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第1部   希望にみちた社会をめざす科学技術
第4章  明日を担う科学技術
4  ライフサイエンス


(1)ライフサイエンス振興の意義

ライフサイエンスは生命現象または生物機能の解明とその応用に関する科学技術であり,この概念に基づいて生物学,医学,薬学,農学,工学等の自然科学はもとより,心理学等の人文,社会科学とも関連を有する幅広い新しい科学技術分野である。

また,これは生命の起源や進化および遺伝,免疫,感覚生理等の生体の仕組を解明し,健康の増進,老化の緩和等により人間生活の質の向上に大きく貢献するとともに新たな技術革新の芽となりうるものである。ライフサイエンスをその研究課題例から具体的にみてみると,まずわれわれが当面している諸問題の解決に寄与する課題の例としては次のようなものがある。

1) 健康の維持・向上に関するもの

○健康の維持・増進や医療上意義ある食物の研究

○老人に関する諸問題の解決に寄与する老化の研究

2) 医療の向上に関するもの

○がん,成人病,ウイルス病,遺伝病等の予防,治療の研究

○医用電子技術の利用,コンピュータ利用による診断・治療のシステム化等,機器による診断・治療技術の研究

○人工臓器,人工血液,義手義足等動力補装具,盲人等のための人工感覚器の研究

3) 安全な環境の確保に関するもの

○自然環境,食品,医薬品等における安全性の評価法の研究

○発がん性,催奇性の諸物質等突然変異の原因となる諸因子とそれが人体に及ぼす影響の研究

○食物連鎖等生態系における物質の循環とその影饗の研究

4) 食糧資源の確保と質の向上に関するもの

○新品種育成等食用生物資源の効率的生産技術の研究

○微生物たん白等たん白資源の利用技術の研究

○アミノ酸農薬等安全な農業資材の研究

5) ライフサイエンスに基づく工業的新技術開発に関するもの

○酵素の利用技術の研究

○バイオニクス等生物機能の工学的利用の研究

さらに長期的展望に立つて研究を進めることにより,諸種の問題を克服していくために役立つことが期待されている課題としては次のものがある。

○がん等に対する生物の防御調節作用の応用性に関する研究

○抗ウイルス物質,抗生物質等生物活性物質の利用の研究

○パターン認識等脳と行動の研究の応用

○植生図の作成等による環境と生物に関する総合的応用研究

などがある。このように多分野にまたがるライフサイエンスは多くの期待を担つており,今後,飛躍的な発展が予想されているものの非常に若い科学技術分野であり,研究段階としては,まだようらん期にあるといえる。しかも国民生活の向上という国の重要な責務の遂行にきわめて大きな役割を果たすものであることから,ライフサイエンスは総合的,計画的に推進する必要があり,国の果たすべき役割は大きい。

(2) わが国におけるライフサイエンスの動向

昭和46年4月,科学技術会議から内閣総理大臣に対して答申された「1970年代における総合的科学技術政策の基本」において,政府としてとくに重点を置いて推進すべき新しい科学技術分野の1つとして,ライフサイエンスがあげられている。

さらに,47年7月には科学技術会議にライフサイエンス懇談会が設けられ,9月に「ライフサイエンスの振興方策の大綱」が,12月に「ライフサイエンスの当面の振興方策」がとりまとめられた。

この中で,ライフサイエンスの振興に際しては,広範な見地に立つてライフサイエンスの基盤的研究の充実を図るとともに,社会の要請に対応しそれぞれの目的に沿つて必要な基礎研究から実用化に至るまで計画的に進める目的指向的研究の推進が必要であるとしており,またその成果が人類にとつて深刻な問題を提起することもありうるので,そのもたらす各種の影響を事前に十分検討する必要があることを指摘している。

さらに,長期的な観点に立つて,ライフサイエンスの研究推進上の基本的方向を示し,これを行政に反映させるための審議組織とライフサイエンスの目的指向的研究を総合的に推進するための体制の整備が必要であるとしている。

以上のようなライフサイエンスの性格から,その振興にあたつては,国立試験研究機関および大学の果たす役割が大きいと考えられるので,次にこれらの機関における研究活動の現状を概述することにする。

これまでのわが国におけるライフサイエンスの研究については,大学が主として基礎研究に,国立試験研究機関,民間研究機関等が応用研究および実用化研究に重点をおき,遺伝,免疫,代謝その他広範にわたる人間を含めた生物の生命現象に関する解明,生体機能の解明とそれに基づく人工知能,人工臓器等工学的応用,がん,ウイルス病等の発生機構の解明とその予防治療法の開発への応用などをめざして研究が進められている。

これらの研究活動を研究投資の面から眺めると,まず,政府におけるライフサイエンスの研究活動は,国立遺伝学研究所等における基礎的な経常研究のほか,国立試験研究機関を中心にして特別研究,大型プロジェクト研究および特別研究促進調整費による総合研究や緊急研究によつて推進されており,これに関する科学技術振興費中の47年度の研究費は10億円,研究課題数は45件であつた。主な研究課題は 第1-27表 のとおりである。

第1-27 科学技術振興


次に,大学におけるライフサイエンスに関する研究は学部,付置研究所,付属病院の生物あるいは生化学,医学等の学科,研究部門,施設等で推進されており,それに必要な経費は主として,教官当積算校費,研究設備費およびその他の事業費ならびに文部省科学研究費補助金によつてまかなわれている。

科学研究費補助金においては,生物科学関係の研究の推進のため,同補助金総額のおよそ4割に当たる約39億円が昭和47年度に交付されている。

このうち,がん,脳障害,生物環境制御,人間の生存にかかわる自然環境および生物圏の動態に関する領域については,特定研究として重点的な推進が図られている。

このように大学におけるライフサイエンスに関する研究はきわめて活発化している。

一方,産業界においても,ライフサイエンスの研究開発を目的とした研究所の設立をはじめとして,この分野へ積極的に取り組もうとする動きが次第に活発化しており,医薬,農薬,肥料,食品,高分子材料,医用電子機器等の産業部門はライフサイエンスの研究成果の実用化により,ライフインダストリーさらにはヘルスインダストリーへの発展をめざしている。

こうした研究活動のなかから,われわれに身近な医療の向上に役立つ二,三の研究例について述べる。

まず,人工臓器については,現在,脳および内分泌器官を除いたほとんどすべての臓器について研究されており,その一部はすでに臨床に応用されている。たとえば,人工腎臓は2,000人以上もの患者に利用され,尿毒症から生命を確保しているといわれている。しかし,現在の装置は大型で体外にあり,操作が複雑な上,高価である等の問題がある。このため,昭和46年度から3か年計画で科学技術庁,厚生省および通商産業省が協力して,小型で,安価で,取り扱いの簡便な人工腎臓を開発すべく,新たに吸着法とろ過法の2つの方法について研究が進められている。将来,さらに研究が進み,材料のほか駆動メカニズム,エネルギー源,自動制御などの困難な問題がすべて解決されれば,人工腎臓を装着した患者が社会復帰できる日もくるであろう。

また,義手義足については,以前からサリドマイド児用等として研究が進められてきたが,従来のものは,関節の自由度,手,指先の位置の操作,感覚等の機能が弱く,しかも重過ぎるという欠点があつたので,これも昭和46年度から科学技術庁,厚生省および大学の協力のもとに部品の軽量化,動作の円滑化,さらには熱さも感じとれる方法の開発等性能面での向上をめざしている。

一方,がんについては,診断技術の進歩等により,早期の胃がんでは治ゆ率が95%以上であるといわれている。また,制がん剤もこれまでにいくつか開発され,白血病の治療に大きな効果をあげるなど,一部のがんに対しては有効性が認められている。しかし,すべてのがんに有効なものやがん細胞だけに選択的に作用するものの開発は,今後の問題として残されている。さらに根本的な治療法ということになれば,個体の正常な分化に関する遺伝情報の伝達の仕組を解明し, これをコントロールできるところまで研究を進める必要があろう。これはまさにライフサイエンスの基本的な問題であるが,その応用の方向を誤まるならば,人間の尊厳にもかかわるものだけに,慎重な配慮が望まれる。


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