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第3章 未来社会に向けた研究開発等の取組

 第2章までに取り上げたように、社会の変化が急速に進み、将来の不確実性が高まる中、中長期的な視点から、未来社会の姿を主体的にデザインし、その可能性や選択肢を広げていくことが必要である。本章では、未来社会に向けた政府の法整備や計画の検討の取組や、研究開発等の取組について紹介する。

第1節 未来社会に向けた政府の法整備や計画の検討

1 科学技術基本法等の改正

 平成7年に制定された「科学技術基本法」は、科学技術の振興に関する施策の基本事項を定めるものであるが、振興対象とする「科学技術」の定義から「人文科学のみに係るもの」が除かれており、また、「イノベーションの創出」の概念も導入されていない。しかし、社会のグローバル化、デジタル化、AI、生命科学の進展など科学技術・イノベーションの急速な進展は、人間や社会の在り方に大きな影響を与えており、科学技術・イノベーションの進展と人間や社会の在り方は密接不可分となっている。複雑化する現代の諸課題に対していくためには、人間や社会の在り方に対する深い洞察に基づいた科学技術・イノベーション創出の総合的な振興が必要である。
 このような状況の下、政府としては、総合科学技術・イノベーション会議 基本計画専門調査会 制度課題ワーキンググループ(座長:上山隆大 総合科学技術・イノベーション会議有識者議員)における議論を踏まえ、「科学技術基本法」の対象に「人文科学のみに係る科学技術」を追加するとともに、「イノベーションの創出」の概念を導入することなどを内容とする「科学技術基本法等の一部を改正する法律案」を第201回通常国会に提出している。
 同法案では、科学技術基本法の法律名を「科学技術・イノベーション基本法」に改め、目的規定において「科学技術の水準の向上」と「イノベーションの創出の促進」を並列する概念として位置付けるとともに、「イノベーションの創出」の定義を「科学的な発見又は発明、新商品又は新役務の開発その他の創造的活動を通じて新たな価値を生み出し、これを普及することにより、経済社会の大きな変化を創出すること」と規定している。また、「科学技術・イノベーション創出の振興方針」として、分野特性への配慮、学際的・総合的な研究開発、学術研究とそれ以外の研究の均衡のとれた推進、あらゆる分野の知見を用いた社会課題への対応といった事項を定めている。さらに、科学技術基本計画を「科学技術・イノベーション基本計画」に改めるとともに、同計画の策定事項に研究者や新たな事業の創出を行う人材等の確保・養成等についての施策を追加している。
 また、同法案には、科学技術・イノベーション創出の振興のための具体的方策として、研究開発法人の出資先事業者において共同研究等が実施できる旨を明確化すること、中小企業技術革新制度(日本版SBIR制度)を見直して内閣府を中心とした省庁連携の取組を強化すること、司令塔機能の強化を図る観点から内閣府に「科学技術・イノベーション推進事務局」を新設すること、といった内容も含まれている。

2 科学技術基本計画に基づく長期的視野に立った科学技術政策の振興

 政府は、科学技術基本法に基づき10年先を見通した5年間の科学技術振興に関する総合的かつ計画的な推進を図るため、「科学技術基本計画」を策定し、長期的視野に立って体系的かつ一貫した科学技術政策を実行してきた。
 現在、令和3年度からの次期計画の策定に向けて、第5期科学技術基本計画までに取り組んできたことをレビューした上でのフォアキャストに加え、地球規模で生じているデジタル革命の進展、地政学的環境の激変等の社会の潮流を踏まえた、ありたい将来像からのバックキャストの二つの視点から、科学技術・イノベーション政策の在り方について議論が行われている。特に、第5期科学技術基本計画で提唱した人間中心の社会であるSociety 5.0を世界に先駆けて実現するため、若手研究者が自由な発想に基づき挑戦的な研究に取り組める環境を実現することや、社会システムを変革させる科学技術・イノベーションが我が国から絶え間なく出てくるエコシステムを形成すること等、具体的な政策の在り方について検討が進められている。内閣総理大臣からの諮問を受け、総合科学技術・イノベーション会議では基本計画専門調査会を設置し、現行計画のレビューをするとともに、将来像やSociety 5.0の実現方策など次期計画の方向性について検討が行われている。

第2節 未来社会のビジョンを描き、それを目指して行う研究開発等の取組

1 ムーンショット型研究開発制度

 我が国発の破壊的イノベーションの創出を目指し、従来技術の延長にない、大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発を推進する仕組みとして、「ムーンショット型研究開発制度」が平成30年度に創設された。
 政府が本制度により達成を目指すムーンショット目標を検討するため、「ムーンショット型研究開発制度に係るビジョナリー会議」が平成31年3月に統合イノベーション戦略推進会議の下に設置され、本会議において、目指すべき未来像及びその実現に向けた具体的な目標例の検討がされた。さらに、令和元年12月に開催された「ムーンショット国際シンポジウム」において具体的な目標候補が検討された。これらの検討の結果を踏まえ、令和2年1月に開催された総合科学技術・イノベーション会議において、2050年までに達成すべき六つの目標が次のとおり決定された。

目標1:人が身体、脳、空間、時間の制約から解放された社会を実現
目標2:超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会を実現
目標3:AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現
目標4:地球環境再生に向けた持続可能な資源循環を実現
目標5:未利用の生物機能等のフル活用により、地球規模でムリ・ムダのない持続的な食料供給産業を創出
目標6:経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現

■第1-3-1図/ムーンショット型研究開発制度の目標について

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 今後、科学技術振興機構、新エネルギー・産業技術総合開発機構、農業・食品産業技術総合研究機構生物系特定産業技術研究支援センター及び日本医療研究開発機構に設置された基金により、挑戦的研究開発に係る業務を行うこととなる。

2 センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム

 センター・オブ・イノベーション(COI)プログラムとは、平成25年度より開始された、10年後の目指すべき社会像を見据えたビジョン主導型のチャレンジング・ハイリスクな研究開発を最長で9年度支援するJSTによるプログラムである(第1-3-2図)。
 COIプログラムでは、10年後の目指すべき社会像から現在取り組むべき研究開発課題を設定(バックキャスト型の研究開発)し、大学や企業等の関係者が一つ屋根の下で議論し一体(アンダーワンルーフ)となって、基礎研究から実用化を目指した産学連携による研究開発に取り組むことで、既存の分野や組織の壁を取り払い、企業や大学だけでは実現できない革新的なイノベーションを産学連携で実現するとともに、革新的なイノベーションを連続的に創出する「イノベーションプラットフォーム」を我が国に整備することを目指している。COIプログラムで設定している三つのビジョンは次のとおり。

ビジョン1 少子高齢化先進国としての持続性確保
ビジョン2 豊かな生活環境の構築(繁栄し、尊敬される国へ)
ビジョン3 活気ある持続可能な社会の構築

 ビジョン1は7拠点、ビジョン2は4拠点、ビジョン3は7拠点で達成に向けた取組が行われている(第1-3-3図)。

■第1-3-2図/COIプログラムの構造

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■第1-3-3図/COIプログラム各ビジョンにおける拠点例とその達成状況

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3 日本科学未来館

 日本科学未来館では世界に開かれた科学コミュニケーション拠点として、科学技術の役割を問い続け、あらゆる分野の「知恵」を集めグローバルな人類の将来社会に貢献できるよう活動を行っている。第5期科学技術基本計画において、現実空間と仮想空間が高度に融合された未来社会を目指していることから、令和元年11月に常設展示「計算機と自然、計算機の自然」を公開した。コンピュータ(計算機)やそこで動作するAIが高度に発達した未来において、私たちの自然観、世界観がどう変わるのかを問いかけた。また、日本科学未来館オープンラボは研究者と市民が最先端の科学技術を作っていく、開かれた実験場となる取組である。オープンラボ「優しい人工知能“reco!”―タッチでキヅク、キミとのキズナ」は、展示エリアに設置されたAIが、参加者の性格特性、展示についての感想等を分析して展示をお勧めし、その結果を生かして提案機能を高めていく実証実験である。AIが身近に「いる」未来で、人に寄り添い、新しい価値を与えてくれるようなAIの開発、それがもたらす安全・安心なコミュニティ作りに貢献することを目指している。

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 日本科学未来館では、非専門家である来館者と研究者等をつなぎ、科学技術によってもたらされる未来の社会像について共に考える活動も推進している。令和元年度は、科学技術を取り巻く問題にアンケート形式で人々の意見を発信する常設展示「オピニオン・バンク」とトークセッションを通し、「体内病院」という未来の医療技術構想とその社会実装、未来社会の変化について共に考えた。環境DNA解析手法を用い、身近な水棲(すいせい)生物の多様性を小中学生自らが探り考える実験教室も開発・実施した。参加者が先端科学技術を身近なものと捉え、その技術を活かすことで未来の社会のためにどのように貢献できるかを考える場を創出した。

4 2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)

 令和7年(2025年)4月から10月に開催を予定している「2025年日本国際博覧会」(以下「大阪・関西万博」という。)では、テーマを「いのち輝く未来社会のデザイン」(“Designing Future Society for Our Lives”)としている。SDGs(持続可能な開発目標)達成に向けた万博として、また、新たなアイデアが続々と生み出され、社会実装に向けて試行される「People’s Living Lab(未来社会の実験場)」として、さらには、我が国の魅力を世界に発信する地域経済活性化の起爆剤として、政府、地元自治体及び経済界が大阪・関西万博の成功に向けて取り組んでいる。  具体的な検討のために、経済産業省では、テーマや会場計画など各分野の検討を深める観点から開催された「万博計画具体化検討ワーキンググループ」において、計8回の議論、131名の有識者へのヒアリングを実施し、パブリックコメントを踏まえた報告書を令和元年7月に公表した。
 報告書では、例として次のような会場計画を挙げており、万博会場をSociety 5.0を体現した超スマート会場とするとともに、新たな技術、サービス及びシステムの実証及び社会実装に向けたチャレンジを行っていくべき、とされている。また、企画段階から民間企業等のアイデアを募るとともに、積極的に参画を求めていくべき、とされている。

  • AI等の活用により、人の流れを制御することで、入場、会場内の待ち時間ゼロを実現する。
  • 会場内における再生エネルギー100%、水素利用、CO2ゼロエミッションを実現する。
  • 主要駅―会場間の自動走行、空飛ぶクルマ等の次世代モビリティを実装する。

 令和2年6月現在、大阪・関西万博の準備、運営法人である公益社団法人2025日本国際博覧会協会が会場計画を含む基本計画を策定中である。

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5 スマートシティ

 スマートシティは、IoTやビッグデータ等の先進的技術の活用により都市や地域の課題の解決を図る取組であり、我が国が実現を目指すSociety 5.0の先行的な実装の場である。
 現在、我が国では、関係各府省が地方公共団体・企業・大学等と連携し、延べ100事業を超えるスマートシティの取組を推進している。また、パナソニック株式会社のサスティナブル・スマートタウン、トヨタ自動車株式会社のウーブン・シティ等、企業が独自にスマートシティ構想を打ち出し、建設を主導する事例も現れてきている。
 例えば、会津若松市においては、自治体等が保有する様々なデータを集約・分析するプラットフォームを整備し、市民一人一人のニーズに応じてアレンジされた地域情報や行政案内を、携帯アプリ等を通じて提供する仕組みを整備し、多数の市民により活用されている。札幌市では、政令市で3番目に健康寿命が短いという課題の解決に向け、市民の歩数に応じ、公共交通機関で活用できる健幸ポイントを付与する等の取組を実施している。東京都の大手町・丸の内・有楽町地区においては、災害に対する脆弱(ぜいじゃく)性を克服すべく、災害時にリアルタイム情報を収集し適切な情報提供を行う災害ダッシュボードの整備等に取り組んでいる。
 これらの取組に参画する591団体(令和2年3月末現在)により、事業支援や情報交換の場として「スマートシティ官民連携プラットフォーム」が設けられており、官民が一体となって全国各地のスマートシティ関連事業を強力に推進している。

■第1-3-4図/スマートシティの概要

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第3節 科学技術による課題解決に向けた具体的な取組

 2021年(令和3年)に開催が延期となった2020年東京オリンピック競技大会・東京パラリンピック競技大会(以下「東京2020大会」という。)は、我が国が目指す未来社会(Society 5.0)の実現に向けた取組や我が国発の科学技術を世界に発信していく機会となることから、政府では、同大会を契機として、我が国の強みである科学技術を世界に発信することとしている。
 本節では、環境・エネルギー問題に対応する水素技術、都市問題や地方の少子高齢化等に対応する自動走行技術、臨場感のある映像・音響・配信技術、世界の「言葉の壁」の解消に向けた多言語音声翻訳技術といった、東京2020大会も契機に研究開発を進めてきた、我が国が直面し多くの先進国に共通する課題解決に向けた科学技術による具体的な取組を紹介する。

1 水素社会の構築に向けた環境・エネルギー技術

 水素は利用段階でCO2を一切排出せず、運輸、産業、電力等の様々な分野で利用することができるため、脱炭素化の切り札となることが期待されている次世代のエネルギーである。水素を活用したアプリケーションとして、燃料電池自動車や燃料電池バス等があり、そのほかにも燃焼ガスとして利用したり、工業プロセスにおいて用いたりすることが可能である。
 我が国は水素エネルギーを将来の脱炭素に向けた重要なオプションとして位置付けており、平成29年に関係閣僚会議で決定された水素基本戦略や平成31年に発表した水素・燃料電池戦略ロードマップに基づいて、世界に先駆けた水素社会の実現に向けて、水素利活用の拡大に向けた技術開発や、水素アプリケーションの普及支援や環境整備を行っている。国内では、既に30万台を超える家庭用燃料電池「エネファーム」が家庭の電力・熱需要を賄っており、燃料電池自動車は3,600台以上が普及、水素ステーションは100か所以上が整備済みである。
 今後水素がより一層普及していくためには、世界中から多くの人々が集まる機会で水素というクリーンなエネルギーの可能性を分かりやすく伝え、身近に感じてもらうことが重要となる。東京2020大会では、聖火台及び聖火リレートーチの燃料に水素を使用することが予定されており、燃料には「復興五輪」の象徴として、東日本大震災及び東京電力福島第一原発事故からの復興に取り組んでいる福島県浪江町で製造される水素も活用される予定である。福島県浪江町では、世界最大級10MW級の水電解装置を備えた大規模な再生可能エネルギー由来水素製造実証施設が完成しており、未来のエネルギーの先駆けの地としての一歩が踏み出される。

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コラム1-6 伝統と現代技術の融合~東京2020聖火リレートーチ~

 東京2020聖火リレーで用いる予定のトーチは、我が国の伝統と高い技術力が一つになることで生み出された。
 日本人に最もなじみ深い花である桜をモチーフとしており、新幹線の製造にも使われている製造技術(アルミ押出成形)を用いて伝統的な桜紋の形を形作っており、継ぎ目のないひとつなぎのトーチとした。
 また、聖火を灯(とも)す燃焼部には、三つの燃焼が聖火の炎を支える仕組みが採用されている。中央はプラチナ(白金)を用いた「触媒燃焼」と「予混合燃焼」が組み合わされており、少々の風や雨でも消えることはなく、安定した燃焼を継続できることが特徴である。一方、その周囲は赤い炎が立ち上る「拡散燃焼」であり、美しく立ち上る炎だが、風には弱い。万一、周囲の赤い炎が風や雨で見えなくなっても中央の燃焼は続いており、風や雨が落ち着けば中央から再び炎が立ち上るという仕組みである。
 さらに、燃料として一部区間で水素を五輪史上初めて利用する予定となっている。水素は燃やしてもCO2等の温室効果ガスを排出せず、「クリーンエネルギー」と呼ばれる。
 供給する水素は、新エネルギー・産業技術総合開発機構と経済産業省との連携の下、「福島水素エネルギー研究フィールド:FH2R」(福島県浪江町)で製造されたものを使用予定である。

<参考URL>東京2020オリンピック聖火リレートーチ
https://tokyo2020.org/ja/torch/about/brand-design-torch別ウィンドウで開きます

2 自動走行技術

 自動運転やAI、オープンデータ等を掛け合わせ、従来型の交通・移動手段にシェアリングサービスも統合して次世代の交通を生み出す動きとして、MaaS(※1)がある。MaaSは、情報通信技術等を活用して交通手段を継ぎ目なくつなぎ、都市部での交通渋滞や環境問題、地方での交通弱者対策などの問題の解決に役立てようとする考え方の上に立っているサービスであるが、今後は、それに自動運転技術を結び付けることが注目されている。
 政府としては、これまでも内閣府におけるSIP第2期「自動運転~システムとサービスの拡張~」において、自動運転のシステムの開発・検証(実証実験)、自走運転実用化に向けた基盤技術開発、自動運転に対する社会的受容性の醸成、国際連携の強化の四つの領域で研究開発を推進しているところであり、令和元年10月から、東京臨海部実証実験を実施している。本実証実験は、国内外、産学等多様な参加者により、 路側インフラから提供される信号情報や合流支援情報等の交通環境情報を活用した実交通環境下での実証実験を通じて、インフラ協調型の自動運転に必要な技術検証を実施するとともに、国際標準化及びより高度な自動運転の実用化に向けた車両開発を促進する。
 また、令和元年度には混在交通下で自動運転車が周囲に与える影響の調査を行ったほか、社会受容性の醸成に向けた試乗イベント等も併せて実施する。
 東京2020大会に向けても、自動走行技術を活用した次世代都市交通システム(ART(※2))の実用化、高齢者や車椅子の方々を含め、誰もが快適に利用できるユニバーサルな交通インフラの実現等に向けた技術開発に取り組んでいる。

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3 臨場感のある映像・音響・配信技術

(1) 8K放送の推進
 現在、政府において、総務省を中心に、放送サービスの高度化の一環として、8K(※3)を推進している。8Kは現行のハイビジョンに比べて16倍の画素数を有しており、超高精細で立体感と臨場感ある映像を楽しむことが可能となる。また、輝度の表現を拡大するHDR(※4)技術を取り入れることにより、白飛び(肉眼では見えていても実際に撮影すると、明るい部分が白く抜けてしまうこと)や黒つぶれ(露光量不足で光が足りない場所が黒くつぶれてしまうこと)をすることなく、輝度差の激しいシーンでも大幅に自然な表現が可能となる。
 8Kでは音響面でも大幅な高性能化を実現している。現在の音響システムは、映画館やホームシアターであっても、5個の通常スピーカーと1個の重低音スピーカーで構成される5.1chが主流だが、8Kでは、スピーカー数が大幅に増え、22.2chの音響システムが採用されている。22.2chの音響システムは、22個の通常スピーカーと2個の重低音スピーカーで構成され、これらのスピーカーが視聴者を3次元的に取り囲むように配置することで、音が発生する方向も再現した、より現実に近い音響環境を実現できる。この技術により、例えば、サッカーの試合のパブリックビューイングでは、3次元的な音響環境で、あたかもスタジアムで試合を見ているような高い臨場感を持つことができる。また、NHK放送技術研究所では、8Kのスポーツ番組などで、決定的なシーンをよりダイナミックに分かりやすく放送で届けられるように、8Kのワイヤレスカメラや、8Kのスローモーション撮影システムなどの研究開発を進めている。

■第1-3-5図/ハイビジョンと4Kと8Kの比較(イメージ)

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■第1-3-6図/5.1chと22.2chの比較(イメージ)

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(2) 5G(第5世代移動通信システム)の推進

 映像や音声の情報が多くなれば、伝送するデータ量も増加する。5Gによる8Kの超高画質映像の伝送など、従来よりも高速・大容量の通信を実現している。5Gは、現行規格である4Gよりも「超高速」「多数同時接続」「超低遅延」といった通信を可能とし、大容量データの超低遅延通信による次世代の観戦システムの実現に欠かせないこれからの移動通信システムの規格である。
 これまで1Gから4Gに至るまで、通信速度の向上が進んできた。4Gまでが基本的に人と人とのコミュニケーションを行うためのツールとして発展してきたのに対し、5Gはあらゆるモノ・人等がつながるIoT時代の新たなコミュニケーションツールとしての役割を果たすこととなる。
 「超高速」とは、10Gbpsの速度を目指し、これは、2時間の映画のダウンロード時間を現状の約5分から約3秒に短縮する性能である。
 「多数同時接続」とは、基地局1台から同時に接続できる端末を従来に比べて飛躍的に増やせることである。例えば、これまでは自宅でPCやスマートフォン等数個程度の接続だったものが、5Gにより100個程度の機器やセンサーを同時にネットに接続することができるようになる。また、情報通信研究機構は平成30年3月、5G総合実証試験において端末約2万台相当の同時接続を確認したと発表した。これにより、例えば倉庫に保管された多数の物品の位置や中身の把握、また、災害時に大勢の避難者にウェアラブル端末を着けて健康状態を遠隔で確認する、といった用途への活用が見込まれる。
 「超低遅延」とは、通信ネットワークにおける遅延、すなわちタイムラグを極めて小さく抑えられることである。例えば、自動運転のように高い安全性が求められるものにおいては、リアルタイムでの通信が必要である。また、ロボットの遠隔制御や遠隔医療といった分野においても超低遅延の効果が発現できる。
 5Gの適用先としては、産業用ロボット制御の高度化、建機や農機の精密な遠隔操縦、畜産業の効率化、自動運転の高度化、高度な遠隔診療等、様々な用途が検討されている。我が国では、携帯電話事業者による5Gサービスが、令和2年春から開始され、令和5年度末までに全国の約98%の地域に基地局が展開される予定である。また、携帯電話事業者による5Gサービスに加え、地域や産業の個別のニーズに応じ、自らの建物内や敷地内でスポット的に柔軟に構築できるローカル5Gの制度化も令和元年12月に行われている。三菱電機株式会社と日本電気株式会社では、携帯電話事業者による5Gサービスと工場内のローカル5Gの両方を併用し、⼯場内と公衆網の情報を連携することで、ものづくり全体を最適化することを目的とした「ハイブリッド5G」の検討を進めている。
 このように、5Gは来るべきIoT時代の重要な基盤となるものである。その実現により、コミュニケーションの在り方の変化、そして新たなビジネスの進展につながることが期待される。

■第1-3-7図/5Gの特徴

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4 多言語音声翻訳技術の推進

 総務省では、平成26年に「グローバルコミュニケーション計画」を策定し、東京2020大会も見据え、情報通信研究機構の多言語音声翻訳技術によって、世界の「言葉の壁」の解消に努め、グローバルで自由な交流を促進するような取組を推進してきた。

■第1-3-8図/多言語音声翻訳技術の仕組み

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 具体的には、これまで総務省が進めてきた研究開発により、情報通信研究機構にディープラーニング翻訳を導入するためのAI学習用計算機(GPGPU(※5))等を整備し、翻訳や音声認識の精度向上や対応言語の拡大等に取り組み、令和元年度中に12言語(※6)の短文逐次翻訳において実用レベルの翻訳精度を実現している。また、従来の多言語音声翻訳技術では話者の言語を事前に設定しなければならなかったところ、情報通信研究機構において相手方言語を自動識別する機能を開発し、令和元年10月に同機能を8言語(※7)に対応して実装した。

 さらに、情報通信研究機構が開発した多言語音声翻訳技術を、翻訳サービスを提供する民間企業等がより簡便に利用できるような環境を整備し、社会実装を推進するための「多言語音声翻訳プラットフォーム」を平成31年4月に構築した。これにより、翻訳サービスを提供する民間企業等は自らサーバの構築・運営・管理等が不要となり、サービスの開発や提供に集中することが可能となる。この「多言語音声翻訳プラットフォーム」を活用して、観光(ショッピング)、交通(鉄道、タクシー)、医療、防災などの分野に重点を置いて、翻訳サービスの社会実装を見据えた技術実証を行ってきた。

■第1-3-9図/多言語音声翻訳プラットフォーム

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 これらの取組により、情報通信研究機構から民間企業への技術移転が進み、多種多様な翻訳サービス(端末・アプリ)の製品化・普及につながっている。実際に、情報通信研究機構の多言語音声翻訳技術を活用した様々なサービスが、旅行業、小売業(百貨店、スーパー、コンビニ、薬局、アパレル等)、飲食業、交通機関、医療機関、金融機関、自治体(窓口対応、防災訓練等)、教育機関(学校・教育委員会)等多くの分野での導入が進んでいる。また、情報通信研究機構の多言語音声翻訳技術は、これまで「東京マラソン」や「ラグビーワールドカップ2019日本大会」等のイベントにおいても開催都市等で活用され、その利便性や効果が実証されてきている。東京2020大会を含む様々な場面で、今後も情報通信研究機構の多言語音声翻訳技術が「おもてなしシステム」として活躍することが大いに期待されている。

コラム1-7 夢がかなう「義足」の開発

 ケガや病気で足を失ってしまった人が日常生活に必要な機能を補うために装着する「義足」を、スポーツに特化させたのが競技用義足だ。1990年代に本格的にカーボン素材の競技用義足が使用されるようになって以降、記録は劇的に向上し、現在では男子100メートルの世界記録は10秒台にまで到達、走り幅跳びの世界記録は、リオデジャネイロオリンピックの金メダリストの記録を超えるほどにまでなっており、足を失ってしまった人の、走りたいという夢をかなえてきた。

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 国内で競技用義足の開発を行っている株式会社Xiborgでは、選手の走りをモーションキャプチャシステムにより計測することで、義足走行のメカニズムを解析し、地面から最適な力を受けることができる義足の形状を生み出している(株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所、東レ株式会社、東レ・カーボンマジック株式会社との共同開発)。アスリートは、こうして開発された義足から自身と相性の良いものを選定し、トレーニングをしながらその義足に合った走り方を見付けていく。

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 また、株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所では、「サイボーグ義足」と呼ばれる、モーターなど電気の力を使って日常の動作をしやすくする能動的に動く義足の開発も進めている。この開発は、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(CREST)に採択されている、AI技術の社会実装を通じて身体的・能力的困難の超克を目指すプロジェクトの一環としても行われており、体の動きを 予測して膝や踵(かかと)の関節を動かすことで、一層スムーズに、人間の足に近い機能を実現することを目指している。

<参考URL>科学技術振興機構 Science Window
https://sciencewindow.jst.go.jp/別ウィンドウで開きます

<参考URL>「競技用義足が目指す「最速」と「楽しさ」」
https://sciencewindow.jst.go.jp/articles/2019/05/article034.html別ウィンドウで開きます

コラム1-8 東京2020大会においても活用が見込まれる顔認証技術

 日本人の出帰国手続において顔認証ゲートが利用されているが、令和元年7月24日の羽田空港を皮切りに、成田空港、関西空港、福岡空港、中部空港及び新千歳空港において、外国人出国手続における顔認証ゲートの利用が開始されている。
 多くの外国人が訪日する東京2020大会は、我が国が世界中の注目を集め、我が国の強みである技術を世界に発信できる機会でもある。昨今、生体認証技術の利便性やセキュリティ意識の向上、AIの目覚ましい発展により、世界各国でも生体認証技術が多く活用されている。特に顔認証技術は、様々な領域で利用が拡大されており、東京2020大会において導入予定の日本電気株式会社の顔認証システムは、通常環境下で99.7%、0.3秒で160万件のデータベースと照合できる精度(※8)で、人による本人確認作業の負担軽減にも貢献する。

<参考URL>NEC東京2020スペシャルサイト
https://jpn.nec.com/ad/2020/op/face-recognition/別ウィンドウで開きます

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コラム1-9 フィクションが現実社会に与える影響

 フィクションは、一定の世界観を社会に提示し、時には多くの人々に夢やあこがれを抱かせ、現実社会における実現しようというエネルギーを生み出す。そのエネルギーは、科学技術イノベーションにつながる可能性を秘めている。
 令和元年に生誕40周年を迎えたアニメ「機動戦士ガンダム」も、そうした作品の一つといえる。生誕40周年を記念して種々のイベントが行われ、「機動戦士ガンダム」は現実社会に多大な影響を与え続けている。このコラムではその例として、二つのイベントを取り上げたい。
 一つは、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が推進する東京2020参画プログラム「ONE TEAM PROJECT」として、「機動戦士ガンダム」のプラモデル“ガンプラ”を搭載した超小型衛星「G-SATELLITE」が開発されたことである。大きさが約10x約10x約30cm、重さが約3kgのこの超小型衛星は、令和2年3月に国際宇宙ステーションに打ち上げられ、その後、日本実験棟「きぼう」から宇宙空間に放出される。宇宙に飛び出した“ガンプラ”は、地球低軌道を飛行しながら、東京2020大会への応援メッセージ等を地球に向けて発信する予定である。
 なお、超小型衛星「G-SATELLITE」は、東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学専攻中須賀・船瀬研究室が福井県内3企業等の協力を得て開発した。搭載するガンダムの“ガンプラ”には、特殊素材・特殊塗料が使用され、宇宙空間の厳しい環境(超高真空、高温・低温、放射線、紫外線等)にも耐え得るよう設計されている。

<参考URL>
1 http://www.jaxa.jp/press/2019/05/20190515b_j.html別ウィンドウで開きます
2 https://participation.tokyo2020.jp/jp/oneteam/08.html別ウィンドウで開きます

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 もう一つは、一般社団法人ガンダムGLOBAL CHALLENGE が横浜市と連携し、横浜・山下ふ頭での公開を予定している「GUNDAM FACTORY YOKOHAMA」である。同プロジェクトは、夢を持ち続けること、可能性に挑むこと、課題を発見しそれを克服して進化することをテーマに、18mの実物大ガンダムを動かすこととガンダムらしい動きの再現を目的としている。実物大の動くガンダムに加えて、併設する「GUNDAM-LAB」での関連展示を予定している。これとは別に、ガンダムGLOBAL CHALLENGEは、オープンイノベーション企画を実施しており、岡田慧・東京大学大学院情報理工学系研究科教授によるプロジェクト「GGCリサーチ オープンシミュレータ」を実施。ガンダムのCGデータを用いたオープンロボットプラットフォームにより、世界の若者が自由にロボット開発に参加できる体制の創出、ロボティクス分野の発展へ寄与、さらには「リアルガンダム」の実現につなげることを目指している。
 こうしたフィクションと現実社会の対話が、科学技術イノベーションの発展に寄与することを期待したい。

<参考URL>
1 https://gundam-factory.net/別ウィンドウで開きます
2 https://gundam-challenge.com/index.html別ウィンドウで開きます

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GUNDAM FACTORY YOKOHAMA
©創通・サンライズ


  • ※1 Mobility-as-a-Service
  • ※2 Advanced Rapid Transit
  • ※3 8Kの“K”は=1,000を意味し、8Kは8,000を意味する。8Kディスプレイの画素数(7,680×4,320)の水平方向の画素数からこう呼称されている。画素数が多いほど細かい画像を表示できる。
  • ※4 High Dynamic Range imaging
  • ※5 General-Purpose computing on Graphics Processing Units
  • ※6 日本語、英語、中国語、韓国語、タイ語、インドネシア語、ベトナム語、ミャンマー語、フランス語、スペイン語、ブラジルポルトガル語、フィリピン語
  • ※7 日本語、英語、中国語、韓国語、タイ語、インドネシア語、ベトナム語、 ミャンマー語
  • ※8 米国国立標準技術研究所(NIST)主催のベンチマークテスト結果参照

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