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第1部   安定的発展への新たな要請と科学技術
第2章   健康・安全など国民生活の向上に貢献する科学技術
第1節   国民生活の向上に貢献する総合的な科学技術の推進


(科学技術の国民生活向上への指向)

我が国の社会・経済は,海外から導入した先進工業技術,安価で大量な海外資源などの諸因子を有効,かつ,適切に活用することによつて諸外国に例を見ない急速なテンポで発展してきた。その結果,日常生活の豊かさ,科学技術並びに教育水準の向上など国民生活の面で種々のプラス面が評価され,また,我が国の国際的地位も高く評価されるに至つた。しかし,近時,物価上昇や公害,交通事故の増大,精神的なゆとりの不足など種々のマイナス面の表面化に対する不満が高まるに及び,人々はこれらプラス面を評価しつつもマイナス面を強く意識する方向へと向かつてきている。

このため,社会的要請もこれまでのような成長第一主義の経済発展から健康で快適な生活,すなわち物質的及び社会的環境を充実し,余暇時間を有効に活用することによつてより充実した生活を形成し,同時に,自然と人間活動との調和を図るなど国民生活の質的向上を指向した新たな方向へと重点が移行してきている。したがつて,科学技術の振興においても,上記の要請にこたえることが今後重要な目標となり,福祉向上に対する科学技術の寄与が要請されている。

(諸外国の国民生活に関する施策)

一方,主要国の科学技術政策を見ると,欧米諸国はいずれも国民生活の質的向上に関する分野を重視してきていることがうかがえる。

アメリカにおいては,1960年代の宇宙開発を代表とする巨大科学技術から1970年代には民需部門(国防,宇宙を除く。)へとその重点を移行しつつある。その傾向は,研究開発費予算面からもうかがえる。連邦政府予算中の研究開発費における民需部門の割合を見ると,1969年の24%から1975年には35%と伸び,なかでも保健関係の10%,環境関係の20%の年伸び率は,1969年以来減少を続けている宇宙部門と対照的である。1975年度連邦予算における研究開発計画としては,「国民に関係の深い諸問題の解決に必要な科学技術の寄与」を挙げ,そのなかで国家的重大問題としてエネルギーを優先順位の第1位に揚げ,更に緊急性を有する社会的ニーズとして健康,環境,自然災害,輸送,薬物乱用,犯罪の防止等を挙げ,これら重点分野の研究開発の推進を図るものとしている。

第1-2-1図経済成長に対する評価

フランスにおいては,科学技術の第6次計画で国民福祉政策遂行に必要な科学技術研究を「社会・経済目的研究」の名の下に推進することとし,この分野の特に重要な課題として,医学研究,住宅建設,環境汚染対策,交通問題等を挙げている。なかでも,これら重要課題を達成するための総合的な科学として,ライフサイエンスを生命の科学(science de la vie)の名の下に,優先的な位置が与えられ,分子生物学から産業関連研究に至るまで広範なスペクトラムを持つた研究が近年特に強力に推進されている。

西ドイツにおいては,科学技術政策の基本的な方向を教育政策,社会・経済政策,農業政策,保健環境政策と関連させ国民生活の質的改善にアクセントを置くべきであるとしている。現在の政策の具体的な課題として,1) 人間生活条件の確保(保健,食糧,労働環境等)2) 人間らしい生活空間の確保と形成(環境保全等)等を掲げている。予算面でも,ライフサイエンス,環境科学技術等を含む新技術開発費の面に高いプライオリティが与えられている。

以上述べてきた欧米3か国のほか,イギリスにおいても保健等の分野の研究予算が増額される傾向にあるなど,国民生活のための科学技術の推進,国民の要請にこたえる科学技術の展開が欧米先進国の大きな潮流となつてきていると言えよう。

(国民生活の向上と科学技術の推進)

以上,諸外国の動向を見てもわかるとおり,その施策の重点は,国民生活の質的向上に置かれており,そのための努力がなされている。我が国においても国民生活に大きな影響力を有する諸条件を見るとき,解決への努力が要請される課題は多々ある。

特に,我が国の将来を考えるとき,平均余命の伸長に伴う老人人口の増大,社会・経済の発展に伴つて生ずる環境破壊,過密,各種災害や生活用品等の安全性の問題などはいずれも人々の健康や生活環境に重大な影響を及ぼす諸問題として掲げることができるであろう。

なかでも,急速な社会・経済の発展によつてもたらされた生活環境の変化に対する不適応状態として,中高年令層に多発しているストレス病や成人病,近年における各種の調査・研究によつて判明してきた環境汚染の広域化や汚染の各種生物への影響,多様化する生活用品の安全性,産業の高度化に伴い様相が変化しつつある産業災害や国土の特殊な条件により引き起こされる自然災害等はいずれも重要な問題である。

これらは,現実に当面する問題として早急に解決されなければならない。

このように健康,環境及び安全の確保は我が国における生活の質の向上を図つていくための基本的要素であり,この分野の研究開発努力がますます重要とされる。

これらの分野に関する政府の研究開発の動向を予算面から見ると,健康・安全(医療技術,防災技術,生活用品等の安全性確保のための技術),環境保全(公害防止技術,汚染の解明,計測・監視技術,破壊された環境を改善する技術等)の分野に関する特別研究費(期間を定めて計画的に行われる研究のための経費)はそれぞれ増大し,特別研究費総額に占める割合も年々増加している。これは政府が自ら行う研究開発の中でもこれらの分野に関する研究開発に努力を傾注していることを示すものである (第1-2-2図)

一方,科学技術会議は,先に昭和46年4月諮問第5号「1970年代における総合的科学技術政策の基本について」に対する答申において,人間尊重の立場に立つた科学技術の展開の必要性を指摘し,引き続き,国民生活分科会を設け,これまでに健康,安全,生活,医療技術など国民生活に密着した科学技術分野についての研究課題を明らかにするための検討を行つてきた。

現在は,これまでの検討の成果に基づいて,

1) 積極的に健康を増進する観点からの健康の保持増進
2) 生活用品の安全性,環境の保全,事故・災害の防止の観点からの安全の確保
3) 疾病の解明,診断技術,治療技術,健康管理技術の観点からの保健医療の向上

の各分野について,政府が重点を置いて推進していく上での具体的な研究開発目標を選定するための審議を進めている。

(研究開発の総合的なアプローチの必要性)

これまで述べてきたように,近年,人々の健康や安全を阻害する諸要因はますます複雑化,多様化しつつある。このようななかで,これら諸問題を解決していくためには,科学技術面においても個々の問題に着目した解決方法だけでなく,従来とは異なつた新しい総合的な観点からの検討がなされなければならない段階にきている。

第1-2-2図 特別研究費に見る健康・安全及び環境保全に関する研究費の推移

ちなみに,健康,安全に関する科学技術の今後重視すべき役割を見ると研究開発分野は相互に深い関連を有し,かつ,次のように多岐にわたつている。

1) 人々の健康,安全を阻害する諸要因の解明(研究開発分野)

〇新合成物質等の化学的,物理的解明
〇事故・災害の現象や事象の解明
〇疾病の原因究明,等

2) 健康の保持ないし安全の確保に必要な基準の設定(研究開発分野)〇環境基準,排出基準,栄養基準など国民生活に関する基準の設定等

3) 上記1)及び2)に関する基礎的技術の精度並びに能率の向上(研究開発分野)〇微量物質を対象とした分析,測定,検査及びそれらの手法の標準化等

4) 健康,安全の阻害要因を除去し,より快適な生活の実現を図るための技術開発(研究開発分野)

〇環境保全:クローズドシステム化等
〇災害防止:予知・予測技術,防災技術,安全化技術の開発等
〇生活環境の改善:人間工学を考慮した生活環境の設計及び生産技術の開発等

したがつて,研究開発の推進においても,各分野ごとの研究開発の推進を図るのみでは不十分であり,自然科学をはじめ,人文科学,社会科学をも含めた総合的な観点からのアプローチが必要である。このような観点に立つて,人々の生活を向上させ国民福祉を図つていくための総合的な科学技術分野としてライフサイエンス,環境科学技術を挙げることができよう。これらの分野の科学技術は,前述した昭和46年の科学技術会議の答申でも特に重点を置いて推進すべき分野として挙げられているものである。

なかでもライフサイエンスは,近年,各国においてもその重要性がますます深く認識されるようになつており,それぞれの国情に応じて,ライフサイエンスの研究推進の具体的施策を講じている現状である。我が国においても,この分野は,保健医療の向上,環境の保全など広く国民生活の向上に直結するとともに,1980年代の技術革新の芽となるものとしてもその振興の必要性が認識されつつある。

科学技術会議におけるライフサイエンス部会(昭和48年設置)は,昭和49年12月,ライフサイエンスの基盤的研究から目的指向的研究までの全般にわたる研究開発の現状及び社会的要請を含め,我が国におけるライフサイエンスの振興に関する中間報告を取りまとめた。そのなかで,ライフサイエンスは広範な研究分野を包含するものとして,自然科学,人文科学,社会科学などの多くの専門分野が有機的に連携したいわゆる学際的研究を重視した総合的な推進が必要であるとしている。加えて,世界におけるライフサイエンスの進展状況あるいは我が国における国民的要請を配慮した重要な研究目標(7分野21目標)及びそれらの達成に必要な研究で特に重要なものの推進方策の基本事項を取りまとめるなど,ライフサイエンスを国家的責務として積極的に推進することが必要であるとしている。

このような科学技術の総合的な推進によつて,生活の質の向上を図つていくための基本的要素である健康や安全の確保及び環境の保全を図つていくことが今後より重要となつていくと考えられる。したがつて,第2節以下では,「健康の保持増進」,「環境の保全」及び「安全の確保」について,更に具体的に科学技術への要請と課題を明らかにしつつ,研究開発の動向について述べる。


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