むすびに

 平成8年に最初の科学技術基本計画が策定されて以降、二十数年が経過した。科学技術基本計画に基づき、政府が一丸となって科学技術政策を進めてきたことにより、我が国の科学技術は、我が国のみならず世界の発展に大きく貢献する成果を生み出してきた。青色発光ダイオードの発明によるLED照明の実用化、ヒトiPS細胞の樹立による再生医療の実用化などがその例であり、また、感染症をはじめとする地球規模課題の解決にも大きく貢献している。21世紀における日本人の自然科学系のノーベル賞受賞者数は世界第2位であり、これは我が国発の独創的な発想が、真理を探究し人類社会の発展に大きく貢献していることについて、世界から高く評価されたものであり、誇るべきことである。
 一方で、こうした実績を生み出してきた反面、様々な問題点が存在することにも目を向けなくてはならない。平成29年3月、Nature誌が、我が国の科学論文数の国際シェアが低下していることを捉え、我が国の科学研究が近年失速していることを指摘した。多くの大学や研究機関の関係者がおそらく実感していたであろう研究現場の閉塞感をNature誌が取上げたことに、研究者のみならず一般国民にも衝撃をもって受け取られた。
 今回の白書においては、我が国の研究力に関して、「科学技術イノベーションの基盤的な力」に視点を置き、基盤的な力を巡る国際的な動向を把握するとともに、特に人材力、知の基盤、研究資金といった基盤的な力の観点から、現状と課題を分析し、今後の取組みの方向性について示した。
 論文数やその質に関しては、諸外国と比較して我が国の相対的地位が低下傾向にあり、研究分野別に見ても全ての分野でランキングを落としている。特に、論文の質を表す指標である被引用数Top10%補正論文数ランキングの落ち込みが大きい。また、これまで上位を維持してきた特許に関しても、2017年のPCT出願件数では、中国に抜かれ世界第3位に後退している。これらの点においては、我が国の国際的な地位の趨勢は低下していると言わざるをえない。
 人材力に関しては、近年、博士課程進学者が減少していることについて、研究者としてのキャリアパスの不安定さ、在学中の経済的負担の不安などから、修士課程学生が博士課程への進学を躊躇していることなどが示唆された。また、国際流動性が低く、国際頭脳循環への参画が立ち後れていることも論文の質に影響していることが示された。女性研究者や外国人研究者など人材の多様性の低さも課題であり、これらの優れた人材の確保とその活躍を強力に促進する必要がある。
 知の基盤に関しては、独創的・挑戦的な研究領域の開拓が少なく、研究の多様性について他の主要国に大きく遅れている。大学等においては、近年研究以外の業務に要する時間が増加したことから職務時間のうち研究活動に占める時間の割合が低下している。研究支援人材は増加傾向にあるものの、諸外国に比べて圧倒的に少ない。
 研究資金については、大学や国立研究開発法人等の基盤的経費が減少ないし横ばいとなっている。大学等では、多様な資金の戦略的な活用に取り組んでいるが、大学等の研究費に占める民間負担割合は諸外国から大きく引き離されている。我が国は、科学技術基本法制定以降、科学技術計画に政府研究開発投資目標を設定し、増額に努めてきた。その結果、政府の科学技術研究予算は着実に増加してきた。一方、中国は16年間で政府予算を13倍超に増額、米国も高い水準の政府予算を維持するほか、韓国、ドイツ、英国等の主要国は我が国を上回るペースで政府予算を増額している。
イノベーションのプロセスの多様化や、スピードの加速といった状況の変化により、経済・社会は日々変化している。そのような中、従来のやり方や方法論で対応出来ないような新たな課題に直面しても、的確に対応していくためには、科学技術イノベーションの根幹を担う人材の力、イノベーションの源である多様で卓越した知を生み出す学術研究や基礎研究、あらゆる活動を支える研究資金といった基盤的な力の強化が必要である。また、合わせて、科学技術イノベーション活動の主要な実行主体である大学、国立研究開発法人等の改革と機能強化を図る必要がある。加えて、科学技術イノベーションの成果を速やかに社会実装していくためには、人文・社会科学と自然科学の枠を超えた総合的な取組の促進が必要である。
 一方、これまでの取組の成果は着実に現れている。例えば特別研究員制度や海外特別研究員制度、博士課程教育リーディングプログラム等により博士人材のキャリアパス構築・多様化が図られている。SPring-8、スーパーコンピュータ「京」等の先端大型研究施設、「スーパーカミオカンデ」等の大学共同利用機関は、知の創出のための国際共同研究や産学連携のプラットフォームとして、世界からも注目される研究成果を生み出していることは注目に値する。また、「組織」対「組織」の本格的な産学連携の取組として、大学と製薬企業との包括的連携契約など、人材や技術、ノウハウ、資金等のリソースを共同で活用する大型の連携も見られ始めている。産業界のニーズに応じた博士人材を積極的に採用・活用することが期待される。また、グローバル競争の激化に対応して、オープンイノベーションが進展してきている。企業、大学や研究開発法人等といった主体がそれぞれの強みをいかして、連携を一層強化していくことが期待される。
 また、意欲のある研究者が新たな研究にチャレンジできる環境作りも必要である。そのためには、失敗を恐れていては新たな研究領域を生み出す挑戦はできないこと、仮に失敗した場合であっても、その内容は適切に評価されるべきものであること、失敗は次の新しい研究の糧となることなどについて、研究者、大学及び研究開発法人等、政府、産業界、国民といった幅広い関係者で共有することが必要である。
 大変革の時代において、我が国が世界で生き残るために、また、GDP600兆円経済の達成に向けた成長戦略を描くためには、科学技術イノベーションの創出を加速させ、持続的に循環するエコシステムを確立する必要がある。
 我が国の科学技術が世界の「フロントランナー」として国際的に存在感を示し、ノーベル賞に代表されるような国際的に注目されるような研究成果を生み出し続けるためには、危機感を持って、様々な改革を行い、スピード感をもってその成果を上げることが不可欠である。我が国の強みやこれまでの成果は着実に伸ばし、弱みは「伸びしろ」に転換し、我が国の経済成長と豊かな生活を実現する「要」である科学技術イノベーションを強力に推進していくため、その源泉となる「人材力」「知の基盤」「研究資金」といった基盤的な力を更に強化していかなければならない。

お問合せ先

科学技術・学術政策局企画評価課

(科学技術・学術政策局企画評価課)

-- 登録:令和元年09月 --