ここからサイトの主なメニューです
前(節)へ  次(節)へ
第1部   科学技術発展の展望
第3章  社会開発における科学技術への期待
3  国民生活の向上と技術開発
(1)  健康の保持・増進


健康の保持増進について今日まで多くの努力が続けられた結果,医療技術,医薬品,公衆衛生に関する技術は高度な進展をとげ,わが国の平均寿命は近年に至り急激な延長を見せ,諸外国とほとんど遜色のないところまで達したといえる (第1-33図参照) 。なかでも,昭和25年頃迄,圧倒的な死亡率を占めていた結核,肺炎,気管支炎等の病原微生物による疾患が,抗生物質,化学療法剤およびワクチンの開発普及により急激に減少したことが生命延長に大きな貢献をした。しかしながら,人口構造の変化,社会環境の変化に伴つて疾病構造が変容し,がん,高血圧,心臓病などの成人病,交通事故障害,精神疾患の増加などがめだつてきている。このような疾病構造の変化に対処するためには,現在の体制では,まだ不十分であり,がんその他の成人病対策,救急医療対策,精神病対策,医学的リハビリテーション対策等の推進が必要とされている。

第1-33図 平均寿命の推移と国際比較

一方,近年における電子工学,高分子化学等の分野を活用した新医療技術の開発,および血液製剤,抗ウィルス剤等の新医薬品の開発が診断,治療をより高度化し,従来の難治療の疾患に対してかなり明るい見とおしが得られつつあり,今後の研究開発が強く望まれている。

医療技術の進展には,大学をはじめ,国立研究機関などにおいてたえず努力が払われているが,どの疾患をとりあげても人間生活をおびやかし,生命に対する不安をもたらすものであるので,人命尊重の面から,医学をはじめとする医療科学技術の進展のためなお一層の努力を傾注することが必要であろう。

ここでは,重点的課題として近年とくに死亡率が高く,今日最もその対策が重要とされているがん等の成人病対策,より高度な医療技術を達成するために重要とされている新医薬品の開発とその安全性,および新医療技術について述べる。


(1) 成人病対策

かつて国民の死因の首位を占めていた結核,肺炎等の感染性疾患が大幅に減少し,これらに代わつて成人病,すなわち中枢神経系の血管損傷,悪性新生物,心臓の疾患(以下,それぞれ脳卒中,がん,心臓病という。)が国民医療の大きな問題としてクローズアップされてきた (第1-34図参照)

第1-34図 脳卒中,がん,心臓病および結核死亡率の推移

成人病は,今や国民死亡の50%をこえ,しかも40歳以上の年齢に多発するため,社会,家庭の柱石を奪うこととなり,重大な脅威となつている。

このことから,成人病対策は,とくに社会的要請が強く,またこれらの診断と治療には高度な科学技術と設備を要するため,より一層の科学技術の進展が期待されている。

(a) がん

わが国のがん死亡率は,総体的にみると諸外国に比べて比較的低い状況にはあるが,胃がん,肝臓がんについては,世界で最も高く,この面でのがん対策が最も重要となつている (第1-34図参照)

最近がんについては,積極的な研究開発が続けられており, 第1-34図 に示すように,死亡率は,やや横ばい状態に近づきつつあるのが現状である。これらがん制圧における最近の治療成績の向上は,胃カメラ,ファイバーガストロスコープなどの診断技術の面における著しい技術進歩によるところが大きい。

第1-35図 主要国の胃がん死亡率 (人口10万対)(1964〜1965)

しかし,がんを制圧するには,その性格からみて,早期発見のための技術開発も必要であろうが,今後は,治療と予防面の方向に一層研究を進める必要がある。

治療技術としては,放射線の利用技術と化学療法剤の開発が重要である。

放射線の利用は,近年積極的にがん治療に用いられているが,最近になつてラジウムやX線のほかに,コバルト60のγ線,ベータトロン,リニアックの電子線等からレーザーに至るまで種々の線源が相ついで開発されているので,これらを治療面にとり入れた有効な利用技術の開発および普及が望まれると同時に,放射線増感物質や高圧酸素療法の併用などの技術開発も期待がもたれている。また,化学療法剤については,最近ブレオマイシン,L-アスパラギナーゼ等数種の有効な抗がん剤が開発され,一部のがんについては,制圧の可能性が高まつているように,今後はがんの部位とその性状に応じて,それぞれ特異的に著効を示す薬剤が出現する可能性が期待できるため,がん化学療法剤の開発がとくに重要とされている。

一方アメリカの白人の胃がんによる死亡率は,年を追うごとに減少しており,わが国と比べてかなり,格差がある (第1-35図参照)

このため,胃がんの制圧は,要請が最も強いが未解決な面が多いことなどから,疫学的な調査研究および天然発がん性物質の解明にも努力を傾注する必要がある。また,がん発生メカニズムについても,まだ未解決な点が多いが,この発生メカニズムに関する研究は,細胞核遺伝現象および正常細胞とがん細胞との相関関係を分子レベルで追求すること,すなわち生命の根源ともなる遺伝増殖に大きな関連をもつているため,これを解明することは,がん制圧にとどまらず,生物科学の発展のためにも重要視されるものである。


(b) 脳卒中および心臓病

わが国の循環器疾患の特徴は, 第1-36図 に示すとおり,諸外国に比べて脳卒中死が65%という最も大きな割合を占めていることであり,その成因と対策などの面から大きな関心を集めている。

脳卒中,心臓病の対策としては,ある程度の新しい医療技術が開発されてはいるが,なお現在に至つても多くの生命が奪われているところに問題がある。このため,今後は,より高度な医療技術の開発と管理,予防体制の強化がとくに望まれる。

医療技術面においては,脳卒中のうち,脳出血による死亡率が高いため,高血圧対策が重要とされており,このための医薬品および早期治療技術の開発が望まれている。また,心臓疾患の早期診断技術の開発も必要とされている。

一方,循環器疾患の予防については,結核その他の伝染病とは異なり,法的な予防措置を講ずることは困難であるが,早期診断,早期治療技術の開発と同時に,管理体制の強化によりある程度の予防が可能であるため,診療施設の強化拡充が必要とされる。

第1-36図 循環器疾患死亡割合の国際比較 (百分率)


(2) 新医薬品の開発

近年,医学,薬学の著しい進歩によつて数多くの新医薬品が開発され,国民の保健衛生は飛躍的に向上してきた。わが国で開発された医薬品のなかでも,コリスチン(グラム陰性菌に有効な抗生物質),カナマイシン(抗結核剤),ブレオマイシン(抗扁平上皮がん)などは,世界的な評価をかちえているものであるが,昭和35年度以降のわが国の新医薬品開発件数をみると,昭和35〜36年頃をピークとして,以後漸減傾向にある (第1-8表参照)

第1-8表 新医薬品開発件数推移

最近の新医薬品の開発テンポの鈍化は,世界的な傾向ではあるが,医薬品の疾病の予防治療に果たす役割が年々大きくなるので,今後の研究開発に寄せられる期待は一層大きいものがある。

わが国における過去数年間の医薬品の開発状況を薬効大分類別にその件数からみると,近年,中枢神経系用薬(向精神薬,下熱鎮痛薬,抗けいれん薬等),循環器官用薬(降圧利尿薬,抗不整脈薬,末稍血管拡張薬等)の開発件数が最も多く,ついで消化器官,ビタミン剤,肝臓疾患等,保健医薬品の開発が顕著である (第1-37図参照) 。これらに比べて,近年,最も開発が要望されているがん等の腫瘍用薬,抗生物質製剤等の開発件数が比較的少ない状態にあり,今後は抗がん剤,耐性菌に有効な抗生物質,各種ウィルスに有効な化学療法剤等の開発が必要とされている。これらの医薬品の研究開発には,その他の医薬品に比べてかなり技術的な困難性もあることから長期にわたり,基礎から応用に至るまでの総合的な研究の推進が望まれ,このためには,国の積極的な努力が必要とされている。

第1-37図 薬効大分類別医薬品開発件数(昭和35年〜昭和43年)

また,企業における研究開発は,当該企業に利益をもたらすようなものを対象としている場合が比較的多いため,医薬品資源の探索および医薬品素材の開発には,国および大学が主導性をもつて行なう必要があろう。

一方,最近の各種新薬の登場により,疾病の予防治療に有効な医療品が開発される反面,人体にとつて好ましくない副作用が発現するというマイナス面をもつている。医薬品の安全性確保の問題は,WHO(世界保健機構)においても,世界共通の問題として,世界的レベルで取り上げられるべきであるという観点から,サリドマイド事件を契機としてとくに重要視されている。わが国においても,副作用モニタリング体制がとられ,中央薬事審議会医薬品安全対策特別部会で審議されているが,なお科学技術面から医薬品の急性・慢性毒性,催奇形作用,その他医薬品の蓄積による副作用等を未然に防止するよう一貫した研究の推進が必要である。このため,代謝生化学的,分子生物学的,神経生理学的研究分野を基礎として,多くの副作用機構を解明するとともに,医薬品の安全性を,より高めるためにも一貫した試験研究体制の充実を図ることが重要であると考える。


(3) 新医療技術の開発

新医療技術は,最近,とくにめざましい発展をとげているエレクトロニクス,機械工学,高分子化学のすぐれた研究成果を医療分野に取り入れ,医療技術に大きな進歩をもたらしており,今後の開発が注目されている。この新医療技術は,診断の精密化,迅速化を進めるとともに,治療面においても広範囲に活用され,医療技術の高度化に伴つてより高く評価されうるものであり,一層広範囲な研究開発に期待がもたれている。

医用電子技術の研究としては,心電計,脳波計,筋電計などがすでに実用化されており,多大な効果をもたらしているが,さらにこれらの計測器の自動読みとり装置の開発が期待されている。また,身体障害者の社会復帰のため,多種類の電子義肢の開発と実用化が進められることが必要である。さらに,電子計算機を中心とした情報処理システムの医学への応用は,精密診断の迅速化,病巣部の診断技術の向上,病院における諸活助,患者の管理等の利用面に及ぶことが望まれる。

高分子化学においては,すでに人工弁,人工血管等が開発され,外科手術および急救医療に役立つているが,人工臓器の開発を進めるため,身体に適合した高分子膜および生体に対し親和性があり,しかも透過性をもつ材料の開発が要請されている。

このほか,超音波を用いた診断装置およびレーザー,赤外線輻射温度計等のオプトエレクトロニクス技術を医用に用いる研究が行なわれており,疾病の診断と治療に今後有効に用いられることが期待される。とくに,最近心臓,血管等の軟性組織に対して解像度が良いパルス超音波を診断に応用する研究が行なわれ,超音波測定装置を用いる方法の優秀性が明らかになつてきた。

循環器疾患が多くの死亡率を占めていることから,超音波測定技術の臨床への実用化が強く要請されている。


前(節)へ  次(節)へ

ページの先頭へ   文部科学省ホームページのトップへ