく。

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(イ)次世代放射光施設(軟X線向け高輝度3GeV級放射光源)
 次世代放射光施設は、軽元素を感度良く観察できる高輝度な軟X線を用いて、従来の物質構造に加え、物質の機能に影響を与える電子状態の可視化が可能な次世代の研究基盤施設で、学術研究だけでなく触媒化学や生命科学、磁性・スピントロニクス材料、高分子材料等の産業利用も含めた広範な分野での利用が期待されている。文部科学省は、この次世代放射光施設について官民地域パートナーシップにより推進することとしており、量子科学技術研究開発機構を施設の整備・運用を進める国の主体とし、さらに平成30年7月、一般財団法人光科学イノベーションセンターを代表とする、宮城県、仙台市、国立大学法人東北大学及び一般社団法人東北経済連合会の5者を地域・産業界のパートナーとして選定した。現在、令和5年度の完成を目指して、次世代放射光施設の整備が進められている。
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(ウ)研究施設設備間のネットワーク構築
(ⅰ)共用プラットフォーム
 文部科学省は、産学官が共用可能な研究施設・設備等における施設間のネットワークを構築する共用プラットフォームを形成することにより、世界最高水準の研究開発基盤の維持・高度化を図っている(第2-4-12図)。

■第2-4-12図/「先端研究基盤共用促進事業」(共用プラットフォーム形成支援)の採択機関

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(ⅱ)革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築
 文部科学省は、国内の大学や研究機関等のスーパーコンピュータやストレージを高速ネットワークでつなぎ、多様な利用者のニーズに対応した計算環境を提供するHPCIの構築を進め、その効果的・効率的な運営に努めながら、様々な分野での利用を推進している。さらに、新型コロナウイルス対応に向けて、HPCIを構成する大学や研究機関の協力を得て、新型コロナウイルス対策・研究課題への臨時の公募を実施し、利用を推進している。

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資料:文部科学省作成

(ⅲ)ナノテクノロジープラットフォーム
 文部科学省は、ナノテクノロジーに関する最先端の研究設備とその活用のノウハウを有する機関が緊密に連携し、全国的な共用体制を構築することで、産学官の利用者に対し、最先端設備の利用機会と高度な技術支援を提供している。

イ 競争的資金改革と連携した新たな共用システムの導入
 文部科学省は、競争的研究費改革と連携し、研究組織のマネジメントと一体となった研究設備・機器の整備運用の早期確立により、研究開発と共用の好循環を実現する新たな共用システムの導入を推進している(第2-4-13図)。

■第2-4-13図/「先端研究基盤共用促進事業」(新たな共用システム導入支援)の採択機関

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ウ 研究機器相互利用ネットワークの導入
 研究生産性と地域の研究力向上に資するよう、研究機器の遠隔利用システム等により、近隣の大学、企業、公設試験研究機関(以下「公設試」という。)等の間での研究機器の相互利用ネットワークを構築する実証実験を実施し、大学間、大学と企業間等の研究設備・機器の共用を推進している。

エ 知的基盤の整備・共用、ネットワーク化の促進
 文部科学省は、日本医療研究開発機構を通じ、ライフサイエンス研究の基盤となる研究用動植物等のバイオリソースのうち、国が戦略的に整備することが重要なものについて、体系的に収集、保存、提供等を行うための体制を整備することを目的として、「ナショナルバイオリソースプロジェクト」を実施している。また、老化メカニズムの解明・制御に関する研究開発を包括的に推進するとともに老化研究の核となる拠点形成を目指し、「老化メカニズムの解明・制御プロジェクト」を実施している。
 経済産業省は、令和2年1月、我が国の研究開発力を強化するため、新たな知的基盤整備の計画を策定するべきとの認識の下、今後具体的検討に着手することとなった。また、第2期知的基盤整備計画における各分野の進捗は以下のとおりである。
 計量標準については、産業技術総合研究所が各種取組を実施した。物理標準については、LED光源のニーズ拡大に伴う計量法校正事業者登録制度(JCSS(※25))の輝度校正事業者増加への対応のため、放射輝度(校正器物として、輝度用標準LED)等を整備した。化学標準物質については、世界アンチ・ドーピング機構からの要請を受けたドーピング検査用標準物質を開発した。また、非イオン界面活性剤の水道水質基準に対応したヘプタオキシエチレンドデシルエーテル標準液を整備し、計量トレーサビリティが確保されたJCSSの実施体制を確立するための技術支援を行った。国際単位系(SI)の基本単位定義改定の施行(2019年5月20日)に伴う計量単位令の改正に関し、計量標準総合センターのウェブサイトにて、「電気標準への影響」、「質量の特定標準器の変更」、「放射温度計の標準供給(960 ℃以上2,800 ℃以下)における熱力学温度に基づいた校正証明書の運用」について告知を行った。

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 微生物遺伝資源については、製品評価技術基盤機構が、微生物遺伝資源の収集・保存・分譲を行うとともに、これらの資源に関する情報(系統的位置付け、遺伝子に関する情報等)を整備・拡充し、幅広く提供している(令和2年1月末現在の分譲株数は6,715株)。また、微生物資源の保存と持続可能な利用を目指した15か国・地域の26機関のネットワーク活動(アジア・コンソーシアム、平成16年設立)への参加を通じて、アジア各国との協力関係を構築し、生物多様性条約や名古屋議定書を踏まえたアジア諸国の微生物遺伝資源の利用を支援している。これらの取組のほか、アジア諸国との遺伝資源に関する協力として、台湾からの研究者を受け入れ、人材交流を行った。
 地質情報については、産業技術総合研究所が、5万分の1地質図幅6区画(「本山」、「十和田湖」、「上総大原」、「明智」、「馬路」、「角館」)、20万分の1地質図幅2区画(「輪島」第2版、「広尾」)(第2版)を出版した。また、北陸地方の「海陸3D地球化学図」を公開した。さらに“地下水の地図”である水文環境図をウェブ公開するとともに(第2-4-14図)、地下水の水質情報を全国統一基準で示すことができる全国水文環境データベースを公開した。これは、自治体における持続可能な地下水の保全と利用のための地下水マネジメントへの貢献のほか、地中熱ポテンシャルマップの公開を通じて地中熱利用システムの促進への貢献が期待される。また、可視から熱赤外領域までに14バンドを有する資源探査を目的に開発した高性能光学センサー ASTER(NASAの地球観測衛星Terraに搭載) を運用し、地球観測衛星の連続運用としては世界最長の20周年を迎え、地球観測分野での名誉あるWilliam T. Pecora AwardのGroup AwardをTerra Mission Teamとして受賞した。

■第2-4-14図/地下水の情報がひと目で分かる「地下水の地図」を公開

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(3) 大学等の施設・設備の整備と情報基盤の強化
ア 国立大学等の施設・設備
 国立大学等の施設は、将来を担う人材の育成の場であるとともに、地方創生やイノベーション創出等教育研究活動を支える重要なインフラである。一方、著しい老朽化の進行により安全面・機能面等で大きな課題が生じている。
 こうした中、文部科学省は、第5期基本計画を踏まえ、平成28年3月に「第4次国立大学法人等施設整備5か年計画(平成28年度から令和2年度)」(平成28年3月29日文部科学大臣決定。以下「第4次5か年計画」という。)を策定し、計画的かつ重点的な施設整備を推進している。さらに、新しい時代にふさわしい国立高等専門学校の機能の高度化や国際化の実現に向け、国際寮の整備や老朽化の著しい学生寮、校舎等の集中的な改善整備を行っている(第2-4-15図)。
 第4次5か年計画では、重点整備として、安全・安心な教育研究環境の基盤の整備や国立大学等の機能強化等変化への対応、サステイナブル・キャンパスの形成を推進してきた。特に、大学等における教育研究活動の変化に対応し、老朽化した建物の改修のタイミング等で施設の機能強化(戦略的リノベーション)を推進している。例えば、大学等においては、学生の主体的な学修を支えるアクティブラーニングスペースの設置、複数の研究チームが実験室を共有し、自然なコミュニケーションを促すオープンラボ等の導入が進んでいる。
 文部科学省は、令和2年度に第4次5か年計画が終了することを踏まえ、平成30年9月に「今後の国立大学法人等施設整備に関する有識者会議」を開催し次期計画の検討を開始し、令和元年6月に「今後の国立大学法人等施設整備に係る方向性」が取りまとめられた。この議論を踏まえ、令和元年11月に「今後の国立大学法人等施設の整備充実に関する調査研究協力者会議」を開催し、令和3年度以降の施設整備の推進方策等について検討を進めている。また、施設の計画的な保全に向け、「インフラ長寿命化基本計画」(平成25年11月 インフラ老朽化対策の推進に関する関係省庁連絡会議)を踏まえ、平成27年3月に「文部科学省インフラ長寿命化計画(行動計画)」を策定するとともに、国立大学法人等における行動計画・個別施設計画の策定を推進している。このほか、施設の有効活用、適切な維持管理及びサステイナブル・キャンパスの形成等による戦略的な施設マネジメントの取組や多様な財源を活用した施設整備を一層推進している。
 国立大学等の設備は、最先端の研究を推進させるとともに、質の高い教育研究を支える基盤であり、その計画的な維持・管理、整備が必要である。大学が整備する大型の研究設備の整備に対する支援のほか、「ハイパーカミオカンデ(HK)計画」をはじめとした、我が国発の独創的なアイデアによる世界最高水準の研究設備についても「大規模学術フロンティア促進事業」により支援を行っている。

■第2-4-15図/老朽改善による機能強化等の整備事例

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イ 私立大学の施設・設備
 文部科学省は、私立大学の建学の精神や特色を生かした質の高い教育研究活動等の基盤となる施設・設備等の整備を支援している。

ウ 研究情報基盤の整備
 情報通信研究機構(NICT(※26))は、構築・運営しているNICT総合テストベッドにより、IoTや新世代ネットワーク等の技術実証・社会実証を推進している。
 国立情報学研究所(NII(※27))は、大学等の学術研究や教育活動全般を支える基幹的ネットワークとして学術情報ネットワーク(SINET(※18))を整備・運用している。SINETは、全都道府県を100Gbps(※29)で網目状に構築しているほか、昨今の通信需要に鑑み、令和元年12月には東京-大阪間に400Gbps回線を増設している。また、国際的な先端研究プロジェクトで必要とされる国際間の研究情報流通を円滑に進めるため、米国や欧州等多くの海外研究ネットワークと相互に接続している。令和元年度末現在で、国内の900以上の大学・研究機関がSINETに接続しており、教育・研究に携わる数多くの人々のための学術情報の流通が確保されている。令和2年3月には、電子情報通信学会データ工学研究専門委員会、日本データベース学会、情報処理学会データベースシステム研究会と連携し、フォーラム/同学会年次大会(DEIM2020)のオンライン開催を支援した。この知見を踏まえて、「4月からの大学等遠隔授業に関する取組状況共有サイバーシンポジウム」をオンラインで複数回開催し、各大学等における遠隔授業の取組について情報共有を進めている。
 農林水産省は、農林水産関連の研究機関を相互に接続する農林水産省研究ネットワーク(MAFFIN(※30))を構築・運営しており、令和元年度現在で78機関が接続している。MAFFINはフィリピンと接続しており、海外との研究情報流通の一翼を担っている。
 環境省は、科学的情報に基づく自然保護施策の推進に寄与することを目的として、国や地方自治体の自然系調査研究機関が情報交換・情報共有するための自然系調査研究機関連絡会議(NORNAC(※31))を運用しており、現在54の研究機関が参加している。また、地球規模での生物多様性保全に必要な科学的基盤の強化のため、アジア太平洋地域における生物多様性観測・モニタリングデータの収集・統合化などを推進するアジア太平洋生物多様性観測ネットワーク(AP-BON(※32))の事務局を務めており、多くの国から参画を得ている。

エ データベースの構築・提供
 国立国会図書館は、収集・保管している資料に加え、全国の図書館、学術研究機関等が提供する資料、デジタルコンテンツ等を統合的に検索可能なデータベース(国立国会図書館サーチ(※33))を提供している。
 国立情報学研究所は、効果的・効率的な研究開発活動の促進に向け、イノベーション創出に必要な学術情報を体系的に収集し、使いやすいように整備した上で、インターネット上で公開している。例えば、全国の大学図書館等が所蔵する学術図書・雑誌の目録所在情報や国内の博士論文を含む学術論文を一元的に検索可能なデータベース(CiNii(※34))を構築して提供しているほか、オープンアクセスリポジトリ推進協会と共同により、大学等が教育研究成果を保存・公開するクラウド型の機関リポジトリ環境提供サービス(JAIRO Cloud(※35))を行っている。
 科学技術振興機構は、国内外の科学技術に関して、文献、特許、研究者や研究開発活動に関わる基本的な情報を体系的にデータベース化し、相互に関連付けた、誰もが使いやすい公的サービス(J-GLOBAL)と、国内外の科学技術文献に関し、書誌・抄録・キーワード等を、日本語で網羅的に検索可能なデータベースとして整備し、さらに、検索集合を分析・可視化できる付加価値を付けた、専門家を支援する文献情報サービス(JDreamⅢ)を行っている。また、我が国の研究者情報を一元的に集積し、研究業績情報の管理と提供、大学の研究者総覧の構築を支援する研究者総覧データベース(researchmap)や、学協会等の刊行する学術誌等の迅速な流通と国際情報発信力の強化を図るため、学協会自らが学術論文の電子ジャーナル発行を行うための共同のシステム環境(J-STAGE(※36))を提供している(本節3参照)。
 農林水産省は、国内で発行されている農林水産関係学術誌の論文等の書誌データベース(JASI(※37))など、農林水産関係の文献情報や図書資料類の所在情報を構築・提供している。また、研究開発型の独立行政法人、国公立試験研究機関や大学の農林水産分野の研究報告等をデジタル化した全文情報データベース、試験研究機関で実施中の研究課題データベース等を構築・提供している。
 環境省は、生物多様性情報システム(J-IBIS(※38))において、全国の自然環境及び生物多様性に関する情報の収集・管理・提供をしている。

3 オープンサイエンスの推進

(1) 我が国の検討状況
 オープンサイエンスとは、オープンアクセスと研究データのオープン化を含む概念であり、新しい科学研究の進め方として世界的に急速な広がりを見せている。こうした潮流を踏まえて、適切な国際連携により、資金配分機関、学界や産学官等の関係者による推進を加速することが必要である。特に、研究データをはじめとする様々なデータは、統合イノベーション戦略において、科学技術イノベーションの将来を握る「知の源泉」であると位置付け、早期に、オープン・アンド・クローズ戦略を考慮したデータポリシーやデータマネジメントプランを研究分野の特性等を踏まえた上で策定し、これらに基づいた研究データの保存・管理を行うことを求めている。
 内閣府は、平成27年に国際的動向を踏まえたオープンサイエンスに関する検討会において「我が国におけるオープンサイエンス推進のあり方について」報告書を取りまとめた。同報告書では、公的研究資金における研究成果(論文、研究データ等)の利活用促進を拡大することが、我が国のオープンサイエンス推進の基本姿勢として示されている。これを踏まえて、我が国のオープンサイエンスの実施状況等をフォローアップすべく、「オープンサイエンス推進に関するフォローアップ検討会」を平成27、28年度に開催した。さらに、平成29年度は、「国際的動向を踏まえたオープンサイエンスの推進に関する検討会」を開催し、国際動向を踏まえたオープンサイエンス推進や国際プレゼンスの向上のための方策等について検討を行っている。同検討会では、平成30年6月に「国立研究開発法人におけるデータポリシー策定のためのガイドライン」を取りまとめたほか、平成31年3月には、「研究データリポジトリ整備・運用ガイドライン」を、令和元年10月には「研究データ基盤整備と国際展開ワーキング・グループ報告書」を取りまとめた。

(2) 競争的資金における研究成果の共有・公開に係る取組
 科学技術振興機構は、平成29年4月、オープンサイエンス促進に向けた研究環境を整備することを目的として、研究成果の取扱いに関する基本方針を策定した。同方針において、研究プロジェクトの成果に基づく全ての研究成果論文を原則としてオープンアクセス化すること及び研究データの取扱いを定めたデータマネジメントプランを作成することを定めている。また、研究データのうちエビデンスデータは公開を推奨、それ以外の研究データは公開を期待することとしている。
 日本医療研究開発機構は、「疾病克服に向けたゲノム医療実現化プロジェクト」において、データシェアリングポリシーを示し、研究事業に対して、原則としてデータシェアリングを行うことを義務付けた。
 日本学術振興会は、オープンアクセスに係る取組について方針を示し、科研費等による論文のオープンアクセス化を進めている。

(3) 研究成果を共有・公開するための取組
 理化学研究所、物質・材料研究機構や防災科学技術研究所は、我が国が強みを生かせるライフサイエンス、ナノテク・材料や防災分野で、膨大・高品質な研究データを利活用しやすい形で集積し、産学官で共有・解析することにより、新たな価値の創出につなげる取組を進めている。
 国立情報学研究所は、JAIRO Cloudを提供するとともに、JAIRO Cloud等を活用し、クラウド上で大学等が共同利用できる研究データの管理・公開・検索を促進するシステム(NII-RDC(※39))の開発を、令和2年度中の運用開始を目指し、進めている。
 科学技術振興機構は、学協会等の刊行する学術誌等の迅速な流通と国際情報発信力の強化を図るため、学協会自らが学術論文の電子ジャーナル発行を行うための共同のシステム環境(J-STAGE)を提供しており、令和元年度末時点で、1,667学会の計3,030誌の電子ジャーナルを搭載している。科学技術振興機構バイオサイエンスデータベースセンターは、「ライフサイエンスデータベース統合推進事業」を実施し、文部科学省、厚生労働省、農林水産省及び経済産業省の4省が保有する生命科学系データベースを一元的に参照できる合同ポータルサイトの拡充や日本医療研究開発機構との連携等により、オープンサイエンスを推進している。

■第2-4-16表/知の基盤の強化ための主な施策(令和元年度)

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第3節 資金改革の強化

 政府が支出する研究資金には、大学等の研究や教育を安定的・継続的に支える基盤的経費と優れた研究や特定の目的に資する研究等を推進する公募型資金がある。
 国は、双方の研究資金についてバランスを考慮しつつ改革を進めるとともに、これら研究資金改革と国立大学の組織改革とを一体的に推進することにより、科学技術イノベーション活動の根幹を強化することとしている。

1 基盤的経費の改革

(1) 国立大学について
 各国立大学法人は、知識集約型社会において知をリードし、イノベーションを創出する知と人材の集積地点としての役割を担うほか、全国への戦略的な配置により、地域の教育研究拠点として、各地域のポテンシャルを引き出し、地方創生に貢献する役割を担うなど、社会変革の原動力となっている。
 我が国が知識集約型社会へのパラダイムシフトや高等教育のグローバル化、地域分散型社会の形成等の課題に直面する中、国立大学がSociety 5.0の実現に向けた人材育成やイノベーション創出の中核としての役割を果たすためには、教育研究の継続性・安定性に配慮しつつ、大学改革をしっかり進めていく環境を整えていくことが必要である。
 令和元年度においては、国立大学が我が国の人材養成・学術研究の中核として継続的・安定的に教育研究活動を実施できるよう、基盤的経費である国立大学法人運営費交付金について、対前年度同額の1兆971億円を確保した。
 また、平成28年度から始まった第3期中期目標期間における予算配分の仕組みとして、各大学の強み・特色を踏まえた機能強化の方向性に応じた「3つの重点支援の枠組み」により、評価に基づく重点支援を通じて各国立大学の機能強化を推進するとともに、令和元年度から「成果を中心とする実績状況に基づく配分」の仕組みを新たに導入し、評価の分かりやすさや透明性の向上、各大学の主体的な取組の推進、教育研究の安定性・継続性への配慮の下で改革インセンティブの向上を図ることとしている。

(2) 国立研究開発法人について
 第5期基本計画において、国立研究開発法人は科学技術イノベーション推進の中核機関としての役割が期待されている。
 運営費交付金の確保と併せて、国立研究開発法人は、イノベーションシステムの駆動力として組織改革とその機能強化を求められている。文部科学省においては、法人の機能強化を支援し、各法人の使命・役割に応じた国際的な拠点化や国内外の関係機関との連携、橋渡し機能が効果的に発揮されるよう「イノベーションハブ構築支援事業」を平成27年度より実施しており、事業の最終年度である令和元年度には、各ハブの具体的な運営手法をまとめた「ノウハウレポート」を公開した。

3 公募型資金の改革

(1) 競争的資金制度の改善及び充実
 競争的資金制度は、競争的な研究環境を形成し、研究者が多様で独創的な研究に継続的、発展的に取り組む上で基幹的な研究資金制度であり、これまでも予算の確保や制度の改善及び充実に努めてきた(令和元年度当初予算額4,366億円。第2-4-17表)。競争的資金制度の間接経費は、研究者の属する組織間の競争を促し、研究の質を高めることなどを目的として、競争的資金を獲得した研究者の属する機関に対して、研究に直接使用する経費(直接経費)の一定比率を配分するものである。政府全体として、競争的資金以外の研究資金についても、平成30年度以降、直接経費の30%に相当する金額を間接的経費として原則措置している。
 さらに、「統合イノベーション戦略2019」(令和元年6月21日閣議決定)に基づき、若手研究者の研究機会の拡大に向け、令和2年4月より順次、研究プロジェクトの実施のために雇用される若手研究者のエフォートの一定割合について自発的な研究活動等への充当を可能とする。
 また、各制度では、公正かつ透明で質の高い審査及び評価を行うため、審査員の年齢や性別及び所属等の多様性の確保、利害関係者の排除、審査員の評価システムの整備、審査及び採択の方法や基準の明確化並びに審査結果の開示を行っている。
 例えば、科研費では、7,000人以上の研究者によるピアレビューにより審査が実施されている。日本学術振興会は、審査委員候補者データベース(令和元年度現在、登録者数約12万6,000人)を活用し、研究機関のバランスや若手研究者、女性研究者の積極的な登用等に配慮しながら、審査委員を選考している。また、応募者本人に対する審査結果の開示については、内容を順次充実してきており、例えば、不採択課題全体の中でのおよその順位や評定要素ごとの平均点等の数値情報のほか、応募者により詳しく評価内容を伝えるために、審査委員が不十分であると評価した評定要素ごとの具体的な項目についても、「科研費電子申請システム」により開示している。
 競争的資金をはじめとする公的研究費の不正使用の防止に向けた取組については、「公的研究費の不正使用等の防止に関する取組について(共通的な指針)」(平成18年8月31日総合科学技術会議)や「研究機関における公的研究費の管理・監査のガイドライン(実施基準)」(平成26年2月18日改正、文部科学大臣決定)等の指針を策定してきた。また、研究機関における不正防止に向けた体制整備の状況を調査するなどモニタリングを徹底するとともに、必要に応じ、改善に向けた指導・措置を講じることで、研究機関における適切な管理・監査体制の整備を促すなど、公的研究費の不正使用の防止に取り組んでいる。

■第2-4-17表/競争的資金総括表

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(2) 執行ルールの統一化・効率化について
 政府全体として、研究者の事務負担軽減による研究時間の確保及び研究費の効果的・効率的な使用のため、研究費の使い勝手の向上を目的とした制度改善に取り組んでいる。これまで競争的資金の使用に関して統一化・簡素化したルールについて、競争的資金以外の研究資金にも適用を拡大するとともに、各事業が個別に定めていた応募様式を統一し、府省共通研究開発管理システム(e-Rad)を通じて、統一した様式による申請が可能となるよう対応を進めている。

3 国立大学改革と研究資金改革との一体的推進

 文部科学省が平成31年4月23日に発表した「研究力向上改革2019」においては、研究「人材」「資金」「環境」の改革を、大学改革と一体的に展開することとしている。同改革に基づき、研究機関において適切に執行される体制の構築を前提として、研究活動に従事するエフォートに応じ、研究代表者本人の希望により、競争的研究費の直接経費から研究代表者への人件費を支出可能とするよう検討を進めている。これにより、研究機関において、適切な費用負担に基づき、確保した財源により、研究に集中できる環境整備等による研究代表者の研究パフォーマンス向上、若手研究者をはじめ、多様かつ優秀な人材の確保等を通じた機関の研究力強化に資する取組に活用することができ、研究者及び研究機関双方の研究力の向上が期待される。また、研究者が研究プロジェクトに専念できる時間を拡充するため、所属研究機関において研究代表者が担っている業務のうち、研究以外の業務の代行に係る経費を支出可能とするよう検討を進めている。
 文部科学省は、これらの取組を通じて、競争的研究費による研究成果の持続的創出を図るとともに、大学改革の鍵となる大学のガバナンス及び人事給与等に係るマネジメントの強化を後押しすることとしている。


  • ※1 https://jrecin.jst.go.jp
  • ※2 https://jrecin.jst.go.jp/
  • ※3 International Science and Engineering Fair
  • ※4 http://www.gender.go.jp/c-challenge/
  • ※5 Science, Technology, Engineering and Mathematics
  • ※6 Restart Postdoctoral Fellowship
    研究活動を再開(Restart)する博士取得後の研究者の意味
  • ※7 令和元年10月現在、55大学108拠点(国際共同利用・共同研究拠点5大学7拠点を含む。)が認定を受けて活動している。
  • ※8 International Thermonuclear Experimental Reactor
  • ※9 Broader Approach
  • ※10 International Space Station
  • ※11 H-Ⅱ Transfer Vehicle
  • ※12 International Ocean Discovery Program
  • ※13 Large Hadron Collider:欧州合同原子核研究機関(CERN)の巨大な円形加速器を用いて、宇宙創成時(ビッグバン直後)の状態を再現し、未知の粒子の発見や、物質の究極の内部構造の探索を行う実験計画
  • ※14 Conseil Européen pour la Recherche Nucléaire:欧州合同原子核研究機関
  • ※15 High Luminosity-Large Hadron Collider
  • ※16 International Linear Collider
  • ※17 World Premier International Research Center Initiative
  • ※18 Okinawa Institute of Science and Technology Graduate University
  • ※19 Super Photon ring-8 GeV
  • ※20 SPring-8 Angstrom Compact Free Electron Laser
  • ※21 線型加速器からの電子ビームをパルスごとに複数のビームラインに振り分けることで、複数のビームラインを同時に利用可能
  • ※22 Japan Proton Accelerator Research Complex
  • ※23 素粒子の一つ。電気的に中性で物質を通り抜けるため検出が難しく、質量などその性質は未知の部分が多い。
  • ※24 CP非保存:物質と反物質の間で性質が異なること。宇宙が物質で構成されるための必要条件の一つ。ここで、Cは電荷(charge)、Pは鏡映(parity)を意味する。
  • ※25 Japan Calibration Service System
  • ※26 National Institute of Information and Communications Technology
  • ※27 National Institute of Informatics
  • ※28 Science Information NETwork
  • ※29 Giga bit per second:ビットパーセカンド(bps)はデータ伝送速度の単位の一つで1秒間に何ビットのデータを伝送できるかを表す。毎秒10億ビット(1ギガビット)のデータを伝送できるのが1Gbpsである。
  • ※30 Ministry of Agriculture, Forestry and Fisheries Research Network
  • ※31 Network of Organizations for Research on Nature Conservation
  • ※32 Asia-Pacific Biodiversity Observation Network
  • ※33 https://iss.ndl.go.jp
  • ※34 Citation Information by NII
  • ※35 Japanese Institutional Repositories Online Cloud
  • ※36 Japan Science and Technology information Aggregator, Electronic
  • ※37 Japan Agricultural Sciences Index
  • ※38 Japan Integrated Biodiversity Information System
  • ※39 National Institute of Informatics-Research Data Cloud

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科学技術・学術政策局企画評価課

(科学技術・学術政策局企画評価課)