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第1部   科学技術への新たな要請とそれへの対応
第2章  動き出した70年代の科学技術活動
3  新しい科学技術分野の開拓
(1)  環境科学技術


大気汚染,水質汚濁をはじめとする公害が広域化し,都市地域における環境の悪化,さらには広く国土全体の環境破壊が大なり,小なり進行しつつある情勢は,わが国だけでなく,先進諸外国においても重大な問題となつており,この問題の解決は,70年代の緊急かつ最重要の課題であるといつても過言ではない。

環境問題の根本的な原因は,第1に,自然の浄化能力を越えた物質の排出が行なわれていること,第2に,自然循環内では分解されない物質を大量に生産していること,第3に,森林などを開発することによつて,自然環境を破壊していること,第4に,現在環境問題が集中的に顕在化している都市地域において,人口の高密度化,エネルギー消費水準の上昇などに対応して人為的に都市環境を制御する方策が不十分であつたため都市機能を阻害し,人間生活に障害を及ぼしていることなどがあげられる。

これを科学技術面からみると,科学技術が大量生産,大量消費を可能にするとともに,大規模な国土開発を実現するなど経済的なメリツトを与え,環境問題の原因となる諸活動の技術的手段を提供しているにもかかわらず,環境問題の事前予測はもとよりこれに対処する研究開発が十分に実施されていなかつたことに,その反省が求められなければならない。環境問題に対処していくに当たつては,社会資本の充実,産業立地の適正化,規制の強化など政府の行政的施策にまつべきところも少なくないが,科学技術の発展に期待されるところが大きい。

このような期待に科学技術が十分に応えていくには,新たな環境破壊の未然防止,さらには積極的に環境保全を図つていくという観点に立つて,環境そのものを対象とし,これを究明する科学技術と,環境と人間あるいは生物との相互影響に関する科学技術を総合した環境科学技術を樹立するとともに,これらの科学技術の一層の推進を図ることが必要不可欠である。

環境科学技術の推進にあたつては,まず第1に,人間,社会を含めた生態学的な考え方を重視していかなければならない。すべての生物は,生産者,消費者,分解者として,これらをとりまく無生物環境(たとえば,大気,水,岩石など)を媒介として,互いに分業し,共存しながら均衡系を形成しており,この自然の均衡系を究明するとともにその対象を社会や文化的環境にまで拡大した社会生態学,人間生態学にまでとり組んでいくことが必要である。

第2に,関連する科学技術分野が生物学はもちろん,広く地球物理学,化学,地質学,気象学,さらには社会諸科学まで広範に及び,かつ複雑にからみあつているので,これら多数の科学技術分野を総合化するとともに,システム分析手法の適用,コンピューターの活用などによつてシステム的にとり組むことが重要である。

第3に,環境問題は全世界共通の課題であり,とくに汚染因子は,きわめて広域に移動するものであるから,その解決は地球的視点に立つて進めていかなければならない。今までの環境問題へのアプローチは,対症療法的なものであり,システムの大きさもせいぜい地域といつた規模にとどまつていたが,今後は,これを国土全体,さらには地球全体へと拡大していく必要がある。

次に,環境科学技術振興のための施策について研究開発の総合的な推進,情報流通の円滑化,環境保全の対策に当たる技術者の養成,訓練の面から,その動向をみるとともに,環境科学技術の研究の新たな動向を概観することにする。


(1) 環境科学技術振興の動向
(a) 研究開発の総合的推進

環境科学技術に関する研究開発推進のための主要な振興方策の動向を国が行なう試験研究を中心に述べる。

環境保全施策は,従来各省庁の所管する分野について,各省庁でそれぞれ独自に講ぜられてきたが,環境保全の問題は,多種多様な要因がからみあい,かつ,未知の事柄も多いことにかんがみ,環境保全施策の統一的推進という観点から,46年7月環境庁が設置された。環境庁の設置により,環境保全に関する企画,立案,実施に対する調整が,総合的かつ効率的に行なわれることになり,環境保全施策のより一層の充実が図られるものと期待されている。

政府における環境科学技術の推進は,1)特別研究,経常研究として1試験研究機関が実施する研究開発,2)特別研究促進調整費,環境総合調査研究促進調整費による総合研究または緊急研究として,いくつかの省庁にまたがる内容をもつ研究開発または緊急に対策を講ずる必要のある研究開発,3)大型プロジェクトなどとして,担当省庁が中心となつてその付属試験研究機関および委託先の大学あるいは民間機関が協力して実施する比較的規模の大きな研究開発などによつて行なわれている。

現在,環境保全問題に直接,間接に関係する国立試験研究機関は,40数機関にのぼつており,これらはいずれも各省庁の分担する分野においてそれぞれの行政目的に沿つた研究を進めている。なお現在,環境保全に関連する研究開発を実施している主要な試験研究機関等および主たる研究内容は 第1-4表 に示すとおりである。

従来,科学技術庁は,このような関係各省庁がそれぞれ行なつている環境保全に関する研究について,総合的観点から適切かつ効率的な推進が図られるよう,関係各省庁の研究経費などの見積り方針調整,研究連絡協議および特別研究促進調整費の活用などにより,試験研究を総合的に推進してきた。

環境庁の設置に伴い,環境庁では各試験研究機関における環境保全に関する研究を総合的に把握し,研究の強化拡充と効率的推進を図ることとなり,予算編成に当たつて研究計画などの総合的調整を図るとともに,所要の関係予算を一括計上し,所要経費を関係機関に移し替えることになつた。

第1-4表 主要な国立試験研究機関等の主たる研究内容


都市環境に関する研究についてみると,科学技術庁では,46年度に 第1-5表 に示すような研究テーマについて,特別研究促進調整費を配分し,総合的な研究の推進を図つており,さらに,47年度には「大震時における都市防災に関する総合研究」,「都市の雪害防止に関する総合研究」を引き続き実施するとともに,新たに「道路交通安全に関する人間工学的総合研究」,「都市排水の処理再生技術の開発に関する総合的研究」などを進める予定である。

また,特別研究として「近代都市施設の防災技術に関する研究(建設省)」,「大震火災対策の研究(自治省)」などが進められているほか,47年度から新たに「人間の心理,行動からみた建築環境設計に関する研究(建設省)」などがとり上げられようとしている。

公害に関する研究は,従来,国公私立の試験研究機関,大学,民間企業の研究所などでそれぞれの専門別機能に応じ実施され成果をあげてきた。公害研究の重要性とその総合性にかんがみ,関連諸分野と有機的連携を保ちつつ大気汚染,水質汚濁,騒音などが人の健康,生活環境および自然環境に及ぼす影響,環境の汚染状態の監視,測定法の研究などを実施する研究機関を設置する必要がでてきた。このため,環境庁に国立公害研究所を設置することとなり,現在その準備が鋭意進められている。なお,研究所の所掌すべき具体的研究分野,組織機構,規模などについては,現在学織経験者,専門家による設立準備委員会が設置され,調査,検討が進められている。

第1-5表 特別研究促進調整費による昭和46年度の研究

また,国家的立場からみて大規模かつ緊急性のある技術開発については,各省で大型プロジェクトを組み,開発が進められているが,この中でも環境科学技術に関連する研究がいくつか行なわれている。

通商産業省では,41年度から排煙脱硫技術,翌42年度から重油の直接脱硫が大型工業技術開発制度に組み入れられ,統合的に推進されてきた結果,現在では,一応の成果が得られている。さらに46年度からは,電気自動車の開発がこれに組み入れられており,その成果が期待されている。

また,農林省においても,42年度から45年度まで,農薬残留の緊急対策を大型プロジェクトの研究項目としてとりあげ,その成果は農薬安全使用基準設定の基礎資料として活用されている。さらに,46年度からは害虫の総合的防除法が大型プロジェクトに組み入れられ,その成果が期待されている。

以上のように,環境科学技術の研究に対する総合調整が強化されるとともに研究の総合的推進が図られている。

しかし,環境科学技術が多面的かつ境界領域的であることにかんがみ,これに適した人材の確保,研究者の有機的連携,協力について十分な施策を樹立するとともに,大学,国公立試験研究機関の研究活動の充実,プロジェクト方式による当面の課題の早急な解決,行政と研究の円滑なフィードバックの強化などを今後一層図つていかなければならない。

次に,政府の民間企業に対する研究の助成についてみてみよう。

民間企業の研究に対する助成策では,従来の研究補助金制度の拡充強化によつて,民間企業における公害研究の推進を図つている。

通商産業省では,重要技術研究開発費補助金制度を46年度から拡充強化し,公害防止技術のうち,排水処理,大気汚染防止など緊急に開発を要請されている技術について,公害特別枠を設けて補助率を75%に引き上げるとともに,主として大気汚染防止,排水処理技術開発に約2億円を支出した。

また,他省庁においても研究補助金制度を活用して,公害関係研究の助成に努めている。

今後も,助成制度の充実などはもとより,国公立試験研究機関の保有する特許,ノウハウの公開,測定分析などの技術指導を通じて,民間企業の公害研究を誘導していくことが重要である。


(b) 情報の収集および整理

環境科学技術に関する情報については,その対象がきわめて広範囲にわたるため,体系的な整備が著しく遅れている現状にある。

各省庁の国立試験研究機関は,それぞれの立場から,現在の公害問題に対処して,研究を行なつてきているが,近年それらの相互間における情報流通の必要性が高まつてきている。また,各地方公共団体において,逐次,公害研究所あるいは公害センターの新設,整備が進められている。

政府は環境庁の設置にあたり,国立公害研究所の主要業務の一つとして,公害に関する国内外の資料を収集,整理,提供することとしている。このため,同研究所の設立準備を進めるにあたり,その内部組織として情報処理を担当する部を設けることを検討しているが環境問題がデータの集積を基礎とした分野であるので,基本的にはコンピューターシステムによる関連文献,データの集積とその検索利用を行なうこととし,環境に関するデータセンターとしての機能を与えようとしている。

また,既存の関係機関の機能を十分に生かすという面からクリアリングなどの業務によつて効果的な活動を行なうことも検討している。

このほか,日本科学技術情報センターが環境公害文献集の編成を進め,46年3月その第1集,同年6月第2集が刊行された。以後第6集までが46年度中に出される予定である。環境公害関係の二次資料の整備改善は,公害対策関係者,公害関係の研究者,技術者はいうに及ばず,当該分野の関係者にとつて強く望まれているところである。

環境保全の実効は情報の迅速かつ的確な入手によつて得られるといつても過言ではなく,大学,国公立試験研究機関の公害防止技術の研究進捗状況,研究調査結果,データを円滑に流通させるなど情報流通機能の確立により一層努力すべきであろう。


(c) 技術者の養成訓練

公害規制の実効を期し,また進んで公害防止の諸措置を講ずるためには,大気汚染,水質汚濁等の監視,測定体制の整備,事業所等に対する指導などが当面の急務となつている。しかしながら,現実の各種の汚染物質にづいての監視測定の業務に従事する国および地方公共団体の技術系職員の数は,必ずしも十分とはいえず,公害防止対策を円滑に推進していくためには,監視測定の実務について十分な能力を備えた技術者の養成および訓練の充実が何にもまして緊急な課題となつている。

とりわけ,最近の公害関連法規の一連の改正にともない,従来各省庁のもつていた公害に関する規制や取締りの権限が大幅に地方公共団体に委譲され,しかも一斉に実施の段階に入つたため,地方公共団体における工場,事業所などに対する指導,監督,公害の監視測定などの行政需要は飛躍的に増大している。

このような情勢に対処して,地方公共団体では,公害研究所,公害監視センターなどの機関の増設,公害対策担当部局の拡充などによつて公害防止体制の整備を急いでいるが,それと同時に,ますます複雑化,広域化する公害の態様に対処しうる担当職員,とくに技術系職員の養成,訓練に一段と力を注いでいる。

また,国においても,従来これらの職員の養成,訓練計画の実施に2いては,国の各省庁ごとに,それぞれ各省庁所管の行政に直接関連する内容を備えた訓練コースを中心として行なわれていたが,環境庁発足以後はこれらの技術者の養成,訓練計画の策定および実施は逐次環境庁に一元化される方向にあり,とくに47年度中に設立が予定されている公害研修所の発足により,地方公共団体の公害防止,技術者などの養成コースは一段と充実し,計画的に推進されることが期待されている。


(2) 環境科学技術に関する研究の新たな動向

環境科学技術に関する研究は,大気汚染防止,水質汚濁防止,廃棄物処理,騒音,振動防止,悪臭防止,都市の安全と環境の改善およびこれらの研究の基礎となる環境生態系に関する研究など多くの分野で展開されている。

最近における研究状況をみると,新しい動向として生態学的アプローチや既存の技術を効率的に組み合せて諸問題を解決するシステム的アプローチが重要となつてきている。

生態学的アプローチの代表的なものとしては,1965年から組織的に実施されている国際生物学事業計画(IBP)およびその成果を基礎に1971年から発足した「人間と生物圏(MAB)」に関する政府間事業計画における研究があげられる。IBPは,国際学術連合会議(ICSU)の主宰のもとに1972年まで実施される大規模な国際協力研究で,生物生産の量とその限界,生産を支える自然のシステムの機構を明らかにしようとするものである。また,MAB計画は,生物圏資源の合理的利用と保護および人類と環境の地球全体における関係の改善のための科学的基礎を開発しようとするものである。

IBPに関連して,わが国においては,生態学,生理学,生化学,微生物学,農学,林学,畜産学,人類学,医学,海洋学,陸水学などきわめて広範な分野の科学者を結集して,生物群集の生産力,生物生産の過程,生物資源の利用と管理,人間の適応能などについて,組織的な研究が推進されている。たとえば,陸上生物群集の生産力については,照葉樹林,亜寒帯林および温帯林のような森林ならびに草地において研究が進められ,森林や草地の一次生産量(緑色植物の光合成による有機物の生産量),森林や草地に生存する動物の二次生産量,分解微生物による落葉枝の分解過程や分解速度,土壌呼吸量(土壌から放出されるCO2 量),炭素,窒素をはじめカルシウム,マグネシウム,カリウム,ナトリウム,リンなど主要元素の物質循環などについて新しい知見が得られている。

生物生産の過程については,多種多様な生産過程の中で,とくに重要なものとして,全生物圏のエネルギーをまかなう一次生産の主力である光合成と生物圏でもつとも不足しがちな無機栄養源の窒素化合物が特殊な微生物によつて大気中の窒素から作られる窒素固定に重点をおいて研究が進められている。

生物資源の利用と管理においては,植物の遺伝子プール(有用植物の遺伝的資源の開発,保存利用),生物学的防除(生物を利用した病虫害の防除)新しい生物資源の開発などが行なわれている。植物の遺伝子プールでは有用植物とその野生型や近縁の野生種の完全な蒐集と保存,生物学的防除では,各害虫およびその天敵の分類学的研究などの基礎的作業やメイチュウ類,ミカンハダニ,アブラムシ類,ハマキムシ類の野外での生態学的研究,新しい生物資源の開発ではクロレラ,イースト,バクテリア,米ぬかなどから可消化タンパクを取り出す処理法の開発が進行中である。

人間の適応能については,人間の生態学的研究を目標として日本人の耐寒,耐熱性の機構に関する実験的研究や,作業能,体力,遺伝的特徴などに関し,基礎的研究を行なつている。

次に,環境科学技術の研究におけるもう1つの新たな動向であるシステム的アプローチの代表的なものとして,新都市交通システム,都市廃棄物処理システム,大気汚染予測監視システム,産業エコロジーモデルの開発などが,あげられる。

これらはいずれも,個々のハードな技術については,現在の技術を応用したもので十分カバーしうると考えられるが,複雑にからみ合つた要因,現象などを解明していくためには,そのシステム的な組み合わせが必要であり,目下この面での検討が重要となつている。システム的アプローチに際しては,新しい科学技術分野であるソフトサイエンスの飛躍的発展が必要不可欠となつている。

新都市交通システムは,都市交通の部分的改良や調整措置では問題解決の実効性に乏しく,また,代替手段を考えることなく,都市内の自動車交通を一方的に規制するだけでは,都市機能のマヒをまねくだけで,総合的な解決に至らないということから,総合的かつ抜本的な方策として期待されているものである。新都市交通システムの開発においては,超大型コンピューターを中心にコンピューター群によるきわめて多くの要素からなるオンライン,リアルタイム制御システムのソフトウエアの開発,シティカー,シティウェイ,ストップなどのシステムを構成するハードウェアの開発および,そのシステム的なくみ合わせの検討が重要となつている。

都市廃棄物処理システムは,従来のように生活系廃棄物については地方自治体が処理し,産業廃棄物については,その排出者が適当に処分するというシステムでは,もはや大量化,複雑化する廃棄物の処理が困難になつてきているということから,開発が急がれているものである。新しいシステムを開発する場合,輸送手段,破砕手段,選別手段,資源化技術の開発など技術的な面で解決しなけれぱならない面も多いが,全体として,いかに効率的なシステムを形成していくかが重要な課題である。

大気汚染予測監視システムは,大気汚染監視用テレメーターシステムの機能を拡充し,大気汚染の予測,さらには汚染物質排出源の制御まで行なおうとするもので,現在,汚染予測モデルの開発が気象および拡散理論の専門家を中心に行なわれており,最終的には,実規模システムによる運転実験を行なうこととしている。

さらに,生態学的問題をも含めた総合的なシステム的アプローチの一環として,産業活動と環境との相互依存関係を総合的かつ動態的に表わしうる産エコロジーモデルの開発が進められている。

以上,環境科学技術に関する研究の新たな動向として,生態学的アプローチとシステム的アプローチについて述べてきたが,これらはいずれも新しい研究領域であり,より一層の発展を図つていくことが望まれる。


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