第3章 経済・社会的課題への対応

 第5期基本計画において、目指すべき課題として掲げた「持続的な成長と地域社会の自律的な発展」、「国及び国民の安全・安心の確保と豊かで質の高い生活の実現」及び「地球規模課題への対応と世界の発展への貢献」を実現していくために、科学技術イノベーションを総動員し戦略的に課題の解決に取り組んでいくこととしている。
 また、東日本大震災をはじめ、各地の災害からの復興状況等に鑑み、国、地方自治体等が一体となり、新技術や被災地の新産業につながる科学技術イノベーションの取組を進めることとしている。

第1節 持続的な成長と地域社会の自律的な発展

 我が国の持続的な成長のためには、現在、そして将来の我が国が直面する社会コストの増大に適切な対応を図っていくことが必要であり、資源の安定的な確保、超高齢化等に対応した持続可能な社会の実現、安全・安心の確保と質の高い生活の実現に向けた科学技術イノベーションの取組を進めている。

1 エネルギー、資源、食料の安定的な確保

(1)エネルギーの安定的な確保とエネルギー利用の効率化

ア クリーンなエネルギー供給の安定化と低コスト化

(ア)太陽光発電システムに係る発電技術
 経済産業省は、ペロブスカイト太陽電池(※1)等の革新的新構造太陽電池実用化へ向けた要素技術開発、太陽光発電システム全体の効率向上を図るための周辺機器高機能化や維持管理技術の開発、低コストリサイクル技術の開発を行っている。
 科学技術振興機構は、太陽電池及び太陽エネルギー利用システム等の技術領域を設定し、温室効果ガス削減に大きな可能性を有し、かつ従来技術の延長線上にない革新的技術の研究開発を競争的環境下で推進している。平成29年度からは、シリコン太陽電池で変換効率35%以上を目指す技術開発等を開始している。

(イ)浮体式洋上風力発電システムに係る発電技術
 経済産業省は、浮体式洋上風力発電システムの事業化を見据え、福島沖において、世界に先駆けた複数基による本格的な実証事業を行っている。
 環境省は、我が国最初となる2MW浮体式洋上風力発電の設置・運転を行う実証事業を行い、民間による浮体式洋上風力発電事業を促進するため、海域動物や海底地質等を正確かつ効率的に調査・把握する手法及び浮体式洋上風力発電の海域設置等の施工に伴い発生するコストや二酸化炭素排出量を低減する手法の開発・実証を進めている。

(ウ)地熱・波力・海洋温度差発電等、その他再生可能エネルギーシステムに係る発電技術等
 経済産業省は、地熱発電について、高い開発コストやリスク等の課題を解決するため、地下の地熱資源をより正確に把握することを可能にする技術開発や、地熱資源に用いる井戸を短期間かつ低コストに掘削するための技術開発を行っている。さらに、安定的な電力供給に必要となる地熱資源の管理・評価技術や、還元井配管におけるシリカスケールの析出防止技術等に関する開発も行っている。
 環境省は、地熱発電について、環境負荷の低い、ノンフロン系媒体(アンモニア)を用いた温泉熱利用効率と安全性の高い発電システムの開発・実証等を実施した。
 国土交通省は、波力、海流等の海洋エネルギーの利活用の促進に向けて、平成28年度までに浮体式の発電施設の安全ガイドラインを策定した。一般財団法人日本海事協会は、平成29年8月に世界で初めてとなる実証実験が行われた浮体式海流発電施設に対し、同ガイドラインも活用しての安全性・環境性の認証を行った。

(エ)高効率火力発電システム及び石炭利用技術の開発
 経済産業省は、石炭ガス化燃料電池複合発電(IGFC)の実証事業や要素技術開発(大容量燃料電池の開発等)、高効率ガスタービン技術の開発・実証事業等、石炭・LNG火力における新たな高効率発電技術の開発を実施している。また、火力発電から発生する二酸化炭素の効率的な分離回収・有効利用(CCU)技術等の開発を行っている。

(オ)その他技術開発
 経済産業省は、国内製油所の国際競争力の強化に向けて、コストの安い原油等から高付加価値製品の生産(石油のノーブル・ユース)や精製設備の稼働安定化(稼働信頼性の向上)を図るため、分子レベルでの構造解析や反応モデリング等を行うペトロリオミクス技術を活用して、非在来型原油や精製プロセスで生じる残油から石油製品や石油化学原料を無駄なく抽出する革新的な石油精製技術の開発等を進めている。

(カ)原子力に関する研究開発等

1)原子力利用に係る安全性・核セキュリティ向上技術
 経済産業省は、「原子力の安全性向上に資する技術開発事業」により、東京電力株式会社(以下、「東電」という。)福島第一原子力発電所の事故で得られた教訓を踏まえ、原子力発電所の包括的なリスク評価手法の高度化等、更なる安全対策高度化に資する技術開発及び基盤整備を行っている。
 また我が国は、国際原子力機関(IAEA)、米国等と協力し、核不拡散及び核セキュリティに関する技術開発や人材養成における国際協力を先導している。日本原子力研究開発機構は「核不拡散・核セキュリティ総合支援センター」を設立し、核不拡散及び核セキュリティに関する研修等を行うとともに、IAEAとの核セキュリティ分野における人材育成に係る取決めに基づき、研修カリキュラムの共同開発、講師の相互派遣、人材育成に関する情報交換等を行っている。また、高レベル放射性溶液のプルトニウム量を連続的に測定する技術開発や核共鳴蛍光による核燃料物質の非破壊検知の技術開発、不法な核物質の起源が特定可能な核鑑識の技術開発を日米共同で行っている。

2)核燃料サイクル技術
 「エネルギー基本計画」(平成26年4月閣議決定)においては、「使用済燃料の処分に関する課題を解決し、将来世代のリスクや負担を軽減するためにも、高レベル放射性廃棄物の減容化・有害度低減や、資源の有効利用等に資する核燃料サイクルについて、これまでの経緯等も十分に考慮し、引き続き関係自治体や国際社会の理解を得つつ取り組むこととし、再処理やプルサーマル等を推進する」こととしており、また、「米国や仏国等と国際協力を進めつつ、高速炉等の研究開発に取り組む」方針としている。
 高速増殖原型炉「もんじゅ」については、平成27年11月に原子力規制委員会から文部科学大臣に対し、日本原子力研究開発機構に代わる「もんじゅ」の出力運転を安全に行う能力を有する者を特定するよう求める勧告が発出されたこと踏まえ、文部科学省として「『もんじゅ』の在り方に関する検討会」を平成27年12月に開催し、「もんじゅ」に係る問題の検証・総括を行った上で、「もんじゅ」の運営主体が備えるべき要件を抽出すべく検討・議論を行い、その結果を平成28年5月に報告書として取りまとめた。
 一方、我が国の高速炉開発を取り巻く環境について、近年、大きな情勢の変化があったことを踏まえ、平成28年9月に開催された第5回原子力関係閣僚会議において、「今後の高速炉開発の進め方について」が決定され、その中で「もんじゅ」については、「廃炉を含め抜本的な見直しを行うこととし、その取り扱いに関する政府方針を、高速炉開発の方針と併せて、本年中に原子力関係閣僚会議で決定する」こととされた。
 この決定を踏まえ、平成28年12月に開催された原子力関係閣僚会議において、「高速炉開発の方針」が決定され、将来の高速炉の実現に向け、戦略の策定、体制の整備等を一体的に進めることとされた。また、「もんじゅ」については、新規制基準対応に伴う時間的・経済的コストの増大や新たな運営主体の特定に関する不確実性が明らかになり、「高速炉開発の方針」において、「もんじゅ」の運転再開で得られる知見は、新たな方策によって獲得を図るとの方針が示されたこと等を踏まえ、原子炉としての運転は再開せず、今後、廃止措置に移行し、あわせて将来の高速炉開発における新たな役割を担うよう位置付けることとする「『もんじゅ』の取扱いに関する政府方針」が決定された。同方針においては、「もんじゅ」について、その保全実施体制や人材育成、関係者の責任関係など「マネジメント」に様々な問題があったとする一方で、これまで、設計、建設、40%出力までの運転を通じて、高速炉開発に関する様々な技術的成果を獲得し、研究人材の育成にも貢献するなど、今後の実証炉の開発に貢献する成果も挙げたとされた。また「『もんじゅ』の廃止措置を安全かつ着実に進めるため、新たな『もんじゅ』廃止措置体制を構築することとし、1.政府一体となった指導・監督、2.第三者による技術的評価等を受け、3.国内外の英知を結集した体制を整えた上で、日本原子力研究開発機構が安全かつ着実に廃止措置を実施する」こととされている。この方針の決定以降、政府より様々なレベルで地元自治体への説明を行い、「もんじゅ」の廃止措置体制について理解を得、平成29年5月に内閣官房副長官をチーム長、文部科学副大臣及び経済産業副大臣を副チーム長とする「『もんじゅ』廃止措置推進チーム」等を立ち上げた。同年6月には、「もんじゅ関連協議会」を開催し、「もんじゅ」の廃止措置に関する政府の基本方針や、原子力機構の基本的な計画の案等について、地元自治体に対して説明を行った。その上で、「『もんじゅ』廃止措置推進チーム」を開催し、「『もんじゅ』の廃止措置に関する基本方針」を決定し、「『もんじゅ』の廃止措置に関する基本的な計画」を了承した。同年11月には、「もんじゅ関連協議会」を開催し、「もんじゅ」の廃止措置に係る工程及び実施体制の説明及び地域振興策等についての話し合いを行い、「もんじゅ」の廃止措置を進めていくことについて地元の理解が得られた。これらを踏まえ、同年12月に原子力機構は、原子力規制委員会に対して「高速増殖原型炉もんじゅ原子炉施設廃止措置計画認可申請書」を提出し、平成30年3月に認可された。廃止措置に向けて、文部科学省及び原子力機構では地域住民との意見交換会や説明会を実施しており、今後とも「もんじゅ」の廃止措置を、地元の声にしっかりと向き合いながら、安全、着実かつ計画的に進めていく。

3)廃炉等に伴って生じる放射性廃棄物の処理処分技術
 日本原子力研究開発機構は、「埋設処分業務の実施に関する基本方針」(平成20年12月文部科学大臣及び経済産業大臣決定)、「埋設処分業務の実施に関する計画」(平成21年11月認可、平成30年3月変更認可)に従って、研究施設等廃棄物の処分に向けた取組を進めている。
 また、重要な政策課題である高レベル放射性廃棄物の大幅な減容や有害度の低減に資する研究開発として、加速器を用いた核変換技術や群分離技術に係る基礎・基盤研究を進めている。

 埋設施設のイメージ
 埋設施設のイメージ
 提供:日本原子力研究開発機構

4)東電福島第一原子力発電所の廃止措置技術等の開発
 経済産業省、文部科学省及び関係省庁等は、東電福島第一原子力発電所の廃止措置等に向けて、「東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所の廃止措置等に向けた中長期ロードマップ」(平成29年9月26日改訂)に基づき、連携・協力しながら、対策を講じている。対策のうち、燃料デブリの取り出し技術の開発や原子炉格納容器内部の調査技術の開発等の技術的難易度が高く国が前面に立って取り組む必要がある研究開発については、事業者を支援している。
 また、廃炉に関する技術基盤を確立するための拠点整備も進めており、遠隔操作機器・装置の開発・実証施設(モックアップ施設)として「楢葉遠隔技術開発センター」(福島県双葉郡楢葉町)が、平成28年4月より本格運用を開始している。加えて、燃料デブリや放射性廃棄物などの分析手法、性状把握、処理・処分技術の開発等を行う「大熊分析・研究センター」(福島県双葉郡大熊町)が平成30年3月に運用を開始した。
 文部科学省は、「東京電力株式会社福島第一原子力発電所の廃止措置等研究開発の加速プラン」(以下「加速プラン」という。)に基づき、国内外の英知を結集し、安全かつ着実に廃止措置等を実施するための研究開発と人材育成を加速するため、平成27年4月に日本原子力研究開発機構に「廃炉国際共同研究センター」を設立し、平成29年4月には、国内外の英知を結集する場として、福島県富岡町に同センターの「国際共同研究棟」が開所した。
 さらに、加速プランを踏まえ、平成30年度からは、平成27年度から開始した「英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業」の運用体制を文部科学省の委託事業から、同機構を対象とする補助金事業に移行し、同センターを中核に大学等との連携を強化した体制を構築することにより、廃炉現場のニーズを一層踏まえた研究開発及び人材育成の取組を推進している。

 廃炉国際共同研究センター国際共同研究棟
 廃炉国際共同研究センター国際共同研究棟
 提供:日本原子力研究開発機構

5)原子力人材の育成・確保
 原子力人材の育成・確保は、原子力分野の基盤を支え、より高度な安全性を追求し、原子力施設の安全確保や古い原子力発電所の廃炉を円滑に進めていく上で重要である。
 文部科学省は、英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業の「廃止措置研究・人材育成等強化プログラム」において、廃炉国際共同研究センター等と連携し、廃止措置現場のニーズを踏まえたより実効的な基礎的・基盤的研究と人材育成の取組を推進している。また、「国際原子力人材育成イニシアティブ」により、産学官の関係機関が連携し、人材育成資源を有効に活用することによる効果的・効率的・戦略的な人材育成の取組を支援している。さらに、原子力人材育成に関する現状と課題を踏まえた今後の原子力人材育成に係る政策の在り方について調査・検討を行うため、科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 原子力科学技術委員会の下に設置した原子力人材育成作業部会では、大学における専門的な人材育成の在り方や原子力人材育成に必要となる研究施設の在り方等について、経済産業省とも連携・協力の上、大学や研究機関等の有識者による議論を進めている。
 経済産業省は、「原子力の安全性向上を担う人材の育成事業委託費」により、東電福島第一原子力発電所の廃止措置や既存原子力発電所の安全確保等のため、原子力施設のメンテナンス等を行う現場技術者や、産業界等における原子力安全に関する人材の育成を支援している。

6)原子力基礎・基盤研究開発
 文部科学省は、基礎的・基盤的研究の充実・強化を図るため、「英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業」により、政策ニーズを明確にした戦略的なプログラムを設定し、競争的環境の下に大学等における研究を推進している。また、原子力施設の新規制基準への対応や高経年化等の状況変化を踏まえ、科学技術・学術審議会 研究計画・評価分科会 原子力科学技術委員会の下に設置した原子力研究開発基盤作業部会において、国として持つべき原子力研究開発機能と、その維持に必須な施設及びその運営の在り方等について平成30年3月に議論の整理として中間報告書をとりまとめた。
 日本原子力研究開発機構は、核工学・炉工学、燃料・材料工学、原子力化学、環境・放射線科学、分離変換技術開発、計算科学技術、先端原子力科学等の基礎・基盤研究を行っている。また、発電、水素製造など多様な産業利用が見込まれ、固有の安全性を有する高温ガス炉について、安全性の高度化、原子力利用の多様化に資する研究開発等を推進した。

7)国民の理解と共生に向けた取組
 文部科学省は、立地地域をはじめとする国民の理解と共生のための取組として、立地地域の持続的発展に向けた取組に対する支援や、原子力やその他のエネルギーに関する教育への取組に対する支援などを行っている。

8)原子力国際協力
 我が国は、米国、フランスをはじめとする原子力先進国との間で、第4世代原子力システム国際フォーラム(GIF)等の活動を通じ、原子力システムの研究開発等、多岐にわたる協力を行っている。
 外務省は、IAEAによる原子力科学技術の平和的利用の促進及びIAEA加盟国の「持続的な開発目標(以下「SDGs(※2)」という。)」の達成に向けた活動を支援しており、平和的利用イニシアティブ(PUI)拠出金等によるIAEAに対する財政的支援や、専門的知見・技術を有する国内の大学、研究機関、企業とIAEAの連携強化を通じて、開発途上国の能力構築を推進するとともに、日本の優れた人材・技術の国際展開も支援している。
 文部科学省は、IAEAや経済協力開発機構原子力機関(OECD/NEA)などの国際機関の取組への貢献を通じて、原子力平和的利用と核不拡散の推進をリードするとともに、アジア原子力協力フォーラム(FNCA)の枠組みの下、アジア地域を中心とした参加国に対し、放射線利用・研究炉利用等の分野における研究開発・基盤整備等の協力を実施している。
 経済産業省は、放射性廃棄物の有害度の低減及び減容化等に資する高速炉の実証技術の確立に向けた研究開発について、日仏協力をはじめとする国際協力の枠組みを活用して進めた。

9)原子力の平和的利用に係る取組
 我が国は、IAEAとの間で1977年(昭和52年)に締結した日・IAEA保障措置協定及び1999年(平成11年)に締結した同協定の追加議定書に基づき、核物質が平和目的に限り利用され、核兵器などに転用されていないことをIAEAが確認する「保障措置」を受け入れている。これを受け、我が国は「核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(原子炉等規制法)」(昭和32年法律第166号)に基づき、国内の核物質を計量及び管理し、国としてIAEAに申告、IAEAの査察を受け入れるなどの所要の措置を講じている。
 IAEAの我が国に対する保障措置実施報告では、全ての核物質が平和的活動にとどまっている旨の結論(拡大結論)を2016年(平成28年)についても受けた。これにより2003年(平成15年)の実施結果以降、継続して拡大結論が導出されている。

10)超長期的なエネルギー技術の研究開発
 核融合エネルギーは、燃料資源が豊富であること、発電過程で温室効果ガスを発生しないこと、少量の燃料から大規模な発電が可能であることから、エネルギー問題と環境問題を根本的に解決する将来の基幹的エネルギー源として期待されている。核融合エネルギーの実現に向け、国内では、トカマク方式(量子科学技術研究開発機構、高性能核融合実験装置JT‐60SA(※3))、ヘリカル方式(核融合科学研究所、大型ヘリカル装置LHD)、レーザー方式(大阪大学レーザー科学研究所激光12号)の3方式による研究を進め、世界を先導する成果を上げている。
 また、我が国は、国際約束に基づき、核融合実験炉の建設・運転を通じて核融合エネルギーの科学的・技術的実現可能性を実証するITER(イーター:国際熱核融合実験炉)計画(※4)に参加するとともに日欧協力によりITER計画を補完・支援する先進的核融合研究開発である幅広いアプローチ(BA)活動を青森県六ヶ所村及び茨城県那珂市で推進している。
 宇宙太陽光発電は昼夜・天候といった自然条件に左右されることなく発電が可能であり、安定供給が可能なクリーンエネルギーという特徴を持つことから、将来の革新的なエネルギー技術として期待されている。
 経済産業省では、宇宙太陽光発電の実現に向け、中核的な技術であるマイクロ波による無線送受電技術について、送受電部の高効率化や薄型軽量化技術の研究開発を行っている。
 宇宙航空研究開発機構では、宇宙太陽光発電の実用化を目指した要素技術の研究開発を行っている。

 国際核融合エネルギー研究センター(青森県六ヶ所村)
 国際核融合エネルギー研究センター(青森県六ヶ所村)
 提供:量子科学技術研究開発機構

 ITER(国際熱核融合実験炉)
 ITER(国際熱核融合実験炉)
 (c)ITER Organization


  • ※1 ペロブスカイトと呼ばれる結晶構造を持つ物質を使った我が国発の太陽電池。塗布や印刷などの簡易なプロセスが適用できるため、製造コストの大幅低減が期待されている。
  • ※2 Sustainable Davelopment Goals
  • ※3 臨界プラズマ試験装置JT‐60を平成20年8月に運転停止し、改修のため解体し、組立て中
  • ※4 エネルギー問題と環境問題を根本的に解決するものと期待される核融合エネルギーの実現に向け、日本・欧州・米国・ロシア・中国・韓国・インドの7極による国際約束に基づき、核融合実験炉の建設・運転を通じて、その科学的・技術的実現可能性の実証を目指すプロジェクト
イ 水素・蓄電池等の蓄エネルギー技術を活用したエネルギー利用の安定化

 内閣府は、平成26年度より、SIP「エネルギーキャリア」に取り組んでいる。本課題では、再生可能エネルギー等を起源とするCO2フリー水素のバリューチェーン構築を目指し、水素を効率的に製造・輸送・貯蔵・利用するための技術開発を実施している。
 経済産業省は、蓄電池や燃料電池に関する技術開発・実証等を実施している。具体的には、再生可能エネルギーの導入拡大に伴い必要となる、系統用の大規模蓄電池について、導入時における最適な制御・管理手法の技術開発を実施した。 また、電気自動車、プラグインハイブリッド車等、次世代自動車用の蓄電池(リチウムイオン電池及びポストリチウムイオン電池)について、性能向上とコスト低減を目指した技術開発を実施した。家庭用燃料電池をはじめとする定置用燃料電池や、燃料電池自動車に用いられる燃料電池については、低コスト化及び耐久性・効率性向上のための技術開発を行った。さらに、燃料電池自動車のさらなる普及拡大に向けて、4大都市圏を中心に、平成29年度までに約100か所の水素ステーションの整備を行った。
 また、有効に利用されずに環境中に排出される未利用熱を削減・再利用することを目的として、「未利用熱エネルギー革新的活用技術研究開発」を実施している。蓄熱、断熱・遮熱、熱電変換、ヒートポンプ技術等の要素技術の高度化・実用化及びそれらを組み合わせた熱マネジメント技術の開発に取り組み、省エネルギーや二酸化炭素排出削減を進めている。
 科学技術振興機構は、現在の蓄電池を大幅に上回る性能を備える次世代蓄電池の研究開発等の温室効果ガス削減に大きな可能性を有し、かつ従来技術の延長線上にない革新的技術の研究開発を、競争的環境下で推進している。

ウ 新規技術によるエネルギー利用効率の向上と消費の削減

 経済産業省は、電力グリッド上に散在する再生可能エネルギーや蓄電池等のエネルギー設備、ディマンドリスポンス等の需要側の取組を遠隔に統合して制御し、あたかも一つの発電所(仮想発電所:バーチャルパワープラント)のように機能させることで、電力の需給調整に活用する実証を行っている。また、工場の未利用排熱、下水熱等の再生可能エネルギー熱や太陽光発電等の再生可能エネルギー電気といった地域のエネルギーを、エネルギーマネジメントシステムを用いて、一定のエリア内で面的に利用する、地産地消型のエネルギーシステムの構築支援(事業化可能性の調査やマスタープランの策定、システム構築の支援)を実施し、再生可能エネルギーの更なる普及やエネルギーの効率的な利用を推進している。
 環境省は、公共施設等に再エネや自営線等を活用した自立・分散型エネルギーシステムを導入し、併せて省エネ改修等を行った上で、地区を超えたエネルギー需給の最適化を行うことにより、地域全体で費用対効果の高いCO2排出削減対策を実現する先進的モデルを確立するための事業を実施している。
 理化学研究所は、エネルギー利用技術の革新を可能にする全く新しい物性科学を創成し、エネルギー変換の高効率化やデバイスの消費電力の革新的低減を実現するための研究開発を実施している。
 宇宙航空研究開発機構は、航空機の低燃費・低環境負荷に係る研究開発を行っており、さらに、我が国の航空機産業を自動車産業と比肩し得る「超成長産業」とするため、当該研究開発を国際競争力向上に直結するものとして加速することとしている。具体的には、次世代・次々世代航空機開発動向を踏まえつつ、エンジンの高効率化・軽量化技術や機体の騒音低減技術等の研究開発に取り組むとともに、大型試験設備(風洞、地上エンジン運転試験設備等)の整備・維持・向上を進め、革新的な航空科学技術を創出し、それらを適切に産業界へ橋渡ししていくこととしている。
 新エネルギー・産業技術総合開発機構は、省エネルギー技術の研究開発や普及を効果的に推進するため、平成28年9月に策定した「省エネルギー技術戦略2016」に掲げる重要技術を軸に、提案公募型事業である「革新的省エネルギー技術の開発促進事業」を実施した。
 建築研究所は、住宅・建築・都市分野において環境と調和した資源・エネルギーの効率的利用のための研究開発等を行っている。

エ 革新的な材料・デバイス等の幅広い分野への適用

 文部科学省は、電力消費の大幅削減を可能とする窒化ガリウム(GaN)等を活用したパワーデバイスの実現に向け、理論・シミュレーションも活用した材料創製からデバイス化・システム応用までの次世代半導体に係る研究開発を一体的に推進している。平成29年度からは新たに革新的なレーザーデバイスの作製技術に係る研究を開始している。
 科学技術振興機構は、耐熱材料・鉄鋼リサイクル高性能材料、革新的省・創エネルギー化学プロセス等の技術領域を設定し、温室効果ガス削減に大きな可能性を有し、かつ従来技術の延長線上にない革新的技術の研究開発を、競争的環境下で推進している。平成29年度においては航空機エンジン用部材等に適用しうる高速自己治癒セラミックスの開発等に成功した。
 物質・材料研究機構では、多様なエネルギー利用を促進するネットワークシステムの構築に向け、高効率太陽電池や蓄電池の研究開発、エネルギーを有効利用するためのエネルギー変換・貯蔵用材料の研究開発、省エネルギーのための高出力半導体や高輝度発光材料等におけるブレークスルーに向けた研究開発、低環境負荷社会に資する高効率・高性能な輸送機器材料やエネルギーインフラ材料の研究開発等、エネルギーの安定的な確保とエネルギー利用の効率化に向けて、革新的な材料技術の研究開発を推進している。
 経済産業省は、二酸化炭素と水を原料に太陽エネルギーでプラスチック原料等の基幹化学品を製造する技術の開発(人工光合成プロジェクト)、金属ケイ素を経由せず、高効率に有機ケイ素原料を製造する技術の開発、非可食性バイオマス原料からエンジニアリングプラスチック等の最終化学品を製造する技術の開発、電子デバイス材料(リチウムイオン蓄電池、有機薄膜太陽電池)の性能・特性を的確かつ迅速に評価できる材料評価技術の開発、印刷技術を応用することにより従来の手法に比べて革新的に省エネ、高効率、低コストで電子デバイスを製造する技術の開発、高機能なリグノセルロースナノファイバーの一貫製造プロセスと部材化技術の開発を行っている。

(2)資源の安定的な確保と循環的な利用

ア 海底資源の探査・生産技術の研究開発

 内閣府は、平成26年度より、SIP「次世代海洋資源調査技術」に取り組んでいる。本課題では、銅、亜鉛、レアメタル等を含む、海底熱水鉱床、コバルトリッチクラスト等の海洋資源を高効率に調査する技術を世界に先駆けて確立し、海洋資源調査産業を創出することを目指している。
 文部科学省は、海洋資源の探査を行うために必要な先進的・基盤的技術の開発及び開発した技術を用いた調査研究を行っている。平成25年度から実施している「海洋資源利用促進技術開発プログラム海洋鉱物資源広域探査システム開発」において、これまで大学等が開発してきた最先端センサ技術の高度化を進め、複数センサを組み合わせた効率的な広域探査システムの開発や、新たな探査手法の開発及びその実用化に向けた実証を行うことで、民間企業等への技術移転を進めている。
 国土交通省は、今後新たな需要が見込まれる浮体式洋上天然ガス生産貯蔵積出設備(FLNG(※5))、海中設備保守用の自律型無人潜水機(AUV(※6))等に係る技術開発の支援等を行うことにより、海洋開発分野における市場拡大を図っている。
 海洋研究開発機構は、我が国周辺海域に眠る海底資源の持続的な利活用に向けて、船舶や探査機、最先端のセンサ技術等を用いて、海底資源の成因解明や、効率的な調査手法、環境影響評価法の確立に向けた調査研究を実施している。平成29年度は、無人探査機による効率的な調査により、本州近海に位置する海山において、水深1,500mから5,500mの斜面一帯に厚いコバルトリッチクラストが広がっていることを発見した。
 海上・港湾・航空技術研究所は、海洋観測・探査、海中での施工、洋上基地と海底の輸送・通信、陸上から洋上基地への輸送・誘導等に係る研究開発、海洋資源・エネルギー開発に係る基盤的技術の基礎となる海洋構造物の安全性評価手法及び環境負荷軽減手法の開発・高度化に関する研究を行っている。


  • ※5 Floating Liquefied Natural Gas
  • ※6 Autonomous Underwater Vehicle
イ レアアース・レアメタル等の省資源化・代替素材技術の研究開発

 文部科学省及び経済産業省は、次世代自動車や風力発電等に必要不可欠な原料であるレアアース・レアメタル等の希少元素の調達制約の克服や、省エネルギーを図るため、両省で連携しつつ、材料の研究開発を行っている。
 文部科学省は、我が国の資源制約を克服し、産業競争力の強化を図るため、元素の果たす機能を理論的に解明し応用することにより、レアアース・レアメタル等の希少元素を用いない全く新しい材料の創製を行う「元素戦略プロジェクト(研究拠点形成型)」を推進している。
 経済産業省は、「輸送機器の抜本的な軽量化に資する新構造材料等の技術開発事業」により、従来以上に強力かつ希少金属の使用を大幅に削減した磁性材料の開発等を行った。また、「高効率な資源循環システムを構築するためのリサイクル技術の研究開発事業」により、我が国の都市鉱山(※7)の有効利用を促進し、資源の安定供給及び省資源・省エネルギー化を実現するため、廃製品・廃部品の自動選別技術及び高効率製錬技術の開発を行った。


  • ※7 大量に廃棄される家電類等に存在する有用金属を鉱山に見立てたもの。
ウ バイオマス利活用技術の開発・実証

 経済産業省は、セルロース系エタノール製造プロセスの高効率化及び低コスト化や、食料生産と競合しない藻類等の次世代バイオ燃料を導入・拡大させることを目指した研究開発を行っている。
 そのほか、大規模なゲノム情報を基盤とした遺伝子設計・組換え技術により、従来は合成が困難であった物質の生産、有用物質生産効率の大幅な向上、物質生産におけるエネルギー消費量の飛躍的削減、環境負荷の低減及び軽量な高性能部材の開発効率を飛躍的に向上させる技術の開発を推進している。
 環境省は、火力発電におけるバイオマスの高比率混焼実現による二酸化炭素排出削減のための技術開発・実証等を行っている。
 科学技術振興機構は、化石資源から脱却した次世代の化成品合成一貫プロセスの研究開発等の温室効果ガス削減に大きな可能性を有し、かつ従来技術の延長線上にない革新的技術の研究開発を、競争的環境下で推進している。平成29年度からは、セルロースナノファイバーの表面等を精密に制御することによるフィルム・多孔質等の次世代材料創製の研究開発を開始している。
 理化学研究所は、石油化学製品として消費され続けている炭素等の資源を循環的に利活用することを目指し、植物科学、微生物科学、化学生物学、合成化学等を融合した先導的研究を実施している。また、植物バイオマスを原料とした新材料の創成を実現するための、革新的で一貫したバイオプロセスの確立に必要な研究開発を実施している。
 土木研究所は、下水道施設を核とした資源・エネルギー有効利用に関する研究を実施している。

(3) 食料の安定的な確保

 農林水産省は、食料の安定供給や農業の生産性向上等を目標に、超多収性作物、不良環境耐性作物、生涯生産性の高い牛等の作出に係る研究を行っている。加えて、食料自給率の目標達成のため、品質や加工適性等の面で画期的な特性を有する食用作物及び飼料作物の開発や、国産飼料の活用等による畜産物の差別化・高品質化技術の開発に取り組んでいる。
 また、ロボット技術や情報通信技術(ICT)を活用して、超省力・高品質生産を実現する新たな農業(スマート農業)を実現するため、平成29年度には、人工知能(AI)やIoT 等の活用による熟練農業者のノウハウの「見える化」のシステム等の構築やICTを活用した高度な生産管理、衛星測位情報を活用した農機の自動走行システム、畦(けい)畔(はん)除草や収穫作業のロボット化などの研究を実施した。また、現場実装に際して安全上の課題解決が必要なロボット技術について、安全性の検証やルール作りに取り組んだほか、農業におけるICTの利活用に向けて他省庁とも連携して農業情報の標準化に取り組んだ。また、関係府省協力の下、民間企業等や大学、国立研究開発法人が連携して、データ活用型農業を実現するための環境整備として「農業データ連携基盤」の構築に取り組んだ。
 文部科学省は、海洋生物資源の持続可能な利用の実現に向け、「海洋資源利用促進技術開発プログラム」のうち「海洋生物資源確保技術高度化」において、海洋生物の生理機能を解明し、革新的な生産につなげる研究開発を行っている。
 土木研究所は、食料供給力強化に貢献する積雪寒冷地の農業生産基盤の整備・保全管理に関する研究、食料供給力強化に貢献する寒冷海域の水産基盤の整備・保全に関する研究を実施している。

コラム2‐4 農業機械の自動化技術の開発

 我が国の農業では、担い手の減少や高齢化の進行等による労働力不足が深刻な問題となっており、ロボット技術等の活用により、農作業の省力化や生産性の飛躍的な向上を図っていくことが急務となっている。
 こうした中、農業・食品産業技術総合研究機構において、無人作業が可能な自動運転田植機が開発された(現在実証試験中)。従来はオペレータと苗補給者の2人が作業に必要だったが、オペレータ不要となるため、苗補給者1人で田植え作業を行うことができるようになる。また、自動操舵システムが搭載されており、熟練者並みの直進・旋回精度で作業を行うことが可能となる。
 このほか、有人監視下で自動走行が可能なロボットトラクターや、水田の水管理を遠隔操作で自動制御することが可能な水管理システムなどが開発されており、近い将来にも農業現場への導入が期待されている。ロボット技術等の活用により、超省力・高品質生産を可能にする新たな農業の実現が近づいている。

 無人作業中の自動運転田植機
 無人作業中の自動運転田植機
 提供:農業・食品産業技術総合研究機構

 第2‐3‐1表 エネルギー、資源、食料の安定的な確保のための主な施策(平成29年度)

2 超高齢化・人口減少社会等に対応する持続可能な社会の実現

(1)世界最先端の医療技術の実現による健康長寿社会の形成

 国民が健康な生活及び長寿を享受することのできる社会の形成に資するため、世界最高水準の医療の提供に資する医療分野の研究開発及び当該社会の形成に資する新たな産業活動の創出等を総合的かつ計画的に推進すべく、健康・医療戦略推進本部主導の下、「健康・医療戦略」(平成26年7月22日閣議決定。平成29年2月17日一部変更)及び「医療分野研究開発推進計画」(平成26年7月22日健康・医療戦略推進本部決定。平成29年2月17日一部変更)に基づく取組を進めている。
 臨床研究に対する信頼の確保を図ることを通じて、その実施を推進するため、平成30年4月に、臨床研究の実施の手続、認定臨床研究審査委員会による審査意見業務の適切な実施のための措置、臨床研究に関する資金等の提供に関する情報の公表の制度等を定めた「臨床研究法」(平成29年4月14日法律第16号)が施行された。

ア 医薬品創出

(ア)創薬研究の推進
 文部科学省は、日本医療研究開発機構を通じ、アカデミア等の優れた基礎研究の成果を革新的医薬品等としての実用化につなげるため、世界最高水準の放射光施設や化合物ライブラリー等の施設及びタンパク質生産やバイオインフォマティクス、ゲノム・エピゲノム解析等の技術支援基盤を整備し、企業や大学等に対して広く共用する「創薬等ライフサイエンス研究支援基盤事業」を実施している。
 理化学研究所では、タンパク質の生産技術、構造・機能解析技術及び計算科学を活用した構造予測等の技術等の高度化を推進している。また、生命現象の計測、計算とモデル化、そして細胞機能の再構成のための最先端技術の開発等の先導的研究を行っている。
 さらに、日本医療研究開発機構の「革新的先端研究開発支援事業」や科学技術振興機構の「戦略的創造研究推進事業」(第4章第2節1(2)参照)では、前述の事業とも連携して基盤技術の創出を目指す研究を行っている。
 厚生労働省は、日本医療研究開発機構を通じ、大学や公的研究機関等の研究者が保有する優れた創薬シーズに対し、技術支援や、バイオマーカー探索、非臨床試験、知財管理等に関する支援・基盤整備費用の負担等を介して、創薬シーズの早期実用化を図る「創薬支援推進事業」を実施している。また、日本で生み出された基礎研究の成果を薬事承認につなげ、革新的な医薬品を創出するため、科学性及び倫理性が十分に担保され得る質の高い臨床研究・医師主導治験を推進する「臨床研究・治験推進研究事業」を実施している。さらに、革新的な医薬品の開発に向けた、産学官連携による創薬標的探索・バイオマーカー探索等を行う研究や、次世代創薬シーズライブラリーの構築、創薬の基盤となる技術開発等に係る研究を推進する「創薬基盤推進研究事業」を実施している。
 経済産業省は、日本医療研究開発機構を通じ、「体液中マイクロRNA測定技術基盤開発事業」を実施し、その中で蓄積された膨大な臨床情報とバイオバンクの検体を活用して、乳がんや大腸がんなど13種類のがんや認知症の早期発見マーカーを見いだし、低侵襲で高感度な診断システム技術の実用化を目指している。

(イ)バイオ医薬品の構造・製造技術の革新
 文部科学省は、日本医療研究開発機構を通じ、我が国発の革新的な次世代バイオ医薬品創出に貢献するため、大学等における革新的基盤技術の開発を推進する「革新的バイオ医薬品創出基盤技術開発事業」を実施している。
 農林水産省は、カイコ等の地域資源を利用してバイオ医薬品・検査薬を生産する世界初の基盤技術を確立するとともに、それら産業利用を加速化するための有識者研究会を発足させ、関連する研究開発を推進している。
 経済産業省は、副作用が少なく治療効果の高い医薬品の実現を図るため、日本医療研究開発機構を通じ、国際基準に適合した次世代抗体医薬品等の製造基盤技術を確立し、革新的な創薬プロセスの開発を行っている。

イ 医療機器開発

 厚生労働省は、日本医療研究開発機構を通じて、「医療機器開発推進研究事業」を実施し、患者にとってより安全な治療の実現を図るため、医師による正確で速やかな診断をサポートする診断支援ソフトウェアや、非侵襲・低侵襲の医療機器の開発を推進している。
 経済産業省は、日本医療研究開発機構を通じ、医療現場のニーズに応える医療機器について日本が誇るものづくり技術を活かした開発・事業化を推進するため、「医工連携事業化推進事業」を実施しており、平成29年度において39件の医療機器開発事業を支援した。また、優れた基礎研究の成果による革新的な医療機器の開発を促進するため、「未来医療を実現する医療機器・システム研究開発事業」を実施しており、日本が強みを持つロボット技術や診断技術等を活用した日本発の革新的な医療機器・システムの開発を促進しているほか、厚生労働省との連携の下、今後実用化が期待される医療機器について、工学的安定性や生物学的安定性等に資する詳細な評価基準を明確化する「医療機器開発ガイドライン(手引)」を作成することで、医療機器の開発を促進している。
 医薬品医療機器総合機構は、アカデミア・ベンチャー等による優れたシーズを実用化につなげるため、レギュラトリーサイエンス戦略相談(RS戦略相談)及びレギュラトリーサイエンス総合相談(RS総合相談)を実施している。

ウ 革新的医療技術創出拠点の整備

 文部科学省は、厚生労働省との連携の下、日本医療研究開発機構を通じて、拠点内外のシーズ育成能力の強化及び恒久的な拠点の確立を目指す「橋渡し研究戦略的推進プログラム」を推進し、基礎研究の成果を一貫して実用化につなげる体制の構築を進めている。
 厚生労働省は、「医療法」(昭和23年法律第205号)に基づき、平成27年より、日本発の革新的医薬品・医療機器の開発などに必要となる質の高い臨床研究を推進するため、国際水準の臨床研究や医師主導治験の中心的な役割を担う病院を「臨床研究中核病院」として承認し、日本医療研究開発機構を通じ、「医療技術実用化総合促進事業」等を推進している。

エ 再生医療の実現

 iPS細胞等幹細胞を用いた再生医療や創薬をいち早く実現するため、関係府省が密接に連携して研究体制の整備や研究資金の確保、知的財産の確保・管理に向けた取組を行うなど、研究を推進している。
 文部科学省は、厚生労働省、経済産業省との連携の下、日本医療研究開発機構「再生医療実現拠点ネットワークプログラム」において、世界に先駆けてiPS細胞等を用いた再生医療・創薬を実現するべく、拠点機能の強化及びネットワーク化をオールジャパン体制で推進している。このほか、科学技術振興機構が実施する「戦略的創造研究推進事業」(第4章第2節1(2)参照)や、理化学研究所等においても基礎的な研究を実施している。
 厚生労働省は、非臨床段階から臨床段階へ移行した課題等について切れ目なく支援し、さらに、日本医療研究開発機構を通じ、ヒトiPS細胞等を用いた医薬品開発時の候補化合物の探索や選定に資する基盤技術研究を推進している。また、ヒトiPS細胞等のヒト幹細胞を用いた再生医療技術の早期臨床応用の課題である造腫瘍性、拒絶反応等の研究を一体的に推進することにより、安全かつ有効な再生医療技術の基盤の確立を目指している。
 経済産業省は、日本医療研究開発機構を通じ、「再生医療の産業化に向けた評価基盤技術開発事業」を実施し、個々の再生医療製品等に特有となる安全性等に関する評価項目を明確にし、合理的な評価手法の開発を行っている。加えて、iPS細胞等の幹細胞を用いた再生医療の実現に必要となる高品質の幹細胞を安定的に大量供給する基盤技術、及び再生医療技術を応用した医薬品候補物質の安全性評価基盤技術の開発を進めている。

オ オーダーメイド・ゲノム医療の実現

 文部科学省は、日本医療研究開発機構を通じ、「オーダーメイド医療の実現プログラム(第3期)」を実施し、協力医療機関より収集したDNAや生体試料及び臨床情報を維持・管理する世界最大規模のバイオバンク機能を構築している。また、東日本大震災の被災地域の沿岸部を中心に、ゲノム情報を含む長期疫学(ゲノムコホート)研究等を行う「東北メディカル・メガバンク計画」を推進することで、被災地域の医療復興に貢献するとともに、個別化予防等の次世代医療の実現を目指している。さらに、日本医療研究開発機構を通じ、上記のような既存のバイオバンク等を研究基盤・連携のハブとして再構築するとともに、その研究基盤を利活用した目標設定型の先端研究開発を一体的に行う「ゲノム医療実現推進プラットフォーム事業」を推進している。

カ がんに関する研究

 我が国において、がんは2人に1人が罹(り)患(かん)し、また、死亡者の3人に1人(年間約37万人、平成28年)ががんで亡くなることから、依然として国民の生命と健康にとって重大な問題である。
 このため、政府は、我が国全体で進めるがん研究の今後のあるべき方向性と具体的な研究事項等について定めた「がん研究10か年戦略」(平成26年3月31日文部科学大臣・厚生労働大臣・経済産業大臣決定)に基づき、がんの根治・予防・共生の観点に立ち、患者・社会と協働することを念頭に置いてがん研究を推進している。また、「がん対策基本法」(平成18年法律第98号)に基づき、「がん患者を含めた国民が、がんを知り、がんの克服を目指す。」ことを全体目標とした第3期の「がん対策推進基本計画」(平成30年3月9日閣議決定)が策定され、新たな治療法の開発が期待できるゲノム医療や免疫療法について重点的に研究を推進することが盛り込まれた。本計画において、1.科学的根拠に基づくがん予防・がん検診の充実、2.患者本位のがん医療の実現、3.尊厳を持って安心して暮らせる社会の構築が目標として設定されたことを踏まえ、科学技術の進展や臨床ニーズに見合った研究を更に推進していく。
 文部科学省は、日本医療研究開発機構を通じ、「次世代がん医療創生研究事業」を厚生労働省、経済産業省等と連携しながら実施し、次世代のがん医療の創成に向けて、がんの生物学的な本態解明に迫る研究、がんゲノム情報など患者の臨床データに基づいた研究及びこれらの融合研究を推進している。
 厚生労働省は、日本医療研究開発機構を通じ、「革新的がん医療実用化研究事業」を実施し、がん研究10か年戦略に基づいて、応用領域後半から臨床領域にて、革新的な診断・治療等、がん医療の実用化をめざした研究を強力に推進している。
 また、これまでのがんの戦略的な研究を継続するとともに、特に希少がん、難治性がん等を対象とし、がん関連遺伝子の変異などのゲノム情報の活用や、がん幹細胞の抑制や死滅を可能にすることを対象とした、革新的治療法の開発を重点的に推進している。さらに、近年、手術、放射線療法、化学療法に次ぐ第4の治療法として、国際的にがん免疫療法の開発が急速に進んでいることから、国内での豊富な研究成果を活(い)かし、日本発の革新的な医薬品を創出するため、難治性がんや希少がん等を中心にがん免疫療法や抗体医薬等の分子標的薬、核酸医薬等の創薬研究に関し、質の高い非臨床試験、国際水準の臨床研究・医師主導治験を推進している。なお、がん患者やその家族に対して、がん疼(とう)痛(つう)をはじめとする身体的苦痛、抑うつや不安等の精神心理的苦痛、就労や金銭的問題等による社会的苦痛を改善するため、より効果的ながん疼痛評価及び治療法や高度な情報伝達手法、緩和ケアの質の評価法の確立も含めた緩和ケアに関する研究も推進している。
 量子科学技術研究開発機構は、難治性がん等に対する画期的な治療法として期待される重粒子線がん治療に関する研究開発を推進するとともに、国内外への普及に向けた取組を強化している。さらに、同機構が中心となって研究開発を行った成果を基に、兵庫県、群馬県、佐賀県、神奈川県では、重粒子線がん治療施設が設置され、治療が行われている。また、分子イメージング技術について、PET用プローブ(※8)などの放射性薬剤や生体計測装置の開発、病態診断及び放射性薬剤を用いた次世代治療法となる標的アイソトープ治療への応用に係る研究等を推進している。


  • ※8 生体内の放射線分布を画像化し、がん、アルツハイマー病などの病気の原因や病状等を診断するPET検査に用いられる、微量の放射線を放出する放射性薬剤
キ 精神・神経疾患に関する研究

 文部科学省は、日本医療研究開発機構を通じ、社会に貢献する脳科学の実現を目指した「脳科学研究戦略推進プログラム」を実施しており、ブレイン・マシン・インターフェース(BMI)技術を用いた自立支援及び臨床と基礎研究の連携強化による精神・神経疾患等の克服に向けた研究開発や行動選択・環境適応を支える脳機能原理の解明に向けた研究開発等を実施している。また、平成26年度から「革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト」を実施している。
 また、理化学研究所や科学技術振興機構が実施する「戦略的創造研究推進事業」(第4章第2節1(2)参照)、日本医療研究開発機構が実施する「革新的先端研究開発支援事業」においても、脳の分子構造、神経細胞、神経回路等に関する脳科学研究を推進している。
 厚生労働省は、日本医療研究開発機構を通じ、「障害者対策総合研究開発事業」を実施しており、精神疾患の発症メカニズムの解明や、適正な診断法、治療法の確立を目指した研究を行っている。また、平成27年に策定された、「認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン)」に基づき、日本医療研究開発機構を通じ「認知症研究開発事業」を実施し、認知症の予防法、診断法、治療法、リハビリテーションモデル、介護モデル等の研究開発を目指した研究を行い、得られた成果の普及促進を図る。

ク 新興・再興感染症に関する研究

 文部科学省は、日本医療研究開発機構を通じ、「感染症研究国際展開戦略プログラム」及び「感染症研究革新イニシアティブ」を実施し、アジア・アフリカの9か国9か所に展開する海外研究拠点において、相手国機関と協力し、現地で蔓(まん)延(えん)する感染症の病原体に対する疫学研究、診断治療薬等の基礎的研究を推進し、感染制御に向けた予防や診断治療に資する新しい技術の開発等を図るとともに、国際的に脅威となる感染症対策関係閣僚会議で決定された「国際的に脅威となる感染症対策の強化に関する基本計画」(平成28年2月)、「薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン」(平成28年4月)、「長崎大学の高度安全実験施設(BSL4施設)整備に係る国の関与について」(平成28年11月)を踏まえ、感染症の革新的な医薬品の創出を図るため、BSL4施設を中核とした感染症研究拠点に対する研究支援、病原性の高い病原体等に関する創薬シーズの標的探索研究等を行っている。
 厚生労働省は、日本医療研究開発機構を通じ、適切な診断法、治療法、予防法の開発等に取り組み、必要な行政的対応につながる研究を推進している。特に、感染症対策において重要な手段である予防接種については、安全性・医療経済性等を評価する研究を行い、予防接種行政に活用している。また、新型インフルエンザ関連分野においては、細胞培養ワクチン、経鼻粘膜ワクチンの開発を促進する研究を行い、新型インフルエンザ発生時における迅速なワクチンの供給や、より簡便で効果が高いワクチンの実現を目指している。

ケ 難病に関する研究

 厚生労働省は、日本医療研究開発機構を通じて、「難病克服プロジェクト」を文部科学省と連携して実施しており、難病の克服を目指すため、患者数が少ないために研究が進まない分野における研究に対して支援を行うことにより、難病の病態を解明するとともに、効果的な新規治療薬の開発、既存薬剤の適応拡大等を一体的に推進している。

コ ICT等の活用による健康等情報の利活用の推進

 総務省は、クラウド技術を活用し、多職種が双方向かつ標準準拠でつながる地域医療情報連携ネットワーク(EHR(※9))の整備や、全国のEHRを相互に接続する基盤の構築に向けた実証事業を実施している。また、日本医療研究開発機構を通じて、人の生涯にわたる医療等のデータを自らが時系列で管理し、多目的に活用する仕組み(PHR(※10))の具体的なサービスモデルやサービス横断的な情報連携技術モデルの構築のほか、AIを活用した保健指導施策立案モデルの構築に向けた研究を実施している。さらには、8K技術を応用した内視鏡開発及び高精細映像データを活用したAI診断支援システムの構築に向けた研究等を実施している。行政分野に関しては、情報通信技術を用いた各地域における公共的な分野のサービスを向上させる取組の推進を図るとともに、クラウド環境下において団体間等の円滑な業務データ連携を可能とするための連携データ項目や連携機能・方式等の検討・実証を実施している。


  • ※9 Electronic Health Record
  • ※10 Personal Health Record

コラム2‐5 日本医療研究開発大賞の創設

 医療分野の研究開発の推進に多大な貢献をした事例に関して、功績を称えることにより、国民の関心と理解を深めるとともに、研究者等のインセンティブを高めることを目的として、日本医療研究開発大賞が平成29年度新たに創設された。内閣総理大臣賞は東京都医学総合研究所理事長の田中啓二氏が受賞し、タンパク質分解機能である「プロテアソーム」を発見し、その研究成果が分子標的薬を含めた抗がん剤開発の先駆けとなったことが高く評価された。内閣総理大臣賞を含めた六つの賞について、12の個人・団体が表彰された。

 日本医療研究開発大賞の創設

 真核生物の二つのタンパク質分解システム 二つの細胞内の大規模なタンパク質分解システム

 タンパク質分解物質「プロテアソーム」の機能と抗がん剤開発への貢献
 タンパク質分解物質「プロテアソーム」の機能と抗がん剤開発への貢献
 提供:田中啓二・公益財団法人東京都医学総合研究所長

(2)持続可能な都市及び地域のための社会基盤の実現

ア コンパクトで機能的なまちづくり

 国土技術政策総合研究所は、国民の生活ニーズが多様化する中で、「多様化する生活支援機能を踏まえた都市構造の分析・評価技術の開発」等の研究を実施している。

イ 交通システム等に関する研究

 科学技術イノベーション総合戦略において、政府内の高度道路交通システムに関する方向性を定め、この分野の技術開発の促進、早期実現に向けて取り組むべき方針が示されている。内閣府は、SIP自動走行システムにおいて、自動走行に必要となるダイナミックマップ、HMI(※11)、情報セキュリティ、歩行者事故低減、次世代都市交通の5テーマを主に研究開発を推進している。平成29年10月からは大規模実証実験を順次開始し、課題の洗い出しや早期社会実装の実現を目指している。また、平成29年12月には、沖縄本島都市部の比較的交通量が多い実交通環境において、バスの自動運転の可能性と技術的課題について検証した。さらに、国際ワークショップや市民ダイアログ(※12)等を開催し、国際連携や国際標準化、一般市民の自動走行に対する要望や不安、疑問等への理解に努めている。
 総務省は、安全・安心な自律型モビリティシステムの実現に向けて、様々な速度で走行する膨大な数の移動体との間で、高度地図データベース等の多様で大容量な情報について、伝送容量に限りがある無線を介してリアルタイムでやり取り可能な技術の研究開発を実施している。警察庁、総務省及び国土交通省は、インフラ協調や車車間通信による安全運転支援システムの実用化・高度化に向けた取組を推進している。
 警察庁科学警察研究所は、平成29年度は運転者支援システムを搭載した自動車に係る交通事故について、記録装置を活用した解析技術に関する研究を推進した。
 国土交通省は、車両扉位置の相違やコスト低減等の課題に対応可能な新たなタイプのホームドアの開発など、鉄道分野における安全性の更なる向上に資する技術開発を推進している。
 海上・港湾・航空技術研究所は、船舶に係る技術並びにこれを活用した海洋の利用等に係る技術及び電子航法に関する研究開発を行っている。船舶に係る技術及びこれを活用した海洋の利用等に係る技術分野については、海上輸送の安全確保のため、海難事故の大幅削減と社会合理性のある安全規制の構築による「安全・安心社会」の実現に資する研究を実施している。また、モーダルシフトの推進や移動の円滑化等に対応した海上物流の効率化、輸送システムの開発等に関する研究を行っている。
 電子航法分野については、「軌道ベース運用による航空交通管理の高度化」、「空港運用の高度化」、「機上情報の活用による航空交通の最適化」、「関係者間の情報共有及び通信の高度化」等、航空交通の安全性向上を図りつつ、航空交通容量の拡大、航空交通の利便性向上、航空機運航の効率性向上及び航空機による環境影響の軽減に寄与する研究開発を行っている。
 自動車技術総合機構交通安全環境研究所は、交通弱者に対する事故防止、次世代大型車の開発・実用化促進等の陸上輸送の安全確保、環境保全等に係る調査研究、自動車の基準適合性審査、リコールに係る技術的検証を実施している。


  • ※11 Human Machine Interface
  • ※12 一般の方々の自動走行に対する率直な期待や懸念(けねん)を伺って、研究開発活動へと反映する双方向のコミュニケーション(平成29年度は2回開催)
ウ 地域における包括的ライフケア基盤システムの構築

 文部科学省及び厚生労働省は、脳内情報を低侵襲若しくは非侵襲的に解読し、身体機能の治療・回復・補完等を可能とするBMIを開発し、臨床応用及び生活支援に資することを目指している。
 厚生労働省は、障害者の自立や社会参加の支援を目的として、障害当事者のニーズを適切に反映した使い勝手の良い支援機器の開発を行う「障害者自立支援機器等開発促進事業」を実施している。
 経済産業省は、福祉用具の研究開発を行う事業者等に対する補助事業を推進している。特に、重点的に開発する分野の一つであるロボット介護機器の実用化に向けて、民間企業等が行う高齢者や介護従事者等の現場のニーズに応えるロボット技術の開発を支援する「ロボット介護機器開発・導入促進事業」を実施している。
 国土交通省は、国民の移動及び活動を支援するために必要な新たな社会基盤となる屋内3次元地図の整備・更新に関する技術並びに屋外・屋内及びそれらのシームレスな測位の実現のための技術開発を実施し、屋内3次元地図データ仕様(案)及び屋内外シームレス測位の技術基準等を整備した。
 また、高齢者や障害者を含む誰もが屋内外をストレスなく自由に活動できるユニバーサル社会の構築に向け、新横浜駅から横浜国際総合競技場(日産スタジアム)までを対象として、勾配や段差などの情報を含んだ屋内外シームレスな電子地図等を整備し、段差のない経路を案内するナビゲーションサービスの実証実験を実施した。

(3)効率的・効果的なインフラの長寿命化への対策

 内閣府は、SIP「インフラ維持管理・更新・マネジメント技術」において、維持管理に関わるニーズと技術開発のシーズとのマッチングを重視し、新しい技術を現場で使える形で展開し、予防保全による維持管理水準の向上を低コストで実現させることを目指し、国内重要インフラを高い維持管理水準に維持し魅力ある継続的な維持管理市場を創造するとともに、海外展開を推進している。
 国土交通省及び経済産業省は、社会インフラの維持管理及び災害対応の効果・効率の向上のためにロボットの開発・導入を推進している。経済産業省では、「インフラ維持管理・更新等の社会課題対応システム開発プロジェクト」において、重点分野に対応した点検・調査を行うロボットや的確にインフラの状態を把握できるモニタリング技術(センサ、イメージング等)等の開発を実施している。
 また、国土交通省では、調査・測量から設計、施工、検査、維持管理・更新までの全ての建設生産プロセスでICT等を活用する「i‐Construction」を推進し、平成37年度までに建設現場の生産性2割向上を目指している。
 国土技術政策総合研究所では、「i‐Construction」を推進するため、データ流通を目的とした3次元モデルの作成方法、様々な工種におけるICTを活用した出来形管理・検査に関する要領・基準案の作成、維持管理に資する情報を3次元モデル上で一元的に管理する方法案を作成する「ICTの全面的な活用による建設生産性向上に関する研究」等の研究を行っている。
 そのほか、国土交通省本省関連部局と連携し、既存の住宅・社会資本ストックの点検・補修・更新等を効率化・高度化し、安全に利用し続けるため、道路構造物の維持管理技術の開発、下水道管きょの維持管理・汚水処理システムの効率化、河川構造物の維持管理技術の開発、既存建築物の活用に関する手法・技術の開発、港湾施設の維持管理・長寿命化技術の開発、海上コンテナの効率的な輸送等の研究を行っている。
 土木研究所は、橋梁(きょうりょう)、舗装及び管理用施設を対象とした既設構造物の効果的(効率化・高度化)なメンテナンスサイクル実施に資する手法の開発、並びに橋梁(きょうりょう)、土工構造物及びトンネルを対象とした管理レベルに対応した維持管理や長寿命化を可能とする構造物の更新・新設手法の開発、凍害・複合劣化等を受けるインフラの維持管理・更新技術の横断的(道路・河川・港湾漁港・農業分野)技術開発と体系化について技術開発を実施している。
 海上・港湾・航空技術研究所は、首都圏空港の機能強化に関し、滑走路等空港インフラの安全性・維持管理の効率性の向上等に係る研究開発、我が国の経済・社会活動を支える沿岸域インフラの点検・モニタリングに関する技術開発や、維持管理の効率化及びライフサイクルコストの縮減に資する研究を実施している。
 物質・材料研究機構は、社会インフラの長寿命化・耐震化を推進するために、我が国が強みを持つ材料分野において、インフラの点検・診断技術、補修・更新技術や新規構造材料の研究開発の取組を総合的に推進している。

 第2‐3‐2表 超高齢化・人口減少社会等に対応する持続可能な社会の実現のための主な施策(平成29年度)

3 ものづくり・コトづくりの競争力向上

(1)新たなものづくりシステム

ア サプライチェーンシステムのプラットフォーム構築

 エンジニアリングシステムチェーンや生産プロセスチェーン等を統合した新たなプラットフォーム構築は、データ利活用を促進し、生産性向上や新たな付加価値創出をもたらす。
 経済産業省は、プラットフォーム創出促進に向け、先進事例の創出支援や、様々な機械・設備のデータを共有できるよう、データの共通フォーマット作成を実施している。また、データ利活用の普及が課題となっている中小製造業向けには、課題に応じた改善策や技術をアドバイスする専門人材を育成・派遣する相談拠点の整備を開始した。
 国土交通省は、我が国の海事産業の国際競争力を維持・向上するため、IoT/ビッグデータ等の情報通信技術の活用により、船舶の運航や造船・舶用分野の設計・生産の効率化、高度化を図り、海事産業の生産性を向上させるための技術開発等を推進するとともに、自動運航船の実用化に向けたロードマップ策定の議論などを進めている。
 また、平成29年10月から「先進船舶導入等計画認定制度」を開始することにより先進的な船舶の開発や普及を推進している。
 情報通信研究機構では、脳情報を基に潜在的ニーズの探索を可能にするため、脳活動の計測技術の先駆的研究開発を実施している。

イ 革新的な生産技術の開発

 内閣府は、多様化したユーザーニーズに迅速かつ柔軟に対応して、高性能、高品質な製品を提供するために、複雑形状を高速かつ高精度で加工する3Dプリンタ等の革新的な生産技術の開発をしている。
 経済産業省は、「三次元造形技術を核としたものづくり革命プログラム」を実施し、日本の強みである素材や機械制御技術等を活(い)かし、高付加価値の部品等の製造に適した三次元積層造形技術(高速化・高精度化・高機能化等)の基盤的な開発等を行っている。
 また、「省エネルギー型製造プロセスの実現に向けた3Dプリンタの造形技術開発・実用化事業」を実施し、三次元積層造形技術の本格導入に際しての課題である造形物の品質確認を通じた実証や、最適な造形条件や造形物の品質評価手法の開発を行うことで、他国に先駆けて同技術を用いた省エネ型の新しいものづくり・製造プロセスの確立を目指している。

(2) 統合型材料開発システム

ア 信頼性の高い材料データベースの構築

 我が国の素材産業の国際競争力を強化するために、政府は数値シミュレーション、理論、実験、解析、データ科学等を融合した材料開発システムを構築するとともに、産官学がそれぞれ保有する信頼性の高い材料データの整理・統合とデータベース化を推進している。

イ データベースを活用した材料開発技術の確立

 科学技術振興機構は、「イノベーションハブ構築支援事業」の一環として、計算科学・データ科学を活用し未知なる革新的機能を有する材料を短期間に開発する「情報統合型物質・材料開発イニシアティブ(MI2I)」を推進し、物質・材料研究の中核的な機関である物質・材料研究機構をハブとして、産学官の人材を糾合し、データベースの構築、データ科学との融合を発展させるとともに、より広範な企業の参画を促し、画期的な磁石・電池・伝熱制御等の新材料設計の実装に取り組んでいる。

 第2‐3‐3表 ものづくり・コトづくりの競争力向上のための主な施策(平成29年度)

第2節 国及び国民の安全・安心の確保と豊かで質の高い生活の実現

 国及び国民の安全・安心を確保し豊かで質の高い生活を実現するためには、防災・減災や国土強(きょう)靱(じん)化等に向けた取組を進めていくとともに、国民の快適な生活環境や労働衛生を確保し、さらに安全保障環境の変化、犯罪、テロ、サイバー攻撃などへの対応が重要である。これらの課題解決に向けた科学技術イノベーションの取組を進めている。

1 自然災害への対応

(1)予防力の向上

 文部科学省は、「首都圏を中心としたレジリエンス総合力向上プロジェクト」の中で、政府関係機関、地方公共団体、民間企業等が保有する地震観測データを統合し官民連携による超高密度地震観測システムを構築するとともに、実大三次元震動破壊実験施設(E‐ディフェンス)を用いた非構造部材(配管、天井等)を含む構造物の崩壊余裕度に関するセンサー情報等を収集し、都市機能維持の観点から官民一体の総合的な災害対応や事業継続、個人の防災行動等に資するビッグデータ整備を行っている。
 国土交通省は、海上・港湾・航空技術研究所等との相互協力の下、全国港湾海洋波浪情報網(NOWPHAS(※13))の構築・運営を行っており、全国各地で観測された波浪・潮位観測データを収集し、ウェブサイトを通じてリアルタイムに広く公開している。
 国土技術政策総合研究所は、河川情報を避難行動等に的確に結び付けるため洪水危険度の見える化に関する研究、リアルタイム観測・監視データを活用した高精度土砂災害発生予測手法の研究、ゲリラ豪雨に対応した土砂災害・都市水害対策、気候変動に対応し、まちづくりと一体となった戦略的水害リスク低減手法の開発等の「激甚化する災害への対応」、共同住宅等における災害時の高齢者・障がい者に向けた避難支援技術の評価基準、避難所における被災者の健康と安全確保のための設備等改修技術の開発、地震誘発火災を被った建築物の安全性能評価法、再使用性能評価法や地震直後から使い続けることのできる建物の開発等の「災害に強いまちづくり」、港湾地帯の安全性向上のための津波・高潮観測技術の高度化等の研究、地震災害時における空港舗装の迅速な点検・復旧方法に関する研究を行っている。
 土木研究所は、顕在化・極端化してきた河川災害の被害軽減技術開発及び顕在化してきた津波や海面上昇による被害の軽減技術開発、突発的な自然現象による土砂災害の防災・減災技術の開発、極端気象がもたらす雪氷災害による被害を軽減するための技術開発を実施している。
 建築研究所は、自然災害による損傷や倒壊の防止等に資する建築物の構造安全性を確保するための技術開発や建築物の継続使用性を確保するための技術開発等を実施している。
 海上・港湾・航空技術研究所は、大規模地震後の早期復旧・復興のため、沿岸域及び背後地域における地震・津波による構造物の変形予測・性能低下を予測し、沿岸域施設の安全性・信頼性の向上を図るための研究を実施している。


  • ※13 Nationwide Ocean Wave infomation network for Ports and HArbourS

(2)予測力の向上

 我が国の地震調査研究は、地震調査研究推進本部(本部長:文部科学大臣)(以下「地震本部」
 という。)の下、関係行政機関が密接に連携・協力しながら行われている。
 地震本部は、これまで地震の発生確率や規模等の将来予測(長期評価)を行ってきたが、東北地方太平洋沖地震のような多くの領域が連動して発生する巨大地震を評価の対象とできていなかったことや、熊本地震の発生を踏まえて、公表方法を見直し、順次長期評価を実施している。
 文部科学省は、南海トラフ地震を対象とした「南海トラフ広域地震防災研究プロジェクト」において、想定される地震が発生した際の社会的・経済的被害が大きい地域を対象とした調査研究を実施している。また、「日本海地震・津波調査プロジェクト」では、日本海及びその沿岸を対象に、制御震源を用いた構造調査や津波堆積物調査等を実施し、震源断層モデルや津波波源モデルに関する研究を進めた。
 また、阪神・淡路大震災以降、陸域において地震観測網の稠密(ちょうみつ)な整備が進められてきた一方で、海域の観測網については、陸域の観測網に比べて観測点数が非常に少ない状況であった。このため、文部科学省は、南海トラフ地震の想定震源域において、地震計、水圧計等を備えたリアルタイムで観測可能な高密度海底ネットワークシステムである「地震・津波観測監視システム(DONET(※14))」を運用している(第2‐3‐4図)。さらに、今後も大きな余震や津波が発生するおそれがある東北地方太平洋沖において、地震・津波を直接検知し、災害
 情報の正確かつ迅速な伝達に貢献する「日本海溝海底地震津波観測網(S‐net)」を運用している(第2‐3‐5図)。

 第2‐3‐4図 地震・津波観測監視システム(DONET)のイメージ図

 第2‐3‐5図 日本海溝海底地震津波観測網(S‐net)のイメージ図

 火山分野においては、平成26年の御嶽山の噴火等を踏まえ平成28年度「次世代火山研究・人材育成総合プロジェクト」を開始し、地球化学等の他分野との連携・融合を図り、「観測・予測・対策」の一体的な研究を推進するとともに、「火山研究人材育成コンソーシアム」を構築し、大学間連携を強化するとともに、最先端の火山研究と連携させた体系的な教育プログラムの提供を行っている。
 防災科学技術研究所は、日本の国土全域を均一かつ高密度に覆う約1,900点の高性能・高精度な地震計で、人体に感じない微弱な震動から大きな被害を及ぼす強震動に至るさまざまな「揺れ」の観測を行っている。海域においては約200点の地震計・津波計を運用しているほか、国内16火山の「基盤的火山観測網(V‐net)」を含む、全国の陸域と海域を網羅する地震・津波・火山観測網である「陸海統合地震津波火山観測網(MOWLAS(※15))」の本格運用を平成29年11月より開始した。MOWLASを用いた地震や津波の即時予測、火山活動の観測・予測の研究、実装を進めており、引き続き気象庁に観測データを提供するほか、鉄道事業者での活用も開始した(第2‐3‐6図)。

 第2‐3‐6図 陸海統合地震津波火山観測網(MOWLAS)

 また、マルチセンシングによる高精度の降雨予測及び土砂・風水害の発生予測に関する研究、雪害、沿岸災害等の自然災害による被害の軽減に資する研究等を実施している。さらに、防災科学技術の新しいイノベーション
 の創出に向けて、気象災害の軽減・防止と産業界にプラスの経済的波及効果を生み出すことを目標とした「『攻め』の防災に向けた気象災害の能動的軽減を実現するイノベーションハブ」の形成に着手した。コンビニ企業と連携して、積雪等センサーの新規開発と店舗への設置により積雪予測を高精度化し、大雪時の物流の確保と雪氷災害軽減を両立させる取組等を行っている。地域の防災上の課題を解決するため、雪害や土砂災害に関わるセンサーを開発し、モデル地域に設置するとともに、地域のステークホルダーや生産者等と連携
 し、IoT技術を活用しながらデータの収集、情報の提供を行う実証実験を開始した。また、MPレーダー(※16)データ等との比較解析による雷危険度予測手法の研究開発を推進するため、首都圏で雷放電経路3次元観測システムによる雷の連続観測を開始した。
 気象庁は、文部科学省と協力して地震に関する基盤的調査観測網のデータを収集し、処理・分析し、その成果を防災情報等に活用するとともに、地震調査研究推進本部地震調査委員会等に提供している。また、自動震源決定処理手法(PF法)を開発し、平成28年4月から導入した。緊急地震速報については、東北地方太平洋沖地震で課題となった同時多発地震及び巨大地震に対応するため、IPF法(※17)及びPLUM法(※18)という新たな手法の開発を行い、IPF法を平成28年12月から、PLUM法を平成30年3月から導入した。また、更なる高度化のための技術開発を防災科学技術研究所等と協力して進めている。
 気象研究所は、津波災害軽減のための津波地震などに対応した即時的規模推定や沖合の津波観測データを活用した津波予測の技術開発、緊急地震速報の精度向上のための震度予測手法に関する研究、南海トラフ沿いのプレート間固着状態変化把握技術の精度向上のための地殻変動の監視・解析技術に関する研究、火山活動評価・予測の高度化のための監視手法の開発などを実施している。
 産業技術総合研究所は、防災等に資する地質情報整備のために、活断層・津波堆積物調査や活火山の地質調査を行い、その結果を公表している。全国の主要活断層に関しては、分布位置や活動履歴を解明するために、陸域、沿岸海域で平成28年熊本地震に関連した布田川断層帯・日奈久断層帯を含め合計6断層帯の地質調査を実施した。また、平成27年10月に公開した津波堆積物データベースに、三重県及び高知県のそれぞれ一部地域のデータを追加した。その他、南海トラフ巨大地震の短期予測に資する、地下水等総合観測点を引き続き運用・整備し、地下水位(水圧)、地下水温、地殻歪(ひずみ)や地震波の測定を継続した。火山に関しては、噴火活動があった霧島山新燃岳及び草津白根山に対して、現地調査や火山噴出物の分析等を行い、現在の噴火活動の解明や今後の活動推移予測に資する物質科学的研究を実施した。
 海洋研究開発機構は、地球深部探査船「ちきゅう」の掘削孔を活用した長期孔内観測装置やDONETを用いた震源域直上でのプレート境界の固着状況の変化等を連続かつリアルタイムで把握するための技術開発・展開を行っている。また、東海・東南海・南海地震の連動性評価に重要な南海トラフのセグメント境界等を中心として緊急性・重要性が高い海域の高精度海底下構造調査を実施している。これらの調査・観測結果を取り込み、より現実的なモデルを構築し、更に高精度な地殻変動・津波シミュレーションの実現に貢献する。
 国土地理院は、電子基準点(※19)等によるGNSS(※20)連続観測、超長基線電波干渉法(VLBI(※21))、干渉SAR(※22)等を用いた地殻変動やプレート運動の観測、解析及びその高度化のための研究開発を実施している。さらに、気象庁、防災科学技術研究所、産業技術総合研究所、神奈川県温泉地学研究所及び東京大学地震研究所による火山周辺のGNSS観測点のデータも含めた火山GNSS統合解析を実施し、火山周辺の地殻変動のより詳細な監視を行っている。
 海上保安庁は、GPS測位と音響測距を組み合わせた海底地殻変動観測、海底地形や海域活断層等の調査を推進し、その結果を随時公表している。


  • ※14 Dense Oceanfloor Network system for Earthquakes and Tsunamis
  • ※15 Monitoring of Waves on Land and Seafloor
  • ※16 マルチパラメータレーダ。水平偏波と垂直偏波の2種類の電波を同時に送信・受信できるレーダ
  • ※17 Integrated Particle Filter法
  • ※18 Propagation of Local Undamped Motion法
  • ※19 平成30年3月末現在で、全国に約1,300点
  • ※20 Global Navigation Satellite System
  • ※21 Very Long Baseline Interferometry:数十億光年の彼方(かなた)から、地球に届く電波を利用し、数千kmもの距離を数mmの誤差で測る技術
  • ※22 Synthetic Aperture Radar:人工衛星で宇宙から地球表面の変動を監視する技術

(3)対応力の向上

 内閣府は、SIP「レジリエントな防災・減災機能の強化」において、自然災害の激化とそれを受ける社会の脆(ぜい)弱(じゃく)化、東日本大震災を経て芽生えたレジリエンス(被害を最小限にとどめるとともに被害からいち早く立ち直り元の生活に戻らせる)の考え方を踏まえ、災害予測・予防・対応と情報共有の高度化を図る最新技術の開発によって「レジリエンス災害情報システム」を作り上げ、これを用いて国、自治体、企業、国民の防災・減災の実践力向上を果たすことを目標とし、研究開発活動を推進している。平成29年7月に発生した九州北部豪雨では、本システムを活用し、関係府省庁等の炎害関連データを統合化することにより、災害対応支援を行った。
 総務省は、情報通信等の耐災害性の強化、被災地の被災状況等を把握するためのICTの研究開発を行っている。また、これまで総務省が実施してきた災害時に被災地へ搬入して通信を迅速に応急復旧させることが可能な通信設備(移動式ICTユニット)等の研究成果の社会実装や国内外への展開を推進している。
 文部科学省では、「地域防災対策支援研究プロジェクト」において、全国の大学等における防災研究の成果を一元的にまとめるデータベースの構築を進めた。さらに、地域の防災・減災対策への研究成果の活用を促進した。
 防災科学技術研究所は、各種自然災害の情報を共有・利活用するシステムの開発に関する研究を実施するとともに、その実証と指定公共機関としての責務に基づく行政における災害対応の情報支援を行っている。
 平成29年3月に栃木県那須町で発生した雪崩災害においては、原因究明のための調査・解析を行い、南岸低気圧性の降雪が雪崩の要因となったことを解明し、今後の事故防止のため、雪や雪崩についての講習を行った。
 平成29年7月に発生した九州北部豪雨においては、降水量の予測可能性、土砂災害発生メカニズムや地形・地質・土質が土砂流出量に及ぼす影響等を検討した。また、同豪雨への対応として、災害情報の共有や統合発信に関する研究開発成果である「府省庁連携防災情報共有システム(SIP4D)」や「防災科学技術研究所クライシスレスポンスサイト(NIED‐CRS)」を介し、情報共有・利活用支援を行った。
 霧島山(新燃岳)噴火(平成29年10月)、草津白根山噴火(平成30年1月)においても、同様にSIP4D及びNIED‐CRSによる情報共有・利活用支援を行った。また、それぞれの噴火において現地にて噴出物調査を行うとともに、その調査結果をNIED‐CRSを介して公表した。さらに、草津白根山噴火においては、融雪型火山泥流の恐れもあるため、噴火後、現地で基礎的な積雪調査を行い、白根山周辺の積雪量や雪質を確認した。
 防衛省は、自衛隊の災害派遣活動を支援するため、隊員の重量負荷を軽減しつつ迅速機敏な行動及び不整地の踏破を可能とする高機動パワードスーツに関する研究等を実施している(第3章第2節4参照)。また、大規模災害等において、被災した橋梁(きょうりょう)の代替手段をいち早く確保し、被災者の救助や復旧部隊の迅速な展開を支援するため、軽量かつ高強度な複合材の適用を目指した応急橋梁(きょうりょう)基礎技術の確立に向けた研究(第2‐3‐7図)を実施している。

 第2‐3‐7図 将来軽量橋梁(きょうりょう)構成要素の研究試作

 消防庁消防研究センターは、エネルギー・産業基盤災害において、G空間×ICTを活用した精度の高い自律技術及び協調連携技術等により人が近づけない現場に接近し、情報収集や放水を行うための消防ロボットシステムの研究開発を進め、消防ロボットシステムを構成する4種類の各単体ロボットの一次試作機を消防本部において評価試験を実施し、評価結果を基に実戦配備型の研究開発を開始した。
 さらに、1. 石油タンクの地震被害に関する高精度予測(石油タンク本体に被害をもたらすおそれの高い短周期地震動の性状の特定、地下構造の違いによるタンク毎の長周期地震動の影響等)、2. 石油タンク等の火災規模や油種等に応じた強力な泡消火技術、3. 石油コンビナートで貯蔵・取り扱われる反応性の高い化学物質(禁水性物質、蓄熱発火性物質など)の火災危険性に関するより適切な評価と消火時の安全管理技術についての研究開発を実施している。
 また、南海トラフ巨大地震、首都直下地震によって発生が危惧される市街地における大規模延焼火災発生に備え、市街地火災延焼シミュレーションの高度化、被害の拡大要因である火災旋風・飛び火の現象の解明、住民の避難誘導や消火活動への活用等に関する研究開発を行っている。加えて、有効な火災予防対策が行えるよう火災原因調査能力の向上に関する研究開発を行うとともに、建物からの効果的な避難に関する研究開発を実施している。さらに、災害時の消防活動能力を向上させるために、UAV(※23)など上空からの画像情報を活用した捜索救助活動、乱雑に堆積したガレキ等を取り除く手法等に関する研究開発を実施している。
 情報通信研究機構は、天候等にかかわらず災害発生時における被災地の地表状況を随時・臨機に観測可能な航空機搭載合成開口レーダ(Pi‐SAR2)の研究開発を実施している。また、通信インフラが壊滅してもローカルで無線ネットワークをつなぐ耐災害ワイヤレスメッシュネットワーク技術や、上空を飛行する小型の無人航空機に仮想の電波塔の役割を担わせて情報孤立地域との間の通信を迅速に確保する無線中継技術の開発及びそれらに関して、自治体等と連携して、フィールドでの実証実験に取り組んでいる。
 国土技術政策総合研究所は、取り組むべき主要テーマの一つ「防災・減災・危機管理」の中で、近年増加傾向にある集中豪雨や局所的な大雨等の新たなステージに対応した防災・減災も課題として掲げ、ゲリラ豪雨に対応した土砂災害・都市水害対策、最大クラスの洪水に対応した河川氾濫対策等に関する研究を行っている。また、航空機搭載小型SAR(※24)や既設カメラ・センサー等の技術を活用して災害発生直後の道路啓開やインフラ施設の復旧、TEC‐FORCE(※25)活動等を支援する技術の開発等による大規模地震後の初動対応の迅速化に関する研究を行っている。
 土木研究所は、国内外の水災害に対応するリスクマネジメント支援技術の開発、大地震に対する構造物の被害最小化技術・早期復旧技術の開発を実施している。
 宇宙航空研究開発機構は、陸域観測技術衛星2号「だいち2号」(ALOS‐2(※26))などの人工衛星を活用した様々な災害の監視や被災状況の把握に貢献している(第3章第4節参照)。

 第2‐3‐8表 自然災害への対応のための主な施策(平成29年度)


  • ※23 Unmanned Aerial Vehicle:無人航空機
  • ※24 Synthetic Aperture Radar:合成開口レーダ
  • ※25 Technical Emergency Control Force(緊急災害対策派遣隊):大規模自然災害発生時に、被災状況の調査や被災地の地方公共団体等への技術的支援を行うため、国土交通省が平成20年度に組織した派遣隊
  • ※26 Advanced Land Observing Satellite-2

(4)東日本大震災への対応と復興、再生の実現

ア 被災地の産業の復興、再生

 文部科学省は、津波により被害を受けた東北地方太平洋沖の海洋生態系を回復させるため、地元の地方公共団体や関係省庁と連携しつつ、「東北マリンサイエンス拠点」を構築し、海洋生態系の調査研究を実施している。得られた成果は地元の漁業計画の策定や養殖場の設定等に活用されている。
 農林水産省は、被災地域の基幹産業である農林水産業や農村・漁村の復興・再生を加速し、さらに成長力のある新たな農林水産業を育成するため、岩手県、宮城県及び福島県に農業・農村型、岩手県及び宮城県に漁業・漁村型の研究・実証地区を設け、農林水産分野の先端技術を駆使した大規模な実証研究を実施するとともに、技術の導入効果を分析し、研究成果の普及促進の取組を進めている。具体的には、被災地の農業者や漁業者等と連携し、被災各県の条件に応じ、土地利用型農業、施設園芸、貝類・魚類の養殖・放流・加工等を対象とした特色ある実証研究を行っている。
 イ 原子力損害賠償に向けた取組
 「原子力損害の賠償に関する法律」(昭和36年法律第147号)は、原子力事故による損害の賠償に備え、被害者の保護と原子力事業の健全な発達を図ることを目的に掲げ、原子炉の運転等による原子力損害についての賠償責任を原子力事業者に集中させ、当該原子力事業者に無限・無過失の賠償責任を負わせることを規定している。また、原子力事業者による賠償の確実かつ迅速な履行を確保するため、原子力事業者に対する損害賠償措置の義務付け、賠償措置額を超える原子力損害が発生した場合の政府の援助等を規定するとともに、損害賠償の円滑かつ適切な実施を図るため、原子力損害賠償紛争審査会の設置等を規定している。
 東電福島第一原子力発電所及び第二原子力発電所の事故(以下、「本件事故」という。)発生以降、多くの住民が、避難生活や生産及び営業を含めた事業活動の断念などを余儀なくされており、被害者が1日でも早く安心で安全な生活を取り戻せるよう、迅速・公平・適正な賠償が必要である。そのため、原子力損害の賠償に関する法律に基づき、本件事故における被害者のための様々な措置を講じている。
 文部科学省は、原子力損害賠償紛争審査会を設置し、賠償すべき損害として一定の類型化が可能な損害項目やその範囲等を示した指針を、地元の意見も踏まえつつ順次策定するとともに、必要に応じて見直しを行っている。また、原子力損害賠償紛争解決センターでは、業務運用の改善や体制整備を図りつつ、和解仲介手続を実施している。
 さらに、政府として、東電の迅速かつ適切な損害賠償の実施や経営の合理化等に関する「新々・総合特別事業計画」を平成29年5月に認定(同年7月変更認定)し、原子力損害賠償・廃炉等支援機構を通じて、東電による円滑な賠償の支援を行っている。
 また、原子力損害賠償制度の見直しについて、内閣府原子力委員会の原子力損害賠償制度専門部会(平成27年5月設置)において検討が進められ、平成30年1月に素案が取りまとめられたところである。

 第2‐3‐9表 震災からの復興、再生への実現のための主な施策(平成29年度)

2 食品安全、生活環境、労働衛生等の確保

(1)食品における安全・安心の確保

 文部科学省は、我が国で日常摂取される食品の成分を収載した「日本食品標準成分表」を公表している。現代型の食生活に対応した質の高い情報の集積が求められていることから、平成29年12月に「日本食品標準成分表2015年版(七訂)追補2017年」の策定を行い、掲載食品の拡充を行った。
 農林水産省は、安全な農畜水産物・食品の安定供給の観点から、生産・流通・加工工程における有害化学物質及び有害微生物のリスク低減のための技術開発、重大家畜疾病の蔓(まん)延(えん)のリスクや畜産農家の経済的損失を低減させるための防疫措置の高精度化及び効率化並びに診断法の開発等に取り組んでいる。

(2)生活環境における安全・安心の確保

ア 放射線モニタリングの実施

 東電福島第一原子力発電所事故に係る放射線モニタリングについては、関係府省、地方公共団体等が連携し、「総合モニタリング計画」(平成23年8月モニタリング調整会議決定、平成29年4月改定)に沿って、モニタリングポスト等による空間線量の測定、土壌に含まれる核種ごとの放射性物質の分析、河川や海などの水及び土に含まれる放射性物質の分析、食品や水道水に含まれる放射性物質のモニタリングなどを実施している(第2‐3‐10図)。

 第2‐3‐10図 総合モニタリング計画に沿った各省におけるモニタリングの実施体制

 第2‐3‐11図 放射性物質等の分布マップ

 平成29年度は、東電福島第一原子力発電所事故に伴い放出された放射性物質の分布状況の把握のため、放射性セシウム等の分布状況(第2‐3‐11図)について引き続き取りまとめるとともに、地方公共団体と連携して実施した走行サーベイの結果を公表した。また、東電福島第一原子力発電所から80km圏内及び圏外において航空機モニタリングを実施し、これらの地域の空間線量率の結果を公表した(第2‐3‐11図)。また、海域については、平成29年4月28日に改定された「海域モニタリングの進め方」に沿って、関係府省、地方公共団体等との連携の下、福島県沖、宮城県沖、茨城県沖などを対象に、海水や海底土、海洋生物のモニタリングを実施した。
 さらに、福島県内に設置したリアルタイム線量測定システムや福島県全域及び福島県隣県に設置した可搬型モニタリングポスト、全国における放射能調査体制の強化のため各都道府県に増設した固定型モニタリングポストにより空間線量率を測定し、これらの測定値をウェブサイトにおいて表示している(第2‐3‐12図)。
 農林水産省は、農地の除染など今後の営農に向けた取組を進めるため、引き続き農地土壌の放射性物質の分布状況について調査を実施した。

 第2‐3‐12図 放射線量測定マップの例

イ 放射性物質対策に向けた取組

 東電福島第一原子力発電所事故由来の放射性物質により汚染された環境の回復に向けて、関係機関が協力して放射性物質対策のための技術開発・調査研究に取り組んでいる。
 農林水産省は、農地及び森林の効果的・効率的な放射性物質対策に向けて、技術開発を行うとともに、これまでに開発された技術を実証し、これらの成果を速やかに公表した。また、除染後農地の雑草繁茂や土壌流亡を抑制する技術等、除染後の様々な課題に対応するための技術開発を行っている。
 環境省は、福島県内の除染により発生した土壌等の福島県外最終処分に向けて、減容・再生利用技術開発戦略を取りまとめるとともに、減容化等の分野において活用し得る技術の効果、安全性等を評価する実証事業を行っている。
 日本原子力研究開発機構は、福島県環境創造センター研究棟に入居し、福島県、国立環境研究所等と連携・協力して、東電福島第一原子力発電所事故により放射性物質で汚染された環境の回復に向けた放射線測定に関する技術開発や、放射性物質の環境動態等に関する研究、減容・再生利用に関する技術開発等を行っている。

ウ 小児に対する環境リスクの解明に向けた取組

 環境省は、国立環境研究所等と連携し、平成22年度より、全国で10万組の親子を対象とした大規模かつ長期の出生コホート調査「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」を実施している。同調査においては、母体血や臍(さい)帯血、母乳等の生体試料を採取保存・分析するとともに、子供が13歳に達するまで質問票によるフォローアップを行い、子供の健康に影響を与える環境要因を明らかにすることとしている(第2‐3‐13図)。

 第2‐3‐13図 子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)について

 この調査研究の実施体制としては、国立環境研究所がコアセンターとして研究計画の立案や生体試料の化学分析等を、国立成育医療研究センターがメディカルサポートセンターとして医学的な支援を、公募により指定した全国15地域のユニットセンターが参加者のフォローアップを担っており、環境省はこの調査研究の結果を用いて環境施策の検討を行うこととしている。平成29年度は、質問票によるフォローアップ及び全国調査10万人の中から抽出された5,000人程度の子供を対象として環境試料の採取、医学的検査等を行う詳細調査を引き続き実施している。

 第2‐3‐14表 食品安全、生活環境、労働衛生等の確保のための主な施策(平成29年度)

3 サイバーセキュリティの確保

 「サイバーセキュリティ基本法」(平成26年法律第104号)に基づき、サイバーセキュリティに関する施策を総合的かつ効果的に推進するため、内閣に設置された「サイバーセキュリティ戦略本部」(本部長:内閣官房長官)での検討を経て閣議決定された「サイバーセキュリティ戦略」(平成27年9月閣議決定)等に基づき、政府は、サイバーセキュリティに関する技術の研究開発を推進している。
 平成28年8月に「安全なIoTシステムのためのセキュリティに関する一般的枠組」を策定し、IoTシステムのセキュリティに関する具体的な推進方策について検討を行っている。
 また、平成29年7月に「サイバーセキュリティ研究開発戦略」を策定し、情報通信技術(IT)の進化等を意識しつつ、将来的なサイバーセキュリティ研究開発の方向性についてのビジョンを示した。
 内閣府は、SIPにおいて、国民生活の根幹を支える重要インフラ等をサイバー攻撃から守るために「重要インフラ等におけるサイバーセキュリティの確保」を立ち上げて、制御・通信機器の真(しん)贋(がん)判定技術(機器やソフトウェアの真正性・完全性を確認する技術)を含めた動作監視・解析技術と防御技術の研究開発を行うとともに、重要インフラ産業の国際競争力強化と2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の安定的運営に貢献することを目標とし、研究開発活動を推進している。
 総務省は、情報通信研究機構を通じて、サイバーセキュリティ分野の研究開発を推進している。さらに、その有するサイバーセキュリティに関する技術的知見を活用して、巧妙化・複合化するサイバー攻撃に対し、実践的な対処能力を持つセキュリティ人材を育成するため、平成29年4月に同機構に組織した「ナショナルサイバートレーニングセンター」において実施している国の行政機関、地方公共団体、独立行政法人、重要インフラ事業者等を対象とした実践的サイバー防御演習を(CYDER(※27))等の取組を推進している。

 第2‐3‐15表 サイバーセキュリティ確保のための主な施策(平成29年度)


  • ※27 CYber Defense Exercise with Recurrence

4 国家安全保障上の諸課題への対応

 「国家安全保障戦略」(平成25年12月17日国家安全保障会議・閣議決定)において、「我が国の高い技術力は、経済力や防衛力の基盤であることはもとより、国際社会が我が国に強く求める価値ある資源でもある。このため、デュアル・ユース技術を含め、一層の技術の振興を促し、我が国の技術力強化を図る必要がある」と掲げられている。
 第5期基本計画では、「科学技術には多義性があり、ある目的のために研究開発した成果が他の目的にも活用できる」といった性質を有していることや、「我が国の安全保障を巡る環境が一層厳しさを増している中で、国及び国民の安全・安心を確保するためには、我が国の様々な高い技術力の活用が重要である」ことを指摘している。国家安全保障戦略や第5期科学技術基本計画に基づき、国家安全保障上の諸課題に対し、関係府省・産学官連携の下、必要な技術の研究開発を推進することが求められている。
 科学技術イノベーション総合戦略2017では「重きを置くべき取組」として、「多様な活用が期待される科学技術について、関係府省の連携により、国内外の科学技術に関する動向を把握し、調査・分析を含め、俯(ふ)瞰(かん)するための体制を強化し、これら科学技術の育成について検討を行うとともに、国及び国民の安全・安心の確保に資する技術力強化のための研究開発の充実を図る」ことを掲げている。また、科学技術情報を適切に管理するための取組として、「技術情報流出の防止強化のため、大学・公的研究機関等において外国為替及び外国貿易法の遵守徹底など、安全保障貿易管理の取組を促進する。この際、政府研究事業の安全保障貿易管理の要件化なども検討する。また、科学技術の多義性から、研究の成果や技術が意図に反して大量破壊兵器等に転用される可能性を踏まえて、大学・公的研究機関等が機微な技術を組織内において適切に管理するための体制整備を支援する」ことを掲げている。
 防衛省は、防衛分野での将来における研究開発に資することを期待し、先進的な民生技術についての研究を、公募・委託する安全保障技術研究推進制度(第2‐3‐16図)を平成27年度から実施している。平成29年度から本制度を拡充し、予算額及び研究期間の観点から大規模な投資が有効な先進的な技術分野についても、萌芽的研究の育成に着手している。本制度の研究対象は基礎研究分野であり、研究者の自由な意思・発想に基づく研究を求めている。また、研究の幅広い発展につなげるため、研究成果を全て公表できることとしており、特定秘密をはじめとする秘密を受託者に提供することはなく、研究成果を特定秘密をはじめとする秘密に指定されることもない。研究成果は、既に学会発表や学術雑誌への掲載などを通じて公表されている。

 第2‐3‐16図 安全保障技術研究推進制度の概要

 また、防衛省は、情報通信技術(ICT)といった技術革新サイクルが速く、進展の速い民生先端技術を技術者と運用者が一体となり速やかに取り込むことで、3~5年程度の短期間での実用化を図る取組(図2‐3‐17図)を平成29年度より実施している。また、「平成28年度 中長期技術見積り」(平成28年8月防衛装備庁)に基づき、今後20年間を見据え、国家安全保障上の環境に大きな影響を及ぼすような、ゲームチェンジャーとなり得る先進的な技術分野として、特に重視する無人化、スマート化・ネットワーク化、高出力エネルギー技術、現有装備の機能・性能向上のための研究開発を推進している。

 第2‐3‐17図 進展の速い民生先端技術の短期実用化に係る取組の概要

 警察庁科学警察研究所においては、テロの未然防止あるいはテロ事案発生後の情報分析に役立つ画像解析技術の高度化を目的とし、全天球カメラを用いた警備支援システムの開発及びインターネット上の画像データを用いた解析技術に関する研究開発を実施している(第2‐3‐18図)。

 第2‐3‐18図 テロ事案等における画像解析技術の高度化 研究の概要

 防衛省は、CBRN(※28)汚染環境等の過酷な災害現場において、複数の無人車両の取得した画像やレーザスキャナの情報を統合し、遠隔操縦に適した俯(ふ)瞰(かん)表示や3Dエリア地図を迅速に作成することで、無人車両オペレータの作業性を大幅に改善する研究を実施している。また、自衛隊の災害派遣活動を支援するため、隊員の重量負荷を軽減しつつ迅速機敏な行動及び不整地の踏破を可能とする高機動パワードスーツに関する研究を実施している。さらに、目に見えないCBRN汚染を可視化し、詳細な汚染状況や被害見積りを提示するため、市街地のビルなどの詳細な地形を考慮した拡散予測やセンサからの情報を基に汚染発生源エリアを推定する脅威評価システムに関する研究を実施している。

 第2‐3‐19表 国家安全保障上の諸課題への対応のための主な施策(平成29年度)


  • ※28 Chemical, Biological, Radiological, Nuclear (化学剤、生物剤、放射性物質及び核)

コラム2‐6 ひとつの研究成果が様々な課題解決に貢献~安全保障技術研究推進制度の研究成果~

 防衛分野での将来における研究開発に資することを期待し、先進的な民生技術についての基礎研究を公募・委託する防衛省の安全保障技術研究推進制度は、これまで多くの研究成果が公表されており、将来、様々な分野の課題解決に貢献できる可能性を有している。(https://www.mod.go.jp/atla/funding/seika.html)
 一例として、レーダや航法援助、通信等に共通する重要な要素技術のひとつである高周波デバイスの高出力化が挙げられる。一般的に、電波の送信出力を大きくすると、装置の大型化や発熱、消費電力の上昇等の様々な副作用を伴うため、これらの問題点を改善することが課題となる。そこで、窒化ガリウムを用いたトランジスタ(GaN‐HEMT)に、デバイス構造の最適化が可能なインジウム系の材料を導入すること等により、高出力化と低消費電力化を実現する革新的な高周波デバイスを目指す研究が富士通株式会社より提案・実施1された。そして同社は、本制度の研究成果として得られたデバイスの内部抵抗及び漏れ電流を低減する技術を活用することにより、W帯(75~110ギガヘルツ)と呼ばれる高い周波数帯に適用可能な、世界最高の出力密度を有するW帯送信用パワーアンプの開発に成功した。この技術を2地点間の無線通信システムに応用した場合、従来技術では数kmの距離で毎秒数ギガビットの通信容量が限界のところ、10km以上かつ毎秒10ギガビット以上の長距離・大容量通信を実現できる見込みとなる。これにより、例えば災害時に光ファイバーが断線した際の早期の復旧手段の提供や、イベント開催時に臨時的に設営する仮設通信インフラへの適用など、我々の安全・安心の確保から身近な生活まで、様々な分野での活用が期待される。
 こうした実例が示すように、科学技術には多義性があり、科学技術イノベーションを今後とも強力に推進していくためには、適切な成果の活用を図ることが重要となっている。

 GaN‐HEMTのデバイス構造
 GaN‐HEMTのデバイス構造1
 提供:富士通株式会社

  • *1 HEMT:高電子移動度トランジスタ(High Electron Mobility Transistor)。異なる化合物半導体を接合させ、電子を供給する層と電子が走る層を分離することで電子を高速に動作させている。通常のトランジスタと比較して高い周波数帯でも特性が優れるため、衛星放送用受信機、携帯電話基地局、GPS用受信機等に用いられている。
  • *2 2次元電子:ソース電極からドレイン電極に向かって、電子走行層の上側の境界面を高速で移動する電子。
  • *3 迂回電子:ゲート電極が閉じた時に下側を迂回する電子。漏れ電流となり、パワーアンプの動作効率の悪化の原因となる。
  • *4 障壁層:動作時の迂回電子を低減し、漏れ電流を大幅に低減させるために設ける層。
  • *5 GaN Plug:ソース電極及びドレイン電極直下に埋め込まれた柱状のGaN層。ソース電極等から2次元電子領域にスムーズに電子を供給することにより、抵抗を低減してトランジスタに大電流を流すことが可能となる。

 W帯GaN‐HEMTパワーアンプの写真(左) 性能比較
 W帯GaN‐HEMTパワーアンプの写真(左)と性能比較(右)(※29)
 提供:富士通株式会社


  • ※29 “W帯向け窒化ガリウム送信用パワーアンプで世界最高の出力密度を達成”。富士通株式会社。
    http://www.prfujitsu.com/jp/news/2017/07/24.html(参照2018‐04‐03)

第3節 地球規模課題への対応と世界の発展への貢献

 気候変動問題への対応は、我が国にとっても、世界にとっても、喫緊の課題である。2016年(平成28年)11月に発効したパリ協定により、我が国においても温室効果ガス排出量の大幅な削減による気候変動の緩和とともに、適応に向けての取組の強化が必要となっている。

1 地球規模の気候変動への対応

(1)地球環境の観測技術の開発と継続的観測

ア 地球観測等の推進

 地球温暖化の状況等を把握するため、世界中の国や機関により、人工衛星や地上、海洋観測等による様々な地球観測が実施されている。気候変動問題の解決に向けた全世界的な取組を一層効果的なものとするためには、国際的な連携により、それらの観測情報を結び付け、さらに、統合・解析を行うことで、各国における政策決定等の基礎としてより有益な科学的知見を創り出すとともに、その観測データ及び科学的知見への各国・各機関へのアクセスを容易にするシステムが重要である。「全球地球観測システム(GEOSS)」は、このような複数のシステムから構成される国際的なシステムであり、その構築を推進する国際的な枠組みとして、地球観測に関する政府間会合(GEO)が設立され、2018年(平成30年)2月時点で223の国及び機関が参加している。我が国はGEOの執行委員国の一つとして、主導的な役割を果たしている。

イ 人工衛星等による観測

 宇宙航空研究開発機構は、水循環変動観測衛星「しずく」(GCOM‐W(※30))、「だいち2号」などの運用や気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM‐C(※31))をはじめとする研究開発などを行い、人工衛星を活用した地球観測の推進に取り組んでいる(第3章第4節参照)。
 環境省は、関係府省及び機関と連携して、気候変動とその影響の解明に役立てるため、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT(※32))による全球の二酸化炭素及びメタンの観測技術の開発・運用に加え、航空機・船舶・地上からの観測を継続的に実施している。「いぶき」は、気候変動対策の一層の推進に貢献することを目指して、温室効果ガスの排出・吸収量の推定精度を高めるために必要な全球観測を行っており、二酸化炭素及びメタンの全球の濃度分布、その季節変動を明らかにし、全球における月別及び地域別(亜大陸規模)の二酸化炭素及びメタンの排出・吸収量の推定結果や、二酸化炭素濃度の三次元分布推定データ、地球の全大気の二酸化炭素平均濃度を一般公開するなどの成果を上げている。また、「いぶき」の観測データを解析した結果、温室効果ガス排出インベントリの検証ツールとしての利用可能性が示された。さらに、観測精度の一層の向上を目指した「いぶき2号」(GOSAT‐2)については、平成30年度の打ち上げを予定している。「いぶき」シリーズにより、温室効果ガスの多点観測データを提供し、気候変動の科学、地球環境の監視、気候変動関連施策に貢献すると同時に、排出量の比較・評価に観測データの利活用を促進することで、各国の排出量の透明性担保と削減取組に貢献していく。
 地球規模での気候変動・水循環メカニズムの解明を目的とした「しずく」や、米国航空宇宙局(NASA)との国際協力プロジェクトである全球降雨観測計画(GPM)主衛星のデータは、気象庁において利用され、降水予測精度向上に貢献する等、気候変動分野における研究利用にとどまらず、気象予報や漁場把握などの幅広い利用分野で活用されている。
 具体的には、気象庁において、「しずく」の観測データの利用による数値予報の降水予測精度及び海面水温・海氷の解析精度向上を確認し、同庁で日々運用している数値予報システム及び海面水温・海氷解析において同データを利用している。また、数値予報システムにおいてGPM主衛星の観測データを利用しており、降水予測精度向上に貢献している。


  • ※30 Global Change Observation Mission-Water
  • ※31 Global Change Observation Mission-Climate
  • ※32 Greenhouse gases Observing SATellite
ウ 地上、海洋観測等

 近年、北極域の海氷の減少、世界的な海水温の上昇や海洋酸性化の進行等、海洋環境が急速に変化している。海洋環境の変化を理解し、海洋や海洋資源の保全・持続可能な利用、地球環境変動の解明を実現するため、海洋研究開発機構は、漂流フロート、係留ブイ、船舶による観測等を組み合わせ、統合的な海洋の観測網の構築を推進している。
 文部科学省と気象庁は、世界の海洋内部の詳細な変化を把握し、気候変動予測の精度向上につなげる高度海洋監視システム(アルゴ計画(※33))に参画している。アルゴ計画は、アルゴフロートを全世界の海洋に展開することによって、常時全海洋を観測するシステムを構築するものである。
 また、文部科学省は、地球環境変動を顕著に捉えることが可能な南極地域及び北極域における研究諸分野の調査・観測等を推進している。「南極地域観測事業」では、国際協力の下、文部科学大臣を本部長とする「南極地域観測統合推進本部」を中心に、関係府省や、国立極地研究所をはじめとする研究機関等の協力を得て、南極地域観測第9期6か年計画(平成28~33年度)に基づき、南極地域における調査・観測等を実施している。
 北極域に関しては、「我が国の北極政策」(平成27年10月16日総合海洋政策本部決定)が決定されており、「北極域研究推進プロジェクト(ArCS)」では、北極域における環境変動と地球全体に及ぼす影響を包括的に把握し、精(せい)緻(ち)な予測を行うとともに、社会・経済的影響を明らかにし、適切な判断や課題解決のための情報をステークホルダー(利害関係者)に伝えることを目指し、国際共同研究、国際研究拠点の構築、若手研究者等の育成等の取組を実施している。
 海洋研究開発機構においては、北極環境変動総合研究センターを設置し北極研究を推進するとともに、海氷下でも自律航行や観測が可能な自律型無人探査機(AUV(※34))等の要素技術開発を実施している。また、北極海及び周辺海域において海洋環境・海洋生態系の変化を明らかにするため、海氷が最も後退する8月~10月にかけて、海洋地球研究船「みらい」による観測航海を実施している。さらに、平成29年度は研究のプラットフォームとなる北極域研究船に関する調査検討を行った。
 気象庁は、大気や海洋の温室効果ガス、エアロゾルや地上放射、及びオゾン層・紫外線の観測や解析を実施しているほか、船舶、アルゴフロート、衛星等による様々な観測データを収集・分析し、地球環境に関連した情報の提供を行っている。
 また、温室効果ガスの状況を把握するため、国内の3観測地点及び南極昭和基地で大気中の温室効果ガスの観測を行っているほか、海洋気象観測船による北西太平洋の洋上大気や海水中の温室効果ガスの観測及び航空機による上空の温室効果ガスの観測を行っている。これらを含めた地球温暖化に関する観測データは、解析結果と共に公開している。また、国内の4観測地点、南極昭和基地でオゾン層・紫外線の観測を実施している。


  • ※33 全世界の海洋を常時観測するため、日本、米国等30以上の国や世界気象機関(WMO)、ユネスコ政府間海洋学委員会(IOC)等の国際機関が参加する国際プロジェクト
  • ※34 Autonomous Underwater Vehicle

(2)スーパーコンピュータ等を活用した気候変動の予測技術等の高度化

 文部科学省は、地球シミュレータ等の世界最高水準のスーパーコンピュータを活用し、気候モデル等の開発を通じて気候変動の予測技術等を高度化することによって、気候変動によって生じる多様なリスクの管理に必要となる基盤的情報を創出するための研究開発を実施している。
 気象庁気象研究所は、エアロゾルが雲に与える効果、オゾンの変化や炭素循環なども表現できる温暖化予測地球システムモデルを構築し、気候変動に関する10年程度の近未来予測及びIPCCの排出シナリオに基づく長期予測を行っている。また、我が国特有の局地的な現象を表現できる分解能を持った精(せい)緻(ち)な雲解像地域気候モデルを開発して、空間的にきめ細かな領域温暖化予測を行っている。
 海洋研究開発機構は、大型計算機システムを駆使した最先端の予測モデルやシミュレーション技術の開発により、地球規模の環境変動が我が国に及ぼす影響を把握するとともに、気候変動問題の解決に海洋分野から貢献している。

(3)観測・予測データを統合した情報基盤の構築等

 文部科学省は、地球観測衛星や陸域・海洋観測によって得られる地球観測データ、気候変動予測データ、社会経済データなどを統合・解析し、新たに有用な情報を創出することが可能な情報基盤として、「データ統合・解析システム(DIAS(※35))」を開発し、これまでに国内外の研究開発を支えつつ、水課題を中心に成果を創出してきた。平成28年度からは「地球環境情報プラットフォーム構築推進プログラム」として、企業も含めた国内外の多くのユーザーに長期的・安定的に利用されるための運営体制の整備をするとともに、防災、エネルギー、農業等、様々な分野の社会的課題を解決に資する共通基盤技術の開発を推進している。
 情報通信研究機構は、国際科学会議(ICSU(※36))が推進する「世界データシステム(WDS(※37))」計画に基づく世界最大規模の科学データプラットフォームの構築計画において、国際プログラムオフィスのホスト機関に選定されており、日本学術会議、国内外関連研究機関等と連携体制を構築し、地球観測データの解析等を可能とする世界規模の科学データプラットフォーム実現に資する論文及び論文で引用されるデータ間の参照関係分析技術等の研究開発を進めている。
 また、宇宙航空研究開発機構と共同で開発した超伝導サブミリ波リム放射サウンダ(SMILES(※38))によるデータ解析、成層圏等の観測データ提供を行っている。さらに、地球圏宇宙空間の電磁環境及び電波利用に関する研究開発を実施しており、宇宙・地球環境観測データの収集・管理・解析・配信を統合的に行ったほか、観測・センシング技術及び数値計算技術を高度化し、大規模データを処理するための宇宙環境インフォマティクス技術(※39)の開発を進めている。
 このほか、船舶、アルゴフロート、衛星等による様々な観測データを収集・分析し、地球環境に関連した海洋変動の現状と今後の見通し等を「海洋の健康診断表」として取りまとめ、情報発信を行っている。
 国土地理院は、地球観測衛星データ等を活用したデータ整備手法の技術開発を行っている。


  • ※35 Data Integration and Analysis System
  • ※36 International Council for Science:人類の利益のために、科学とその応用分野における国際的な活動を推進することを目的として、1931年に非政府・非営利の国際学術機関として設立
  • ※37 World Data System
  • ※38 Superconducting Submillimeter-Wave Limb-Emission Sounder:大気の縁(リム)の方向にアンテナを向け、超伝導センサを使った高感度低雑音受信機を用いて大気中の微量分子が自ら放射しているサブミリ波(300GHzから3,000GHzまでの周波数の電波をサブミリ波という。このうち、SMILESでは、624GHzから650GHzまでのサブミリ波を使用している。)を受信し、オゾンなどの量を測定する。
  • ※39 宇宙環境に関するシミュレーションや観測から生成される大規模かつ多種多様なデータを処理し、情報を抽出するための技術

(4)二酸化炭素等の排出削減に向けた取組

 経済産業省は、二酸化炭素回収・貯留(CCS(※40))技術の実用化を目指し、二酸化炭素大規模発生源から分離・回収した二酸化炭素を地中(地下1,000m以深)に貯留する一連のトータルシステムの実証及びコストの大幅低減や安全性向上に向けた技術開発を進めている。
 また、鉄鋼製造において、一層の低炭素化を図るため、還元材の一部をコークスから水素に代替する技術や高炉ガスの二酸化炭素を分離回収する技術等、製鉄プロセスにおける革新的な二酸化炭素排出削減技術を開発している。
 環境省は、石炭火力発電所排ガスから二酸化炭素の大半を分離・回収する場合のコスト、発電効率の低下、環境影響等の評価に向けた二酸化炭素分離・回収設備の設計・建設や、我が国に適したCCSの円滑な導入手法の取りまとめ等を行っている。
 また、国内における二酸化炭素の貯留可能な地点の選定を目的として、経済産業省と環境省は共同で弾性波探査等の地質調査を実施している。
 国土交通省は、国際海運からの温室効果ガス(GHG)排出量の更なる削減を目標として、平成29年10月から「先進船舶導入等計画認定制度」を開始することにより、LNG燃料船等の環境負荷低減に資する代替燃料を使用した先進的な船舶等の開発や普及を推進した。更に、国際海事機関(IMO(※41))におけるGHG排出削減戦略の策定に向け、具体的な削減目標やその実現のための対策等を取りまとめの上、世界に先立ち提案し、国際交渉を主導している。
 海上・港湾・航空技術研究所は、船舶からの二酸化炭素排出量の大幅削減に向け、ゼロエミッションを目指した環境インパクトの大幅な低減と社会合理性を兼ね備えた環境規制の実現に資する基盤的技術に関する研究を行っている。
 また、国内外に広く適用可能なブルーカーボンの計測手法を確立することを目的に、大気と海水間のガス交換速度や海水と底生系(底生動植物、堆積物)間の炭素フロー等を定量的に計測するための沿岸域における現地調査や実験を含む研究を推進している。
 国土技術政策総合研究所は、温室効果ガス排出を抑制しエネルギー・資源を回収する下水処理技術、住宅・建築物における快適な室内環境の担保と高い省エネルギー性能を両立するための技術開発、みどりを利用した都市の熱的環境改善による低炭素化都市づくりに関する研究を行っている。


  • ※40 Carbon Dioxide Capture and Storage
  • ※41 International Maritime Organization

(5)気候変動への対応技術の開発と経済・社会活動への波及

 パリ協定に規定された「2℃目標」の実現に向けて、約束草案 の効果の総計に関する統合報告書においては、2030年の世界全体の温室効果ガス排出総量は約570億トンと見込まれる一方で、2℃目標と整合的なシナリオとするには、2050年までに排出量を240億トン程度の水準にする必要があり、約300億トン超の追加的削減が必要となることが示されており、総合科学技術・イノベーション会議では削減ポテンシャル等が大きい革新技術を特定したエネルギー・環境イノベーション戦略(NESTI2050)を平成28年4月に決定した。政府は、当技術の開発を推進し、研究開発推進体制の構築に取り組んでいる。
 内閣府では、有望な革新技術の研究開発の推進を図るため、平成29年9月に技術ロードマップを策定・公表するとともに、優先的に取り組むべきボトルネック課題の抽出のための検討会を立ち上げ、温室効果ガスの抜本的な排出削減を実現するイノベーション創出に向けた取組を推進した。
 文部科学省は、研究開発を実施してきた気候変動の予測情報等の成果を活用し、地方自治体が地域特性に応じて気候変動の影響への適応に取り組むことができるよう、信頼度の高い近未来の気候変動の影響の予測技術や、予測データを超高解像度で精細化する技術、気候変動の影響評価技術、適応策の効果の評価技術を地方公共団体等と協働して開発している。また、気候変動を含む地球環境研究の世界規模のイニシアチブであるフューチャー・アース構想等、国内外のステークホルダーとの協働による研究を推進している。
 農林水産省は、農林水産分野における温暖化適応技術として、平成29年度に森林・林業、水産業分野における気候変動適応技術の開発及び野生鳥獣被害対応技術の開発を実施するとともに、精度の高い収量・品質予測モデル等を開発し、気候変動の農林水産物への影響評価を行った。また、評価に基づく中長期的視点を踏まえ、ゲノム情報を最大限に活用した高温や乾燥等に適応する品種の開発、温暖化の進行に適応した生産安定技術の開発、病害虫被害対応技術の開発を推進しているほか、新たに、畜産分野における温室効果ガス排出削減技術の開発に着手した。この他、国際連携による途上国での気候変動対策及び持続可能な食料安定供給への取組を推進している。
 環境省は、気候変動の一因と考えられている短寿命気候汚染物質(SLCP(※42))の最適な削減パスと、それを実現する効果的な対策を提案する「SLCPの環境影響評価と削減パスの探索による気候変動対策の推進(S‐12)」、効果的かつ効率的に緩和・適応策に取り組むための定量的基礎資料を整備し、リスクマネジメントとしての気候変動対策の適切な計画立案に貢献する「気候変動の緩和策と適応策の統合的戦略研究(S‐14)」の三つの戦略的研究課題を実施している。これらの戦略的研究をはじめとして、気候変動及びその影響の観測・監視並びに予測・評価及びその対策に関する研究を環境研究総合推進費等により総合的に推進している。
 また、気候変動の影響への適応については、政府全体として整合の取れた取組を計画的かつ総合的に推進するため、平成27年11月に「気候変動の影響への適応計画」を閣議決定した。この適応計画に基づき、地方公共団体や事業者の取組をサポートするため、平成28年8月に国立環境研究所に「気候変動適応情報プラットフォーム」を構築し、関係府省庁と連携して、適応に関する最新の情報を提供している。また、関係府省庁が緊密な連携の下、必要な施策を総合的かつ計画的に推進するため、気候変動の影響への適応に関する関係府省庁連絡会議を開催し、平成29年10月に「気候変動の影響への適応計画の試行的なフォローアップ報告書」を取りまとめた。
 気象庁気象研究所は、いわゆるゲリラ豪雨のような局地的大雨をもたらす極端気象現象を、二重偏波レーダやフェーズドアレイレーダー、GPS等を用いてリアルタイムで検知する観測・監視技術の開発に取り組んでいる。また、局地的大雨を再現可能な高解像度の数値予報モデルの開発など、局地的な現象による被害軽減に寄与する気象情報の精度向上を目的とし研究を推進している。

 第2‐3‐20表 地球規模の気候変動への対応のための主な施策(平成29年度)


  • ※42 Short Lived Climate Pollutants

2 生物多様性への対応

 生物多様性及び生態系サービスに関する科学と政策の連携強化を目的として設立された「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学‐政策プラットフォーム(IPBES)」のアジア・オセアニア地域技術支援機関(TSU‐AP)が我が国の提案により2015年に公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)に設置されており、TSU‐APを通じて我が国はアジア・オセアニア地域の生物多様性及び生態系サービスに関する評価の報告書とりまとめ作業を支援している。上記報告書を含む作業中の評価報告書等に我が国の知見を効果的に反映させるため、IPBESに関わる国内専門家及び関係省庁による国内連絡会を2018年2月に開催した。2018年3月にコロンビア・メデジンで開催された第6回総会では、上記報告書の政策決定者向け要約の承認と本文の受領がなされた。このほか、環境省は、IPBESによる評価作業への知見提供等により国際的な科学と政策の結びつき強化に貢献することを目的とした研究として「社会・生態システムの統合化による自然資本・生態系サービスの予測評価」を、環境研究総合推進費により開始した。
 我が国は、生物多様性に関するデータを収集し全世界的に利用することを目的とする地球規模生物多様性情報機構(GBIF)に参加し活動を支援するとともに、GBIFノード(データ提供拠点)である国立科学博物館及び国立遺伝学研究所と連携しながら、生物多様性情報をGBIFに提供した。GBIFで蓄積されたデータは、IPBESでの評価の際の重要な基盤データとなることが期待されている。
 農林水産省は、農林水産物のゲノム、遺伝子等の情報を大学・民間企業等の育種関係者に提供するため、当該情報のデータベースの整備と次世代ゲノム解析機器から生み出される膨大な塩基配列情報を高速・高精度でつなぎ合わせて整理するゲノム断片整列化機能や、整理されたゲノム配列から新規の有用遺伝子の存在を予測する機能の開発を行っている。また、農業生物資源ジーンバンク事業として、農業に係る生物遺伝資源の収集・保存・評価・提供を行うとともに、DNAをはじめとするイネ等のゲノムリソースの保存・提供も行っている。
 製品評価技術基盤機構は、生物遺伝資源の収集・保存・分譲を行うとともに、これらの資源に関する情報(系統的位置付け、遺伝子に関する情報等)を整備・拡充し、幅広く提供している。
 また、微生物資源の保存と持続可能な利用を目指した15か国・地域27機関のネットワーク活動に参加し、各国との協力関係を構築するなど、生物多様性条約を踏まえたアジア諸国における生物遺伝資源の利用を積極的に支援している。
 さらに、遺伝子組換え植物により、ワクチンや機能性食品等の高付加価値な有用物質を高効率に生産するための基盤技術の開発研究を推進している。これにより、植物の機能を活用した安全で生産効率の高い物質生産技術の迅速な実用化を推進している。
 また、近年、地球温暖化、海洋環境劣化、乱獲等による海洋生物への様々な影響が顕在化してきており、海洋生態系の保全が重要な課題となっている。このため、文部科学省は、「海洋資源利用促進技術開発プログラム」のうち「海洋生物資源確保技術高度化」において、海洋生態系を総合的に解明する研究開発を行うとともに、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業において、海洋生物の観測・モニタリング技術の研究開発等を行っている。さらに、津波により被害を受けた東北地方太平洋沖の海洋生態系を回復させるための調査研究を実施している。

第4節 国家戦略上重要なフロンティアの開拓

 海洋や宇宙の開発・利用・管理を支える一連の科学技術は、産業競争力の強化や経済・社会的課題への対応のみならず、我が国の存立基盤を確固たるものとするものである。また、国際社会における評価と尊敬を得るとともに、国民の科学への啓発をもたらす意味でも重要であり、長期的視野に立って強化していく必要がある。

1 海洋分野の研究開発の推進

 世界第6位の領海・排他的経済水域を有する我が国は、「海洋立国」にふさわしい科学技術とイノベーションの成果を上げる必要がある。そのため、氷海域、深海部、海底下を含む海洋の調査・観測技術、生物を含む資源、運輸、観光等の海洋の持続可能な開発・利用等に資する技術、海洋の安全確保と環境保全に資する技術、これらを支える科学的知見・基盤的技術の研究開発に着実に取り組むことが重要である。
 内閣府は、総合海洋政策本部と連携し、「海洋基本計画」(平成25年4月26日閣議決定)と整合を図りつつ、海洋に関する技術開発課題等の解決に向けた取組を推進している。
 文部科学省は、科学技術・学術審議会海洋開発分科会において策定された「海洋科学技術に係る研究開発計画」に基づき、未来の産業創造に向けたイノベーション創出に資する海洋科学技術分野の研究開発を推進している。
 海洋研究開発機構は、船舶や探査機、観測機器等を用いて深海底・氷海域等のアクセス困難な場所を含めた海洋における調査・研究を行い、得られたデータを用いたシミュレーションやデータのアーカイブ・発信を行っている。さらに、これらの技術を活用し、いまだ十分に解明されていない領域の実態を解明するための基礎研究を推進している。

(1)海洋の調査・観測技術

 海洋研究開発機構は、海底下に広がる微生物生命圏や海溝型地震及び津波の発生メカニズム、海底資源の成因や存在の可能性等を解明するため、地球深部探査船「ちきゅう」の掘削技術やDONETを用いたリアルタイム観測技術等の開発を進めるとともに、それらの技術を活用した調査・研究・技術開発を実施している。
 また、大きな災害をもたらす巨大地震や津波等、深海底から生じる諸現象の実態を理解するため、研究船や有人潜水調査船「しんかい6500」、無人探査機等を用いた地殻構造探査等により、日本列島周辺海域から太平洋全域を対象に調査研究を行っている。

(2)海洋の持続的な開発・利用等に資する技術

 文部科学省は、海洋資源の探査を行うために必要な先進的・基盤的技術の開発及び開発した技術を用いた調査研究を行っている。平成25年度から実施している「海洋資源利用促進技術開発プログラム」のうち「海洋鉱物資源広域探査システム開発」において、これまで大学等が開発してきた最先端センサ技術の高度化を進め、複数センサを組み合わせた効率的な広域探査システムの開発や、新たな探査手法の開発及びその実用化に向けた実証を行うことで、民間企業等への技術移転を進めている(第3章第1節1(2)参照)。
 海洋研究開発機構は、我が国周辺海域に眠る海底資源の持続的な利活用に向けて、船舶や探査機、最先端のセンサ技術等を用いて、海底資源の成因解明や、効率的な調査手法、環境影響評価法の確立に向けた調査研究を実施している(第3章第1節1(2)参照)。
 総務省は、効率的な海洋資源調査に資するべく海洋資源調査のための次世代衛星通信技術に関する研究開発を実施し、地球局の小型化・省電力化技術、衛星自動追尾(揺れ対策)等の技術開発に取り組んでいる。

(3)海洋の安全確保と環境保全に資する技術

 近年、地球温暖化、海洋環境劣化、乱獲等による海洋生物への様々な影響が顕在化してきており、海洋生態系の保全や海洋生物資源の持続可能な利用の実現が重要な課題となっている。このため、文部科学省は、「海洋資源利用促進技術開発プログラム」のうち「海洋生物資源確保技術高度化」において、海洋生物の生理機能を解明し、革新的な生産につなげる研究開発や生態系を総合的に解明する研究開発を行うとともに、科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業において、海洋生物の観測・モニタリング技術の研究開発等を行っている(第3章第3節2参照)。
 海上・港湾・航空技術研究所は、海洋資源・エネルギー開発に係る基盤的技術の基礎となる海洋構造物の安全性評価手法及び環境負荷軽減手法の開発・高度化に関する研究を行っている。
 海上保安庁では、海上交通の安全確保及び運航効率の向上のため、船舶の動静情報等を収集するとともに、これらのビッグデータを解析することにより海上における船舶交通流を予測し、船舶にフィードバックするシステムの開発を行っている。

2 宇宙分野の研究開発の推進

 気象衛星、通信・測位・放送衛星などの宇宙開発利用は、国民の日々の生活に不可欠な存在であり、また、人類の知的資産を拡大し、国民に夢と希望を与える重要なものである。我が国の宇宙開発利用は、「宇宙基本法」(平成20年法律第43号)や「宇宙基本計画」(平成28年4月1日閣議決定)によって国家戦略として総合的かつ計画的に推進されている(第2‐3‐21表)。

 第2‐3‐21表 宇宙基本計画工程表(平成29年度改訂)のポイント

(1)宇宙輸送システム

 宇宙輸送システムは、人工衛星等の打ち上げを担う技術であることから宇宙利用の第一歩であり、希望する時期や軌道に人工衛星を打ち上げる能力は自立性確保の観点から不可欠な技術基盤といえる。我が国が、自立的に宇宙活動を行う能力を維持発展させるとともに、国際競争力を確保するため、平成32年度の初号機打ち上げに向け、平成26年度からH3ロケットの開発に本格着手した。
 また、我が国の基幹ロケットであるH‐ⅡAロケット、H‐ⅡBロケット、イプシロンロケットにより、平成29年6月、8月、10月に準天頂衛星システム「みちびき」2、3、4号機、同年12月に気候変動観測衛星「しきさい」(GCOM‐C)及び超低高度衛星技術試験機「つばめ」(SLATS)、平成30年1月に高性能小型レーダ衛星(ASNARO(※43)‐2)、同年2月に情報収集衛星光学6号機の打ち上げに成功した。

 H‐ⅡAロケット37号機(左) イプシロンロケット3号機(右)
 H‐ⅡAロケット37号機(左)及びイプシロンロケット3号機(右)の打ち上げ
 提供:宇宙航空研究開発機構


  • ※43 Advanced Satellite with New system Architecture for Observation

(2)衛星測位システム

 衛星測位システムについては、総務省、文部科学省、経済産業省及び国土交通省等が連携し、山間地、ビル影等に影響されずに高精度測位等を行うことが可能な準天頂衛星初号機「みちびき」による実証実験等を行っている。内閣府は、平成24年度から、実用システムの整備を進めており、平成29年度には、2号機、3号機及び4号機の打ち上げに成功し、平成22年度に打ち上げた初号機と合わせ、平成30年度からのサービス開始に向けて4機体制が構築された。また、平成35年度をめどに持続測位が可能となる7機体制を確立させるため、並行して測位技術の研究開発を進めている。

コラム2‐7 準天頂衛星システム「みちびき」による高精度測位

 平成22年に準天頂衛星システム「みちびき」の一翼を担う初号機が打ち上げられ、平成29年に3機の打上げに成功した。
 準天頂衛星システムとは、準天頂軌道の測位衛星が主体となって構成される我が国独自の衛星測位システムであり、日本版GPSと呼ばれることもある。「みちびき」は、準天頂軌道(日本からオセアニアにかけて8の字を描く軌道とすることで日本上空で長時間高仰角にいることができる軌道。)に3機、静止軌道に1機を配置している。
 「みちびき」の特徴は、1.高仰角に滞在することによる測位機会の拡大(=GPSの補完)、2.センチメータ級の測位を可能とする信号の配信(=GPSの補強)、3.メッセージ機能、の三つである。
 「みちびき」により提供されるセンチメータレベルの高精度の位置情報サービスは、自動車や農業機械の自動運転、除雪車の操作支援などでの利用の取組が進められている。また、災害時の避難所における避難者情報の収集や津波などの災害情報をカーナビや野外のデジタル表示装置で配信するサービスの実証実験なども行われている。
 平成30年度からサービスが開始される「みちびき」は、新たなサービスの創出や国民に安全・安心を届ける新しい時代のインフラとして、非常に重要な意義を有している。

 みちびき衛星が描く準天頂軌道
 みちびき衛星が描く準天頂軌道
 提供:内閣府

 みちびき3号機
 みちびき3号機
 提供:内閣府

(3)衛星通信・放送システム

 2020年代に国際競争力をもつ次世代静止通信衛星を実現する観点から、宇宙基本計画において「新たな技術試験衛星を平成33年度をめどに打ち上げることを目指す。」と明記されている。このことを踏まえ、総務省と文部科学省が連携し、電気推進技術や大電力発電、フレキシブルペイロード技術等の技術実証のため、平成28年度から技術試験衛星9号機の開発を行っている。また、ギガビット級の衛星インターネット通信技術等の開発・実証を目的とした超高速インターネット衛星「きずな」(WINDS(※44))による実験を行った。


  • ※44 Wideband InterNetworking engineering test and Demostration Satellite

(4)衛星地球観測システム

 環境省は、「いぶき」を、平成20年度に打ち上げ、気候変動対策を推進している。さらに、観測精度の一層の向上を目指した「いぶき2号」を平成30年度に打ち上げを予定している。
 宇宙航空研究開発機構が平成24年5月に打ち上げた「しずく」や平成26年2月にNASAとの国際協力プロジェクトとして打ち上げたGPM主衛星のデータは、気象庁において利用され、降水予測精度向上に貢献するなど、気象予報や漁場把握等の幅広い分野で活用されている(第3章第3節1(1)参照)。
 さらに、平成29年12月に打ち上げに成功した「しきさい」の運用も行っている。
 このほかにも、「だいち2号」が平成26年5月に打ち上げられ、様々な災害の監視や被災状況の把握、森林や極域の氷の観測等を通じ、防災・災害対策や地球温暖化対策などの地球規模課題の解決に貢献している。
 そのほか、文部科学省と宇宙航空研究開発機構は、地上からスペースデブリ(宇宙ゴミ)等の状況を把握することにより我が国の人工衛星の安定的運用に貢献する宇宙状況把握システムの構築や、高感度な赤外線センサの人工衛星への搭載技術の研究に、防衛省と共同で取り組むとともに、広域かつ高分解能な撮像が可能な先進光学衛星(ALOS‐3)や先進レーダ衛星(ALOS‐4)、衛星間光通信を実証する光データ中継衛星の開発等にも取り組んでいる。

 気候変動観測衛星 「しきさい」(GCOM‐C)
 気候変動観測衛星 「しきさい」(GCOM‐C)
 提供:宇宙航空研究開発機構

(5)宇宙科学・探査

 宇宙科学の分野においては、宇宙航空研究開発機構が中心となり、世界初のX線の撮像と分光を同時に行う人工衛星の開発・運用や、小惑星探査機「はやぶさ」による小惑星「イトカワ」からの試料回収など、X線・赤外線天文観測や月・惑星探査などの分野で世界トップレベルの業績を上げている。平成28年12月に打ち上げたジオスペース探査衛星「あらせ」は、地球周辺の宇宙空間ジオスペースにおいてプラズマの観測を行い、オーロラや宇宙嵐などの太陽活動と地球の相互作用や宇宙環境の理解の深化を目指している。平成26年12月に打ち上げた「はやぶさ2」は、平成30年に小惑星「リュウグウ」へ到着し試料を回収したのち、平成32年に地球への帰還を予定している。
 また、平成27年12月に金星周回軌道へ投入された金星探査機「あかつき」は、平成28年4月より定常観測に移行し、金星大気メカニズムの解明を目指した観測を行っている。このほか、我が国初となる月への無人着陸を目指す小型月着陸実証機(SLIM)やX線天文衛星代替機(共に平成32年度打上げ予定)、欧州宇宙機関との国際協力による水星探査計画(BepiColombo)の探査機(平成30年秋頃打上げ予定)の開発等、国際的な地位の確立や、人類のフロンティア拡大に資する宇宙科学分野の研究開発を推進している。

 ジオスペース探査衛星「あらせ」
 ジオスペース探査衛星「あらせ」
 提供:宇宙航空研究開発機構

(6)有人宇宙活動

 国際宇宙ステーション(ISS)計画(※45)は、日本・米国・欧州・カナダ・ロシアの5極共同の国際協力プロジェクトである。我が国は、平成21年7月に完成した「きぼう」日本実験棟及び宇宙ステーション補給機「こうのとり」(HTV)の開発・運用や日本人宇宙飛行士のISS長期滞在により本計画に参加しており、これまでに、有人・無人宇宙技術の獲得、国際プレゼンス(国際的地位)の確立、宇宙産業の振興、宇宙環境利用による社会的利益(創薬につながる高品質蛋白質結晶の生成、医学的知見の獲得、次世代半導体の開発に資する材料創製、超小型衛星放出等)及び青少年育成等の多様な成果を上げてきている。2017年(平成29年)12月から、金(かな)井(い)宣(のり)茂(しげ)宇宙飛行士がISSに長期滞在し、「きぼう」を利用した様々な科学実験やISS各施設のシステム運用等を実施した。また、2015年(平成27年)12月に、新たな日米協力の枠組みに係る合意文書を取り交わし、2024年(平成36年)までの我が国のISS運用延長への参加が決定している。今後の取組としては、将来の波及性を踏まえた新たな宇宙機(HTV‐X)を活用していくこととしており、HTV‐Xは2021年(平成33年)の打上げを目指して開発を進めている。
 また、ISSを最大限活用しつつ、無人探査ミッション、有人探査ミッションという順で、段階を経て火星に至る、持続可能な国際宇宙探査のシナリオについての国際的な検討が、各国の宇宙機関から構成される国際宇宙探査協働グループ(ISECG)を中心に進められている。

 金井宣茂(かないのりしげ)宇宙飛行士
 金井宣茂(かないのりしげ)宇宙飛行士
 提供:宇宙航空研究開発機構/米国航空宇宙局

 ISSロボットアームで把持された「こうのとり」6号機
 ISSロボットアームで把持された「こうのとり」6号機
 提供:宇宙航空研究開発機構/米国航空宇宙局


  • ※45 日本・米国・欧州・カナダ・ロシアの政府間協定に基づき地球周回低軌道(約400km)上に有人宇宙ステーションを建設、運用、利用する国際協力プロジェクト

(7)宇宙の利用を促進するための取組

 文部科学省は、人工衛星に係る潜在的なユーザーや利用形態の開拓等、宇宙利用の裾野の拡大を目的とした「宇宙航空科学技術推進委託費」により、産学官の英知を幅広く活用する仕組みを構築した。これにより、宇宙航空分野の人材育成及び防災、環境等の分野における実用化を見据えた宇宙利用技術の研究開発を引き続き行っている。
 経済産業省は、大型衛星に劣らない機能、低コスト、短納期を実現する高性能小型衛星の研究開発を進めており、平成30年1月に高性能小型レーダ衛星(ASNARO‐2)の打上げを行った。また、国際競争力のある宇宙用機器の研究開発、衛星を活用したリモートセンシング(遠隔探知)技術を用いた鉱物資源探査等に資するセンサの開発やデータ処理解析技術などの衛星利用技術の開発も進めている。

コラム2‐8 宇宙の錬金術!?~新たな天文学でとらえた重元素生成の現場~

 この宇宙には水素や炭素といった元素が100種類以上存在している。宇宙がまだ生まれたばかりのころは水素やヘリウムばかりであったが、星が生まれその中心で核融合反応が起こることで鉄までの元素が生まれることがわかっている。そして、金やプラチナ、レアアースといった鉄よりも重い元素は、重たい星が最後に起こす超新星爆発によって作られると考えられてきた。しかし、研究が進むにつれて、超新星爆発では今の宇宙に存在する金やプラチナ、ウランといった重元素を作ることができないということがわかってきた。したがって、宇宙のどこで金などが作られているのかが天文学・物理学の大問題の一つとなっていた。
 2017年8月17日、アメリカの重力波望遠鏡とヨーロッパの重力波望遠鏡が、新たに中性子星同士の合体によるものと考えられる重力波を検出した。吉田道利・国立天文台教授が代表を務める日本の重力波追跡観測チームは、国立天文台すばる望遠鏡などを用いて、この重力波に伴う光を発見・追跡観測し、明るく光っている天体がどんどん暗くなっていく現場をとらえることに初めて成功した。
 これまで、中性子星が合体した時にどのような光が放出されるかが、様々なパターンで理論的にシミュレーションされてきたが、今回の観測結果はそれらの中でも、鉄より重い元素を合成していた場合に起こる光の放射現象「キロノバ(kilonova)」によく一致していた。これによって金などが中性子星連星の合体によっても作られるという観測的な証拠が得られ、この宇宙に存在する重元素の起源に迫る大きな一歩となった。
 この研究結果は、これまで偶然に頼るしかなかった未知の天体現象を、重力波観測と光赤外観測を組み合わせることで発見したものである。この重力波と光の観測を組み合わせた「マルチメッセンジャー天文学」は、人類が宇宙を探る新しい手段として今後の進展が期待されている。

 提供:国立天文台/名古屋大学/鹿児島大学
 提供:国立天文台/名古屋大学/鹿児島大学

 キロノバの想像図
 キロノバの想像図 提供:国立天文台

 第2‐3‐22表 国家戦略上重要なフロンティアの開拓のための主な施策(平成29年度)

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科学技術・学術政策局企画評価課

(科学技術・学術政策局企画評価課)

-- 登録:令和元年09月 --