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第1部   安定成長下における技術開発推進への課題
第2章  科学技術活動の停滞
第2節  研究投資の停滞傾向とその影響
1  研究投資の停滞傾向



(1) 研究投資の停滞傾向

研究活動の支柱である研究投資は,戦後,長期間にわたり高成長を続けてきたが,近年,大きな変化を示してきている。昭和40年度以降の我が国における研究費の推移をみると,第1- 2-12図のとおり,名目では40年度の4,258億円から50年度にはその6.2倍に当たる2兆6,218億円へとほぼ順調な伸びを示している。しかしながら,45年度を100とする実質ベースの指数の推移を見ると,40年度から45年度までは約2倍の伸びであったのに対し,50年度の指数は114と,40年代後半以降の名目と実質の乖離が著しくなり,実質研究費の伸びが停滞している。


注) 人文・社会科学を除く自然科学の研究活動に限る。ただし,この区分は,研究実施機関を単位として行っている。

第1-2-12図 我が国の研究費の推移

こうした名目と実質の乖離の拡大は,研究費を構成する人件費,研究資材価格等の高騰という異常なインフレーションの影響によるものであるが,ここでは実質研究費の停滞がどの組織に起因しているかを見ることとする。

研究実施組織を,我が国における研究費総額の65%(昭和50年度)を支出し,技術開発の中心的担い手と言える民間企業(会社及び民営研究機関),

研究人材の育成とともに基礎研究部門で重要な地位を占めている大学等 注) ,公共の利益又は国家の政策上の必要から研究開発を行っている国・公営研究機関及び特殊法人の4つに分けて,研究費の対前年度増減率に対する組織別の寄与度の推移を示すと第1-2-13図のとおりである。


注) 総理府統計局「科学技術研究調査」で用いている分類で,大学の学部,大学附置研究所,短期大学,高等専門学校,国立大学共同利用機関及び国立養護教諭養成所を指す。

同図に示すとおり,昭和39年度及び40年度においては研究費増加に対する大学等の寄与度が大きかったが,40年不況を除く40年代前半までは民間企業の研究費の著しい増加が全体の増加率を大きく押し上げてきた。しかしながら,民間企業の研究費増加に対する寄与度は46年不況以降大幅に低下し,全体の増加率減少の大きな要因となっている。

この変化は,第1-2-1表に示すとおり,昭和40年代前半(40年度〜45年度)と40年代後半以降(45年度〜50年度)に分けて,研究費の平均年伸び率で比較すると更に明らかである。その中でも,40年代後半以降の実質研究費総額の伸び率の大幅な低下と民間企業研究費の伸び率の著しい低下が特徴的である。

第1-2-13図 研究費総額(実質)増減に対する組織別寄与度の推移

第1-2-1表 組織別研究費の平均年伸び率

我が国の研究投資の停滞は,民間企業の研究投資の停滞に大きく起因していることは明らかであるが,このように我が国の研究費が企業の研究投資動向に左右される要因として,1)我が国の研究費に占める民間企業の研究費支出割合が大きいこと,と同時に2)民間企業の支出する研究費の90%以上が自己負担資金であることが挙げられる。そこで,我が国の技術開発の担い手と言える民間企業について,更に,1)資本金規模,2)業種,3)研究費の費目,4)研究の性格別に研究費の変化を分析し,投資動向の問題点を明らかにしていくこととする。


(2) 停滞傾向の著しい中堅・大企業

民間企業(会社及び民営研究機関)における研究活動の大部分(昭和50年度で民間企業研究投資の96%)は,会社で行われている。会社の研究費の対前年度増減率に対する資本金規模別の寄与度を見ると,第1-2-14図に示すとおり昭和40年代前半の研究費の高成長期には,増加率の大部分を担っていた資本金10億円以上の企業層が,46年不況以降その寄与率を低下させ,特に今回不況では資本金100億円以上の企業層が49年度及び50年度と連続してマイナスに転じている。

第1-2-14図 会社の実質研究費増減に対する資本金規模別寄与度

資本金10億円以上の企業の研究費総額は民間企業の約4分の3,我が国全体の研究費の約2分の1を占めているため,この規模層における研究投資の停滞が,我が国全体の研究投資停滞の大きな要因になっていると言える。

資本金規模別の研究費の推移を,実際の研究開発実施単位といえる1社当たりの研究費の伸びで見ると,第1-2-15図に示すとおり,資本金1億円未満の中小企業の研究費の伸びは変動が大きく,昭和45〜46年度の不況期に大幅な低下を示したが,その後上昇し,50年,度に再び低下している。これに対し,資本金1億円以上の中堅企業及び大企業においては,40年代後半に入ると研究費の伸びが横ばい傾向となり,今回の不況では大きく低下している。

戦後最大と言えるこのような研究投資の停退の要因を企業活動の主要な要素である売上高及び営業利益高から分析すると,第1-2-16図に示すとおりとなる。

第1-2-15図 資本金規模別1社当たり実質研究費の推移

同図のとおり,研究費に対する要因別寄与率では,売上高要因が85〜90%と大部分を占め,研究投資が売上高の動向と密接な関係があることが示されている。一方,営業利益高要因の寄与率は6〜10%となっている。この研究費の推計値から研究費の対前年度増減率とその要因別寄与度を試算し,最近の研究投資の停退の要因を見ると,研究費に対する寄与率の大きい売上高要因の影響,すなわち需要の減退によるところが大きいと言えるが,それと共に研究費に対する寄与率の小さい営業利益高要因の影響,すなわち企業収益の悪化が昭和49年度以降マイナス要因として影響を強めている。

研究投資の性格は,将来に研究開発の成果を得ることを目的とする持続的な先行投資であるという特徴を持つが,実際の動きは,このように需要の減退,業績の悪化が直ちに研究投資の削減につながっていることが示されている。

このような企業の投資行動は,設備投資額等の推移からも説明できる。これは,研究投資の成果が売上高,利益高に結びつくためには,通常,生産設備の新設あるいは改良を通じて生産工程の合理化,新製品の生産等が行われ,更に,売上高,利益高の伸びが次の新設備等を生み出す新たな研究投資への刺激となるためである。そこで,民間企業の研究費の約9割を占める製造業を取り上げ,売上高,利益高に関連する投資動機別投資額(推計)及び売上高営業利益率(売上高に対する営業利益高の比率)の推移を見ると第1-2-17図のとおりとなる。

第1-2-16図 実質研究費の増減要因

第1-2-17図 設備投資額,投資動機別投資額(推計)及び営業利益率の推移

同図に示すとおり,売上高,利益高とともに研究投資とも密接に関連する供給能力増強,合理化・省力化,新商品企業化及び研究開発のための設備投資額は,昭和40年代の半ば以降減少傾向又は横ばいに推移している。また,売上高営業利益率について見ると,44年度の8.8%を頂点とし,その後減少傾向を示し,50年度には4.1%,51年度は5.2%,52年4月〜6月は5.O%と大幅に落ち込んでおり,需要の停滞により営業利益高の減少が加速される状況がうかがえる。

民間企業の研究投資に関連するこれらの指標の推移と今後の相対的に低い経済成長を考えると,設備投資を誘発し,需要を喚起するだけの技術革新の達成と,これを生み出すための積極的な企業家精神の高揚並びに企業環境の改善がない限り,民間企業における研究投資が40年代前半の成長期のように増加していく可能性は少なく,研究投資の停滞傾向が続くと見られる。


(3) 主要業種における研究投資の停滞

業種別に研究投資の推移を見ると,第1-2-18図に示すように,昭和40年代前半の経済の高度成長期には研究費が大幅に増加し,かつ,各業種ともほぼ一様に増加している。しかし,46年不況以降になると,研究投資増加率の業種間格差が拡大し,50年度まで業種別に次の変化が見られる。

1) 46年度以降研究投資が停滞あるいは低下傾向にある業種〜電気機械工業,総合化学繊維工業 注) ,医薬品工業,機械工業,精密機械工業,非鉄金属工業など
2) 研究投資が48年度まで増加傾向を続け,49年度以降停滞した業種〜自動車工業など
3) 50年度まで研究投資の増加傾向が続いている業種〜鉄鋼業,窯業,ゴム製品工業など

このように,業種別に見ると,研究投資の停滞は全般的な傾向と言え,待に民間企業の研究投資の大部分を占め,我が国を代表する業種である電気機械工業,化学工業,機械工業などにおいても研究投資の停滞傾向が見られることが指摘できる。

なお,研究投資の停滞傾向に伴う変化として業種間と並んで同一業種内企業間の研究投資格差が現れている。研究投資の格差は業種間,企業間の業績格差を反映していると言えるが,この企業間の研究投資格差を研究費の対前年度増加率のばらつきの程度を示す分散度(標準偏差/平均)で見ると,資本金1億円以上の製造業についての試算では,昭和50年度は前年度の分散度2.2から5.9と研究投資格差の拡大が見られる。

第1-2-18図 業種別研究費(実質)の推移


注) 総理府統計局「科学技術研究調査」で用いている産業分類用語で,日本標準産業分類の化学肥料製造業,無機化学工業製品製造業,有機化学工業製品製造業及び化学繊維製造業を指す。


(4) 人件費の上昇による他経費の圧迫

会社における研究費の支出内容を人件費,原材料費などの費目別に分け,これらの研究者1人当たりの推移を見ると,第1-2-19図に示すとおり費目別の動向においても昭和40年代後半以降に変化が現れている。すなわち,研究者1人当たりの費目別投資額のうち,土地・建物への投資額は40年不況時に大幅に低下したが,40年代前半は土地・建物を含めすべての費目がほぼ研究費総額と同じ割合で増加している。しかし,46年度以降になると人件費の伸びが研究費総額の伸びを上まわり,この影響は,まず土地・建物,機械・器具・装置などの有形固定資産への投資の停滞をもたらし,更に,48年度からは原材料費にも影響を及ぼしている。ここで人件費というのは,研究者の賃金と研究者1人当たりにつく研究補助者,技能者などの研究関係従事者の賃金を加えたものであるので,研究者1人当たりの研究関係従事者数の推移を見ると,45年4月1日現在では研究補助者0.65人,技能者0.70人,事務員等0.33人であったものが,その後それぞれ年々減少し,51年4月1日現在では研究者1人につき,研究補助者0.47人,技能者0.46人,事務員等0.22人となっている。このことから研究費中の人件費の伸びの要因は研究補助者などの人員の増加によるのではなく,まさしく1人当たりの賃金の上昇によるものと言える。

具体的に全産業の実質賃金と実質研究費の対前年度増減率の推移を見ると,第1-2-20図に示すとおり昭和40年代前半は研究費の伸びと賃金の伸びは相前後しているが,40年代後半以降は賃金の伸びが研究費の伸びを上まわっており,人件費の上昇による他の研究経費の圧迫という研究環境の悪化傾向をうかがうことができる。

第1-2-19図 研究者1人当たり費目別研究費(名目)の推移

第1-2-20図 実質賃金と実質研究費の増減率の推移


(5) 基礎研究,応用研究への投資の後退

研究開発を知識の進歩を目的とする基礎研究と,主に基礎研究の成果を開発研究段階へ移行させるための応用研究と,基礎・応用研究及び実際の経験から得た知識を基に,新しい材料,装置,製品,システム,工程などを作り出し,あるいは改良することを目的とする開発研究という3つの性格別に分けて,企業における研究投資の推移を見てみる。 注)

資本金規模別1社当たりの性格別研究投資の推移を見ると,第1-2-21図に示すとおり,昭和40年代半ばまでは,性格別の研究投資の伸びにあまり開きが見られない。しかし,40年代後半に入ると開発研究への投資規模が増大したのに対し,基礎研究及び応用研究への投資が減少している。特に,この傾向は研究投資枠が相対的に小さく,ゆとりが少ない資本金規模10億円未満の中堅企業,中小企業で著しくなっている。

第1-2-21図 会社の性格別研究費(実質)の推移

更に会社全体について見ると,研究実施企業数が増加しているため,研究投資の伸びは大きくなっているが,昭和50年度では,開発研究費が40年度の3.4倍に増大しているのに対し,基礎研究及び応用研究への投資は,45年度ないし46年度を頂点とし,その後低下傾向に変わり,50年度では40年度のそれぞれ1.2倍及び1.6倍となっている。

このような基礎研究及び応用研究への投資の変化は,製造業の業種別に見ても同じ傾向が見られる。

昭和45年度の基礎研究費及び応用研究費を基準(45年度=100)として50年度の研究費を見ると,第1-2-22図のとおり,鉄鋼業,自動車以外の輸送用機械工業及び油脂・塗料工業(応用研究費のみ増加)を除いて,製造業におけるいずれの業種も基礎研究及び応用研究への投資が45年度水準以下に落ち込んでおり,特に総合化学繊維工業,機械工業,精密機械工業などの業種でこの傾向が著しい。

研究投資の停滞傾向に伴い,民間企業の研究が開発研究に傾斜するのは,1)開発研究の成果が直ちに利益に結びつくこと,2)技術内容の複雑・高度化や公害防止等の科学技術の副次的影響対策のための研究開発が加わることにより開発研究の規模が拡大していることなどによると考えられる。


注)総理府統計局「科学技術研究調査」で用いている分類及び定義で,このうち開発研究は,いわゆる「開発(development)」に当たる。


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