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第1部   科学技術への新たな要請とそれへの対応
第1章  70年代の科学技術活動の課題

1970年代を迎えて,社会は急激な変化をみせており,また国民の価値観も外様化し,より高度なものへと転換のきざしがみえ,これまで社会の発展をおし進めてきた経済の発展即国民の幸福といつた考え方に大きな変化がみえはじめている。

このように激動しつつある時代において,科学技術が人間の幸福をもたらすという役割を果たしていくためには,従来進められてきた科学技術活動の方向を単に延長していくだけでは不十分であり,多くの転換が必要とされている。

今,わが国の科学技術の発展とその方向をふり返つてみると,その発展を支えてきた大きな力として,活発な研究開発活動と意欲的な海外からの技術の導入をあげることができるが,これらを動機づけるとともに,科学技術の発展の方向に大きな影響を与えてきたものとして,科学技術に対する社会・経済からの要請を忘れてはならない。

その要請は,戦後における物資の不足からくる国民生活の物資充足への欲求,ついで経済面での先進国へのキャッチアップ,さらに,60年代後半からはじまつた開放経済体制への移行に伴う産業の国際競争力の強化であつたといえよう。

これらの要請に応えて,科学技術が生産性の向上,大量生産を可能にするなど生産技術の面において急速に進歩してきた結果,産業は拡大し,経済は大きく成長し,いわいる工業化社会が形成され,その過程を通して国民の物質的な面での生活水準は向上してきた。

しかしながら,科学技術が社会・経済に広く普及し,浸透していく過程で社会的にみて好ましくない問題もいくつか新たに表面化してきている。

なかでも,各種の公害,交通災害,産業災害,都市問題などが現代社会の最も大きな問題として注目されており,科学技術が巨大化し,社会・経済に普及していくにつれて,それらの問題はエスカレートする様相をみせはじめており,その一部は環境破壊となつて自然への影響が問題にされている。また,科学技術を社会・経済に適用していく過程において,行き過ぎた能率主義も加わつて疎外感や緊張感が増大し,人間の主体性が損なわれるという面もみられる。

これらは,社会資本の立ち遅れや無秩序な人口集中など,種々の要因が複雑にからみ合つて表面化しているのであるが,科学技術の面では,その適用の仕方に問題があつたほか,科学技術がそれらの問題に対し,事前に十分に対応し得なかつた点が指摘されよう。

すなわち,科学技術が社会・経済に適用される場合,主効果としていろいろな利益がもたされる反面,副次的負の影響を同時に与える場合があり,これまでは,科学技術が経済的な面に重点がおかれて研究開発され,評価され,社会・経済に適用されてきたため,主効果とともに副次的負の影響を考慮に入れて総合的に評価することが少なかつたといえる。

そのため,副次的負の影響を軽減または除去するための技術や個々の技術の適用を地域全体または国全体として最適な形で配置あるいは制御していくためのシステム技術の開発が遅れたこと,また,各々の技術の体系の中で副次的負の影響をもたらす因子を処理して,それを体系外に出さないですむようなクローズド・システムの技術が育たなかつたことなど,多くの問題が指摘されている。このような意味で,いままでの技術進歩は十分にバランスのとれたものとはいいがたいであろう。

一方,物質的な面での生活水準が高度に発達した今日,先に述べたような問題の深刻さも加わつて,国民は単なる物質的な満足感だけでなく,きれいな水,青い海,澄んだ究気あるいは安全な交通などのうるおいのある生活環境や生きがいを求めるなど,国民の要請はより質的な,あるいは精神的なものへと移行しつつある。

第1-1図 今後10年以内において解決が期待される重要度の高い要請

たとえば,45年度に科学技術庁が技術予測の一環として行なつた要請の調査結果をみても,上述したような要請が強いことがわかる( 第1-1図 参照)。

これによると,第1に,死亡率の高い疾患の診断と治療,公害病の予防,疾病の早期発見法の高度化など人間自身に関する問題を解決する医療保健の向上が強く望まれている。第2に,大気汚染,水質汚濁,騒音などの公害対策,さらには食品や農薬の安全対策,交通対策などの社会基盤の改善,強化など生活に密着し,かつ人間尊重に立脚した国民福祉的な要請が非常に強いことがわかる。

また,経済企画庁が行なつた国民選好度調査(予備調査)においても,国に対する要請としては, 第1-2図 に示すように公害,災害の防止,社会福祉,医療施設の拡充強化,道路,交通,住宅の整備など生活に密着した環境改善への要望が非常に強くなつている。

第1-2図 国に対する要請

このように,国民の要請は,経済発展に重点をおき,産業の発展を通して国民生活の向上を目ざしてきた従来の方向から,公害,災害の防止,社会環境の整備など社会開発を重視する方向へ転換している。

このような社会・経済の要請に対応して,科学技術に期待する要請も大きく変化している。たとえば,先にあげた科学技術庁の技術予測調査において科学技術が解決すべき技術課題のうち,重要度が大きいと考えた人の比率が90%以上のものを列挙すると, 第1-1表 のようになる。これらの技術課題をみると,大気汚染,水質汚濁の防止,安全な農薬の開発などのような環境保全に関する技術開発の課題,がん,心臓病,動脈硬化の治療法の開発などのような医療保健に関する技術開発の課題,地価の適正評価システム,大都市における防災システム,情報処理ネットワークの確立などのようなシステムに関する技術開発課題は重要度の評価が高い。

第1-1表 重要度大の比率が90%以上の技術課題


科学技術が多様化しつつある現代社会の要請に応え,かつ,現実にかかえている諸問題を解決し,真に豊かな国民生活を築いていくためには,科学技術を単に「もの」を造りだすだけの手段としての範囲に留めず,その範囲を自然との関係,人間との関係までおし広げて調和ある進歩を図るなど科学技術の発展の方向を転換していくことが必要であろう。

人間あるいは自然と調和のとれた科学技術の発展を実現していくに際しては,このような新たな科学技術の多くは,外国においても開発の緒についたばかりであること,また,そのような技術が存在しても,わが国が強力な競争相手となつてきたため,技術の導入条件が次第に厳しくなつていることなど,海外に多くを期待できなくなつている外的条件や,現代社会の最大の問題である公害,交通事故,人間疎外などの解決にあたつては,その国の社会構造,社会環境などの違いにより,必要とする技術が異なつてくるため,わが国の特殊事情に応じた技術を開発していかなければならないことなどを考慮すると,もはや従来のように他国の技術開発成果を期待し,これに追随するという態度ではなく,自らが必要とする技術は自らが創り出していくという積極的な気構えが何よりも肝要である。

わが国の技術開発力は, 第1-3図 に示しているように,西欧の先進諸国とほぼ同程度のところまでに達してきているというものの,アメリカと比較すると大きな格差があり,今後さらに技術開発力を強化していく必要がある。

第1-3図 主要国の技術開発力       (1960年代後半)

他方,国際局面に目を転ずれば,貿易や資本自由化の一層の進展,文化,情報,人材の交流の増加などにみられるように政治,経済あるいは社会のあらゆる面において国際化が非常な勢いで進行しており,今日では世界のいずれの国も他国の動向と無縁ではありえなくなつている。とくに,経済力において自由諸国中でアメリカについで第2位まで成長してきたわが国の一挙一動は,世界の国々に大きな影響をもつまでになつてきており,国際通貨調整による円の平価切り上げ,日米通商問題などはそのことを如実に示したものである。このことは,わが国の発展を図つていくうえにおいて,従来のように自国のみの利益を追求した活動だけでなく,国際協調という点に十分な配慮をはらつて行かなければならなくなつたことを示唆したものといえよう。

さらに,世界の一部の人々が豊富な物資を得て生活を送つているのに対し,世界人口の大部分を占める開発途上国は多くの場合,極端な貧困に苦しんでおり,いわゆる南北問題として解決が急がれているが,現状ではその格差はますます広がる傾向にある。

これら開発途上国に対して先進国が応分の援助を行ない,それらの国の自助努力を喚起しつつ発展を図つていくことは,人類共同体の一員として当然負うべき責務であるといえよう。とくに,わが国は,海外からの種々の援助のもとに戦後の荒廃から今日の平和なそして高度に発達した社会を建設してきたことを思いおこし,今後は積極的に「何か」を世界に提供するという態度で臨んでいくことが必要であろう。

このような国際協調,協力において,科学技術が果たしうる役割は,非常に大きなものがあり,国連やOECD(経済協力開発機構)などの国際機関あるいは二国間,多国間で科学技術協力の一層の促進が強調されている。

国連の場では「第2次国連開発の10年」のもとに開発途上国の開発における科学技術活動の重要性から「開発への科学技術適用のための世界行動計画」が論議されているほか,環境問題のように全地球的な問題に対しては国際機関をはじめ各国において各種の国際的な共同プロジェクトの拡大が強く要請されている。

また,昨年10月に開催されたOECD科学大臣会議においては,欧米先進諸国での研究開発費の頭打ち現象,社会開発関連技術の開発への要請の高まり,研究開発規模の大型化など先進諸国の共通問題を解決するために,先進諸国間の科学技術協力は,従来のような単なる情報交換といつたものから,より積極的に資金分担,人材の拠出などによつて,国際共同プロジェクトを企画し,遂行するなど実質的な協力へと転換していくことが必要である旨の提案がなされた。このように70年代はまさに国際協力の時代になろうとしている。

このような情勢の中で,わが国としては国際社会からの要請のみならず国内からの要請も勘案して,科学技術の面で積極的に国際協力を推進していくことが必要である。

70年代の科学技術に課せられた問題あるいは社会・経済からの科学技術への要請と期待を以上のように認識するとき,70年代の科学技術活動の課題として,次のようなものがあげられよう。

第1は,多様化し,流動化しつつある社会・経済の要請を的確に把握し,経済性だけでなく社会的要因も重視して研究開発を行なうことである。

第2は,技術を適用した際に生じる人間や社会あるいは自然環境などへの影響を与め評価し,科学技術がもたらす恩恵をできるだけ大きいものとすると同時に悪影響を最小限にとどめるためにテクノロジー・アセスメントを科学技術活動にあたつて取り入れていくことである。

第3は,現代社会の複雑な事象の問題解決の手段として大きな可能性をもつ新しい科学技術分野の開拓である。

この分野としては,近年急激に深刻の度を増している環境問題を解決するための環境科学技術,さらに複雑な要素がからみあつて顕在化している現代社会の諸問題を科学的・総合的に分析解明するソフトサイエンスならびに各種生命現象や生物機能を解明し,今後の技術革新の芽となるライフサイエンスがあげられる。

第4は,科学技術の面において,国際協力を質的にも量的にも充実させていくことである。

70年代の科学技術活動の課題は多く,その解決には相当の努力が必要である。科学技術は社会・経済の発展の動向に大きな影響力を持つようになつてきており,また社会・経済から大きな期待が寄せららていることを認織し,これらの課題に積極的に取り組んでいく必要がある。

以上,70年代の科学技術活動の主要な課題を指摘してきたが,第2章以下に述べているように,すでに科学技術活動は,これらの課題に向かつて動き出しており,その成果が期待されている。


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