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第1部   技術革新の歩みと新たな展開
第2章  社会・経済に対する技術革新の影響と近年の動き
1  社会・経済に対する技術革新の影響


技術革新は生産技術を軸に,新しい製品,新しい生産方式を生みだし,経済の飛躍的な発展をもたらした。また一方,社会・経済活動の広域化や国民生活の高度化をおし進め,社会・経済の様相を大きく変貌させてきた。例えば,技術革新は多種多様な食品,衣料,耐久消費財などを生み出し,物質的豊かさ,生活の多様化をもたらした。また,交通機関の高速化や座席予約,為替業務など事務処理の迅速化による便宜性の向上をもたらし,交通機関の乗心地,住宅の居住性,作業環境などの著しい改善による快適性の向上にも著しく貢献している。さらに,生産および流通機構の合理化により,生産コストおよび流通コストの低減に寄与するなど経済性の向上をもたらしている。

このような豊富な物質とサービスの供給によつて,われわれは,便利で,快適な生活ができるようになりつつある。

しかしながら,科学技術の進歩によつてささえられた技術革新が,社会・経済に及ぼした効果は極めて大きいものであつた反面,技術革新の進展の過程で社会的にみて好ましくない問題もいくつか新たに表面化してきている。これらの問題の中でも各種の公害,交通災害,産業災害などが現代社会の最も大きな問題として,クローズアップされている。

これらは社会資本の立ち遅れや無秩序な人口集中など,種々の要因が複雑にからみ合つて表面化しているのであるが,科学技術面では,技術の適用の仕方に問題があつたほか,科学技術の進歩のアンバランスから,科学技術がそれらの問題に十分対応し得なかつた点が指摘されよう。

すなわち,科学技術が社会・経済に適用された場合には,主効果としていろいろな利益を与える反面,副次的負の影響も同時に与える場合があり,この負の影響の除去ないし防止に関する科学技術の進歩が生産技術に比べて遅れたことである。

そこで,技術革新を達成してきた数例の技術について,その主効果と副次的負の影響をプロセス技術と新製品技術に分けて述べる。

まず,主なプロセス技術についてみると, 第1-3表 に示すように,これらの技術は生産工程を改善することによつて高品位の製品を供給したり,生産コストを低減させるなどの効果をもたらした反面,新たに副次的な負の影響を社会に与えている。

たとえば,水銀電解法によるカ性ソーダ製造技術は,隔膜電解法の技術に比べて,設備をコンパクトにすることができること,固定費が小さいこと,変動費が小さいこと( 第1-4表 参照)などの経済的な利点と高品位,高濃度,の製品が得られることなどの技術的な優秀さから,隔膜法に代つてカ性ソーダ製造に多く採り入れられてきた。

しかしながら,この水銀電解法の技術については,公害防止という観点から水銀対策を考慮しなければならないという問題がある。

また,火力発電技術については,電力需要の増大に伴い大型化,高能率化が進展しており,今日では600MWの出力を有する大型高温高圧発電プラントが出現するに至つている。

第1-3表 主なプロセス技術の主効果と副次的負の影響

第1-4表 溶液状カ性ソーダ(100%換算)1トンを生産するための原単位

第1-16図 火力発電機の大型化,高能率化による発電コストの低下の状況

大型化は規模の拡大による建設費の低廉化,中央自動制御の採用による人件費の節約などをもたらし,さらに,高温高圧方式は,熱効率の上昇によつて焼料費を節減するなど,発電コストの低廉化に大きく貢献した( 第1-16図 参照)。

しかし一方,電力需要の増大に伴い,火力発電所が多く建設され,発電用燃料として重油が大量に消費されてきたため,重油の燃焼により排出されるいおう酸化物,ばいじんなどの大気汚染物質の排出量が著しく増加している。

次に主な新製品技術について,主効果と副次的負の影響をみると, 第1-5表 に示すとおりである。たとえば,電子計算機は,情報処理の大量高速化を実現し,今日では多くの分野でその機能を発揮しているが,タイプライターなどを通してしか入力できず,入力作業としてキーパンチャーの手指作業を必要としている。電子計算機の普及や演算速度の向上などに伴つて,ますます情報処理量は増加しているが,それに比例して入力作業も増加し,多数のキーパンチャー群を生む結果となつ。キーパンチャーの作業は長時間就労の場合,手指作業などに伴う職業病,たとえば腱鞘炎などを起こすことがあり,当初予想されなかつ影響のあることが明らかとなつてきた。

また,テレビ,電気冷蔵庫,電気洗濯機など家庭電気製品を中心とした耐久消費財は,家事労働の軽減といつた利便を家庭生活に与え,生活の便宜性,快適性の向上をもたらしてきた。

これらの耐久消費財の昭和45年度における家庭への普及率は,電気洗濯機が90%以上,電気冷蔵庫が80%以上,電気掃除機が60%以上となつており,高い普及度を示している。しかし,その普及に伴い,これら使用済みの廃品は,従来にはみられなかつた大型の固形廃棄物として,その排出量も大量化しており,現状では環境汚染の一因になりつつある。

第1-5表 主な新製品技術の主効果と副次的負の影響

自動車は輸送量の増大とともに,産業活動,国民生活に密着したものとなつており,時間距離の短縮化,活動の効率化に著しく役立つている。

このため,最近の自動車の保有台数は急増し,四輪車でみると,昭和35年度末の145万台から昭和43年度末には1,300万台弱へ9倍の伸びを示している。しかしながら自動車交通量の著しい増加に伴い,大気汚染,騒音,振動,交通事故の多発などによる生活環境の悪化が日常生活上大きな問題となつている( 第1一17図 参照)。このほか,廃棄された自動車の問題も顕在化している。

第1-17図 自動車台数,交通事故死傷者数および自動車による一酸化炭素排出量の推移(昭和40年=100)

以上のように,科学技術は社会・経済に多くの便益をもたらしてきたが,一方ではさまざまな副次的負の影響を現出させてきた。このような副次的負の影響を現出させてきた原因は前述のようにいろいろあるが,科学技術の側面からみると,科学技術の社会・経済への適用に際して,その主効果とともに副次的負の影響も考慮に入れて総合的に評価するという態度が不足していたことがあげられる。

このため,副次的負の影響を軽減または除去するための技術の進歩が十分ではなく,また同時に技術体系の中に,防止技術,処理技術が付加されることが少なかつた。このような意味で,今までの技術進歩は十分バランスがとれたものとはいいがたい。さらに,個々の技術の適用を地域全体または国全体として,最適な形で配置あるいは制御していくためのシステム技術の開発が遅れていたことも指摘されよう。

以上,これまで技術が,社会に適用された際の副次的負の影響についてみてきたが,新プロセス技術および新製品技術の登場によつて,副次的負の影響が著しく減少または除去できた場合もある。これらは 第1-6表 に例示したように, OG法LD転炉による鉄鋼生産技術,エチレンからのアセトアルデヒド,塩化ビニルモノマー,酢酸ビニルモノマーの各製造技術およびソフト型合成洗剤,油圧式杭打機,ペニシリンVなどについての技術である。

第1-6表 新プロセス技術または新製品技術の登場によつて副次的負 の影響が著しく減少または除去できた例

OG法LD転炉による鉄鋼生産技術,エチレンからのアセトアルデヒドなどの製造技術は,機構・原理の転換によつて高性能化,高能率化を目差したもので,結果として,他の技術のもつ副次的負の影響を著しく減少または除去させたものである。また一方,ソフト型合成洗剤,油圧式杭打機,ペニシリンVは,技術の社会・経済に与える負の影響を解消することを目的とした技術開発によつて,成果を得たものである。このように技術の進歩によつて,副次的負の影響を除去する事例も出てきており,今後,このような動きを一層助長する必要があろう。

以上述べたように,技術を社会・経済の場に適用する際,今までは経済性の追求に主眼がおかれたため,社会にさまざまな形の副次的負の影響が生じてきた。今後の技術の開発やその適用にあたつては,単に経済性の追求という観点ばかりでなく,広く社会・経済に及ぼす副次的影響も考慮に入れて行なう必要があろう。このような態度で技術を社会・経済に適用していけば,現在の公害問題をはじめ,種々の社会の歪みを是正する道が開かれよう。


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