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第1部   安定的発展への新たな要請と科学技術
第2章   健康・安全など国民生活の向上に貢献する科学技術
第2節   健康の保持増進


我が国の急速な技術革新と経済発展は,国民の生活に急激な変化を与えており,これがまた,国民の健康にも大きな影響を及ぼしている。

医療技術の進歩と公衆衛生対策の推進は,結核をはじめとする感染性疾患の制圧に大きな成果を収め,この種の死亡率は急速に低下してきたが,現在はそれに代わつて高血圧,心臓病,脳卒中,糖尿病,神経症など,いわゆる文明病が増加し,更に軽度の肥満や貧血等の直接的な医療は要しないが健康とも云えないいわゆる半健康の状態にある者の人口は2,000数百万人にも上ぼると言われ,それらの予防は国民の健康上の最大の課題となつている。

日本人の平均寿命は近年急速に延び,男は70才を超し,女は75才に達し,世界の長寿国の中に加わり,既にアメリカをりようがするに至つた。しかし,この延びは近年における感染性疾患による死亡率の急速な低下によるもので,老人の平均余命はまだアメリカ人より明らかに短い。更に,寝たきり老人は36万人(1970年)と推計されており,アメリカに比べて約2倍の高率であること,更に,いわゆる恍惚の人の多いことなど,高令者の健康状態にも問題が残されている。

発育期の発育・発達について見ると,生徒・児童の体力は,近年の体位の著しい向上とは逆に,次第に低下の傾向を見せ始めている。この傾向は,過密地域と農村地域の青少年について比較した場合にも見られ,前者が後者より体位の大きさでは勝つているが,全身的な持久力では明らかに劣つている。

約10年前より急に増加した肥満児は今日では欧米並に多く見られ,初期には,単に外形の問題に過ぎなかつたが,今日では血圧や血清コレステロールの増加,糖負荷試験に対する異常など,潜在性成人病の症候を示し始めた。

乳児については,母乳栄養の重要性についての正しい認識の欠除から,今日では人工栄養の比重が増大し,母乳栄養の場合でも授乳期間が短縮して,それらが乳児の抗体産生など健康問題ばかりでなく,産後の母体の肥満やそれに伴う健康障害など,母子保健に関する諸問題を提起している。

心身障害者についても,近年その治療に対する制度や施設が漸次整備されつつあるとは言え,普及までにはなお遠く,特に社会復帰については,解決されなければならない数多くの問題が残されている。

以上のような近年における日本人の健康問題は,社会制度ばかりでなく,個人の日常生活に強く支配される性格を持つている。

近年,国民を取り巻く生活環境は著しく変化してきた。なかでもモータリゼーションの普及や労働のオートメーション化による運動不足,食糧事情の好転やインスタント食品の普及に伴う栄養のアンバランス,いわゆる管理社会におけるストレスの増大などは国民の健康に最も大きな影響を与える要因と言えよう。

第1-2-3図 主要死因別死亡者数の推移

そして,前記の近年ひん発する健康障害は,これらの生活環境と密接な関係を持つことが多くの調査や研究により明らかにされている。

例えば,元来普通の労働に従事しているホワイトカラーの消費エネルギーは2,500Calであつたが,現在では2,300Cal,女子大生の2,000Calが1,800Calへ,農民の3,500Calは3,000Calへ,著しい例では,圧延工の3,500Cal〜4,000Calが2,500Calへと,ほとんどの職種において労働軽減が行われたことなどにより消費エネルギーは著しく減少した。

昭和50年3月に行われた日本人の栄養所要量の改定では,この現状に対してホワイトカラーの所要エネルギーを2,300Calに低下させず,200Cal分の運動を推奨して2,500Calをそのままに採用しているが,これは肥満や成人病の要因としてエネルギーの過剰摂取よりもむしろ運動不足を重視したからである。

したがつて,今後,国民の健康の保持増進を図つていくためには,これまでのように疾病の解明,診断,治療など医療技術のより一層の向上が必要であるが,今後はこれに加えて日常生活における栄養,運動,休養などの適正化を図り,国民の健康を積極的に増進していくことが重要な課題と言えよう。

健康増進の推進は,今や世界的すう勢であり,アメリカ,イギリスなど欧米諸国における,心と体の調和の回復を目指すトリム運動をはじめとして具体的対策が活発に実施されつつあり,特に,西ドイツにおいては1960年から15年計画で多額の資金を投入して国民のための運動施設の建設を進めるなど,いわゆる黄金計画(golden plan)が進められているが,このことは同様の環境条件下に量かれている我が国にとつて大きな示唆を与えている。

このような諸外国のすう勢と相まつて,我が国における健康増進に対する意識の高揚は,各種スポーツ施設の増設等の形で努力がなされつつある。しかし,国民が自由に気軽に利用できることなどの点からは,施設の数においても,また,経済的制約が付随することからも十分とは言えない。加えて,新しく運動を開始しようとする人に対して適正な運動量を指示したり,安全性を確保する面から科学的に裏付けられた健康増進指導が必要である。このような観点から,政府は国民1人1人が自分の生活の中に適当な運動,休養を取り入れ,適切な食生活を実践するよう,生活全体を健康増進の観点から国民が自ら設計し,実践していくための生活処方(運動処方,食生活処方)の開発を進めており,一方,地方公共団体は国の協力の下に健康増進センターの整備等を行い,実践指導を行うなど,積極的な健康増進施策の推進を図りつつある。

以下,健康増進に関する基礎研究及び健康増進実践に関する研究開発の動向について述べる。

(研究開発の動向)

1 健康増進に関する基礎研究

前述したように,近年の生活環境の急速な変化に対する不適応状態として成人病が増加の傾向にあることを考慮すると,国民の健康に関する日常生活の過ごし方に対する意義はますます大きくなつてきていると言えよう。

特に,栄養と運動は日本人の健康状態を左右する柱であると考えなければならない。一例としてこの2つの要素のアンバランスによる現象の一つである肥満を取り上げて見る。

肥満は,一般的に多食が第一の原因と考えられがちであるが,必ずしもそうではなく,実際には摂取エネルギー量と身体活動による消費エネルギー量のバランスが問題であることが,近年の動物実験等によつて明らかにされてきた。

白ねずみを,和食に近い高糖食(低たん白,低脂肪)群と欧米型の食事である低糖食(高たん白,高脂肪)群に分け,そのおのおのを運動群と非運動群に分け観察した結果,非運動群は運動群の約2倍の腹部沈着脂肪が認められ,コレステロールも非運動群の方が高い傾向を示した。また,糖,たん白,脂肪などの栄養素をいろいろ変えた運動群,非運動群についての観察でも,非運動群は肥満症と動脈硬化を併発し,早く死亡し,運動群は逆に長生きする結果が得られている。この実験は運動と栄養のバランスがいかに大切であるかを示している。

次に,軽度の肥満者に対する食事規制(約1,600Cal)と運動負荷(1日の消費カロリー量約800Cal)による実験では,体重の減少,腹囲,大腿囲,上腕における皮下脂肪厚の減少が認められ,また心臓を中心とする循環器系の機能向上の指標となる最大酸素摂取量については,運動負荷の割合を徐々に増すごとに増大する結果が得られている。

更に,軽度の糖尿病で肥満した被検者に対する運動と食事規制を加えた実験では,著しいコレステロールの低下を見るなど,運動の効果並びに食品との相乗効果が認められ,薬物療法では望むことができない効果のあることが立証されている。このことは,栄養を考慮した適度の運動は,健康者のみならず,半健康者と思われる人に対しても非常に有効であることを示唆するものである。

一方,病態生理の面からも日常の心肺機能のトレーニングの必要性が注目されている。救急施設における受傷患者の臨床例から,外傷後の合併症による生死の分岐を決定するのは,心拍出量(心臓から血液を送り出す量)の増加反応いかんによるものであることが近年明らかにされてきている。

この心拍出量の増加の有無を左右する第1の因子として日常生活様式が挙げられ,一般的に肉体労働者は心拍出量の増加反応が強く,日常運動不足の知的労働者は心肺機能の予備能力が著しく低い状態にあることが明らかにされた。

第1-2-4図 皮下脂肪厚で見た性別肥満傾向

また,アポロ宇宙計画以来,著しい発展を見せている宇宙医学でも,極度の運動不足が貧血症状,尿路結石,骨組織のカルシウム溶解現象など代謝異常を示すことが明らかにされてきている。このことは,また,運動が医学的に注目されたものとして,日常の運動不足や安静を強いられている患者のリハビリテーションを解明する端緒ともなつてしいる。

このような代謝障害はいずれも日常生活と密接な関係にあり,しかも,これらは身体組織の慢性的変化を伴う疾患であるから,急激な効果を持つ薬物療法よりもはるかに合理的である。

このような研究は,いずれも老化予防の具体的方法の確立に直接貢献するものとして,老年人口のますます増加する我が国では今後強力に推進されなければならない。

同時に,以上の老化予防の研究開発には体内のたん白,脂質,糖質等の組成や代謝についての年令的変化,更には酵素やホルモンの代謝についての年令的変化に関する基礎的研究が付随する必要がある。

以上見てきたように,中高年令層を中心とした健康増進に関する基礎研究は,近年の成人病の増大からくる社会的要請もあり,徐々にではあるが進展の方向にある。しかし,人間の出生から死に至るまでの生涯に及ぶ健康管理を考えるとき,乳児層,思春期層,更にはあらゆる年令層にわたる心身障害等に関しては次に述べるように未解明の問題が多く,基礎的分野における今後のより一層の努力が必要とされよう。

母体内と乳児期の適切な栄養については,次のような重要な問題がある。

例えば脳細胞の数が生後半年までの栄養により決定されることは,これまでの研究でも明らかにされてきている。精神活動力をより良くするための栄養の研究は,肉体活動の場合と異なり研究方法など極めて困難な面が多いが,一属の推進が必要である。また,栄養不良の乳児は感染症にかかりやすい実例が多く,抗体産生と栄養との関係についても研究が進められている。また,近年,アミノ酸代謝と精神発達の関連が注目されており,今後の重要な研究課題となつてこよう。

発育期における栄養問題の一つは乳児のほ育法であり,他の一つは思春期における発育促進の問題である。体の大きさに影響を及ぼす諸因子の中では栄養が重要な役割を果たすことが近年の動物実験で明らかにされており,日本人の近年における急速な成長促進の原因の一つも食生活の改善によると言われている。しかし,それが果たして,健康や休力の上で望ましい姿か否かは,なお検討の余地が残されている。近年における小児の骨折事故の増加傾向,持久力の欠如,神経症の増加傾向など,発育・発達上の問題も見逃してはならない。このために,特に思春期における体位と体力との関連の研究も積極的に進める必要がある。また,う歯の増加も重要な問題で,これと栄養,取り分け糖分摂取量との関係は早急に解明される必要がある。

心身障害者に対しては,収容施設や研究施設は漸次新設されつつある。しかし,研究面については,一部の研究所,大学等において,障害学,運動治療学,運動学,リハビリテーション工学等について優れた独創的な研究が行われているが,緒についたばかりであり,社会復帰のような社会的な問題をも含めて解決すべき問題は多い。今後は麻ひの回復促進,筋い縮性疾患のリハビリテーション,肢切断者の社会復帰,骨関節疾患のリハビリテーション及び機能訓練実施時の運動量等に関し,前述の諸学問を活用し,より充実した研究成果の得られることが期待される。

2 健康増進実践のための研究開発

国民の健康・体力の向上に照準を合わせた具体的な研究としては,健康水準の評価標尺の標準化の研究,その標尺による現状の調査研究及びその結果判明した健康水準別の増進処方に関する研究に大別される。この方面の全般にわたる研究開発については,厚生省では昭和46年度から健康増進に関する調査研究が進められ,更に健康増進センターが設立されるに及び,その運営に必要な技術指針に関する研究が行われ,暫定的な試案が作成されている。

また,(財)体育科学センターでは5年間の運動処方プロジェクト研究成果を基礎にした運動処方を発表し,この方面の最も優れた科学的処方として評価されている。

しかし,これらはいずれも暫定的な性格のものであり,更に適正なものにするための研究が進められている。

以下,現在開発の途にある健康増進のための運動,食生活,休養についてその研究開発の動向を述べる。

(1)適正運動量の決定に関する研究開発

健康の維持ないし増進を目的とする運動量の決定に関しては,運動の種目,強度,1日の運動時間及びその量,ひん度あるいは休憩の取り方など諸要因の決定が必要であり,しかも,それが安全で有効であるという条件が満たされる必要がある。また,そのためには,適当な指標を得,その指標と運動量の関係を求め,その指標の望ましい領域を決定し,その両者から健康の指標を望ましい範囲内に保ち得る運動量を決定することができる。すなわち,運動負荷検査における指標を何に求めるかが問題である。

これまでの研究の諸成果から,現在は特に,循環機能を最も重視した運動負荷なり,体力を考えることが一番妥当とされている。呼吸循環の第1の目的は酸素の運搬であり,生命維持に最も直接的な関連を有しているところから,酸素運搬能力,つまり最大酸素摂取能力が最も注目されている。

これは全身持久の指標としても,循環機能の総合的指標としても注目されている。

そのほか,心電図,血圧,心拍数,最大分時換気量,肺活量等が重要な指標と考えられている。

しかし,現在のところ,我が国では運動負荷による検査の標準化がなされておらず,その点が急がれるため,厚生省においては,運動負荷生理機能検査の評価と標準化に関する研究を実施するなど適正運動量の決定に関する標準化のための検討を行つている。

近年,運動処方の理論として世界的な注目を集めているのがアメリカで開発されたエアロビクス(有酸素運動)の理論である。エアロビクスによる運動処方の目指すところは,心臓を中心とした循環器系の機能の向上にあり,従来の筋肉トレーニングの考え方とは全く異質のものと言えよう。

しかし,この処方はアメリカ人を対象として観察されたデータに基づくものであり,更に我が国の場合,心臓疾患以外にも,高血圧,脳卒中,ストレス病等重要な健康阻害要因を有することを考え合わせると,今後は我が国において日本人を対象としたデータを蓄積し,日本人に適した処方の開発が望まれている。

このような観点から,適正運動量を決定する他の方法として,現在行つている運動量と,その人の健康状態を対比することにより,諸種の運動量が血圧,脈拍数,肺活量,コレステロール等各種医学的パラメーター及び体力にどのように影響するかを観察し,その結果最も望ましい運動量を求め,それをもつてそれらのパラメーターに関する適正運動量とするような調査研究が行われている。更に,今後の実験の一層の拡大が望まれている。

現在,健康づくりのために作成される運動処方の内容は,中高年令者に対しては,心臓及び血管系への刺激となる有酸素的運動,すなわち,走運動,歩行,サイクリング,水泳など持久性の運動が中心であるが,将来は20才代,30才代をも考慮した筋力や,調整力等の運動を加え,総合的にバランスの取れた体力を助長することをねらいとした処方の開発も必要であろう。

運動処方に当たつての基本的な考え方は,運動の生活化であり,生活の中で体を動かすことのための処方せんである。

したがつて,従来,選手養成に重点を置いた,ぎりぎりのところまで体を鍛えることを目的とした運動の在り方とは異なつてこよう。

現在開発申の運動処方は,健康者に対するものが中心となつているが,基礎研究の項でも述べたように,近年運動の効果は健康人に対しては勿論のこと,心臓病,糖尿病,高血圧,肥満などに対しても注目され,このような人達に対する運動処方の開発も進められている。

最後に,運動処方を行うに当たつての事故の防止には,最大限の注意が払われる必要がある。そのためには,医学的検査が重要であり,特に運動負荷時の検査所見が重要な目安となる。これまでの実験例においても,安静時の検査では全く正常なものであつても運動負荷時に異常所見を示す例が相当数あることが分かつてきたので,注意深く適正な運動量が決められなければならない。

(2)食生活の適正化に関する研究開発

従来の栄養対策は低栄養状態の改善と体位の向上を主な目標としてきた。しかし,今日のように,肥満や成人病など不健康状態にある人々が増加の傾向にあることなどから,栄養対策も,健康者に対しては一層の増進を図り,また,不健康状態にある者に対しては,それに打ち勝てるだけの積極的健康を獲得すること,すなわち,健康の保持・増進が主目標と考えられるに至つている。そのための食生活の適正化を図る方法として食生活処方の開発が行われている。

現在開発されている食生活処方は,単に栄養摂取量について一般的な基準を示すといつた従来の食生活指導の在り方から,更に広い視野の中で食事と人間の生活という関係でとらえようとしている。

したがつて,食生活処方の開発の基本的方針は,運動処方と同様に,あくまでも個人を対象にした食生活の指導という観点に立つている。すなわち,個人の生活全般から見た食生活の在り方を検討し,どの場合にどういう質のものをどれだけ摂取したらよいかを考慮した栄養所要量を算定することが必要となる。

そのためには,まず,個人の適正カロリーをは握し,個人の日常生活の食事内容が性,年令,体格,労作強度から見て適正であるか否かを量と質の面から判定する必要がある。その根拠となるものとして,現在,食物摂取状況調査が行われている。

この調査は,我々の食生活の制約条件となる各種の要因,例えば個人の性格,家族構成,経済状態,出身地などの関連で個人の食生活処方の手掛かりを発見することをねらいとしている。このようなことは,従来の栄養指導では方法論が難しいこともあつて試みられなかつたが,今後は,以上のような調査によつて得られた各種データを蓄積・分析することにより処方の開発を進めている。

現在は,栄養所要量の算定に当たつては,標準体重に基づいた方法が考えられているが,今後は,個人の体位の実測値に基づく方法や,体脂肪率に基づいた栄養所要量の算定方法も考えられている。

また,食生活指導の段階においては,これまで述べてきた栄養所要量の算出結果だけをもつて指導を行うのではなく,医学的検査,体格検査,体力テスト等の結果のすべてを考慮し,対象者の置かれている健康状態を総合的に判断し対象者のニーズに沿つた指導を行うことが望ましいとされている。

したがつて,対象者が中高年令の場合,健康である場合,運動をする場合,肥満の場合などによつてその食生活の処方内容は異なつてこよう。1例として運動開始時の食生活内容について見ると,新たに運動を開始する場合,その初期には運動による肉体的ストレス状態が誘発され,窒素排せつ量が増大することは運動生理学の面からも明らかにされてきている。したがつてたん白質所要量が増大し,この際には日々の運動量を考えて,カロリーの増加分をたん白質で補うなど,たん白質の摂取量を重視した処方が望ましいとされている。

このように,将来は,食生活処方を更に具体化するための各種研究が必要となつてこよう。例えば発育期,青年期における行動体力を向上させるための食生活,各種ストレス(物理的ストレス,精神的ストレス等)に対して抵抗する能力,すなわち防衛体力の向上のための食生活,更には日本人の食生活と循環器疾患の関係から見た個人の適正な食塩摂取量など多くの技術的に困難な問題を抱えているが,個人の年令,健康状態に見合つたきめの細い食生活指導を実施し,健康の保持増進を図つていくための広範にわたる研究の推進が必要である。

(3)休養

現代の休養に対する考えは,これまでのように単に疲労対策にとどまるものではなく,健康の保持,増進という広い視野の中でとらえるべきものとしている。したがつて休養の問題を取り扱うに当たつては,現代社会における健康阻害因子の特徴を分析し,それに対応した対策を取る必要がある。 第1-2-5図 は現代における健康阻害因子を図式化したものである。

現代における健康の確保はこれら健康阻害因子に対する予防対策が最も重要であり,休養の問題もその対策の一環として考えられなくてはならない。

現代社会生活における休養は,肉体的疲労対策と精神的ストレス対策に大別されるが,特に後者が重要視されている。

第1-2-5図 現代社会における健康阻害因子

肉体的疲労の場合には,これを訴える者は,日常の労働が大きい場合,体力的に劣る場合,健康上の問題がある場合の3つのカテゴリーに分類され,それぞれのカテゴリーによつて異なつた対策を立てることが必要とされている。なかでも,体力的に劣る場合の疲労対策については,積極的な姿勢が要求され,適切な運動処方に基づいた運動の実践が必要である。特に中高年令者においては,予備力や回復力の低下,身体の脆弱化,潜在性疾患や異常所見の増加等を考慮し,体力と医学的所見に基づいた適切な運動処方を個別的に適用していくことが重要とされている。このことは,労働生理学的な見地から,毎日8時間の労働を行い疲労が蓄積しないためには,その労働強度の5倍の体力が必要であると言われていることからも,妥当な考え方であるとされている。

一方,精神的ストレスについては, 第1-2-6図 に示すようにその原因も多く,精神的ストレスがこうじると情緒不安定,ノイローゼへと発展していくケースは多い。

精神的ストレスの対策としては,リラクセーション,ストレス回避,気分転換,心の構え方などの原則をケースバイケースに適用することが必要とされている。

なかでも気分転換は,前2者のような消極的休養に対して,積極的休養とも言うべきものであり,スポーツ活動や創造的活動と言つた余暇活動が重要とされている。

スポーツ活動は生理学的にアドレナリンに対する生体の感受性を低下させ,憤怒,不安,恐怖等の強い感情の動きによつて起こる交感神経の興奮やアドレナリンの過剰分泌に対する中和効果があることが証明されている。また,精神疲労を身体疲労に置換させることにより,心をそう快にする効果をも有している。

一方,創造的活動は,自己の内面にひそむ感情を何らかの形で表現することによつて心に大きな喜びと満足を与えるものとして,精神的ストレスに対して特に効果的であり,その活動範囲も形あるものを作る行為,精神的創造あるいは自己の記録更新など広い。

第1-2-6図 精神ストレスの原因

また,逃避的な姿勢から積極的に問題を解決する方向へ心の構え方を転換することもストレスを軽減,解消する上で大きな効果があることが認められている。

以上述べたように,積極的休養はあらゆる生体機能を活発にし,情緒を安定にし,労働意欲を向上する効果を持つことが近年,この分野における諸研究から明らかにされてきている。

人体の生理機能は体温,脈拍,尿の排せつなど昼間はこう進し,夜間は低下するなど1日24時間を周期とした日内変動が認められている。これは生体が本来的に有する周期的変動,すなわち,バイオリズムであつて,睡眠,食事などの必需時間,労働,家事,通勤などの拘束時間,その他個人の自由裁量で利用できる自由時間から構成されている。

しかし,近年の生活環境の複雑化は恒常的でなければならないバイオリズムを乱し,精神的な安定性を失わせる状況を招きつつある。近年発展を見せている精神身体医学は,このような精神の不安定が身体的疾患の原因となつているものが多いことを指摘している。

したがつて,必需時間,拘束時間,自申時間を規則正しく過ごし,バランスを保つことが要求され,殊に休息時間,休日には積極的に休養を取り,体力,気力を再調整するため国民1人1人が自分にふさわしい余暇活動の方法を身に付ける必要がある。

余暇についての研究は,余暇利用施設,余暇活動と社会・経済的条件との関係,余暇意識や興味・関心,身体的レクリエーションの身体的効果及び生活時間や自由時間と行動等について建築学,社会学,教育学,医学,心理学等の立場から研究が行われ,それぞれの面についての解明が進められている。また,特に,最近では余暇問題が注目されるようになるにしたがつて,大規模な実態調査が行われ始めている。

しかし,余暇問題は,我が国においては,比較的新しく,また急速に重要性を増してきた問題であり,現象面のみ先行してその科学技術的基礎の解明という点では全く立ち遅れているということができ,また,従来のような,各学問領域からの個別的な研究では不十分であり,学際的な研究によるアプローチが望まれる。

以上,健康増進に関する種々の研究開発の動向を見てきたが,この方向の研究はいずれも,栄養・運動・休養などを中心とした日常生活の過ごし方を見直すことにより,中高年期や発育期における健康諸問題を解決しようとする前向きの予防的な性格を持つている。しかし,我が国のこの分野における基礎研究や技術開発は緒についたばかりで十分とは言えず,解決すべき幾多の課題を有している。

したがつて,これまでは事後的な治療に重点が置かれてきたが,今後は健康増進分野の研究開発はますます重要視されるべきである。

また,この健康増進に関する研究の成果は,個人の幸福の基盤作りに貢献するばかりでなく,国の膨大な治療費負担を軽減するという経済効率から考えても,その開発は大いに推進されるべきであろう。


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