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1部  研究活動と研究投資
第6章  諸外国の動向
2  イギリス
(2)  研究投資の動向


前政府は1951年以降,12年間にわたり,科学技術研究庁を国防以外の分野での政策実施の中心機関として,科学技術振興にあたつてきた。

同庁は主要な国立研究機関のほとんどすべてを傘下に擁し,自から研究を実施するとともに,大学研究の助成を行ない,また産業界研究推進政策の実行機関として,とくに同業者の共同研究機関である研究組合の助成に努力してきた。その運営にあたつては早くから5ヵ年計画を採用し,とくに1960年以降は,「転がし5ヵ年予算」とよばれる独自の長期的見通しに基づく方法に-よつて,弾力的な運営を行なつていた。また大学の主要な研究計画,たとえば,線型加速器,核反応炉,電波望遠鏡,直接発電,人間工学,等に対しても援助を行なつてきた。

研究組合は1916年に創始した制度であるが,1946年の34組合から,'63年には52組合に増加しており,業種も極めて広く,食糧,繊維から鉄鋼,造船等にわたり,5ヵ年計画によつて包括的に毎年継続的な補助金を与えられている。また間接的な産業界研究開発振興施策として税制改革を行ない,63年以降,従来の研究開発資本支出にたいする初年度5分の3の償却から,初年度全額償却と30%の超過償却を認めた。

さらに私企業自身のための研究中,私企業では行なえない有望なものを国家が推進するという政策から,従来国防,威信研究の分野に行なつてきた委託を,それ以外の産業技術についても採用することとし,科学技術研究庁によつて実行され始めていた。

第6-8表 イギリスにおける研究開発費の推移,1955-'56年〜1961一 62年,資金源別

こうした動きにも反映しているように,科学技術予算における国防関係支出の伸び率の鈍化が近年目立ちはじめていた。 第6-8表 にみられるように,イギリス全体の研究開発費の中で,民間支出の占める比率が増大し,政府負担比率が減少しているのは,国防研究費が,1958-'59年を頂点として・以降ほぼ横這いを続けているためと考えられる。

イギリス全体のすう勢は1955-'56年の3億ポンド(約3,000億円,国民紘生産に対する比率1.7%)から,1691-'62年の6億3,400万ポンド(約6,340億円,同2.7%)と2倍以上の著増を示し,伸び率16%は,同期間の国民総生産のそれをはるかに上まわつており,非軍事面における研究開発規模の拡大を示すものとみられる。

最近3ヵ年の研究開発予算の編成を 第6-9表 でみると,国防省のほか航空省を加えた額は,僅かながら減少している。航空省は約8割が国防関係と推定される。したがつて国防研究予算は2億5,000万ポンド(約2,500億円)のラインを保つていると考えられるが,国防研究費の規模は,やはり非常に大きいといわなくてはならない。1965-'66年度の予算では,国防研究費はほとんど変化なく,原子力関係の約17%削減,道路運輸関係,民間航空,国民保健等に大幅な増額がめだつ程度である。

第6-9表 イギリス政府の研究開発予算


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