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第1部  社会発展基盤の強化と拡大のために
第4章  社会開発基盤の強化
第2節  社会システム充実のための科学技術の適用
1  医療



(1) 現状と問題点及び研究開発の方向

医療は国民の健康な生活を守るための基盤をなすものである。近年の医療技術の進歩は,生活水準の向上と公衆衛生施策の推進とが相まつて各種疾病の克服など国民の健康の増進,生命の延長など種々の面で大きな成果を挙げてきた。しかし,その反面,近年の社会環境の複雑化,多様化の進行は,ストレスの増大などを招く一方,高血圧や心臓病などの循環器疾患をはじめ,糖尿病やノイローゼなどの文明病による慢性疾患を増大させた。成人層におけるこのような慢性疾患の増大は,いまや大きな社会問題となりつつある。

このようなことを背景にして,近年,次のような問題が生じつつある。

第1に,医療の需要と供給のアンバランスである。

近年の我が国における産業化の急激な発展と都市化の進行は,労働災害,公害,交通事故などの特殊な患者の発生を増大させ,また,国民の平均寿命の延長は年令構造を老令化し,医療需要の増加をきたした。更に所得の上昇は国民の健康に対する意識を強めることとなり,医療需要の増大をもたらし,医療統計によると,患者数は昭和46年には昭和30年の2.2倍に増加している。

第1-4-5図 医師の地域分布(人口10万対医師数) (昭和47年12月31日現在) 資料:厚生省統計調査資料

一方,医療を供給する側を見ると,医師をはじめとし,看護婦,技術者,施設等はこのような患者の増加に対し十分に対処できない現状にある。例えば,医師についてみると,その数は同期間にわずか30%増加したにとどまつている。このような慢性的な医師不足に加えて医師の地理的偏在や労働時間に対する当然の要求などもあり,これらは近年の医療の需要供給のアンバランスをもたらし,病院の混雑,へき地医療の問題,休日や夜間の救急医療の問題等を生む要因となつている。

第1-4-6図年令,年次別受療率

第2に,医療の概念の拡大である。

現在,成人病による死亡は,全死亡の2分の1を越え,将来においてもこのパターンは継続されるものと見られている。かつて死亡原因の首位を占めていた結核等の伝染性疾患に替わり,脳血管疾患,悪性新生物(がん),心疾患などの成人病による死亡が首位を占めるにいたつた。しかも,これら成人病による慢性疾患が社会的にも働き盛りにある年令層やへき地における高令者層の中で増加の傾向を示していることは社会的に大きな問題であり,早期に解決されなければならない課題としてクローズアップされてきている。

このような問題に対処するためには,従来のような疾病の診断,治療を主体とした医療対策では不十分であり,半健康人や健康人を対象に早期発見や予防を目標とした健康管理面へまで,医療の概念を拡大するとともに,更には,アフターケア,リハビリテーションまでを包括した医療対策が必要となつている。

第3は,医療内容の複雑化と高度化である。

医療技術の進歩は,医療内容を複雑化し,また,医療に必要なデータ量の増加を招き,これに伴つて医療は細分化,専門化,高度化している。一方前述のような変化に伴つて健康増進の分野に至るまで医療の守備範囲が及んできている。このような医療内容の複雑化や高度化は,医療に関する様々な機能の結集を必要としてきている。

以上の第1〜第3のような背景において,限られた医療資源をもつて高度の医療をより広く,より平等により速やかに国民に供給していくためには,医療サービス全体としての整合性を図り,医療を構成する各要素の連携を密にするためのシステム化を図ることが望まれている。

医療のシステム化を推進するに当たつては,近年著しい進展を見せている情報処理技術及びデータ通信あるいは画像伝送などを積極的に導入した医療情報のシステム化が有効な手段として考えられている。そのため,国は,システム開発の構想を明らかにし,昭和48年度からこのための研究開発に取り組んでいる。

第1-4-7図 主要死因別死亡者数の推移 (死産,自殺を除く)


(2) 研究開発の動向

以上述べたような観点から現在開発が急がれているホスピタル・オートメーションシステム,地域医療情報システム及びそのサブシステムとしてのへき地医療情報システム,救急医療情報システム並びに総合健康診断システムについての開発の動向を概観する。


1 ホスピタル・オートメーションシステム

医療サービスに対する国民の需要の増大は「3時間待つて3分間診療」といつた病院混雑の問題として顕在化している。

この問題を解決するためには,医師,医療補助者及び医療施設の拡充を図るほか,医療サービスの効率性を高めることに力点を置く必要がある。

病院は診療部門が中心になつて活動している組織体で,その周辺部門には様々なものがある。すなわち,病院の活動は,診療部門を中心に会計,薬品や衛生機材等の管理,診療や検査等の予約,病院内各種事務のスケジューリング等の経営管理から病歴管理,患者監視,臨床検査等にまで及ぶ多様な部門の協力から成り立つている。そこで,病院を一つの大きなシステムとしてとらえ,病院運営を高度化し,ひいては医療水準の向上を指向し,患者管理を合理化し,患者に対するサービスを向上させるという考え方がホスピタル・オートメーションを出現させた。

我が国におけるホスピタル・オートメーションは,これまで病院の管理部門を主体に開発されてきたが,最近における診療面へのメディカルエンジニアリングの導入は,診断,治療行為にまで自動化の範囲を拡大してきた。

現在,自動化が研究又は推進されている分野は,診断面においては,問診データの解析及び臨床検査面では心電図診断及び脳波,心音,X線の検査データの収集,解析その他の生体情報の処理の自動化などが挙げられる。また,検体検査の面では,血液の生化学分析による検査範囲の拡大,検査の迅速化,精度の向上など大きな発展をもたらし,今後は,更に検査部門の自動化の範囲拡大の面での開発が期待されている。一方,重症患者や大手術等の生体変化に対し迅速に対処するための ICU 注,同様に心疾患者を対象とした CCU 注等の患者自動監視システムの導入や,人工臓器患者の自動監視システムの実用化への研究開発がなされている。


注)   1.ICU(Intensive Care Unit)


2.CCU(Coronary Care Unit)

このような診療面の自動化は,院内業務の諸部門を一つの情報システムとして確立するための前提となるものである。今後は病院相互間の連係など地域医療システム全体の中での位置付けを十分に考慮した院内システムの開発が必要である。このような病院情報のシステム化には,技術面におけるソフトウエアの開発が重要な課題となつてくる。診療情報のコード化,プログラム化がそれで,コード化はコンピュータを利用し情報を記憶させ,必要時に情報をアウトプットする場合(例カルテ管理),プログラム化はあらかじめ組んだプログラムによつて自動演算させる場合(例心電図,問診等の自動化)に当たる。この分野は計量診断学として研究が進められているが,現在のところ,特定疾患に限られ,今後は症例の拡大が期待されている。このほか,患者や被検者の識別や医療関係者が容易にまた安全に扱える病院用端末装置等各種ME機器の開発が必要である。これらはシステム化の推進に当たつて重要かつ緊急の課題であるとの認譜に立つて国も研究開発に取り組んでいる。


2 地域医療情報システム

医療サービスは,基本的には人々の生活する日常生活圏の中で健康増進,疾病の予防,早期発見,診断,治療,更にはリハビリテーションに至るまでを包括した医療を行うことにある。そのためには,定められた日常生活圏の中に,医療関係機関,例えば病院,診療所,総合健診センター,臨床検査センター,薬剤情報センター,救急病院,リハビリテーションセンターなどを配置し,更にこれら医療機関から発生する医療情報の収集,保存,伝達の機能を有したデータバンクを中心に地域内医療機関の広汎なネットワークシステムを形成することが必要とされ,その開発が検討されている。

このようなネットワークシステムが形成され,個人に関する検診データ,診療記録などの医療情報を病院,診療所等の端末器からデータバンクに入力しておけば,必要となつたときに随時容易に引き出すことが可能となり,診断や治療の面に大きな助力となるばかりでなく,医療データを有効利用することにより医療技術の発展に大きく寄与することとなる。


1) へき地医療情報システム

人口の大都市への集中現象はそのまま医師にも同様の現象を引き起し,へき地住民にとつては高度の医療を受けることはおろか,医療そのものをも受けることができないなど無医地区の問題も深刻である。また,年令構造の老令化に伴い高血圧等の慢性疾患の増大,また救急患者発生時の患者の搬送の困難なども解決すべき重要な課題として挙げられる。

このようなことを背景として,近年,へき地医療対策への関心が増大し,画像通信やデータ伝送技術を応用したへき地医療のシステムモデルが政府を始め各方面から発表されている。

通商産業省のモデルによると,地域の中心的な都市の総合病院にセンターを,中小都市の病院にサテライトを,地域内のへき地や無医地区内の分教場等にターミナルをそれぞれ配置し,これらを通信回線で結び救急用に健診車(又は船)を備えた次のようなシステムとなつている。

救急システムとしては,ターミナルから患者の生体情報(心電図,血圧,体温,肺機能等)をセンターに伝送し,かつターミナルに設置された問診用カラーTV,X線カメラ及びデータバンクに蓄積された患者の病歴データ等を利用してセンターの医師が診断し,ターミナルの医療補助者に適切な処置を指示するシステムが考えられている。この場合,医師の出動が必要なときは,ヘリコプターによるフライングドクターの方法又は,移動ターミナルによる搬送の方法が考えられている。

また,健康管理システムとしては,へき地サテライトに設置した健診装置により,また,サテライトから遠隔地にいる住民に対しては健診装置をとう載した移動健診車(又は船)が定期巡回することにより,心電,血圧,血液,尿,X線,肺機能等のテストを行い最終的にはその結果をデータバンクに蓄積するシステムが考えられている。

また,無医地区の住民の診断には,1)ターミナルの各種診断装置の測定結果をセンターに伝送し,これをセンターの医師が利用して行う方法と,2)患者,医師の対話による問診,視診をカラーTVを利用して行う方法が考えられている。これ等一連の構想はへき地に限らず都市部においてもサービス可能な機能を有する。

第1-4-8図システムの構成

国は,また,それぞれ条件の異なるへき地の山村地域,離島地域,豪雪地域などのモデル地域を指定し,フィールド実験を通じ情報処理技術等の検討を行つている。

現在,そのフィールド実験が和歌山県の山村地域,長崎県の離島地域で進められている。和歌山県での実験を見ると,県,医師会,県立医科大学によつて構成された実験グループは,患者から遠く隔たった所の医師が,CATVを通じて視聴覚診断を行い,かつ検尿などの検体検査成績や血圧,心電図などの生体検査の計測値を受け取り,医療指示を行うなどの実験を行つた。その実験結果は,このようなシステム確立の可能性を示した。

また,この場合における血圧,検尿,血液化学検査結果の集積,処理の結果は,受診者の60%に異常者が検出され,今後の健康管理面への健診システムに当たつて必要な検査項目数の指定を可能にするなどへき地医療情報システムの開発への可能性を見い出した。

このシステム開発実験は,へき地住民の疾病予防,健康管理のほか今後は救急医療対策をも含め,更に,防災,住民教育対策としての利用をも加えて地域生活条件の向上のための汎用システムとすることを最終目標に開発が引き続き行われている。


2) 救急医療情報システム

救急医療のパターンは,大都市,農村地帯などそれぞれの地域で全くその様相を異にする。大都市においては,医療機関も多く,専門化しており道路事情も複雑である。これら諸条件をすばやく分析し,適切な医療機関を選定し,あるいは輸送途中の患者の生体情報を病院に伝送し,受け入れ体制を整えるなど必要な情報を迅速かつ確実に提供するための広域的な情報ネットワークの形成が考えられている。

情報ネットワークを構成するに当たつて,例えば情報収集,伝達の中心的役割を果たす救急医療情報センターを配置し,救急医療圏に対して地域センター,地区センター,広域センターの三段階を設け,各センターと医療機関とは,おのおののレベルに応じ,通信回線で連結し,各センター相互間は上位センターと下位センターの間を結ぶ,いわゆる階層構造を持つネットワークの構成が考えられている。

センターは必要により,コンピュータを導入して患者や病歴等に関する情報収集,伝達,記憶,検索等の処理を能率的に行う機能を有する。この場合,各関係機関には,情報の入出力を行うための端末機を設置することが必要となろう。

このような救急医療情報システムをネットワークによつて実現することになれば,地域で不足する機能を広域的に補完しあい,各機関がそれぞれの機能を十分に発揮していくことが可能となろう。

このような構想を進めて行くためには,地域特性を考慮してその適用地域ごとに検討されなければならないことは当然である。こうした観点から国は,モデル地域を選定し,休日や時間外診療の検討を含めてシスム形成に必要な救急医療の需要時間,質的並びに量的は握及び救急医療情報システムと地域特殊性,疾患などの関連をは握するための検討を行つている。


3) 総合健康診断システム

総合健康診断システムは,外見上健康人と思われる人々を健診対象として血液学的検査,生化学的検査,脳部,腹部など50〜100項目にわたる検査結果をコンピュータが処理し,その結果に基づいて医師が異常の有無を判定するシステムである。

被検者はまず採血,採尿され,X線検査を受け問診コードに記入し,心電図や心拍数,血圧などの項目別に検査を受ける。この間,血液は自動分析装置で,心電図や心拍数は心電図収集装置で記録するなど検査は可能な限り自動化してコンピュータに直結される。X線写真,眼底写真などのフイルム類はそのままコンピュータへの直結が不可能であるため,人力でカード記入を行い光学読み取り装置にかけられる。このようにして,解析された検査結果はプリンターにより表示されるシステムとなつている。検査の結果,異常と判定された人,又は異常の疑いのある人は精密検査部門に送られ,一方,正常者をも含めて全受診者に対して今後の生活指導が行われる。

本システムは,成人病の早期発見のための総合的なスクリーニングを目的とし,自動化された検査機器とコンピュータにより多人数の集団を比較的少人数の検査員で効率的に検診するもので全検査所要時間は3時間(又は1日)程度で完了し,1日の被検者の処理能力も最高は60〜80人と,従来の人間ドックの検査期間が1〜2週間かかり収容人員が2〜6人と非常に少なかつたことに比し格段の効率を有している。

本システムの手法は米国で新しく開発された自動総合健康診断(AMHT S)の手法を導入したものであり,昭和48年末までに全国で27カ所の施設を数えるに至つた。

本システムの機器の自動化は,大量処理のための省力化もさることながら,多項目の検査それぞれが再検査が困難なものであるため,データ収集の確実化の面でその価値は大きい。しかし,現在自動化されている部分は,血液及び生化学自動分析器,心電図自動診断システムなど一部にすぎず,今後の自動化の範囲拡大が期待される。またコンピュータは検診実施そのものには必須のものではないが,データの収集,データ保存の面での本システムでの役割りは大きい。収集された検診データはそれをコンピュータにより統計分析することによつて性別及び年令の段階別,正常値のは握を可能にし,今後の検診の精度向上に寄与するものであり,個人に関するデータの蓄積は,正常値のは握を可能にし,将来の健康増進のための有効な指標となる。このような検査データの情報処理は単に広汎な健康診断の実施面の必要性にとどまるだけでなく,将来は地域の健康情報を全体としては握し,これに基づく総合的な衛生行政の計画,実施,評価の面での活用という点をも十分考慮した研究開発がなされなければならない。

以上,医療情報システムの中でも当面開発が急がれている個々のシステムについて概観した。医療情報システムの開発は,1)医療の需給ギヤップの解消,2)医療内容の質的向上,3)包括医療の実現,4)へき地,救急医療問題の解消など種々のメリットがあげられる反面,1)経済性,2)機械化,自動化による人間疎外の問題,3)プライバシーの侵害,4)医療情報の集中,独占の問題等の出現が考えられる。そのため,医療情報システムのテクノロジー・アセスメントのもとに研究開発が進められる必要がある。また,システム開発は患者中心に考えて進められていくべきものであり,この場合国がリーダーシップをとつて推進すべきはもちろんのこと学界産業界などの関係者の密接な協力が必要であることはいうまでもない。

更に,人材の養成の確保は,システムを運用して行く上において重要な課題であり,システムの利用主体である医師,及び看護婦等パラメディカルスタッフのシステムに関する教育のほかにシステムエンジニアの養成が必要である。


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