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第1部   安定的発展への新たな要請と科学技術
第2章   健康・安全など国民生活の向上に貢献する科学技術
第3節   環境の保全


昭和48年度全国大気汚染状況の調査結果 (第1-2-7図) によると,SO 2 ,については改善が進んでいるものの,まだ半数以上の都市において環境基準に適合しておらず,NO 2 についてはその濃度は,横ばいないしは増加の傾向にあり,ほとんどの都市で環境基準に適合しておらず,なお深刻な状況にある。オキシダント濃度も全国的に年平均値は横ばいから上昇気味で,光化学スモッグ注意報発令日数も前年より減少しているが,気象条件による変動を考慮すると,必ずしも改善の傾向にあるとは言えない状況にある。水質汚濁については,水銀,PCBの汚染実態が明らかにされて以来,排水基準の設定,強化がなされ新たな汚染の心配は無くなつたものの,既に放出されたPCB,水銀は今後とも食物連鎖を通じて魚介,人体に摂取される可能性は無いとは言えない。加えて,これら蓄積性汚染物質の汚染のピークが必ずしも排出源に近い一部海域に限らず,なかでも水銀については,その汚染の広域性が明らかにされてきている。また,近年の各地の調査によつて,有機塩素化合物,フタル酸エステルなど新たな汚染物質や温排水による熱汚染が注目されてきている。

第1-2-7図 SO 2 ,NO 2 及びオキシダントの経年変化

以上のような環境汚染は本来,自然の有する生態系をゆがめ,更に農作物や水産資源を通じて人体に被害をもたらすなど,これまでも指摘されているところである。なかでもPCB,水銀などの蓄積性有害物質は,自然が本来有する浄化機能により分解あるいは不溶化されるが,近年,これら有害物質の濃度が低くても藻類や魚類などの体内で濃縮されることが問題とされてきており,過去に行われたPCBの濃縮実験でも高率の濃縮倍率を示した例が上げられている。水銀においても,特にメチル水銀においては濃縮倍率も相当高率を示すと言われている。しかもこれら汚染物質を体内に濃縮した生物を食物連鎖において上位のものが摂取するので,人間が常に最上位にあることを考慮するとき,当初は環境中に広く排出された低濃度の蓄積性有害物質も,食物連鎖を通じて次第に人体に高濃度で蓄積されることは十分に懸念されるわけである。

元来,人間を含めてすべての生物は,自然の生態系内において相互に作用し合い,変化し続けているが,進行しつつある環境汚染によつて生態系の一部に起こつた変化は,生態系に悪影響を及ぼすこととなり,人間の生存そのものにかかわる重大な問題となるであろう。

以上のような環境問題を考える場合,大気汚染,水質汚濁,廃棄物など個々の問題について,人間に与える影響を解明し,その対策を立てることは勿論であるが,環境要因は種類が多く,お互いに関連を持ち,しかも,生態系の申で複雑に作用しながら,人間あるいは環境に影響を及ぼしているため,人間を含めた生態系の中で問題点をは握し,その対策を立てる必要がある。

近年の国立研究機関における公害関係研究費 (第1-2-8図) を技術分野別に見ると,公害問題が激化し始めた昭和45年当時は公害防止技術が主であつたのに比べ,昭和49年のそれを見ると,汚染物質の自然生態系並びに人体に与える影響の解明に関する研究,計測・監視技術の開発に関する研究が重要な研究分野として登場していることがうかがえる。このことは,環境基準,排出基準の設定など,環境を質的な観点からとらえると同時に,幅広い技術分野から総合的に問題をは握するためのアプローチがなされつつあることを意味するものと言える。この意味から,以下述べる研究開発の動向については,生態学システム(エコシステム)の研究開発の必要性に触れ,それに基づいた環境汚染の生態系に与える影響の諸条件の解明,環境監視技術及び環境監視における基礎となる計測技術について述べ,最後に,破壊された環境を改善する技術について,これらの研究開発の動向を概観する。なお,環境汚染の防止技術については,第4章,第3節,(5)公害防止技術の項で述べる。

第1-2-8図 昭和45,49年度国立機関における公害防止等研究費の技術分野別比較      (単位%)

(研究開発の動向)

1 生態学的システム(エコシステム)の研究の必要性

望ましい人間環境は,単に自然破壊を防ぎ,または天然資源を管理保護し,更には人間を初めとする生物の生存にとつて障害となる要因を排除するだけでは生み出すことはできない。人間は,単に環境の中で生存し,機能していくだけでなく,人間は環境を作ると同時に,環境が人間を作り出すものであるからである。

すなわち,今日の地球上の生物や物質の調和は,地球誕生以来,の長い変遷を経て形成されたものであることを認識して,環境を正しく理解し,環境と人間活動との調和点を見い出し,その上で望ましい人間環境の形成を進めていくことが必要である。

したがつて,ここに言う生態学システムとは,人間及びすべての生物群と全地球環境との相互間に構成される有機的効率的なシステムを指し,この生態学的システムを解明することが環境問題に関する研究の基本でなくてはならない。

自然環境を損傷することは,単に自然そのものに損失を与えるのみではなく,その陰に隠れている自然の持つ浄化能力をも低下あるいは消失させてしまう可能性をはらんでいる。例えば,海洋はあたかも巨大な浄化槽のようなものであり,海洋自体の浄化作用,沈でん作用によつて水を浄化し,清浄になつた水は地球上の生物に還元されているし,また,海洋のプランクトンは,地球上の酸素の供給源としてかなり大きな役割を果たしている。更に,海洋は熱帯では冷却水として働き,寒帯では暖流による暖房の機能を果たしている。このようなことから考えて,最近の海洋汚染は海洋の持つこれらの調整能カに悪影響を与え,このことが海洋の生物ひいては人間にとつてどのような意味を持つものであるかを正しく認識する必要がある。

この例からも分かるように,人間を含むすべての生物をはぐくんでいる大気,水,土壌などの環境を保全することが重要であり,そのことが結局人間の生命や健康の維持につながるのである。このためには,これらの環境と人間及び生物群との間の相互関係,それらの間にバランスが保たれる諸条件を解明することが重要である。

また,人間の生活に影響する環境要因は,大気汚染,水質汚濁,食品汚染,農薬による汚染など,その種類も多く,しかも,それが単独に,あるいは相互に作用し合いながら直接あるいは間接に環境及び人間に影響を与えている。したがつて,ただ一つの因子のみを取り上げて論じたのでは,不十分であり,この場合においても,これら因子の環境システムにおける移動,変化の状態をは握するとともに,これらの因子がどのように人間環境に影響を与えているかを解明することが必要である。例えば,大気汚染や水質汚濁などが人又は環境に及ぼす影響の度合い,あるいは,これらの影響に対する一自然の持つ緩衝能力の大きさ,その限界などについても明らかにする必要がある。

更に,環境汚染は,たとえ発生源においては軽微なものであつても,汚染物質の性質や汚染の広がりと持続性によつては,生物濃縮,食物連鎖による濃縮が繰り返され,ついには,人を含めた生物に思わぬ被害を及ぼすに至る場合もあり,このような意味からも,自然界における物質の循環など,環境システムの解明が非常に重要である。

以上の諸問題を解決していくためには,多分野の知識を結集しあらゆる角度から取り組むことは勿論のこと,なかでも人間環境にかかわる生態学的システムの研究を急速に発展させていく必要がある。

(1)環境汚染の生態系に与える影響の解明

生態系に対する汚染物質,有害性物質の影響,ひいては生態系を介した人間の健康との関係についての研究は,従来比較的少なかつた。しかし,このような科学技術は,最近特に注目されてきており,我が国のみならず世界的に活発化し,その研究開発に取り組んでいる。

現在進められている研究として,農林水産生態系における汚染物質の循環と指標生物に関する研究がある。この研究は,1)土壌微生物の生態と再循環能力,2)水域における汚染と物質循環機構について,研究の重点を,原因の究明に置き,なかでも生態系における物質循環について,有機物汚染による被害の発生機構,浄化システムの解明を行うとともに,3)環境の汚染状況をは握するために各種生物を指標とし,その利用方法,判定規準など広範な試験研究が昭和47年から引き続き行われている。

土壌微生物の生態と再循環能力については,土壌微生物が汚染物質を分解,変性,浄化,無毒化する能力が有限であることに着目し,有機汚染物質に対する土壌微生物の適応性,土壌微生物相の変化,土壌生物の分解能力及び汚染源の受容力など土壌微生物の生態並びに浄化能力の解明が行われている。

水域における汚染と物質循環機構については,水域汚染による,食物連鎖を含む物質循環機構の停滞や破壊が赤潮の多発や貧酸素水塊の出現などの環境異変を引き起こしている。このために物質循環と付加汚染物との関係等から水域汚染を基本的に解明する必要があり,富栄養化と生物相の変化,消長,有機汚濁と貧酸素水塊の形成,閉鎖水域における汚濁と物質循環,物質循環に関する海水の流動拡散等について,愛知県三河湾,瀬戸内海等を対象に研究が行われている。

指標生物の耐性限界とその利用に関する研究については,大気汚染の原因となるオゾン,S0 2 ,NO 2 の単独又は複合条件下及びオキシダントに対する樹木,作物幼苗,各種植物の感受性について調査が行われ,樹木についてはアカマツ,ヤマハギ,各種植物についてはアサガオに感受性の高いことが明らかにされた。水生生物については,動植物プランクトン,潮間帯生物,漁業生物等に関する変動性とその指標性について検討されている。

また,環境汚染の農作物に与える影響の解明に関しては,これまでも種々取り上げられて来ている。従来,国と地方自治体との協力の下に,水質汚濁が農作物に及ぼす影響の解析,農用地土壌の特定有害物質による汚染の解析に関する研究等において,カドミウム,ヒ素等重金属の自然含有量,土壌中での行動,作物による吸収特性,土壌―作物間の因果関係についての解明がなされ,これ等重金属の吸収メカニズム,農作物への影響に関する数々の知見が得られている。更に,現在は重金属が耕地及び林地の生態系に及ぼす影響に関する実態解析,重金属複合汚染及び水銀汚染等の問題について研究が進められている。

以上述べたほか,環境汚染が人及び動植物に及ぼす長期的な影響を解明するため,環境悪化の動植物に与える影響の遺伝学的研究及び殺虫剤等による生物相の変化に関する研究を実施している。

また,発電所等の温排水による熱汚染が漁業生物に与える影響を解明するため,温排水の生物に及ぼす影響に関する研究を,更に,土木工事等による森林,干潟等の開発に伴い,これらによる自然生態系の受ける影響を解明するため,道路建設に伴う森林伐採の生態系に与える影響に関する研究及び開発の干潟に及ぼす影響に関する研究を実施している。

(2)環境汚染の人体に及ぼす影響の解明

生活環境に対する従来の研究や評価では,環境悪化の要因と考えられる各種汚染因子を個別に取り上げ,それらの経年変化,経時変化,汚染分布,環境基準への適合度から論じるものが多い。しかし,現実の生活環境では,単独の汚染因子による阻害は極めて例外的であり,必ず複数の汚染因子が関与している。このような複数の因子による環境汚染を的確には握するためには個々の汚染因子の状況とその影響を明らかにすると同時に,因子間の関連性とその影響度を解明することが重要となつてきている。

ロンドン事件 注) で刺激性ガスと粒子状物質による生体への相乗作用が指摘されて以来,SO 2 ,浮遊粉じん及びNO 2 などの相乗効果について研究がなされている。なかでも我が国では,主要因子であるS0 2 と浄遊粉じんの相乗効果が大きな影響をもたらしていると見られ,これまでSO 2 単独及びSO 2 と食塩エアロゾルの混合ガスの吸入による気道抵抗の変化から相乗効果の検討がなされ,混合ガスでは気道抵抗が約20%増加するなどの結果を得ている。


注) ロンドン事件:1952年(昭27年)12月5日から9日までの5日間に4000人の市民が気管支炎と肺病で死亡したと記録されており,いわゆるロンドン殺人スモッグ事件と言われている。この時の大気中の汚染物質の量は,大気1m 3 中にじんあいの量4.5mg,S0 2 1.3ppm,C0 2 0.2〜0.5%に達し(平常の約5〜10倍)たと伝えられている。

また,過去の外国の例としてロンドン事件やミューズ谷など過剰死に関する多くの例が報告されているように,大気汚染による特徴的な影響は過剰死であると云われている。これら汚染事件の結果から得られた過剰死亡数, SO 2 及び浮遊粉じんの日最高濃度の3者間に強い相関関係のあることが認められている。

これら外国の例は,いずれも異常な高濃度汚染によつて引き起こされたもので,我が国のように比較的長期間低濃度暴露の場合に同様の影響の有無について確認されなかつたところであるが,近年,大阪府下を中心としたSO 2 及び浮遊粉じんの相乗作用に関する調査研究によると, PS値63(浮遊粉じん300μg/m 3 ,S0 2  0,21ppm)の場合及びPS値188,(浮遊粉じん75011g/m 3 ,S0 2 0.25ppm)の場合には気管支炎発生率と大気汚染の間に密接な関連を有し,死亡率及び罹患率は浮遊粉じんとS02の変化に応じて変動することが認められている。すなわち,SO 2 0・21ppmで気管支炎息者の健康状態が低下し,0,25ppmで全死亡率が増加することなどが,この研究調査の結果確認されている。

この調査結果からは,一概に死亡者増大の原因を大気汚染と断定しがたい場合が多いものの,大気汚染の激化を主な原因とする死亡者の増大も明らかであることが指摘されているところから,過剰死亡との因果関係を全く否定することはできないとしている。

以上のように,SO 2 と浮遊粒子状物質の相乗作用については古くからその重要性が指摘されてきたが,比較的最近になつて汚染が進行してきたN0 2 による健康への影響が新たな問題となつてきている。NO 2 は古くから呼吸器刺激ガスとして知られており,それ自身で呼吸器深部に容易に到達するとともに,浮遊粒子状物質やSO 2 と共存すると,気道の気流抵抗の増加反応として,相加作用を引き起こすことが確認されている。

低濃度NO 2 を動物に長期間暴露した実験では気管の細胞に病理学的変化,特に注目されるものとして増殖性変化が認められている。

また,地域大気汚染と住民の健康影響との関係をは握するための疫学調査も各地で行われているが,SO 2 や浮遊粒子状物質ばかりでなく,NO 2 汚染と慢性気管支炎の有症率との間にも関連性が認められている。

以上のほか,大気汚染の人体への影響に関する研究として,低濃度オゾンの肺機能に及ぼす影響について動物実験による究明がなされ,また,光化学スモッグ時におけるエアロゾル粒子の生体に対する直接的影響,特に,他の汚染物の共存による複合影響について多くのことが未解決の状態にあるので,オゾンとエアロゾルの混合同時暴露及び両者の継続的暴露実証を行い,それらの物質が肺機能に及ぼす影響を明らかにするための研究が行われている。

以上見てきた大気汚染のほかに, PCB,水銀など蓄積性有害物質による人体への影響も大きな問題である。

PCBによる環境汚染が人の健康にいかなる影響を及ぼすかを判断するためには,正確な分析法による広範かつ詳細な汚染実態のは握とこの物質の毒性を主体とする生物学的作用が十分に解明されることが必要である。

PCBの毒性については,これまで油症事件に関連し,患者及び実験動物について多くの研究がなされてきたが,それらは主に原因物質の確認又は油症における中毒現象の機序解明を目的とした亜急性毒性の研究であり,微量長期摂取の観点からの研究はこれまで行われていなかつた。この点を考慮し, PCBの長期摂取が人の健康にいかなる影響を及ぼすかを判断し得る基礎資料を得てPCBによる危害を防止するため,この物質の慢性毒性等について詳細な研究を実施している。この研究では, PCBとBHCとの複合作用及びPCBの解毒に関する研究, PCBの生体内減衰に関する研究(臓器への残留性, PCBの特定成分の臓器特異性,臓器間移行の有無,ふん便中への排せつ等の検討), PCBの発癌性,長期間摂取による慢性毒性, PCBの胎仔の発生並びに出生後の発育に及ぼす影響等について検討がなされた。その結果, PCBとBHCの併用は各薬単独の2倍量の作用よりはるかに強い効果を示し,両者が相乗的に協力することが明らかにされるなど示唆に富む研究成果が得られている。このようなPCBの慢性影響,特にその人体における挙動の解明について引き続き研究を進める一方, PCBと水銀の相乗作用についても研究を行うこととしている。

また,新たな環境汚染化学物質の出現に対処する研究の一環として,水銀の乳児に与える影響,ポリアクリルアミド系高分子凝集剤の毒性研究及び環境汚染物質の毒性と栄養条件の相関に関する研究がなされている。また,化学物質の生物に対する影響の評価手法に関する研究が行われている。

この研究ではPCBによる環境汚染を契機として,従来の化学物質の安全性に関する考え方に再検討が加えられ, PCBのように難分解性で生物体に蓄積されやすく,かつ,人の健康を損なう恐れのある化学物質を事前に発見する事前審査制が設けられ,これらの性状を有する化学物質の製造,輸入,使用等に必要な規制が行われることとなつた。

また,既存化学物質についてもその安全性の総点検を早急に行う必要があるため,通商産業省は物質そのものの分解性,蓄積性についての試験を,厚生省は毒性等についての試験を行つている。環境庁においては各種化学物質のうち,広範な使用を通じて環境中へ分布する可能性のある化学物質について環境汚染の実態をは握するため,フタル酸エステル類を中心にDDT類,ヘキサクロロベンゼン, PCT,トリクロロメタン等の化学物質について水質,底質,魚介類等の調査を実施するとともに,化学物質の環境中の挙動のは握等に関する研究を行つている。

2 環境監視測定技術

近年,ますます深刻の度を加えてきた各種環境汚染は,その防止対策上から,また,汚染の原因究明等に関する各種研究を実施する上でも,まず,これら汚染物質の分析,計測が重要であることは言うまでもない。環境汚染9よ,過去においては汚染の態様が比較的単純であつたため測定機器も比較的簡易な小規模のもので良かつたが,最近のように汚染が広域化し,加えて大気汚染で言う光化学スモッグのような二次汚染物質の発生や,複合汚染が重大視されるなど新段階を迎えるに至り,その汚染の状況を的確には握し,汚染に対する措置を講ずるための監視測定技術の強化がますます必要となつてきている。

監視測定技術は,単に汚染の状況を監視するばかりでなく,汚染の要因の解析,究明を行うなど汚染の改善に資するほか,将来起こる可能性のある汚染を未然に防止するという立場からも重要な意義を有するものであり,環境汚染管理という大きな目的の中で重要な位置を占めるものであろう。

以下,大気汚染,水質汚濁に関する計測技術,監視技術,更に計測の精度並びに信頼性の向上の面から測定精度と信頼性向上に関する技術開発について,その動向を述べる。

(1)計測技術

(1)大気汚染計測

大気汚染物質の測定方法については,法律により測定法の規定されているものと,そうでないものとがあるが,一般にガス状汚染物質,粒子状汚染物質及び悪臭物質に分類され,それぞれ発生源及び環境において各種の測定法や測定機器が利用されている。

ガス状汚染物質―濃度が測定の対象になつており,種類が非常に多いため,選択性の優れた測定方法や同時に多成分のガスを分別定量し得る測定方法が利用されている。前者は,日常の大気汚染の監視に用いられる方法で,各種の専用機器,分析方法が用いられ(例えばCO測定用としての赤外線吸収法),後者は主として,研究用に用いられる機器(例えばガスクロマトグラフ)が用いられている。

また,有害ガスの濃度を測定する場合,連続的に測定する方法,短時間の濃度あるいは長期にわたつての積算濃度を測定する方法がある。前者はほとんど機器分析により行われ,後者は主として化学分析(手分析)による。そのほか簡易分析として概略の濃度を測定するのに検知管が利用されている。

粒子状物質―発生源及び環境における粒子状物質は,主として濃度,量及び化学成分が測定の対象となつており,その他,粒径,粒度分布,比重などもあるが,日常の測定にはほとんど実施されていない。

粒子状物質の濃度は,重量濃度が基準になつており,ろ過捕集する方法が採用されている。しかし,これでは連続測定ができないため,光学的あるいはそのほかの原理を用いる方法が連続測定器として使用されている。

粒子状物質の化学成分の測定は,捕集した有害な重金属類について各種の分析手法が採用されている。

悪臭物質-悪臭物質は,現在,法に規定するアンモニア,メチルメルカプタン,硫化水素,硫化メチル,トリメチルアミンの5種類について,環境庁の告示による測定方法があるが,そのほとんどがガスクロマトグラフ法である。

以上の測定方法としては,これまで主に化学的分析法によつてきたが,最近は非分散型赤外法,ケミルミネッセンス法などのオプトエレクトロニクスを応用した物理的な方法に移りつつある。しかし,これらは化学分析法とともに汚染大気をサンプリングして分析するのでサンプリング地点の局所的情報しか得られず,空間的な汚染状況のは握ができていない。また,サンプリングによる誤差と光化学反応のバランスの破壊などの問題が生ずることから,レーザを光源とするレーザ・レーダにより,以上の短所となる面を取り除いた測定方法の研究開発が進められている。現在は,浮遊粉じん測定用レーザ・レーダは実用化されつつあり,大気汚染の成分である特定ガスを検出するためのレーザ・レーダは多くの方式について基礎実験又は試作の段階である。なかでも環境濃度での大気汚染ガス測定用の共鳴吸収方式レーザ・レーダの研究を世界に先がけて着手している。この方式は環境濃度測定方法として,世界的にも注目されているもので,欧,米をはじめ世界各国で研究がなされている。

(2)水質汚濁計測

水質計測においては,多くの分析機器が利用されているが,濃縮分離などの試料処理には手分析手段を使わなければならない場合が多い。

BOD(生物化学的酸素要求量),COD(化学的酸素要求量)などの汚染指標項目では測定方法が約束されていることが多いので,そのための専用機器が開発されている。

水銀,カドミウムなどの有害重金属類の最終計測には,原子吸光分析法と吸光度法が最も広く利用されているが,成分によつては炎光光度法,ポーラログラフィーその他の電気化学的方法も利用されている。また,研究的な目的でけい光X線分析法,発光分光分析法,質量分析計も使われている。

PCBなどの有害有機物質の計測に用いられている方法としては,まずガスクロマトグラフィーが挙げられるが,その他赤外分光法,薄層クロマトグラフィー,液体クロマトグラフィー,紫外吸収法,質量分析法などが場合によつては用いられる。

その他シアン,DOなどに対しては,有効な機器が比較的少なかつたが,最近ではイオン電極法が注目されている。

以上述べたように公害計測方法については,近年飛躍的に進歩した各種測定機器の採用の結果,計測の迅速性,感度及び精度等について著しく進歩した。特に,原子吸光光度計の進歩は,従来測定の難しかつた微量金属を容易に計測することを可能にした。

しかし,近年の公害対策の強化は,測定領域を更に低濃度化してきており,測定データのばらつきによるデータの信頼性の問題は,今後の公害対策の推進上重要なポイントである。したがつて,測定機器の感度及び精度の一層の向上は勿論,データがばらつく原因と考えられる試料の採取方法,前処理,抽出,濃縮等の操作方法など関連技術分野の進歩・向上が望まれる。その意味において,後述する操作方法等の基準化,並びに標準化は,基本的な技術課題として重要である。

(2)環境監視技術

現在,我が国の環境における大気汚染の監視測定は,主に国と地方公共団体で実施されており,積極的に監視測定体制の整備が進められている。国設大気汚染測定局は,現に規制されている物質ばかりでなく,他の物質も対象にして大気汚染の態様を全国的な視野では握し,環境基準の設定や公害防止計画の策定などに必要な基礎資料を得る目的で,全国の主要地域に設置されている。ここには,いおう酸化物,浮遊粉じん,窒素酸化物,オキシダント,一酸化炭素,炭化水素類等の自動測定記録計及びデータ処理装置が整備され,汚染の要因の解明,究明が行われている。また,地方の大気汚染の監視測定は,都道府県及び政令都市で行われているが,現在は,そのほとんどが標準的なテレメーターシステムを採用し,測定データは自動化され,各測定局に設置された各種の計測機器は,一時間ごとに測定し,監視センターからの信号により自動的に伝送,記録されるシステムになつている。同時に管内全域の汚染状況が表示されるなど,テレメーター化により集中監視ができるようになつている。また,高濃度汚染時における緊急時の措置として,押しボタンーつで,低イオウ燃料への切替え,一部操業停止などの防止対策を講じたり,各種排出基準の設定等に必要な資料を得るなどに貢献している。このように環境監視技術の向上は,大気汚染濃度の連続的な実測値のは握を可能にし,そのデータの蓄積,解析が可能になつてきたことから,最近は,電子計算機を活用することにより,シミュレーションを行い,長期,短期にわたつて大気汚染を予測し環境をコントロールすることが可能になりつつある。シミュレーション予測の基礎なるのが拡散方程式で,この拡散方程式自体,温度,風速等多くの要因により変わつてくるため,それを簡略化するためのモデル化が行われ,プルーム,モデル,パフ.モデル,ボックス・モデルの手法が開発された。これらは数時間先の大気汚染を各地点ごとに予測するための短期予測システムとして,兵庫県の大気監視センター,鹿島臨海工業地帯などで既に導入され,実験段階に入つている。

この方法は,長期予測においても基本的にはその手法は変わらない点から,どの地域の排煙量をどの程度抑えれば,どの程度きれいになるかを予測し,将来の都市計画作りにも役立てるため,環境庁は標準となる大気汚染モデルを作成することとしている。

水質汚濁については,近年,自動連続化の傾向が見られ,現在では,PH,温度,電導度,溶存酸素,酸素還元電位,濁度,シアン,TOC(総有機炭素量),TOD(総酸素量),COD,BOD,油分,フェノール,6価クロム等について実用化されつつある。しかし,水質監視のためにいかに優れた水質自動測定器が開発され,河川や発生源に設置,作動させても監視の目的は十分に達し得たとは言えず,事後処理のデータ作りに終わつてしまう。データを迅速に活用し水質の汚染防止,汚染による被害の防止ができなければ水質監視の意味は半減することになろう。このため,水質自動監視における測定値を人が常時は握できる手段が必要となり,現在,排水の規制基準に違反した場合や,河川水質に急変があつた場合など下流における水質変動を迅速に予測し,被害発生の防止対策を講じ得る水質自動測定によるデータ収集,データ処理を中心とした水質汚濁の常時監視システムの研究開発が地方自治体において行われている。現在は,測定現場における監視を重点とする現場型監視方式と広域に存在する水質測定の結果を監視センターのような場所で収集,監視しようとする広域監視システム,並びにデータ伝送方式が開発の中心とされている。

以上述べたように,環境監視技術の向上は,環境汚染の防止に多くの役割を果たしている。しかし,現在の監視技術においても幾多の改善すべき課題を残している。特にデータ収集のかなめとなる計測機器については,次々と新しい機器が開発されてきているが,まだ安定性,再現性などの性能に欠けるほか,校正方法や標準が確立されていないなど十分に信頼性が確保されていない。また,現在の監視技術の中心となる計測機器は単一成分を測定する計測機器が単に集合されたもので,各種汚染成分間の相乗効果が無視されているため,汚染の態様を的確には握することは困難である。将来は,多数の汚染物質を同時に,かつ,迅速に計測できる総合的な計測機器の利用が望ましく,その開発が待たれる。現在でも,高度の定量性と分離性を持つガスクロマトグラフと高い定性性を有する質量分析計との結合(いわゆるガス・マス(GC-MS))などが開発されているが,このような多成分の定量を同時に行うための計測機器の精度の向上,信頼性の確保などが今後ますます重要となるであろう。

(3)測定精度と信頼性の向上に関する技術開発

公害計測は計測対象が種々雑多で,かつ,予知の難しい成分を含んでいることが多く,また,環境基準や排出基準が強化されるに伴い,測定領域も極めて微量なものとなつてきている。したがつて,測定データのばらつきなど,データの信頼性が問題となり,公害対策を進める上で重大な支障が生ずることとなる。一般に低濃度の測定ほど再現精度は悪くなるが,定量限界を定める場合,精度がどの程度であれば,測定可能となるのか問題となることが多い。特に,排出基準については,基準値が極めて低い場合,精度が悪いと現場でトラブルが発生することも考えられ,十分な再現精度を有する測定が要求される。このため,計測技術においても測定機器の感度及び精度の向上が勿論必要であるが,試料の調整に使用する試薬に測定対象物質,又は妨害物質が含まれている場合の妨害物質の除去技術の向上や発色剤と測定対象物質との反応が不十分な場合など,関連する技術分野の確立が定量限界,精度などを進歩向上させる鍵となるものであろう。

したがつて,データがばらつく原因として考えられる試料の採取方法,前処理方法,抽出,濃縮,反応,測定計算方式等の操作方法,測定機器の性能,試薬及び標準試料等について極力標準化することにより,測定データの信頼性を高め環境行政に客観的な科学的基盤を提供することが必要と考えられる。

以上の観点から,操作方法に関しては,現在,通商産業省,環境庁において具体的な基準の確立のための作業が進められつつある。また,現在の公害測定機器では,それ自体で計測精度を安定的に確保することは困難であり,そのため,既知濃度の化学物質を使用して,計測機器の目盛り校正,計測値の補正などを計測のつど行うのが普通である。このために使用する試薬及び標準試料など化学標準物質は,いわば物指しの役割を果たすものであり,表示濃度値などに,特に高い信頼性を有していることが必要である。

そこで,通商産業省では計量行政審議会の建議「公害計測用化学標準物質の標準のあり方」に基づき,化学標準物質の国家標準のあり方,化学標準物質の品質保証及び標準供給体系等について整備が進められている。既に,公害計測機器の目盛付け及び目盛校正に用いる標準ガスについて,国立試験研究機関により標準を確立し,国立試験研究機関の指導監督の下に公的検査機関による市販標準ガスの品質検査制度がスタートしている。また,通商産業省では表示濃度値の決定法の標準化及び表示濃度値の経時変化をは握するため49年度から3カ年間の計画で公害計測用等の化学標準物質の標準化のための調査研究を実施している。しかし,低濃度の高在ガス容器入り標準ガスの製造は安定性などの面で問題があり,製造限界濃度についても,この調査研究において調査を進めており,製造限界濃度以下のものについては,発生機械方式を採用することになろう。

測定機器の性能の面については,ここ数年の急速な発展は機器の感度及び精度の向上においても目覚ましいものがある。しかし,信頼性の面から技術基盤が十分に確立されているとは言えず,このため通商産業省は,公害測定機器振興策を講じ公害計測技術の強化を図ると同時に,機器の性能の向上を図るとともに性能の信頼性向上を図るため日本工業規格の測定を行うこととしていいる。

このため,大気汚染については,炭化水素,塩素等に関する自動計測機器の日本工業規格の制定を行うこととし,更に, COD, PH及び油分等の水質汚濁関係の自動計測器の標準化を行うための調査研究を行うこととしている。

計測範囲の拡大については大気汚染防止法及び水質汚濁防止法では,排出(水)基準及び規制対象物質を地域の実情に応じて,都道府県知事が国の規制に上乗せして規制することが認められている。公害計測関係JISは,国が基準を設定したものを優先して標準化してきたが,今後は都道府県が独自に規制しているものに関しても,早急に標準化することが必要である。

また,排ガス中のいおう酸化物,アンモニア,ふつ素化合物等の測定方法に関しては,ガス状物質についてのみ測定できることになつている。しかし,ミストあるいは,浮遊粉じん中に付着する有害物質が人体に,より悪影響を与える可能性が指摘されており,これらについても測定できる技術を開発し,標準化を行う必要がある。水質関係でも浮遊物質に付着している有害物質や,底質に含まれる有害物質について測定できる方法を開発し標準化する必要があろう。

以上のほか,自動車排ガスの試験方法について,通商産業省は,アメリカとクロスチェック等の共同研究を行つており,日本工業規格の制定と国際的な基準の統一を行うこととしている。

3 破壊された環境の改善及び環境保全技術

騒音,振動,悪臭のような一過性の現象が連続的に起こることによる,いわゆる蓄積しない環境の破壊と異なり,蓄積性が高く,放置することにより容易に復元しない性質のものについては,物理的作用をもつて修復することが必要である。ヘドロ汚染については,通常の除去方法では,再び拡散を誘発するデメリット・の問題があり,ヘドロの拡散を抑えた浚渫方法の研究あるいは凍結除去法の研究が進められている。

PCBについては,製造,並びに使用が禁止されて以来,新たに汚染される。とはなくなつたが,回収処理等の問題が残されている。PCBの回収処理対策については, PCB及びコンデンサ,感圧紙等のPCB使用製品の回収。。努めるとともに,2次公害の防止に留意した処理方法の開発に関する調査研究が進められてきた。その結果, PCBの処理方法としては,熱分解,微生物による生物学的分解をはじめ,放射線,紫外線による分解等が考えられている。科学技術庁では,液状PCBとPCBを含む固体の燃焼処理に関する研究及び活性汚泥を使用した微生物分解処理に関する研究を実施したが,この結果,燃焼処理については,排水中の残留PCBは水質汚濁防止法で規定されている数値の,また排ガス中の残留PCBは環境庁の排水基準よりもかなり低い値である。また,微生物分解処理については,塩素数2までのPCBはある程度分解されるが,塩素数3又はそれ以上となるほど,極めて困難になるという結論が得られている。

また,近時の油流出による漁業資源の損害は重大であり,処理技術の早急・な確立が待たれるところである。

流出油処理技術は,機械的回収と捕捉集積との2つのシステムが組み合わされ,同時にその能力が発揮された場合に有効な流出油の回収ができる。回収技術については,これまで開発されてきたものを作動原理によつて分類すると,吸着ベルトスキマー,回転ドラム,及び堰型吸引等に分類されるが,これらはそれぞれ,流出油の性状により適用が異なり,また,現在技術的解決を要する問題として,早い潮流と高波浪とに対する適応の問題がある。また,補捉集積としては,オイルフェンスがあるが,このフェンスの使用法として,単なる油の拡散防止に使用する場合と,積極的に油を集めるために使用するガイドフェンスの方式に分けられる。しかし,いずれの方法にしてもこれらが有効に作用しない限り,機械的処理技術がいかに優秀であつても回収効率は著しく減少する。このような問題を踏まえて流出油回収処理システム化技術の研究開発が推進されており,現在は,油の捕捉集積のためのオイルガイドフェンスと集積された油の吸引装置としての吸引フロートとポンプ及び吸引管,吸引された油水を分離するための粗油水の分離装置等の一連の作業を円滑に行うための技術開発が行われている。このほか油処理については,油処理剤の使用基準に従つて処理する方法も行われてきたが,現性能基準を再検討するための研究や油処理剤の毒性試験に使用するよう鋭敏な供試生物の探索,油処理剤の成分分析,海産生物の蓄積性の研究等が行われている。

更に,農林漁業が本来有している自然環境保全に資する機能を見直し,生産活動の対象である自然生態系の実態解析,環境保全的機能の定量的は握及び環境保全指標の設定等に努めるとともに,環境を維持培養する方向での生産技術体系の確立を図る必要がある。また,家畜排泄物による環境悪化を防除し得る技術体系を確立するため,農林漁業における環境保全的技術に関する研究を実施している。

なお,近年野生鳥獣のせい息環境の荒廃が進行し,野生鳥獣の保護を図る上から,野生鳥獣の保護繁殖に係る体系的手法の開発に関する研究を新たに実施し,鳥獣のセンサス法,餌料の摂取量の計量化の研究を行うこととしている。

また,近年西表島で日本で初めて発見されたヤマネコの生態を解明し保護を図るためイリオモテヤマネコの生態及び保護に関する研究を新たに実施することとしている。


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