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第1部   希望にみちた社会をめざす科学技術
第1章  科学技術への期待
第2節  現代社会が期待する科学技術


今日,われわれが直面している諸問題を解決し,人類が将来とも福祉と繁栄を享受する上で,科学技術が寄与することを期待されている課題は数多く存在し,その内容も社会の高度化・複雑化,価値観の多様化などによつてますます複雑多岐となつているが,これらの課題は次の3つに集約されよう。

第1は,生活基盤の改善,環境汚染と災害の防止,社会基盤の強化など国民生活に密着した課題である。

健康の保持・増進,食住などの生活の高度化といつた生活基盤の改善に関連する分野でみてみると,まず,健康の保持・増進の面では,がんの克服をはじめとする難病,奇病の解決が残されているほかに,近年においては,交通事故による脳・神経障害,公害病などが,さらには社会環境の複雑化,急速な変化に伴う人間疎外に関連した文明病が発生している。食生活の面では,残留農薬,PCBその他の有害物質による食品の安全性が,また住生活の面では,新建材の火災時の有害ガス発生,簡易建築物の構造的欠陥などが,さらには電気用品,ガス用品などの消費財の安全性が問題となつている。

環境汚染と災害の防止に関連する分野でみてみると,環境汚染の面では,いおう酸化物,窒素酸化物などによる大気汚染,河川・湖沼・海洋における水質汚濁,騒音,振動,地盤沈下などによつてわれわれの生活環境の悪化が危ぐされている。たとえば,大気汚染については,昭和47年5月,科学技術庁資源調査会の勧告において一定地域の東京の緑は,今後50年以内に絶滅するかもしれないという警告が出されている。このような問題は,世界的にも,強い危機意識をもつて取り上げられており,1972年6月にストックホルムで開催された国連人間環境会議は,その具体的な動きの一つであるといえよう。自然災害の面では,毎年,豪雨,強風などにより人的・物的両面で大きな損失をこうむつている。とくに,近年は,経済規模の拡大,都市の過密化などにより,被害の大型化が危ぐされている。

国土開発の推進,交通輸送や通信の高度化といつた社会基盤の強化に関連する分野でみてみると,大都市地域への経済活動の集中と拡大は,生活環境整備の遅れと相まつて,交通混雑 (第1-5図) ,排気ガス汚染,生活廃棄物の処理難など都市固有の問題を発生させていることなどから,人口や人間活動の地方分散化,交通・通信網の整備などが緊急の課題となつている。

第1-5図 交通混雑の推移

このような問題は,緊急に解決を求められているものであつて,国民の不満,要請も 第1-6図 および 第1-7図 にみられるように,これらの点に集中しているが,その解決を図る上で科学技術の果たす役割はきわめて大きい。

第1-6図 社会生活の不満状況

たとえば,急性腎炎,ネフローゼなどの治療に供する人工腎臓の開発,患者集中監視装置などの各種医療用電子機器の開発,一酸化炭素・窒素酸化物・炭化水素の排出量が従来の約10分の1となる低公害自動車の開発,電子計算機と通信回線を結合して各地に散在する情報を適確に処理するデータ通信技術の開発などのような科学技術の進歩とその適切な活用は,われわれの今後の生活をうるおいのある充実したものにすることができよう。

第2は,有限な地球上の資源の不足や枯渇に対処する課題である。

人類が長い将来にわたつて豊かな生活を続けていくために欠くことのできない地球上の資源は有限であるが,近年においては,社会・経済の発展に伴い資源消費量が急速に増大したため,その不足や枯渇が心配されている。

たとえば,更新できない資源については,国連人間環境会議で採択された人間環境宣言のなかで将来の枯渇に言及しており,また,ローマクラブ 注) が発表した「成長の限界」のなかでは,既存の埋蔵量のままで工業生産が幾何級数的に増大した場合,21世紀になるまでに石油,天然ガスなどのエネルギー資源や金,銀,錫,亜鉛,銅,鉛などの鉱物資源が枯渇するという試算を行なつている。

第1-7図 国や地方自治体に対する要望

さらに,更新できる資源,たとえば食糧資源についてみると, 第1-8図 に示すとおり食糧の恵まれない地域と人口増加率の高い地域とが一致しており,現段階では,食糧生産の量的・質的な不均衡による偏在が問題となつているが,将来は,人口の増加と相まつて絶対量の不足が憂慮されている。


注)ローマクラブは,1970年3月民間組織の法人としてスイスに設置され,その目的は現実の政治組織にとらわれることなく,自由な立場で人類の将来に対する諸問題を取り扱おうとするものであり,世界各国の科学者,経済学者,プランナー,教育者などを構成メンバーとし,会員数は現在約80名である。わが国からも科学者,経済学者,経済人が参加している。

第1-8図 世界人口と食糧供給の分布(1957〜59年)

このような不足や枯渇が心配される資源としては,以上のほか水資源,木材資源などがあり,資源の乏しいわが国においては,とりわけその深刻化が予想される。一例として,この問題についての民間企業の意識の動向をみると, 第1-9図 に示すとおり,今後10年後50年以内に不足が心配される何らかの資源をあげている民間企業が約半数に達している。さらに,その内訳をみてみると, 第1-1表 に示すように,10年以内では水,林産物などを,10年後50年以内では石油,水,銅,ニッケル,天然ガス,林産物などをあげている民間企業が多い。

第1-9図 民間企業における資源の不足に関しての意識

第1-1表 民間企業が不足を心配している資源名

一方,資源利用の加速度的拡大に伴つて,生産や流通の過程あるいは消費に際して環境に排出される熱などのエネルギーまたは気状,液状および固形の廃棄物の量が増大し,環境汚染の原因となつている。

以上例示的に述べてきた資源の不足や枯渇に対処するためには,われわれ1人1人が資源を大切に使用するとともに,全地球的規模のものを含め種々の対策を講ずる必要があるが,化石燃料に代る原子力,地熱,太陽熱など新しいエネルギーの利用,プラスチック,赤泥など各種廃棄物の再利用,各種工業における冷却用水,洗浄用水等の再利用などにみられるような科学技術の進歩とその適切な活用が今後大いに期待される。

第3は,明日の人類の福祉と繁栄に寄与する新しい活動領域の開拓をめざす課題である。

科学技術は,現代社会が直面する課題の解決に寄与するだけにとどまらず,将来生じるであろう社会・経済からの要請にも対応できるように絶えずその水準の向上に努めるとともに,社会・経済の将来における一層の発展のため新しい活動領域を開拓し,これを先導しなければならない。

人類の歴史をみても,第1節で述べたように,科学技術の進歩発展が人類に福祉と繁栄をもたらした例は数多く,今日では,原子力開発,宇宙開発,海洋開発,ライフサイエンス,材料技術,電子技術,極限技術,標準計測技術などの先導的・基盤的科学技術の進展は,われわれの今日の問題の新しい解決方法をもたらすばかりでなく,明日の人類の福祉と繁栄に大きく貢献することが期待できる。

たとえば,宇宙開発分野の研究開発についてみると,その成果により現在われわれは通信衛星などによつてその直接的な利益を受けつつあり,さらに,今後の新たな研究開発の展開によつて,多角度からの環境の監視,資源の調査やより安全な航行などが可能となることが期待されている。また,この分野における研究開発の推進は,新しい管理法の1つであるシステム工学の発展をもたらし,あるいは,材料,機械加工,高温・高圧,エレクトロニクス,計測など多分野における科学技術の進歩を促している。

極限技術の圧力分野についてみると,これまでの研究開発の成果は, 第1-10図 に示すようにダイヤモンドの合成,真空蒸着などを可能にし,種々の工業に適用されている。現在の超高圧発生技術は,2,000〜3,000°Cの高温下で十数万気圧を創出することがきるようになつており,その応用として,高圧下では反応が促進されることを利用し高圧・低温下での化学反応により,有害物の発生を少なくすることや地球内部と同じような超高圧状態を実験的に創出し,地震予知に資することなど種々の分野への利用が期待されている。

このように,先導的・基盤的科学技術は,社会・経済の発展を先導し,他の多くの科学技術の進展に大きな波及効果を与え,あるいは,これを支えるという意味において重要である。

本節において概観した第1,第2および第3の課題は,希望にみちた社会を実現するために現代社会が科学技術に期待しているものであるが,これらの課題に取り組むにあたつては,近年,社会環境が複雑化し,急速に変化していること,また科学技術の社会・経済に及ぼす影響が大きくなつていることにかんがみ,とくに次のことを重視しなければならない。

第1-10図 圧力とその利用状況

まず,各種の要因が複雑にからみあつた環境問題,都市問題などのような諸事象を解明するためには,従来のように縦割り的な思考で問題に個別にアプローチするだけでは不十分であつて,広い視野に立つて科学的・総合的にアプローチすることが不可欠となつている。したがつて,人間,社会および自然と調和のとれたシステムの構成をめざして情報科学,行動科学,システム工学などを基礎とした予測,計画,管理,評価などの新しい科学技術の手法,いわゆるソフトサイエンスの振興を図ることが必要である。

また,第1節で述べたようなわれわれの生活にとつて好ましくない問題を生じたのは,戦後における物資の不足からくる国民生活の物資充足への欲求や開放経済体制への移行に伴う産業の国際競争力強化の要請などに応え,経済面を重視して科学技術の適用がなされ,その副次的負の影響について事前に十分考慮しなかつたことが大きな要因の1つとしてあげられる。すなわち,科学技術の社会・経済への適用の進展は,好ましい面だけを選択的にもたらすものではないにもかかわらず,従来好ましくない面をもたらすことについて十分な配慮に欠けていたといえる。したがつて,これまでの科学技術の適用の仕方を反省し,科学技術の適用がもたらすプラス面とともにマイナス面にも着目して,それが社会・経済に及ぼす影響を総合的に把握し,評価し,悪影響を生じる場合には,代替手段を検討して悪影響を最小限にくいとめようとするテクノロジー・アセスメントの積極的な実施が必要である。

以上,科学技術が解決に寄与することを期待されている課題およびこれに取り組むにあたつての重視すべき点について指摘してきたが,第2章以下において,これらの課題に科学技術がどのように取り組んでいるかについて述べることとする。


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