第2章 未来の産業創造と社会変革に向けた新たな価値創出の取組

 経済や社会の在り方や産業構造が急激に変化し先行きの見通しを立てることが難しい大変革時代においては、組織や国の競争力を左右するゲームチェンジにつながる新たな知識やアイデアを生み出すことが不可欠である。
 そのため、政府は、新しい試みに果敢に挑戦し、非連続なイノベーションを積極的に生み出す取組を強化している。また、サイバー空間の積極的な利活用を中心とした取組を通して、新しい価値やサービスが次々と創出され、社会の主体たる人々に豊かさをもたらす未来社会の姿「Society 5.0」を世界に先駆けて実現するための取組を強化することとしている。

第1節 未来に果敢に挑戦する研究開発と人材の強化

 失敗を恐れず高いハードルに果敢に挑戦し、他の追随を許さないイノベーションを生み出していく営みが重要であり、アイデアの斬新さと経済・社会的インパクトを重視した研究開発への挑戦を促進することが求められる。加えて、関係府省が所管する研究開発プロジェクトを通し、創造的なアイデアとそれを実装する行動力を持つ人材にアイデアの試行機会を提供することも求められる。
 このため、科学技術振興機構では、平成29年度から開始した「未来社会創造事業」において、社会・産業ニーズを踏まえ、経済・社会的にインパクトのあるターゲット(ハイインパクト)を明確に見据えた技術的にチャレンジングな目標(ハイリスク)を設定し、民間投資を誘発しつつ、戦略的創造研究推進事業や科学研究費助成事業等から創出された多様な研究成果を活用して、実用化が可能かどうか見極められる段階を目指した研究開発を進めている。

第2節 世界に先駆けた「Society 5.0」の実現

 第5期基本計画で掲げられた「Society 5.0」は、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合することにより、経済的発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会を目指すものである。政府は、Society 5.0の実現に向け、IoT、ビッグデータやAI等の基盤技術、これらを活用したプラットフォームの構築に必要となる取組に注力している。

1 Society 5.0の姿

 Society 5.0は、狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会に次ぐ社会であり、例えば、都市だけでなく地方においても、自動走行車による移動手段の確保、分散型エネルギーの活用によるエネルギーの地産地消、次世代医療ICT基盤等の構築による「健康立国のための地域における人とくらしシステム」の実現などを可能とする社会であり、地方が地方であることの地理的、経済・社会的制約から解放される社会である。すなわち、Society 5.0の実現に向けた取組は、ドイツの「インダストリー 4.0」に見られる産業競争力の強化といった産業面での変革に加え、経済・社会的課題の解決という社会面での変革をも含んだものである。

2 実現に必要となる取組

■第2-2-1図/サービスプラットフォームのイメージ

画像

資料:内閣府作成

 第5期基本計画では、Society 5.0の実現に向け、経済・社会的課題を踏まえた11のシステム(※1)の開発を先行的かつ着実に進め、システムの連携強調を図り、現在では想定されないような新しいサービスも含め、様々なサービスに活用できる共通のプラットフォームを段階的に構築していくとしている。文部科学省は、その11システムの一つである「地球環境情報プラットフォーム」として、「データ統合・解析システム(DIAS(※2))」を開発している(第2部第3章第3節1(3)参照)。

 また、総務省は「おもてなしシステム」として、多言語音声翻訳システムを実利用するための研究開発を進め、翻訳精度を実用レベルまで向上させ、病院、商業施設、鉄道、タクシー等の実際の現場での性能評価や民間企業への技術移転等を推進した。 そのほかのシステムに関する取組も、府省庁連携の下、研究開発を実施している。

第3節 「Society 5.0」における競争力向上と基盤技術の強化

 第5期基本計画では、経済力の持続的向上を実現できる国を目指し、「Society 5.0」を掲げており、様々な分野におけるサイバー空間とフィジカル空間を高度に融合するためのプラットフォームの構築やその構築に必要となる基盤技術の強化が必要である。

2 競争力向上に必要となる取組

 近年ではイノベーションが急速に進展し、技術がめまぐるしく進化する中、第4次産業革命や「Society 5.0」の実現に向け、AI・ビッグデータ・IoT等の革新的な技術を社会実装につなげるとともに、そうした技術による産業構造改革を促す人材を育成する必要性が高まっている。
 政府においては、AIを取り巻く教育改革、研究開発、社会実装等の観点から、総合的な政策パッケージとして「AI戦略2019」を令和元年6月に策定した。本戦略に基づく取組が、関係府省庁の連携の下、一体的に進められている。関係府省庁の取組としては、内閣府は、「全ての大学・高専生(約50万人卒/年)が、課程にて初級レベルの数理・データサイエンス・AIを習得すること」という目標を達成すべく、文部科学省及び経済産業省と連携し、「AI戦略実行会議(※3)」の下、大学・高校・国研・産業界等の有識者から成る「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度検討会議」を設置(令和元年10月)し、大学・高専の数理・データサイエンス・AI教育プログラムのうち、優れた教育プログラムを政府が認定する「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(リテラシーレベル)」の創設に向けた検討を行い、令和2年3月に報告書を取りまとめた。
 また、文部科学省は、「文理を問わず、全ての大学・高専生(約50万人卒/年)が、課程にて初級レベルの数理・データサイエンス・AIを習得すること」という目標を達成すべく、今後のデータ駆動型社会において、全ての大学・高専生が「データ」を基に事象を適切に捉え、分析・説明できる力を修得すること、すなわち「データ思考を涵養かんようすること」を目指し、前述の「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度(リテラシーレベル)」と連動しつつ、リテラシーレベルの数理・データサイエンス・AI教育の基本的考え方、学修目標・スキルセット、教育方法等を体系化したモデルカリキュラムを策定・活用するとともに、全国の大学等への普及・展開を推進している。さらに、産業と関わりが深い工学系分野において、専門の深い知識と同時に幅広い知識・かん的視野を持つ人材育成を推進するため、各大学において教育組織や教育プログラムの改革が進められている。
 また、各分野の博士人材等について、データサイエンス等を活用しアカデミア・産業界を問わず活躍できるトップクラスのエキスパート人材を育成する研修プログラムの開発を目指す「データ関連人材育成プログラム」を平成29年度より実施するほか、統計数理研究所において、データ分析やその活用に不可欠な統計学、数理科学に精通した人材の養成に取り組んでいる。
 総務省は、「戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE(※4))」において、日々新しい技術や発想が誕生している世界的に予想のつかないICT分野における、地球規模の破壊的な価値創造を生み出すため、大いなる可能性がある奇想天外でアンビシャスな技術課題への挑戦を支援する「異能(inno)vation」プログラムを実施している。また、多様な分野・業種において膨大な数のIoT機器の利活用が見込まれていることを踏まえ、IoTユーザやネットワークの運用・管理を担う人材等を育成するため、産学官の連携体制の下、育成カリキュラムの開発や講習会等の実施に取り組んでいる。
 経済産業省は、情報処理推進機構を通じて、ITを駆使してイノベーションを創出することのできる独創的なアイデアと技術を有するとともに、これらを活用していく能力を有する優れた個人(ITクリエータ)を発掘・育成する「未踏IT人材発掘・育成事業」等を実施している。
 上記の人材育成のほか、文部科学省では、平成30年度より、知恵・情報・技術・人材が高い水準でそろう大学等において、情報科学技術を核として様々な研究成果を統合しつつ、産業界、自治体や他の研究機関等と連携して社会実装を目指す取組を支援し、Society 5.0の実証・課題解決の先端中核拠点を創成する「Society 5.0実現化研究拠点支援事業」を実施している。

2 基盤技術の戦略的強化

(1) Society 5.0サービスプラットフォームの構築に必要となる基盤技術
 Society 5.0サービスプラットフォームの構築に必要となる基盤技術、すなわちサイバー空間における情報の流通・処理・蓄積に関する技術は、我が国がSociety 5.0を推進し、ビッグデータ等から付加価値を生み出していく上で必要な技術のため、政府は以下の基盤技術について強化を図ることとしている。

ア サイバーセキュリティ技術(第3章第2節3参照)
 内閣府は、「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」において、「重要インフラ等におけるサイバーセキュリティの確保」及び「IoT社会に対応したサイバー・フィジカル・セキュリティ」の研究開発を推進している。
 総務省は、情報通信研究機構を通じて、サイバーセキュリティ分野の研究開発を推進している。
 経済産業省は、非対面・遠隔での活動の基盤として、サイバーセキュリティに関する検証技術構築支援や中小企業の対策支援を行うとともに、自動走行ロボットを用いた配送のための技術開発や、地方に分散する複数のデータセンターを統合的に管理するソフトウェア開発、中小企業のデジタル化促進のための設備投資を後押しすることとしている。

イ IoTシステム構築技術
 総務省は、防災、農業、シェアリングエコノミー等の生活に身近な分野においてIoTを活用した実証事業である「IoTサービス創出支援事業」を実施し、これらの分野における新たなIoTサービスの参照モデルを構築するとともに、当該サービスの普及・展開に必要なルールの明確化等を行った。
 情報通信研究機構は、様々な事業者が最適なIoTシステムの開発・検証を行うことができる環境(IoTテストベッド)を整備し、先進的なIoTサービスの開発・社会実証を推進している。
 国土地理院は、地理系データベースに登録される地理空間情報の利活用を促進するため、絶対的な位置の基準(いわゆる国家座標)である基盤地図情報を共通基盤として相対的に位置精度が高い地理空間情報をひも付けるための手引作成を実施した。
 海上保安庁では、「我が国の海洋状況把握の能力強化に向けた取組」(平成28年7月26日総合海洋政策本部決定)を受け、府省及び政府関係機関が保有する海洋情報を一元的に集約・共有し、広域性・リアルタイム性の高い情報を安定的に提供できる「海洋状況表示システム(海しる)」を構築し、平成31年4月から運用を開始している。

ウ 人工知能技術
 「AI戦略 2019」に基づく取組が、関係府省の連携の下、一体的に進められている。具体的には、本戦略に基づき、AI関連中核センター群である産業技術総合研究所、理化学研究所、情報通信研究機構は、令和元年12月にAI研究開発に積極的に取り組む大学・研究機関等の連携を促進する人工知能研究開発ネットワークを設立した。総合的・統一的な情報発信や、AI研究者間の意見交換を推進することとしており、令和2年3月末日までに国内の104の大学・公的研究機関等が参画している。このほか、本戦略では、人工知能に関する基盤的・融合的な研究開発の推進や、研究インフラの整備等を進めることとされている。
 関係府省庁における取組としては、総務省は、情報通信研究機構において、脳活動分析技術を用い、人の感性を客観的に評価するシステムの開発を実施しており、このシステムを用いて脳活動等に現れる無意識での価値判断等に応じた効率的な情報処理プロセスの開発等を実施している。また、ソーシャルなビッグデータから知能を理解する/作るアプローチによる人工知能として、自然言語処理、データマイニング、辞書・知識ベースの構築等の研究開発・実証を実施している。
 文部科学省は、理化学研究所に設置した革新知能統合研究センターにおいて、①深層学習の原理解明や汎用的な機械学習の基盤技術の構築、②我が国が強みを持つ分野の更なる発展や我が国の社会的課題の解決のための人工知能等の基盤技術の研究開発、③人工知能技術の普及に伴って生じる倫理的・法的・社会的問題(ELSI)に関する研究などを実施している。令和2年度においては、「AI戦略 2019」に基づき、Trusted Quality AI(AIの判断根拠の理解・説明可能化)等の研究開発を推進することとしている。このほか、科学技術振興機構において、人工知能等の分野における若手研究者の独創的な発想や、新たなイノベーションを切り開く挑戦的な研究課題に対する支援(AIPネットワークラボ)を一体的に推進している。
 経済産業省は、平成27年5月、産業技術総合研究所に設置した「人工知能研究センター」に優れた研究者・技術を結集し、大学等と産業界のハブとして目的基礎研究の成果を社会実装につなげていく好循環を生むエコシステムの形成に取り組んでいる。具体的には、脳型人工知能やデータ・知識融合型人工知能の先端研究、研究成果の早期橋渡しを可能とする人工知能フレームワーク・先進中核モジュールのツール開発に取り組んでいる。また、「人工知能に関するグローバル研究拠点整備事業」の一環として、情報・人間工学領域において、世界トップレベルの人工知能処理性能を有する大規模で省電力の計算システム「AI 橋渡しクラウド(ABCI(※5))」を整備し、平成30年8月に運用を開始した。さらに、新エネルギー・産業技術総合開発機構では、人工知能技術とロボット要素技術の融合を目指し、平成27年度より「次世代人工知能・ロボット中核技術開発」事業を実施している。具体的には、産業技術総合研究所人工知能研究センターを拠点として人工知能技術の研究開発に取り組むとともに、生物の嗅覚受容体を用いた匂いセンサ等の革新的センシング技術、全方向駆動を可能とする革新的アクチュエータ技術等の研究開発に取り組んでいる。加えて、平成30年度よりエネルギー需給構造の高度化に向けて「次世代人工知能・ロボットの中核となるインテグレート技術開発」事業を実施している。具体的には、プラント保全におけるガス漏洩ろうえいの発見と特定の迅速化技術の開発や大規模かつ変動する移動需要に対応する乗合型交通の配車制御技術の開発等の人工知能技術の早期社会実装に向けた研究開発に取り組んでいる。

エ デバイス技術・情報処理技術
 経済産業省は、IoT社会の到来により増加した膨大な量の情報を効率的に活用するため、ネットワークのエッジ側で動作する超低消費電力の革新的AIチップに係るコンピューティング技術、新原理により高速化と低消費電力化を両立する次世代コンピューティング技術(脳型コンピュータ、量子コンピュータ等)や光エレクトロニクス技術等の開発に取り組んでいる。また、「AIチップ開発加速のためのイノベーション推進事業」において、AIチップ開発に必要な設計ツールや検証装置等を備えたAIチップ設計拠点を構築し、民間企業におけるAIチップ開発を支援している。

オ ネットワーク技術
 総務省は、Society 5.0におけるネットワーク通信量の急増、サービス要件の多様化やネットワークの複雑化に対応するため、1運用単位当たり5Tbps を超える光伝送システムの実用化を目指した研究開発及び人工知能を活用した通信ネットワーク運用の自動化等を実現するための研究開発を実施した。また、本格的なIoT社会のICT基盤として期待される第5世代移動通信システム(5G)の令和2年の実現に向けて、超高速・超低遅延・多数同時接続といった要素技術の研究開発に取り組むとともに、5Gの社会実装を念頭に、具体的な利活用シーンを想定した実証試験を実施した。また、平成30年度からは、5Gの基地局の低消費電力化・小型化等を実現するための研究開発を実施している。さらに、令和元年度から5Gの信頼性・エネルギー効率等について更なる高度化を実現するための研究開発を実施している。加えて、令和2年度からは様々な主体が柔軟に構築し利用することが可能なローカル5Gの導入に向けて、多様な利活用シーンで地域のニーズを踏まえた開発実証を実施することとしている。
 また、世界的に周波数分配が行われていない252~325GHzのテラヘルツ波を用いた、超高精細度映像の非圧縮伝送が可能な無線通信基盤技術の応用展開を目指し、超高精細度映像インターフェース技術、ビーム制御技術及び無線信号処理技術の研究開発を実施した。
 情報通信研究機構は、テラヘルツ波を利用した100Gbps級の無線通信システムの実現を目指したデバイス技術や集積化技術、信号源や検出器等に関する基盤技術の研究開発を行った。また、ICT利活用に伴う通信量及び消費電力の急激な増大に対処するため、ネットワーク全体の超高速化と低消費電力化を同時に実現する光ネットワークに関する研究開発を推進した。

カ 数理科学の振興
 文部科学省は、数学・数理科学的知見を活用して諸科学や産業における様々な課題の解決に貢献し、新たな価値(数学イノベーション)を生み出す枠組みを構築するための活動の一環として、平成29年度より「数学アドバンストイノベーションプラットフォーム(AIMaP(※6))」を実施している。本事業では、全国13の大学や公的研究機関の数学・数理科学の研究拠点がネットワークを組み、潜在する数学・数理科学へのニーズを積極的に発掘し、その問題の解決にふさわしい数学・数理科学研究者と他の諸科学分野や産業界の研究者の協働による研究を促進するための活動を行っている。具体的には、諸科学や産業界向けに数学を活用した研究事例や数理的手法を紹介する会合の開催、共同研究に向けた議論をするワークショップやスタディグループの開催、諸科学・産業との連携のノウハウ共有及び水平展開の場の設定等を実施している。このほか、「数学・数理科学専攻若手研究者のための異分野・異業種研究交流会」を日本数学会と協力して開催し、産業界で数学・数理科学を活用できる人材の育成に努めた。また、理化学研究所では、数学・理論科学を軸とした異分野融合と新領域創出を目的として、平成28年度より数理創造プログラム(iTHEMS(※7))を立ち上げ、諸科学の統合的解明、社会における課題発掘及び解決を図り、数理科学を活用したイノベーションの創出に向け、取り組んでいる。

(2) 新たな価値創出の中核となる強みを有する基盤技術
 我が国が強みを有する技術を生かした部品を各システムの要素に組み込むことで、我が国の優位性を確保し、国内外の経済・社会の多様なニーズに対応する新たな価値を生み出すシステムとすることが可能となることから、政府は、個別システムにおいて新たな価値創出の中核となり現実世界で機能する技術として、以下の基盤技術について特に強化を図ることとしている。

ア ロボット、アクチュエータ、ヒューマンインターフェース技術における研究開発
 消防庁では、人が近づけない現場に接近し、情報収集や放水を行うためのロボットの研究開発を実施し、平成30年度に完成させた実戦配備型消防ロボットシステムを消防本部に実証配備し、量産型の仕様を策定するために機能の最適化等の検討を進めた(第3章第2節1(3)参照)。

イ センサ技術における研究開発
 ビッグデータやIoT時代には、リアルデータの活用が重要になってくる。このため、あらゆるものから情報を収集するセンサ技術の高度化も重要である。例えば、経済産業省においては、令和元年度より「IoT社会実現のための革新的センシング技術開発」事業を開始している。具体的には、世界最先端の材料技術やナノテク、バイオ技術をかし、既存技術では検出困難な超微小信号の計測やセンサの超小型化に向けた研究開発を実施した。

ウ 素材・ナノテクノロジー分野における研究開発の推進
 ナノテクノロジー・材料科学技術分野は、我が国が高い競争力を有する分野であるとともに、広範で多様な研究領域・応用分野を支える基盤である。その横串的な性格から、異分野融合・技術融合により不連続なイノベーションをもたらす鍵として広範な社会的課題の解決に資するとともに、未来の社会における新たな価値創出のコアとなる基盤技術である。
 文部科学省は、ナノテクノロジー・材料科学技術分野に係る、基礎的・先導的な研究から実用化を展望した技術開発までを戦略的に推進するとともに、研究開発拠点の形成等への支援を実施している。例えば、平成31年度より、大学・国立研究開発法人等において産学官が連携した体制を構築し、革新的な機能を有するもののプロセス技術の確立していない材料を社会実装につなげるため、プロセス上の課題を解決するための学理・サイエンス基盤としてプロセスサイエンスの構築(Materealize)を目指し、「材料の社会実装に向けたプロセスサイエンス構築事業(Materealize)」を開始している。
 物質・材料研究機構は、ナノテクノロジー・材料科学技術分野のイノベーション創出を強力に推進するため、基礎研究と産業界のニーズの融合による革新的材料創出の場や世界中の研究者が集うグローバル拠点を構築するとともに、これらの活動を最大化するための研究基盤の整備を行う事業として「革新的材料開発力強化プログラム~M3(M-cube)~」を実施している。令和元年度は、革新的新材料の創出加速等に向けた研究環境のスマートラボラトリ化のための取組を開始した。

エ 量子技術イノベーションの戦略的な推進
 量子科学技術(光・量子技術(※8))は、例えば、近年爆発的に増加しているデータの超高速処理を可能とするなど、新たな価値創出の中核となる強みを有する基盤技術であり、欧米等では「第2次量子革命」とうたい、量子科学技術に関する世界的な研究開発が激化している。また、米欧中を中心に海外では、「量子技術」はこれまでの常識をりょうし、社会に変革をもたらす重要な技術と位置付け、政府主導で研究開発戦略を策定し、研究開発投資額を増加している。さらに、世界各国の大手IT企業も積極的な投資を進め、ベンチャー企業の設立・資金調達も進んでいる。
 こうした量子科学技術の先進性やあらゆる科学技術を支える基盤性と、国際的な動向に鑑み、政府は令和2年1月、統合イノベーション戦略推進会議の下、短期的な技術開発にとどまらず、産業・イノベーションまでを念頭に置き、かつ10から20年の中長期的な視点に立った新たな国家戦略として、「量子技術イノベーション戦略」を策定した。同戦略では、①生産性革命の実現、②健康・長寿社会の実現、③国及び国民の安全・安心の確保を将来の社会像として掲げ、その実現に向けて、「量子技術イノベーション」を明確に位置付け、日本の強みをかし、①重点的な研究開発、②国際協力、③研究開発拠点の形成、④知的財産・国際標準化戦略、⑤優れた人材の育成・確保を進めることとしている。
 内閣府では、平成30年度から実施している「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第2期」課題において、①レーザー加工、②光・量子通信、③光電子情報処理と、これらを統合したネットワーク型製造システムの研究開発及び社会実装を推進している。
 総務省及び情報通信研究機構は、計算機では解読不可能な量子暗号技術や単一光子から情報を取り出す量子信号処理に基づく量子通信技術の研究開発に取り組んでいる。量子通信技術については、光空間通信テストベッドに物理レイヤ秘密鍵共有システムを実装し、見通し内通信路における情報理論的に安全な鍵生成の原理実証実験に成功した。また、量子暗号を用いて、顔認証の安全性を高めるシステムの開発や、電子カルテを保管する実証実験に成功した。さらに、地上系で開発が進められている量子暗号技術を衛星通信に導入するため、宇宙空間という制約の多い環境下でも動作可能なシステムの構築、高速移動している人工衛星からの光を地上局で正確に受信できる技術及び超小型衛星にも搭載できる技術の研究開発に取り組んでいる。
 文部科学省では、平成30年度から実施している「光・量子飛躍フラッグシッププログラム(Q-LEAP)」において、①量子情報処理(主に量子シミュレータ・量子コンピュータ)、②量子計測・センシング、③次世代レーザーを対象とし、プログラムディレクターによるきめ細かな進捗管理によりプロトタイプによる実証を目指す研究開発を行うFlagshipプロジェクトや基礎基盤研究を推進している。
 量子科学技術研究開発機構では、世界トップクラスの量子科学技術研究開発プラットフォームの構築を目指し、重粒子線がん治療装置の小型化・高度化の研究、世界トップクラスの高強度レーザー(J-KAREN(※9))やイオン照射研究施設(TIARA(※10))などの量子ビーム施設を活用した先端的研究を実施している。さらに、平成31年4月に量子生命科学領域を創設し、量子計測・センシング等の量子科学技術を生命科学に応用し、生命科学の革新や新たなイノベーションの創生を目指す量子生命科学の基盤技術開発に取り組んでいる。
 経済産業省では、機能性材料等の加工品質の向上や自動車部品等の加工プロセスの効率化などにより、我が国のものづくり産業の優位性を将来にわたって確保するため、平成28年度から「高効率・高輝度な次世代レーザー技術の開発事業」を実施している。非熱加工などの次世代レーザー加工の技術開発に注力し、最適な加工条件の導出を可能とするデータベースの基盤を構築している。
 また、経済産業省では、平成28年度より「IoT推進のための横断的な技術開発事業」において、社会に広範に存在している「組合せ最適化問題」に特化した量子コンピュータ(量子アニーリングマシン)の技術開発に取り組んできた。平成30年度より開始した「高効率・高速処理を可能とするAIチップ・次世代コンピューティングの技術開発事業」において、当該技術の開発領域を拡大し、量子アニーリングマシンのハードウェアからソフトウェア、アプリケーションに至るまで、一体的な開発を進めている。加えて、クラウドコンピューティングの進展等により課題となっているデータセンタの消費電力抑制に向けて、「超低消費電力型光エレクトロニクスの実装に向けた技術開発事業」において、電子回路と光回路を組み合わせた光エレクトロニクス技術の開発に取り組んでいる。

■第2-2-2表/Society 5.0実現に向けた主な施策(令和元年度)

画像


  • ※1 エネルギーバリューチェーンの最適化、地球環境情報プラットフォームの構築、効率的かつ効果的なインフラ維持管理・更新の実現、自然災害に対するきょうじんな社会の実現、高度道路交通システム、新たなものづくりシステム、統合型材料開発システム、地域包括ケアシステムの推進、おもてなしシステム、スマート・フードチェーンシステム、スマート生産システム
  • ※2 Data Integration and Analysis System
  • ※3 イノベーション政策強化推進のための有識者会議「AI戦略」(AI戦略実行会議)(平成30年9月4日 統合イノベーション戦略推進会議決定)
  • ※4 Strategic Information and Communications R&D Promotion Programme
  • ※5 AI Bridging Cloud Infrastructure
  • ※6 Advanced Innovation powered by Mathematics Platform
  • ※7 Interdisciplinary Theoretical and Mathematical Sciences Program
  • ※8 「量子」のふるまいや影響に関する科学とそれを応用する技術
  • ※9 Japan-Kansai. Advanced Relativistic ENgineering
  • ※10 Takasaki Ion Accelerators for Advanced Radiation Application

お問合せ先

科学技術・学術政策局企画評価課

(科学技術・学術政策局企画評価課)