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第1部   希望にみちた社会をめざす科学技術
第2章  国民生活に密着した課題に取り組む科学技術
第1節  生活基盤の改善
1  健康の保持・増進


(1)現状と問題点

急速な進展を遂げてきた医療技術,医薬品等の医療保健分野の科学技術は,人間生活をおびやかす疾病を制圧する手段として今日まで多くの面で貢献し,人間の健康状態の改善・向上をもたらしてきた。

すなわち,健康状態をみる上で指標となる平均寿命についてみれば,わが国のそれは,戦後,世界に類のないほどの伸びを見せ,先進国と比肩するまでに達しているが,これは国民の健康状態が大幅に改善されたことを示している。

これとともに,開発途上国において依然として大きな問題となつている高い乳幼児死亡率や伝染病死亡率についても,わが国では,ほぼ西欧諸国の水準にまで達している。

しかし,他方では人口構造の変化に伴う壮老年者の疾病の上昇,生活環境の悪化に伴う健康被害の増加,急激な都市化に伴う人間疎外等といつた新たな事態が発生しており,生命や健康への脅威となつている。

こうした背景より近年における問題点をあげてみると,第1に,成人病による死亡者の割合が依然として高いことである。

現在の状況を死因別にみると, 第1-11図 に示すように成人病は今でも全死亡の60%をこえるウエイトを占め,むしろ増加する傾向にある。かつて死亡率の首位を占めていた感染性疾患による死亡に代つて,脳血管疾患,悪性新生物,心臓病などの成人病による死亡が高いウエイトを占めるに至つており,しかも中堅層の年令者に多発するため社会的損失は大きい。

第2に,不慮の事故や公害による健康被害が広域化していることである。

最近の急激なモータリゼーションによる交通事故の増加は,不慮の事故による死傷者数の増大を招いている。

また,公害によつて受ける健康被害は,水俣病やイタイイタイ病あるいは大気汚染にみられるぜん息の例からみても明らかなように,いつたん健康を損うとその回復を図ることがきわめて困難なものとなつており,その影響は広がつている。

第3に,精神病,蒸発,アルコール中毒など人間疎外に関連した文明病が増加していることである。

第1-11図 死因群別の死亡割合の推移

都市的環境の拡大,職場における単純作業の増加など社会の諸現象における変化に適応する面で精神的なあつれきが加わり,外部世界の加速度的変化と内部世界の変化との間に調和が欠け,ストレスが高まつていく場合が多くなつている。

(2)技術開発の動向

こうした諸問題の顕在化に対処する技術開発は,国立試験研究機関,大学等を中心にして行なわれており,死亡率の高い脳卒中,がん,心臓病,難病のような原因不明疾患,精神神経障害,公害による健康被害などに関して研究が鋭意,推進されている。

以下,健康保持・増進のための技術を疾病の原因究明技術,予防技術,診断技術,治療技術に分けて当面解決が急がれている技術の開発について述べることにする。

(1)疾病の原因究明技術エレクトロニクス,コンピュータ等の発展に伴う急速な医療技術の進歩により,今日では種々の疾病の原因が明らかになつてきている。 しかし,まだ疾病の発生機序が不明で,治療体系の確立していない疾患としては,スモン,ベーチェット病などの難病・奇病,がんのような成人病,種々のストレスによる精神神経疾患,大気汚染,水質汚濁等環境汚染による健康被害などがあり,その原因解明のための研究や治療技術の開発が積極的に行なわれている。 たとえば,がん制圧の戦略としては,大別して多角的ながんの成因研究,環境中の発がん物質の究明,高危険性群中からの患者の早期発見と処置に分けられるが,最近の研究の動向は,従来からの現象論あるいは原因因子の探求に主眼をおく取り組み方はもちろん,環境中における化学発がん問題,低レベルの放射線による発がん問題,ウイルス発がん問題あるいは胃がん,子宮がん等高危険性群問題にスポットをあて,実際のがん対策に役立つ制圧戦略を見いだしていこうというアプローチも行なわれている。 また,難病・奇病については,行政措置と相まつて 第1-2表 に示すように大学,国立試験研究機関などが,特定疾患に関して原因究明のための調査・研究を行ない,その結果を解析,整理し,情報の収集や新治療技術の開発に取り組んでいる。 今後の課題としては,調査対象とする特定疾患を拡大するとともに,原因究明のための技術的進歩を促すことである。
(2)予防技術戦後における伝染病,結核,性病等伝染性疾患の予防は予防技術に基礎を置いた各種の行政対策の強化に負うところが多いが,今後の種々の疾病に対する予防においても予防技術の一層の進展に基礎を置いて進めなければならない。
第1-2表 特定疾患として調査・研究の対象に認められた難病等の疾患


現在,国立試験研究機関などを中心に取り組まれている予防技術の研究は,大別して早期発見技術の体系化と高度化,疾病因子の究明と防除方法の開発,環境の健康に及ぼす影響の究明,新しいワクチンなどの新予防薬の開発に関するものである。 疾病の早期発見技術については,早期発見により,その障害の拡大を最小限に防ぎ,早期治療を行なうことのできるものを中心に開発が急がれている。 簡易で確実な疾病の診断方法と検査技術の開発が一部で成果をあげているが,診断の標準化,検査の簡易化などの面でなお問題が残されている。さらに,風疹,痘そうなどに対する安全性の高いワクチンの開発,疾病を媒介する各種害虫,小動物の新駆除技術の開発なども現在の研究課題となつている。 なお,今後,十分な予防を図つていく上では,既存の技術と今後登場する技術を体系化し調和のとれたシステムを開発することが必要である。この一環として現在国立試験研究機関を中心に感染症の発生予測技術の開発が重要なテーマとして取り組まれている。さらに将来,疫学的な手法のみならずコンピュータの利用を図つたシステムも確立され,全国的視野で一貫した予防対策を講ずることも可能になるであろう。
(3)診断技術診断技術は,疾病によつて生ずる人体の変化の動態を明確にし,健康管理に重要な意味をもつものである。 近年この分野は,生化学の発展,分析化学的な技術の進歩および医療電子技術等の出現により,生体の変化を物理化学的に深く追究できるようになつている。 現在,各種疾病の新しい検査技術の研究開発が進められるに伴い,新しい診断技術の開発も成果を収めつつある。また,健康状態の把握,疾病の早期発見に力を発揮する簡便確実な診断技術の開発が鋭意進められている。 さらに,増大する国民の医療需要に応えるための検査の迅速化と自動化による診断のシステム化,地域住民の健康管理の質の向上を図るための総合健康管理システムの開発など,いわゆる医療のシステム化への動きが出ており,現在の医療体制が直面している諸問題の解決への1つのアプローチとして注目されている。 しかし,医療のシステム化には,個人の秘密の保持,医師との人間的接触の喪失などの問題をかかえており,実用化にあたつてシステム技術を医療分野に適用する際,事前に技術の社会・経済に与える影響を十分評価する必要があろう。
(4)治療技術疾病構造の変化により,現在の治療技術開発の中心は従来の感染性疾患から循環器や精神神経系の疾患,さらにはがんなどの非伝染性疾患に移りつつある。 最近の治療技術については,医学のみならず生物物理学,分子生物学,電子技術,高分子化学など広範囲な科学技術分野を動員した技術開発が行なわれている。 たとえば, 第1-3表 に示すように,効果の高い安全な医薬品および人工臓器の開発,臓器移殖など数々の技術開発が進められている。 なお,今後の医薬品の開発には,サリドマイド禍のような災禍を貴重な経験として,有効性や安全性を確実で迅速に評価する技術の開発が急を要する課題になつている。 また,人口の老令化に対応して,老令者に対する健康管理,疾病の予防,治療,アフターケア,リハビリテーションなど一貫した医療サービス体系の整備とそのための技術開発が急がれている。
第1-3表 最近における治療技術の技術開発課題



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