第2章 科学技術イノベーションの基盤的な力の更なる強化に向けた取組

 第1章においては、科学技術イノベーションの基盤的な力の強化が求められている背景として、我が国や世界の発展において科学技術イノベーションが果たす役割や、科学技術イノベーションをとりまく状況の変化等を解説した。そして、科学技術イノベーションをめぐる諸外国の動向や世界における我が国の現状を概観した上で、科学技術基本計画等で重要とされている人材力、知の基盤、研究資金に着目して現状の分析と課題の抽出を行った。
 第2章においては、我が国の科学技術イノベーションの基盤的な力の更なる強化に向けて政府内で行われている議論を紹介するとともに、第1章で示した現状と課題を踏まえつつ、政府や大学及び国立研究開発法人等に求められる取組や産業界に期待される取組についてその方向性を紹介する。

1 政府で行われている主な議論

 科学技術イノベーションの基盤的な力の更なる強化に向けた取組については、総合科学技術・イノベーション会議、未来投資会議、科学技術・学術審議会などにおいて様々な検討が行われている。本項では、我が国の科学技術イノベーションの基盤的な力(人材力、知の基盤、研究資金)の更なる強化の観点から政府内で行われている主な議論を紹介する。

(1)総合科学技術・イノベーション会議

 総合科学技術・イノベーション会議においては、内閣官房長官を議長とし、関係閣僚を構成員とするイノベーション戦略調整会議を開催し、世界最高水準の「イノベーション国家創造」を目標として、グローバルな視座に立ち、基礎研究から社会実装まで一気通貫の統合イノベーション戦略の策定に向けて検討を進めている。

(2)未来投資会議

 日本経済再生本部の下、「未来への投資」の拡大に向けた成長戦略と構造改革の加速化を図るため、未来投資会議が開催されている。同会議では、生産性革命の実現に向けて、大学の人事給与マネジメントシステムの改革を促進するなど若手研究者の活躍を促進するとともに、大学のイノベーションの拠点化を進めるなど、大学の「経営力」の飛躍的強化を促す改革等について議論された。

(3)経済財政諮問会議

 経済財政諮問会議では、生産性革命のためのイノベーション創出に向けて、我が国のイノベーション政策を見直し、イノベーション力を抜本的に強化するための取組が検討されている。同会議の中では、若手研究者向けの研究費・人件費の拡充など、若手研究者の活性化のための環境整備について検討が進められたほか、イノベーションを軸とした大学再編や民間投資の促進、社会的課題解決に資する研究開発の促進等について議論された。

(4)人生100年時代構想会議

 人生100年時代構想会議では、人生100年時代を見据えた経済・社会システムを実現するためのグランドデザインに係る検討を行うために設置されており、同会議では大学改革についても議論されている。検討の中では、社会の新たなニーズに柔軟に対応できるカリキュラム編成が行われるよう、大学の外部の人材がその編成に関わる方策の必要性が示唆されるとともに、大学の連携・統合を可能とする枠組みの整備に向けた検討の必要性等が議論された。

(5)科学技術・学術審議会/中央教育審議会

 文部科学省の審議会である科学技術・学術審議会において、科学技術イノベーション人材の育成・活躍促進に関する方策の検討が求められているところ、特に科学技術イノベーション人材のキャリアパスや大学の人事システム改革について集中的に調査審議するため、科学技術・学術審議会 人材委員会と中央教育審議会 大学分科会 大学部会の下に合同部会を設置した。同部会では、博士課程への進学状況、研究人材のキャリア形成状況、若手研究人材の研究・雇用環境の状況、研究人材の多様性・流動性の状況等について確認し、その現状と課題への対応について議論されている。

(6)その他

 平成29年12月に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生総合戦略(2017改訂版)」では、地方創生に資する日本型イノベーション・エコシステムの形成に向け、大学等における民間企業との共同研究実施件数又は金額の増加、産学官が集積したイノベーション創出拠点の構築を目指すこととしている。また、AI技術の研究開発と成果の社会実装を加速するため、政府の司令塔である人工知能技術戦略会議の下、内閣府をはじめ、総務省・文部科学省・厚生労働省・農林水産省・経済産業省・国土交通省の関係府省が連携を図っている。
 このほか、宇宙開発戦略本部、健康・医療戦略推進本部、高度情報通信ネットワーク社会推進本部(IT戦略本部)、知的財産戦略本部会合、総合海洋政策本部、地球温暖化対策推進本部など、様々な会議体で各分野等の議論がされている。

2 基盤的な力の更なる強化に向けた今後の取組の方向性

 前項で紹介した政府内での議論も考慮しつつ、本項においては、第1章で示した科学技術イノベーションの基盤的な力を支える人材力、知の基盤、研究資金に関する現状と課題を踏まえ、基盤的な力の更なる強化に向けて示唆される今後の取組の方向性について述べる。

(1)政府において求められる取組

 人材力については、世界で活躍できる若手研究者等の戦略的育成が必要である。また、若手研究者の活躍の促進、魅力あるキャリアパスの確保を支援すること、具体的には、若手研究者が競争的な環境の下、腰を据えて研究に取り組み、自身のキャリアを構築できるような活躍の場や独創的・挑戦的な研究を進めるための研究環境の整備が求められている。
 知の基盤については、優秀な若手研究者が活躍できる人事制度、研究費や実質的な研究時間の確保、「組織」対「組織」の産学連携の加速などの課題に、大学及び国立研究開発法人等が組織として対応するための基盤となる制度を抜本的に改革することが喫緊に求められている。加えて、先端大型研究施設、情報基盤などの我が国の研究活動を支える研究インフラを整備・活用促進するとともに、データインフラの整備を進めることは、オープンサイエンスの推進という観点からも検討していくことが求められている。
 研究資金については、第5期科学技術基本計画の実現に向けた政府研究開発投資を確保するとともに、若手研究者が独創的・挑戦的な研究活動を進めるための研究資金を充実させるため、基盤的経費と公募型資金の双方について改革を進め、基盤的経費と公募型資金の最適な組合せを考慮する必要がある。また、知識・資金の好循環を創るため、ベンチャー創出力・成長力の強化を図るとともに、資金の柔軟な執行と多様化を図ることも有効であると考えられる。
 政府は、大学及び国立研究開発法人等の実態、産業界等の周辺状況を踏まえ、これらの課題解決に向けた効果的な支援方策を検討する必要がある。「Society 5.0」の実現に向けて、最先端の研究開発を担う国立研究開発法人等の活動の強化に取り組むとともに、制度的な阻害要因については、制度官庁を含め政府内で検討の上、その検討結果は着実に推進し、さらに、産学官で共通認識を持つべき点について、関係者による議論の場を形成することが必要である。

(2)大学及び国立研究開発法人等に求められる取組

 科学技術イノベーションの原動力となる大学及び国立研究開発法人等に寄せられる期待は大きい。産業界等からの共同研究費、産学連携経費や寄附金等の受け入れの拡大など財源を多様化し、これらの財源を戦略的に活用することは、科学技術イノベーションの創出を効果的に推進するために必要な手段の一つであると考えられる。また、海外で研究経験を積み、国際共同研究を推進することが、研究成果や論文の質の向上に繋がることが示唆されており、人材の国際的な流動性を確保し、国際頭脳循環に参画することは、実社会の課題解決の視点を持つという観点からも非常に重要である。また、産業界等との連携も、研究者が多角的視点を涵養するために有効と考えられる。
 加えて、年俸制の導入を促進するなど、人事・給与マネジメントシステムを改革するとともに、経営と教学の機能分担の促進等の取組を通じて「経営力」を飛躍的に強化することが重要である。また、研究支援人材を育成・確保し、戦略的に活用することや、ローカルルールの撤廃や重複する会議の削減、学内事務の効率化を進めることも、研究時間の確保という観点からも求められている。このように組織の実情に合わせて、科学技術イノベーションの好循環が確立されるよう、財源の多様化による外部資金拡大や人事マネジメントシステムの改革、人材の流動性・多様性の促進など、戦略的な「経営力」の強化のための改革を加速する必要がある。
 また、「Society 5.0」の社会実装に向けて、人文社会科学と自然科学の枠を超えた総合的な取組の促進や人材育成等に積極的に取り組む必要がある。

(3)産業界に期待される取組

 博士人材の民間企業等での活躍の場の創出という観点から、研究力の向上のために産業界が担う役割は大きく、産業界のニーズに合った博士人材の積極的な採用・活用が期待される。その際、そうした人材が大学等で育成されるよう、産業界は産学連携に積極的に取り組むことが有効と考えられる。
 また、「組織」対「組織」の産学連携を深化させ、オープンイノベーションをさらに推進するとともに、企業による積極的な研究開発投資を拡充することは、知識・資金・人材の好循環を生み出し、科学技術イノベーションを持続的に生み出す上で重要である。

(4)その他

 政府、大学及び国立研究開発法人等、産業界に求められる取組について述べてきたが、科学技術イノベーションの基盤的な力の更なる強化に向けて研究者個人に対しても、期待されていることは多い。例えば、博士課程修了者の就職状況をみると、大学教員を中心とするいわゆるアカデミックポストへの指向が強いが、民間企業などを含めた幅広いキャリアパスを視野にいれることが重要である。また挑戦的・独創的な主体的研究に取り組むとともに、積極的に国際的な研究ネットワークをつくり、国際頭脳循環に参画していくことが求められている。
 一方、日本学術会議については、我が国の科学者コミュニティの代表機関として、科学技術イノベーションの基盤的な力の更なる強化に資する審議が期待されている。

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科学技術・学術政策局企画評価課

(科学技術・学術政策局企画評価課)

-- 登録:令和元年09月 --