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第1部   安定成長下における技術開発推進への課題
第1章  我が国の科学技術の現状
第2節  技術水準及び技術開発力の現状
3  主要な業種についての事例分析


次に我が国の産業の技術水準及び技術開発力水準を更に具体的に見るため,それぞれタイプを異にする主要な業種を4業種事例的に取り上げ,それぞれの水準について検討を行うこととする。

まず,我が国を代表する重化学工業部門の中の主な事例として鉄鋼業,化学工業(石油化学)を,次いで技術集約型産業の主な事例として医薬品工業,電気機械工業(電子計算機)を取り上げた。


(1) 鉄鋼業

我が国の鉄鋼業は,戦後,最も目覚ましい発展を遂げた産業の一つである。1976年の我が国の鉄鋼(粗鋼)生産量は1億738万トンで,ソ連,アメリカに次いで世界第3位となっており,また,世界鉄鋼貿易に占める我が国の比率は1975年には26.8%を占め,世界第1位となっている (第1-1-4図)

我が国の鉄鋼業がこのような強大な国際競争力を持つに至った背景としては,まず第1に積極的な設備投資と技術導入が挙げられる。

例えば,製銑部門でみると,近年,我が国の高炉は著しく大型化が進んでいる。1976年7月末現在で,世界には内容積3,000 m3 以上の大型炉は27基あるが,15基までは我が国が占め,主要国の稼動高炉一基当たりの年間平均出銑量は我が国のそれが傑出している。また,コークス比(銑鉄1トン当たりのコークス消費量)が小さいことでも我が国は世界最高水準にあり,1975年においては443kg(西ドイツ497kg,アメリカ611kg)となっている。

製鋼部門で・は,我が国は1953年にオーストリアで工業化されたばかりの酸素上吹転炉(LD転炉)法をいち早く技術導入し,平炉製鋼法から酸素転炉法への転換を図った結果,1974年における粗鋼生産に占める酸素転炉鋼の割合は世界最高となっている。

分塊部門では連続鋳造法の採用が進んでいる。この方式は溶鋼を直接鋳造設備に流して鋼片を連続的に製造するもので,従来の造塊,加熱,圧延工程を省略し,歩留りも向上する。本技術も欧米諸国で開発されたものであるが,我が国は各国の方式を直ちに技術導入し,その改良・普及に努めた結果,我が国の連続鋳造鋼片生産比率は主要国の中で最も高くなっている。

圧延部門では大型化,作業の高速化,連続化,自動化が著しく進んでいる。圧延設備を代表するものは,熱延及び冷延のストリップミルであり,我が国はアメリカに次いで世界で二番目のストリップミル保有国となっているが,これらの技術も当初はほとんどが欧米諸国から輸入されたものであった。

第1-1-4図 鉄鋼輸出の国別構成割合

以上,見てきたように,現在,我が国の鉄鋼業の技術水準は世界の最先端にある。しかし,これらの設備の設計,製作,操業技術は,その源泉をさかのぼると,ほとんどが外国で開発されたものであり,戦後,我が国はこれらの技術をいち早く次々と導入することによって,世界に先がけて目覚ましい設備の近代化,操業技術の発展を図ってきた。しかも,単なる完成技術の導入ばかりではなく技術的には芽の段階にすぎなかったものを導入し,それを自らのものとして消化・吸収することによって,その後世界的水準の技術に育成したものが多く,それが,我が国の技術水準を世界の最先端まで押し上げてきた大きな要因である。そして最近ではこのような我が国で改良された技術や自主的に開発された技術が,開発途上国のみならず,かつての技術導入先である欧米先進国へ逆に輸出されるケースが増加しており,技術貿易収支は昭和49年度から黒字に転じ,50年度には対価受取額が対価支払額の約2倍となり,しかも,これを新規分のみについて見ると約3倍強となっている (第1-1-5図)

第1-1-5図 鉄鋼業における技術貿易の動向

また,技術開発力向上の大きな要因となる研究費及び研究者数について,我が国とアメリカとを比較すると (第1-1-6図) ,近年,我が国の研究費及び研究者数はともに急増しており,研究費は昭和48年に,研究者数は昭和47年に,それぞれアメリカを追い越している。また,研究投資意欲を示す指標である研究費の対売上高比率を見ると,我が国のそれはアメリカを著しく上まわっている。

このような技術開発の成果や研究費及び研究者数などの指標から見ると我が国の鉄鋼業の技術開発力は今や世界のトップレベルに到達しているといえよう。

しかし,一方,技術輸出先 (第1-1-7図) や輸出技術の内容を見ると,技術輸出先はアジア,南アメリカ,その他の開発途上国向けが大半を占め,アメリカを初めヨーロッパ諸国からは,まだ,かなりの技術輸入を行っている。また,輸出技術はかつての導入技術を我が国で改良したものが多く,これらのことから独創的な技術の開発力という点については,まだ,十分であるとは言えない面もうかがわれる。

第1-1-6図 鉄鋼業における日米両国の研究費,研究費の対売上高比率及び研究者数の推移

第1-1-7図 我が国の鉄鋼業の主要地域別技術貿易額(昭和50年度)


(2) 化学工業(石油化学)

我が国において本格的な石油化学工業が誕生したのは,昭和30年代の始めであり,欧米先進国よりも10数年も遅れてスタートした比較的歴史の新しい産業である。しかし,その後,現在に至るまでの約20年間における発展ぶりには誠に目覚ましいものがあり,石油化学工業は,今日の我が国産業構造の不可欠の分野を占め,またプラスチック,合成繊維,合成ゴム,洗剤,塗料,化学肥料,医薬,農薬など数多くの新しい石油化学製品を次々と供給し,直接,間接に国民生活に与えてきた影響には計り知れないものがある。

さらに国際的にみても,例えば石油化学工業の中心的な基礎原料であるエチレンについて,世界の主要国の生産量をみると,我が国はアメリカに次いで世界第2位となっており (第1-1-8図) ,また,代表的な石油化学製品であるプラスチックの貿易額を見ても,我が国は輸入に比べて輸出が圧倒的に多く,輸出額は世界のトップレベルにある (第1-1-9図)

我が国の石油化学工業が短期間のうちにこのような急速な発展を遂げてきたのには,種々の要因があるが,欧米先進国からの技術導入とそれによる我が国の技術水準の向上をまず第1に挙げねばならない。我が国の産業の多くは戦前戦後を通じて,海外技術に対する依存度が極めて高かったが,石油化学工業はその典型である。第二次世界大戦前から戦争中にかけてヨーロッパ,アメリカを中心として新しい石油化学製品が次々と発明され,その工業化が急速に進んだため,戦後,我が国はこの分野において,欧米先進国との間に著しい技術格差を生ずることになった。このため,戦後,我が国の石油化学工業は,その創業開始に当たり,生産技術,触媒,主要機器,設備に至るまでほとんどすべてを欧米先進諸国からの導入に依存したが,我が国はこれらの導入技術をいち早く消化し,設備の大型化,新プロセスの採用等を次々と進め,目覚ましい技術革新を達成してきた。更に我が国は単なる海外技術の消化にとどまらず,日本人の特質とも言える操業の巧みさときめ細かい改良の巧みさとによって技術導入先よりも優れた設備,操業技術を保有するに至ったものも少なくなく,現在では,我が国は設備,装置の面においても,操業技術の面においても,世界のトップレベルの技術水準に到達している。

第1-1-8図 主要国のエチレン生産量

第1-1-9図 主要国におけるプラスチックの貿易額(1975年)

一方,このような技術水準の高さに比べれば,我が国の技術開発力水準は相対的に立遅れていると言われてきた。それは,既に見てきたように我が国の技術開発が,専ら導入技術の改良を中心として進められてきたため,既存の技術を改良することにおいては目覚ましい成果を上げたが,独自の新技術を創出することにおいては立遅れていることに起因する。しかし,近年ではこのような改良研究を通じて,我が国の技術開発力は急速に向上してきており,国際的にも高く評価される独自の改良技術,新技術の開発が進んでいる。そしてこれに伴って,これまでの導入一辺倒から技術輸出が急増し,昭和49年度以降は技術導入と技術輸出がほぼ均衡するまでになっており (第1-1-10図) ,また,50年度における化学工業(医薬品工業を除く)の技術輸出額(対価受取額)は,我が国の技術輸出総額の約30%を占めるまでになっている。

第1-1-10図 化学工業における技術貿易の動向

第1-1-11図 我が国の化学工業の主要地域別技術貿易額(昭和50年度)

しかしながら,技術貿易の輸出入先をみると,技術の輸出先はアジア向けが多く,欧米先進諸国に対しては依然として輸出に比べると輸入が圧倒的に多い (第1-1-11図) 。このことからは欧米先進諸国に対する技術依存度は,まだかなり高いと見ることができる。また,技術開発力を左右する大きな要因となる研究費及び研究者数をアメリカ,西ドイツと比較すると研究費総額では西ドイツとほぼ並ぶまでになっているが,アメリカに対しては研究費及び研究者数とも著しい格差がある (第1-1-12図) 。更に,主要国の大手企業の研究費及び研究費の対売上高比率を見ると,我が国の企業の研究費は桁違いに少なく,対売上高比率についても大きな格差があり (第1-1-1表) ,これらの点から見ると我が国の技術開発力は欧米先進諸国に対し,相対的にまだかなり立遅れていると言わざるを得ない。

第1-1-12図 化学工業における日米両国の研究費,研究費の対売上高比率及び研究者数の推移

第1-1-1表 主要国の大手化学会社の研究費及び研究費の対売上高比率(1975年)

石油化学工業を始めとする化学工業では,特に技術開発力の差が国際競争力を左右する重要な要素であるが,最近では,原料コストの急騰,スケールメリットの頭打ち,人件費の上昇などによって我が国の石油化学工業は次第に国際競争力を弱めてきており,この面からも今後,我が国独自の技術開発力を高めていくことが一層重要な課題となっている。


(3) 医薬品工業

我が国の医薬品工業の生産額は,昭和50年には1兆7,924億円に達し,35年の1,760億円に比較して10倍以上に増加している。また,世界の主要国と比較してみても我が国の医薬品生産額は,アメリカに次いで世界第2位となっている。

しかし,昭和50年の生産額のうち主薬の過半数を輸入して国内で製造された輸入医療用医薬品が全体の約30%を占めており,国内生産にかなりの比重を占めている。

また,主要国の医薬品貿易について見ても,国内市場規模の相違にもよるが,我が国の輸入額は輸出額のほぼ3.5倍となって大幅な入超を示し,他の主要国と比較しても輸出額は著しく少ない (第1-1-13図) 。これらのことから見ると,我が国の医薬品工業は,まだ先進諸国に立遅れている面があると言える。これは,医薬品の合成等の技術水準の差によるところが大きいことによるものと考えられる。

第1-1-13図 主要国における医薬品の貿易額(1975年)

そこで次に,我が国の医薬品工業の技術開発力について見てみよう。

戦後の我が国の医薬品工業を支えてきたのは,海外からの導入技術である。例えば,戦後,次々と登場して我が国の保健,医療の進歩に画期的な成果を納めたペニシリン,ストレプトマイシン,クロラムフェニコール,テトラサイクリン等の抗生物質あるいはサルファ剤,副腎皮質ホルモン等の多くの新薬は,導入技術により国内生産が活発に行われるようになった。そして,近年ではカナマイシン,マイトマイシンC,ブレオマイシン,セファゾリン,ジベカシン等の抗生物質を中心に国際的にも高く評価される優れた国産医薬品の開発も行われるようになった。しかし,新医薬品の承認成分に占める輸入医薬品と国内医薬品の内訳を見ると (第1-1-14図) ,昭和48年までは国内医薬品が増加傾向にあり,輸入医薬品を上まわるまでになったが,49年からは再び輸入医薬品が国内医薬品を上まわっている。

また,技術貿易について見ても,技術輸出がやや増加しているとはいえ,技術導入が技術輸出の約5倍に達しており (第1-1-15図) ,これらのことからも依然として我が国の医薬品工業は海外への技術依存度が高いことを物語っていやと言えよう。

なお,医薬品工業において,世界の最先端に位置するアメリカの研究費,研究費の対売上高比率及び研究者数を我が国のそれと比較すると,我が国は,まだ著しい格差がある (第1-1-16図)

以上のことから見るかぎり,我が国の医薬品工業の技術開発力は,まだ,十分であるとは言えない。

今後,我が国では,特に技術集約型の高付加価値産業の育成が必要とされているが,医薬品工業は,その代表的な一部門であり,一層の技術開発力のかん養に努めることが必要である。

第1-1-14図 我が国における新医薬品の承認成分数

第1-1-15図 医薬品工業における技術貿易の動向

第1-1-16図 医薬品工業における日米両国の研究費,研究費の対売上高比率及び研究者数の推移


(4) 電気機械工業(電子計算機)

電子計算機の我が国における国産機と外国機の納入実績の推移を見ると,国産機は外国機とほぼ互角に伸張・発展してきており,国産機の製品としての優秀さ,言い換えれば国産機の技術水準の高さをうかがい知ることができる。すなわち,第1-1-17図に示すとおり,国産機と外国機との納入実績はいずれも昭和40年代に着実な伸びを示し,51年度には,国産機が4,151億円,外国機が3,164億円にまで成長した。昭和40年度から51年度までの年平均伸び率は,国産機28%,外国機26%といずれも大幅なもので,実働金額ベースの国産機シェアは,昭和40年度末の32%が,昭和51年度末には58%となった。

このような国産機シェアの増加は国産電子計算機産業振興政策を背景として,国産機の技術水準が飛躍的に向上したためであり,我が国と同様な国産電子計算機産業振興政策を採るイギリスを始めとするヨーロッパ主要国の国産機シェアがいずれも低いことを考え合わせると,我が国国産機の技術水準の高さは大いに評価できよう。

第1-1-17図 我が国における汎用電子計算機の納入実績の推移

また,国産機と,外国機との性能の比較を行ってみても,例えば,国が昭和47年度から51年度までの5年間に約680億円の電子計算機等開発促進費補助金を投じ開発された国産機の新シリーズは,世界の最先端にあるIBMの370シリーズに匹敵する性能を有するに至っており,最近における国産機の性能向上は著しい。

しかしながら,技術革新の激しい電子計算機の分野では,技術開発力が競争に打ち勝つための大きな要素になるが,技術開発力の面においては,次に述べるように,国産機メーカーと外国機メーカーとの間に依然として格差が存在している。

第1-1-18図 IBM370シリーズと国産新シリーズ電子計算機との発表時期の遅れ

研究開発費を取り上げて見ると,IBMの研究開発費は昭和51年度において約2,800億円であるのに対して,我が国の国産機メーカーの研究開発費は大手6社を合計してもIBMの1/5程度にすぎず,IBMとの間に桁違いの大きな開きが見られる。

また,IBM370シリーズに比肩しうる国産機シリーズを開発したことに示されるように,設定された高い目標の製品を開発するという点での国産機メーカーの技術開発力は高く評価できるが,新技術・新機能を世界に先がけて先導的に開発するという点では,国産メーカーは絶えずIBMに対して数年の遅れを取っており,この観点からの技術開発力には大きな格差が存在している (第1-1-18図)

また,コンピュータネットワーク(各地に分散するデータやプログラムを共有することができるように,複数のコンピュータを接続して利用する技術)は,近年のコンピュータ技術の発展に一時期を画する画期的なものであるが,本格的なコンピュータネットワークは昭和44年末にアメリカ国防省の委託によるARPAネットワークの稼動を皮切りに,主にアメリカを舞台にして積極的に展開された。このような動向に触発されて,各コンピュータメーカーも続々と自社の電子計算機に関するネットワーク構想を発表したが,ここでも先鞭をつけたのは,IBMの「SNA」 (System Network Architecture)構想の発表(49年9月)であった。これに対して国産機メーカーのネットワーク構想は52年5月になってやっと出そろい,この間には2年8カ月の遅れが見られる。

第1-1-19図 電子計算機関連技術導入件数の推移

一方,次世代(第4世代)の電子計算機の技術的中核となる超LSIメモリの開発を,IBMを始めとする世界のコンピュータメーカーが競争している中で,我が国もナショナルプロジェクトとして,51年度から54年度までの4年計画で300億円の補助金(論理素子も含む。)を投じ,その開発に努めている。また,かねてより通信用超LSIの開発を進めている電々公社では,このたび世界に先駆けて1チップ当たり64,000ビット(現在は16,000ビットが使用されている。)の超LSIメモリの開発に成功したが,これは超LSIの入口にようやく到達できたものとして評価できる。我が国の半導体技術に関する技術開発力の向上を物語るものと言えよう。

最後に,電子計算機関連の技術導入の推移を見ると,第1-1-19図に示すとおり,ソフトウェアに関する技術導入が目立っており,優秀なソフトウェアを作成する我が国の技術開発力が弱いことを示している。ソフトウェアに対しては信頼性への要求が強く,かって正常に稼動した実績などが重要な評価基準となることから,我が国にはソフトウェアに関する技術的蓄積が乏しく,利用者の十分な信頼を得るまで至っていないということも同時に指摘できよう。

一方,ハードウェアに関する技術導入が少ないが,これは既に述べたとおり,国産機と外国機とが競争的に技術開発を進めていること及び我が国の技術開発力が向上していることによると見られる。


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