第3章 経済・社会的課題への対応

 第5期科学技術基本計画(以下「第5期基本計画」という。)において、目指すべき課題として掲げた「持続的な成長と地域社会の自律的な発展」、「国及び国民の安全・安心の確保と豊かで質の高い生活の実現」及び「地球規模課題への対応と世界の発展への貢献」を実現していくため、科学技術イノベーションを総動員し戦略的に課題の解決に取り組んでいくこととしている。また、東日本大震災をはじめ、各地の災害からの復興状況等に鑑み、国や地方自治体等が一体となり、新技術や被災地の新産業につながる取組を進めることとしている。

第1節 持続的な成長と地域社会の自律的な発展

 我が国の持続的な成長のためには、現在そして将来の我が国が直面する社会コストの増大に適切な対応を図っていくことが必要であり、資源の安定的な確保、超高齢化等に対応した持続可能な社会の実現、安全・安心の確保と質の高い生活の実現に向けた科学技術イノベーションの取組を進めている。

1 エネルギー、資源、食料の安定的な確保

(1)エネルギーの安定的な確保とエネルギー利用の効率化

ア クリーンなエネルギー供給の安定化と低コスト化

(ア)太陽光発電システムに係る発電技術
 経済産業省は、薄型軽量のため設置制約を克服できるペロブスカイト太陽電池(※1)等の革新的な新構造太陽電池の実用化へ向けた要素技術、太陽光発電システム全体の効率向上を図るための周辺機器高機能化や維持管理技術、低コストリサイクル技術の開発を行っている。
 科学技術振興機構は、温室効果ガス削減に大きな可能性を有し、かつ従来技術の延長線上にない革新的技術の研究開発を競争的環境下で推進しており、その中において革新的な太陽光利用に係る研究開発を推進している。例えば、シリコン太陽電池で変換効率35%以上を目指す技術等の研究開発を推進している。


  • ※1 ペロブスカイトと呼ばれる結晶構造を持つ物質を使った我が国発の太陽電池。塗布や印刷などの簡易なプロセスが適用できるため、製造コストの大幅低減が期待されている。

(イ)浮体式洋上風力発電システムに係る発電技術
 経済産業省は、日本の急峻(きゅうしゅん)な海域の特性にも対応可能な浮体式洋上風力発電システムの事業化を見据え、福島沖において、世界初の洋上変電所も含めた複数基による本格的なウィンドファームの設置・運転を行う実証事業を行い、浮体式特有の安全性・信頼性・経済性の検証を進めている。
 環境省は、我が国で初となる2MW(メガワット)浮体式洋上風力発電機の開発・実証を行い、関連技術等を確立した。本技術開発・実証の成果として、平成28年より国内初の洋上風力発電の商用運転が開始されており、風車周辺に新たな漁場が形成されるなどの副次効果も生じている。また、平成30年度は、前年度に続き、浮体式洋上風力発電の本格的な普及拡大に向け、施工を低炭素化・高効率化する新たな施工手法等の確立を目指す取組を行った。
 国土交通省は、浮体式洋上風力発電施設の建造・設置等に係るコストの低減を実現するため、安全性を確保しつつ浮体構造や設置方法の簡素化等を実現するための設計・安全評価手法等に係るガイドラインの策定を進めている。

(ウ)地熱・波力・海洋温度差発電等、その他再生可能エネルギーシステムに係る発電技術等
 経済産業省は、地熱発電について、地熱資源開発における高い事業リスクや開発コスト等の課題を解決するため、調査段階においては、地下の地熱資源をより正確に把握、安定的な電力供給に必要となる地熱資源の管理・評価、地熱資源に用いる井戸を短期間かつ低コストで掘削するための技術開発を行っている。また、発電段階においては、メンテナンスコストの低減に資するIoT‐AI技術等を活用した効率的な開発・運転のための高性能な地熱発電システムの技術開発や次世代の地熱発電(超臨界地熱発電)に関して、実現可能性調査の継続のほか詳細事前検討を行っている。
 環境省は、地熱発電について、地下熱水を採取せず、地上から坑井へ注水した循環水溶液(淡水)に地下の熱を吸収させ循環熱水とし、その熱水から取得した蒸気を利用して発電を行う「熱水循環型発電」システムの開発・実証等を実施した。また、波力発電については沿岸地域で利活用できるシステムの高効率化等に向けた開発・実証を行っており、平成30年度からは反射波を活用した油圧シリンダ鉛直配置式波力発電装置の開発・実証にも着手した。

(エ)高効率火力発電システム及び石炭利用技術の開発
 経済産業省は、石炭ガス化燃料電池複合発電(IGFC(※2))の実証事業や要素技術開発(大容量燃料電池の開発等)、高効率ガスタービン技術の開発・実証事業等、石炭・LNG(※3)火力における更なる高効率発電技術の開発を実施している。また、火力発電から発生する二酸化炭素の効率的な分離回収・有効利用(CCU(※4))技術等の開発を行っている。


  • ※2 Integrated Coal Gasification Fuel Cell Combined Cycle
  • ※3 Liquefied Natural Gas
  • ※4 Carbon dioxide Capture and Utilization

(オ)その他技術開発
 経済産業省は、国内製油所の国際競争力の強化に向けて、コストの安い原油等から高付加価値製品の生産(石油のノーブル・ユース)や精製設備の稼働安定化(稼働信頼性の向上)を図るため、分子レベルでの構造解析や反応モデリング等を行うペトロリオミクス技術を活用して、非在来型原油や精製プロセスで生じる残油から石油製品や石油化学原料を無駄なく抽出する革新的な石油精製技術の開発等を進めている。

(カ)原子力に関する研究開発等
 1)原子力利用に係る安全性・核セキュリティ向上技術
 経済産業省は、「原子力の安全性向上に資する技術開発事業」により、東京電力株式会社(以下「東電」という。)福島第一原子力発電所の事故で得られた教訓を踏まえ、原子力発電所の包括的なリスク評価手法の高度化等、更なる安全対策高度化に資する技術開発及び基盤整備を行っている。また、我が国は、国際原子力機関(IAEA(※5))、米国等と協力し、核不拡散及び核セキュリティに関する技術開発や人材育成における国際協力を先導している。日本原子力研究開発機構は(以下「原子力機構」という。)「核不拡散・核セキュリティ総合支援センター(ISCN(※6))」を設立し、核不拡散及び核セキュリティに関する研修等を行うとともに、IAEAとの核セキュリティ分野における人材育成に係る取決めに基づき、研修カリキュラムの共同開発、講師の相互派遣、人材育成に関する情報交換等を行っている。また、中性子を利用した核燃料物質の非破壊測定、不法な核物質の起源が特定可能な核鑑識の技術開発等を行っている。


  • ※5 International Atomic Energy Agency
  • ※6 Integrated Support Center for Nuclear Nonproliferation and Nuclear Security

2)原子力基礎・基盤研究開発
 原子力施設の新規制基準への対応や高経年化等の状況変化を踏まえ、科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 原子力科学技術委員会の下に設置した原子力研究開発基盤作業部会において、国として持つべき原子力研究開発機能とその維持に必須な施設及びその運営の在り方等に関して、平成30年3月に議論の整理として中間報告書を取りまとめた。
 原子力機構は、核工学・炉工学、燃料・材料工学、原子力化学、環境・放射線科学、分離変換技術開発、計算科学技術、先端原子力科学等の基礎・基盤研究を行っている。また、発電、水素製造など多様な産業利用が見込まれ、固有の安全性を有する高温ガス炉について、安全性の高度化、原子力利用の多様化に資する研究開発等を推進した。

3)原子力人材の育成・確保
 原子力人材の育成・確保は、原子力分野の基盤を支え、より高度な安全性を追求し、原子力施設の安全確保や古い原子力発電所の廃炉を円滑に進めていく上で重要である。
 文部科学省は、「国際原子力人材育成イニシアティブ」により、産学官の関係機関が連携し、人材育成資源を有効に活用することによる効果的・効率的・戦略的な人材育成の取組を支援している。また、英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業の「廃止措置研究・人材育成等強化プログラム」において、廃炉国際共同研究センター等と連携し、廃止措置現場のニーズを踏まえたより実効的な基礎的・基盤的研究と人材育成の取組を推進している。
 経済産業省は、「原子力の安全性向上を担う人材の育成事業委託費」により、東電福島第一原子力発電所の廃止措置や既存原子力発電所の安全確保等のため、原子力施設のメンテナンス等を行う現場技術者や、産業界等における原子力安全に関する人材の育成を支援している。

4)東電福島第一原子力発電所の廃止措置技術等の研究開発
 経済産業省、文部科学省及び関係省庁等は、東電福島第一原子力発電所の廃止措置等に向けて、「東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所の廃止措置等に向けた中長期ロードマップ」(平成29年9月26日改訂)に基づき、連携・協力しながら対策を講じている。この対策のうち、燃料デブリの取り出し技術の開発や原子炉格納容器内部の調査技術の開発等の技術的難易度が高く、国が前面に立って取り組む必要がある研究開発については、事業者を支援している。
 また、廃炉に関する技術基盤を確立するための拠点整備も進めており、原子力機構においては、遠隔操作機器・装置の開発・実証施設(モックアップ施設)として「楢葉遠隔技術開発センター」(福島県双葉郡楢葉町)が、平成28年4月から本格運用を開始している。加えて、燃料デブリや放射性廃棄物などの分析手法、性状把握、処理・処分技術の開発等を行う「大熊分析・研究センター」(福島県双葉郡大熊町)が平成30年3月に一部施設の運用を開始した。
 文部科学省は、「東京電力株式会社福島第一原子力発電所の廃止措置等研究開発の加速プラン」(平成26年6月公表)に基づき、国内外の英知を結集し、安全かつ着実に廃止措置等を実施するための研究開発と人材育成を加速するため、平成27年4月に原子力機構に「廃炉国際共同研究センター」を設立し、平成29年4月には、国内外の英知を結集する場として、福島県双葉郡富岡町に同センターの「国際共同研究棟」が運用を開始している。
 さらに、平成27年度から「英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業」を実施しており、平成30年度からは本事業の運用体制を文部科学省の委託事業から、原子力機構を対象とする補助金事業に移行し、廃炉国際共同研究センターを中核に大学等との連携を強化した体制を構築することにより、廃炉現場のニーズを一層踏まえた研究開発及び人材育成の取組を推進している。

 廃炉国際共同研究センター国際共同研究棟
 廃炉国際共同研究センター国際共同研究棟
 提供:日本原子力研究開発機構

5)核燃料サイクル技術
 「エネルギー基本計画」(平成30年7月閣議決定)においては、「使用済燃料の処理・処分に関する課題を解決し、将来世代のリスクや負担を軽減するためにも、高レベル放射性廃棄物の減容化・有害度低減や、資源の有効利用等に資する核燃料サイクルについて、これまでの経緯等も十分に考慮し、引き続き関係自治体や国際社会の理解を得つつ取り組むこととし、再処理やプルサーマル(※7)等を推進する」こととしており、また、「米国や仏国等と国際協力を進めつつ、高速炉等の研究開発に取り組む」との方針としている。
 高速増殖原型炉「もんじゅ」については、平成28年12月に開催された原子力関係閣僚会議において、原子炉としての運転は再開せず、廃止措置に移行することとされた。この決定以降、政府より様々なレベルで地元自治体への説明を行い、「もんじゅ」の廃止措置体制について理解を得て、平成29年5月に内閣官房副長官をチーム長、文部科学副大臣及び経済産業副大臣を副チーム長とする「「もんじゅ」廃止措置推進チーム」等を立ち上げた。同年6月には、「もんじゅ関連協議会」を開催し、「もんじゅ」の廃止措置に関する政府の基本方針や原子力機構の基本的な計画の案等について、地元自治体に対して説明を行った。その上で、「「もんじゅ」廃止措置推進チーム」を開催し、「「もんじゅ」の廃止措置に関する基本方針」を決定するとともに「「もんじゅ」の廃止措置に関する基本的な計画」を了承した。同年11月には、「もんじゅ関連協議会」を開催し、「もんじゅ」の廃止措置に係る工程及び実施体制の説明及び地域振興策等についての話合いを行い、「もんじゅ」の廃止措置を進めていくことについて地元の理解が得られた。これらを踏まえ、同年12月に原子力機構は、原子力規制委員会に対して「高速増殖原型炉もんじゅ原子炉施設廃止措置計画認可申請書」を提出し、平成30年3月に認可され、同年8月からは燃料体取出し作業を開始した。文部科学省及び原子力機構では地域住民との意見交換会や説明会を実施しており、今後とも「もんじゅ」の廃止措置を、地元の声にしっかりと向き合いながら、安全、着実かつ計画的に進めていく。


  • ※7 使用済燃料から再処理によって分離されたプルトニウムをウランと混ぜて、混合酸化物燃料に加工し、使用すること

6)放射性廃棄物処理処分に向けた技術開発等
 重要な政策課題である高レベル放射性廃棄物の大幅な減容や有害度の低減に資する研究開発として、加速器を用いた核変換技術や群分離技術に係る基礎・基盤研究を進めている。
 また、研究施設や医療機関などから発生する低レベル放射性廃棄物の処分に向けては、原子力機構が、「埋設処分業務の実施に関する基本方針」(平成20年12月文部科学大臣及び経済産業大臣決定)及び「埋設処分業務の実施に関する計画」(平成21年11月認可、平成30年3月変更認可)に従って必要な取組を進めている。

7)原子力機構が保有する施設の廃止措置
 平成29年4月、「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律」(原子炉等規制法)が改正され、全ての原子力事業者は、原子炉等規制法対象施設ごとに廃棄する核燃料物質によって汚染された物の発生量の見込み、廃止措置に要する費用の見積り及びその資金の調達の方法その他の廃止措置の実施に関して必要な事項を記載した「廃止措置実施方針」を作成し、公表することとなった。また、平成30年4月には、科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 原子力科学技術委員会 原子力施設廃止措置等作業部会において「中間まとめ」が取りまとめられ、原子力機構の保有する原子力施設の廃止措置に関して、事業管理及び財務管理の観点から提言がなされた。こうしたことを受けて原子力機構は、平成30年12月に、廃止措置実施方針の作成、公表に加えて、原子力機構の保有する施設全体の廃止措置にかかる長期方針である「バックエンドロードマップ」を公表した。原子力機構は総合的な原子力の研究開発機関として重要な役割を果たしており、その役割を果たすためにも、研究での役割を終えた施設については、国民の皆様の御理解を得ながら、安全確保を最優先に、着実に廃止措置を進めることが重要である。文部科学省は、原子力機構の取組を支援し、原子力機構の保有する原子力施設の安全かつ着実な廃止措置を進めていく。

8)国民の理解と共生に向けた取組
 文部科学省は、立地地域をはじめとする国民の理解と共生のための取組として、立地地域の持続的発展に向けた取組、原子力やその他のエネルギーに関する教育への取組に対する支援などを行っている。

9)原子力国際協力
 外務省は、IAEAによる原子力科学技術の平和的利用の促進及びIAEA加盟国の「持続的な開発目標(以下「SDGs(※8)」という。)」の達成に向けた活動を支援しており、平和的利用イニシアティブ(PUI(※9))拠出金等によるIAEAに対する財政的支援や、専門的知見・技術を有する国内の大学、研究機関、企業とIAEAの連携強化を通じて、開発途上国の能力構築を推進するとともに日本の優れた人材・技術の国際展開も支援している。
 文部科学省は、IAEAや経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA(※10))などの国際機関の取組への貢献を通じて、原子力平和的利用と核不拡散の推進をリードするとともに、内閣府が主導しているアジア原子力協力フォーラム(FNCA(※11))の枠組みの下、アジア地域を中心とした参加国に対して放射線利用・研究炉利用等の分野における研究開発・基盤整備等の協力を実施している。
 経済産業省は、放射性廃棄物の有害度の低減及び減容化等に資する高速炉の実証技術の確立に向けた研究開発について、日仏協力をはじめとする国際協力の枠組みを活用して進めた。
 また、米国やフランスをはじめとする原子力先進国との間で、第4世代原子力システム国際フォーラム(GIF(※12))等の活動を通じ、原子力システムの研究開発等、多岐にわたる協力を行っている。


  • ※8 Sustainable Development Goals
  • ※9 Peaceful Uses Initiative
  • ※10 OECD Nuclear Energy Agency
  • ※11 Forum for Nuclear Cooperation in Asia
  • ※12 Generation IV International Forum

10)原子力の平和的利用に係る取組
 我が国は、IAEAとの間で1977年(昭和52年)に締結した日・IAEA保障措置協定及び1999年(平成11年)に締結した同協定の追加議定書に基づき、核物質が平和目的に限り利用され、核兵器などに転用されていないことをIAEAが確認する「保障措置」を受け入れている。これを受け、我が国は「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(原子炉等規制法)」(昭和32年法律第166号)に基づき、国内の核物質を計量及び管理し、国としてIAEAに報告、IAEAの査察を受け入れるなどの所要の措置を講じている。
 平成30年5月16日に我が国における2017年の保障措置活動の実施結果について原子力規制委員会に報告し、その結果をIAEAによる我が国の保障措置活動についての評価に資するためにIAEAに情報提供した。IAEAの我が国に対する保障措置実施報告では、全ての核物質が平和的活動にとどまっている旨の結論(拡大結論)を2017年(平成29年)についても受けた。これにより、2003年(平成15年)の実施結果以降、継続して拡大結論が導出されている。

(キ)核融合エネルギーをはじめとする超長期的なエネルギー技術の研究開発
 核融合エネルギーは、燃料資源が豊富であること、発電過程で温室効果ガスを発生しないこと、少量の燃料から大規模な発電が可能であることから、エネルギー問題と環境問題を根本的に解決する将来の基幹的エネルギー源として期待されている。核融合エネルギーの実現に向け、国内では、「原型炉研究開発ロードマップについて(一次まとめ)」(平成30年7月24日策定)に基づき、トカマク方式(量子科学技術研究開発機構、高性能核融合実験装置JT‐60SA(※13))、ヘリカル方式(核融合科学研究所、大型ヘリカル装置(LHD))、レーザー方式(大阪大学レーザー科学研究所激光12号)の3方式による研究を進め、世界を先導する成果を上げている。
 また、我が国は、国際約束に基づき、核融合実験炉の建設・運転を通じて核融合エネルギーの科学的・技術的実現可能性を実証するITER(イーター:国際熱核融合実験炉)計画(※14)に参加するとともに、日欧協力によりITER計画を補完・支援する先進的核融合研究開発である幅広いアプローチ(BA)活動を青森県六ヶ所村及び茨城県那珂市で推進している。
 宇宙太陽光発電は昼夜や天候といった自然条件に左右されることなく発電が可能であり、安定供給が可能なクリーンエネルギーという特徴を持つことから、将来の革新的なエネルギー技術として期待されており、平成30年度は、上空のマルチコプタへのマイクロ波無線送電実証を行い、電力として取り出せることを確認した。
 経済産業省では、宇宙太陽光発電の実現に向け、中核的な技術であるマイクロ波による無線送受電技術について、送受電部の高効率化や薄型軽量化技術の研究開発を行っている。
 宇宙航空研究開発機構では、宇宙太陽光発電の実用化を目指した要素技術の研究開発を行っている。


  • ※13 臨界プラズマ試験装置JT‐60を平成20年8月に運転停止し、改修のため解体し、組立て中あり、2020年に運転開始予定。
  • ※14 日本・欧州・米国・ロシア・中国・韓国・インドの7極による国際約束に基づき、核融合実験炉の建設・運転を通じて、その科学的・技術的実現可共同プロジェクト

《参考》核融合エネルギーへの道 イーター
 https://www.youtube.com/watch?v=QEohCE1famE(出典:iter japan ‐ QST)

 国際核融合エネルギー研究センター(青森県六ヶ所村)
 国際核融合エネルギー研究センター(青森県六ヶ所村)
提供:量子科学技術研究開発機構

 ITER(国際熱核融合実験炉)の建設状況(2018年10月)(フランス・サン=ポール=レ=デュランス市カダラッシュ)
 ITER(国際熱核融合実験炉)の建設状況(2018年10月)(フランス・サン=ポール=レ=デュランス市カダラッシュ)
提供:ITER Organization

イ 水素・蓄電池等の蓄エネルギー技術を活用したエネルギー利用の安定化

 内閣府は、平成26年度よりSIPにおいて「エネルギーキャリア」に取り組み、再生可能エネルギー等を起源とするCO2フリー水素のバリューチェーン構築を目指し、水素を効率的に製造・輸送・貯蔵・利用するための技術開発を実施している。
 経済産業省は、蓄電池や燃料電池に関する技術開発・実証等を実施している。具体的には、再生可能エネルギーの導入拡大に伴い必要となる系統用の大規模蓄電池について、導入時における最適な制御・管理手法の技術開発を実施した。また、電気自動車やプラグインハイブリッド車など、次世代自動車用の蓄電池(※15)について、性能向上とコスト低減を目指した技術開発を実施した。家庭用燃料電池をはじめとする定置用燃料電池や燃料電池自動車に用いられる燃料電池については、低コスト化及び耐久性・効率性向上のための技術開発を行った。さらに、燃料電池自動車の更なる普及拡大に向けて、4大都市圏を中心に、平成30年度までに102か所の水素ステーションの整備を行った。
 また、有効に利用されずに環境中に排出される未利用熱を削減・再利用することを目的として、「未利用熱エネルギー革新的活用技術研究開発」を実施している。蓄熱、断熱・遮熱、熱電変換やヒートポンプ技術等の要素技術の高度化・実用化及びそれらを組み合わせた熱マネジメント技術の開発に取り組み、省エネルギーや二酸化炭素排出削減を進めている。
 環境省は、平成30年度より「水素を活用した自立・分散型エネルギーシステム構築事業」を実施している。同事業において、将来の再生可能エネルギー大量導入社会を見据え、地域の実情に応じて、蓄電池や水素を活用することより系統に依存せず再生可能エネルギーを電気・熱として供給できるシステムを構築し、自立型水素エネルギー供給システムの導入・活用方策を確立することを目指す取組を進めている。
 科学技術振興機構は、温室効果ガス削減に大きな可能性を有し、かつ従来技術の延長線上にない革新的技術の研究開発を競争的環境下で推進しており、その中で従来の蓄電池を大幅に上回る性能を備える次世代蓄電池に係る研究開発を推進している。また、創出された新しい基盤技術を速やかに社会実装につなげるとともに民間投資の誘致を図りながら、新たに水素発電、余剰電力の貯蔵、輸送手段等の水素利用の拡大に貢献する高効率・低コスト・小型長寿命な革新的水素液化技術の研究開発を平成30年度より開始している。


  • ※15 リチウムイオン電池及びポストリチウムイオン電池
ウ 新規技術によるエネルギー利用効率の向上と消費の削減

 内閣府は、平成30年度よりSIPにおいて「脱炭素社会実現のためのエネルギーシステム」に取り組み、エネルギーマネジメントシステムの検討で主要技術の全体最適化の絵を描くとともに、今後実用化が期待される革新技術(※16)を取り上げ、研究開発の実施とともに社会実装の在り方を検討している。
 経済産業省は、電力グリッド上に散在する再生可能エネルギーや蓄電池等のエネルギー設備、ディマンドリスポンス等の需要側の取組を遠隔に統合して制御し、あたかも一つの発電所(仮想発電所:バーチャルパワープラント)のように機能させることによって、電力の需給調整に活用する実証を行っている。また、工場の未利用排熱、下水熱等の再生可能エネルギー熱や太陽光発電等の再生可能エネルギー電気といった地域のエネルギーを、エネルギーマネジメントシステムを用いて、一定のエリア内で面的に利用する地産地消型のエネルギーシステムの構築支援(事業化可能性の調査やマスタープランの策定、システム構築の支援)を実施し、再生可能エネルギーのさらなる普及やエネルギーの効率的な利用を推進している。
 環境省は、公共施設等に再エネや自営線等を活用した自立・分散型エネルギーシステムを導入し、併せて省エネ改修等を行った上で、地区を超えたエネルギー需給の最適化を行うことにより、地域全体で費用対効果の高いCO2排出削減対策を実現する先進的モデルを確立するための事業を実施している。
 理化学研究所は、エネルギー利用技術の革新を可能にする全く新しい物性科学を創成し、エネルギー変換の高効率化やデバイスの消費電力の革新的低減を実現するための研究開発を実施している。
 宇宙航空研究開発機構は、航空機の低燃費・低環境負荷に係る研究開発を行っており、さらに、我が国の航空機産業を自動車産業と比肩し得る「超成長産業」とするため、当該研究開発を国際競争力向上に直結するものとして加速することとしている。具体的には、次世代・次々世代航空機開発動向を踏まえつつ、エンジンの高効率化・軽量化技術や機体の騒音低減技術等の研究開発に取り組むとともに、大型試験設備(風洞、地上エンジン運転試験設備等)の整備・維持・向上を進め、革新的な航空科学技術を創出し、それらを適切に産業界へ橋渡ししていくこととしている。
 新エネルギー・産業技術総合開発機構は、省エネルギー技術の研究開発や普及を効果的に推進するため、平成28年9月に策定した「省エネルギー技術戦略2016」に掲げる重要技術を軸に、提案公募型事業である「革新的省エネルギー技術の開発促進事業」を実施した。
 建築研究所は、住宅・建築・都市分野において環境と調和した資源・エネルギーの効率的利用のための研究開発等を行っている。


  • ※16 ワイヤレス電力伝送システム、革新的炭素資源高度利用技術、ユニバーサルスマートパワーモジュール
エ 革新的な材料・デバイス等の幅広い分野への適用

 文部科学省は、大きな省エネ効果が期待される窒化ガリウム(GaN)等の次世代半導体を用いたパワーデバイス等の2030年の実用化に向け、理論・シミュレーションも活用した材料創製からデバイス・システム応用までの次世代半導体に係る研究開発を一体的に推進している。平成30年度より新たに高周波デバイスに係る研究を開始している。
 科学技術振興機構は、温室効果ガス削減に大きな可能性を有し、かつ従来技術の延長線上にない革新的技術の研究開発を競争的環境下で推進しており、その中で革新的な材料開発・応用及び化学プロセス等の研究開発を推進している。平成30年度においては、製造ステップが多く、全プロセスが複雑であるバイオジェット燃料の合成について、プロセスを簡素化した製造方法を新規確立することなどに成功している。
 物質・材料研究機構では、多様なエネルギー利用を促進するネットワークシステムの構築に向け、高効率太陽電池や蓄電池の研究開発、エネルギーを有効利用するためのエネルギー変換・貯蔵用材料の研究開発、省エネルギーのための高出力半導体や高輝度発光材料等におけるブレークスルーに向けた研究開発、低環境負荷社会に資する高効率・高性能な輸送機器材料やエネルギーインフラ材料の研究開発等、エネルギーの安定的な確保とエネルギー利用の効率化に向けて、革新的な材料技術の研究開発を推進している。
 経済産業省は、二酸化炭素と水を原料に太陽エネルギーでプラスチック原料等の基幹化学品を製造する技術の開発(人工光合成プロジェクト)、金属ケイ素を経由せず、高効率に有機ケイ素原料を製造する技術の開発、非可食性バイオマス原料からエンジニアリングプラスチック等の最終化学品を製造する技術の開発、リチウムイオン蓄電池材料の性能・特性を的確かつ迅速に評価できる材料評価技術の開発、印刷技術を応用することにより従来の手法に比べて革新的に省エネ、高効率、低コストで電子デバイスを製造する技術の開発、高機能なリグノセルロースナノファイバー(※17)の一貫製造プロセスと部材化技術の開発を行っている。


  • ※17 持続型木質バイオマス資源由来の、軽量、高強度、低熱膨張のナノ繊維。樹脂補強繊維としての利用が期待されている。

(2)資源の安定的な確保と循環的な利用

ア 海底資源の探査・生産技術の研究開発

 内閣府は、平成26年度より、SIPにおいて「次世代海洋資源調査技術」に取り組み、銅、亜鉛、レアメタル等を含む、海底熱水鉱床、コバルトリッチクラスト等の海洋資源を高効率に調査する技術を世界に先駆けて確立し、海洋資源調査産業を創出することを目指している。
 国土交通省は、浮体式生産貯蔵積出設備(FPSO(※18))向けの電気系統の統合制御設備や、海底パイプラインのメンテナンス用の自律型無人潜水機(AUV(※19))に係る技術開発の支援等を行うことにより、海洋開発分野における市場への進出を図っている。
 海洋研究開発機構は、我が国周辺海域に眠る海底資源の持続的な利活用に向けて、船舶や探査機、最先端のセンサ技術等を用いて、海底資源の成因解明、効率的な調査手法や環境影響評価法の確立に向けた調査研究を実施している。
 海上・港湾・航空技術研究所は、海洋観測・探査、海中での施工、洋上基地と海底の輸送・通信、陸上から洋上基地への輸送・誘導等に係る研究開発、海洋資源・エネルギー開発に係る基盤的技術の基礎となる海洋構造物の安全性評価手法及び環境負荷軽減手法の開発・高度化に関する研究を行っている。


  • ※18 Floating Production Storage and Offloading System
  • ※19 Autonomous Underwater Vehicle
イ レアアース・レアメタル等の省資源化・代替素材技術の研究開発

 文部科学省及び経済産業省は、次世代自動車や風力発電等に必要不可欠な原料であるレアアース・レアメタル等の希少元素の調達制約の克服や、省エネルギーを図るため、両省で連携しつつ、材料の研究開発を行っている。
 文部科学省は、我が国の資源制約を克服し、産業競争力の強化を図るため、元素の果たす機能を理論的に解明し応用することにより、レアアース・レアメタル等の希少元素を用いない全く新しい材料の創製を行う「元素戦略プロジェクト(研究拠点形成型)」を推進している。
 経済産業省は、「輸送機器の抜本的な軽量化に資する新構造材料等の技術開発事業」により、従来以上に強力かつ希少金属の使用を大幅に削減した磁性材料の開発等を行っている。また、アジア省エネルギー型資源循環制度導入実証事業の一環で、高度な資源循環システムに関する技術実証事業を実施している。また、「高効率な資源循環システムを構築するためのリサイクル技術の研究開発事業」により、我が国の都市鉱山(※20)の有効利用を促進し、資源の安定供給及び省資源・省エネルギー化を実現するため、廃製品・廃部品の自動選別技術及び高効率製錬技術の開発に取り組んでいる。


  • ※20 大量に廃棄される家電類等に存在する有用金属を鉱山に見立てたもの。
ウ バイオマス利活用技術の開発・実証

 経済産業省は、セルロース系エタノール製造プロセスの高効率化及び低コスト化や、食料生産と競合しない藻類等の次世代バイオ燃料を導入・拡大させることを目指した研究開発を行っている。そのほか、大規模なゲノム情報を基盤とした遺伝子設計・組換え技術により、従来は合成が困難であった物質の生産、有用物質生産効率の大幅な向上、物質生産におけるエネルギー消費量の飛躍的削減、環境負荷の低減及び軽量な高性能部材の開発効率を飛躍的に向上させる技術の開発を推進している。
 科学技術振興機構は、温室効果ガス削減に大きな可能性を有し、かつ従来技術の延長線上にない革新的技術の研究開発を競争的環境下で推進しており、その中で革新的なバイオテクノロジーの研究開発を推進している。平成30年度は、二酸化マンガン触媒の構造を最適化することにより、バイオマスからプラスチック原料を合成することに成功している。
 理化学研究所は、石油化学製品として消費され続けている炭素等の資源を循環的に利活用することを目指し、植物科学、微生物科学、化学生物学、合成化学等を融合した先導的研究を実施している。また、植物バイオマスを原料とした新材料の創成を実現するための革新的で一貫したバイオプロセスの確立に必要な研究開発を実施している。
 土木研究所は、下水道施設を核とした資源・エネルギー有効利用に関する研究を実施している。

(3)食料の安定的な確保

 農林水産省は、中長期的な視点で取り組むべき研究開発に加えて、農業現場の課題を科学の力で克服していくため、明確な開発目標の下、現場での実装を視野に入れた技術開発を推進している。例えば、食料の安定供給や農業の生産性向上等を目標に、超多収性作物、不良環境耐性作物、生涯生産性の高い牛等の作出に係る研究を行っている。また、食料自給率の目標達成のため、品質や加工適性等の面で画期的な特性を有する食用作物及び飼料作物の開発や、国産飼料の活用等による畜産物の差別化・高品質化技術の開発に取り組んでいる。
 また、ロボット、AI、IoTやドローン等の先端技術と、我が国で培われてきた農業技術を組み合わせた「スマート農業」を推進するため、平成30年度には、ICTを活用した高度な生産管理、衛星測位情報を活用した農機の自動走行システム、畦畔(けいはん)除草や収穫作業のロボット化などの研究を実施した。また、データ活用型農業を実現するための環境整備として、現場実装に際して安全上の課題解決が必要なロボット技術について、安全性の検証やルール作りを進めたほか、農業におけるICTの利活用に向けて他省庁とも連携して農業情報の標準化に取り組んだ。また、データ活用型農業を実現するための環境整備として、関係府省協力の下、民間企業や大学、国立研究開発法人等が連携し、平成31年4月の本格稼働に向けて「農業データ連携基盤」の構築に取り組んだ。
 文部科学省は、海洋生物資源の持続可能な利用の実現に向け、「海洋資源利用促進技術開発プログラム」のうち「海洋生物資源確保技術高度化」において、海洋生物の生理機能を解明し、革新的な生産につなげる研究開発を行っている。
 土木研究所は、食料供給力強化に貢献する積雪寒冷地の農業生産基盤の整備・保全管理に関する研究、食料供給力強化に貢献する寒冷海域の水産基盤の整備・保全に関する研究を実施している。

コラム2‐2 ゲノム編集技術を利用した農作物の品種改良

 農作物の品種改良は、コシヒカリやシャインマスカットをはじめ、消費者が求める高品質な品種を作出して私たちの食卓を豊かにしてくれるとともに、多収性や耐病性等を持つ品種の作出によって生産性や食料の安定供給の向上にも貢献している。新しい品種は、作物の遺伝子に変異が生じて性質が変化したものの中から、優れたものを人間が選抜することによって得られる。従来、こうした品種改良には非常に長い年月がかかっていた。
 近年、遺伝子を効率良く変異させる技術として「ゲノム編集」が開発され、注目を集めている。自然に生じた遺伝子の変異を利用したり、放射線等を用いて遺伝子を変異させたりする従来の方法では、ゲノム上の多数の遺伝子にランダムに変異が生じるため、期待する性質のものが得られるまでに多大な時間と労力が必要だった。これに対して、ゲノム編集技術は目的の遺伝子を狙って切断することにより、高い確率で目的の遺伝子を変異させ、必要とされる性質を効率的に生み出すことが可能であり、品種改良に要する時間を大幅に短縮することができるようになると期待されている。
 この技術を用いて、我が国では、機能性成分GABA(ギャバ)を高蓄積したトマト、天然毒素を大幅に低減したジャガイモ、超多収のイネ等が開発され、実用化に向けた取組が進められている。さらに、標的遺伝子を切断せずに改変する手法など、より高度化されたゲノム編集技術の開発が進められている。
 ゲノム編集技術のような新しい技術を普及させるためには、この技術について理解醸成を図り、社会に受け入れられるようにしていくことが重要である。このため、農林水産省では、大学の出前授業やイベント等において、専門家がゲノム編集技術について分かりやすく説明を行うとともに、参加者からの疑問に対して丁寧に答えるアウトリーチ活動を行っている

 ゲノム編集により作出された機能性成分GABA(ギャバ)を高蓄積したトマト
 ゲノム編集により作出された機能性成分GABA(ギャバ)を高蓄積したトマト
 提供:筑波大学

 第2‐3‐1表/エネルギー、資源、食料の安定的な確保のための主な施策(平成30年度)

2 超高齢化・人口減少社会等に対応する持続可能な社会の実現

(1)世界最先端の医療技術の実現による健康長寿社会の形成

 国民が健康な生活及び長寿を享受することのできる社会の形成に資するため、世界最高水準の医療の提供に資する医療分野の研究開発及び当該社会の形成に資する新たな産業活動の創出等を総合的かつ計画的に推進すべく、健康・医療戦略推進本部主導の下、「健康・医療戦略」(平成26年7月22日閣議決定。平成29年2月17日一部変更)及び「医療分野研究開発推進計画」(平成26年7月22日健康・医療戦略推進本部決定。平成29年2月17日一部変更)に基づく取組を進めている。
 臨床研究に対する信頼の確保を図ることを通じて、その実施を推進するため、平成30年4月に、臨床研究の実施の手続、認定臨床研究審査委員会による審査意見業務の適切な実施のための措置、臨床研究に関する資金等の提供に関する情報の公表の制度等を定めた「臨床研究法」(平成29年4月14日法律第16号)が施行された。

ア 医薬品創出

(ア)創薬研究の推進
 文部科学省は、日本医療研究開発機構を通じ、大学等の優れた基礎研究の成果を革新的医薬品等としての実用化につなげるため、世界最高水準の放射光施設やクライオ電子顕微鏡(※21)、化合物ライブラリー等の施設及びタンパク質生産やバイオインフォマティクス、ゲノム・エピゲノム解析等の技術支援基盤を整備し、企業や大学等に対して広く共用する「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業」を実施している。
 理化学研究所では、タンパク質の生産技術、構造・機能解析技術及び計算科学を活用した構造予測等の技術等の高度化を推進している。また、生命現象の計測、計算とモデル化、そして細胞機能の再構成のための最先端技術の開発等の先導的研究を行っている。
 さらに、日本医療研究開発機構の「革新的先端研究開発支援事業」や科学技術振興機構の「戦略的創造研究推進事業」(第4章第2節1(2)参照)では、前述の事業とも連携して基盤技術の創出を目指す研究を行っている。
 厚生労働省は、日本医療研究開発機構を通じ、大学や公的研究機関等の研究者が保有する優れた創薬シーズに対し、技術支援や、バイオマーカー探索、非臨床試験、知財管理等に関する支援・基盤整備費用の負担等を介して、創薬シーズの早期実用化を図る「創薬支援推進事業」を実施している。また、日本で生み出された基礎研究の成果を薬事承認につなげ、革新的な医薬品を創出するため、科学性及び倫理性が十分に担保され得る質の高い臨床研究・医師主導治験を推進する「臨床研究・治験推進研究事業」を実施している。さらに、革新的な医薬品の開発に向けた、産学官連携による創薬標的探索・バイオマーカー探索等を行う研究や、次世代創薬シーズライブラリーの構築、創薬の基盤となる技術開発等に係る研究を推進する「創薬基盤推進研究事業」を実施している。
 経済産業省は、日本医療研究開発機構を通じ、創薬標的を飛躍的に拡大し得る中分子創薬の基盤技術として、中分子の構造多様性を拡大する技術、及び細胞内に侵入できる構造を予測するシミュレーション技術の開発を行う「革新的中分子創薬技術開発事業」を実施している。また、新薬開発促進につながる基盤技術として、がん細胞等の疾患細胞に特異的に発現する糖タンパク質を創薬標的として同定・検証する技術の開発を行う「糖鎖利用による革新的創薬技術開発事業」を実施している。


  • ※21 第1部第3章4 ありのままの状態のタンパク質を観察する手法(クライオ電子顕微鏡法)を参照

(イ)バイオ医薬品の構造・製造技術の革新
 文部科学省は、日本医療研究開発機構を通じ、我が国発の革新的な次世代バイオ医薬品創出に貢献するため、大学等における基盤技術の開発を推進する「革新的バイオ医薬品創出基盤技術開発事業」を実施している。
 農林水産省は、カイコ等の地域資源を利用してバイオ医薬品・検査薬を生産する世界初の基盤技術を確立するとともに、それらの産業利用を加速化するための有識者研究会が取りまとめた、革新技術を早期に社会実装するための適切な環境整備の方向性についての提言を踏まえ、関連する研究開発を推進している。
 経済産業省は、日本医療研究開発機構を通じ、バイオ医薬品を高生産する新たな細胞株を樹立するとともに、需要に応じた生産量の調節を可能とするバイオ医薬品の連続生産技術を確立することを目指した「バイオ医薬品の高度製造技術開発事業」を実施している。

イ 医療機器開発

 文部科学省は、日本医療研究開発機構を通じ、「先端計測分析技術・機器開発プログラム」を実施し、これまでにない革新的な医療機器の創出へ向けて、大学等と企業との連携を通じて、有望な研究者が持つ独創的な技術シーズを広く発掘し、技術シーズを活用した医療機器の開発を推進している。
 厚生労働省は、日本医療研究開発機構を通じて、「医療機器開発推進研究事業」を実施し、患者にとってより安全な治療の実現を図るため、医師による正確で速やかな診断をサポートする診断支援ソフトウェアや非侵襲・低侵襲の医療機器の開発を推進している。
 経済産業省は、日本医療研究開発機構を通じ、医療現場のニーズに応える医療機器について日本が誇るものづくり技術を生かした開発・事業化を推進するため、「医工連携事業化推進事業」を実施しており、平成30年度において34件の医療機器開発事業を支援した。また、優れた基礎研究の成果による革新的な医療機器の開発を促進するため、「未来医療を実現する医療機器・システム研究開発事業」を実施しており、日本が強みを持つロボット技術や診断技術等を活用した日本発の革新的な医療機器・システムの開発を促進しているほか、厚生労働省との連携の下、今後実用化が期待される医療機器について、工学的安定性や生物学的安全性等に資する詳細な評価基準を明確化する「医療機器開発ガイドライン(手引)」を作成することにより、医療機器の開発を促進している。
 医薬品医療機器総合機構は、アカデミアやベンチャー等による優れたシーズを実用化につなげるため、レギュラトリーサイエンス戦略相談(RS戦略相談)及びレギュラトリーサイエンス総合相談(RS総合相談)を実施している。

ウ 革新的医療技術創出拠点の整備

 文部科学省は、厚生労働省との連携の下、日本医療研究開発機構を通じて、拠点内外のシーズ育成能力の強化及び恒久的な拠点の確立を目指す「橋渡し研究戦略的推進プログラム」を実施し、基礎研究の成果を一貫して実用化につなげる体制の構築を進めている。
 厚生労働省は、「医療法」(昭和23年法律第205号)に基づき、平成27年より、日本発の革新的医薬品・医療機器の開発などに必要となる質の高い臨床研究を推進するため、国際水準の臨床研究や医師主導治験の中心的な役割を担う病院を「臨床研究中核病院」として承認し、日本医療研究開発機構を通じ、「医療技術実用化総合促進事業」等を実施している。

エ 再生医療の実現

 iPS細胞等の幹細胞を用いた再生医療や創薬をいち早く実現するため、関係府省が密接に連携して研究体制の整備や研究資金の確保、知的財産の確保・管理に向けた取組等を行うことによって研究を推進している。
 文部科学省は、厚生労働省及び経済産業省との連携の下、日本医療研究開発機構が行う「再生医療実現拠点ネットワークプログラム」において、世界に先駆けてiPS細胞等を用いた再生医療・創薬を実現するべく、拠点機能の強化及びネットワーク化をオールジャパン体制で推進している。このほか、科学技術振興機構が実施する「戦略的創造研究推進事業」(第4章第2節1(2)参照)や、理化学研究所等においても基礎的な研究を実施している。
 厚生労働省は、非臨床段階から臨床段階へ移行した課題等について切れ目なく支援するとともに、日本医療研究開発機構を通じ、ヒトiPS細胞等を用いた医薬品開発時の候補化合物の探索や選定に資する基盤技術研究を推進している。また、ヒトiPS細胞等のヒト幹細胞を用いた再生医療技術の早期臨床応用の課題である造腫瘍性、拒絶反応等の研究を一体的に推進することにより、安全かつ有効な再生医療技術の基盤の確立を目指している。
 経済産業省は、日本医療研究開発機構を通じ、「再生医療の産業化に向けた評価基盤技術開発事業」を実施し、個々の再生医療製品等に特有となる安全性等に関する評価項目を明確にし、合理的な評価手法の開発を行っている。加えて、iPS細胞等の幹細胞を用いた再生医療の実現に必要となる高品質の幹細胞を安定的に大量供給する基盤技術及び、再生医療技術を応用した医薬品候補物質の安全性評価基盤技術の開発を進めている。

オ ゲノム医療の実現

 文部科学省は、日本医療研究開発機構を通じ、「ゲノム研究バイオバンク事業」を実施し、協力医療機関より収集したDNAや生体試料及び臨床情報を維持・管理する世界最大規模のバイオバンク機能を構築している。また、東日本大震災の被災地域の沿岸部を中心に、ゲノム情報を含む長期疫学(ゲノムコホート)研究等を行う「東北メディカル・メガバンク計画」を実施することにより、被災地域の医療復興に貢献するとともに、個別化予防等の次世代医療の実現を目指している。さらに、上記のような既存のバイオバンク等を研究基盤・連携のハブとして再構築するとともに、その研究基盤を利活用した目標設定型の先端研究開発を一体的に行う「ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業」を実施している。

カ がんに関する研究

 我が国において、死亡者の約3人に1人(年間約37万人、平成29年)ががんで亡くなり、生涯において約2人に1人が罹患すると推計されていることから、依然として国民の生命と健康にとって重大な問題である。
 このため、政府は、我が国全体で進めるがん研究の今後のあるべき方向性と具体的な研究事項等について定めた「がん研究10か年戦略」(平成26年3月31日文部科学大臣・厚生労働大臣・経済産業大臣決定)に基づき、がんの根治・予防・共生の観点に立ち、患者・社会と協働することを念頭に置いてがん研究を推進している。また、「がん対策基本法」(平成18年法律第98号)に基づき、「がん患者を含めた国民が、がんを知り、がんの克服を目指す。」ことを全体目標とした第3期の「がん対策推進基本計画」(平成30年3月9日閣議決定)が策定され、新たな治療法の開発が期待できるゲノム医療や免疫療法について重点的に研究を推進することが盛り込まれた。本計画において、1.科学的根拠に基づくがん予防・がん検診の充実、2.患者本位のがん医療の実現、3.尊厳を持って安心して暮らせる社会の構築が目標として設定されたことを踏まえ、科学技術の進展や臨床ニーズに見合った研究を更に推進していく。
 文部科学省は、日本医療研究開発機構を通じ、「次世代がん医療創生研究事業」を実施し、次世代のがん医療の創成に向けて、がんの生物学的な本態解明に迫る研究、がんゲノム情報など患者の臨床データに基づいた研究及びこれらの融合研究を推進している。
 厚生労働省は、日本医療研究開発機構を通じ、「革新的がん医療実用化研究事業」を実施し、がん研究10か年戦略に基づいて、応用領域後半から臨床領域において、革新的な診断・治療など、がん医療の実用化を目指した研究を強力に推進している。
 また、これまでのがんの戦略的な研究を継続するとともに、特に希少がん、難治性がん等を対象とし、がん関連遺伝子の変異などのゲノム情報の活用やがん幹細胞の抑制や死滅を可能にすることを対象とした革新的治療法の開発を重点的に推進している。さらに、近年、手術、放射線療法、化学療法に次ぐ第4の治療法として、国際的にがん免疫療法の開発が急速に進んでいることから、国内での豊富な研究成果を生かし、日本発の革新的な医薬品を創出するため、難治性がんや希少がん等を中心にがん免疫療法や抗体医薬等の分子標的薬、核酸医薬等の創薬研究に関し、質の高い非臨床試験、国際水準の臨床研究・医師主導治験を推進している。
 なお、がん患者やその家族に対して、がん疼痛(とうつう)をはじめとする身体的苦痛、抑うつや不安等の精神心理的苦痛、就労や金銭的問題等による社会的苦痛を改善するため、より効果的ながん疼痛評価及び治療法や高度な情報伝達手法、緩和ケアの質の評価法の確立も含めた緩和ケアに関する研究も推進している。
 量子科学技術研究開発機構は、難治性がん等に対する画期的な治療法として期待される重粒子線がん治療に関する研究開発を推進するとともに、国内外への普及に向けた取組を強化している。また、同機構が中心となって研究開発を行った成果を基に、兵庫県、群馬県、佐賀県、神奈川県、大阪府では、重粒子線がん治療施設が設置され、治療が行われている。さらに、分子イメージング技術について、PET用プローブ(※22)などの放射性薬剤や生体計測装置の開発、病態診断及び放射性薬剤を用いた次世代治療法となる標的アイソトープ治療への応用に係る研究等を推進している。


  • ※22 生体内の放射線分布を画像化し、がん、アルツハイマー病などの病気の原因や病状等を診断するPET検査に用いられる、微量の放射線を放出する放射性薬剤
キ 精神・神経疾患に関する研究

 文部科学省は、日本医療研究開発機構を通じ、社会に貢献する脳科学の実現を目指した「脳科学研究戦略推進プログラム」において、臨床と基礎研究の連携強化による精神・神経疾患等の克服に向けた研究開発や行動選択・環境適応を支える脳機能原理の解明に向けた研究開発等を行っている。非ヒト霊長類研究等の我が国の強み・特色を生かしつつ、ヒトの脳の神経回路レベルでの動作原理等の解明を目指し、「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」、「戦略的国際脳科学研究推進プログラム」を実施している。また、理化学研究所や科学技術振興機構が実施する「戦略的創造研究推進事業」(第4章第2節1(2)参照)、日本医療研究開発機構が実施する「革新的先端研究開発支援事業」においても、脳の分子構造、神経細胞や神経回路等に関する脳科学研究を推進している。
 厚生労働省は、日本医療研究開発機構を通じ、「障害者対策総合研究開発事業」を実施しており、精神疾患の発症メカニズムや、適正な診断法、治療法の確立を目指した研究を行っている。また、平成27年に策定された「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」に基づき、日本医療研究開発機構を通じて「認知症研究開発事業」を実施し、認知症の予防法、診断法、治療法、リハビリテーションモデルや介護モデル等の研究開発を目指した研究を行い、得られた成果の普及促進を図っている。

ク 新興・再興感染症に関する研究

 文部科学省は、日本医療研究開発機構を通じ、「感染症研究国際展開戦略プログラム」及び「感染症研究革新イニシアティブ」を実施し、アジア・アフリカの9か国9か所に展開する海外研究拠点において、相手国機関と協力し、現地で蔓延(まんえん)する感染症の病原体に対する疫学研究、診断治療薬等の基礎的研究を推進し、感染制御に向けた予防や診断治療に資する新しい技術の開発等を図っている。また、国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議で決定された「国際的に脅威となる感染症対策の強化に関する基本計画」(平成28年2月)、「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」(平成28年4月)及び「長崎大学の高度安全実験施設(BSL4施設)整備に係る国の関与について」(平成28年11月)を踏まえ、感染症の革新的な医薬品の創出を図るためのBSL4施設を中核とした感染症研究拠点に対する研究支援、病原性の高い病原体等に関する創薬シーズの標的探索研究等を行っている。
 厚生労働省は、日本医療研究開発機構を通じ、適切な診断法、治療法、予防法の開発等に取り組み、必要な行政的対応につながる研究を推進している。特に、感染症対策において重要な手段である予防接種については、安全性・医療経済性等を評価する研究を行い、予防接種行政に活用している。また、新型インフルエンザ関連分野においては、細胞培養ワクチン、経鼻粘膜ワクチンの開発を促進する研究を行い、新型インフルエンザ発生時における迅速なワクチンの供給や、より簡便で効果が高いワクチンの実現を目指している。

ケ 難病に関する研究

 厚生労働省は、日本医療研究開発機構を通じ、「難病克服プロジェクト」を文部科学省と連携して実施しており、難病の克服を目指すため、患者数が少ない等の理由で研究が進まない分野における研究に対して支援を行うことにより、難病の病態を解明するとともに、効果的な新規治療薬の開発、既存薬剤の適応拡大等を一体的に推進している。

コ ICT等の活用による健康等情報の利活用の推進

 産学官による匿名加工医療情報の医療分野の研究開発への利活用を推進し、健康長寿社会の形成に資することを目的として、平成30年5月11日に、「医療分野の研究開発に資するための匿名加工医療情報に関する法律」(平成29年法律第28号)が施行された。
 総務省は、ICTを活用した医療・介護・健康分野のネットワーク化を一層推進するため、医療・介護連携におけるデータ流通のルール作りやオンライン診療モデルの構築に資する実証事業等を行った。また、日本医療研究開発機構を通じて、個人の生涯にわたる医療等のデータを自らが時系列で管理し、多目的に活用する仕組み(PHR(※23))の実現に向けた研究や、AIを活用した保健指導の施策立案モデルの構築に向けた研究を実施するとともに、8K技術を応用した内視鏡システムの開発及び高精細映像データを活用したAI診断支援システムの構築に向けた研究を実施した。行政分野に関しては、ICTを用いた各地域における公共的な分野のサービスを向上させる取組の推進を図るとともに、クラウド環境下において団体間等の円滑な業務データ連携を可能とするための連携データ項目や連携機能・方式等の検討・実証を実施した。
 経済産業省は、日本医療研究開発機構を通じ、「健康・医療情報を活用した行動変容促進事業」を実施し、糖尿病等の生活習慣病軽症者等を対象に、ウェアラブル端末等から取得される日々の健康情報等に基づいて個人への介入を実施することにより、行動変容を促進し、生活習慣病等の予防・改善につながるエビデンスの構築を進めるとともに、研究を通じて得られる質の高い健康情報等を収集・解析し、健康情報等の基礎的な解析手法(アルゴリズム)の開発を目指している。


  • ※23 Personal Health Record

(2)持続可能な都市及び地域のための社会基盤の実現

ア コンパクトで機能的なまちづくり

 国土技術政策総合研究所は、国民の生活ニーズが多様化する中で、「多様化する生活支援機能を踏まえた都市構造の分析・評価技術の開発」等の研究を実施している。

イ 交通システム等に関する研究

 科学技術イノベーション総合戦略において、政府内の高度道路交通システムに関する方向性を定め、この分野の技術開発の促進、早期実現に向けて取り組むべき方針が示されている。内閣府は、SIP「自動走行システム」において、自動走行に必要となるダイナミックマップ、HMI(※24)、情報セキュリティ、歩行者事故低減、次世代都市交通の5テーマを主に研究開発を推進している。
 総務省は、コネクテッドカーが普及する社会の実現に向け、新たに高度道路交通システムに活用される可能性のある無線システムについての調査・検討を行っている。また、研究開発として、今後は運転支援や自動運転のために、カメラ映像、レーダーデータや地図情報などの大量の情報が無線システムを介してやり取りされることを想定し、ネットワークへの負荷を軽減しつつ大量の情報を適切に収集・配信するための研究開発を行っている。
 警察庁科学警察研究所は、平成30年度は運転者支援システムを搭載した自動車に係る交通事故について、記録装置を活用した解析技術に関する研究を推進した。
 国土交通省は、開口幅の広い新型ホームドアなどの乗降位置を、適切に案内するシステムの開発など、鉄道分野における安全性の更なる向上に資する技術開発を推進している。
 海上・港湾・航空技術研究所は、船舶に係る技術並びにこれを活用した海洋の利用等に係る技術及び電子航法に関する研究開発を行っている。船舶に係る技術及びこれを活用した海洋の利用等に係る技術分野については、海上輸送の安全確保のため、海難事故の大幅削減と社会合理性のある安全規制の構築による「安全・安心社会」の実現に資する研究を実施している。また、モーダルシフトの推進や移動の円滑化等に対応した海上物流の効率化、輸送システムの開発等に関する研究を行っている。
 電子航法分野については、「軌道ベース運用による航空交通管理の高度化」、「空港運用の高度化」、「機上情報の活用による航空交通の最適化」や「関係者間の情報共有及び通信の高度化」など、航空交通の安全性向上を図りつつ、航空交通容量の拡大、航空交通の利便性向上、航空機運航の効率性向上及び航空機による環境影響の軽減に寄与する研究開発を行っている。
 自動車技術総合機構は、交通弱者に対する事故防止、次世代大型車の開発・実用化促進等の陸上輸送の安全確保、環境保全等に係る調査研究、自動車の基準適合性審査、リコールに係る技術的検証を実施している。


  • ※24 Human Machine Interface
ウ 地域における包括的ライフケア基盤システムの構築

 文部科学省及び厚生労働省は、脳内情報を低侵襲若しくは非侵襲的に解読し、身体機能の治療・回復・補完等を可能とするブレイン・マシン・インターフェース(BMI)を開発し、臨床応用及び生活支援に資することを目指している。
 厚生労働省は、障害者の自立や社会参加の支援を目的として、障害当事者のニーズを適切に反映した使い勝手の良い支援機器の開発を行う「障害者自立支援機器等開発促進事業」を実施している。
 経済産業省は、福祉用具の研究開発を行う事業者等に対する補助事業を推進している。特に、重点的に開発する分野の一つであるロボット介護機器の実用化に向けて、民間企業等が行う高齢者の自立支援等に資するロボット介護機器の開発を支援するロボット介護機器開発・標準化事業を実施している。
 国土交通省は、高齢者や障害者を含む誰もが屋内外をストレスなく自由に活動できるユニバーサル社会の構築に向け、災害時における屋内外位置情報利活用のモデルケースとして、東京駅周辺エリアにおいて整備した高精度な屋内電子地図を活用し、防災情報を関係者間で共有する俯瞰(ふかん)型情報共有サービスの実証実験を実施した。

コラム2‐3 「乱気流を見える化」して航空機事故を低減する安全技術

 「乱気流」による飛行機の揺れは、飛行機に乗ったことのある方なら誰しも経験があるだろう。その乱気流が、空港に着陸進入する低い高度で発生したらどうだろう、乱気流は飛行機の姿勢や速度を急激に変化させるため、操縦が追いつかず滑走路に激突させてしまう事態にもなりかねない。実際、平成21年には成田空港で貨物機の着陸失敗事故が起きたが、これは低高度で発生した乱気流により機体コントロールを失ったことが一因となっている。
 “「乱気流」を見える化できないだろうか”
 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、気象庁と共同で、乱気流を見える化するシステムを開発した。空港に設置された風観測センサー(電波レーダー)で空港上空の風向、風速を測定し、そのデータから、着陸に影響を与える乱気流を検出し、グラフや表で可視化してパイロットに提供するシステム(ALWIN※1:空港低層風情報)である。従来は空港の地上の風情報しかなく、安全な着陸に必要な情報の補完は主にパイロットの経験に頼っていた。しかし、このシステムにより上空の風が「見える化」され、パイロットは滑走路上空の乱気流をリアルタイムで詳細かつ正確に把握できるようになるため、より安全な着陸への貢献が期待できる。このシステムは、平成29年4月から実際の空港(東京国際空港(羽田空港)、成田国際空港)で運用が開始されており、安定した離着陸につながっているとの高い評価がパイロットから得られている。こうした風情報サービスは世界初の事例である。
 また、観測範囲は狭くなるが、コストを抑えた風観測センサー(音波レーダー)を使用したシステム(SOLWIN※2:低層風情報)の開発が、JAXAと民間企業との連携により進められている。平成29年度には大分空港、平成30年度には鳥取空港と庄内空港で運用評価が行われ、数年内の実用化を目指している。これらの技術は、国産技術として、海外の空港への展開も期待されている。
 飛行機による移動が人々の日常生活に溶け込み、今後ますます増加することが予想される中で、このような運航安全を支える「いぶし銀」の技術開発こそが、より安全で快適な空の旅の実現のために重要となるだろう。

  • ※1 ALWIN:Airport Low‐level Wind Information
  • ※2 SOLWIN:SOdar‐based Low‐level Wind Information

 低層風情報提供システム(ALWIN)の運用イメージ

(3)効率的・効果的なインフラの長寿命化への対策

 内閣府は、SIP「インフラ維持管理・更新・マネジメント技術」(平成26~30年度)において、インフラの維持管理に関わるニーズと技術開発のシーズとのマッチングを重視し、新しい技術を現場で使える形で展開し、予防保全による維持管理水準の向上を適正な価格で実現させることを目指している。国内重要インフラを高い維持管理水準に維持し魅力ある継続的な維持管理市場を創造するとともに、海外展開を推進してきた。今後、開発された技術によって得られる様々なデータの利活用により、事後保全型から予防保全型のマネジメントへのシフトが、より一層加速される。
 国土交通省及び経済産業省は、社会インフラの維持管理及び災害対応の効果・効率の向上のためにロボットの開発・導入を推進している。
 経済産業省は、「インフラ維持管理・更新等の社会課題対応システム開発プロジェクト」において、長期メンテナンスフリー・小型・低消費電力で的確にインフラの状態を把握できるモニタリング技術(センサ、イメージング等)等の開発を実施した。
 国土交通省は、調査・測量から設計、施工、検査、維持管理・更新までの全ての建設生産プロセスにおいてICT等を活用する「i‐Construction」を推進し、令和7年度までに建設現場の生産性2割向上を目指している。
 国土技術政策総合研究所では、「i‐Construction」を推進するため、データ流通を目的とした3次元モデルの作成方法、様々な工種におけるICTを活用した出来形管理・検査に関する要領・基準案の作成、維持管理に資する情報を3次元モデル上で一元的に管理する方法案を作成する「ICTの全面的な活用による建設生産性向上に関する研究」等の研究を行っている。そのほか、国土交通省本省関連部局と連携し、既存の住宅・社会資本ストックの点検・補修・更新等を効率化・高度化し、安全に利用し続けるため、道路構造物の維持管理技術の開発、下水道施設の維持管理の効率化、河川構造物の維持管理技術の開発、既存建築物の活用に関する手法・技術の開発、港湾施設の維持管理・長寿命化技術の開発を行っている。
 土木研究所は、橋梁(きょうりょう)、舗装及び管理用施設を対象とした既設構造物の効果的(効率化・高度化)なメンテナンスサイクルの実施に資する手法の開発、並びに橋梁(きょうりょう)、土工構造物及びトンネルを対象とした管理レベルに対応した維持管理や長寿命化を可能とする構造物の更新・新設手法の開発、凍害・複合劣化等を受けるインフラの維持管理・更新技術の横断的(道路・河川・港湾漁港・農業分野)技術開発と体系化について進めている。
 海上・港湾・航空技術研究所は、首都圏空港の機能強化に関し、滑走路等空港インフラの安全性・維持管理の効率性の向上等に係る研究開発、我が国の経済・社会活動を支える沿岸域インフラの点検・モニタリングに関する技術開発や、維持管理の効率化及びライフサイクルコストの縮減に資する研究を実施している。
 物質・材料研究機構は、社会インフラの長寿命化・耐震化を推進するために、我が国が強みを持つ材料分野において、インフラの点検・診断技術、補修・更新技術、材料信頼性評価技術や新規構造材料の研究開発の取組を総合的に推進している。

 第2‐3‐2表/超高齢化・人口減少社会等に対応する持続可能な社会の実現のための主な施策(平成30年度)

3 ものづくり・コトづくりの競争力向上

(1)新たなものづくりシステム

ア サプライチェーンシステムのプラットフォーム構築

 エンジニアリングシステムチェーンや生産プロセスチェーン等を統合した新たなプラットフォームの構築は、データ利活用を促進し、生産性の向上や新たな付加価値の創出をもたらす。
 経済産業省は、プラットフォームの構築に向け、先進事例の創出支援や様々な機械・設備のデータを共有できるよう、データの共通フォーマットを作成している。また、データ利活用の普及が課題となっている中小製造業向けには、課題に応じた改善策や技術をアドバイスする専門人材を育成・派遣する相談拠点の整備を開始した。
 国土交通省は、我が国の海事産業の国際競争力の維持・向上に向けて、IoT/ビッグデータ等の情報通信技術の活用により、船舶の開発・建造・運航の各段階の効率化及び高度化を図ることにより、生産性を向上させるための技術開発の支援を行っている。また、自動運航船の実用化に向けて、平成30年6月にロードマップを策定するとともに、実証事業を実施している。
 情報通信研究機構は、脳情報を基に潜在的ニーズの探索を可能にするため、脳活動の計測技術の先駆的研究開発を実施している。

イ 革新的な生産技術の開発

 内閣府は、多様化したユーザーニーズに迅速かつ柔軟に対応して、高性能かつ高品質な製品を提供するために、複雑な形状を高速かつ高精度で加工する3Dプリンタ等の革新的な生産技術の開発をしている。
 経済産業省は、「三次元造形技術を核としたものづくり革命プログラム」を実施し、日本の強みである素材や機械制御技術等を生かし、高付加価値の部品等の製造に適した三次元積層造形技術(高速化・高精度化・高機能化等)の基盤的な開発等を行っている。
 また、「省エネルギー型製造プロセスの実現に向けた3Dプリンタの造形技術開発・実用化事業」を実施し、三次元積層造形技術の本格導入に際しての課題である造形物の品質確認を通じた実証や最適な造形条件や造形物の品質評価手法の開発を行うことにより、他国に先駆けて同技術を用いた省エネ型の新しいものづくり・製造プロセスの確立を目指している。

(2)統合型材料開発システム

ア 信頼性の高い材料データベースの構築

 我が国の素材産業の国際競争力を強化するために、政府は数値シミュレーション、理論、実験、解析やデータ科学等を融合した材料開発システムを構築するとともに、産学官がそれぞれ保有する信頼性の高い材料データの整理・統合及びデータベース化を推進している。

イ データベースを活用した材料開発技術の確立

 科学技術振興機構は、「イノベーションハブ構築支援事業」の一環として、計算科学・データ科学を活用して未知なる革新的機能を有する材料を短期間に開発する「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI2I)」を推進している。物質・材料研究の中核的な機関である物質・材料研究機構をハブとして、産学官の人材を糾合し、データベースの構築やデータ科学との融合を発展させるとともに、より広範な企業の参画を促し、画期的な磁石・電池・伝熱制御等の新材料設計の実装に取り組んでいる。

第2節 国及び国民の安全・安心の確保と豊かで質の高い生活の実現

 国及び国民の安全・安心を確保し、豊かで質の高い生活を実現するためには、防災・減災や国土強(きょう)靱(じん)化等に向けた取組を進めていくとともに、国民の快適な生活環境や労働衛生を確保し、さらに安全保障環境の変化、犯罪、テロやサイバー攻撃などへの対応が重要である。これらの課題解決に向け、統合イノベーション戦略の「安全・安心」の項目において、「我が国の安全保障環境が一層厳しさを増している中、大規模な自然災害、国際的なテロ・犯罪や、サイバー空間等の新たな領域における攻撃を含めた国民生活及び社会・経済活動への様々な脅威に対する総合的な安全保障を実現」するため、「科学技術を幅広く俯瞰(ふかん)した上で、安全・安心に資する科学技術を「知り」、関係府省庁や産学官が連携してこれらを「育てる」とともに、我が国の技術的優越の確保、維持や大量破壊兵器等への転用防止のために科学技術を「守り」、これらの取組を通して得られた成果を社会実装により安全・安心の確保のために「生かし」ていく」ことを掲げている。

1 自然災害への対応

(1)予防力の向上

 文部科学省は、「首都圏を中心としたレジリエンス総合力向上プロジェクト」において、政府関係機関、地方公共団体や民間企業等が保有する地震観測データを統合し官民連携による超高密度地震観測システムを構築するとともに、実大三次元震動破壊実験施設を用いた非構造部材(配管、天井等)を含む構造物の崩壊余裕度に関するセンサー情報等を収集し、都市機能維持の観点から官民一体の総合的な災害対応や事業継続、個人の防災行動等に資する多種多様かつ大量なデータを集積し、産官学で共有・解析することで、新たな価値の創出につながる取組を進めている。
 国土交通省は、海上・港湾・航空技術研究所等との相互協力の下、全国港湾海洋波浪情報網(NOWPHAS(※25))の構築・運営を行っており、全国各地で観測された波浪・潮位観測データを収集し、ウェブサイトを通じてリアルタイムに広く公開している(※26)。
 国土技術政策総合研究所は、河川情報を避難行動等に的確に結び付けるため洪水危険度の見える化に関する研究、大規模地震に起因する土砂災害の事前推定手法の開発、ゲリラ豪雨に対応した土砂災害・都市水害対策の「激甚化する災害への対応」、避難所における被災者の健康と安全確保のための設備等改修技術の開発等の「災害に強いまちづくり」、港湾地帯の安全性向上のための津波・高潮観測技術の高度化等の研究を行っている。
 土木研究所は、顕在化・極端化してきた河川災害の被害軽減技術開発及び顕在化してきた津波や海面上昇による被害の軽減技術開発、突発的な自然現象による土砂災害の防災・減災技術の開発、極端気象がもたらす雪氷災害による被害を軽減するための技術開発を実施している。
 建築研究所は、自然災害による損傷や倒壊の防止等に資する建築物の構造安全性を確保するための技術開発や建築物の継続使用性を確保するための技術開発等を実施している。
 海上・港湾・航空技術研究所は、大規模地震後の早期復旧・復興のため、沿岸域及び背後地域における地震・津波による構造物の変形予測・性能低下を予測し、沿岸域施設の安全性・信頼性の向上を図るための研究を実施している。


  • ※25 Nationwide Ocean Wave infomation network for Ports and HArbourS
  • ※26 http://www.mlit.go.jp/kowan/nowphas/

(2)予測力の向上

 我が国の地震調査研究は、地震調査研究推進本部(本部長:文部科学大臣)(以下「地震本部」という。)の下、関係行政機関や大学等が密接に連携・協力しながら行われている。
 地震本部は、これまで地震の発生確率や規模等の将来予測(長期評価)を行っている。東北地方太平洋沖地震のような隣接する複数の領域を震源域とする巨大地震を評価の対象とできていなかったことや活断層を起因とした熊本地震の発生を踏まえ、長期評価の評価手法や公表方法を順次見直しつつ実施している。また、東北地方太平洋沖地震での津波による甚大な被害を踏まえ、様々な地震に伴う津波の評価を実施している。

 第2‐3‐3図/地震・津波観測監視システム(DONET)のイメージ図

 文部科学省は、南海トラフ地震を対象とした「南海トラフ広域地震防災研究プロジェクト」において、想定される地震が発生した際の社会的・経済的被害が大きい地域を対象とした調査研究を実施している。また、「日本海地震・津波調査プロジェクト」では、日本海及びその沿岸を対象に、制御震源を用いた構造調査や津波堆積物調査等を実施し、震源断層モデルや津波波源モデルに関する研究を進めた。
 阪神・淡路大震災以降、陸域に地震観測網の整備が進められてきた一方、海域の観測網については、陸域の観測網に比べて観測点数が非常に少ない状況であった。このため、文部科学省は、南海トラフ地震の想定震源域において、地震計、水圧計等を備えたリアルタイムで観測可能な高密度海底ネットワークシステムである「地震・津波観測監視システム(以下「DONET(※27)」という。)」を運用している(第2‐3‐3図)。また、今後も大きな余震や津波が発生するおそれがある東北地方太平洋沖において、地震・津波を直接検知し、災害情報の正確かつ迅速な伝達に貢献する「日本海溝海底地震津波観測網(S‐net(※28))」を運用している(第2‐3‐4図)。

 第2‐3‐4図/日日本海溝海底地震津波観測網(S-net)のイメージ図

 火山分野においては、平成26年の御嶽山の噴火等を踏まえ、平成28年度に「次世代火山研究・人材育成総合プロジェクト」を開始し、地球化学等の他分野との連携・融合を図り、「観測・予測・対策」の一体的な研究を推進するとともに、「火山研究人材育成コンソーシアム」を構築し、大学間連携を強化しつつ、最先端の火山研究と連携させた体系的な教育プログラムの提供を行っている。
 防災科学技術研究所は、日本全国の陸域を均一かつ高密度に覆う約1,900点の高性能・高精度な地震計により、人体に感じない微弱な震動から大きな被害を及ぼす強震動に至る様々な「揺れ」の観測を行っている。海域においては約200点の地震計・津波計を運用しているほか、国内16火山の「基盤的火山観測網(V‐net(※29))」を含む、全国の陸域と海域を網羅する地震・津波・火山観測網である「陸海統合地震津波火山観測網(以下「MOWLAS(※30)」という。)」の本格運用を平成29年11月より開始した。MOWLASを用いた地震や津波の即時予測、火山活動の観測・予測の研究、実装を進めており、気象庁に観測データの提供を実施するほか、鉄道事業者での活用を推進した(第2‐3‐5図)。
 また、マルチセンシングに基づく土砂・風水害の発生予測に関する研究、雪害や沿岸災害等の自然災害による被害の軽減に資する研究等を実施している。さらに、新たな防災科学技術の創出に向けて、気象災害の軽減・防止と産業界にプラスの経済的波及効果を生み出すことを目標とした「「攻め」の防災に向けた気象災害の能動的軽減を実現するイノベーションハブ」の形成を進めている。例えば、コンビニ企業と連携して、積雪等センサーの新規開発と店舗への設置により積雪予測を高精度化し、大雪時の物流の確保と雪氷災害軽減を両立させる取組等を行っている。また、地域の防災上の課題を解決するため、雪害や土砂災害に関わるセンサーを開発し、モデル地域に設置するとともに、地域のステークホルダーや生産者等と連携し、IoT技術を活用しながらデータの収集、情報の提供を行う実証実験を開始した。さらに、MPレーダー(※31)データ等との比較解析による雷危険度予測手法の研究開発を推進するため、首都圏で雷放電経路3次元観測システムによる雷の連続観測を実施している。
 気象庁は、文部科学省と協力して地震に関する基盤的調査観測網のデータを収集し、処理・分析を行い、その成果を防災情報等に活用するとともに地震調査研究推進本部地震調査委員会等に提供している。また、自動震源決定処理手法(PF法)を開発し、平成28年4月から導入した。緊急地震速報については、東北地方太平洋沖地震で課題となった同時多発地震及び巨大地震に対応するため、IPF法(※32)及びPLUM法(※33)を開発し、IPF法を平成28年12月から、PLUM法を平成30年3月から導入している。また、更なる高度化のための技術開発を防災科学技術研究所等と協力して進めている。津波については、沖合の津波観測波形から沿岸の津波の高さを精度良く予測する手法(tFISH(※34))を平成31年3月から導入した。
 気象研究所は、津波災害軽減のための津波地震などに対応した即時的規模推定や沖合の津波観測データを活用した津波予測の技術開発、緊急地震速報の精度向上のための震度予測手法に関する研究、南海トラフ沿いのプレート間固着状態変化把握技術の精度向上のための地殻変動の監視・解析技術に関する研究、火山活動評価・予測の高度化のための監視手法の開発などを実施している。

 第2‐3‐5図/陸海統合地震津波火山観測網(MOWLAS)

 産業技術総合研究所は、防災・減災等に資する地質情報整備のため、活断層・津波堆積物調査や活火山の地質調査を行い、その結果を公表している。全国の主要活断層に関しては、分布位置や活動履歴を解明するために、陸域3断層帯(標津、糸魚川―静岡構造線、日奈久)や沿岸海域1断層帯(十勝平野)の地質調査を実施した。また、平成27年10月に公開した津波堆積物データベースに青森県及び高知県のそれぞれ一部地域のデータを公開した。そのほか、南海トラフ巨大地震の短期予測に資する地下水等総合観測点を運用・整備し、地下水位(水圧)、地下水温、地殻歪(ひずみ)や地震波の常時観測を継続した。観測機器の高精度化を図るため、ひずみ計の小型化・低廉化及び既存未使用井戸を活用する手法の開発に着手した。火山に関しては、噴火活動があった口永良部島、桜島及び霧島(新燃岳・硫黄岳)に対して、現地調査や火山噴出物の観測・分析等を行い、現在の噴火活動の解明や今後の活動推移予測に資する物質科学的研究を実施した。
 海洋研究開発機構は、地球深部探査船「ちきゅう」の掘削孔を活用した長期孔内観測装置やDONETを用いた震源域直上でのプレート境界の固着状況の変化等を連続かつリアルタイムで把握するための技術開発・展開を行っている。また、東海・東南海・南海地震の連動性評価に重要な南海トラフのセグメント境界等を中心として緊急性・重要性が高い海域の高精度海底下構造調査を実施している。これらの調査・観測結果を取り込み、より現実的なモデルを構築し、更に高精度な地殻変動・津波シミュレーションの実現に貢献する。
 国土地理院は、電子基準点(※35)等によるGNSS(※36)連続観測、超長基線電波干渉法(VLBI(※37))、干渉SAR(※38)等を用いた地殻変動やプレート運動の観測、解析及びその高度化のための研究開発を実施している。また、気象庁、防災科学技術研究所、産業技術総合研究所、神奈川県温泉地学研究所及び東京大学地震研究所による火山周辺のGNSS観測点のデータも含めた火山GNSS統合解析を実施し、火山周辺の地殻変動のより詳細な監視を行っている。
 海上保安庁は、GNSS測位と音響測距を組み合わせた海底地殻変動観測、海底地形や海域活断層等の調査を推進し、その結果を随時公表している。


  • ※27 Dense Oceanfloor Network system for Earthquakes and Tsunamis
  • ※28 Seafloor observation network for earthquakes and tsunamis along the Japan Trench
  • ※29 The Fundamental Volcano Observation Network
  • ※30 Monitoring of Waves on Land and Seafloor
  • ※31 マルチパラメータレーダ。水平偏波と垂直偏波の2種類の電波を同時に送信・受信できるレーダ
  • ※32 Integrated Particle Filter法。同時に複数の地震が発生した場合でも、震源を精度良く推定する手法。京都大学防災研究所と協力して開発
  • ※33 Propagation of Local Undamped Motion法。強く揺れる地域が非常に広範囲に及ぶ大規模地震でも、震度を適切に予測する手法
  • ※34 tsunami Forecasting based on Inversion for initial sea‐Surface Height
  • ※35 平成31年3月末現在で、全国に約1,300点
  • ※36 Global Navigation Satellite System
  • ※37 Very Long Baseline Interferometry:数十億光年の彼方(かなた)から、地球に届く電波を利用し、数千kmもの距離を数mmの誤差で測る技術
  • ※38 Synthetic Aperture Radar:人工衛星で宇宙から地球表面の変動を監視する技術

(3)対応力の向上

 内閣府は、SIP「レジリエントな防災・減災機能の強化」(平成26~30年度)において、災害予測・予防・対応及び情報共有の高度化を図る最新技術の開発によって「レジリエンス災害情報システム」を作り上げ、これを用いて災害対応機関等における防災・減災の実践力向上を目標とし、研究開発活動を推進した。平成30年に発生した大阪府北部の地震、北海道胆振東部地震及び平成30年7月豪雨では、内閣府防災部局が試行する災害時情報集約支援チーム(ISUT(※39))が本システムを活用して関係府省庁等の災害関連データを統合化し災害対応支援を行った。また、平成30年度より開始したSIP「国家レジリエンス(防災・減災)の強化」において、大規模災害時に国や市町村の意思決定の支援を行う情報システムを構築するため、衛星、IoTやビッグデータ等の最新の科学技術を最大限活用した研究開発及び社会実装を推進している。
 また、準天頂衛星システム「みちびき」のサービスを平成30年11月1日に開始し、衛星からの災害気象情報の提供を行う災害危機管理通報及び避難所等における避難者の安否情報を収集する安否確認サービスの提供を行っている。
 総務省は、情報通信等の耐災害性の強化や被災地の被災状況等を把握するためのICTの研究開発を行っている。また、これまで総務省が実施してきた災害時に被災地へ搬入して通信を迅速に応急復旧させることが可能な通信設備(移動式ICTユニット)等の研究成果の社会実装や国内外への展開を推進している。
 防災科学技術研究所は、各種自然災害の情報を共有・利活用するシステムの開発に関する研究を実施するとともに、その実証と指定公共機関としての責務に基づく行政における災害対応の情報支援を行っている。平成29年3月に栃木県那須町で発生した雪崩災害においては、原因究明のための調査・解析を行い、南岸低気圧性の降雪が雪崩の要因となったことを解明し、今後の事故防止のため、雪や雪崩についての講習を行った。
 平成30年6月に発生した大阪府北部の地震においては、地震の観測結果を解析するとともに、災害情報の共有や統合発信に関する研究開発成果である「府省庁連携防災情報共有システム(以下「SIP4D」という。)」や「防災科学技術研究所クライシスレスポンスサイト(以下「NIED‐CRS」という。)」を介し、情報共有や利活用の支援を行った。
 平成30年7月に広島県・岡山県・愛媛県等で発生した平成30年7月豪雨においては、積乱雲群の立体構造の分析結果等をウェブサイトで公開した。また、SIP4DやNIED‐CRSを介し、情報共有や利活用の支援を行った。
 平成30年10月に発生した平成30年北海道胆振東部地震においては、地震の観測結果を解析するとともに、被災した観測施設の復旧及び余震域での臨時観測を行った。また、SIP4DやNIED‐CRSを介し、情報共有や利活用の支援を行った。
 霧島山(硫黄山)噴火(平成30年4月)、霧島山(新燃岳)噴火(平成30年6月)、口永良部島噴火(平成30年8月)においては、現地にて噴出物調査を行うとともに、その調査結果をNIED‐CRSを介して公表した。
 防衛省は、自衛隊の災害派遣活動を支援するため、隊員の重量負荷を軽減しつつ迅速機敏な行動及び不整地の踏破を可能とする高機動パワードスーツに関する研究等を実施している。また、大規模災害等において、被災した橋梁(きょうりょう)の代替手段をいち早く確保し、被災者の救助や復旧部隊の迅速な展開を支援するため、軽量かつ高強度な複合材の適用を目指した応急橋梁(きょうりょう)基礎技術の確立に向けた研究を実施している。
 消防庁消防研究センターは、エネルギー・産業基盤災害において、G空間×ICTを活用した精度の高い自律技術及び協調連携技術等により人が近づけない現場に接近し、情報収集や放水を行うための消防ロボットシステムの研究開発を進め、実戦配備型の消防ロボットシステムを完成させた。また、1.石油タンクの地震被害に関する高精度予測(石油タンク本体に被害をもたらすおそれの高い短周期地震動の性状の特定、地下構造の違いによるタンクごとの長周期地震動の影響等)、2.石油タンク等の火災規模や油種等に応じた強力な泡消火技術、3.石油コンビナートで貯蔵・取り扱われる反応性の高い化学物質(禁水性物質、蓄熱発火性物質など)の火災危険性に関するより適切な評価と消火時の安全管理技術についての研究開発を実施している。
 さらに、災害時の消防活動能力を向上させるため、救急車運用最適化等に関する研究、また、土砂災害現場における無人航空機(UAV(※40)) など上空からの画像情報を活用した捜索救助活動技術、乱雑に堆積したガレキ等を取り除く手法等に関する研究開発を実施している。南海トラフ巨大地震や首都直下地震によって発生が危惧される市街地における大規模延焼火災発生に備え、市街地火災延焼シミュレーションの高度化や被害の拡大要因である火災旋風・飛び火の現象の解明、それらの住民の避難誘導や消火活動への活用等に関する研究開発を行っている。加えて、有効な火災予防対策が行えるよう火災原因調査能力の向上に関する研究開発を行うとともに、建物からの効果的な避難に関する研究開発を実施している。
 情報通信研究機構は、天候等にかかわらず災害発生時における被災地の地表状況を随時・臨機に観測可能な航空機搭載合成開口レーダ(Pi‐SAR(※41)2)の高度化に係る研究開発を実施している。また、通信インフラが壊滅されてもローカルで無線ネットワークをつなぐ耐災害ワイヤレスメッシュネットワーク技術や、上空を飛行する小型の無人航空機に仮想の電波塔の役割を担わせて情報孤立地域との間の通信を迅速に確保する無線中継技術の開発及びそれらに関して、自治体等と連携して、フィールドでの実証実験に取り組んでいる。
 国土技術政策総合研究所は、取り組むべき主要テーマの一つ「防災・減災・危機管理」の中において、近年増加傾向にある集中豪雨や局所的な大雨等の新たなステージに対応した防災・減災も課題として掲げ、ゲリラ豪雨に対応した土砂災害・都市水害対策、最大クラスの洪水に対応した河川氾濫対策等に関する研究を行っている。航空機搭載小型SAR(※42)や既設カメラ・センサー等の技術を活用して災害発生直後の道路啓開やインフラ施設の復旧、TEC‐FORCE(※43)活動等を支援する技術の開発等による大規模地震後の初動対応の迅速化に関する研究を行っている。また、港湾分野においては、大規模地震時の港湾施設の即時被害推定手法に関する研究を、空港分野においては、地震災害時における空港舗装の迅速な点検・復旧方法に関する研究を行っている。
 土木研究所は、国内外の水災害に対応するリスクマネジメント支援技術の開発、大地震に対する構造物の被害最小化技術・早期復旧技術の開発を実施している。
 宇宙航空研究開発機構は、陸域観測技術衛星2号「だいち2号」(ALOS‐2(※44))などの人工衛星を活用した様々な災害の監視や被災状況の把握に貢献している(第3章第4節参照)。


  • ※39 Information SUpport Team
  • ※40 Unmanned Aerial Vehicle
  • ※41 Polarimetric and Inferometric Airborne Synthetic Aperture Radar
  • ※42 Synthetic Aperture Radar:合成開口レーダ
  • ※43 Technical Emergency Control Force(緊急災害対策派遣隊):大規模自然災害発生時に、被災状況の調査や被災地の地方公共団体等への技術的支援を行うため、国土交通省が平成20年度に組織した派遣隊。
  • ※44 Advanced Land Observing Satellite‐2

(4)東日本大震災への対応と復興・再生の実現

ア 被災地の産業の復興・再生

 文部科学省は、津波により被害を受けた東北地方太平洋沖の海洋生態系を回復させるため、地方公共団体や関係省庁と連携しつつ、「東北マリンサイエンス拠点」を構築し、海洋生態系の調査研究を実施している。得られた成果は地域の漁業計画の策定や養殖場の設定等に活用されている。
 農林水産省は、「福島イノベーション・コースト構想」の実現に向け、原子力災害で被害を受けた福島県浜通り地域等において、先端技術を取り入れた先進的な農林水産業を全国に先駆けて実践することで、農林業の復興・再生を目指すため、先端農林業ロボットの開発・実証を支援している。
 また、被災地域の基幹産業である農林水産業や農村・漁村の復興・再生を加速し、更に成長力のある新たな農林水産業を育成するため、岩手県及び福島県に農業分野、宮城県及び福島県に水産業分野の研究・実証地区を設け、先端技術を駆使した現地実証研究を実施するとともに、岩手県、宮城県及び福島県に社会実装拠点を設け、研究成果の普及促進の取組を進めている。具体的には、被災地の農業者や漁業者等と連携し、被災各県の条件に応じ、水田輪作、施設園芸、漁船漁業、魚類の養殖・放流・加工等を対象とした特色ある実証研究を行っている。

イ 原子力損害賠償に向けた取組

 「原子力損害の賠償に関する法律」(昭和36年法律第147号)は、原子力事故による損害の賠償に備え、被害者の保護と原子力事業の健全な発達を図ることを目的に掲げ、原子炉の運転等による原子力損害についての賠償責任を原子力事業者に集中させ、当該原子力事業者に無限・無過失の賠償責任を負わせることを規定している。また、原子力事業者による賠償の確実かつ迅速な履行を確保するため、原子力事業者に対する損害賠償措置の義務付けや賠償措置額を超える原子力損害が発生した場合の政府の援助等を規定するとともに、損害賠償の円滑かつ適切な実施を図るため、原子力損害賠償紛争審査会の設置等を規定している。
 東電福島第一原子力発電所及び第二原子力発電所の事故(以下「本件事故」という。)発生以降、多くの住民が避難生活や生産及び営業を含めた事業活動の断念などを余儀なくされており、被害者が1日でも早く安心で安全な生活を取り戻せるよう、迅速・公平・適正な賠償が必要である。そのため、原子力損害の賠償に関する法律に基づき、本件事故における被害者のための様々な措置を講じている。
 文部科学省は、原子力損害賠償紛争審査会を設置し、賠償すべき損害として一定の類型化が可能な損害項目やその範囲等を示した指針を、地元の意見も踏まえつつ順次策定するとともに、必要に応じて見直しを行っている。また、原子力損害賠償紛争解決センターでは、業務運用の改善や体制整備を図りつつ、和解仲介手続を実施している。さらに、政府として、東電の迅速かつ適切な損害賠償の実施や経営の合理化等に関する「新々・総合特別事業計画」を平成29年5月に認定(その後、数度の変更認定)し、原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通じて、東電による円滑な賠償の支援を行っている。
 また、原子力損害賠償制度の見直しについては、内閣府原子力委員会の原子力損害賠償制度専門部会(平成27年5月設置)において検討が重ねられ、平成30年10月に「原子力損害賠償制度の見直しについて」が取りまとめられた。同専門部会における検討を踏まえ、1.損害賠償実施方針の作成・公表の義務付け、2.仮払資金の貸付制度の創設、3.和解仲介手続の利用に係る時効中断の特例、4.原子力損害賠償補償契約の新規締結等に係る適用期限の延長等の改正を行う「原子力損害の賠償に関する法律の一部を改正する法律」(平成30年12月12日法律第90号)が成立した。現在、平成32年1月1日の改正法の本格施行に向けて、必要な政省令の整備を進めている。

 第2‐3‐6表/震災からの復興、再生への実現のための主な施策(平成30年度)

2 食品安全・生活環境・労働衛生等の確保

(1)食品における安全・安心の確保

 文部科学省は、我が国で日常摂取される食品の成分を収載した「日本食品標準成分表」を公表している。現代型の食生活に対応した情報の集積が求められていることから、平成30年12月に「日本食品標準成分表2015年版(七訂)追補2018年」の策定を行い、掲載食品の拡充を行った。
 農林水産省は、安全な農畜水産物・食品の安定供給の観点から、生産・流通・加工工程における有害化学物質及び微生物のリスク低減のための技術開発、重要家畜疾病の蔓延(まんえん)のリスクや畜産農家の経済的損失を低減させるためのより効果的な防疫措置の研究や検査法の開発並びに農産物の病害虫による被害を低減させるための防除技術の開発等に取り組んでいる。

(2)生活環境における安全・安心の確保

ア 放射線モニタリングの実施

 東電福島第一原子力発電所事故に係る放射線モニタリングについては、関係府省や地方公共団体等が連携し、「総合モニタリング計画」(平成23年8月モニタリング調整会議決定、平成31年2月改定)に沿って、モニタリングポスト等による空間線量の測定、土壌に含まれる核種ごとの放射性物質の分析、河川や海などの水及び土に含まれる放射性物質の分析、食品や水道水に含まれる放射性物質のモニタリングなどを実施している(第2‐3‐7図)。

 第2‐3‐7図/総合モニタリング計画に沿った各省におけるモニタリングの実施体制

 第2‐3‐8図/放射性物質等の分布マップ

 平成30年度は、東電福島第一原子力発電所事故に伴い放出された放射性物質の分布状況の把握のため、放射性セシウム等の分布状況(第2‐3‐8図)について引き続き取りまとめるとともに、地方公共団体と連携して実施した走行サーベイの結果を公表した。また、東電福島第一原子力発電所から80km圏内及び圏外において航空機によるモニタリングを実施し、これらの地域の空間線量率の結果を公表した(第2‐3‐8図)。海域については、「海域モニタリングの進め方」(「総合モニタリング計画」別紙)に沿って、関係府省や地方公共団体等との連携の下、福島県沖、宮城県沖や茨城県沖などを対象に、海水や海底土、海洋生物のモニタリングを実施した。
 さらに、福島県内に設置したリアルタイム線量測定システムや福島県全域及び福島県隣県に設置した可搬型モニタリングポスト、全国における放射能調査体制の強化のため各都道府県に増設した固定型モニタリングポストにより空間線量率を測定し、これらの測定値をウェブサイトにおいて表示している(第2‐3‐9図)。
 農林水産省は、農地の除染など今後の営農に向けた取組を進めるため、引き続き農地土壌の放射性物質の分布状況について調査を実施した。

 第2‐3‐9図/放射線量測定マップの例

イ 放射性物質対策に向けた取組

 東電福島第一原子力発電所事故由来の放射性物質により汚染された環境の回復に向けて、関係機関が協力して放射性物質対策のための技術開発・調査研究に取り組んでいる。
 農林水産省は、農地及び森林の効果的・効率的な放射性物質対策に向けて技術開発を行うとともに、これまでに開発された技術を実証し、これらの成果を速やかに公表している。また、除染後の農地の地力を回復・向上させる技術開発、農作物の安全性を確保しつつ吸収抑制対策としてカリウム施肥の適正化を図る技術開発等、除染後の様々な課題に対応するための技術開発を行っている。
 環境省は、福島県内の除染により発生した土壌等の福島県外最終処分に向けて、減容・再生利用の技術開発戦略を取りまとめるとともに、減容化等の分野において活用し得る技術の効果、安全性等を評価する実証事業を行っている。
 原子力機構は、福島県環境創造センター研究棟に入居し、福島県や国立環境研究所等と連携・協力して、東電福島第一原子力発電所事故により放射性物質で汚染された環境の回復に向けた放射線測定に関する技術開発や、放射性物質の環境動態等に関する研究、減容・再生利用に関する技術開発等を行っている。

ウ 小児に対する環境リスクの解明に向けた取組

 環境省は、国立環境研究所等と連携し、全国で10万組の親子を対象とした大規模かつ長期の出生コホート調査「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」を平成22年度より実施している。同調査においては、母体血や臍(さい)帯血、母乳等の生体試料を採取保存・分析するとともに、子供が13歳に達するまで質問票によるフォローアップを行い、子供の健康に影響を与える環境要因を明らかにすることとしている(第2‐3‐10図)。

 第2‐3‐10図/子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)について

 この調査研究の実施体制としては、国立環境研究所がコアセンターとして研究計画の立案や生体試料の化学分析等を、国立成育医療研究センターがメディカルサポートセンターとして医学的な支援を、公募により指定した全国15地域のユニットセンターが参加者のフォローアップを担っており、環境省はこの調査研究の結果を用いて環境施策の検討を行うこととしている。平成30年度は、質問票によるフォローアップ及び全国調査10万人の中から抽出された5,000人程度の子供を対象として医学的検査等を行う詳細調査を引き続き実施している。

 第2‐3‐11表/食品安全、生活環境、労働衛生等の確保のための主な施策(平成30年度)

3 サイバーセキュリティの確保

 「サイバーセキュリティ基本法」(平成26年法律第104号)に基づき、サイバーセキュリティに関する施策を総合的かつ効果的に推進するため、内閣に設置された「サイバーセキュリティ戦略本部」(本部長:内閣官房長官)での検討を経て、平成30年7月27日に「サイバーセキュリティ戦略」を閣議決定した。これに基づき、サイバーセキュリティに関する技術の研究開発を推進している。
 内閣府は、平成27年度より、SIP「重要インフラ等におけるサイバーセキュリティの確保」に取り組んでいる。本課題では、国民生活の根幹を支える重要インフラ等をサイバー攻撃から守るために、制御・通信機器の真贋(しんがん)判定技術(機器やソフトウェアの真正性・完全性を確認する技術)を含めた動作監視・解析技術と防御技術の研究開発を行うとともに、重要インフラ産業の国際競争力強化と2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の安定的運営に貢献することを目標とし、研究開発を推進している。また、平成30年度より、SIP「IoT社会に対応したサイバー・フィジカル・セキュリティ」に取り組んでいる。本課題では、セキュアなSociety 5.0の実現に向け、IoTシステム・サービス及び中小企業を含む大規模サプライチェーン全体を守ることに活用できる「サイバー・フィジカル・セキュリティ対策基盤」の開発と実証を行い、複数の産業分野に社会実装するための研究開発を推進している。
 総務省は、情報通信研究機構を通じて、サイバーセキュリティ分野の研究開発を推進している。さらに、その有するサイバーセキュリティに関する技術的知見を活用して、巧妙化・複合化するサイバー攻撃に対し、実践的な対処能力を持つセキュリティ人材を育成するため、平成29年4月に同機構に組織した「ナショナルサイバートレーニングセンター」において国の行政機関、地方公共団体等を対象とした実践的サイバー防御演習(CYDER )を実施しているほか、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けた実践的サイバー演習であるサイバーコロッセオや、若手セキュリティイノベーターの育成であるSecHack365に取り組んでいる。
 経済産業省は、IoTやAIによって実現される「Society 5.0」におけるサプライチェーン全体のサイバーセキュリティ確保を目的として、産業に求められる対策の全体像を整理した「サイバー・フィジカル・セキュリティ対策フレームワーク」の策定を進めている。さらに、平成30年11月には、サイバー空間とフィジカル空間が融合する中で、高度化・複雑化する脅威に対する研究開発を推進するため、産業技術総合研究所が「サイバーフィジカルセキュリティ研究センター」を設立した。また、情報処理推進機構に発足させた「産業サイバーセキュリティセンター」では、情報システムに加え、重要インフラ事業者等における制御系システムのサイバーセキュリティ対策の中核を担う人材の育成等の取組を推進している。


  • ※45 CYber Defense Exercise with Recurrence

 第2‐3‐12表/サイバーセキュリティ確保のための主な施策(平成30年度)

4 国家安全保障上の諸課題への対応

 「国家安全保障戦略」(平成25年12月17日国家安全保障会議・閣議決定)において、「我が国の高い技術力は、経済力や防衛力の基盤であることはもとより、国際社会が我が国に強く求める価値ある資源でもある。このため、デュアル・ユース技術を含め、一層の技術の振興を促し、我が国の技術力強化を図る必要がある」と掲げられている。
 第5期基本計画では、「科学技術には多義性があり、ある目的のために研究開発した成果が他の目的にも活用できる」といった性質を有していることや「我が国の安全保障を巡る環境が一層厳しさを増している中で、国及び国民の安全・安心を確保するためには、我が国の様々な高い技術力の活用が重要である」ことを指摘している。国家安全保障戦略や第5期基本計画に基づき、国家安全保障上の諸課題に対し、関係府省や産学官の連携の下、必要な技術の研究開発を推進することが求められている。
 防衛省は、防衛分野での将来における研究開発に資することを期待し、先進的な民生技術についての研究を、公募・委託する安全保障技術研究推進制度(第2‐3‐13図)を平成27年度から実施している。平成29年度から本制度を拡充し、予算額及び研究期間の観点から大規模な投資が有効な先進的な技術分野についても、萌芽的研究の育成に着手している。研究の幅広い発展につなげるため、研究成果を全て公表できることとしており、特定秘密をはじめとする秘密を受託者に提供することはなく、研究成果を特定秘密をはじめとする秘密に指定されることもない。平成30年11月には研究成果の評価を実施し、公表されている。

 第2‐3‐13図/安全保障技術研究推進制度の概要

 また、防衛省は、ICT等の技術革新のサイクルが速く、進展の速い民生先端技術を技術者と運用者が一体となり速やかに取り込むことで、3~5年程度の短期間での実用化を図る取組(第2‐3‐14図)を平成29年度より実施している。

 第2‐3‐14図/進展の速い民生先端技術の短期実用化に係る取組の概要

 警察庁科学警察研究所においては、テロの未然防止あるいはテロ事案発生後の情報分析に役立つ画像解析技術の高度化を目的とし、全天球カメラを用いた警備支援システムの開発及びインターネット上の画像データを用いた解析技術に関する研究開発を実施している(第2‐3‐15図)。

 2‐3‐15図/テロ事案等における画像解析技術の高度化 研究の概要

 防衛省は、CBRN(※46)による汚染環境等の過酷な災害現場において、複数の無人車両の取得した画像やレーザスキャナの情報を統合し、遠隔操縦に適した俯瞰(ふかん)表示や3Dエリア地図を迅速に作成することにより、無人車両オペレータの作業性を大幅に改善する研究を実施している。また、目に見えないCBRNによる汚染を可視化し、詳細な汚染状況や被害見積りを提示するため、市街地のビルなどの詳細な地形を考慮した拡散予測やセンサからの情報を基に汚染発生源エリアを推定する脅威評価システムに関する研究を実施している。

 第2‐3‐16表/国家安全保障上の諸課題への対応のための主な施策(平成30年度)


  • ※46 Chemical, Biological, Radiological, Nuclear (化学剤、生物剤、放射性物質及び核)

コラム2‐4 進展の速い民生先端技術の短期実用化に係る取組

 ICT、ロボットやAIといった分野においてはイノベーションの進展が著しく、従来の防衛装備品で行われてきた手法による研究開発では対応が困難な状況である。また、我が国では民間を中心に様々な研究開発上の工夫が検討及び実施されており、短期間に技術や運用上のアイデアを具現化した施策等が繰り返されている。そこで、防衛分野においてもこのような工夫を取り入れ、民生分野での展開を念頭に置いた進展の速い民生先端技術を技術者と運用者が一体となり速やかに取り込むことによって、3~5年程度の短期で防衛装備品の実用化を図る取組を新たに平成29年度から実施している。平成29年度より構想設計を開始した5件においては仮作試験を今年度から実施しており、平成30年度からは新たに3件の構想設計を行っている。
 技術の進展が速くなっているこの状況に対し、本取組を通じて自衛隊が抱える課題(ニーズ)と民生分野の技術シーズの確実なマッチングを図り、研究開発サイクルの短期化を進めることは、我が国の安全保障上の諸課題の解決に資するとともに、本取組の成果を民間市場においても活用することで民生・防衛双方の製品価格の抑制、安心・安全に関する技術の継続的な発展につながると期待されることから非常に重要な意義を有している。

 構想設計契約先:株式会社カナモト図 進展の速い民生先端技術の短期実用化に係る取組一例

 表 進展の速い民生先端技術の短期実用化に係る取組 テーマ一覧表

第3節 地球規模課題への対応と世界の発展への貢献

 気候変動問題への対応は、世界にとっても、我が国にとっても喫緊の課題である。2016年(平成28年)11月に発効したパリ協定や「気候変動適応法」(平成30年6月13日法律第50号)等により、我が国においても温室効果ガス排出量の大幅な削減による気候変動の緩和及び適応に向けての取組の強化が必要となっている。

1 地球規模の気候変動への対応

(1)地球環境の観測技術の開発と継続的観測

ア 地球観測等の推進

 地球温暖化の状況等を把握するため、世界中の国や関係機関により、人工衛星による宇宙からの観測、地上や海洋からの観測等による様々な地球観測が実施されている。気候変動問題の解決に向けた全世界的な取組を一層効果的なものとするためには、国際的な連携により、それらの観測情報を結び付け、さらに統合解析を行うことで各国における政策決定等の基礎としてより有益な科学的知見を創り出すとともに、その観測データ及び科学的知見への各国・機関へのアクセスを容易にするシステムが重要である。「全球地球観測システム(GEOSS(※47))」は、このような複数のシステムから構成される国際的なシステムであり、その構築を推進する国際的な枠組みとして、地球観測に関する政府間会合(GEO(※48))が設立され、2019年(平成31年)2月時点で232の国及び国際機関等が参加している。我が国はGEOの執行委員国の一つとして主導的な役割を果たしている。


  • ※47 Global Earth Observation System of Systems
  • ※48 Group on Earth Observations
イ 人工衛星等による観測

 宇宙航空研究開発機構は、気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM‐C(※49))、水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM‐W(※50))、「だいち2号」などの運用先進光学衛星(ALOS‐3(※51))や先進レーダ衛星(ALOS‐4(※52))をはじめとする研究開発などを行い、人工衛星を活用した地球観測の推進に取り組んでいる(第3章第4節参照)。
 環境省は、気候変動とその影響の解明に役立てるため、関係府省庁及び国内外の関係機関と連携して、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT(※53))や「いぶき2号」(GOSAT‐2)による全球の二酸化炭素及びメタン等の観測技術の開発及び観測に加え、航空機・船舶・地上からの観測を継続的に実施している。「いぶき」は、気候変動対策の一層の推進に貢献することを目指して、二酸化炭素及びメタンの全球の濃度分布、月別及び地域別の排出・吸収量の推定を実現するとともに、平成21年の観測開始から二酸化炭素及びメタンの濃度がそれぞれ季節変動を経ながら年々上昇し続けている傾向を明らかにするなどの成果を上げている。また、人間活動により発生した温室効果ガスの排出源と排出量を特定できる可能性を示した。「いぶき2号」は「いぶき」の観測対象である二酸化炭素やメタンの観測精度を高めるとともに、新たに一酸化炭素を観測対象として追加した。二酸化炭素は、工業活動や燃料消費等の人間活動だけでなく、森林や生物の活動によっても排出されている。一方、一酸化炭素は、人間の活動から排出されるものの、森林や生物活動からは排出されない。二酸化炭素と一酸化炭素を組み合わせて観測して解析することにより、「人為起源」の二酸化炭素の排出量の推定を目指している。後継機「いぶき2号」は、平成30年10月に打ち上げられ、「いぶき」のミッションである全球の温室効果ガス濃度の観測を継承するほか、人為起源排出源と排出量を特定するための新たな機能により、各国のパリ協定に基づく排出量報告の透明性向上への貢献を目指している。なお、GCOM‐W後継センサとの相乗りを見据えて調査・検討を行ってきた3号機搭載予定の次期温室効果ガス観測センサについては、ミッションの継続と、排出源の監視能力を更に強化することを目指して設計に着手した。
 地球規模での気候変動・水循環メカニズムの解明を目的とした「しずく」や米国航空宇宙局(NASA)との国際協力プロジェクトである全球降雨観測計画(GPM(※54))主衛星のデータは、気象庁において利用され、降水予測精度向上に貢献する等、気候変動分野における研究利用にとどまらず、気象予報や漁場把握などの幅広い利用分野で活用されている。
 具体的には、気象庁において、「しずく」の観測データの利用による数値予報の降水予測精度及び海面水温・海氷の解析精度向上を確認し、同庁で日々運用している数値予報システム及び海面水温・海氷解析において同データを利用している。また、数値予報システムにおいてGPM主衛星の観測データを利用しており、降水予測精度向上に貢献している。


  • ※49 Global Change Observation Mission‐Climate
  • ※50 Global Change Observation Mission‐Water
  • ※51 Advanced Land Observing Satellite‐3
  • ※52 Advanced Land Observing Satellite‐4
  • ※53 Greenhouse gases Observing SATellite
  • ※54 Global Precipitation Measurement
ウ 地上・海洋観測等

 近年、北極域の海氷の減少、世界的な海水温の上昇や海洋酸性化の進行、プラスチックごみによる海洋の汚染など、海洋環境が急速に変化している。海洋環境の変化を理解し、海洋や海洋資源の保全・持続可能な利用、地球環境変動の解明を実現するため、海洋研究開発機構は、漂流フロート、係留ブイや船舶による観測等を組み合わせ、統合的な海洋の観測網の構築を推進している。
 文部科学省と気象庁は、世界の海洋内部の詳細な変化を把握し、気候変動予測の精度向上につなげる高度海洋監視システム(アルゴ計画(※55))に参画している。アルゴ計画は、アルゴフロートを全世界の海洋に展開することによって、常時全海洋を観測するシステムを構築するものである。
 文部科学省は、地球環境変動を顕著に捉えることが可能な南極地域及び北極域における研究諸分野の調査・観測等を推進している。「南極地域観測事業」では、南極地域観測第9期6か年計画(平成28年度~令和3年度)に基づき、南極地域における調査・観測等を実施している。
 北極域に関しては、「北極域研究推進プロジェクト(ArCS)」により、北極域における環境変動と地球全体に及ぼす影響を包括的に把握し、精緻(せいち)な予測を行うとともに、社会・経済的影響を明らかにし、適切な判断や課題解決のための情報をステークホルダー(利害関係者)に伝えることを目指し、国際共同研究等の取組を実施している。
 海洋研究開発機構においては、北極環境変動総合研究センターを設置して北極研究を推進するとともに、海氷下でも自律航行や観測が可能な自律型無人探査機(AUV(※56))等の要素技術開発を実施している。また、北極海及び周辺海域において海洋環境・海洋生態系の変化を明らかにするため、海氷が最も後退する8月~10月にかけて、海洋地球研究船「みらい」による観測航海を実施している。平成30年度は、研究のプラットフォームとなる北極域研究船に関する予備設計を行った。
 気象庁は、大気や海洋の温室効果ガス、エアロゾルや地上放射、オゾン層・紫外線の観測や解析を実施しているほか、船舶、アルゴフロートや衛星等による様々な観測データを収集・分析し、地球環境に関連した情報の提供を行っている。また、温室効果ガスの状況を把握するため、国内の3観測地点及び南極昭和基地において大気中の温室効果ガスの観測を行っているほか、海洋気象観測船による北西太平洋の洋上大気や海水中の温室効果ガスの観測及び航空機による上空の温室効果ガスの観測を行っている。これらを含めた地球温暖化に関する観測データは解析結果と共に公開している。さらに、国内の3観測地点及び南極昭和基地でオゾン層・紫外線の観測を行っている。


  • ※55 全世界の海洋を常時観測するため、日本、米国等30以上の国や世界気象機関(WMO)、ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)等の国際機関が参加する国際プロジェクト。
  • ※56 Autonomous Underwater Vehicle

(2)スーパーコンピュータ等を活用した気候変動の予測技術等の高度化

 文部科学省は、地球シミュレータ等の世界最高水準のスーパーコンピュータを活用し、気候モデル等の開発を通じて気候変動の予測技術等を高度化することによって、気候変動によって生じる多様なリスクの管理に必要となる基盤的情報を創出するための研究開発を実施している。
 気象庁気象研究所は、エアロゾルが雲に与える効果、オゾンの変化や炭素循環なども表現できる温暖化予測地球システムモデルを構築し、気候変動に関する10年程度の近未来予測及びIPCCの排出シナリオに基づく長期予測を行っている。また、我が国特有の局地的な現象を表現できる分解能を持った精緻(せいち)な雲解像地域気候モデルを開発して、空間的にきめ細かな領域温暖化予測を行っている。
 海洋研究開発機構は、大型計算機システムを駆使した最先端の予測モデルやシミュレーション技術の開発により、地球規模の環境変動が我が国に及ぼす影響を把握するとともに、気候変動問題の解決に海洋分野から貢献している。

(3)観測・予測データを統合した情報基盤の構築等

 文部科学省は、地球環境ビッグデータ(観測情報・予測情報等)を蓄積・統合解析し、気候変動等の地球規模課題の解決に資する情報システムとして、「データ統合・解析システム(DIAS)」を開発し、これまでに国内外の研究開発を支えつつ、水課題を中心に成果を創出してきた。また、企業も含めた国内外の多くのユーザーに長期的・安定的に利用されるための運営体制の整備をするとともに、エネルギー、気象・気候、防災や農業等の社会的課題の解決に資する共通基盤技術の開発を推進している。
 情報通信研究機構は、国際科学会議(ICSU(※57))が推進する「世界データシステム(WDS(※58))」計画に基づく世界最大規模の科学データプラットフォームの構築計画において、国際プログラムオフィスのホスト機関に選定されており、日本学術会議、国内外関連研究機関等と連携体制を構築し、地球観測データの解析等を可能とする世界規模の科学データプラットフォーム実現に資する論文及び論文で引用されるデータ間の参照関係分析技術等の研究開発を進めている。また、宇宙航空研究開発機構と共同で開発した超伝導サブミリ波リム放射サウンダ(SMILES(※59))によるデータ解析、成層圏等の観測データ提供を行っている。さらに、地球圏宇宙空間の電磁環境及び電波利用に関する研究開発を実施しており、宇宙・地球環境観測データの収集・管理・解析・配信を統合的に行ったほか、観測・センシング技術及び数値計算技術を高度化し、大規模データを処理するための宇宙環境インフォマティクス技術 の開発を進めている。
 気象庁は、船舶、アルゴフロート、衛星等による様々な観測データを収集・分析し、地球環境に関連した海洋変動の現状と今後の見通し等を「海洋の健康診断表」として取りまとめ、情報発信を行っている。
 国土地理院は、地球観測衛星データ等を活用したデータ整備手法の技術開発を行っている。


  • ※57 International Council for Science:人類の利益のために、科学とその応用分野における国際的な活動を推進することを目的として、1931年に非政府・非営利の国際学術機関として設立
  • ※58 World Data System
  • ※59 Superconducting Submillimeter‐Wave Limb‐Emission Sounder:大気の縁(リム)の方向にアンテナを向け、超伝導センサを使った高感度低雑音受信機を用いて大気中の微量分子が自ら放射しているサブミリ波(300GHzから3,000GHzまでの周波数の電波をサブミリ波という。このうち、SMILESでは、624GHzから650GHzまでのサブミリ波を使用している。)を受信し、オゾンなどの量を測定する。
     宇宙環境に関するシミュレーションや観測から生成される大規模かつ多種多様なデータを処理し、情報を抽出するための技術

(4)二酸化炭素等の排出削減に向けた取組

 経済産業省は、二酸化炭素回収・貯留(CCS(※60))技術の実用化を目指し、二酸化炭素大規模発生源から分離・回収した二酸化炭素を地中(地下1,000m以深)に貯留する一連のトータルシステムの実証及びコストの大幅低減や安全性向上に向けた技術開発を進めている。また、鉄鋼製造において、一層の低炭素化を図るため、還元材の一部をコークスから水素に代替する技術や高炉ガスの二酸化炭素を分離回収する技術など、製鉄プロセスにおける革新的な二酸化炭素排出削減技術を開発している。
 環境省は、石炭火力発電所の排ガスから二酸化炭素の大半を分離・回収する場合のコスト、発電効率の低下、環境影響等の評価に向けた日本初となる実用規模の二酸化炭素分離・回収設備の設計・建設や、我が国に適したCCSの円滑な導入手法の取りまとめ等を行っている。また、国内における二酸化炭素の貯留可能な地点の選定を目的として、経済産業省と環境省は共同で弾性波探査等の地質調査を実施している。さらに、平成30年度からは二酸化炭素回収・有効利用(CCU)の実証事業を行っており、人工光合成やメタネーション(※61)等といった取組及びこれらのライフサイクルを通じた二酸化炭素削減効果の検証・評価を行っている。
 国土交通省は、国際海運からの温室効果ガス(GHG)排出量の更なる削減を目標として、国際海事機関(IMO(※62))において、今世紀中にGHG排出をゼロにする長期目標等を含む「IMO GHG削減戦略」が、我が国提案を基に採択された。また、環境省と連携し、実運航時におけるCO2排出削減の最大化を図るための大型LNG燃料船のモデル実証事業に着手した。
 海上・港湾・航空技術研究所は、船舶からの二酸化炭素排出量の大幅削減に向け、ゼロエミッションを目指した環境インパクトの大幅な低減と社会合理性を兼ね備えた環境規制の実現に資する基盤的技術に関する研究を行っている。
 また、国内外に広く適用可能なブルーカーボンの計測手法を確立することを目的に、大気と海水間のガス交換速度や海水と底生系(底生動植物、堆積物)間の炭素フロー等を定量的に計測するための沿岸域における現地調査や実験を含む研究を推進している。
 国土技術政策総合研究所は、温室効果ガス排出を抑制しエネルギー・資源を回収する下水処理技術、住宅・建築物における快適な室内環境の担保と高い省エネルギー性能を両立するための技術開発、緑地等による都市環境改善効果に関する研究を行っている。


  • ※60 Carbon Dioxide Capture and Storage
  • ※61 二酸化炭素と水素を合成して天然ガスの主成分であるメタンを合成する技術
  • ※62 International Maritime Organization

(5)気候変動への対応技術の開発と経済・社会活動への波及

 内閣府は、「統合イノベーション戦略」(平成30年6月15日閣議決定)を策定し、特に取組を強化すべき主要分野の一つとして環境エネルギー分野を取り上げ、世界最先端のエネルギーマネジメントシステムの構築、創エネルギー・蓄エネルギー技術の海外展開、世界をリードする水素社会を実現するため、グローバル視点で目標を設定するとともに達成への道筋を構築し、関係府省庁や産学官が連携して、研究開発から社会実装まで一貫した取組の具体化を図って推進することとした。
 文部科学省は、地方公共団体等における適応策の立案・推進を支援するため、防災、農業や暑熱対策等の実際のニーズを踏まえた汎用的に活用可能な近未来の超高解像度気候変動予測情報等を開発し、DIASに加えて環境省等の関係省庁と連携して取り組む「地域適応コンソーシアム」を通じて、研究開発成果を地方公共団体等に提供している。また、気候変動を含む地球環境研究の世界規模のイニシアティブであるフューチャー・アース構想など、国内外のステークホルダーとの協働による研究を推進している。
 農林水産省は、農林水産分野における温暖化適応技術として、平成30年度に森林・林業、水産業分野における気候変動適応技術及び野生鳥獣被害対応技術の開発に取り組むとともに、気候変動がスギ人工林に及ぼす影響評価のための人工林生産能力予測技術の開発を推進した。また、温暖化の進行に適応する農作物の品種・育種素材及び生産安定技術並びに病害虫被害対応技術の開発に取り組んでいるほか、畜産分野における温室効果ガス排出削減技術の開発を推進している。このほか、国際連携を通じて農業分野における温室効果ガス削減技術や気候変動適応技術の開発を推進している。
 環境省は、気候変動の一因と考えられている短寿命気候汚染物質(SLCP(※63))について、環境研究総合推進費における戦略的研究課題の一つとして「SLCPの環境影響評価と削減パスの探索による気候変動対策の推進(S‐12)」を実施し、SLCPの気候・環境影響の評価や最適な削減経路に関する評価を行った。そのほかにも、効果的かつ効率的に緩和・適応策に取り組むための定量的基礎資料を整備し、リスクマネジメントとしての気候変動対策の適切な計画立案に貢献する「気候変動の緩和策と適応策の統合的戦略研究(S‐14)」等の戦略的研究課題を実施している。これらの戦略的研究をはじめとして、気候変動及びその影響の観測・監視並びに予測・評価及びその対策に関する研究を環境研究総合推進費等により総合的に推進している。
 また、気候変動への適応については、気候変動適応法及び平成30年11月に閣議決定された「気候変動適応計画」に基づき適応策の一層の充実を図っているところである。この適応法及び適応計画に基づき、国立環境研究所は平成28年に構築した「気候変動適応情報プラットフォーム」において、関係府省庁及び関係研究機関と連携して適応に関する最新の情報を提供するとともに、平成30年12月に「気候変動適応センター」を設立し、気候変動の影響や適応に関する研究や科学的な面から地方公共団体等の適応の取組のサポートを行っている。また、地域の関係者が一体となって適応策を推進するため、適応に関する取組について情報交換・共有等を行う気候変動適応広域協議会を全国7ブロックで開催している。
 気象庁気象研究所は、局地的大雨をもたらす極端気象現象を、二重偏波レーダやフェーズドアレイレーダー、GPS等を用いてリアルタイムで検知する観測・監視技術の開発に取り組んでいる。また、局地的大雨を再現可能な高解像度の数値予報モデルの開発など、局地的な現象による被害軽減に寄与する気象情報の精度向上を目的とし研究を推進している。


  • ※63 Short‐Lived Climate Pollutants

 第2‐3‐17表/地球規模の気候変動への対応のための主な施策(平成30年度)

2 生物多様性への対応

 「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学‐政策プラットフォーム(IPBES(※64))」は、生物多様性及び生態系サービスに関する科学と政策の連携強化を目的として、評価報告書等の作成を行っている。我が国の提案により、2015年よりアジア・オセアニア地域評価のための技術支援機関が公益財団法人地球環境戦略研究機関に設置されており、引き続き、我が国はその活動を支援した。報告書作成に貢献した2019年2月1日には、侵略的外来種に関する評価のための技術支援機関が公益財団法人地球環境戦略研究機関に設置され、その活動を支援した。また、作成中の評価報告書等に我が国の知見を効果的に反映させるため、IPBESに関わる国内専門家及び関係省庁による国内連絡会を2018年7月及び2019年2月に開催した。さらに、2018年に公表されたIPBESの評価報告書の主な結論を企業関係者等に周知するため、2018年11月に東京でシンポジウムを開催した。このほか、環境省は、IPBESによる評価作業への知見提供等により国際的な科学と政策の結びつき強化に貢献することを目的とした研究である「社会・生態システムの統合化による自然資本・生態系サービスの予測評価」を、環境研究総合推進費により引き続き実施した。
 我が国は、生物多様性に関するデータを収集して全世界的に利用されることを目的とする地球規模生物多様性情報機構(GBIF(※65))に参加して活動を支援するとともに、GBIFノード(データ提供拠点)である国立科学博物館及び国立遺伝学研究所と連携しながら、生物多様性情報をGBIFに提供した。GBIFで蓄積されたデータは、IPBESでの評価の際の重要な基盤データとなることが期待されている。
 農林水産省は、民間企業等における海外の有用な植物遺伝資源を用いた新品種開発を支援するため、特にアジア地域の各国との二国間共同研究を推進し、海外植物遺伝資源の調査・収集及びその評価を行っている。また、農業・食品産業技術総合研究機構は、農業生物資源ジーンバンク事業として、農業に係る生物遺伝資源の収集・保存・評価・提供を行うとともに、DNAをはじめとするイネ等のゲノムリソースの保存・提供を行っている。
 製品評価技術基盤機構は、生物遺伝資源の収集・保存・分譲を行うとともに、これらの資源に関する情報(系統的位置付け、遺伝子に関する情報等)を整備・拡充し、幅広く提供している。また、微生物資源の保存と持続可能な利用を目指した15か国・地域27機関のネットワーク活動に参加し、各国との協力関係を構築するなど、生物多様性条約を踏まえたアジア諸国における生物遺伝資源の利用を積極的に支援している。さらに、遺伝子組換え植物により、ワクチンや機能性食品等の高付加価値な有用物質を高効率に生産するための基盤技術の開発研究を推進している。これにより、植物の機能を活用した安全で生産効率の高い物質生産技術の迅速な実用化を推進している。
 近年、地球温暖化、海洋環境劣化や乱獲等による海洋生物への様々な影響が顕在化してきており、海洋生態系の保全が重要な課題となっている。このため、文部科学省は、「海洋資源利用促進技術開発プログラム」のうち「海洋生物資源確保技術高度化」において、海洋生態系を総合的に解明する研究開発を行うとともに、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業において、海洋生物の観測・モニタリング技術の研究開発等を行っている。さらに、津波により被害を受けた東北地方太平洋沖の海洋生態系を回復させるための調査研究を実施している。


  • ※64 Intergovernmental science‐policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services
  • ※65 Global Biodiversity Information Facility

第4節 国家戦略上重要なフロンティアの開拓

 海洋や宇宙の開発・利用・管理を支える一連の科学技術は、産業競争力の強化や経済・社会的課題への対応のみならず、我が国の存立基盤を確固たるものとするものである。また、国際社会における評価と尊敬を得るとともに、国民の科学への啓発をもたらす意味でも重要であり、長期的視野に立って強化していく必要がある。

1 海洋分野の研究開発の推進

 四方を海に囲まれた我が国は、「海洋立国」にふさわしい科学技術とイノベーションの成果を上げる必要がある。そのため、氷海域、深海部、海底下を含む海洋の調査・観測技術、生物を含む資源、運輸、観光等の海洋の持続可能な開発・利用等に資する技術、海洋の安全確保と環境保全に資する技術、これらを支える科学的知見・基盤的技術の研究開発に着実に取り組むことが重要である。

 地球深部探査船「ちきゅう」
 地球深部探査船「ちきゅう」
 提供:海洋研究開発機構

 有人潜水調査船「しんかい6500」
 有人潜水調査船「しんかい6500」
 提供:海洋研究開発機構

 内閣府は、総合海洋政策本部と連携し、第3期海洋基本計画(平成30年5月15日閣議決定)と整合を図りつつ、海洋に関する技術開発課題等の解決に向けた取組を推進している。
 文部科学省は、第3期海洋基本計画の策定等を踏まえ、科学技術・学術審議会海洋開発分科会において平成28年に策定された「海洋科学技術に係る研究開発計画」を平成31年1月に改訂し、未来の産業創造に向けたイノベーション創出に資する海洋科学技術分野の研究開発を推進している。
 海洋研究開発機構は、船舶や探査機、観測機器等を用いて深海底・氷海域等のアクセス困難な場所を含めた海洋における調査・研究を行い、得られたデータを用いたシミュレーションやデータのアーカイブ・発信を行っている。また、これらの技術を活用し、いまだ十分に解明されていない領域の実態を解明するための基礎研究を推進している。

(1)海洋の調査・観測技術

 海洋研究開発機構は、海底下に広がる微生物生命圏や海溝型地震及び津波の発生メカニズム、海底資源の成因や存在の可能性等を解明するため、地球深部探査船「ちきゅう」の掘削技術やDONETを用いたリアルタイム観測技術等の開発を進めるとともに、それらの技術を活用した調査・研究・技術開発を実施している。また、大きな災害をもたらす巨大地震や津波等、深海底から生じる諸現象の実態を理解するため、研究船や有人潜水調査船「しんかい6500」、無人探査機等を用いた地殻構造探査等により、日本列島周辺海域から太平洋全域を対象に調査研究を行っている。

コラム2‐5 「ちきゅう」が挑む南海トラフ巨大地震発生帯掘削

 地球深部探査船「ちきゅう」は、2005年当時の科学技術の粋を集めて建造した、世界初の科学掘削船である。「ちきゅう」の建造目的の1つは、繰り返し発生する巨大地震(マグニチュード8以上の地震で、プレート沈み込み境界で発生する)の発生場に直接アクセスし、現場計測や試料採取を行うことである。2007年9月、「ちきゅう」は初めての科学掘削航海として、紀伊半島沖南海トラフでの掘削を開始した。2018年9月までに、南海トラフでは計15地点で掘削を行い、その総延長は約34kmにも及ぶ。これまでの科学成果として、紀伊半島沖の南海トラフにかかる応力を明らかにし、海洋プレートの沈み込みを始める場所(海溝)付近まで、地震や津波を発生させた断層の変動があったことを明らかにした。また、地質試料を得るだけでなく、海底下での高精度の地殻変動観測も可能にし、陸域では観測不能であった沖合で多発するスロー地震(巨大地震のトリガーになる可能性が指摘されている)の観測にも成功した。巨大地震発生帯の状態や、そこで起こる様々な現象を高精度に計測、観測できたのは世界初の成果である。

 南海トラフ海底断面図
 南海トラフ海底断面図
 提供:海洋研究開発機構

 2018年10月より約半年間の時間を費やし、巨大地震発生帯の一番浅い部分に達する掘削に世界で初めて挑戦した。これまでに3航海を費やし、水深約2,000mのところから約3,000m掘削を完了していた。さらにそこから約2,200m掘削し、巨大地震発生帯の最も浅い部分に到達する計画であった。しかしながら、大変複雑な地質構造に遭遇し、現在の掘削技術では計画通りの掘削は叶わず、プレート境界断層に達することは無理と判断することとなった。それでも「ちきゅう」は科学掘削としての最深掘削(海底下3,262.5m、水深1,939m)に成功し、貴重な試料の採取に成功した。この試料を使った今後の研究の進展が期待される。

 「ちきゅう」での作業
 「ちきゅう」での作業
 提供:海洋研究開発機構

 これまで新しい巨大地震の理解を切り拓いてきた「ちきゅう」による科学掘削を、今後もさらに進化させ、安全で安心な社会の構築のために貢献していく。

 採取した試料の分析
 採取した試料の分析
 提供:海洋研究開発機構

(2)海洋の持続的な開発・利用等に資する技術

 文部科学省は、大学等が有する高度な技術や知見を幅広く活用し、海洋生態系や海洋環境等の海洋情報をより効率的かつ高精度に把握する観測・計測技術の研究開発を「海洋資源利用促進技術開発プログラム」のうち「海洋情報把握技術開発」において平成30年度から実施している。
 海洋研究開発機構は、我が国の周辺海域に眠る海底資源の持続的な利活用に向けて、船舶や探査機、最先端のセンサ技術等を用いて、海底資源の成因解明、効率的な調査手法や環境影響評価法の確立に向けた調査研究を実施している(第3章第1節1(2)参照)。
 総務省は、効率的な海洋資源調査に資するべく海洋資源調査のための次世代衛星通信技術に関する研究開発を実施し、地球局の小型化・省電力化技術、衛星自動追尾(揺れ対策)等の技術開発に取り組んでいる。

コラム2‐6 「Team KUROSHIO」のXPRIZEへの挑戦

 XPRIZEは、米国の非営利組織であるXプライズ財団によって運営され、世界の大きな課題を解決することを目的とした国際コンペティションである。その一環として、2016年から、石油業界大手のRoyal Dutch Shell がメインスポンサーとなって、世界初の無人探査ロボットを使って超高速・超広域な海底探査を行う国際コンペティション「Shell Ocean Discovery XPRIZE」が開催されている。世界中から32チームがエントリーし、日本からは「Team KUROSHIO」を含めて3チームがエントリーした。

 Round2で使用した無人探査機
 Round2で使用した無人探査機
 提供:海洋研究開発機構

 「Team KUROSHIO」は、海洋研究開発機構、東京大学生産技術研究所、九州工業大学、海上・港湾・航空技術研究所、三井E&S 造船株式会社、日本海洋事業株式会社、株式会社KDDI総合研究所及びヤマハ発動機株式会社の、総勢30名以上の若手研究者・技術者で構成される産官学のチームであり、2017年2月の書類審査と2018年3月のRound1技術評価試験を通過し、アジアで唯一、決勝ラウンドであるRound2実海域試験に残ったチームとなった。

 Round2での試験の様子
 Round2での試験の様子
 提供:海洋研究開発機構

 ギリシャのカラマタで行われたRound2では、水深 4,000mで 24時間以内に最低250km2以上の海底マップ構築、海底ターゲットの写真撮影(10枚)というミッションが課せられ、「Team KUROSHIO」を含め、Round1を通過した米国3チーム、欧州4チームの計8チームが参加した。

 「Team KUROSHIO」は2018年12月9日から19日の11日間、Round2を実施することとなった。12月のギリシャは雨季にあたり、カラマタでは晴天と雷雨が繰り返す難しい海況の中で決勝本番が実施された。12月13、14日に実施した初回のトライでは、調査海域の直前にて無人探査機の動作トラブルに見舞われたが、修理のうえで12月16、17日に実施したリトライでは、大きなトラブルなく制限時間を最大限に活かすことができ、カラマタ沖の海底地形データを取得することができた。その後の取得データの解析により、定められた解像度を満たす海底地形図を作成し、12月19日、日本時間22時50分にXプライズ財団へのデータ提出を完了し、Round2の全日程を終了した。

 Round2後の記念撮影
 Round2後の記念撮影
 提供:海洋研究開発機構

 決勝の結果報告は6月上旬に主催者から発表される。今回の挑戦を通じて培った探査技術とオペレーションのノウハウをさらに発展させ、日本発の海洋調査技術として世界の高いレベルで展開できるよう、今後の更なる技術開発が期待される。

(3)海洋の安全確保と環境保全に資する技術

 近年、地球温暖化、海洋環境劣化や乱獲等による海洋生物への様々な影響が顕在化してきており、海洋生態系の保全や海洋生物資源の持続可能な利用の実現が重要な課題となっている。このため、文部科学省は、「海洋資源利用促進技術開発プログラム」のうち「海洋生物資源確保技術高度化」において、海洋生物の生理機能を解明し、革新的な生産につなげる研究開発や生態系を総合的に解明する研究開発を行うとともに、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業において、海洋生物の観測・モニタリング技術の研究開発等を行っている(第3章第3節2参照)。
 海上・港湾・航空技術研究所は、海洋資源・エネルギー開発に係る基盤的技術の基礎となる海洋構造物の安全性評価手法及び環境負荷軽減手法の開発・高度化に関する研究を行っている。
 海上保安庁は、海上交通の安全確保及び運航効率の向上のため、船舶の動静情報等を収集するとともに、これらのビッグデータを解析することにより海上における船舶交通流を予測し、船舶にフィードバックするシステムの開発を行っている。

《参考》JAMSTECニュースハイライト2018
 https://www.youtube.com/watch?v=4PmS1MotXXM(出典:jamstecchannel)

2 宇宙分野の研究開発の推進

 気象衛星、通信・測位・放送衛星などの宇宙関係技術は、国民の日々の生活に不可欠な存在であり、また、人類の知的資産を拡大し、国民に夢と希望を与える重要なものである。我が国の宇宙開発利用は、「宇宙基本法」(平成20年法律第43号)や「宇宙基本計画」(平成28年4月1日閣議決定)によって国家戦略として総合的かつ計画的に推進されている(第2‐3‐18表)。

 第2‐3‐18表/宇宙基本計画工程表(平成30年度改訂)のポイント

(1)宇宙輸送システム

 宇宙輸送システムは、人工衛星等の打上げを担う技術であることから宇宙利用の第一歩であり、希望する時期や軌道に人工衛星を打ち上げる能力は自立性確保の観点から不可欠な技術基盤と言える。我が国は、自立的に宇宙活動を行う能力を維持・発展させるとともに、国際競争力を確保するため、令和2年度の初号機打上げに向け、平成26年度からH3ロケットの開発に本格着手し、各種燃焼試験等を実施している。また、イプシロンロケットについて、低コスト化のためのH3ロケットとのシナジー開発に平成29年度から着手した。
 さらに、我が国の基幹ロケットである、H‐ⅡAロケット、H‐ⅡBロケット及びイプシロンロケットにより、平成30年6月に情報収集衛星レーダ6号機、同年9月に宇宙ステーション補給機「こうのとり」7号機、同年10月に「いぶき2号」、平成31年1月に革新的衛星技術実証1号機の打上げに成功した。

 H‐ⅡAロケット40号機(左)及びイプシロンロケット4号機(右)の打上げ
 H‐ⅡAロケット40号機(左)及びイプシロンロケット4号機(右)の打上げ
 提供:宇宙航空研究開発機構/三菱重工業株式会社(左) 宇宙航空研究開発機構(右)

(2)衛星測位システム

 衛星測位システムについては、総務省、文部科学省、経済産業省及び国土交通省等が連携し、山間地やビル影等に影響されずに高精度測位等を行うことが可能な準天頂衛星初号機「みちびき」による実証実験等を行っている。内閣府は、準天頂衛星システム「みちびき」について、平成30年11月1日に4機体制による高精度測位サービスを開始するとともに、2023年度(令和5年度)を目途に確立する7機体制と機能・性能向上に向け、衛星システムの仕様を決定し、5号機の開発に着手した。また、「みちびき」の利用拡大に向けて関係府省が連携し、自動車や農業機械の自動走行や物流や防災分野など様々な実証実験を進めている。

 準天頂衛星システム「みちびき」サービス開始記念式典(平成30年11月1日)
 準天頂衛星システム「みちびき」サービス開始記念式典(平成30年11月1日)
 提供:内閣府

(3)衛星通信・放送システム

 2020年代に国際競争力をもつ次世代静止通信衛星を実現する観点から、宇宙基本計画において「新たな技術試験衛星を平成33年度をめどに打ち上げることを目指す。」と明記されている。このことを踏まえ、総務省と文部科学省が連携し、電気推進技術や大電力発電、フレキシブルペイロード技術等の技術実証のため、平成28年度から技術試験衛星9号機の開発を行っている。

(4)衛星地球観測システム

 環境省は、「いぶき」を平成20年度に、「いぶき2号」を平成30年度にそれぞれ打ち上げ、全球の温室効果ガス濃度を長期的に観測することによって気候変動対策を推進している。
 宇宙航空研究開発機構が平成24年5月に打ち上げた「しずく」や平成26年2月にNASAとの国際協力プロジェクトとして打ち上げたGPM主衛星のデータは気象庁において利用され、降水予測精度向上に貢献するなど、気象予報や漁場把握等の幅広い分野で活用されている(第3章第3節1(1)参照)。
 平成29年12月に打上げに成功した「しきさい」の運用も行っている。このほかにも、「だいち2号」が平成26年5月に打ち上げられ、様々な災害の監視や被災状況の把握、森林や極域の氷の観測等を通じ、防災・災害対策や地球温暖化対策などの地球規模課題の解決に貢献している。
 文部科学省及び宇宙航空研究開発機構は、地上からスペースデブリ(宇宙ゴミ)等の状況を把握することにより我が国の人工衛星の安定的運用に貢献する宇宙状況把握システムの構築や高感度な赤外線センサの人工衛星への搭載技術の研究に防衛省と共同で取り組むとともに、広域かつ高分解能な撮像が可能な先進光学衛星(ALOS‐3)や先進レーダ衛星(ALOS‐4)、衛星間光通信を実証する光データ中継衛星の開発等にも取り組んでいる。
 気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM‐C)
 気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM‐C)
 提供:宇宙航空研究開発機構

(5)宇宙科学・探査

 宇宙科学の分野においては、宇宙航空研究開発機構が中心となり、世界初のX線の撮像と分光を同時に行う人工衛星の開発・運用や、小惑星探査機「はやぶさ」による小惑星「イトカワ」からの試料回収など、X線・赤外線天文観測や月・惑星探査などの分野で世界トップレベルの業績を上げている。平成28年12月に打ち上げたジオスペース探査衛星「あらせ」は、地球周辺の宇宙空間ジオスペースにおいてプラズマの観測を行い、オーロラ発生の物理プロセスの同定に成功するなど、宇宙嵐などの太陽活動と地球の相互作用や宇宙環境の理解の深化に貢献した。平成26年12月に打ち上げた「はやぶさ2」は、平成30年に小惑星「リュウグウ」へ到着し、平成30年9月には世界初となる探査ローバの小惑星探査活動に成功した。今後、令和元年に小惑星の試料を回収し、令和2年末に地球への帰還を予定している。
 また、平成27年12月に金星周回軌道へ投入された金星探査機「あかつき」は、金星大気メカニズムの解明につながる成果を上げた。このほか、我が国初となる月への無人着陸を目指す小型月着陸実証機(SLIM(※66))やX線分光撮像衛星(XRISM(※67))(共に2021年度打上げ予定)、欧州宇宙機関との国際協力による水星探査計画(BepiColombo)の水星磁気圏探査機(みお)(平成30年10月打上げ)の開発など、国際的な地位の確立や人類のフロンティア拡大に資する宇宙科学分野の研究開発を推進している。

 ジオスペース探査衛星「あらせ」
 ジオスペース探査衛星「あらせ」
 提供:宇宙航空研究開発機構


  • ※66 Smart Lander for Investigating Moon
  • ※67 X‐Ray Imaging and Spectroscopy Mission

コラム2‐7 「はやぶさ2」~世界に示した日本の宇宙科学・探査技術

 2010年(平成22年)6月13日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発した小惑星探査機「はやぶさ」が約7年かけて小惑星「イトカワ」と地球間の往復約60億kmを航行し、世界で初めて、小惑星からのサンプルを地球に持ち帰ること(サンプルリターン)に成功した。この「はやぶさ」は、設計から打上げ、調査まで日本独自の技術によって実現したプロジェクトである。特に初めて実用化された電気推進エンジン(イオンエンジン)は、推進力は小さいものの、非常に燃費が良く長時間加速の継続を可能とし、革新的技術の実証となった。
 2014年(平成26年)12月3日、「はやぶさ」で培われた技術と経験を継承した小惑星探査機「はやぶさ2」が、地球から約3億km離れた小惑星「リュウグウ」を目指し打ち上げられた。太陽系初期の惑星の姿に近いとされる「リュウグウ」のサンプルを解析することで、地球の成り立ちや太陽系の起源を解明するのが目的である。初代からの改良が加えられ、様々な最新技術を搭載した「はやぶさ2」は、2018年(平成30年)6月27日に約32億kmの航行を経て、目的地の「リュウグウ」へ無事に到着した。同年9月には、JAXAや会津大学等が開発した小型探査ロボット「ミネルバ21」を「リュウグウ」に投下し、世界初となる小惑星探査活動に成功した。同年10月にはドイツ・フランスが共同開発した小型着陸機「マスコット」を投下し、国際協力ミッションに貢献した。

 小惑星「リュウグウ」(直径約900m)
 小惑星「リュウグウ」(直径約900m)
 (提供:宇宙航空研究開発機構等)

 2019年(平成31年)2月22日、「はやぶさ2」は「リュウグウ」への着陸とサンプル採取(タッチダウン)に成功した。大きな岩塊で覆われた「リュウグウ」へのタッチダウンは、難しい挑戦だった。タッチダウンに向け、「はやぶさ2」は「リュウグウ」の地形を詳しく調査し、機体を傷つけずに安全にタッチダウンできる地点を探した。当初の予定を後ろ倒しして慎重に選定した目標地点は、半径わずか3mほどの場所だった。初代「はやぶさ」では、タッチダウンの際に機体がバランスを崩して損傷し、サンプルを十分に採取できなかった。「はやぶさ2」ではその経験を生かして何度もシミュレーションを行い、目標地点からわずか誤差1mの地点へタッチダウン、岩石を採取した。地球から遠く離れた探査機を決められた地点に正確に誘導する高度な技術は、世界からも称賛された。

 衝突装置によって形成されたクレーターにタッチダウンする想像図
 衝突装置によって形成されたクレーターにタッチダウンする想像図
 (イラスト:池下章裕氏)

 2019年度には、世界初となる小惑星に人工クレーターを形成し、人工クレーター内部のサンプルを採取する試みが計画されている。地球への帰還は、東京オリンピック・パラリンピック終了後の2020年末の予定だ。「はやぶさ2」の次には火星衛星の起源や火星圏の進化を明らかにする火星衛星探査計画「MMX」などの計画が控えており、日本の技術が宇宙科学の新たな成果をもたらすことが期待される。

 タッチダウン直後に撮影した「リュウグウ」表面
 タッチダウン直後に撮影した「リュウグウ」表面
 (提供:宇宙航空研究開発機構等)

《参考》「はやぶさ2」搭載小型モニタカメラ撮影映像
 https://www.youtube.com/watch?v=-3hO58HFa1M(出典:JAXAChannel)

(6)有人宇宙活動

 国際宇宙ステーション(ISS)計画(※68)は、日本・米国・欧州・カナダ・ロシアの5極(15か国)共同の国際協力プロジェクトである。我が国は、「きぼう」日本実験棟及び宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV)の開発・運用や日本人宇宙飛行士のISS長期滞在により本計画に参加しており、これまでに、有人・無人宇宙技術の獲得、国際プレゼンス(国際的地位)の確立、宇宙産業の振興、宇宙環境利用による社会的利益(創薬につながる高品質タンパク質結晶の生成、医学的知見の獲得、次世代半導体の開発に資する材料創製、超小型衛星放出等)及び青少年育成等の多様な成果を上げてきている。2017年(平成29年)12月から翌年6月まで、金井宣茂(かないのりしげ)宇宙飛行士がISSに長期滞在し、「きぼう」を利用した様々な科学実験やISS各施設のシステム運用、船外活動等を実施した。また、2018年(平成30年)11月には、我が国初の試みとして、大気圏再突入技術の実証やISSからの物資回収能力の獲得を目的とした小型回収カプセルの帰還に成功し、ISSから実験サンプルを回収した。なお、2015年(平成27年)12月に、新たな日米協力の枠組みに係る合意文書を取り交わし、2024年(令和6年)までの我が国のISS運用延長への参加が決定している。今後の取組としては、将来の宇宙探査も念頭に置いた新たな宇宙ステーション補給機(HTV‐X)の打上げを目指して開発を進めている。

 金井宣茂(かないのりしげ)宇宙飛行士
 金井宣茂(かないのりしげ)宇宙飛行士
 提供:宇宙航空研究開発機構/米国航空宇宙局


  • ※68 日本・米国・欧州・カナダ・ロシアの政府間協定に基づき地球周回低軌道(約400km)上に有人宇宙ステーションを建設、運用、利用する国際協力プロジェクト

コラム2‐8 国際宇宙ステーションからの小型回収カプセルの帰還成功

 2018年(平成30年)11月11日、国際宇宙ステーション(ISS)日本実験棟「きぼう」におけるタンパク質結晶化実験で得られたサンプル等を搭載した小型回収カプセルがISSから帰還し、南鳥島近海の太平洋に着水した。この小型回収カプセルは、我が国初の試みとして、大気圏再突入技術の実証やISSからの物資回収能力の獲得を目的に宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発したものである。宇宙ステーション補給機「こうのとり」7号機に搭載され、同年9月23日に打ち上げられていた。

 小型回収カプセルの運用概要図
 小型回収カプセルの運用概要図

 ISSで生成したタンパク質結晶の品質を維持したまま地球に回収するため、小型回収カプセルの内部は、断熱容器と保冷剤によって3.5日以上(ISS出発~大気圏再突入~着水~回収)を4±2℃に保つことが求められる。断熱容器等の開発には民間企業が参画し、家庭用魔法瓶に使用されている技術等が活用された。帰還後に、カプセル内部の温度データを確認した結果、計画通り、約5.5日間、4℃付近で0.4℃の範囲で制御できていた。格納されていたタンパク質結晶にも損傷は見られず、現在、SPring‐8等によって解析・評価が進められている。

 小型回収カプセルの大気圏再突入(イメージ)
 小型回収カプセルの大気圏再突入(イメージ)

 今回の小型回収カプセルで実証した「大気圏再突入技術」には、機体を揚力飛行させて低加速度(4G以下)で目標地点に誘導する「揚力誘導制御技術」や大気圏再突入時の高温環境(約2000℃)から機体を防護する「軽量熱防護技術」等があり、これらは有人宇宙船に必要となる多くの技術の一つである。
 新たな挑戦により我が国にとっての未踏技術を獲得したことに加えて、他国に頼らないISSからのサンプル回収手段を獲得した意義は大きく、日本の宇宙利用における競争力向上への寄与も期待される。

 回収された小型回収カプセル
 回収された小型回収カプセル

 《参考》技術者たちの思い(「こうのとり」7号機と小型回収カプセル、そして未来のプロジェクトへ)
 https://www.youtube.com/watch?v=6WFJFjXGhX8
 (出典:JAXAChannel)

 提供:宇宙航空研究開発機構

(7)国際宇宙探査

 様々な国で月面や火星の探査ミッションが多く計画されるなど関心が高まってきており、米国も2017年、月近傍に有人拠点(Gateway)を構築する構想を発表し、各国に参画を呼びかけている。我が国は無人月面着陸機「SLIM」の2021年度打上げを計画するとともに、JAXAとインド宇宙機関(ISRO(※69))との間で共同月着陸探査ミッションの実現性について検討を進めている。またGatewayは、通信やサンプル回収等の中継拠点として月面探査をより効率的・効果的に進めることが期待されるものであり、我が国としても、参加に向けて、独自性を打ち出しつつ国際調整や具体的な技術検討を進めている。


  • ※69 Indian Space Research Organisation

(8)宇宙の利用を促進するための取組

 文部科学省は、人工衛星に係る潜在的なユーザーや利用形態の開拓など、宇宙利用の裾野の拡大を目的とした「宇宙航空科学技術推進委託費」により産学官の英知を幅広く活用する仕組みを構築した。これにより、宇宙航空分野の人材育成及び防災、環境等の分野における実用化を見据えた宇宙利用技術の研究開発等を引き続き行っている。
 経済産業省は、大型衛星に劣らない機能、低コストや短納期を実現する高性能小型衛星の研究開発を進めており、平成30年1月に高性能小型レーダ衛星(ASNARO‐2)の打上げを行った。また、国際競争力のある宇宙用機器の研究開発、衛星を活用したリモートセンシング(遠隔探知)技術を用いた鉱物資源探査等に資するセンサの開発も進めている。加えて、ビッグデータ化する宇宙データの利用拡大の観点から、政府衛星データをオープン&フリー化するとともに、ユーザにとって使いやすい衛星データプラットフォームの整備なども進めている。

コラム2‐9 宇宙から大地へ~準天頂衛星や農業だけじゃない、地上に生かされる宇宙技術~

 宇宙は、以前と比べ、とても身近な存在となっている。気象衛星、衛星放送や正確な位置を図るGPSなど、普段格別に意識することなく、我々の生活は宇宙の技術によって支えられている。宇宙技術の代表例としては、ロケットの打上げや人工衛星が挙げられやすいが、例えば、平成21年に完成し、今年で10年を迎えるISS「きぼう」実験棟なども、創薬等を中心に様々な宇宙実験の研究成果をもたらしてきた。このように、今後は、「宇宙に行くこと」や「地球を観測すること」のみならず、「宇宙を使う」、「宇宙で試す」という観点が重要になってくる。

 革新的衛星技術実証1号機
 革新的衛星技術実証1号機
 提供:宇宙航空研究開発機構

 文部科学省は、宇宙利用の裾野を広げる可能性を秘めた活動を行っている大学や民間企業等に対して、宇宙空間における実証の機会を提供しており、平成31年1月には大学や企業から実証テーマを公募した「革新的衛星技術実証1号機」を打ち上げた。実証機の多くは、今後の人工衛星等の革新に貢献する技術を実証するものであるが、例えば、日本電気株式会社(NEC)は、小型で電力消費量が低く、放射線の影響も受けにくい画期的なFPGA(field‐programmable gate array)を宇宙空間で実証しようとしている。FPGAは、機能の組替えが可能な集積回路であり、NECでは、放射線に弱い半導体の代わりに金属原子を動かすことで回路をスイッチングする「ナノブリッジ」を採用した。同社は、今回の実証によりナノブリッジFPGAの信頼性を評価することにより、人工衛星等の宇宙機のみならず自動車や医療分野など、より高い信頼性が求められる分野への応用展開も視野に入れながら、実証に取り組んでいる。

 NECが開発したFPGA
 NECが開発したFPGA
 提供:NEC

 文部科学省及び宇宙航空研究開発機構は、これまでの宇宙開発・利用にとどまらず、非宇宙分野も含めた新たな発想を取り込み新事業創出等を目指すJ‐SPARC事業を平成30年度から開始した。宇宙の利活用の可能性は、宇宙空間のように無限に広がっており、今後も我々の身近な生活の向上等にも資する宇宙技術に挑戦していくこととしている。

 メモリを原子スイッチに置き換えた「ナノブリッジ」の模式図
 メモリを原子スイッチに置き換えた「ナノブリッジ」の模式図
 提供:NEC

 第2‐3‐19表/国家戦略上重要なフロンティアの開拓のための主な施策(平成30年度)

コラム2‐10 ブラックホールの撮影に成功

 2019年4月10日、日米欧などの研究者から構成される国際共同研究プロジェクト(イベント・ホライズン・テレスコープ)のグループが、史上初めて、ブラックホール(※1)の撮影に成功したと発表した。

 M87銀河の中心にある巨大ブラックホールを撮影した画像。中心の黒い部分がブラッホールの影。
 M87銀河の中心にある巨大ブラックホールを撮影した画像。中心の黒い部分がブラッホールの影。
 提供:イベント・ホライズン・テレスコープ

 プロジェクトでは、2017年4月に世界6か所8つの電波望遠鏡で、同時に、地球から5500万光年離れた、おとめ座の銀河M87の中心にある巨大ブラックホールの観測を行い、観測データ分析・画像解析の上、その存在を初めて画像化することに成功した。
 世界の8つの電波望遠鏡を同期させ、つなぎ合わせることで、地球サイズの電波望遠鏡を構成し、極めて高い解像度が実現された。日米欧が国際共同で運用する、南米チリのアタカマ高地(標高5000m)に設置された「アルマ望遠鏡」も観測に参画し、精度の向上に貢献した。
 また、全世界200名超で構成される研究者のうち、日本からも22名(※2)の研究者等が参加し、観測やスーパーコンピュータ「京(けい)」の後継機のためのアプリケーション開発で作成されたコードを活用した理論・シミュレーション、画像解析等で貢献した。
 今回と同時期に観測された天体についても、解析が行われており、宇宙の謎の解明へとつながる更なる成果が期待されている。

  • ※1 ブラックホール:強い重力により、近くの物質などを飲み込み、光さえ脱出できない暗黒の天体
  • ※2 海外機関所属の研究者等を含む

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科学技術・学術政策局企画評価課

(科学技術・学術政策局企画評価課)

-- 登録:令和元年07月 --