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第1部   安定成長下における技術開発推進への課題
第3章  技術開発推進への課題
第2節  国内技術移転の促進
2  技術移転による技術開発の推進


前項までにおいて,技術移転は我が国の技術水準を向上させ,また,技術開発力の向上を図る上で一つの重要な手段であることを述べてきた。技術移転の一般的な形態と効果は,ある技術が他の部門や企業に移転され活用されることによって,直接,移転先の技術水準を向上させることにあると言えるが,これはいわば技術の普及であり,それによって期待される効果は技術の平準化による全体水準の向上である。

このような手段によって国全体の技術水準を引き上げることが重要なことは言うまでもないが,例えば,未完成の技術が移転先において新しい価値を持つ技術に育てられ,また,完成された技術であっても移転先において他の技術と組み合わせられること等によって,更に新しい価値を生み出す場合のように,技術移転が新しい技術や新製品の開発に貢献する場合には,より大きな意義を持つと言えよう。

そこで,本項では,上記のように,技術移転が新しい技術の開発に貢献した事例を紹介し,その成功の要因を探ることとする。

最初の例は,国の試験研究機関の成果が企業に移転され官・民が協力することによって新製品が開発されたものである。次の例は,民間企業2社間において技術移転が両者の協力によって行われ,新技術が開発されたものであり,最後の例は,民間企業3社間における技術移転による技術開発の事例である。

技術移転の成功事例

1) 性フェロモンの合成及び製品化技術

近年,農薬による環境汚染が社会的な問題となり,無公害で安全な農薬の開発が望まれているが,このような要請に応じた新しいタイプの農薬として性フェロモンがある。

性フェロモンは,動物が体外に分泌する生理活性物質の一つで,配偶行動に関与し,異性を(ほとんどの場合雌が雄を)誘引する作用を持っている。

この作用を害虫防除に利用するため,各種害虫について研究が進められているが,この申で,野菜,いも類,豆類等の重要な害虫であるハスモンヨトウの性フェロモンが合成,製品化されたものである。

ハスモンヨトウの性フェロモンは,農林省農業技術研究所で昭和40年から研究が行われてきたが,46年から農林省の別枠研究「害虫の総合的防除法に関する研究」が始まったことにより,この研究は一層推進され,48年,性フェロモン構成物質の同定(化学構造の決定),合成に成功した。この研究成果を実用に移すためには,引き続き,工業的合成法の確立等を図る必要があったところ,この技術は,各試験研究機関の研究成果を調査していた新技術開発事業団に委託開発課題として採択され,同年,同事業団は,公募に応じた製薬メーカーであるA社に開発を委託した。A社においては,新分野の開発であり,以前から新型農薬の研究実績の積み上げがあったので積極的に開発に取り組み,48年から51年にかけて,同事業団の委託開発費を受け,農業技術研究所の技術指導を受けながら,工業的合成法の開発,安定した効果を発揮するため製剤化技術の開発を行い,これに成功し,ハスモンヨトウ性フェロモンは,52年5月,農薬として登録された。この間,農林省は先に述べた別枠研究(46〜50年度)の一環として性フェロモンを用いた防除技術の研究を行い,国公立試験研究機関を中心に性フェロモンの利用技術の確立のため努力が払われた。

このようにして製品化された性フェロモンは,性フェロモンを収納した補殺器を数多く野外に設置し,雄成虫を誘殺し,これによって雄の生息密度を低くし,交尾率の低下,有効産卵の減少を図る方法(マス・トラップ法)として用いられ,従来の農薬と組み合わせて活用されることが検討されている。また,雄成虫の誘引により,野外の生息密度を調査し,害虫の発生状況をは握する「発生予察」としての利用も考えられている。マス・トラップ法の実証試験例からは,必要な殺虫剤の平均散布回数の減少が報告されているが,普及定着は今後の課題である。このため,農林省は,昭和52〜53年度において,「生物利用防除技術促進事業」を行うこととし,性フェロモンの利用の促進を図っている。

2) ロータリー・エンジンの開発

我が国の自動車製造技術は世界的に見て高い水準にあるが,その中で独特の技術として注目されているものにB社のロータリー・エンジン技術がある。

このエンジンは三角形に近い形のロータに爆発力を加え,その力を動力機構に回転力として伝達する構造のもので,従来のレシプロ・エンジンに比較して(ア)容積・重量当たりの出力が大きい,(イ)振動・騒音が少ない,(ウ)部品点数が少ないなどの特色があり,西ドイツのバンケル氏が考案し,同国のNS U社が開発を手がけた技術である。日本のB社は昭和35年にこの技術を導入し,西ドイツで実用化できなかったロータリー・エンジンを実用化しようと取り組んだ。

このエンジンの開発で問題となったのは,ロータ,(回転部)とハウジング(外枠部)が接触する部分に摩擦によるチャターマーク(波状摩耗)が発生するため,長時間の使用に耐えるロータリー・エンジンが量産できないことであった。このチャターマークは,「悪魔の爪跡」と呼ばれたように,ロータリー・エンジン開発の最大の難関となった。このチャターマークを解消するためにシール部品の構造が改良されたが,なお材質に問題が残された。これを解決するために多くの材料を試験した結果,カーボン材を使用すればよいことがわかっていたが,その時点でのカーボンの材質では強度が不十分であり内燃機関の材料として使用できなかった。

昭和39年夏,国内C社によって,従来のカーボン材より強度が10倍も高いものが開発されたことが新聞報道された。

B社は,直ちにC社と連絡を取り,担当者による打合せを開始した。その後,B社のロータリー・エンジンの開発に社運をかけた意欲とC社の全向的な技術提供協力によって,カーボンシール材の共同開発が開始された。この結果,かつてない高強度のカーボンシール材が開発され,39年12月にこれを組み込んだロータリー・エンジンの試験運転が行われた。この試験は成功し,「悪魔の爪跡」は完全に姿を消した。

しかし,この成功は,あくまで試作段階のものであり,更に量産ラインに乗せることができる材料の開発を目指して,両社のプロジェクトチームによる技術懇談会の開催が続けられた。この懇談会において,両チームの意見交換が行われ,その結果に基づいた両チームの実験の繰り返しが続いた。このようにして,量産ラインに乗るアルミニウム含浸カーボンが開発され,昭和42年になってロータリー・エンジン車が実用化された。

この事例で特に注目されるのは,B社とC社の経営者が強い信頼感で結ばれていたことによって両者の技術を出し合う形の共同研究が円滑に行われ,プロジェクトチーム間の情報交換も利害にとらわれず,円滑に行われたことである。また,B社がカーボンシール材を共同開発するに当たって新聞報道を手がかりにC社をパートナーとして選んだのであるが,C社には研究開発を重視する伝統があり,B社の要求に十分こたえることができる体制にあったこと,カーボンの複合材料によって問題が解決されると考えたことが的中したことなどが開発成功の鍵として挙げられる。

3) 電子写真け(罫)書き法の開発

我が国の造船業界において電子写真け(罫)書き法の開発は,造船工程の合理化を進める上で大きな役割を果たした。

電子写真け(罫)書き法とは,光導電性物質を使用した電子写真技術を利用して,造船工程の鋼板の切断等に必要な図面を直接鋼板に描く方法である。

この方法は,従来から使用されていた拡大投影け(罫)書き法や原図を光学的にトレースし,機械的拡大投影で自動切断するモノポール法又は新しいNC(数値制御)切断法に比較して,工数又は精度の上で有利であり,特に多品種少量生産方式に適していると評価されている。その原理は第1-3-10図に示すとおりである。

昭和34年,造船会社のD社は造船工程の合理化の一環として,鋼板に図面を書き込む工程を短時間で定形的に行うため写真技術の利用を図ることとし,写真技術の開発を行っているE社に働きかけた。このE社は造船業界とも取引関係を持っていたため,D社の開発ニーズを聞いて直ちに従来から写真材料総合メーカーであるF社と共同研究を行っていた電子写真の技術が利用できると考えた。そこでF社.に対して電子写真の技術を使って共同開発を行うよう積極的に説いたが,F社はこの技術を利用した事務機の開発に専念していたため,E社からの話はそのままになってしまった。ところが36年6月,F社は新しい方式の事務機の技術提携を行い,従来の電子写真技術が不要となったことにより事情は急転し,D社はE社及びF社に研究開発を委託することになり,同年12月から共同研究が開始された。各社の研究に関する分担は,D社が現場システムの評価・検討,E社が光学系装置等の試作・実験及びコーディネイター,F社が感光剤等の電子写真技術の改良を行うこととした。

昭和37年には,最初の小型実用機(2m×2m用)が完成し,造船工程に取り入れられたが,更に造船所で使用される通常の大きさの鋼板(4m×16m)に対応したシステムを作ることが求められた。システムを大型化するためには光源の強さを増加し,寸法精度を維持できるようにすれば良いのであるが,それには限度があり,これを解決するためにスリット露光方式が考え出された。その原理は十分の一の原図を動かしながら幅1メートルのスリットから投影し,鋼板を原図と逆方向に10倍の速度で動かして同期をとりながら露光するものである。この技術が開発されることによって大型機は完成されたが,更にD社から鋼板の防錆特性に対する不安及び感光剤のコスト高に対する改良の問題が出された。これを解決するため光導電性物質の酸化亜鉛を透明な樹脂にまぶして帯電させ,鋼板上に散布し,原画の投影後,光によって帯電性を失った粉体を回収して残った帯電性の粉体を溶剤で溶かして定着する技術が開発された。

第1-3-10図 電子写真け(罫)書き法の原理

昭和42年5月,新しい粉体方式の電子写真け(罫)書き装置が稼動を開始したが,現在では国内32カ所の造船所がこの装置を設置しており,海外でも一部使用されるに至っている。

この研究開発において特に注目されるのは,共同開発に参加した3社がそれぞれ得意とする技術を提供し,それらの技術に対する3社の相互信頼をもとに共有特許権の確立を目指して最初から開発分担を明確にしていたこと及び開発分担に応じた成果の分配を行ったことである。

すなわち,D社は工程合理化とロイヤリティ,E社はシステム開発に対するロイヤリティ,F社は感光材と装置の販売による利益をそれぞれ受けている。また,造船,写真の両業界に明るく,技術的にも高いレベルにあるE社が,D社とF社間の協力関係に重要な働きをしたこともあげられる。これらのことは,共同研究を行うための当然の条件とも言えるが,開発成功に至る原動力となったものと考えられる。

以上の事例をここで振り返って見て,これらの技術移転の成功事例における特徴となる点を考察することとする。

先ず,共通して見られることとして,導入者,提供者の双方に旺盛な開発意欲があったことである。

第1の例においては,提供者である国は,その立場から言って当然なことであるが,新しい防除法の開発の観点に立って積極的に推し進めてきたし,導入者である企業もこれに応じた。第2の例においては,導入者は企業の将来を託する新技術の開発として取り組み,提供者は自己の技術の新分野への適用を追求する観点から対処した。第3の例においても,提供者は新分野への適用のため創意工夫をこらし,導入者は,ユーザー側としての発想をもって開発に努力した。

次に,導入者,提供者間の共同研究,技術指導・による密接な相互協力関係である。

いずれのケースにおいても,異なった分野の専門家が一つの目標の下にそれぞれの経験を生かして創意工夫を出し合い,更にマネージメントの立場にある者が適切なリードとバックアップを行って協力関係を築き上げていったことである。

更に,第1の例に見られることであるが,導入者,提供者間の橋渡しを行う仲介機関が,広く企業に働きかけて,受託企業を探し出し,開発費の負担等を行ったことにより技術開発を促進する上で重要な役割を果たしたことである。


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